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2006年 9月のひとりごと

2006年 9月29日

 韓国のお話最終回。 かなり長くなります。
 そんなこんなで仕事:酒:睡眠が5:4:1みたいな生活を送っていた出張も大詰め。
 最終日も遅くまで作業を行い、量産のメドも立ち、万々歳でのお別れ。
 夕飯には例の鰻をたんまりと御馳走になり、やはり例によって吐きそうになりながらも必至で詰め込みました。

 で、ホテルに戻り、帰国できる事に喜びを感じつつ、シャワーなんかを浴びていると内線が。
 上司「すまん。明日も出てほしいそうだ」

 (・ω・)

 なんの感情も湧かず、帰り支度を中止して、飲みに出る準備をする私。
 諦めが肝心というよりも、これまで何ヶ月も過ごしてきて、いまさら1日延びるくらい、どってことないよな、という気持ちもありました。←伏線
 で、飲んで帰って寝て翌朝。

 フライト予定時刻2時間前に、翌日の便に回すようお願いしたところ、余裕でオッケー。
 これだけを心配していたのですが、本当に一安心しました。
 ちなみに、上司は私よりも一日遅く帰国する予定だったので、これで同じ日に帰国する事になったわけですね。

 で、自分がいる必要があった作業は1時間くらいで終わってしまい、退屈な時間を過ごしてました。
 お昼にはまた何故か鰻が炸裂し、小さな親切余計なお世話という言葉が百往復くらいしていました。

 まあそんなこんなあっても、やっぱり最後は最後で、本当に最後だったので、最後に簡単な技術指導をして、9時にお別れ。
 その後は、上司と二人でホテル近くの日本料理店に行って、閉店時間過ぎてるにもかかわらず、牛丼を御馳走になりました。

 翌朝。 午後の便で飛ぶ上司と違って、朝の便で飛ぶ私は4時に起床し、フロントでチェックアウト。
 何気に、一人で空港まで移動するのは初めてな為、ちょっとドキドキでした。

 バス停の位置をフロントで確認して、バスを待っていること2時間。
 2時間はさすがにおかしいと思いますよね。
 私もそう思います。

 時間にルーズすぎるだろう!と思ったら、何故か道行くおじさんに話しかけられ、韓国語が通じない事に気付いたのか、英語で話しかけられました。

「なにしてんの?」
「バス待ってるんだけど、いつ来るの?」
「ここ、空港から来るバスが止まるだけで、乗っても田舎に行くだけだよ」
「まじすか!?」
「まじで」

 そんな会話の後、サラリーマン風のおじさんは立ち去り、人通りも徐々に増えてきています。
 フライト3時間前になり、空港まで最悪1時間かかることを考えると、そろそろ乗車しなければなりません。
 道を見渡し、タクシーを見つけて、話しかけると。

「てか、前にタクシーいるだろ? 順番守れよ」

 みたいな事を言われたっぽく、先頭のタクシーへ。
 この時、ウォンは5万ウォン(5000円)しか持っていなかった私は韓国語の本を片手に交渉に持ち込みます。

「おい、俺、これしか金ないんだけど、空港につれてってくんない?」
「…………もう1万ウォンくらい出せない?」
(財布を広げる)「俺、これしかないんだってばよ!」
「はぁ、(ガチャっと後部座席が開く)乗りな」
「かむさはむにだ」

 で、タクシーに乗ると、運ちゃんは最初に無線の電源を切り、次に料金メーターを引っこ抜きました。
 要するに、タクシー会社ではなく、この運転手と契約した事になるわけですね。
 タクシーは飛ばす飛ばす、高速道路を150キロくらいで突っ走り、あっというまに空港へ。
 最初に5万ウォンを手渡すと、次に料金メーターを装着し、無線の電源を入れて、なにやらかちゃかちゃ。

「あと6000ウォンだ」
「はぁ!?」

 要するに、5万ウォンで移動したのはこの運ちゃんへの報酬で、一応初乗り運賃は払わなければいけないということらしいです。
 が、そんなの聞いてない私。

「お前ふざけんなよ、5万ウォンでいいって言ったじゃねーか」
「そんな事言われても、こっちにも事情があるんだよ」

 で、堂々巡り。
 止む無く換金してくるから少し待ってろと言って、荷物も全部持って換金所へ。
 そのまま真っ正直にお金を持っていく私は、やっぱり日本人です。

「戻ってこないと思った。ありがとう。これで俺も助かるよ。シーユアゲン!」

 最後の最後で出会ったいいキャラしてるタクシーの運ちゃん。
 その最高の笑顔が忘れられません。


 さて、無事にチケットを入手すると、まずは朝食、と空港内のレストランへ。
 トーストとコーヒーを注文したのですが、何故か喉を通らない。
 トーストを一口、コーヒーを二口くらいでレストランを後にし、とりあえず出国審査を受け、それも無事終了。

 この辺から疑惑は確信に変わり、トイレに駆け込みました。
 色々ありましたが、フライトまでの2時間、トイレとベンチで横になるという行動を交互に繰り返し、肩で息をしながら機内へ。
 この頃になると、高熱が出ている事が自分でも分かり、座っているだけでも厳しく、ハッチを空けて飛び降りたくなるほど苦しかったです。←伏線回収
 幸い、窓際の席だったので、身体を2点で支えて意識を軽く失っていると、気がついたら仙台空港に着陸していました。

 が、しかし、仙台空港からバスで仙台駅に行き、そこから新幹線で地元に戻り、その後タクシーで移動という行程が残っています。
 地獄のようなロードを、軽く意識を失いつつ乗り越えてようやく会社へ。
 みんなにとっとと帰れというありがたい言葉を頂戴し、自分の車で今度は病院へ。

 病院の待合室で熱を測らされると、案の定、39度オーバー。
 それでも大分楽になっていたので、フライト直前は40度を越えていたと考えると、よくよく日本の病院で治療できてるな、と不思議になるくらい。

 ちょうどインフルエンザが流行っていたので、その検査を受け、結果が出るまでは点滴を受ける事になりました。
 さて、実はこの時、次の日にはとてもお世話になった先輩の送別会が行われる事になっておりました。
 それもあって、この日に帰国したんですが。
 でも、今のままではそんなのに参加できるわけがありません。

 お医者様に「どうしても、明日会社に行きたいんです」と伝えると、「じゃあ、点滴たくさんやりましょう」とノリノリで御回答。
 なんか4時間くらい点滴してた気がします。
 その間、側にいてくれた看護婦さんと話しつつ、どこかで合コンの約束とか出来ないかとも思いつつ過ごしていると、お医者様が検査結果を持ってきました。

「インフルエンザじゃありません。 多分、ウィルス性胃腸炎です」

 心当たりがありすぎて、納得してしまいました。

 で、結局、翌日のお昼に出勤した際には、熱は引いていました。
 送別会にも出席し、二次会にも参加するくらいの元気があった自分が不思議でなりません。
 但し、それから1週間くらい体調は思わしくなく、いまだに胃腸は少し痛みやすいという後遺症も残しましたとさ。


 さて、なんだか日本に帰ってきたからの話が長くなってしまいましたが、これにて韓国出張記はお終いです。
 結局、韓国で過ごした日々はそれなりに楽しかったです。
 当時はイヤでしたけども、こういうのって時間が経てば経つほど良い思い出になりますね。

 ネタが無い時にでも、またなにか思い出したら書いてみます。
〜拍手レス〜

>俺も読んでいてそう思いました(爆) あぁ、余談ですが、来月に母が友達と韓国に旅行に行くそうですww
韓国も旅行に行くのであれば普通に楽しいと思いますよ。 まあでも私は旅行するのにわざわざ海外には行きたくないですけど(笑) 京都で1週間くらいのんびりしてみたいなぁ。

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2006年 9月27日

 夜の水分補給のお話最終回。
 話し尽くせないくらい色々ありましたけれども、一応最後という事で。

 たしかあれは金曜日の夜だったと思います。
 例によって説教好きな韓国エンジニアがホテルに迎えに来て、「なにが食べたい?」との事。
 韓国でしか食べられないようなもので辛くないものがいい、といった上司の言葉に一頻り悩んでいましたが、「じゃああそこへ」と夜の街へ。

 行った先はこれまでの店よりもかなりローカル色豊かな店。
 あまり衛生的ではない感じでしたが、既に社食やなんやらで慣れきっていたので、もうどんとこい。

 で、そのお店で適当に注文してもらうと、出てきたのは貝。
 詳しくは覚えていないのですが、いろんな種類の貝が出てきました。
 それらを例によって焼肉と同じように網の上に置いて、汁が溢れてきたところで食す感じです。
 特別な味付けは無かったのですが、これは美味しかったです。

 次の日、私達は仕事だったのですが、一般的には休みの日だったので、お店は外に並べられたテーブルまで満席。
 お腹一杯になった頃は既に日付が変わろうかという時間帯だったのですが、小学生未満くらいの子供達もいたのは驚きました。
 聞いてみると、塾で深夜まで勉強しているので、それから一家団欒をしようとなるとそういう時間になるんだとか。
 あまり良い傾向ではないと思うんだけど、と仰ってたのが印象的です。

 で、その後、そのエンジニアの友人を呼んだから、車で別な店に行こうと誘われました。
 これを受託したのが全ての間違いでした。

 車に乗って、延々1時間。
 ようやく辿り着いた店は、二人の共通の友人が新しくオープンした居酒屋。
 居酒屋といっても雰囲気はバーに近いのですが、それにしては店内が広い広い。
 男女のグループがたくさん入っていて、そのほとんどが若者ばかり。
 日本の創作料理系居酒屋に雰囲気は似ていて、ターゲットも似たような感じのようです。

 で、そこで次から次へと運ばれてくる料理。
 料理自体はどれもこれも美味しく、韓国料理を上手くアレンジしていて、日本人にも受け入れられるような味でした。

 なんとか完食すると、オーナー(エンジニア達の友人)がテーブルに来て、感想を聞いてきます。
 私達は正直、これはこう、あれはこうみたいな事を答えました。
 要するに、日本人に味を聞いてみたかったようです。
 韓国の若い人たちの味覚は年々変わってきていて、外国人のそれに近付いてきている、というのがその人の考えらしく、日本人に受け入れられるなら大丈夫だろうと思ってくれたようです。

 今も繁盛している事を祈ります。



 この日、ホテルに戻り、シャワーを浴び終わった頃、5時を回ろうとしていました。
 そして起床時間は7時。
 翌朝、酷い顔を鏡で見て、「ああ……こんな生活は絶対良くない」と思いましたとさ。
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2006年 9月26日

 夜の水分補給のお話第二弾。
 前回はバーのお話でしたが、今回は居酒屋の話。

 観光レベルであれば焼肉屋で食事もお酒も済ませてしまうのでしょうし、実際私達も当初はそうだったのですが、いい加減行き飽きていました。
 それを説教好きな韓国エンジニアに伝えると、「じゃあ普通の日本人は連れて行かないんですけど」と言われつつ、とあるビルの中へ。

 日本でもよく駅前とかにチェーン系の居酒屋がずらーっと入っているビルがありますよね。
 このビルはそんな感じのビルっぽかったです。 で、その中の一軒へ。
 内装も小奇麗で、6人掛けくらいの掘り炬燵形式のテーブルが並んでいて、テーブルの間は壁があって一辺だけ空いている個室形式。
 店員は学生さんのバイトっぽい感じで、若い方たちでした。
 内装もこれまた日本のチェーン系居酒屋を想像してもらえれば良い感じです。

 メニューはもちろん韓国料理ですが、味付けを調整してもらってあまり辛くないものに。
 辛さばかりがクローズアップされる韓国料理ですが、実際には辛味をつけてるのは最後なので、その手前の部分での味はすごいしっかりしています。
 その味の方が日本人好みだとは思うんですけれども。

 で、お酒も焼酎ではなくて、日本酒の濁り酒のようなもの。
 日本でもマッコリという名で知られている気がしますが、それのマイナーチェンジバージョンっぽいドンドンジュウというものだった気がします。
 これがまた美味しくて、料理にもあってさくさくと飲めちゃいました。

 同行した人の中に、私より2歳だけ年上のエンジニアがいたんですが、大学が日本だったという事で日本語ペラペラ。
 記憶が曖昧ですが、たしか八王子だったかに住んでいて、八百屋のおばさんに良くしてもらったとか、色んな会話が弾みました。

 その後も会話が弾みに弾んで、美味しいお酒、料理も堪能できました。
 いわゆる一軒目の店としては、韓国で一番楽しかったし、美味しかった店だと思います。

 ただ、それは店の状況も良かったみたいで、あとで聞くとお店が混雑したり、酔っ払いが多かったりした場合、日本人だとばれると喧嘩を売られる事があるらしいです。
 私達と同行していたような日本語が出来て、日本に住んでいて、日本に対して理解がある人ばかりではなく、当たり前のように偏見は持たれています。
 それは日本人が持っている韓国人の方に対するそれと大差ないです。
 でもそれは生まれ育った国が違うのだから仕方ないですよね。

 それを仕方ないと割り切ったうえで、彼らのテリトリーに入る以上、やはりあちらのマナーは尊重すべきでしょう。
 ちなみに、私は韓国という国は好きではありませんが、韓国人は嫌いじゃないです。
 その辺のニュアンスを御理解頂ければ。

 さてさて、その楽しいお酒の後、カラオケ(キャバクラ)を堪能し、例のバーへ。
 ホテルに戻ってシャワーを浴びて、寝付いたのは4時過ぎでした。
 ちなみにこれ、月曜日の話です。 あっちでは平日とか関係なく、飲み始まったらこうなるものらしいです。
〜拍手レス〜

>え!?Σ( ̄□ ̄;) S-Hの存在に今気付きましたよw Skyさんが手がけてるんですか!スッゲー!!
気付いてくださってありがとうございますw 私が製作しているとはいえ、絵や音楽は色んな方にご協力頂いているので、私だけではなし得ないようなレベルになってきています。 プレイして頂いてからも、スッゲーと言ってもらえるように頑張ります!

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〜拍手レス〜

>Skyさんも頑張っていますね。無理しちゃダメですよ^^
ありがとうございます! 無理してるつもりはないのですが、最近は若くないなぁ、と思う事が多々……。 いかんいかんですね。

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2006年 9月21日

 昨日はまともな食事編でしたが、今回はもっともっと遅い時間のお話。

 仕事先の工場は、所謂工業団地のようなところにあり、周りには工場や企業が立ち並んでいます。
 寮なんかも多いので、娯楽施設(特にビリヤード)も多数含まれていました。

 さて、工場の向かいにあった会社には、
私を説教していた韓国のエンジニアが勤めていました。
 この方と仲が良かった上司と同行していたので、事ある毎に呼び出しを。
 2週間滞在していたのですが、前半はほぼ2日に一度くらいの割合で夜は遊びに出掛け、後半はほぼ毎日出かけていました。

 本当に色んな店に行ったので、少しずつ紹介します。

 最も拠点としていたのは、ホテルから歩いて5分くらいのところにあったバー。

 そういえば書いていませんでしたが、泊まっていたホテルは確か四ツ星のホテルだったと思います。
 年数は経っているので、水回りは「それなりに」清潔止まりでしたし、内装も古臭かったのですが、とにかく広い。
 具体的にどのくらいとは言えないのですが、今住んでいる部屋が12畳くらいのワンルームなのですが、その倍はありましたよ。

 他に特徴的なのは、入り口に段差があって靴を脱いで上がるところでしょうか。
 とはいえ、これは床暖房天国な韓国では普通といえば普通で、前に止まっていたモーテルもそうでした。
 ただ、一応日本人向けの部屋という触れ込みで、他の部屋は靴で部屋の中を歩くタイプのホテルだったようです。

 閑話休題。

 で、最も拠点としていたのはバー。
 ここは私が合流する前から上司達がよく使っていたみたいで、日本語ぺーらぺらのマスターが経営していました。
 男性なのですが、新宿のクラブで働いていたらしく、そこで日本語を覚えたみたいです。

 ただし、その日本語は「あらいやだ」「そうなのよねぇ」といった感じで、仕草も妙に乙女チック。
 ああ、そういえば新宿の二つ目の丁はメッカですものね。

 まあ仕草や言葉使いはともかく、日本料理店同様に気遣い無く、また日本人好みの飲ませ方を心得てくれている事もあって、本当に気楽に飲めました。
 お酒の種類も豊富でしたし、質の高いソファーに座れるテーブル席、ショットバー感覚で飲めるバーデンと距離の近いカウンター。
 マスター以外の対応も悪くなく、心地いい空間でしたよ。
 酔っ払うとお客さん同士でも乾杯したりしていましたし、ここは普通に楽しかったです。
 5、6回行きましたが、いつも繁盛していたので、今もそれが続いている事を願っています。

 とりあえず、前にいた場所から通算して、10軒くらいのバーに行ったのですが、そのほとんどが日本のバーと大差なかったです。
 落ち着いた雰囲気でゆったりとお酒を楽しめましたし、バーデンとの会話もそれなりに弾みました。
 当たり外れはあるでしょうし、入りにくい面もあるとは思いますが、変に現地の方で賑わう居酒屋に行くよりも気兼ねしないと思いました。

 もちろん、これは韓国の治安がいい事からこそ言える話ですが。
 (それでもソウル市内以外だったら、女性一人で入る店はある程度下調べした方が良いと思いますが)


 ……ところで、この日記って読んでて面白いというか、興味が湧きますかね?
 韓国の事を知らない方が読んで、「へ〜、そういう事もあるんだ」とか思ってくれれば嬉しいくらいの気持ちなのですが。
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2006年 9月20日

 さて、2年近く続いていたプロジェクトもいよいよ最終盤。
 2月の中旬に先発隊が量産工場へと旅立つと、その一週間後くらいに自分も追いかけました。

 この時の仕事場所は今までの場所と異なり、前回最後の夜を過ごしたりした光明(カンミョンって呼ばれてました)の近く。
 つまりはそれなりに都会でした。

 さて、仕事内容に関しては、量産直前という事もあって最終調整段階。
 私の担当している部分も見限れるけど、出来れば直しておきたい部分の微調整が主でした。
 工場だったので、技術指導や、お手本実践なんかもあったりして、現地の若い方と話せたのは面白かったです。
 そうそう、今までいた場所よりも女性のお化粧は大分上手でしたよ。
 男性の方も、垢抜けた髪型をしている方が多く、ああやっぱり前までいた場所は田舎だったんだなぁ、と思いました。

 受け入れ先の客先も、以前までいた場所よりも対等な立場にいた事。
 そしてそこのトップの方は、過去に私の勤め先で研修していたという事もあるらしく、かなりフレンドリーに接してくれました。
 昼食、夕食も気遣ってくれて、外食が多かったです。

 夜の話はまた今度という事にして、今回は食事の話しをしましょう。


 昼食は主にその工場の社食でとっていました。
 前回いた場所は大型の工場であること、大企業である事から社食の規模自体は日本と遜色ありませんでした。
 しかし、その工場は小規模で、施設も古い事からかなり質素な社食です。

 当然メニューは選べず、味付けも昔ながらの、要するに韓国の家庭料理に近い感じでしょうか。
 つまり、どれを食べても辛い。 激辛。
 見た目普通の味噌汁なのに、味は極悪なものとか、本気できつかったです。
 しかも食材も微妙で、骨満載の魚が丸ごと入ったスープなんかが多かったです。

 私と上司はほとんど食べられず、私に至っては白いご飯だけを掻き込む日々。
 それを見兼ねてか、韓国ノリを持ってきてくれたお客さんには本当に感謝です。

 夕食も社食でとることが多かったのですが、たまには別なもの、という事で外食も結構しました。
 その中で一番多かったのが鰻です。

 鰻はどうやって食べるかというと、スタイルは焼肉と全く一緒です。
 網の上で焼いて、コチュジャンやニンニクを乗せて、サンチュに巻いて食べるんです。
 味自体はそんなに悪くありませんが、量が半端じゃありません。

 キロ単位でしかオーダーできないので、4人で2キロとか食べる羽目になり、もう病気。
 油っぽい鰻を焼酎と共に食す光景は、今思い出しても泣きたくなります。
 しかも一番若いという事で、他の人の1.5倍食べさせられる私。
 普通に吐き気を堪えながら食べていましたよ。

 ただ、そうはいってもやっぱり高級食材。
 もてなしの心なので、嫌な顔は絶対に出来ませんでした。
 耐え難いダメージも残っていますが、今となっては良い思い出だとも思いますしね。

 夕食を断って自分達だけで夕食に行ったことも多かったです。
 ホテルから歩いて5分くらいの場所に日本料理店があったので、ほとんどそこに行ってました。
 その日本料理店は、在日韓国人だった方のお店で、日本にいた時間の方が圧倒的に多く、ハングルよりも日本語が上手かったです。
 そんな方だったので、納豆や醤油、味噌は日本から仕入れていましたし、豚カツやカレー、味噌汁なんかはもう日本の味。
 牛丼も美味しかったと記憶しています。

 海外で日本人の事情を知っている方と日本語で気楽に話せるのは、本当に癒されます。
 衛生面にも気遣われていましたし、店の雰囲気も日本の居酒屋という感じで、日本人常連客も多かったですね。
 もう一度行く機会があったら、日本酒を何本か差し入れしたいです。


 そんな感じで、食事に関しては不都合と好都合が交錯しつつも、仕事に関してだけは順調な日々を送っていました。
〜拍手レス〜

>韓国では雛壇を眺めてるんですね・・・
雛壇ってなんでしょ? 素で分からんです。

>ホント、堂々の帰国でしたよね〜♪ 来年は大学でゆっくりと観戦できる・・・ハズw(((;゜Д゜)))
ホントに素晴らしいですね。 あの世代の心身をきっちりと育てられた監督にも拍手です。 来年はゆっくりと観戦できるよう、もう少しの間、頑張って下さいませ!

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〜拍手レス〜

>いいですね〜♪ 一人酒飲み大会w 俺も酔い潰れてェ〜〜!!!!
いや、実際には、酔い潰れるってのは後の事を考えると気持ち良い事じゃないですよ(笑) でも飲んでる時は大丈夫そうな気がしちゃうんですよね〜。 恐ろしい!

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2006年 9月15日

 さて、三人だけになりました。
 韓国語が出来る人間も、韓国人も居らずに三人だけ。

 その内一人が離脱すると、残るは私と、比較的年の近い上司。
 離脱した一人の上司は、離脱前に
お説教好きな韓国人に連絡を取っており、その人と行ったカラオケ屋の席を取っておいてくれたらしいから行けとの事。
 但し、その韓国の方は来られないという事で、二人だけでの出撃となりました。

 もうこの頃はどうにでもなれという気分だった私達は、妙にハイテンションでその店へ。
 今にして思うと、こうして二人だけでほいほいと夜の街を歩ける辺り、治安は良いんでしょうね。

 で、店に辿り着くと、気を利かせて日本語を話せるママさんが部屋に出たり入ったりしてくれた他、女の子も日本語を勉強中だったり、ある程度英語が話せる子をつけてくれました。

 そうそう。 日本で育てば、片言の英語というか、本当に簡単な英語でのやり取りは出来るようになる場合がほとんどだと思います。
 でもこれって、韓国、中国に行った限りでは当たり前の事ではないようで、ディスイズアペンが分からない人も沢山いました。
 特に、こういうお店で働いている子は、育ちが複雑だったりする子も多い為、満足な教育を受けていない人が結構います。

 そんな感じだったので、その女の子達は高い水準の教育を受けていた事、小奇麗な服装、整えた身嗜みと、色んな意味でレベルが高かったです。
 で、事情を聞いてみるとどうも大学生っぽい。(色々厳しいので、ホントの事は言えない模様)
 なるほど、と納得したものです。

 また話が飛びますが、教育、服装はともかく、身嗜みが整っているというのはどういう事かというと、とっても簡単な事です。
 歯を磨いている、ヒゲというか、顔や腕、脚の余分な毛の手入れをしているなどなど。
 腕や脚はともかく、商売道具である顔のお手入れをしていない子もとても多いです。
 そういった子は、そういうところまで気配りする余裕のない生活をしている子達なのですが、残念な事に、そうした事がまたキャリアというかランクに響いてしまうわけです。
 武士は食わねど高楊枝の精神って大事なのかもしれません。

 で、そのお店でウィスキーかなにかのボトルを入れたのですが、一緒に行った人はお酒はあまり飲めないクチ。
 するとどうなるかというと、豪快な一気大会が始まるわけです。
 大会といっても私一人で飲んでるだけです。
 孤独な戦いです。

 どのくらいの時間が経ったでしょうか。
 一生の内で一番酒を飲んだ日だったと思いますが、海外で飲むという緊張感のおかげで、努めて平静にボトルを消化しました。
 義務を果たし、清算を済ませた後、女の子がこれを私だと思って、というニュアンスの事を伝えながら小さなヌイグルミをくれました。
 なんかよく分かりませんが、ありがたく頂戴すると、バイバイとお別れ。

 それから、ホテルに戻ってシャワーを浴びてベッドに潜り込むと、一瞬のうちに意識を失う事が出来ました。
 でも本当にこの時は意識がしっかりしていたし、体調も普通でした。


 さて、翌日、帰国する日。 午前のフライトだったので、朝は早いです。
 ベッドに入って3時間後に上司から電話が入り、朝だぞ、起きろ〜との事。
 言われなくても起きてはいましたが、驚く事に体が動こうとしない。
 なんとか這い上がり、シャワーを浴びて無理やり覚醒すると、急いで荷物をまとめて部屋を出ました。

 お迎えの車に乗って空港に向かう途中、昨夜貰ったヌイグルミを豪快に忘れた事を思い出し、多少の罪悪感を味わいつつ、二度寝。
 フライトの時刻が大幅に遅れる原因となった雪は、そのヌイグルミが降らしたものだったのかもしれません。


 さて、そんなこんなで帰国してからも、どうせもう一度くらい出張する羽目になるだろうと思っていました。
 そして一ヵ月後、その予想を大幅に上回る最後にして最凶の韓国出張が待ち受けている事を、この時の私は想像もしな……したくなかったのです。
〜拍手レス〜

>刺身に高確率で骨はヘコみますね〜(´Д`)w
へこむというか、普通に危ないですし、何よりも味わう余裕すらありませんでしたよ。 味わったとしても、コチュジャンの味しかしなかったですが(笑)

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2006年 9月14日

 さて、私は2週間、上司2人は3週間という滞在を終え、いよいよ帰国前日。
 客先も気を利かせてくれて4時過ぎには後片付けを開始。
 最終的にはそれなりの成果を得られた事で、笑顔で別れを告げました。

 夕方5時くらいに迎えに来てもらい、空港から南に30〜60分くらいの距離にある光明という場所へ。
 ここは前回の時にも来た結構な都会で、お説教タイムやピザハットを味わったところです。

 迎えに来てくださった方にどうしてか?との問いに「やっと帰れる」と本音がポロリ。
 でもその方も上司2人も優しい反応で、今回の出張が如何に地獄であったかが察せられるところです。
 その後、夕飯は何にする?の問いに、ほとんど韓国の料理を味わい尽くした私達は困惑。

 私とその方がとっさに思いついたのが「犬」でしたが、これは上司2人から却下。
 食べたいわけではありませんが、今更焼肉という気分ではなかったのもまた事実。
 すると「それじゃあ寿司屋に行きましょう」との事。

 一番最初の出張の際に、刺身で地獄を見ただけに、戦慄を覚えました。
 ああ、そういえばこの話を書いていなかったですね。

 一番最初の出張であまり衛生的ではない寿司屋(という名の刺身専門店)に連れて行かれました。
 そこでは店の裏手に池のようなものがあったので、まさか……とは思いましたが、どうやらそうではない様子。
 で、そこでマグロの可能性が高い刺身が2キロどーんと置かれました。
 それをご飯の上に乗せて、コチュジャンやら醤油やらを垂らして豪快に混ぜて食べるものでした。

 あまり気は進みませんでしたが、客先の方々に習って同じように食べていると骨。
 刺身に骨が存在するという衝撃の事実に、何かの間違いかと思いましたが、結構な確率で入ってました。
 刺身、わざびの質も低く、韓国で寿司の看板を出している店で食べるのはやめようと思ったものです。

 さて、光明は都会です。
 連れて行かれた寿司屋は大盛況で、10分くらい待たされたほどです。
 寿司屋と謳ってはいますが、日本の居酒屋に相当近い雰囲気。
 そこに回転寿司屋にあるような全方位型のカウンターが存在して、その中で職人さんが料理をしているみたいでした。

 ネタや刺身は明らかに冷凍モノで、解凍もヘタクソでしたが、それでも日本の回転寿司に近い味は出せていました。
 なるほど、ちゃんとした店ならこのレベルのものが食べられるんだなぁ、と納得。

 その後、今回の出張でとんでもなくお世話になった方とは、翌朝の迎えに来てもらう時間を確認してから別れます。
 さあ日本人3人。
 明日は日本に帰れるので高いテンションを保っています。


 やっぱりこの日も夜は長くなりました。
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2006年 9月13日

 極寒の地での仕事は順調とは言えませんでした。
 土壇場で契約について見解の不一致、味方の筈の日本サイドの方向転換、技術的な問題などでトラブル多発。
 さらに、ホテルに戻ってもテレビが見れるわけでもネットに繋がるわけでもなく、ストレスは溜まる一方。

 話がずれてしまいますが、まだこの頃は海外出張時にノートPCを持って行き、ネットに繋ぐといった事はしていませんでした。
 現在は海外に行く際には必ずハンドキャリーするようにしているのですが、ネットにさえ繋がればいつでも日本の情報を得られますし、日本人の知り合いともコミュニケーションが取れます。
 これってとても大きな事だったりします。

 閑話休題。

 で、そんなストレスが溜まっていた一行はどうしたか。
 街に出たのです。

 職場での夕食を断り、遅い夕食を街で食べたり、色んな店に飲みに行ってみたり。
 ここでいう色んな店で日本人を見掛けた事は一度もありませんでした。
 そんな店にどんどんチャレンジしていったわけです。

 お店といっても、ほとんどが大衆向けのバーで、照明が暗い店だったし、テーブル席を選んでいたので日本人だと気付かれるケースはありませんでした。
 これが居酒屋なんかで、日本人オンリーで飲んでいたりすると、酔っ払いに襲われる可能性が低くなく、普通に危ないので、正しい選択でした。

 そんなこんなで、少しずつテリトリーを広げ、仕事もある程度軌道に乗っていた頃、2週間が経過しようとしていました。
 ようやく日本に帰れるという事が確定し、現在宿泊していたホテルのチェックアウト前日。
 翌日も夕方まで仕事をしたあと、空港近辺まで移動してもう一泊ではありましたが、ようやく日本に帰れる事が確定してテンション上がる三人。

 次に韓国に来る事になっても、その時滞在していた場所には来ない可能性が高いだけに、やっぱり飲みに行こうという事になりました。
 氷点下20度にも慣れた足で飲み歩き、行きつけの店を巡り終わった頃、一軒の店が目に付きました。
 地下へと続く階段の前にBARの文字が。

 基本的に地下に行かなければならないような店は敬遠していたのですが、この頃既に韓国に慣れきっていた私達はチャレンジ。
 入ってみると、とても雰囲気の良いバーで、日本人の若い人にも受け入れられそうな感じでした。

 ただ、そこはカウンターしかなかったのですが、先客が若いカップルと、お店の人がやっぱり若い女の子だけだったので、堂々とカウンターへ。
 女の子は韓国語しか話せなかったのですが、多少やり取りできるようになっていたので聞いてみると、なんでも店長に留守番を任されているのだとか。

 で、その女の子、妙にサービスが良いし、愛想も良い。
 ボッタクリとかそういう雰囲気ではなくて、普通にそんな感じ。
 楽しく会話をし、好きなカクテルをご馳走すると言われた頃、私を挟んでいた上司二人がニヤニヤしているのに気付きました。
 逆サイドに座っていたカップルの男性の方は少し日本語が出来る方だったのですが、その方が言うには私は韓国ではもてる顔だったらしいのです。

 なるほど。
 日本ではテキトーな扱いを受ける自分も、ここではちょっとしたアイドル気分を味わえるわけか。
 気分が良くなった私は、その女の子とヘタクソな英語、韓国語を交えて話していました。

 それなりの期間、韓国に滞在していましたが、こうした普通の女の子と、普通に会話したのはこれくらいだったので、とても新鮮でした。
 韓国に対するわだかまりのようなものも、ここで一気に瓦解した気がします。

 大分時間が経ってしまい、いい加減帰ることになった時、握手をしてその店を去りました。
 会計は本当に私の分だけサービスされていて、店を出た際に上司二人が喜んでいましたが、その脇で私は本気でちょっと寂しかったです。
 もしここが日本であれば、きっとまたその女の子に会う為に、店に行ったことでしょう。

 ちょっとしんみりした気分で荷物をまとめつつ、韓国の知り合いや客先の人が、飲む度に体を触っていた事に戦慄を覚えつつも、女の子の笑顔を思い出して暖かな気分に浸りつつ、モーテルでの最後の睡眠をとりました。
〜拍手レス〜

>何だかスゲー体験してるなぁ(゜Д゜;)と思ってしまいました。カビ臭さで吐き気が起きるってのもスゴイ
体験自体は中国でもっと壮絶な事があるのですが、それはまた別の機会に……。 私は実際にはそのカビ臭さを経験したわけじゃないんですが、思い出すだけでもおぞましいそうで、今でも話題にすると嫌がられますよ。

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2006年 9月12日

 さて二度目の帰国から時は流れました。 年が明け、迎えた旧正月。
 呼び出しが掛かった翌日にフライトという慌しいスケジュールを経て、初めて一人で自宅から空港に行き、一人でフライト。
 三度目とは言え、状況が状況だっただけに、行きの新幹線で眠ってしまう体たらく。
 起こしてくれたサラリーマンの方、ありがとうございました。

 そんなこんなで辿り着いた韓国。
 休日返上で出迎えに来てくださった現地の方と一緒に仕事先へと移動。
 が、残念ながらこの日は旧正月という事で帰省ラッシュ。
 おかげで通常は掛かっても2時間の行程が4時間経っても辿り着かない。
 結局、着いたのは夜になり、2週間前から滞在していた上司達とホテルで合流。

 そのホテルは今まで泊まっていた迎賓館ではなく、ベッドが1つしかないような狭いホテルでした。
 日本のビジネスホテルを想像して頂ければ間違いないです。
 日本であれば広いと言えますが、韓国という事を考えれば断然狭い部屋です。

 荷物を置いて着替えた後、既に人生を半分諦めたような顔の上司二人と食事へ。
 上司といっても気心の知れた中でしたので、あんまり気を使うような事はなかったです。
 それを念頭において頂かない事には、Skyはどんだけ常識ない奴なんだと思われてしまいそうなので念の為。

 念の為ついでに補足しておくと、迎賓館から車で10分くらい離れたホテルは、市街地により近いロケーションでした。
 これまでは田舎で何もないと思っていた街でしたが、市街地はちゃんとした街で、今まで見ていたのは何だったのだ、と思わんばかりのもの。
 とりあえず良いものを食べようという事で、上司二人に連れられ、明らかにこれまで入っていた焼肉屋とは門構えからして違う焼肉屋へ。

 ちなみに、この時の外気温は氷点下15度オーバーという素敵なもので、世界は輝いて見えました。
 そんな中、身を縮め、口数少なく自分の見知らぬ街をスイスイ歩く上司二人の背中も……輝いて見えました。うん。きっとそうだった。

 店内に入って開口一番、焼肉ばっかりで飽きませんか?と聞いてみると、最近は海鮮物中心だったとの事。
 久しぶりの肉で回転数が上がってきたのか、ただの飲み会モードに突入していくと、最初に聞いてみたのがホテルを迎賓館から現在のものに変えた理由でした。

 ・迎賓館は憂鬱な気持ちになるので、2日前に引き払った。
 ・昨日、最初に泊まろうとしたホテルは部屋に入った途端、カビの匂いが凄まじく、強烈な嘔吐感に見舞われた為、チェックインして3分でチェックアウトした。
 ・その後、別なホテルを見つけ、良い感じだったのでそこに昨日泊まってみたところ、夜を徹したカラオケ攻撃の前に撃沈。
 ・結局、ほとんど眠れなかった為、仕事を早目に切り上げてホテルを捜索してみたところ、ようやくマシなホテルを発見。

 で、現在に至るそうです。
 その日に辿り着いた幸運に感謝した事はいうまでもありません。

 食事を終え、コンビニに寄ってホテルに戻り、改めて小さなフロントを眺めると、中に入っているスタッフがやけに若い。
 しかもピアスとか平気でつけてるし、服装もとてもラフ。
 馴れ馴れしく話しかけてくるので不思議に思っていたのですが、後で聞いてみるとそのホテルは韓国内で「モーテル」と呼ばれている種類のホテルだそうで。

 ただ、モーテルといっても日本でいうラブホテル的な使い方に限定されず、ビジネスマンが使う事も一応は想定されているみたいです。
 それでも星なんて付いていないので、まともな会社だったら今すぐホテルを変えろの騒ぎになることでしょう。
 とはいえ、今にして思うと、最も居心地の良いホテルであった事は否定できません。

 このホテルは、これまでで最長の2週間という期間滞在する事になりました。
 到着直後はいつ変えれるかも分からない状態だったので不安でしたが、今にして思うと、韓国で最高の環境だった事で耐えられたのかもしれませんね。
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2006年 9月11日

 翌日、上司から昼過ぎに電話が入り、二日酔いであまり食欲が無かったものの、昼食へ。
 仕事先よりも大分都会な街並みに包まれており、ぐるぐる巡ってピザハットへ。
 日本で食べるものとほぼ同じ物を食べられる事が出来て、二日酔いも忘れて、久々の洋食を堪能しました。

 現地の人に聞いてみたところ、最近の若い人はこうしたものを好む人が増えているのだとか。
 イタリアンやフレンチなどは辛い味付けではありませんし、例えばコンビニで売っているサンドウィッチなんかも日本のもの同様マヨネーズがふんだんに使われていました。
 辛いものに限定されていた嗜好が、過去のものになる日もいつかは来るのかもしれませんね。
 因みに、40歳を越えるような方は、やっぱり昔からの食事が好きなようで、ハンバーグや辛くないカレーなんかはあまり好きではないみたいです。

 そうそう、また話が飛びますが、カレーはすごい甘口でした。
 辛いものは別なものでいくらでも摂取できるからなんでしょうかね?

 話を戻して昼食後、さすがに疲れていたのでホテルに戻って読書、テレビ鑑賞。
 テレビは日本のBSが写るので、Jリーグ、大相撲を観戦。
 久々に日本のスポーツを堪能でき、少しリフレッシュできました。

 夕食は前回書いたお説教好きな方を召還し、焼肉屋へ。
 普通の居酒屋もあるそうなのですが、一般的な日本人はつれていけないというので食傷気味の焼肉をちまちまと。
 明らかに盛り下がっている光景に危惧したのか、カラオケ屋へと連れて行かれる羽目に。
 この日は日曜日だったので、次の日は普通に仕事だったのですが、そういうのはお構い無しに夜まで遊ぶのが韓国の日常です。

 で、向こうのカラオケ屋というのは、日本でいうカラオケボックスもあるのですが、そういうのではなく、女性がマンツーマンでつくカラオケ屋もあるのです。
 これは平たく言うとキャバクラみたいなものですね。
 そのお店では法律を違反する遊び方も出来ますが、その辺は個人個人で判断して、勝手にすればいいと思います。
 私達は普通に歌っていたわけなのですが、丁度「世界に一つだけの花」、「TUNAMI」の韓国語バージョンが流行っていた時期で、ネタには困りませんでした。

 歌って呑んで、ホテルに戻ると既に3時。
 シャワーを浴びて、3時間くらいは寝れるかな、と下着を取り出そうとしたところで戦慄。

 …………もう全部使っちゃったし、シャツも替えがない……。

 とりあえず寝巻きはバスローブでまかなったものの、下着やシャツは裏返したり状態の良いものを着たりしていました。
 帰国したのは水曜日だったのですが、なんだか異様に痒い日々を過ごす羽目になるとは思いもしませんでした。
 海外慣れしておらず、クリーニングサービスを甘く見ていたゆえの大誤算でした。

 ハンドキャリーする荷物忘れ、服のシェイプアップなどなど、海外出張史上、最低の出張でした。
 もちろん、こうした経験を経て、どんどん慣れていけるわけですけどね。


 さて、徐々に韓国での生活や仕事に慣れ、夜遊びも出来るようになった私たち。
 次の出張ではいよいよ現地人並の夜遊びに出かける事になったのです。
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2006年 9月 9日

 初の韓国出張から2ヶ月間ほどは日本で激務に追われていました。
 丁度一人暮らしを初めた年でもあったので、夜更かしが楽しい時期でもあり、毎日1時ごろ帰宅、4時就寝、8時起床みたいな生活をしていました。
 多分、あの年で寿命は3年くらい縮めたと思います。

 で、2ヶ月たった頃、次のステップを執り行うため、韓国にまたしても出張する事になりました。
 予定は前回同様に1週間程度。 仕事がイヤでしたが、1週間なら頑張れるかな、という感じでした。
 出発し、到着、現地での移動という行程も2度目で慣れていましたが、客先でハンドキャリーした荷物を開いて戦慄。
 入っていなければいけないものが入っていないという最悪の事態。
 先行きの不安を感じさせました。

 その後の仕事は失敗の連続で、日本に帰る前に首括ろうかと思うくらいつらい日々でした。
 なにが一番辛いって、帰国の予定が延びた事。
 自分のミスもあるのですが、普通に考えて無理な日程という事もあって、客先から延長の要請が入ると、それを受けて、同行した5人の内、上司と私の2人だけ滞在、他3人は予定通り帰国する事になりました。

 そして予定通りであれば帰国前日の夜、帰国する人たちもいるので簡単に打ち上げ、という事で予定通りのホテルに移動し、打ち上げに出発。
 そこでは前回の日記にも登場した日本語ペラペラな韓国のエンジニアと、また別なエンジニアも来てくれていました。
 どちらも日本で一緒に仕事しており、気心の知れた仲だったので、とても楽しい時間を過ごせそうでリフレッシュできると思いました。

 一軒目のしゃぶしゃぶ屋では大人数という事もあって普通にわいわい。
 こんな時ばかりはへこんでいられず、とにかくお酌に回って味方作りをいそいそと。
 そこでは普通に食事とお酒を楽しんだのですが、店を変えたバーで悲劇が待っていました。

 あ、そうそう、韓国でも普通にしゃぶしゃぶは出来たのですが、日本人向けの味付けをしてくれる店でした。
 なので、もしかすると日本料理店だったのかもしれません。
 一度しか行ってないので記憶は曖昧です。
 ちなみに、日本人向けの味付けは本当に美味しかったです。
 キムチや激辛の嵐に苦しんでいた私にとってはとても貴重な食事でした。

 閑話休題。

 で、悲劇が起きたバーでは4人掛けのテーブルに座ったのですが、その配置がこんな感じ。

 □■壁
 ■★壁
 壁壁壁

 ★が私で、■が上司、□は韓国の方で上司達と仲の良い方です。
 そこで繰り広げられる乾杯の嵐と下世話な話題。
 そしてそれらを圧倒する私への説教説教せkky(略

 結局、その日はホテルに戻った記憶もほとんどなく、激しい頭痛と耐えがたい吐き気に悩まされながら、11時頃に意識を取り戻しました。
 仕事だけではなく、海外に滞在することの厳しさ、外で飲むことの壮絶さを、その直後にまたしても味わうことになるとは思いもしませんでした。
〜拍手レス〜

>日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。
>ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。

外国である以上、精神的隔たりはどこでも同じくらいあると思いますよ。 なので、どこの国に行く時も、その国のマナーやルールに則って生活するようにしています。 特別な感情とかもないかなぁ。 韓国という国が好きじゃなくても、そこの国で生活してる人の中で好感を持てる方はたくさんいますから。

>バトン回答ありがとう! 韓国の焼肉なんて、うらやましいなぁ〜!w(´ρ`)
こちらこそ回して下さってありがとうございました。 個人的には日本の焼肉の方が断然美味しいです。 世界中どこに行っても、日本で食べられるものより美味しいものには出会えていません。

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2006年 9月 8日

 到着当日の夜。 お客さんに連れられ焼肉屋へ。
 昼食はサービスエリアでうどんのようなものを食べただけだったので、初めての韓国式焼肉です。
 所狭しと並べられた小皿に、ああ韓国っぽいと思いつつ、普通に焼肉を食べました。
 別に日本でも食べられる味だよなぁ、と思いつつも、「いやぁやっぱり焼肉は韓国っすね!」とか言ってる自分がいました。
 ビバ日本人。

 向かいに座ったのは客先の女性で、英語が堪能だったので、ヘタクソな英語で韓国語を教えてくれと言ってみたところ、とりあえずマシソヨ(美味しい)と言っていれば大丈夫みたいな事を苦笑いで言われました。
 韓国語はさっぱりな私ですが、英語もさっぱりだったみたいです。

 で、そんな微笑ましく見えなくもない気がする光景が気に入ったらしく、韓国の担当の方が「気に入ったなら部屋に連れ帰っていいですよ」とか言い出して素で驚きました。
 だってどう見てもセクハラで訴えられました。 本当にありがとうございましたなノリですよ?
 真剣になに言ってるんだろうと驚く私を見て、また大喜びな上司達。
 その辺の居酒屋で飲んでるのとノリが全く一緒です。 ホント、全然海外に来た気がしません。

 さて、韓国出張といっても、特別な事があったのはその日くらいで、その後は夜にコンビニに買出しに行くくらいしか海外文化に触れる機会はありませんでした。
 田舎という事で街にも何も無かったので、夜遊びなんて欠片も無かったです。(後に、この認識は間違いであった事が分かる)
 仕事も比較的緩い段階だったので、日程を無事消化し、いよいよ最終日。
 空港近くの良質なホテルに移動し、仁川(インチョン。空港のあるところ)で打ち上げをしようという事に。

 打ち上げには、関連会社の人間で、日本でも一緒に仕事をしていた方を呼び出し。
 もちろん日本語がペラペラな方ですし、何よりも異国の地で現地の知り合いの人間に会える心強さをまざまざと感じました。(後に、この認識は間違いではないけれど、後悔する結果に繋がる事に気付く)
 で、質の良い焼肉屋に連れて行ってもらうと、肉の質はいいのですが、なにやら肉に毛が生えているような……。
 日本だったら他人からするとどうしてそこまで?っていうくらいキレても良い場面ですが、韓国ではそれが普通みたいです。
 酒がぶがぶ飲んで気にしない事にしました。

 日本のおば様方はブームという事で韓国に行かれている方も多いと思うんですが、こういうの気にならないんですかね?
 気にしないでこれが韓流ヨとか言ってパクパクいけちゃうんでしょうか。
 日本で同じ事があれば普通に文句言い出しそうな気もしますが。

 で、まあその後は本当にここでは書けないような事が多々あり、紆余曲折を経てほとんど寝ずに空港へ。
 帰国し、ファミレスで遅めの昼食を取った時、「ああ、やっぱり日本がいいなぁ」と思ったものです。

 まさかそれから半年に渡って、普通の日本人が知らなくていいような部分まで知るほど通う事になるとは思ってもいなかったです。
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2006年 9月 7日

 気がついたらS-Hの公式サイトもアクセス数が1万を突破しておりました。
 本カウンタとカウント形式がちょっと違うので、より確実な数字だと思います。
 拍手数も100を軽く突破しており、公開開始までどんどん盛り上げていければ、と思います。
 また、宣伝用ムービーの公開も間近になっておりますので、興味のある方は是非お楽しみに!

 さて、またネタが無くなってきましたので、今度は韓国出張編のお話を。

 3年前の丁度今頃、韓国出張の話が出てきました。
 自分がメインで携わっているプロジェクトだったので、当然メンバーに組み込まれました。
 アレンジは全て上司と客先がやってくれたものの、如何せん初の海外。
 パスポート取得と出張準備に大慌てな日々を送りました。

 いよいよ出張当日。
 午前の便でのフライトでしたが、地元の空港から飛べるという事で比較的常識的な時間に起床できました。
 で、初の出国審査を終え、フライト。 初めて海を渡り、無事着陸。

 空港からしてキムチ臭いという噂を聞いておりましたが、そこは特別気にならずに入国審査。
 パスポートにハンコを押してもらった後、満面の笑みでカムサハムニダ(ありがとう)と告げましたが、無愛想にパスポートを投げ返された時、ああ外国に来たんだな、と思いました。

 空港から車で2時間は掛かる場所に目的地があったので、現地の関係者に迎えに来てもらい、空港隣の駐車場なんかも見て回っていましたが、別に普通。
 海外って言っても、日本と大差ないんだなぁ、って思いながら歩いていました。
 この感想は最後まで大きくは変わらなかったです。

 唯一の下っ端社員だった私は、普通の乗用車の後部座席真ん中で2時間を過ごしたのですが、なんだか下に鉄板のようなものが敷いてあるようで激しく痛い。
 海外の車って痛いんだなぁ、と思いましたが、それは多分間違いです。 あの車は修理に出すべきです。

 そんなこんなで、街全体が一つの会社によって成り立っている目的地に辿り着きました。
 圧倒されるほどのセキリュティチェックを受け、ようやく敷地内に入ると、幾つもの看板が。
 要するに、一つの母体が大きな敷地内にいくつもの子会社を抱えているという構図。
 日本でいうと、工業団地一つがまんま一つの会社の関連会社で埋め尽くされてる感じでしょうか。
 某大手メーカーさんなんかはそういったものを持っていますよね。

 で、その敷地内には迎賓館と呼ばれる宿泊施設があり、そこが私達の1週間の寝床でした。
 食事前に荷物を置きに部屋に案内され、色んな意味で圧倒されました。
 どんな意味かというと、ちょっと古いですけど、弟切草に出てくる洋館とかそんな感じです。
 どこもかしこも薄暗く、施設は広くて小奇麗だけど老朽化は着実に進んでいる感じ。

 最初は戦慄したものですが、日本のビジネスホテルでたまに感じる空気の重さみたいなものは無く、寝ることに関しては文句無かったです。
 外国にもお化けっているんですかね? 結構色んなところにいっていますが、そういう怖さを感じた事は無いです。

 とりあえず初日はそんな感じでしたが、文化の違いに圧倒される日々は続きました。
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2006年 9月 5日

 最近、馬券をとんと買っておりません。
 という事で、今日は仕事の合間を縫って、地方競馬にチャレンジしてみようと思います。
 いつものペースで買うとシャレにならない気がするので、元手1000円のところからかわいらしく始めてみます。

 しかし今日は異様に開催している競馬場が多いですね。
 とりあえず最初は何度か買っている荒尾、金沢あたりからピックアップしていこうと思います。
 3時間に1回くらいずつ更新していきますので、御時間ある方はまた覗いてみて下さい。

 第1戦金沢競馬1R (
出馬表)
 3連複 通常 2―3―4 200円

 最初に白羽の矢を立てたのは同レース。
 どう考えても内枠4頭が抜けており、ここでの決着になると思われます。
 最内狙いでいい気もするのですが、逃げ馬が潰れる事が多い金沢競馬場だけにそこは少し捻ってみて上記の馬券を購入。
 最初だし、荒れやすい競馬場なので金額は控え目にしてみました。 レースは10時50分です。

 結果:スカ (競争成績)
 1-10-2の順で決着して三連単特払いの大波乱。
 1は力が抜けているが故に逃げて失速かと思ったら、上手く乗ってお手本のような勝ち方。
 10は思い切った好位付けで粘りこみ、最後は2を抑え込んでの2着で波乱を演出。
 逃げた馬は残らないけど2番手は残るという、自分が思っている金沢競馬らしい結果。

 4は位置取りそこそこで伸びないのは気性的なものかと思ったけど、3はやや出負けして後方から行き脚つかずでは勝負にならない。
 初戦からケチがつきました・゚・(ノД`)・゚・。

 第2戦名古屋競馬2R (出馬表)
 単勝  通常 4   100円
 馬連複 通常 2―4 200円
 馬連複 通常 4―5 300円
 馬連複 通常 4―6 100円

 ここで一気に勝負に出てみました。 残金100円です。
 中央から移籍後は堅実に駆けている4が鞍上吉田稔で乗ってみる手。
 相手は同級で力上位と思われる面々を選んでみました。
 6は一見力不足にも見えますが、着順以上に着差はついておらず、穴狙いで一考してみました。 レースは11時25分です。

 結果:単勝4的中 払い戻し620円 (競争成績)
 どう考えても抜けて強いのに、何故か人気はそれほどでもなかった4が好位の後ろで脚を溜めて直線爆発。
 早目に抜け出した5が2着安泰かと思いきや、その後ろで構えていた8が思い切って外に出して2番手浮上。
 ていうか5の騎手は攻めた結果なので何とも言えないけど、いくらなんでも2着は確保しないとまずいだろうという気も。
 収支的には勝負したけど微減で済むという中途半端な結果に。

 第3戦荒尾競馬3R (出馬表)
 馬連複 通常 3―5 200円
 馬連複 通常 4―5 300円

 元手が少ないので、比率的にはこれも大勝負と言えば大勝負。
 堅実でここ2戦崩れていない5を軸に、ムラだけど力がある3、こちらも堅実な4を相手に指名。
 縦目が一番人気なんですが、そこは敢えて蹴ってみました。 レースは12時5分です。

 結果:馬連複3-5的中 払い戻し760円 (競争成績)
 最後は人気3頭の競り合いも、結局動いたのが後の順番に上位に来るという競馬。
 人気通りとはいえ、完璧な予想だったと思いますが、完璧じゃなかったのはオッズの予測。
 購入段階では3-5は1000円近くついていたんですが。

 第4戦荒尾競馬5R (出馬表)
 馬連複 通常 1―6 200円
 馬連複 通常 3―6 500円

 続いてのレースも荒尾から。
 調子の悪い上級勢の中、一頭地力の違いを感じさせる6を軸に、名古屋から移籍2戦目で今度こその3を本線に。
 抑えで勢いのある1も狙ってみた。 レースは13時15分です。

 結果:馬連複1-6的中 払い戻し660円 (競争成績)
 1、3、6の順でレースは推移。 向こう正面中ほどで既にその3頭の競馬と分かる態勢。
 一番最初に動いた6に被せられて3は戦意喪失したかジリジリと後退。
 直線はマッチレースになって、1も一杯一杯に粘ったものの、最後は6が力で捻じ伏せて勝利。
 1は追って味があるタイプではなさそうで、もうちょっと早目にスパートしたら逃げ切れた感もあるけど、今回に限っては6が一枚上手でした。
 予想はバッチリですが、またしてもオッズの読み違えが痛いヽ(`Д´)ノ

 第5戦荒尾競馬6R (出馬表)
 馬連複 通常 4―6 200円

 ちょっと休憩代わりにもう一度荒尾へ。
 ダービー以来の不安はある4は、だからこその人気薄。
 将来性豊かな6と共に、狙ってみたい。 レースは13時50分からです。

 結果:スカ (競争成績)
 6は逃げ切り圧勝で評判通りの強さを見せ付けてくれたものの、4はスタートで躓いて終了。
 レース自体もハイペースでの押し切りで後続ぐだぐだという典型的な一強競馬。
 まあ気を取り直して次ですね。

 第6戦姫路競馬7R (出馬表)
 馬連複 ボックス 1―9―10 各200円

 初挑戦の姫路競馬。 ここいらで勝負をかけてみるという事で残りの資金のほとんどをここに投入。
 圧倒的人気の9は3歳ながらも実績を認めざるを得ないところ。
 他では好調の1が引き続き田中学鞍上で。 10は直下クラスで好走を続けており、ここも計算できる競馬をしてくれそう。
 人気の一角を占める6は、クラス上げ直後に苦戦することがあり、馬場悪化もどうかな、という事で恐る恐る消し。 レースは14時25分からです。

 結果:スカ (競争成績)
 9がやや出負け気味の発馬も、すぐに立て直して番手へ。 が、この立て直す過程で隣の10に1馬身程の不利を与えるへぼへぼ騎乗。
 レースは四角までに7が捲っていくもそれに反応せず、直線だけ競馬をさせた9が圧勝。 落馬さえしなければ勝てた馬。
 2着はそのまま流れ込んだ7が入るも、直後の3番手争いは3頭接戦。 その中に10もいただけに、スタート直後の不利が無ければ、と思わざるを得ないところ。
 1はスタートは普通も全く流れに乗れず、最内枠が仇になった格好。

 第7戦名古屋競馬9R (出馬表)
 馬連複 普通 2―4 100円
 ワンコインでは何も出来ないのが競馬だけど、そこから逆転がありうるのも競馬。
 こういう場合、まともに予想したところでまず当たらない。
 そこで、地方競馬特有の流れというか、傾向のようなものがある。
 このレースのオッズ(14時36分現在)を見ると、2-4:6.7倍、2-6:5.2倍、4-6:1.7倍で、これらが10倍を切るオッズ。
 パターン的には5割近い確率でこのいずれかで決まる可能性が高いと思う。
 そうなると4-6が本線かと思わせきや、意外とそうでもなく、押さえで勝ったつもりの2-4や2-6が来たりもする。
 そこで勘で2-4をセレクト。 最終戦になるかどうかは14時50分の発走後に分かります。

 結果:スカ (競争成績)
 何事も無く4-6で決まりましたヽ(`Д´)ノ

 これで終戦ですが、思ったよりも粘ったと言うのが正直なところ。
 勝負に行くなら第2戦の資金配分をミスったのが全ての元凶。
 第3、4戦のオッズ読み違えに関しては本当にプアなミスで諦めの境地。

 また気が向いたらやるかもしれませんが、意外と疲れる事に気付きました。
〜拍手レス〜

>この時期、夏の疲れで、体力、免疫力ともに衰えがちです。どうぞお大事に、無理をなさらないでくださいね?
ありがとうございます! とてもとても胸に響くお言葉です。 まあ別に自分で無理をしたいわけじゃないんですが、なんか色々と立て込んでしまって。 でもなんか会社に出てる方が治るのは早い気がしますよ!

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2006年 9月 1日

 体調不良の原因はウィルス性胃腸炎再発の可能性が高そうです。
 熱が一気に出て、一気に引くのですが、その一気に出ている間のダメージが壮絶。
 とりあえず安静にしていようと思います。

 そうそう、ついに
Yahooに掲載されました!
 サイトを始めた頃から一つの目標にしていたので素直に嬉しいです。
 これまで何度申請してもダメだったのですが、やはりサイトリニューアルが良かったんでしょうか。

 コミケの日、シャアさんになにをやっているサイトなのかよく分からない、というニュアンスの事を言われた事に納得したのがリニューアルのキッカケなのですが、やはり客観的な評価は大事ですね。
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