アフリカ系アメリカ人ミュージシャンによるブルースの録音の始まりは,メイミー・スミスが1920年に録音した「クレイジー・ブルース」であるということになっている.ロバート・パーマーの「ディープ・ブルース」p.178を読むと1916年には白人の歌手がブルース形式の曲を録音しているという[1]が,黒人ミュージシャンによるブルースの録音は1920年以前には無いとしている.
本にそんなことが書いてあるものだから,長年それを信じていた.しかし,最近になって古い録音のことを色々調べているうちに,必ずしもそうでもないと思うようになった.ブルース好きの人ならば,W.C. Handyという人物が「何とかブルース」という題名のポピュラー曲を楽譜にして印税収入を得ていたのを知っていると思う.Handyの出版した曲と,南部の田舎のブルース歌手/ソングスターが歌っていたブルースとが同じだとは言いにくい.しかし,Handyが出版した曲はブルースの形式を部分的にもせよ持っているし,その中には無名歌手の間で歌われていたと思われる曲の一部を借用したものもある(例えばYellow Dog BluesとかHesitation Bluesとか).このことから,Handyが楽譜にした曲も初期のブルースの姿をいくらかは反映していると考えられる.これらのHandyものの曲として有名な「St. Louis Blues」のアメリカ黒人による録音は遅くとも1917年には遡れる.してみると,真に黒人聴衆向けにブルースが録音されたのは1920年が最初であるとしても,黒人ミュージシャンによってブルース形式の音楽がレコードに記録されたのはその数年前,というのが正しいことになる.
ブルース形式に拘泥しなければ,1920年以前からアメリカ黒人音楽の録音は意外と行われている.正直に言ってこれらを聞いてそう面白いとも思えない.それも当然で,1920年代にレース・レコードの概念が成立するまでレコードというものは白人向けに制作されていたのだから,当時の白人に受けるような種類の音楽でないと録音の機会もないはずで,純度の高い黒人音楽は期待しにくい.それでも中には後にブルースのミュージシャンが演奏したものといくらか関連のあるものもあり,聞く価値のありそうなものもある.これらの録音はブルースの始まりはどうだったのかとか,ブルースとブルース以前の音楽の関係とかを考える材料にはなる.
この手の録音は,近年ArcheophoneやDocument等のいくつかのレーベルからCDで発売されるようになり,手軽に入手して聞けるようになった.これらを雑誌が記事にすることも少ないと思うので,当ページで紹介するのも意味があると思う.
戦前ブルースのディスコグラフィーに出ている最も古い録音は,1890年頃のバンジョー弾き兄弟Bohee Brothersによる蝋管録音である.惜しいことに当時の蝋管はごく軟らかく,繰り返し演奏するとすぐ劣化してしまうため,現在これらの録音は1つも残っていないという.Bohee Brothersはカナダ生まれで,1881年にミンストレル・ショウの一員としてイギリス巡業をした後そのままヨーロッパに居住し,上の録音もイギリスで行われたものだ.ディスコグラフィーの注釈に「これらの作品が本書の対象範囲にはいるかどうか定かでない.」とあるように,これらの蝋管が残っていたとしても音楽的に興味深いかどうかは怪しい.それでもせっかくの記録が無くなってしまったのは惜しいことだ.なおBohee Brothersについては78 Quarterly誌No.7に詳しいリサーチが出ている[2]他,同じ著者が文献[8]にもまとめている.
ブルースやジャズやひょっとするとラグタイムよりも古い歴史がありそうなアフロ・アメリカン音楽の形式がヴォーカル・グループで,1890年代にUnique QuartetteとThe Standard Quartetteの2グループがかなりの数の蝋管レコードを残しており,そのうちいくつかが発見されていてCDで聞くことができる.Unique Quaretetteの方は黒人ミンストレル・ショウに所属して活動していたようで,案外当時の黒人大衆音楽を正確に伝えているのかもしれない.The Standard Quartetteの方は「南北戦争前の南部」という名前で巡業したショウに所属のグループだという.現在残っているものはスピリチュアルばかりのようだが,録音した曲名にはスティーヴン・フォスターの疑似プランテーション唱歌や「何々クーン」というミンストレル・ショウの歌らしいもの,長い伝統のありそうな"Poor Mourner", "Way Down Yonder in the Cornfield"などもある.
1890年代のアメリカ黒人の録音としてはこれらのグループ他にGeorge W. Johnsonという元奴隷のストリート・シンガーが録音している.このように案外早くから色々録音があるのだが,ここでは次の録音を紹介しておく.
蝋管レコードの録音.特にDocumentレーベルのCDでは雑音だらけで何が録音されているのか良く分からない.Archeophone盤では音溝の状態の良い一部だけが収められている. かすかにサーモン(説法,鮭ではない)のようなものが聞こえる.途中で会衆と盛り上がって歌のようにもなる.1920年代以降のレース・レコードでも録音されたようなパターンである.
Tim Brooksが書いたアメリカ黒人音楽の最初期の録音に関する研究書Lost Sounds[11]や,同じ著者によるArcheophone盤の解説に,このLouis Vasnierという人物の正体がかなり書かれている.ルイジアナで黒人の血を引き,フランス語を話す人種グループをCreole of colorと呼ぶそうだが,その手の人で(ジェリー・ロール・モートンとか,そういう人種か),ペンキ屋が本業で,ときどき蝋管に吹き込む,という人だったそうだ.DocumentのCDではタイトルがBrudder Rasmusとなっていたが,Brudder RasmusというのはLouis Vasnierが説法のレコードを作るときの役名だったそうで,タイトルとしてはAdam and Eve...というのが正しい.Archeophone盤には,このLouis Vasnierの蝋管レコードを宣伝しているニューオーリンズのLouisiana Phonograph社の宣伝チラシの写真が収められている.どこでこんなの見つけてきたんだろ.このチラシを見るとこのAdam and Eve...以外に少なくとも6本はこのような蝋管を作っているようだ.
サーモンのレコード以外,Vasnierは自身のバンジョーを伴奏としてミンストレル・ショーの歌を少なくとも8曲は録音しているそうだ.Brooksの前掲書によれば"Black Pickaninny","Coon with a Razor","Turkey in de Straw","Old Gray Mule","Good Bye, Susan Jane"などの曲があったそうだ.これらの蝋管の録音を今聞ければ興味深いのだが,無事に保存されている可能性は極めて低いようだ.
レーベルのBerlinerというのは平盤レコードを発明したエミール・ベルリナーのレーベルではないか.だとすればこれは平盤レコードで,そのせいか音はさほど悪くない.2人組みがバンジョーとギターの伴奏で歌っている.曲はPoor MournerとかPo' Monaとか言う題名で広く分布した宗教歌である.ポール・オリヴァーはScreening The Bluesの中で,フランク・ストークスのYou Shallとこの歌の関連について述べている[3].確かに"Po' mourner, you shall be free."というリフレインだけは似ていないこともない.
なお,Poor Mournerの初録音と思われるものはこの2年前にThe Standard Quartetteがすでに行っている.その蝋管レコードはまだ発見されていないようだ.The Standard QuartetteのメンバーにDeMossという人物がいた.しかし,このCousins & DeMossとの関係は分からない,とDocumentのCDで復刻された時点では言われていたが,いまではこの2人組の正体も分かっていて,前掲のLost SoundsやArcheophoneのCD解説書で明らかにされている.それによればこの2人はBerliner社のレコード作成のために作られた即席デュオらしい.CousinsというのはSam Cousinsというのがフルネームで,コメディアン兼漫談家(monologuist),DeMossの方はやはりThe Standard Quartetteに居たEd DeMossだそうだ.即席デュオにしては妙に慣れているというか,息が合っている.
つい最近発見されたらしいCousins & DeMossの2枚目のレコード.Blues and Gospel Records 1890-1943には記載されていないが,次の改訂では当然記載されるだろう.ブルース・ファンでソングスターの音楽を楽しんで聞く人ならば全く違和感なく聞ける音楽だ.曲はミンストレル・ショーの曲だそうで,この3年位前にThe Unique Quartetteというのも録音していて同じArcheophoneのCDに収められている.このCousins & DeMossのバージョンはそのThe Unique Quartetteのよりもテンポも速く,かなり雰囲気が違う.歌,ギター,バンジョーの伴奏とも,とても乗りが良く,2人のコーラスのハーモニーの良さもあって聞き物になっている.ブルース形式こそ使っていないが,この30年位後にレコードを作るフランク・ストークスとダン・セインのコンビや,パパ・ハーヴェイ・ハルとロング・クリーブ・リードのコンビなんかと通じるものがあるように聞こえる.
ジョージ・W・ジョンソンはアフリカ系アメリカ人として恐らく最初に録音というものを経験した人物と思われる.発明王トーマス・エジソンが錫箔式蓄音機を商品化したのは1878年だが,その頃にもう録音したとする資料もあるらしい.ジョンソンは1846年ジョージア州生まれと考えられており,1870年代半ばにニューヨークへ出て来て口笛芸人兼歌手として生活するようになったらしい.
ジョンソンの名前はBlues and Gospel Records 1890-1943には出てこないが,それはジョンソンの芸を同書の著者がアフリカ系アメリカ人特有の音楽スタイルとは見なしていないからかもしれない.ジョンソンの録音で現在CDで聞けるものの中では,1891年録音のThe Laughing Coonがあるが,これなどはアフリカ系アメリカ人の容姿を思いきり笑いものにした歌詞内容の白人向け「クーン・ソング」で,現代なら発禁モノだろうが,何だかリイシューを聞くのも憚られるような気がする.
ここで取り上げたThe Laughing Songだが,ジョンソンは「アッハッハッハッハー」と豪快に笑いながら歌う.自作の歌らしい.音楽的にはころころと快い伴奏のラグタイム・ピアノが聞き物だ.収録CD(Lost Sounds, Archeophone 1005)の解説書が指摘する通りラグタイム・ピアノをレコードの形式で録音したものとしては非常に古いものの1つである.このピアノ伴奏にごく短いけれどブギウギのウォーキング・ベースみたいな左手のフレーズが何度か聞こえるような気がするのだが,これは空耳だろうか?空耳かもしれないが,1890年代の蝋管の音溝に後のブギウギにつながる要素が刻まれいたならばとても面白いことだ.
Cousins & De Mossが録音したものと印象は違うが,"Po' mourner, you shall be free."というリフレインの出て来る同じ曲だ.
ピート・ハンプトンという黒人ミンストレル芸人については文献[8]でRainer E. Lotz博士が詳しく追跡している.それによればハンプトンは1871年にケンタッキーで生まれ,1890年代にはP.T. WrightのNashville Studentsという一座に加わって巡業していたという.その後,著名な黒人エンタテイナーBert Williamsと交流するようになり,ウィリアムズとGeorge Walkerが主役を勤めたIn Dahomeyという有名ショウにも出演したそうだ.そのショウの英国公演に伴って英国に渡って以後,妻のLaura Bowmanとコンビを組み,ハンプトンはヨーロッパで活動するようになった.ヨーロッパに渡った1903年から1914年に40代で癌で早すぎる死を迎えるまで,ハンプトンのソロ名義,ボウマンとのコンビ名義,The Darktown Entertainers名義で意外と多くの録音を残している(あまり復刻はされていないと思うが).
ハンプトンの録音した音楽はジャンルとしては「クーン・ソング(Coon Song)」に分類される.クーン・ソングというのは,ミンストレル・ショウで歌われた曲である.「クーン」という言葉はアフリカ系アメリカ人の蔑称であった位で,もともとは彼らの生活を誇張した侮蔑的な内容の歌で笑いをとる,という白人ミンストレル・ショウの歌曲だったようである.しかし,後には黒人の作曲家が作り,黒人ミンストレル・ショウで歌われるクーン・ソングも数多く生まれ,その中には後年ソングスターやブルース歌手が録音する歌も出て来た.この辺のクーン・ソングとソングスターのレパートリーの関係は文献[9]でオリバーが詳しく論じている.
ハンプトンは多芸で,ヨーロッパに着いた時点で,コメディアン,俳優,歌手,5弦バンジョー奏者,ハーモニカ奏者,ダンサーとしての修行を水準以上に積んでいたと見られている.録音したレパートリーを見てみると,スティーヴン・フォスターの「スワニー河」,「故郷の人々」等のいかにも白人向けの歌がある一方,In Dahomeyで使われたと思しき曲,Poor Mourner,「何々クーン」という文字通りのクーン・ソング等が混在しているようだ.
さて,このDat Mouth Organ Coonという曲だが,ハンプトンの自作である.録音場所はロンドンである.曲の前半でハンプトンはピアノを伴奏として歌う.旋律はポピュラーっぽいのどかなものでどうということもない.ピアノはラグタイム風だが奏者不明である.このピアノ奏者は欧州人なのだろうか?曲の後半になると,伴奏無しでハンプトンがハーモニカのソロ演奏を始める.恐らくアフリカ系アメリカ人としてハーモニカ演奏を録音した最初の人物がこの人だろう.ハンプトンはハーモニカ演奏を売りモノとしていたらしく,ソロ後半のリズムの乗りの良さなどは仲々の聞き物ではないかと思う.不完全ながらベンディングに繋がるような技法も少しだけ聞ける.但し,後年レース・レコードに録音されるブルース・ハープとの関連は良く分からない.ハーモニカを吹きながら声を出す芸も見せていて,これはサニー・テリー等がやるのと関係が有るのか,無いのか...なお,ハーモニカを吹きながら,同時に口笛を吹いている箇所もあって,仲々不思議な技ではあるが,これは鼻でハーモニカを吹き,口で口笛を吹いているようだ(鼻で鼻笛はできないでしょ?).文献[8]にはハンプトンの写真が何葉か収められているが,そのうちの一枚は,バンジョーを構えるローラ・ボウマンの横でハンプトンが鼻にハーモニカをあてがい,口をとがらせている,という図柄である.多分,至芸ハーモニカ口笛同時演奏の図なのだろう.
上のDat Mouth Organ Coonと同じ頃の録音だが,こちらはハーモニカ演奏は無しで,ピアノ伴奏で歌うだけである.しかし,音楽的にはより素晴らしい.とにかくリズムの乗りが良い.メロディーの点でもブルース・ファンに馴染みやすいのではないか.多分,この曲は黒人作曲家Shep Edmondsが書いて,1901年に楽譜として出版されてベストセラーになった曲[10]だと思う.レース・レコード以前に録音されたアメリカ黒人音楽としては傑作の一つだろう.
ピアノをバックになにやら笑いながら歌っている.78 Quarterly誌のPolk Millerに関する記事によれば,笑いながら歌うという芸は白人,黒人両方の人種に人気があって,19世紀まで遡れるものだそうだ[4].この録音は副題が"Negro Shout"となってはいるが,この芸人が白人なのか黒人なのかは断言できない,というか多分白人歌手だと思う.
曲の方は,ミンストレル起源の今でもポピュラーなものだ.誰しも聞けば「ああ,あれか」と思うメロディーだ.日本国ではフォークダンスの「オクラホマ・ミクサー」の音楽として有名で,曲名まで「オクラホマ・ミクサー」と呼ばれている.
Paul Oliverによればこの歌は元は"Old Zip Coon"という曲名で,1829年には舞台で歌われ,1830年代には楽譜として出版されているそうだ[7].現在はブルーグラス奏者のレパートリーに入っていたり,子供向けの歌とされていたりする.ネット上を検索すればこの曲のMIDIファイルも手に入るし,昔出版された楽譜も閲覧できる.黒人歌手では1890年代にニューオーリンズでLouis Vasnierがこの歌を録音しているが,その蝋管レコードは残っていない.
古いブルース歌手の少年時代の想い出を読むと,近所のミュージシャンがこの歌をレパートリーにしていた,という噺にときどき出食わす.例えばSkip James(1902年生まれ)が子供の頃に見た70歳になるGreen McCloudというフィドル奏者はこの歌を演奏していたという[5].また,Howard Armstrong(1909年生まれ)の回想ではやはり少年時代に見たRoland Martinというフィドル奏者がこの曲をやったという[6].ブルース流行以前の南部の田舎では案外こんな歌が好まれていたのかもしれない.黒人の間でも人気曲であったことを裏付けるように1920年以降のレース・レコードにも何人かが録音している.今までにStovepipe No.1のもの(Document DOCD5269)とPeg Leg Howellのもの(Matchbox MBCD2005,曲名はTurkey Buzzard Blues)を聞くことができたが,後者に入っているヴァイオリンを聞くと,Green McCloudとかRoland Martinとかいうのはこんな感じであったろうと想像できる.
名前不詳のコーラスグループ.歌詞がCDの解説書に載っていて,その出だしの部分はブルース曲の中でも使われた文句だ. Screening The Bluesで分析されている歌詞でいうと,Kansas JoeとMemphis MinnieのPreachers Bluesなんかもほぼ同様の文句を使っている. また,最近気がついたのでは1937年録音の小洒落たジャズ・ブルースでTed Mays & His BandのTake It Home Grandmaという曲(San Antonio Blues 1937, Document DOCD-5232)でも少しだけ同じ歌詞が使われている.
CDの解説書はこれをブルースマンとして,Jim Jackson's Kansas City Bluesを大当りさせたジム・ジャクソンの録音だとしている. 副題にボードビル・スケッチとあるように,別に歌手が歌う訳ではなく,オーケストラの音楽と共に登場する男優が相手の女優と寸劇のセリフをしゃべる,というもの. 最初はCD解説書を信じていたのだが,どうも違うらしい.ここでいうジム・ジャクソンは単に劇の登場人物の名前であるようで,ブルースマンではないようだ.
黒人コーラスグループの歴史というのも長いもので,1920年以前に結構色々なボーカル・カルテットが録音している.これはその1つなのだが,グループを率いていたPolk Millerという人物が興味深い.Millerという人は八の字髭を生やした白人バンジョー奏者で,1844年,バージニア州生まれである.バンジョーは黒人起源の楽器で,後には白人の間に普及するのだが,Millerは周囲に白人バンジョー奏者がごく少ない時代に黒人奏者からバンジョーを習ったらしい.1893年までは薬局を本業としていたが,その後音楽家としてツアーをするようになったという.その頃のレパートリーには黒人スピリチュアルも白人宗教歌もあり,プランテーション風唱歌(plantation melody)もあったそうだ. この人がリッチモンドのストリートで歌っていた連中をかきあつめて結成したのがOld South Quartetteである.このような経歴であるから,このグループの録音は余程古いアメリカ黒人音楽のレパートリーやバンジョー奏法を伝えているとも考えられる.このグループについては78 Quarterly誌Vol.1, No.3でDoug Seroff氏が詳しいレポートを書いている[4].何でもMillerの子孫の方が昔の公演プログラム等のスクラップブックを大切に保管していて多くのことが分かったらしい.
この1909年頃の蝋管録音は,宗教歌と世俗歌が大体半々である.中で有名作家マーク・トウェインが絶賛したと伝えられるWatermelon Partyなどはなかなか楽しいと思う.Miller氏のバンジョーが一番良く聞ける曲はThe Bonnie Blue Flagといって南北戦争のときの南軍の軍歌だ(Miller氏は南軍の勇士であったのだ).
無伴奏でヴォーカル・カルテットが歌う宗教歌.最初の方で耳を澄ませて聞いていれば,
Keep on rockin' an' roll me in yo' arms,
Rock an' roll me in yo' arms,
Rock an' roll me in yo' arms,
In the arms of Moses,と歌っているらしい. 今は「ロックンロール」といえばある音楽スタイルを指す言葉として定着しているが,この1910年録音が"rock and roll"という言葉を音楽の中で使った最古の記録だとも言われている.
ブルース形式は1900年代には普及しつつあったのか,1900年代に楽譜として発表されたラグタイム曲の中に部分的にブルース形式を使ったものもあった. 1910年代になると,W.C. Handyを始めとする何人かのポピュラー音楽の作曲家がブルースの形式を採り入れた「何々ブルース」という曲を出版し始めた. 一方,1913年以降黒人アーティストによるバンドが録音をたびたび行うようになる. 彼らのレパートリーは大体ポピュラー・ソングが多かったようだけれども,ポピュラー・ソングの一部に「何々ブルース」が含まれていたので,結果的にブルースと関係の深い曲が黒人アーティストによって記録されることになった.
これは「Blues以前のアメリカ黒人音楽」というタイトルに反している. 白人ブラスバンドによる"Blues"をタイトルに持つ曲だ. もっとも,この曲は必ずしもブルース形式ではなく,W.C. Handyがメンフィスの市長選に打って出たCrump氏の応援のため作って有名になったというものだ. Frank StokesがMr. Crump Don't Like Itとして吹き込んだのがこの曲だといい,聞き比べればなるほどStokesの歌で聞くのと同じようなメロディーも出てくる.
演奏者不明のギター・デュエット.リードをとる方はハワイアン・スティール・ギターである. 題名は「ブルース」とあるが,どうもブルース形式ではないようだ. それでもブルースっぽく聞こえないこともない.
この歌手は有名なヴォードヴィルの物真似芸人(prominent vaudeville impressionist)と,CDの解説書には書いてある. 白人だと思うけど良く分からない. キレイな声でラグタイム・ピアノだけをバックにAAB形式の12小節ブルース曲を歌ってくれる. ブルース歌唱を少しコミカルに演じているというのか,ブルースのパロディのようなものだ. ブルースのフィーリングは全然ないが,これはこれで結構な面白い芸だと思う. 気に入ってしまった. ブルースの音楽形式がこの頃にはフツーの人にも知られていたことの証拠となる録音ではないだろうか.
初期のブルースを記録に止めた点では功績のあったW.C. Handyの録音. Handyはカントリー・ブルースマンを目撃などしているから,後述のJim Europeなんかよりはブルースに近い立場にいたとは思う. Handyは1917年の9月に何曲か録音していてこれはそのうち1つ. どの曲もラグタイムやブルースの要素を取り入れたポピュラー・ソングを編曲されたオーケストラで演奏するとういう感じのものだ.この曲は比較的ブルージー(?)か.
ジャマイカ生まれの黒人Dan Kildareがニューヨークで結成し,英国で活動した黒人バンドが録音したW.C. Handyの作品.ドラマーのLouis Mitchellという人の歌も入っている.黒人バンドが録音した歌入りのブルース風の歌としては最も初期のものだろう. バンドの編成はバンジョー,バンジョリン(バンジョー + マンドリン)を中心とするストリングバンド的なものだが,ストリングバンドのブルースというよりは黒人エンタテイナーというジャンルの音楽である.それでも,ノリの良い活力のある演奏で音楽的に楽しめる.
Jim Europeという人物は,ニューヨークで喜劇のための音楽を書いたり,バンドリーダーになったりして有名になったアフロ・アメリカンである. 専ら白人のためのポピュラー音楽を作曲,演奏した人でブルースとは別に何の関係もないと思われる. 1913年にこの人が率いるバンドが録音したのがアメリカ黒人バンド最初の録音だとも言い,歴史的には重要な人らしい.
Hesitating Bluesは1915年にW.C. Handyが出版しており,Europeはこの曲を流行ポピュラー・ソングとして取り上げたと思う. 曲の方はHandyが出版するずっと以前から民衆の間で歌われていたものらしい. 1920年代以降クラシック・ブルース歌手も良く取り上げたが,Sam Collins, Buddy Boy Hawkins(Voice Throwin' Blues)などギター弾き語りのカントリー・ブルースマンによるものもある. 個人的にはLittle Brother Montgomeryのものも気に入っている.
これらの録音では覚えたメロディーが,このEuropeのものでは大がかりな編曲をされた大編成のブラス・バンドでインストルメンタル曲として演奏される. 伝統あるブルース曲の極く初期の録音には違いない. さらに不思議なことに,後半になって別の聞き覚えのあるメロディーが出て来る. Make Me a Palette on the Floorのメロディーだ. こちらもMississippi John Hurt (Ain't No Tellin') 等カントリー・ブルースマンが録音している曲だ. 演奏スタイルはカントリー・ブルースとは似ても似つかない変なモノではあるが,長く歌い継がれた歌の痕跡を古い録音の中に見付け出すのは面白いことだ.
サブタイトルが示す通り,このページの内容にはぴったりのCDが2005年に出た.既にDocumentレーベルやArcheophoneの他のCDで出ていたものも多いが,初めてCD化されたと思われるものも含まれる.2枚組で,ディスク1の前半がVocal Harmonies,後半がMinstrel & Vaudeville Traditions,ディスク2の前半がAspirational Motives,後半がDance Rhythms,とサブタイトルが付けられた4部構成となっている.
Vocal Harmoniesの部は最初期のコーラス・グループの録音を集めていて,中ではCousins & DeMossのWho Broke the Lockが素晴らしく,この1曲で買う価値がある位だと思う.他では,Fisk University Jubilee Quartetのスピリチュアルなんかは整い過ぎていてあまり好きではないが,Unique QuartetteやPolk Miller's Old South Quartetteなんかは良いと思う.
Minstrel & Vaudeville Traditionsの部では元奴隷のストリート歌手,George W. Johnsonがまとめてリイシュ−されている.音楽的にそれほど面白いということはないが珍しいには違いない.他に1931年に"Beans" HamboneとEl Morrowというコンビが録音しているBeansの1917年バージョン(語りみたいなもんだけど)などが入っている.Aspirational Motivesというタイトルが付いた部分は西洋のクラシック音楽畑の人が多いようで,興味が涌かない.
最後のDance Rhythmsの部には最初期のジャズと呼べるものが収められている.長生きしたラグタイム/ジャズ・ピアニスト兼バンド・リーダーのEubie Blakeの初録音,黒人ストリング・バンドの最初期の録音となるCiro's Club Coon Orchestra,ジャズ・クラリネットのパイオニアWilbur Sweatmanなどは気になるところ.
この2枚組CD,1曲毎に詳しく解説した情報豊かな分厚い解説書がついている.音質は曲によって非常に悪いモノもあるが,それでもArcheophoneレーベルの復刻技術は信じられない位良い.同じ曲のリイシュ−をDocumentのCDと聞き比べれば歴然とした違いがある.オーダーはArchephoneのサイトで行うのが良い.迅速に対応してくれる.
タイトルに「boogie」という言葉を使ったレコードを史上最初に出したミュージシャンは誰か?と聞かれて「パイン・トップ・スミス」などと答えては間違いだ.正解はジャズ・クラリネットの草分けWilbur Sweatmanで,Boogie Ragというタイトルの曲を1917年の3月に録音している[12].1917年には既にある種の音楽をboogieと呼んでいた,ということになる.
ジャズのことを何も知らないので,Wilbur Sweatmanのようなジャズ屋さんのことは書かないつもりだったのだが,何曲か聞くうちに,もしかしてこのスウェットマンというのはスゴい人だったのかも知れない,と思うようになった.このCDは1918年から1920年までのWilbur Sweatmanの録音を集めたもの.このレーベルらしく音質は録音年代のことを考えれば極上だ.内容的には全曲インストゥルメンタルで,古いジャズのスタイルが賑やかに繰り広げられる.ここで取り上げるのは何曲かブルース形式の曲があるからで,最初期のブルースの録音という点で歴史的価値があるし,哀調を帯びたThose Draftin' Bluesなんかは繰り返し聞いてしまう魅力がある.
このCDの解説書はシンシナティのブルースに関する著書を持つSteve Tracyが書いている.その解説を読むとSweatmanはジャズのいう言葉の浸透にもかなりの役割を果たしているらしいことが分かる.また1917年には女性歌手をスタジオに連れて行く計画を持っていたとかで,もし実現していたらクラシック・ブルースとかボードビル・ブルースとか呼ばれるジャンルの先駆けになっていたかもしれない.そんな訳で,パイオニアとして注目すべきミュージシャンなのは間違いない.なお,このCDには残念ながらBoogie Ragは含まれていないが,ブルース&ソウル・レコーズ誌68号のCD評(p.83)で紹介されているJazz OracleレーベルのCDには入っているようだ.
これもWilbur SweatmanのCD.こちらは2枚組で58曲も入っている.他のミュージシャンにカバーされているDown Home Ragが2バージョン収められるなどしている.また,Boogie RagもこちらのCDには収録されている.そのBoogie Ragを聞くと,特に後のブギウギと関係が深いとは思わないが,快活なダンス音楽を指す言葉として古くからboogieという用語が使われていた証拠にはなる.その他,Joe Turner Blues(1917年録音)などブルース形式の曲がある.
1900年から1916年に掛けて軍隊風ブラスバンドが録音した,アフリカン・アメリカン音楽.奏者はJames Europeを例外として,John Philip Sausaのバンドとか,Charles Princeのバンドとか白人が多いが,曲の方がアフリカン・アメリカンだったり,ラグやブルースの形式のものを集めている.かなり驚く曲があって,例えばCreole Bells(Sousa's Band,1905年10月)は,途中出てくるメロディーが,Mississippi John HurtのMy Creole Belleだ.へえ,こんなに古い歌だったんだ.Sousaのバンドは歌無しだけど,昔から歌詞付きで流行していたのだろう.I'm Alabama Bound(Prince's Orchestra,1910年5月)にも驚く.もっと古くから民衆の間で歌われていたものだと思うが,後にPapa Charlie Jacksonや,色々な題名でPapa Harvey HullとLong "Cleve" Reed,Henry Thomas,Charly Pattonまで録音している曲がこんな早い時期に録音されていたとは.もっとも,このPrince's Orchestraの演奏はブラスバンドによるダンス音楽にアレンジされているから,まるで感じは違う.それでも,メロディーに共通した部分があるのは確かだ.他にも興味深い曲があって,ルーツは同じに違いないThe Hesitating Blues(Handyが出版)とHesitation Blues(こちらはBilly Smytheが出版)が入っていたり,Wilbur Sweatman作のDown Home Ragを作者自身よりも4年早く録音したものが収められたり,The Memphis BluesやSt. Louis Bluesの初期録音が入っていたりしている.
1920年以前の録音を4曲含む.それ以外は普通(?)の戦前ブルース.ランブリン・トーマスやカンサス・ジョーの長年発見されていなかった貴重なレコードも含まれている.
1920年以前の録音を2曲含む.それ以外ではオスカー・ウッズ(Eddie and Oscar)なんかは聞き物でないか.
タイトル通りのモノ.本CDに収められた音楽の内容を云々する知識を持っていないのだが,大半がスピリチュアルで,ゴスペル以前のジュビリー・スタイル,ということになるのだろう.
世俗歌も歌っているPolk MillerとOld South Quartetteなどは良いと思う.
黒人ストリング・バンドがこんなに昔からレコードを出していたというのは意外だった.
本CDにはDan Kildareという人物が関係した2つのストリング・バンドの演奏が18曲収められている.
Dan Kildareはジャマイカ人で,合衆国へ出てニューヨークでJim Europeのブッキング・エージェンシーで働くようになり,やがて白人ダンサーのJoan Sawyerという人に望まれて黒人ストリングバンドを結成したという.
そのバンドはJoan Sawyer's Persian Garden Orchestraという名前で1914年に録音をし,これが本CDの最初の4曲である.
Kildareはやがてバンドをつれてイギリスに渡りロンドンに定住して演奏を行うようになり,同地でCiro's Club Coon Orchestraとして録音を行うようになった.
そのうち1916年から1917年3月までの録音が本CDの残りの14曲である.
正直に言って最初の1914年録音はピンと来ないが,Ciro's Club Coon Orchestra のものは意外と良く,曲目はポピュラー・ソングばかりだが,リズム感に優れた生き生きとした演奏が記録されている.
バンジョーとバンジョリン(バンジョーとマンドリンの中間)が主にリードを取っていて,ちょっとColey JonesのDallas String Bandを思い起こさせる.
黒人ストリング・バンドによる最初期の録音を集めたコンピレーションの第2集.第1集と同じくDan Kildareの率いていたバンドが中心で,Ciro's Club Coon Orchestra名義のものが4曲,Dan & Harvey's Jazz Band名義のものが7曲収められている他,ボーナストラックとしてThe Versatile Fourの1916年録音が4曲収められている.録音はいずれも英国で行われている.内容的に積極的にブルース・ファンに勧められるものではないが,ブルース・ファンが買うなら第1集よりもこの第2集かもしれない.ブルース・ファンでも楽しめる曲が3〜4曲入っているからだ.そのうち1つがThe St.Louis Bluesだが,The Versatile FourのDown Home Ragも名演だ.Ciro's Club Coon OrchestraのThe Chinese Bluesはタイトルに反してブルース形式ではないが,ずっと後になってLittle Brother MontgomeryもChinese Man Bluesとして録音している曲で注目できる.但し収録曲の大半はポピュラー的で面白いとはいえず,Dan & Harvey's Jazz Band名義の7曲などはアタシには辛かった.
このシリーズの第3集というのも出ていて,The Versatile Fourの残りの曲が入っているが,退屈だった.
1910年代半ばになると,ブルースは恰好良い新しい音楽として知られ始めたのか,楽譜として出版されるポピュラー・ソングに「何々ブルース」という題のついたものが増えたのだそうだ.ニューヨークのティン・パン・アリーにそういう歌を出版する会社が多かったものだから,「何々ブルース」という題で出版されたポピュラー・ソングのことを「ティン・パン・アリー・ブルース」という理屈だ.この手のポピュラー・ソングの古い録音を集めたのが本CD.1920年以前の録音が4曲含まれている.ホンモノのブルースらしく聞こえるのはトリクシー・スミスとベッシー・スミスくらいだが,これらはレース・レーベルに1925年に録音されたもの.それでも調子の良い楽しい曲も多いし,「Frankie and Johnny」の1921年録音などもあって興味深いCDだと思う.
Handyのオーケストラが1917年と1922年に録音したもの.
Bert Williamsの全録音を3枚のCDで復刻するArcheophoneのシリーズの1枚.最初期録音を集めたものだが,発売順序は録音年代と逆にこれが2004年に3番目のCDとしてリリースされている.3枚のCDの中では一番語りが少なく,歌を聴ける曲が多く親しみやすい.Williamsとコンビを組むことが多かったらしいGeorge Walkerとのデュエットを多く含み,何曲かはWalker名義だ.伴奏は前半はピアノだけ,後半ではオーケストラがつく.アフリカン・アメリカンの音楽のスタイルがケイクウォークだとかクーン・ソングだとかだった時代の記録として尊重すべきものだろう.詳細な解説書が付いている.
Bert Williamsと言えば,白人社会で最初に成功したアフリカン・アメリカンのコメディアン/エンタテイナーとして有名である.アフリカン・アメリカンとしては早くから録音を残した人でもある.それらの録音をすべて復刻しようとするシリーズの第2集.内容は語り物が大半で,これらは言語の壁のあるアタシのような者には鑑賞のしようがない.数曲の歌物を聞くことになるが,白人社会で活動していた人だけに,これらがどれだけ当時のアフリカン・アメリカン音楽の状況を伝えているかよく分からない.「白人社会で売れる前は黒人社会で人気者だったのだ」という理屈は一応成り立つのだが.Play That Barber Shop Chordなどは一応シンコペイトしたリズムを持つ音楽ではある.原盤はラッパ吹き込み(アコースティック録音)時代のものだが,音質は信じられないほど良い.
時代的には上のArcheophone 5003に続くものだが,CDとしてはこちらのが先に発売されている.
[1] ロバート・パーマー,ディープ・ブルース,JICC出版局,第3章,p. 178.
[2] Rainer E. Lotz, "The Bohee Brothers (1844-1897/1856-1926[?])", 78 Quarterly, Vol. 1, No. 7, pp.97-111.
[3] Paul Oliver, Screening the blues, Da Capo Press, Chapter 2, p.57.
[4] Doug Seroff, "Polk Miller and the Old South Quartette", 78 Quarterly, Vol.1, No. 3, pp.27-41.
[5] Stephen Calt, I'd rather be the devil - Skip James and the blues, Da Capo Press, Chapter 5, p.31.
[6] Terry Zwigoff, "Louie Blouie - The life and music of William Howard Armstrong", 78 Quarterly, Vol.1, No. 5, pp.41-55.
[7] Paul Oliver, Songsters & saints: vocal tradition on race record, Cambridge, Chapter 1, p.28.
[8] Rainer E. Lotz, Black people - Entertainers of African descent in Europe, and Germany, Birgit Lotz Verlag, Chapter 5.
[9] Paul Oliver, 前掲書,Chapter 2.
[10] David A. Jasen and Gene Jones, Spreadin' rhythm around - Black popular songwriters, 1880-1930,Schirmer Books, Chapter 4, p.123.
[11] Tim Brooks, Lost sounds - Blacks and the birth of the recording industry 1890-1919, University of Illinois Press.
[12] E.S. Virgo, "The earliest boogie woogie," 78 Quarterly, Vol.1, No.8, pp.123-126.