さらば38度線の北
最終日は帰るだけであったが、ハードなツアーに疲れ切っていたように思う。思い思いの感慨を胸にせっせと帰り支度をしていると、廊下中に響き渡るような「パリ〜ン!」という花瓶が割れたような大きな音とほぼ同時に「ぎゃあ〜!」という断末魔の叫びが響き渡った。音の発信元は同行者で紅一点のT嬢のいる隣室からである。何事かと驚いてトイレをノックすると中から「こないでェ〜!!」という叫び声。T嬢は旅行に出ると便秘がちになるそうでバッグの中に「おおばこ」という薬草のようなものを大量に詰め込んでいた。これを飲むとお通じがよくなるらしい。で、最終日の朝シャワーを浴びている最中にどうも催したらしく(^_^;)トイレに素っ裸で座って用を足していたらしい。事が済んで晴れ晴れとした気分で水を流したら、例によって止まらなくなったので陶器製のタンクの蓋を持ち上げたところ手が滑って床に落としてしまったのである。後で現場検証したら、ばっくれてとんずらするわけにもいかないくらい見事に粉々である。「これは大変だ。日本へ帰してもらえなくなるかもしれないぞ」「強制収容所はここから遠いのかなあ」「明日からマスゲームの特訓が待ってるに違いない」などと無責任に口々脅かしていたのだが、案内員に素直に話してお詫びしたらあっさり許してもらえた。そんなこんなの北朝鮮恐いもの見たさツアーも終わりが近づいてきた。最後に空港でお土産になるようなものを買ったのだが、力道山の写真入り焼酎以外目ぼしいものがない。例えば金日成ポスターとか金正日金太郎飴とか、偉大なる父子を題材にしたキャラクター商品を売ればそれこそ飛ぶように売れるのに商売が下手で歯がゆい。今度来るときまでに朝鮮総連に提案しようかと思う。
冗談はさておき、かくしてツアーは終わったのだが、帰ってからしばらくしたら産経新聞紙上に「北朝鮮国民
祭典のために食糧を拠出させられていた」という見出しが踊った。食糧危機が伝えられ始めたのもちょうどその頃で、我々のツアー中の食事が極めて質素であった理由を裏付けることとなった。その後もいろんな国を旅したが、こんなにインパクトのある国は例を見ない。いつの日か当局に監視されることなく、自由に北朝鮮国内を歩いてみたいものである。■