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わたしはお茶を飲むのがとても好きです。
紅茶ではダージリンとウバ、ダージリンはストレートで、ウバは手鍋でミルクと煮込んでいただきます。そして、もちろんふつうの日本茶もよいですが、玄米茶の香ばしい香りもよいですね。
香草茶もよくいただくのですが、最近いいなと感じたのは桜のお茶です。緑茶や紅茶などのブレンドがあり、桜のよい香りがします。ほんとうに春にぴったりのお茶ですね。
お茶を飲みながら水色を見ていると、ほっとするような、なんだか安らかな気持ちになります。お茶を飲むという行為自体が心をおちつかせることでもあるのですが、カップのなかで揺れる水を見ていると、いろいろな想いが静かに満ちていきます。そういえば、雨の日は考え込んでしまったり、過去を思い返したりすることが多いですね。水にはなにか、もの想わせる力があるのかもしれません。
そんなわけで今日は「水」のお話です。
わたしには水が生命にもっとも近い存在に感じられます。それは、水がなければ居きられないという理由だけでなく、もっと深いところで「いのち」とつながっている。そんな感じなのです。
すべてのものには波動があります。空気も水も地球もみんな、ゆらぎをもっているのです。そして、それは生きているという証でもあります。寄せては返す波の音を聞いていると、なぜか心がおちつきます。きっと波のゆらぎ(波動)を感じながら地球の息遣いを感じているからでしょう。これは、風が葉を揺らす音でも体感できます。風の強い夜、窓を開けて風の音を聞きながら眠ってみてください。風と波のゆらぎがよく似ていることを感じていただけるでしょう。
海から生まれたといわれるわたしたちの生命。水に抱かれた太古の記憶がそんな気持ちにさせるのかもしれませんね。
水をほんのひとしずく、澄んだ水面に落とす。ひと粒の水滴の振動が水面に伝わっていく。水面に銀の輪がゆっくり広がっていくのを見ていると、なんだかとても不思議で穏やかな気持ちになりますね。想いもきっと、こんなふうに伝わっていくのかな、と思ってしまいます。水鏡は空や緑を映し、その波動を広げていく。水はまるで心のようですね。いつも澄んだ水面でいられたらいいな。ひと粒の雨の想いも伝わっていくように。
わたしもちいさな雨粒になりたいな。
1996.5「水森通信3」より