摩訶は浪漫 名栗川水系域

名栗川 水系域

ウノタワの鵜・・・(名栗)
  名栗郷と浦山郷の郡界尾根に大きな窪地があり「ウノタワ」と呼ばれている。
 山の上には大きな池が在って、沢山の鵜が棲んでいて鵜は池の主と人々から崇められていた。
 ところが或る日、浦山郷の猟師が獲物が獲れないことから遂に池の鵜を撃ってしまった。
 すると晴れていた空が一転俄かに掻き曇り雷鳴は轟き、鵜は消え池の水も忽然と枯れ消えてしまったそうだ。
 それ以来、此の窪地に水が少しも溜まることはなく鵜の姿を見ることもなくなってしまった。
 名栗郡の人々は『浦山郡の人は、神をも恐れぬ強欲な人たちよ…』と蔑んだと云う。
 
 
  有馬山から武甲山へと連なる背稜尾根のちょうど中間地に広い窪地があり「ウノタワ」と呼ばれている処があります。
 今も、大きな窪地があり梅雨時には湿地となるが水の堪ることはない。窪地端にあるツガの巨木は美事だ。
 他説には、池の水は鍋を傾けた如くに浦山郷を目指して濁流となって流れ入ったと云う。
 地元の人の話によれば、時節には沢山の蛍が飛んでいる…そうです。
倉骨瀧のうわばみ穴・・・(名栗・名栗川)
  倉骨瀧は字中尾の西谷にある。
 周囲は岩盤帯で飛瀑は岩を割って沃ぐこと一丈五尺で瀧巾は八尺。
 その瀧の横岩には穴口が五尺の大蛇の住まう岩穴が幾つかある。
 昔は時々その姿も見かけもし、呑まれてしまった者も多くあったと云う。
 郡中は深山幽谷に大淵もある、また岩穴や洞窟もその数を知らぬ程、何れかに潜んでいるようである。 
有馬淵の龍神・・・(名栗・有馬川)
  人里離れて行くこと数里、有馬川沿って上ると二丈余りの瀧がある。
 飛霧は霧散してもの凄い。瀑水の落ちる処に九間四方の大淵があった。
 そこが有馬淵と呼ばれる処、周囲は怪岩巨石でもの凄く淵底の深さは量りようもない。
 この淵には龍神が住んでいた。辿り着いた村人は別當地の龍泉寺で読経したお血脈を淵に投げ入れて雨乞いをする。
 すると、たちまち大渦が巻き起こって血脈は水中に没し、俄かに雷光は昼のように放ち暗雲が寄せて雨が降り出した。
 どんなに干ばつのときであっても雨の降らないことはなかった。
 御利益の伝へは武州の地に広まり、数十里の遠くから此処の水を求め来た。また、その霊験はあらたかだったそうだ。
 只、道中で水の一滴も零すと御利益は為らず、持ち運ぶは大変な沙汰であったと云う。

  
別話の芦ヶ久保川の井戸の入川の龍は、山を越えて此処に移り住んだものであるらしい。 
越えるに恐い鳥首峠・・・(名栗)
  名栗郷の白岩集落から浦山郷の冠岩集落へ結ぶ峠を鳥首峠と呼び主要な往還路であった。
 峠付近の山稜を高麗郡方向から遠望すると鳥の形に似ていて、ちょうど峠のタルミが鳥の首にあたるからだそうだ。
 だが…本当は。
 此の峠には山賊が住み着いていて、峠を通る旅人を襲い身ぐるみ剥いで首を刎ねたそうで、本来は「取り首峠」であると云う。

  
今は山賊は出ないと思う。
 時の流れからか、名栗郷の白岩集落も浦山郷の冠岩集落も、住む人は去って廃屋だけが佇み、峠には山ノ神の祠があります。
姫様の棲む機織淵・・・(名栗・白岩沢)
  樫久保に住んでいた樵が鳥首峠へ向かって上っている時、ある深い淵へヨキを落としてしまった。
 淵に入って探していると、美しい姫様が現れた。
 姫様は『落としたヨキはあなたのですか、私の糸を切ってしまいましたよ』と云う。
 樵は正直に侘びた。
 すると姫様は『正直者ですね、此処で私に出会ったことを誰にも話さなければ、此れをあげましょう』と糸巻きをくれた。
 何でも願いの叶えられる糸巻きだった。
 おかげで樵の家で祝言のあったときも百膳もの用意もできた。
 しかし、不思議に思った村人に樵はこのことを話してしまった。
 それからは、いくら糸巻きを淵にもって行き願いをたのんでも叶えられなくなってしまった。

  
荒川郷にも全く同じ伝えがある。「手櫃の淵」だったでしょうか。
どちらが発端であるのか、いずれにしても俺らが村にも…の真似伝えであろうか。
金太郎と山姥・・・(名栗)
  足柄山の金太郎は山姥に育てられた。
 山姥は年老いて金太郎に最後の頼みをした。
 『武州の秩父郡の芦ヶ久保の赤谷へ連れて行ってはくれまいか・・・』
 金太郎は、足が萎えて歩けない山姥を背負って武州の国の芦ヶ久保を目指して旅立った。
 野を越へ山を越へ谷を越へて名栗村の山伏峠まで来た。
 すっかり衰弱してしまった山姥は、
 『体を三つに分けて、足は名栗に、胴は名郷に、頭は芦ヶ久保に埋めてもらいたい・・・』と云い残して死んでしまった。
 金太郎は云いつけ通りに、体を三つに分けて瓶に入れた。
 そして、腰から下は名栗の炭谷ノ入りに、胴は名郷に、頭は芦ヶ久保に埋めた。
 後に、炭谷ノ入りで山崩れがあった時、壷が見つかり村人が中を覗くと人骨が入っていたので祀ったそうだ。
 また、名郷にも芦ヶ久保にも姥神様として祀られてあるし地名もある。 




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