日記というかエッセイというか・・・。SKYBILLBOARD管理人のひとりごと。
S-SAY !
日々感じたことなどを硬軟織り交ぜて書いてみたいと思います。
(2000/02/03)南武線が嫌い
毎週末仕事場へ向かうのに南武線を使っている。しかも川崎から立川までというフル乗車だ。所要時間は約55分。車窓の風景もさして面白いものがあるわけでもなく、やることと言えば行きは日経新聞の朝刊、帰りはいまだに進まない吉川英治版「三国志」を読むことくらいで、そのうち居眠りしてしまう。それにしても私はこの電車が嫌いだ。まずは寒い。何でこんなに寒いんだろうと思うくらい寒い。畑の中を走るからなのか車両が古いのか乗客が我慢強いのか?? とにかく私は我慢できずに今日からは足先と背中に使い捨てカイロを装着して耐えている。それに加えて南武線は混んでいる。私はフル乗車だから必ず座れるけれど、立っている人は土日でも相当いる。平日なんて結構な混雑だ。こんなに混んでいるのになんで増発したり快速を走らせたりしないんだろう? 文句ばっかり言うのもなんなのでこれでやめます。この仕事が終わったら当分はこの嫌いな電車に乗らなくて済みそうだ。
(2000/01/23)青春のポップスは勉強になる
NHKの「青春のポップス」観たことありますか? 西城秀樹と西田ひかるが司会をやっているあの番組です。曲が我々の世代からすると少し古いですが、楽しめます。
昨日は若き日のオリビア・ニュートン・ジョンが歌ってた「ジョリーン」が取り上げられていて、へえ〜こんな歌詞だったんだと驚きました。てっきりジョリーンという女の子に恋する男の歌かなんかだと思っていたのですが、実はジョリーンという恋敵に「あなたの方があらゆる点で私よりも優れているのはわかってるけど、あの人を私から奪わないでちょうだい。お願いだから返してぇ〜!じょりーーーん!!」と叫ぶ可哀想な女の子の歌なんですね、これ。それにしてもこの頃のオリビアって可愛かったですね。もう顔中眼だらけというくらいパッチリした眼を見開いて微笑んでいる姿はたまりません。それが一時期見ないなあと思っていたら「フィジカル」で大変身してもう一花咲かせるんですから大したもんです。番組では布施明がエルトン・ジョンの「ボーダーソング」を歌っていましたが、この人オリビア・ハッセーと一緒だったくせにそんなにいい発音とは思えません。存在を誇示したいのかやたら原曲と節まわしを変えていたのがエルトン好きの私としては不満でした。多分に宗教的ですがエルトンの初期のこういう曲を聴くと、やっぱりこの人才能あるなあと思ってしまいます。オカマちゃんだというのが玉に瑕ですけどね。
言い忘れましたが、私は西田ひかるちゃんも大好きです。もうそろそろ三十路にも差しかかろうかという年齢かと思いますが、清純で知的な振る舞いはまさにアイドルの王道です。
(2000/01/23)讃岐うどんに脱帽
正月明けから出張で都合9日間四国は高松に行ってきた。長く大阪に住んでいたくせに私は四国のことをあまり知らない。仕事以外で行ったのはたったの2回。とはいえ、たいていの大阪人にとって四国というのはあまり馴染みのない地なので、とりあえず4県すべてに泊まったことがあるというだけで大威張りできる。
一緒に出張した後輩君は「四国でいちばん人口が多いのは高知市でしょう?」なんて言う。「いやいや、そんなわけは絶対ない。四国といえば大阪に近い高松に決まってる」と私。実はどっちも間違いで、正解は松山市。その程度の知識だから、讃岐うどんもなめてかかっていた。大阪人にとって数ある東京の許せない点のひとつはうどんの致命的なマズさだ。いか焼きが姿焼きしかないとか、天津飯がすっぱいとか、電車の回数券がカード式じゃないとか、いろいろ言い出したらキリはないのだが、まあ大概のことは許せる、もしくはそういうものだと慣れた。しかしうどんだけはどうしても許せない。あんな真っ黒でしょうゆ味のマズいものを出す店をなぜ閉店に追い込めないのか不思議でしょうがない。うどん屋ではなくそば屋を名乗っているところからして気合いが入っていないではないか。
そんな多くの大阪人は、うどんは大阪固有の文化であると思っている。讃岐うどんという名称は知っていてもそれは大阪のうどんの亜流だと思っている人も相当いるに違いない。かくいう私も「高松?あんなうどん屋しかない町はもう行きたないわ!」と吐き捨てる先輩の言葉に影響を受けて、今回の出張でも食にはあまり期待していなかった。
が、うまいのである、これが。何が大阪のうどんと決定的に違うかというと「麺」である。たいていのうどん屋は自分のところで麺を打っているのだが、コシがすごいのだ。シコシコというよりむしろコリコリと表現したくなるくらいの抜群の歯ごたえでうまい。大阪人の名誉のために付け加えると出汁自体はそれほど讃岐が優れているとは思わなかった。すべては麺の違いである。本来なら看板すら出していないような名店にも行ってみたかったが、何しろ仕事で来ているのだからどうしても職場の近くか夜の繁華街周辺に限られてしまう。それでも数えてみると9回食べている勘定になる。
お気に入りのひとつはセルフ店で、うどん2玉を注文して器に入れてもらい好きな具を別の皿に取り、自分で麺を一度湯に通して温めてから出汁を掛けるのだ。こういうお店は市内のあちこちにあってまさにうどんはこの地独自の文化だなあと思う。そのせいか、普通の地方都市なら探さなくてもあるラーメン屋をまるで見かけない。あってもせいぜい中華料理屋の1メニューに過ぎない脇役に追いやられているようだ。惜しむらくはこれほどのうどん文化がまだまだ全国的に知られていないことだ。ご当地ラーメンがブームになったように、是非うどんを核とした仕掛けを考えてほしいものである。
(2000/01/15)沢田研二の歌、米子の赤ちゃん
ところで14日の「ミュージックフェア」はご覧になりましたか? 鈴木杏樹(結構お気に入り)の髪型がヘンだったことはさておいて、ジュリーの姿を久しぶりに見ました。顔に一回り小さい仮面を貼り付けているのかと思うくらい太ってました。それだけでもショックなのに、歌が・・・。全盛期を知っているだけに見ていて辛いものがありました。まるで声が出てないんですよね。せめてと期待していた「TOKIO」でもパラシュートは背負っておらず、何だかいたたまれなくなってチャンネルを替えてしまいました。
すると、例の米子の赤ちゃん泥棒事件が解決したとのニュース。良かった良かった。(^。^) しかし、犯人は夫も子もいると伝えられると、森本毅郎さんが「ほぉ。子供がいるんですか!」と驚きの声を何度かあげていました。犯人の素性がわからない段階ではおそらくたいていの人が、犯人は子供が欲しいのにできない女性に違いない、と思ったのではないだろうか。それが外れていたことに対する視聴者の驚きの声を代弁したかのようなシーンだった。動機の解明はこれからなので何とも言えないけれど、何だか世間にたくさんいる子供が欲しいのにできない人、病気等で物理的に産めない人にとってはすごく嫌な事件になってしまいそうで気の毒だ。明日からワイドショーでこれでもかと取りあげられると思うけど、間違っても向井亜紀サンに質問するようなあほな局が出ないことを祈っています。
(2000/01/09)成人式について
十数年前、私は現在の茨城県つくば市にあるノバホールという公会堂で成人式に出席した。当時の心境を思い出すと、晴れがましい気分はほとんどなくてまあ一生に一度のことだから、といった軽い義務感のようなものに駆られての参加であったと思う。入学式以来のスーツに安物のコートを羽織って、友だちとちゃりんこで大学の学生宿舎からノバホールまで走ったのを覚えている。ズボンの裾にコートが絡まってとても走りにくかったし、何よりも筑波おろしといわれる悪名高い筑波山からの強風に煽られて身も心も凍てつきそうだった。ちょっと遅刻して入った会場は客層が2分されていた。学園都市は人工的に作られた街であるが、学生ばかりというわけではなく当然地元のあんちゃんも少数派ながらいるわけであり、その両者は一見して区別できるのだ。深夜の大通りでは彼らは結構迷惑な暴走をしたりするが、その場においては見かけはともかくも悪さなんてしなかった。式の間も大声で話す奴はいないし、ましてやクラッカー鳴らしたり、一升瓶ラッパ飲みしたり、帰れコールをするような連中はひとりとしていなかった。そこは一種のハレの舞台であり、同窓会でもあったと思う。それがなんでこんな風になってしまったのだろう。壇上でキレた橋本大二郎は偉いと思う。NHK時代に天皇の容態を伝える役をさせられているのを見たとき、この人我慢強いなあと思ったものだったけれど、こういう場では怒って正解だと思う。こんな状況では先生になろうとする人がいなくなるのではないかと心配になった。
それにしても新聞などを見ていると、成人式はもはや時代遅れだからやめたほうがいいという行政側の論調が多くて驚く。そんなこと言ったら、結婚式や葬式や七五三や還暦のお祝いはどうなるのだ。儀式なるものは多かれ少なかれなくてもどうってことない種類のものではないのか。たまたま騒いだ奴がいるからやめろだなんて、それこそ大人としての自覚に欠けるのではないか。大多数の出席者は静粛にしていたはずなのに。法律的にも20歳になって得られる権利や果たさねばならない義務は多いと思う。その節目を祝う儀式を公の立場からやめるだなんて議論はどうかしていると思う。一握りの無法者にびびっていては行政は成り立たない。
(2000/12/19)大江戸線に乗りました
京急沿線に住む私はいつも品川からJRに乗って有楽町まで、そこからちょっと歩いて日比谷線の日比谷から神谷町へ通っている。DOOR to DOORでおおよそ50分の道のりで、一般的な首都圏の通勤者からするとまあまあ標準的な時間距離かもしれない。しかし遠距離交際はできても通勤は苦手だ。やはり30分程度で通える環境が理想だと思う。京都にいた時は電車と自転車で20分程度だった。タクシーに乗ったところで2000円以内。今の東京でそんな環境はかなり難しいのはわかるが、私は開通した大江戸線に期待していた。
京急が乗り入れている都営浅草線の大門から大江戸線で六本木、日比谷線に乗り換えて神谷町までは一駅だ。理論的には近いように思ったが思わぬ敵が控えていた。大江戸線の六本木駅は海底駅を除くと日本で最も深いところにある駅なのだ。日比谷線に乗り換えるまでに乗ったエスカレーターは5基以上、混んでいるとゆうに10分は要するのではないだろうか。結局通勤時間は従来のルートとほぼ同じだった。
で、何が悪いのか冷静に考えてみると、第一に神谷町に職場があるのが悪い。日比谷線は東横線沿線に住む人以外のみんなを不愉快にさせる電車だ(と思う)。第二に品川に地下鉄駅がないのが悪い。第三に京急と都営の協力関係が今ひとつなのが悪い。文句ばっかりいってると私が普段応対している苦情おやじと大差ないので、この辺でやめておこう。そのうち余裕ができたら他の駅も探検してみたいと思う。
(2000/11/21)世界地図を見るのは楽しいな
妻が生協の注文書を書く下敷きにしていた昭文社の「グローバルアクセス世界地図帳」を何の気なしに眺めてみました。
最近特にアフリカ大陸に興味があり、行けるあてもないのにガイドブックを買って各国の見どころなんかを読んでいたので自然と目はアフリカの地図に行ってしまいます。モハメド・アリが試合をしたザイールという国は今はコンゴ民主共和国という名前に変わってしまい、隣に前からあったコンゴ共和国と混同しそうです。他方、南アフリカ国内に飛び地のように存在するレソトやスワジランドは健在のようで安心しました。象牙海岸という表記は見当たらずコートジボワールに統一されているようです。そのくせ赤道ギニアや中央アフリカはいまだに国名に日本語表記が残っていたりして不思議。西サハラって今もスペイン領なんですね。
子供の頃、世界の国々の首都を覚えるのが好きで、タンザニアのダルエスサラームやパプアニューギニアのポートモレスビーなんかは言葉の響きが良くて気に入っていました。ちょっと前に後輩と議論になったのがスリランカの首都。首都記憶マニアの私は自信を持って「コロンボ!」と答えましたが、今はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテという舌を噛みそうなところに遷都されたんですね。歳がばれてしまって悔しい思いをしたことを思い出しました。(-_-)
地図を見るとなんだか旅に出たくなりますね。娘(3ヶ月)の飛行機賃がタダの間に近場でもいいからどこかへ行きたいもんです。
(2000/11/14)シティバンクは大丈夫か?
外貨預金に興味を持って口座を開いたのはもう6年くらい前になる。急激な円高が始まったときドルを買っても買っても下がり続け仕事も上の空で外為相場を追いかけていたことを思い出す。でもそこそこ差益で儲けたし、他行のATMから出金しても手数料をシティバンクが返してくれるという画期的なサービス(これは今でも十分画期的だ)を重宝したこともあって、私は長らくメーンバンクにしていた。タイバーツやスペインペセタの高金利につられて少々損失も出してしまったけれど、クレジットのシティバンクカードはホテルの優待券や食事券を毎月のように送ってきてずいぶん活用させてもらったし、非常に好意的に今まで見てきた。ところが、ここ半年くらいどうもおかしい。サービスは低下。送られてくるのはフラワーサービスだとか保険の案内だとかどうでもよいものばかり。この間なんて「円安だからといって黙ってみていていいのか」みたいな激しい口調で為替差損を埋める金利の効用などを説き始めた。邦銀が似たようなサービスをはじめている上に相次ぐ金融破綻で預金保険の対象外である外資系銀行にとっては厳しい時代なのかもしれない。まさかとは思うけれどもしやとも思う。そんな不信感が不景気の世の中を覆っている。私も少し不安を感じてシティバンクの円預金を少しずつ邦銀へシフトさせているところである。杞憂であればよいのだが。
(2000/11/07)田中康夫知事をめぐる状況(2)
さて、例の企業局長が辞表を出したとき、私は驚いた反面がっかりもした。地方公務員というこの世でもっとも安定した職業に就いた人が退職を自ら申し出たという驚きと、どうせ辞めるなら謝らずに自分は間違っていないと主張し続ければよかったのにというがっかりである。しかし、その後知事が慰留して退職を思いとどまるという決着はいかにも茶番であった。土木部門の職員の選挙違反が発覚したというのも後味が悪いけれど、これによって知事の人気が高まるのも私は気に入らないなあと思うのであった。
しかし辞表を公開する役人も役人だ。あれはいくらなんでも非常識で、名刺を折り曲げる行為とは比較にならないくらいひどい。それを叱ったという部分においては私も知事は正しいと思った。
(2000/11/07)インドで爆弾テロに巻き込まれるの巻
少しはまとまった休みが取れる唯一の時期である年末年始に私は足繁く海外に出かけた。ベトナム、ベトナム、パキスタン、ベトナム、インド、インドネシア、香港。かなり地域が偏っているがこれらが年越しをした国々である。いろんな国でぼられつづけていることは以前も書いたが、インドでは恐るべき爆弾の餌食になった。
この年はカレンダーが悪くて仕事納め後の12月29日は出国ラッシュ。なぜインドへ行きたくなったのかは今となってはどうしても思い出せないのだが、とにかくインドのデリーを目指した。インドへはフラッグキャリアのエア・インディアもあるのだが曜日が合わないためバンコク乗り継ぎのタイ航空で。機内で「地球の歩き方」を読んでいると、失敗談がいくつか載っていた。悪徳旅行会社にだまされてカシミールのスリナガルに軟禁されたという恐ろしい話の他に阿呆みたいな話が載っていた。
「デリーの繁華街を歩いていたら傍らをパスしていった男がシット、シットと足下を指差しながら叫んでいる。見ると知らない間に牛の糞がスニーカーの上に乗っかっていた。やられたと思った私の前に靴磨き屋が現れた」私は機内で笑い転げた。馬鹿じゃねえのこいつ、と思った。いくらなんでも牛の糞を足の上に落とされて気づかないわけないだろ、と。
さて、着いた翌朝、私はコンノートプレイスというデリー随一の繁華街を歩いて安宿街であるメインバザールへ向かおうと思った。地図を見ながらテクテク歩いていたら地下道の入り口にぶつかった。どうやらこれをくぐらないと対岸の道へは渡れないようだ。薄暗い地下道を歩いて再び地上へ出た途端、突然前触れもなく男が横を通り過ぎながら「しっと、しっと!」と私の足下を指差した。いかにインドが野良牛の天国だといってもコンノートプレイスというおしゃれな繁華街に牛などいるはずもなく、ましてや私は今地下道を歩いてきたばかりなのだ。それに上から何者かに糞を落とされたら足に感触があるはずだ。絶対の自信をもって足下を見ると・・・。
次の瞬間目の前に現れた靴磨き男の満面の笑みを私は一生忘れることはないだろう。
(2000/10/29)田中康夫知事をめぐる状況
先日書いたとおり、私は知事としてのこの人が好きではない。部下であるお役人に名刺を渡すのも非常識だと思う。だから、名刺を折り曲げた企業局長はたいしたもんだと感心している。知事と局長なんて民間企業で言えば社長と部長のような関係なのだろうから、いかに頭に来てもなかなかこのような行動にまでは出れないものだ。ところが、マスコミ報道によると県庁にはこの行為を「失礼だ」とする苦情が殺到しているらしい。自分たちの選んだ知事をなんと心得るか、という県民の苦情は理解できる。が、県外からも寄せられているというのは解せない。大きなお世話なのだ。こういうクレーマーこそ地方自治の精神をないがしろにする元凶だ。長野のことは長野に任せればいい。
しかし、もうひとつ解せないことは、当の企業局長がなんともあっさり謝ってしまった事だ。職を辞しても闘うという姿勢があればよかったのにと残念に思うし、支援する職員の声が聞こえて来ないのも興ざめである。やるなら徹底的にやってほしかったと思う私もやはり余計なお世話なのだろうか。
(2000/10/23)インターネットで調べもの
<第2回>ピーカンの語源は何?
晴れ渡った青空のことをピーカンと言いますよね? 私がこのコトバを初めて聞いたのはそんなに昔のことではありません。大学生くらいのときに確かタバコの広告で「ピーカンの天才。」というコピーをどこかで見かけたのが最初だと思います。青空のもとでいたすという意味で青カンとコトバは聞いたことがあったので、それから類推していろいろ考えてみたのですがどうにも本来の意味がわからない。ひょっとして自分以外の誰もが知っているコトバなのではないかと不安になった私は、その後正確な意味や語源を尋ねることなく一児の父となってしまいました。今は一人でトイレにも行けない娘ですが(当たり前だ)、そのうち質問されて答えられなかったら父としての権威は失墜するのではないかと気になったのでこの機会に調べてみました。
まずは某テレビ番組のHPです。
スカッと晴れて気持ちいい朝!まさに、“ ピ ー カ ン ”って言葉がぴったりな空なんですぅ!はっぴぃ〜☆☆
(中略)
話がそれてしまったけれど、冒頭で使った“ピーカン”という言葉。なんでこう言うかご存知ですかぁ??
つい最近まで私は知らなかったんですが、あの“ピーカン”からついたそうなんです?!
そう、たばこのPEACEがまるい缶に入っている、アレです。
ピーカンのラベルの色(;紺色)のような抜けるような青空ということらしいんですよね。
これは自称;お天気競馬予報士のS藤さんが教えて下さったんです。
ありゃ?でも広辞苑には
【ぴいかん】
快晴のこと。もと映画撮影で用いた俗語ってなってるぞ?
まいっか。
まいっかで済ませるいい加減な態度がまず気に食わないですが、ピースの缶って濃紺でしょ? とても青空の色とは言えないと思うんですよね。どうせならハイライトのほうが青空に近いでしょ?
で、さらに検索したらそのものズバリのサイトが見つかりました。「こねっと・チューターに聞こう」です。
埼玉県 小学3年生
(質問) ピーカンに晴れるって、どんな意味(いみ)でしょうか? また、ピーカンとはなんですか?
なぜピーカンと言うようになったのかについても教えて下さい。
ピーカンとは、とてもよく晴れた空のことを言うようですね。
「ピーカン」は流行語(りゅうこうご)の一種(いっしゅ)だと思います。
もう少しくわしい説明
博士、ピーカンに晴れるってどういう意味?
ふつうはとてもよく晴れていることを「ピーカンに晴れる」というね。
辞書(じしょ)にはのっていないの?
見たことないなあ。最近できたことばなんだろうね
なんでよく晴れていることを「ピーカン」っていうんだろう。
語源(ごげん)の由来(ゆらい)としては、
ダイビング用語(ようご)の「perfect condition(パーフェクト・コンデイション)の略(りゃく)」だとか。
「ピー」はピンからキリまでのピン、「カン」は「完全」の完か、「カンカン照り」のカンだと言う人。
ピースという名前のタバコの缶を開けると、缶のふたのうらがとてもキラキラしていて、そこから天気のよい日はピーカン(ピー缶)と呼ぶようになった。
と、いろいろな意見がある。どれが本当なんだろう?この言葉が広まったのは高橋章子さんの「気分は快晴(ピーカン)」というタイトルの本がヒットしたからとも言われている。
いずれにしても、流行語(りゅうこうご)の一種(いっしゅ)なのは間違いないだろうね。
それにしても小学3年でこんな質問をする子は恐ろしい。ハタチ過ぎても問題意識を持ち続けてほしいものだ。
さて、諸説あるようだが、perfect conditionの略であるなら日本人のコンディションという発音だとピーコンもしくはパーコンが自然ではないのか?「 ピンキリカンカン照り」はもっともらしいがピンがピーになるのがやや不自然。というわけで、先に紹介した説と重複する部分のある「ピースの缶」が正解であるような気がします。缶のふたのうらがキラキラしているからピーカンというのも相当強引だと思いますが、少なくともピースの缶→ピーカンは略し方としてはより自然だと思いませんか?
これ以上検索しても正解は見つからなかったので、高橋章子さんの「気分は快晴(ピーカン)」という本を読んだことのある人、文中に何かヒントがあったら是非教えて下さい。
余談ですが、ピーカンクラブ・ドットコムという会社があってホームページでこんなこと言ってます。
いつも心に青空を。 ピーカン気分で行きましょう。
好奇心が、新しい出会いと面白い発見を連れてきます。
ようこそ、ピーカンクラブヘ。
ピーカンクラブのお仕事案内
●ウェブコンテンツ企画・制作
●PR誌企画・編集・制作
●新聞・雑誌広告
●テレビコマーシャル
●カタログ・ポスター・販売促進ツール
などデジタルからグラフィック、電波までのクリエイティブ・ワーク全般。
からりと晴れた青空のような、ピーカン・ソリュージョンを!
社名にしているくせにどこを探してもピーカンの由来を説明しておらず私は少なからずいらいらしました。でも私は向学心がないので「まいっか」で済ませてビールを飲んでしまいました。埼玉県の小学3年生君にはこんな大人になってほしくないと思います。
(2000/10/22)田中康夫知事誕生
官僚出身者が長期政権をリレーしてきたことに対する反発が生んだ二重あごの新長野県知事。「なんクリ」も読んだことのない私だが、「OHエルクラブ」というくだらんテレビ番組はたまに見ていた。司会は田中康夫と南美希子でトニー谷ではなくトニー田中なんかが出ていた。長野県についてもろくに知らない。教育県であることを誇っている(つまりは管理教育が行き届いている)。県内に風俗店が一軒もない(今はどうかしらない)。長野と松本では県庁移転を巡る大昔のいさかいがいまだにあり松本市民は長野オリンピックに無関心だった(単なる噂だけど)。白骨温泉は素晴らしい温泉であるとみんながいう。せいぜいその程度の知識しかないが、新しい風が吹くことは悪いことではないだろう、と傍観者としては結構田中氏を応援していたりしたもんだ。
が、初登庁を控えての県庁ロビーの視察の映像を見てうんざりした。
「長野新幹線のこの時刻表はなぜ一年前のなのですか。結果的にダイヤは変わっていないかもしれない。しかし、我々に必要なのはプロセスなんです」「展示してあるこの地元の産品の選定基準はなんですか? 調べておくように」
なんなの、この人? 言ってることも意味不明だけど、もう少し謙虚な姿勢を見せてもいいんじゃないの? しかもマスコミを引きつれて無表情でぶっきらぼうに言い放つ尊大な態度は、扇千景に相通じる「何様のつもり?」と言いたくなるほど不快なものだった。こんな人がトップだと県庁のお役人もさぞ大変だろうと同情してしまう。「しまった。あんなやつに投票するんじゃなかった」と後悔している県民も多いんではないだろうか。議会でボコボコにされる場面が私は今から楽しみである。
(2000/10/22)日本シリーズまずは一勝!
南海電鉄運転手を祖父に持つ私は生まれてこの方ホークス以外のファンになったことがありません。昨年のV1の時はリーグ優勝で大喜びしたので日本シリーズなんてもうどうでもいいと思っていましたが、案外中日が弱っちかったのであっさり日本一になってしまいました。今年はリーグ優勝自体はそれほど感激もしないのですが、相手が巨人となると俄然まわりも盛り上っていますね。私としては、普段テレビ中継もろくにないホークスの選手が全国区に名前を売るいいチャンスだと思うので、是非頑張って目立ってほしいものだと思います。第一戦はダイエーらしいいい勝ち方でした。
しかし誰も予想しなかったニエベスのホームランには驚きました。この一発で来年も日本に残れるのでしょうか。当然ながらスポーツニュースは梯子してみましたけど、試合を決めた彼のインタビューが全然映りませんでした。展開はどうであれ、たとえまぐれ当たりであれ、紛れもない勝利打点なのですからもう少し大きく扱ってほしいものだと思いました。
(2000/10/06)気になるアナウンサーの「ま」
「間」ではありません。「ま」が気になるんです。例えばこんな風に・・・。「北朝鮮に米を援助するという政府の発表に対し、反対勢力が明日抗議行動を行う考えのあることを記者会見で表明しました。ま、この行動の背景にあるのは日本人拉致疑惑の解明を、ま、いわば後回しにして欧米の世論に、ま、あたかも迎合するかのような政府の弱腰の対応であると思われます」ちょっと極端かもしれないけど、ま、こんな風なしゃべり方です。
このしゃべり方の創始者は私の知る限りNHKの「ニュースセンター9時」に出ていた若かりし頃の宮崎緑さんだと思います。へえ〜こんな間合いのとり方もあるんだ、と当時はむしろ心地よく聞こえたものでしたが、いつの間にか真面目なニュースを読むアナウンサー(キャスターと呼ばれる人も含む)の流行になったように思います。最近では安藤優子が一番激しいのではないでしょうか。たいてい事実を伝える部分ではなくて意見や推測を含むパラグラフで出現します。正しい日本語を話す教育を受けているアナウンサーなんですから、もう少しメリハリのある歯切れのいいしゃべり方をしてほしいものです。
話はそれますが、私は宮崎緑さんが好きでした。いつだったか中国残留孤児がテレビで肉親との再会を訴える場面を流したあと、彼女は感極まって泣き出してしまいました。単純ですが、あー優しい人なんだなあ、って思ったものでした。ま、篠原の銀で泣いてしまう有働さんの方がいい、って思う人もいるでしょうけどね。女子アナネタは今や週刊誌の定番ですが、私も女子アナは結構好きです。昔なら、久能木(黒田)あゆみ、滝沢(古藤田)京子、帯淳子(600こちら情報局)、大橋照子(日本短波放送の看板アナ)、佐々木美絵(アップダウンクイズ)。ちょっと前なら、CNNデイウオッチに出てくる女の子たち(病的潔癖症の山口美江は除く)。で、最近では下平さやかや小倉弘子や賀来千賀子声の荒瀬なんとか(がぶり寄りの荒瀬とは別人)もいいけど、何といっても一押しはNHKの膳場貴子さんです。「おはよう日本」でお目にかかれます。この人、東大の医学部卒なんですね〜。天は二物を与えず(おい、頼むからせめて諺はちゃんと変換してくれ〜。疲れるよ、まったく>MS-IME)なんてコトバは死語なんですな。近いうちにきっと天下を取ると私は思います。私のことをアホだと思ってくださって結構ですが、ある時膳場貴子で検索してみました。ファンの作っているサイトはまだそれほど多くありませんが、学生時代の残骸があったりしてインターネット時代だなあ、と改めて思いました。著しく話題が逸れましたが、ま、ご容赦ということで。
(2000/10/04)インターネットで調べもの
<第1回>発病したら治す薬はない恐るべき狂犬病
日常生活の中で見聞きしたことで、関心を持ちながら深く調べなかったことってありませんか。不定期になると思いますが、そういうネタをインターネットのみを駆使して調べてみたいと思います。記念すべき第1回のお題は「狂犬病」です。
子供の頃「家庭の医学」が大好きだった私は奇怪な病気に興味があった。それは多分に手塚治虫の漫画「ブラクジャック」にインスパイアされている。破傷風やバセドウ氏病は載っていたけど、獅子面病や人面瘡は載っていなくてがっかりしたのを覚えている。そんな中、ふと開いたページに「狂犬病」という項目があった。曰く「狂犬病ウイルスに感染した犬に噛まれることで発病する。水を恐れることから恐水病とも呼ばれ、末期には全身が痙攣し泡を吹いて死亡する。発病してしまうと治す薬はなく、100%死亡する」なんとも恐ろしい病気ではないか。私はわくわくして大人になったら治す薬を発明してノーベル賞を貰おうと心に誓った。時は流れ私は一般的なサラリーマンになったけれど、未だに「100%死亡する」「水を恐れる」というくだりは気になっていた。治せないのはしょうがないとしても、なぜ水を恐れるのか? インターネットで調べてみた。
まずは農水省動物試験研究所のサイトから。
狂犬病ウイルスによって起こり、人を含めた全ての温血動物が感染します。発症した動物の唾液中にはウイルスがたくさん含まれていて、咬まれることによって感染します。ウイルスは傷口近くの神経を伝って脳へ侵入し、興奮・麻痺・けいれん等の症状を起こします。人では水を飲もうとするとけいれんを起こすために恐水症と呼ばれることもあります。この病気は発病してからでは有効な治療方法がなく、ほぼ100%死亡してしまうたいへん恐ろしい伝染病ですが、ワクチンで予防することができますので、ワクチン接種は狂犬病の予防対策には非常に重要です。
お役所らしい過不足のない文章だが、私の子供の頃の記憶に間違いはなかった。現在もなお発病すると100%死亡する恐ろしい病気なのだ。しかし、「水を飲もうとするとけいれんを起こす」理由が今ひとつ明らかでない。別のサイトを調べてみた。ラオスの青年協力隊員の論文である。
狂犬病は感染した動物の唾液腺で増殖したラブドウィルスが唾液に排出され、咬傷により感染するものである。ウィルスは咬傷部位で増殖し、抹消神経を上行して中枢神経を侵す。潜伏期間は非常に長く、小動物でも2週間から数カ月におよび、ヒトでは1〜3カ月がもっとも多いとされているが、3年以上という場合もある。狂犬病ウィルスはすべての哺乳類に感染し、発病した場合には100%死亡すると言われる恐ろしい病気である。主たる症状は筋肉の反射亢進や痙攣で、その結果として特に液体の嚥下困難が起こり、やがて水を見ただけで痙攣発作を起こすようになる。これを恐水病と呼ぶ。狂躁期から昏睡期を経て、最後には呼吸中枢が侵されて死亡する。発病を防ぐにはワクチン以外の方法はない。(中略)日本では1950年に狂犬病予防法が施行され、1957年以来発生はみられない。
おぼろげながらわかったことは狂犬病の特徴的な症状のひとつはけいれんであり、感染した患者は水を飲もうとしてもこのけいれんにより飲むことができず、やがて水を見ただけでけいれんが起きるようになるのではないかということだ。ハッキリと書かれた文章を見つけることはできなかったが、たぶんそういうことなのだと思う。また、別のサイトには以下のような記事があった。
狂犬病(別名「恐水病」)に関する正確な知識が広まったのは、フランスの細菌学者ルイ・パスツールが予防接種法を確立した1880年代半ば以降のこと。それ以前は、消毒以外なすすべもなく、対策も「警視局が巡査規則を改正、狂犬撲殺を義務付ける」(1880年=明治13年3月16日)、「本郷警察が狂犬狩り」(1884年=明治17年12月25日)といったものばかりでした。明治初期の記事には「病犬にかまれたら、煮ても焼いてもカエルを食べればよい」(1876年3月27日)、「栃木県には歯に毒ある猛犬 かまれたら『チールトン』でまず消毒を」(同年9月18日)などの投書があり、病気のメカニズムがわからないままに、対応を暗中模索する様子がうかがえます。
カエルを食べればよいというのもおかしな話だが、こういう民間療法が新聞に載るというのはある意味狂犬病がポピュラーな病気だったからだろう。 さて、狂犬病は犬からのみ感染すると思ったら大間違いで、別のサイトにはこんなことが書いてある。
コウモリはウイルス保有率が高く、外見上健康なコウモリの数%がウイルスを保有している。洞窟を探検中に感染する例があるので注意が必要。中南米では、バンパイアコウモリ(吸血コウモリ)に家畜が咬まれて狂犬病に感染する。コウモリは発病の12日前から、スカンクは8日前から感染力があると云われている。
昔、オジー・オズボーンというヘビメタなアーティストがこうもりの身体を噛み千切って狂犬病ウイルスに感染しそうになったという話を聞いたことがあるが、この後日談はわからない。本人は死んでいないみたいなので発病には至らなかったのだろう。実際のところ、発病したら100%死亡するのは事実のようだが、要は噛まれたあとに医者へ行って適切なワクチンを摂取すれば発病には至らないということのようだ。そんなわけで、野犬に噛まれたら迷わず医者へ行くことをおすすめする。もし、水泳のプールで水を恐がっている子供を見かけても軽率にかなづちと決めつけないようにしたいものだ。
| ☆7月のバックナンバー | ☆8月のバックナンバー | ☆9月のバックナンバー |
| (2000/07/02)三宅島の思い出 (2000/07/03)昆虫採集 (2000/07/05)蟻の巣観察 (2000/07/06)洋楽の衰退 (2000/07/07)扇千景と田中真紀子 (2000/07/10)大観覧車 (2000/07/27)新幹線と方言 (2000/07/27)オールスター (2000/07/30)バックパッカー |
(2000/08/10)資本主義社会 (2000/08/27)寝台車の思い出 (2000/08/28)世の中に妊婦は多い |
(2000/09/05)軍艦島 (2000/09/05)自閉症 (2000/09/11)携帯電話 (2000/09/12)大学入試 (2000/09/29)香港でのぼられ初め回想記 |