摩訶は浪漫 大血川水系域

大血川 水系域

大血川と九十九神社・・・(荒川・大血川)
  天慶の三年、此の地で平親王将門は源経基と激しい戦いをして敗れてしまった。
 全滅してしまった武士の血は流れる谷川を真っ赤に染めた。
 敗れて追われた将門の妃の桔梗の前と九十九人の共達も谷の畔で枕を並べて自害をした。
 武士と妃と共達の流れ出た血は七日七夜も流れ続けた。
 それから此の谷川は大血川と呼ばれた。
 また桔梗の前は、悲しい最期を遂げた人々哀れんで神となり九十九神社に祀られた。
美しい大蛇の妻・・・(荒川・大血川)
  大日向の奥に関東の女人高野とよばれる太陽寺がある。
 此の寺は、後嵯峨天皇の皇子の髭僧大師の開いたものである。
 或る日の風雨の激しい夜、一人の若く美しい娘が訪ねてきた。
 炊事に洗濯に掃除と働き者で気立ても優しい娘で、大師はこの娘を妻として迎えることになった。
 やがて娘は身籠って臨月になった。
 『私が産室に入ったらば、七日七夜は決して見ないで下さい』と娘は云った。
 大師は生まれた子が見たくて堪らず、障子を少しだけ開けて隙間から覗いてしまった。
 すると、真っ白な大蛇がとぐろを巻いていて、生まれたばかりのひ男の児をあやしていた。
 大蛇姿の娘は『如何して私の姿を見てしまったのですか』と泣きながら雲に乗って天に消えてしまった。
 残された此の男の児が、後の畠山重忠だと云う。
 娘は、信州の諏訪湖に住む大蛇の化身であったとも云う。




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