My Favorite 9:
Tanaka Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm
 100式機関短銃 "Hyaku-shiki Kikan Tanju," late production, dummy cartridge type,


 「私のお気に入り」コーナーは、これまでに紹介してきたモデルの中から特に気に入っている1挺を少し詳細に紹介しようというつもりで始めたページです。ジャンルごとにまとめて紹介したページではスペースの関係で紹介しきれなかった内容を写真と文字で解説していきます。
 その第9弾は、本ホームページのアクセス50,000件突破を記念し、かつ終戦61周年を記念して、「タナカ 100機関短銃」をアップしました。モデルガンとしては唯一の日本製サブマシン・ガンの登場です。 

  The ninth model of "My Favorites" corner is Tanaka Hyaku-shiki Kikan Tanju or Type 100 Submachine Gun Cal. 8mm. (zinc alloy).
  Although the Japanese military was not very interested in producing original submachine guns before World War II, they had imported MP28 Machinen Pistole from Germany and used it as the official submachine gun by the name of Be-shiki Kikan Tanju, which literally means Bergman Type Machine Pistol. As the war became serious to Japan, however, they decided to make made-in-Japan submachine guns and started producing the Type 100 Submachin Gun in 1940, and arrayed it at some battle fields held in south-east Asian islands, such as Leyte. The ammunition for this submachine gun is the Nanbu 8mm handgun cartridges, which were also used as that for some main military handguns like Nanbu Type 14.
  The name "Hyaku-shiki" or "Type 100" means just the same as M100 or Model 100. It was named so because the year when the submachine gun was assigned as official military one was the 2600th year in the Imperial History, which was believed to have started in B.C. 660.
  The modelgun of Type 100 Submachine Gun has only been made by Tanaka Works, who has also produced some Japanese bolt action rifles used before and in WWII. It was first produced in 1985 and reproduced in 1993. Since then, however, it has never been reproduced. The first productions were blowback type, but the second productions were dummy cartridge type. The modelgun is made very well just like its real gun from the viewpoints of both its mechanism and style.

☆概略☆ -Outline-
 実銃の「100式機関短銃」(「一○○式…」や「百式…」とする表記もある)は、実質上”唯一の”日本製サブマシン・ガンである。実際には、他にも九六式、九九式などの軽機関銃はあったが、それらはどちらかというと脚を広げて地面に設置した上で撃つものであったからである。100式の名前は、当時の兵器の多くがそうであったように、皇紀からとられたものである。すなわち、皇紀2,600年にあたる昭和15年に制式化されたことによる。戦時中を過ごした人なら「きげ〜んはにせ〜んろっぴゃくね〜ん」という歌を覚えているであろうが(私の母がよく歌っていた)、まさにその年に制式化されたモデルである。
 かつてのアメリカ軍やイギリス軍がそうであったように、第2次世界大戦が始まるまで、日本軍はサブマシン・ガンの製造にそれほど関心はなく、同盟国であるドイツからMP28マシーネン・ピストーレを輸入し、それを「ベ式機関短銃」の名前で採用していたにすぎなかった(「機関短銃」ということばは、ドイツ語のmachinen pistoleを直訳したものだった)。この名前は、MP28の元になったMP18ベルグマンから採られたものである。しかし、戦況が逼迫する中、兵器は自国で生産することを基本としていた日本軍は、サブマシン・ガンも自国で設計・生産することを決め、先のベ式を手本として新たなサブマシン・ガンを生み出した。それが100式機関短銃であった。ただし、弾薬不足に悩んでいた日本軍は、いたずらに弾をばらまく可能性のあるサブマシン・ガンをそれほど多く配備するつもりはなかったようで、合計生産数は16,000挺あまりであったとされている。三八式歩兵銃が116万挺、九九式短小銃が230万挺も生産されたことと比べると、いかに少ない数であったがわかるであろう。したがって、一般兵が持つことはほとんどなかったようであるが、唯一の例外がレイテ島における戦闘で、「天号作戦」(昭和19年12月)と呼ばれた空挺攻撃では、約1,000名の兵全員が100式機関短銃を携行していたそうである。使用される弾薬は、他の国のサブマシン・ガンが大抵そうであるように、ピストル弾が用いられ、100式では8o南部弾が使われた。
 なお、100式機関短銃には、生産時期により大きく分けて2つの仕様がある。現在ではそれは「前期型」「後期型」というふうに分類されており、両者の間には比較的大きな変更点がある。そのいつくつかについては後述する。
 
 さて、モデルガンの100式機関短銃はタナカから1985年末に初めて発売された。タナカはすでに九九式短小銃等を出しており、旧日本軍の長物シリーズの1つとしてこれを出したものと思われる。タナカがモデル化したのは、実銃では前期生産型と後期生産型に分けられる前期のものである。最初に発売されたモデルはブローバック式で52,000円であったが、93年に再販されたときにはダミー・カートリッジ式となり、価格も85,000円まで値上がりした。その後は一度も再販されずに現在に至っており、タナカ本社に問い合わせたところ、本体はもちろんのこと、すでにどの部品もまったく残っていないそうである(2005年現在)。
 上記のような理由もあり、現在では本モデルガンは希少モデルとされているので、程度の良い中古は、ショップでもオークションでも10万円を超える値段で取り引きされている。しかし、あるところにはあるものである。実は、三八式、九九式、二式などの旧日本軍ボルト・アクション・ライフルを探すべく日本中のショップにメールや電話で問い合わせたところ、以前に何度か新品・中古を買ったことのあるお店から新品の100式機関短銃の在庫がある旨の連絡を受けたのである。さすがに絶版の希少モデルということもあるので、値引き交渉には一切応じてもらえなかったが、手元に届いた本品はまさに”新品”であり、素手で触るのがもったいないくらいの代物であった。実際、購入以来一度も素手で触ったことはなく、本体、マガジンをビニールから完全に出したのは、本ページ作成用の写真を撮ったときが初めてであった。それだけ神々しい(?)くらいの存在感があるモデルである。
 ところが、2007年にCAWよりタナカ製とまったく同じものが少量再販された(価格は98,000円)。部品はすべてタナカ製で、組み立てをCAWで行ったそうである。その気になればまだ再販が可能なほど金型がしっかり残っていることがわかったわけで、他の日本軍ボルト・アクション・ライフルの再販にも希望を抱かせるできごとであった。

(実銃のデータは、Gun誌1986年5月号と1997年4月号、アームズ・マガジン誌2004年11月号の記事を参考にした。写真下は86年5月号のモデルガンに実物の30年式銃剣を取り付けたものである。) 

☆スタイル☆ -Style-
 上記のように、すでに輸入配備されていた「ベ式機関短銃」をモデルとしているので、一見した全体のフォルムはベ式と似通っていると言われている。例えば、木製ストックの形状はほとんどそっくりであり、ストックに載っているレシーバーの形もよく似ている。また、丸い穴の空いたバレルのヒート・シールドなどにもその設計上の基本方針は踏襲されているようである。しかし、両者をよく観察してみるとかなりのちがいが見られる。日本軍の設計者がベ式をモデルとしながらも独自の銃を作り上げようと意気込んで作ったことが忍ばれる。
 外見上で最も大きく異なっているのは、ベ式がストレート・タイプのマガジン(40連と20連がある)を採用していたのに対して、100式はバナナ型マガジン(30連)を採用していることであろう。
 また、ベ式にはない着剣装置(バヨネット・ラグ)が銃身下にあることも大きな特徴の1つである。弾薬切れによる破れかぶれの白兵戦を前提としていた(?)日本軍らしい装備である(連合軍のサブマシン・ガンに着剣装置が付いているものはほとんどない)。この着剣装置には三十年式銃剣が付けられるようになっていたが、1942年に二式小銃用に二式銃剣が開発されると、そちらを装備することが多くなったようである。それは、三十年式に比べると二式の方が刃部が短く、携行しやすかったためではないかと思われる。この大型の着剣装置は前期生産型にのみ見られるもので、生産性の悪さと重量の問題から後期生産型では省略され、銃口を利用して装着する形に改められた(写真中右は後期型マズル・ブレーキ:Gun誌1986年5月号より)。
 タナカのモデルガンはこれらの部分をすべて正確にコピーしている。本体の亜鉛合金製部品はしっかりと鋳造された上に丁寧に仕上げられており、鉄製のマガジンもプレス成形でしっかりと作れれていて、まるで実銃かと思われるようなできばえである。また、木製ストックは木工屋であったタナカの真骨頂が発揮されており、美しい木質のブナ材にウレタン塗装で仕上げられている。

☆刻印☆ -Markings-
 他のタナカ製旧日本軍ボルト・アクション・ライフルには菊の紋章があったり、形式名が入ったりしているが、本モデルにはメーカー名以外の刻印がいっさいない。これは前期生産型がそうであるからで、タナカのモデルガンもそれを忠実に守っている。ただし、シリアル・ナンバーはどこかに入っていたはずであり、モデルガンではそれが省略された可能性がある。
 なお、実銃の後期生産型ではレシーバー上部に「一○○式」と縦書きに入れられている(写真右:Gun誌1986年5月号より)。

☆メカニズム☆ -Mechanism-
 当時のほとんどのサブマシン・ガンがそうであったように、100式機関短銃もオープン・ボルト式ブローバックのメカニズムを持っている。しかも、構造をシンプルにするためにフル・オートのみとし、ドイツのMPシリーズのサブマシン・ガンに共通する設計思想を持っている。
 ボルトの形状はシュマイザーMP40のそれによく似ているが、リコイル・スプリングはスプリング・ガイドの外側にむき出しで取り付けられるようになっており、このあたりはMP40ほど進化していない。エキストラクターは幅広のしっかりしたものが付いており、おそらく実銃に忠実な形状となっているであろう。実銃と異なるのはファイアリング・ピンがないことで(金属製モデルガンはセンターファイヤー式が禁止されているため)、その部分はファイアリング・プレートという部品で代用されている。
 面白いのはボルト・ハンドルの形状で、どことなく仏具を連想させる形であるように思うがどうだろうか?
 バレル部分は、主にバレル、バレル・ジャケット(ヒート・シールド)、マズル・ブレーキ(コンペンセイター)、バヨネット・ラグ(着剣装置)で構成されている。実銃ではこれらの部品はすべて鉄製であるが、モデルガンでは法規制上の制約で、バレル・ジャケットとマズル・ブレーキのみが鉄製で、あとの部品はすべて亜鉛合金製となっている。
 バヨネット・ラグを支える前後2つの部品の前部はフロント・サイトの土台も兼ねており、後部はフロント・スウィベル(鉄製)の取り付け部品を兼ねている。そのフロント・サイトは左右方向に保護部品が立ち上がっている。
 本体の中央部分に目を向けると、メカニズム上のユニークな部品がある。トリガー上部の木製ストック上にあるリア・スウィベルのように見える部品は、実はテイクダウン・リングである。すなわち、このリングを手前に引っ張って、反時計方向に90度回すと(時計方向でもよい)、レシーバーとストックを結ぶロックが解け、レシーバー後部が簡単に上方へはずせるようになっているのである。
 ベ式ではレシーバー後部のストック上部にリリース・ボタンが付いているという構造であったが、このメカは部品を減らして構造をよりシンプルにしようとした設計者の工夫の跡が見られる部分である。工具を一切使わずに分解ができるという、ミリタリー仕様の優れたメカニズムと言えるであろう。
 
 レシーバー最後部の右側についているレバー(エンド・ピン・レバー)を反時計方向に120度ほど回すと、レバーを抜き取ることができる。そうするとエンド・キャップをレシーバーからはずすことができ、リコイル・スプリング、リコイル・スプリング・ガイド、ボルトを抜き出すことができるようになっている。
 リア・サイトはレシーバー最後部にタンジェント・タイプのものが付けられており、1〜6(100m〜600m)の目盛りが振られている。これはベ式のもの(レシーバー中央部上に付いている)に比べると照準の正確さを意識したものである。実際、Gun誌1997年4月号のレポートによると、50mで約8pの集弾性を記録したそうである。ただし、その実銃に付いているリア・サイトはタンジェント・タイプではなく、下が環穴(ビープ・サイト)で100M用、上が筋で200m用の2段階式のシンプルなものであった。兵器生産の常として、初期生産品に豪華なものがおごられ、後期生産品ほどシンプルなものになることが多いので、レポートに使われた実銃は後期型なのであろう。
 セイフティーはトリガー・ガード前方のストック下部にあり、それを前方に押すと(写真左の状態)、セイフティーがONになるようになっている。なお、セイフティーは、ボルトの位置に関わらずかかるようになっている。
 マガジンはダブル・カラム、ダブル・フィールドの30連バナナ・タイプとなっている。ストレート・タイプを採用しなかった理由は、おそらく弾薬として採用された8ミリ南部弾の形状からくるものではないかと推測される。すなわち、薬莢部分が前方に向かうほど細くなるようにテーパーのかかっている南部弾をスムーズにマガジン内で動かすには、バナナ型にする必要があったのであろう。
 レシーバー左側にあるマガジンの挿入口もマガジン形状に合わせた形になっている。また、マガジン・キャッチはその挿入口後部にあり、鉄部品の曲がりの性質を上手に利用した実にシンプルな構造となっている。ただし、その分、止めネジがゆるむと役目を果たせなくなってしまったのではないかと想像されるが…。

☆パッケージ・付属品☆ -Package & Accessaries-
 箱は、写真からもわかるとおり専用のものとなっている。
 上蓋の印刷文字のレイアウトは、他のタナカ製旧日本軍ボルト・アクション・ライフルの初期生産品のそれと共通のもので(100式以外のモデルは、再販時に大きな毛筆体による表示になった)、左側に日本語の正式名称が□囲みで示され、右側上に英語の銃名、右側下に英語のメーカー名が並んでいる。なお、これによると日本語の名称には「100式…」というように算用数字が使われているが、書籍などでは「一00式…」という縦書き漢字表記が採用されている場合もある。
 段ボールは重たい本体を支えるのに十分な厚手のものが用いられている。多少手荒に扱ったくらいで破けてしまうようなものではないが、絶版品だけに大切に扱いたいものである。また、下箱の内側には本体を支える発泡スチロール片が何カ所か固定されている。

P.1(表紙)

P.4(裏表紙)
 取り扱い説明書は、A4サイズの両面印刷二つ折りで(箱に収めるためにさらに二つ折りにされている)、計4ページ構成になっている。ボルト・アクション・ライフル系の取説が最初に出た九九式のものを他のモデルにも共通で適応しているのに対して、本品はもちろん専用のものとなっている。
・1ページ(表紙)…タイトル、全体写真、主要諸元、小史、操作の説明
・2ページ(内側右)…弾薬の説明と部品表(部品価格表)
・3ページ(内側左)…部品図
・4ページ(裏表紙)…分解の説明
 すべての部品を分解するための細かい説明はないが、全体構成やフィールド・ストリッピングの方法を理解するには十分なものである。
 この他、本モデルにはダミー・カートリッジ仕様の部品価格表が入っていた(写真は省略)。 

P.3(内側左)

P.2(内側右)

ブローバック・カート構造図
 カートリッジは、初期生産品ではブローバック用のカート(キャップ火薬用であるが、その構造はCPともPFCともちがう独特のもので、オープン・カート式に近い)が付いていたが、再販品である本品にはダミー・カートリッジが5発付いている。
 カートの形状はオリジナルの8o南部を上手にコピーしており、しかも弾頭(ブレット)と薬莢(ケース)の色合い(材質も?)を変えるなどの配慮もなされている。
 初期生産品のブローバック性能がどの程度のものであったのかは定かではないが、もはやこの絶版高級モデルを発火しようなどというマニアはいないであろうから、再販の時点でダミー・カート仕様としたのは賢明な選択であったと言えるだろう。

☆オプション☆ -Optional Accessaries-
 100式機関短銃には三十年式銃剣と二式銃剣が取り付けられるが、タナカからは二式銃剣がオプションとして発売されていた。
 刃や柄の部分はもちろん銃刀法の関係で亜鉛合金製となっているが、オリジナルの形状を見事に再現している。また、柄の部分の木製品もタナカ製らしく上質なものがおごられ、色合いも見事に表現されている。なお、実銃用にはもちろん鞘が付属しているが、タナカ製のものには最初から付属していない。
 スリングは革製のものと布製のものがあったとされているが、どちらのものが純正品なのか不明である。


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