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また、あの夢を見た。
俺は枕元の水差しとゴブレットを持って、窓辺に立った。案の定、窓の外には満月が輝いている。
何故だろう、満月になると幸せだった頃の妹――ティータと一緒にラムザの父に草笛を教わった時の夢を見る。それはティータが俺を守って死んだ夜が満月だったからなのか。
あれから年月を重ねて俺の寝床も様変わりしたが、夢だけは変わらない。
初めてこの夢を見たのは、修道院の中だった。意識を失った俺を修道女が拾って、ずっと世話してくれていたのだという。その修道女からティータの死を聞いた夜に、初めて見た夢がこれだった。俺が意識を回復するまでにほぼひとつきかかったそうで、俺はティータの死に顔を知らない。だから、こんな昔の姿を繰り返し見るのだろうか。
修道院を出てからは野営ばかりしていた。野に伏して泥のように眠りながらも、夢の中のティータは笑顔のままだった。修道院よりも神に近そうな教会の一室に潜んで神の加護を祈ってみても、夢は変わらなかった。近衛隊の宿舎に潜り込んでも結果は全く同じだった。そして、この国で最も典雅なこの寝床にたどりついてさえも、少しも変わらないのだ。
王宮の最奥。限られた者しか立ち入れない寝所。
その中でも一際目を引く豪奢な天蓋を持った寝台。それが今の俺の寝床であり、今、その天蓋の中には、静かに寝息を立てて横たわる女がいる。彼女は、俺の妻だ。
王女として育てられた庶民の娘。いや、庶民の娘であったのかどうかも、今となってはわからない。本当の出生を知る者は皆、闇の道へ堕ちて行った。もしかしたら、本当に王女なのかもしれない。
だが、何だって構わない、と思う。彼女の本当の出生がどうであれ、彼女は俺の妻に変わりない。そして、もしもこの先、彼女の出生を暴く誰かが登場して、この寝台から追い出される日がやって来たとしても、俺は後悔しないような気さえする。
どこまで行ってもティータの居た頃の幸せに届かないというのなら、元の生活に戻っても同じことだ。
そう思う反面、妻である女には、虚飾だとしても王女らしくあって欲しいとも思う。野宿を重ね、土を啜って生きるような事ができる女ではあるまい。この女にそうさせない為ならば、何でもできる、そんな気がする事さえある。
俺は天蓋の下で幸せそうにまどろむ姿を見ながら、水を身体に流し込んだ。この水だって、ただの水ではない。珍しい異国の果物のしぼり汁が混ぜてある。庶民には手の出ない……いや、この果物の存在すら知られてはいないだろう。こんな寝覚めにも冷たい水が用意されている生活に慣れた身体に、俺の味わって来た土の匂いは似合わない。
しかし、自分が贅沢を享受できる身になったのに見る夢は変わらず、そして同じ夢だとわかっていながら、やはり眼が覚めてしまう事も変わらないのだと言ったら、ラムザは笑うだろうか。同情するだろうか。悲しむだろうか。
夢にでてくるティータの笑顔が、いつまでも俺の胸を抉っていることを、意外だと言うだろうか、それとも俺らしいと言うだろうか。
「あなた…」
声に顔をあげると。オヴェリアが裸の上半身を起こしてこちらを見ていた。
「起きたのか」
「ええ……。何か、悪い夢を見たのでしょう?」
悪い夢。
あれは悪い夢なのだろうか?
あの夢を見る度に俺は目を覚ます。そして、しばし眠れなくなる。
だが、あれが悪い夢だとは思えない。あの笑顔が悪い夢だとは思いたくない、という方が正解だろうか。
「いや、ただ何となく目が覚めただけだ」
俺はゴブレットの水を飲み干してから寝台に戻ろうとして、ふと悪戯を思いついた。口の中に水を含んだまま戻り、オヴェリアのおとがいにそっと手を添えて、口づけた。
俺に心を許しきっているのだろう、彼女の唇は自然と開いてくる。そこへ、俺は水を流し込んだ。
いくらか口許にこぼしながらコクリと喉が動き、体内に水がしみ通ってゆくのがわかる。
唇を離すと、胸元にこぼれた水を指先ですくう仕種をした。
「冷たいわ」
「美味しいわ、だろう?」
オヴェリアは微笑んで、俺に身体を投げ出すようにして抱きついて来た。どこまでも柔らかな身体が、俺の胸を包み込み、細い腕が腰へと回り込む。
そして、耳もとで囁き声がした。
「私にあなたを救うことなどできないのかもしれない。私を救ってくれたのはあなただから。けれど、私はあなたのそばにいるということを、どうか忘れないで」
俺は、何故かふいに襲って来た涙をこらえながら、オヴェリアの柔らかさに包まれて、再び眠りについた……。
毎年11月には「ディリータお誕生日おめでとう祭」がありまして。それで書いてみた作品です。ディリータはFFTの歴史のキーを握っているひとりなので、歴史に弱い(ストーリーをちゃんと把握していないともいう)私には敷居の高い人物なのですが、頑張ってみました。お誕生日を祝っているのかどうかちょっと疑問もありますが、オヴェリアがディリータの癒しとなる夜を描いてみたかったのです。
オヴェリアとの間の短い蜜月には、きっとこんな夜もあったのではないかなあといつも思っていました。オヴェリアがほのかに愛情を感じ始め、ディリータは自分が人を愛する事に戸惑いながらもオヴェリアを愛し始めていた時期の一夜のつもりです。この後で、バルマウフラやオーランとの会話を立ち聞きしたオヴェリアがいろいろと誤解し始める…という感じでしょうか。
オヴェリアには素直に愛されていて欲しかったし、ディリータにも、素直に愛を表現して欲しかったなあと、そこが悲しい。悲しいけれど、ああいう愛になってしまうのも、あのふたりにはわかるなあと思うのでありました。
考えてみたら、初書きですね、オヴェリアもディリータも。皆様のイメージを損ねていなければ良いのですが。
(2003.11.09)
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