80年代前半に「AMERICAN TOP 40」のヒットチャートをノートに書き写していた往年のチャート・フリークだった私の無責任な洋楽トークです。
| 洋楽の部屋 | ![]() |
高校生の頃、熱病に侵されたように洋楽を聴き漁った時期がありました。当時は第二次ブリティッシュ・インベイジョンと呼ばれ、イギリスのアーティストが束になってアメリカのヒットチャートを席捲していました。片や、楽器をやる連中はヘビメタに傾倒しており、当時の著名な洋楽雑誌であった東郷かおる子の「ミュージック・ライフ」にはこの二大潮流が紙面に渦巻いていました。
私はというと、毎週土曜日の13:00、FEN(Far East
Network)から流れてくるケイシー・ケイスンの「AMERICAN TOP 40」を4時間に渡って聴きながら、そこで紹介されるアメリカのヒットチャートを一生懸命ノートに書き写していたいわば書生のような存在でした。(^_^;)
関東地方では当日の夜にラジオ関東で湯川れい子の「全米トップ40」という番組が放送されており(こちらは3時間で構成されていた)、当時大阪に住んでいた私はBCL界の歴史的名機SKYSONSOR5900を使ってこれも聴いていました。「FEN」では聴き取れなかった曲名などを確認するには最適でしたね。湯川さんの訳詞も曲を理解する上で役に立ちました。当時はまだ30cmLPレコードの時代で、お金のない高校生の私は通学途中の帝塚山にある「回盤堂」(クールなネーミングでしょ? ひょっとして甲斐バンドのゴロあわせもあるのかな?)というレンタルレコード屋さんを頻繁に利用していました。
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| 実家から発掘された回盤堂の会員証 |
また、FM雑誌を毎週買いこんで、狙った曲を蛍光ペンでチェックし、息を殺して電気を消してエアチェックしてました。カセットデッキのポーズボタンを押し込んだ後録音ボタンと再生ボタンを同時に押して待機状態にします。そして暗闇の中でポーズボタンに指をかけ、全神経を集中させます。アナウンスが途切れて「ここだ!」というタイミングでポーズボタンを押し録音が始まります。曲が流れている間もノイズが入らないか気を配る必要があります。ここで母親が無神経に部屋の明かりをつけた日には今までのすべての努力は水の泡です。曲が終わりに近づくと緊張が高まります。いいタイミングでポーズボタンを押さないと、おしゃべりなDJの声が録音されてしまい、さらに緻密な編集作業が後で必要になってしまうのです。テレビ番組は何といっても小林克也の「ベストヒットUSA」です。Radio&Record誌というマイナーな音楽雑誌の最新ヒットチャートをカウントダウンするという、チャートマニアが喜び死にしそうな番組でした。VC(ビデオクリップ)だけでなく、アメリカのテレビ番組に出演した際の映像を流すなど、他の番組では得がたいものがありました。また、氏の流暢な英語を駆使しての来日アーティストへのインタビューも興味深かったです。この番組のスポンサーであったという理由だけで、私は今でもブリジストンというメーカーに好意を持っています。そんな風な熱病もやがて癒えてしまい、最新のヒット曲を追いつづけることもいつしかやめてしまいました。また汗と涙の結晶であるヒット曲集もいまでは粗末に扱ってしまっています。
そして、10年ほど経ったある日、WINDOWS95マシンを買ってやはり熱病に侵されたようにニフティサーブのいろんなフォーラムを読み漁り書き漁りしているうちにとあるフォーラムが新しくオープンすることを知りました。そこのフォーラムの会議室「趣味の部屋」は当時活気に満ちていました。懐かしいアニメやドラマの話も面白かったのですが、やがて洋楽の話が始まりました。高校生の頃二大潮流に乗っていた人や驚くべきことに私のようにヒットチャートをノートに書き写すような人が他にもいたことが分かり、非常に驚きました。そうして、発言を続けるうちにスタッフから一通のメールが。「スタッフになってもらえませんか?」なんせWINDOWSの基本操作を怪しい私にそのような大役が務まるわけもありません。当然固辞し続けましたが、なかなか敵もしつこくて諦めてくれません。(^_^;)
そうこうするうちに私も何だかその気にさせられてしまい、スタッフ就任を承諾するとともにやめておけばいいのに「リブレット」なぞを買ってしまい、以後出張先からも盛んにアクセスするヘビーなパソ通野郎になってしまいました。
私が最初担当したのは「趣味の部屋」でしたが、その後これはいくつかの専門会議室に分化していきました。そのひとつが現存する「洋楽部屋」なのです。いわゆるオフ会(オンラインに対してのオフライン、つまりパソ通での会話に飽き足りず実際に会って楽しいひとときを過ごしましょうというノリですな)も頻繁に行われました。
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| BILLBOARDの思い出 | 80年代の洋楽シーンをヒットチャートで(ほとんど工事中) |
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