不器用なふたり タイトル
 

 

「あ、アグリアスさん、プレゼントです」
大輪の花のような笑顔と共にラムザがアグリアスに差し出したもの、それは黄色いバッグだった。
女性の道具類に興味のないアグリアスが見ても、かなり高価なものである。
儲け話にひとりで出かけ、大成功をおさめて戻ってきたアグリアスをねぎらう為に、ラムザが買ってきたのだった。
「ラムザ、これは一体?」
「他の色もあったんですが、アグリアスさんには黄色が似合いそうな気がしたんです。
気に入りませんか?」
「…………こうしたものは持った事がないので、よくわからないのだ。何に使うのだ?」
「何にって……見てわかりませんか? バッグですよ?」
「バッグという名の武器があるとは聞いた事があるが……しかし、本当に武器なのか?」
「そうだと思いますけど、どうかしましたか?」
アグリアスは何故か顔を赤らめた。
「いや、異国の物語に出て来た恋人への贈り物の挿し絵にそっくりで、ちょっとびっくりしたのだ」
「何を言ってるんですか、アグリアスさん」
「そ、そうだな、すまぬ」
ラムザはアグリアスの手を取ってにっこり笑った。
「今は武器としてしか渡せませんが、いつかもっと優雅なバッグをプレゼントとして贈りますね」
「え………」
「僕たち、恋人同士ですもんね?」
「う……」



今までに修得していないジョブを選ぶのは個人の自由ではなく、合議制になっていた。
集団で戦いに出る以上、身につけているアビリティのバランスが大切になってくるからである。
それ自体に異義はない。
しかし、今回の決定は、どう考えても無理がある。
アグリアスは数時間思い悩んだ挙げ句、深夜にラムザの天幕を訪れた。
薄手の夜着に着替え、髪もほどいてしまったから、他人の元を尋ねる姿ではない、とも思ったのだが相談するには今夜しかなかったのである。
もともとラムザは礼儀作法についてアグリアスよりも柔軟だから、気にしないでいてくれるだろう、という判断もあった。
「ラムザ、夜中にすまない。まだ起きているだろうか?」
「どうしたんですか、アグリアスさん。まだ起きていますけど、急用ですか?」
ごそり。
天幕の入り口を開けたラムザは、不思議な格好をしていた。
夜着といえば聞こえはいいが、袋に穴をあけて手足を出しているだけ、のようにも見える。
しかもサイズが小さすぎて、臑から下の足は丸見えなのだ。
思わずアグリアスは言葉を失った。
「どうかしました? ああ、この服ですか?? 昔アルマが縫ってくれたものなんですよ。
今となっては丈は短いし、初めての縫い物だったとかで縫い目もガタガタなんですけどね」
懐かしげで嬉しそうで、そしてさらわれている妹の今を思って哀しげでもあるラムザを見ているうちに、自分がここに来た理由を口にするべきかどうか、アグリアスは迷い始めた。
訪ねる前にさんざん考えたはずなのに。それなのに、やはり。
「あの、どうかしたのですか? 何か相談事でしょう?」
うつむいた彼女がいつになく恥ずかしそうな事に気付き、ラムザはうろたえた。
この格好でご婦人の前に出るのは、やはりまずかっただろうか。
それとも、何か恥ずかしい相談なのだろうか? いやいやそんな事は期待すまい。
「ともかく、中へどうぞ。散らかってますけど、座れますから」
………。
何も言わずに帰ろうかと思ったアグリアスだったが、夜中に訪れておきながら
黙って戻るのも悪い、と思い直し、天幕をくぐった。
「そこへどうぞ。僕が作りましたから、ちょっと形はいびつですけど、座り心地はいいですよ」
言われるままにクッションに座ったアグリアスは、縫い目の間から飛び出している黄色い羽に目をやった。
「もしかしてこの中身はチョコボの羽か?」
「ええ。チョコボを狩る時にマメに集めたんです。結構くつろげるでしょう?」
ラムザが指し示したのは、チョコボの羽を中に詰めて作った特製クッションだった。
クッションの表布には、古着を使っている。
「こまめに羽を集めているな、とは思っていたが、戦利品のコレクションかと思っていた。
 変な趣味があるものだと誤解していて申し訳ない」
寝袋の上に座ったラムザは、苦笑した。
「いいんですよ。僕の趣味のようなものですから」
「それにしてもアルマ殿といい、手先が器用なのだな」
確かに多少いびつな形をしてはいるが、それは、古着を使っている為にもともとの布に歪みがある、という事情のせいで、縫い目自体は丁寧にまっすぐに縫われていた。
繕い物というのは野戦が続いた時に必要な技術なので、学校で必修科目となっている。
しかし、他の科目はパーフェクトだったのに繕い物のおかげで学年首席を逃したばかりか、あやうく落第しそうになったアグリアスには、この出来栄えはほとんど神の仕業に思えた。
「アルマは確かに器用で、縫い物も上手になりましたよ。本当はこの夜着を早く捨てて欲しいって、何度も頼まれていたんです。あんまり下手くそだからって」
「それでも捨てなかった?」
「これを作ってくれた時のアルマの気持ちまで捨ててしまうような気がして、嫌だったんです。
あ、だから内緒ですよ? 今度アルマに会っても、僕がこれを着ていたなんて言わないでくださいね」
「ああ、言わない。約束する。ラムザがアルマ殿を大切にしているのはわかっているからな」
つぶやくように小さく言いながら、クッションの縫い目を指先でたどるアグリアスがいつになくしおらしく見え、ラムザは突然『今はふたりきりなんだ!』という事を意識した。
ここで彼女を抱きしめたらいけないだろうか。
抱きしめるだけでなく、押したお……いやダメだ。
誇り高き騎士に対して、結婚前にそのような事は許されまい………
   結婚!?ぼ、僕とアグリアスさんが!?
た、確かにこの間バッグを贈る時に恋人同士だなんて言ったけれど、
あれは冗談だった事になっているし
(本当はそのまま口説きたかったのだが、アグリアスが固まってしまったので冗談にするしかなかった)
でもこんな夜にひとりで来るという事は、そういう事かもしれない、か?
アグリアスが訪問理由を口にしない間に、ラムザのアタマの中は様々な妄想が駆け巡っていく。


ラムザが落ち着いて自分を取りもどすには、数分かかった。アグリアスは黙ったままである。
「そ、そういえば、どうされたんですか?」
クッションの縫い目をたどり続けていたアグリアスは、一瞬息を止めた。
アルマとの思い出話を聞きに来たのではないのである。
ラムザの器用さを讃えに来たわけでもない。
明日からの自分の事を相談に来たのだった。
「今日決まった新しいジョブなんだが……」
「ジョブ、ですか?」
様々な期待に膨らんでいた妄想が一気に萎んでゆく。
残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちで、ラムザは耳を傾けた。
「わ、私がシーフをやるのは、その、似合わないとは思わないか?」
「どうしてです? 盗むという行動が嫌なのですか?」
実はラムザも、ホーリーナイトという職に誇りを持っている彼女が、シーフ職を受け入れられるとは思っていなかった。
だから遅かれ早かれ悩むようになるのではないかと心配はしていたのだが。
武具等を盗めるとお金の点で楽になる、というだけでなく、ハートを盗めれば戦闘が格段に有利になる。とはいえ、緊迫した戦場で敵に近付いて盗み出すわけだから、盗む方の気力の充実度で成功率が違ってくる。そこで、今までシーフ職を体験した仲間たちの勧めもあり、一番の気の力を持つアグリアスに白刃の矢がたったのだった。
もし武具を盗む行為が彼女を悩ませる事になるのであれば、会得しなくても構わなかった。
ただ、ハートを盗む事さえ覚えてくれれば。
「そ、そうではない。そういう事では無くてだな……。
 武具を盗み出すのは、修行すればなんとかなると思うのだ……といっても私は不器用なので、
  うまく盗めるようになるのは時間がかかると思うのだが」
???。
「僕は、武具を盗む事が騎士道に反すると言われるかと思っていましたよ」
「それはそうなのかもしれないが、私は騎士団を離れた身だし、そもそもこの身を預けたのだから
  ラムザの指示に従うのが今の私の騎士としての道なのだ。
 それとその、アルマ殿はオヴェリア様のたったひとりのお友達でもあるし、
  アルマ殿を救う為に自分にできる事をするのはやぶさかではないというか、なんというか。
 あ〜……その、何を言っているのか自分でもよくわからなくてすまないが」
僕の指示に従う? 従うって事はあ〜んな事やこ〜んな事をし……いやいや、ダメだって。
今夜の自分がどうしてもソッチ方面に連想を飛ばしがちなのは、アグリアスが普段とは全然違うからだと、
今さらながらラムザは気がついた。
夜着を身につけ、しかも髪を下ろしている今の姿だけでも十分なのだが、
よほど言いにくい事を相談に来たらしい彼女の様子は、大変にかわいらしい。
普段颯爽としている人だけに、ドキドキと胸が鳴る。
僕はこの人が好きなんだなあ、と、改めて思い、じんわりと幸せな気持ちになるラムザなのだった。
だがアグリアスの方は、そんなのんきな状態ではなかった。
ここまで言ってしまったのだから、ちゃんと最後まで言わなくてはならない。
しかし、こんな事で悩んでいるなんて、やはり言いにくい。
アルマを助ける為に、自分にできる限りの努力をすると、今口にしたばかりではないか。
やる前からできないと言うのは、どうだろうか? でも、自分はそう伝えにここに来たのだ……。
「どうされました?」
「笑わないと約束して欲しい、のだが、いいだろうか?」
「ええ。笑いません。こんなに真剣に悩んでいるのに、笑ったりしませんよ」
深呼吸をしたアグリアスは、一気にしゃべった。
「私には男性のハートを盗む等という事ができるとは思えないのだ。
 ラヴィアンのように流し目等はできないし、不器用だからウインクしようとすれば
  両目を同時につぶってしまうし、顔だって美しいとは言えないし。
 それにその、む、胸だってないから、こうして薄着でいてもラムザだって平気だろう?
 そういう私に一瞬でハートを盗まれるような敵がいるとは思えないのだ。そ、それでも
 モンスターのハートくらいなら盗めるだろうが、実際に必要なのは人間が相手だから
 やはり無理なのではないかと」
ラムザは、限界だった。
珍しく多弁なアグリアスの声をもっと聞いていたかったのだが、しかし、内容が悪かった。
アグリアスに女性的な魅力がないなんて とんでもない。
「本気でそんなことを?」
「馬鹿らしい事で悩んでいると自分でも思うのだが、しかし、向かない事に努力して戦況を悪く
 してしまっては元も子もないとおも」
うつむいて話し続けるアグリアスのあごにそっと手をかけたラムザが、顔を上向かせ、
その唇に自分の人さし指をあてた。
「おしゃべりなアグリアスさんも魅力的ですけど、ちょっとだまってくださいね」
ドキドキドキドキドキドキドキドキ
自分の心臓が割れんばかりになっているのを無視して、余裕あるフリでアグリアスの右手を取り、
自分の左胸を触らせる。
「僕の心臓の音が聞こえるでしょう? どうしてこんなにドキドキしてるかわかってます?」
「……………」
アグリアスは自分に何が起こったのかわからず、ただ、聞こえてくるラムザの声に全ての神経を
集中させていた。
心臓がドキドキと脈をうつ。自分の心音なのかラムザのものなのか、わからないほどラムザのそばにいる……。
「アグリアスさんが薄着でいて僕が平気なわけないじゃないですか。どうしてそんなに自分の
 魅力に無頓着なのかなあ。アグリアスさんは鎧姿でもとっても魅力的だし、今はもう、僕、
 どうしていいのかわからないくらい、あなたの虜なんですよ?」
「あうう」
「これはもちろん、もともと僕があなたの事が好きだから、というのもありますけど、でも
 あなたはとても美しい方だから、戦場で出会っただけの敵を魅了する事だってきっと簡単です。
 僕としてはちょっと妬けますけどね」
 好き? 美しい? トリコ? 妬ける?
今までに聞いた事のなかった台詞のオンパレードに、アグリアスの頭は大混乱に陥っていた。
「ラムザ、本気で言っているのか?」 
「僕は嘘をつきませんし、この心臓だって嘘をついていないでしょう?」
夜着を通じて伝わるラムザの心音は、たしかに早鐘になっている。
しかしそれ以上に大きな音で自分の心臓の音がしているような気がして、アグリアスは落ち着かなかった。
「わ、私の心臓も大きな音でドキドキと言っているのだが、これはどうしてだろうか?」
「どうしてと言われても、そういうものだからです、としか……」
ラムザは苦笑した。やはりアグリアスはアグリアスだ。
「そういうものなのなら、わ、私じゃなくともラムザはこういう事になるわけで、それはつまり
 私に魅力があるとかないとかそういう事ではないのではないかと、そのあの」
「も〜〜〜〜、どうしてわかってくれないのかな、アグリアスさんはっっ」
たまらず、ラムザはアグリアスを力一杯抱きしめた。


 ……………………………………………………

ふと気がつくと、アグリアスはラムザの腕の中で気を失っていた。
考えた事もなかった事を一気に考え、更に抱き締められるという前代未聞の体験をしたせいで、
頭がショートしてしまったらしい。
「アグリアスさん……」

翌日からシーフとして戦場にでるようになったアグリアスは、それまでに見せた事もないような
あざやかな笑みでハートを盗み、相手を魅了した上で武具を盗み、一行の旅を楽に進める助けとなったのであった。
「何かあったのか? アグ姐さんはよ?」
ムスタディオの問いに、
『自分の美しさに自信を持ってもらえたみたいで良かったな』と、のほほんと思いつつ、
謎の笑みで答えるラムザなのだった………。
その笑みが彼にどんな誤解をさせるか、気付かぬままに。

(まさかアグ姐さんを女にしたとかそういう………ラムザも大人しい顔してやる時ゃやるんだな)

    Fin

 
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