てんから庵 爺 秩父山塊の谿
秩父山塊の谿
| 秩父山塊の谿と岩魚は、 秩父山塊の谿は近くて遠いのです、 国道や林道筋から直ぐにでも渓流域には入谿できます、 しかし 其の奥域の源流に岩魚との出逢いを求めるのなら 車を置いて数時間も 或は 一日中も僅かな踏み跡を辿って行かねばなりません。 秩父山塊の谿々は 飛騨や信州の豪快さや上州の快活さはありません、其処には“侘び”の自然があります。難しくも当たり障りの無いいい加減な表現です。 人は総じて“秩父らしい”と云います、清冽な流れ 険悪な峡間 美しい滝 安堵する苔生した穏やかなゴーロ そして炭焼き跡に何処までも続く古い杣道、 古えから 此処に住まう人々の生活の自然であったに違いありません、焼いた炭を背負って何日もかけて七千尺を越える山々を谿伝いに辿り 信州へ甲州へ と 米や塩と味噌とに交換して 辿り帰って我が家の生活の糧としたに違いありません。 古えの杣人達は、食生活の一つの糧として 魚達を殖やし続けてきました、それは何時も見る腹の赤い岩魚でした。生け捕ってはまだ棲んでいない滝の上 に放ち 狭隘な通ラズの奥の細流へと運び放ったのです、これからも久遠に棲み続けることを願って。 そう私達は 棲み続けさせなければ いけないのです。 今 訪ね行けば、厳しい奥地の細流の水辺に炭焼き跡があれば 必ず前の流れには 赤い岩魚が棲んでいるのです、営々と代を重ねて・・・。 「炭焼き場を作ろうかい判ずれば、前を診て後ろをよく診なければならぬ。 前は 川に岩魚が棲まねばならぬ 吾はそいつを喰わねばならぬから。後ろは 山が崩れてはいかぬ、寝ているままに あの世で寝ていてはいかぬ・・・から。」 と 古えの書に記してもあります、かかる自然の恵みは偉大です。 そんな原生の奥域へ向かうならば、懐古の匂いと 侘びの浪漫、浮世を一時離れての至福の時を得られることでしょう。 自然は大切に・・・其の侭に・・・。 全体概念図について、 ・奥秩父と判ずれば、入川・滝川・大洞川・中津川流域 と察します。吉田・赤平川流域は云わば里川、釣り行く事も稀 情報知識は持っておりません。 ・全て 道路・道は記入しておりません。雁坂トンネルも開通し 尚 其処此処で工事の最中です、何時変更なるやも知れづ 不変なるは流程のみです。 ・記号(マーク)について説明。 |: = 瀑滝 〜 顕著で落差10m程以上の瀑滝についてマークは付けてあります。(遡行途中の己の目での判じよう 正確かは判りません) ●灰 = 通ラズ 〜 遡行に難渋する 顕著な場所のみ書き入れました。 ●赤 =良くも悪しくも顕著な処〜 簡単な記述・画像のページが開きます。クリックしてご覧になれます。(釣り行に覗いてみるも一興かと) 避難小屋 = 釣り行なれば、柳小屋の他は先ずは利用すまいが 峪を遡って山稜に上がることもあるかと。記入しておきました。 各峪の紹介記述は、【岩魚の棲む峪】 のページから ご覧下さい。 |
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●印の場所は下記のページです。(上の地図上の ● を探して開いて下さい ゲームのようですが。) ・ |
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| 入 川 |
入川 管理釣り場 | 入川 古は 森林軌道 | 真の沢 憧憬の千丈の滝 | 入川 夢宿の柳小屋 | ||
| 滝 川 |
豆焼沢 豆焼大橋付近は | 滝川 古の伝説の直蔵淵 | 滝川 古の宿は釣橋小屋 | 豆焼沢 名瀑の豆焼大滝 | 滝川 難所ミグロの通ラズ | |
| 大 洞 川 |
荒沢谷 井戸淵の悪場 | 大洞谷 キンチヂミの悪場 | 和名倉沢 通ラズの大滝 | |||
| 中 津 川 |
観音谷 観音のお股 | ムジナ沢 九十三四郎滝 | 山吹沢 山吹橋と美瀑 | 広河原沢 衝立山(重石) | 中津川 滝沢ダムは今 | 金山沢 寂寥の廃鉱山の街 |
| 神流川 金の逆巻の滝 | ||||||
| 大 血 川 |
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| 浦 山 川 |
大久保谷 難所の障子岩 | |||||
| そ の 他 |
烏帽子谷 由来の大岩 | 和名沢 倉無しの瀑 | 寺沢 大岩を抱えた大滝 | |||
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