釣り人の便り


皆様から の 便


皆様から掲示板やメールなどでお寄せ戴いた「釣り行記・エッセイ等」と「画像」を載せています。

但し、「釣り行記・エッセイ」については、戴いた文中の前述・後述は削除して、本文だけを載せています。
    又、沢・谿名については釣りに関する場合は伏せて記載しました。
    「画像」については、画像サイズを均等に変更させていただいております。
    ハンドルネーム(号等)はその儘に、本名と思われる場合はお名前を採用させていただきました。

お便りを、お待ちしております。
また、此方に掲載されまして不服・ご迷惑等がありました場合は、ご連絡下さい。

釣り行記・エッセイ ・上州の峪 其の一、   平成十八年   直隆 様
・上州の峪 其の二、   平成十八年   直隆 様
・上州の峪 其の三、   平成十八年   直隆 様
・上州の峪 其の四、     平成十八年   直隆 様
・上州の峪 其の五、   平成十八年   直隆 様
・上州の峪 其の六、   平成十八年   直隆 様
・和 竿             平成十八年   直隆 様
・大洞谷、山の神から先 平成十九年 3ちゃん 様
・秩父の思い出 平成十九年 hukusuke 様
・上州の谷(続) 其の一、 平成十九年   直隆 様
・上州の谷(続) 其の二、 平成十九年   直隆 様
・上州の谷(続) 其の三、 平成十九年   直隆 様
・奥秩父 晩秋から初冬へ、 平成十九年  3ちゃん 様
画 像 平成十八年 準備中です。
平成十九年


上州の峪 其の一、   平成十八年  直隆 様
其の一.
今年は利根漁協の年券を購入し、11回通った。
早朝練馬から関越を飛ばし、前橋でICを降り、煙草に火を付け直ぐ直ぐICに戻る。これで1,400円節約だ。
沼田からR120に入り小1時間で目的地。

沢靴、スパッツ、バレー用サポーターを装着し、カミさんが夜のうちに作っておいた握り飯2個を平らげ、40Lザック
(ペットボトル2本を刺し、昼用の握り飯2個、25メートルザイルと5メートルお助けザイルその他小物で7〜8キロ)を担ぐ。
大体6時半前後になる。さあ行くぞ。        
                             
上州の峪 其の二、   平成十八年  直隆 様
其の二、
6月初、5月下旬に続て2度目の上州行。今回は前回K川支流のN川J沢の上流A沢。渓相は素晴らしい。然し、滑の遡
行で岩魚はいない。よし、尾根越えでJ沢に行こう。数米昇り高みに出た時、右岸の涸れ沢から何かが降りてくる。熊か?
違う。灰色だ。猪か?違う。カモシカだ。そいつは未だ小さい。60〜70センチ位か。水辺に降りた。若葉を喰っている。
2,3枚喰ってゆっくりとこの高みに登ってくる。
仕舞った竿を持っている手元までそいつは来た。頭には巻き角が二つ、立ってはいない。流石に私も声を出した。
おいおい(此処に人がいるよ)と。彼は一瞬目を上げ、反転し、そのまま斜面を駆け上っていった。ほんの数秒の出来事
であった。後で頭を撫でてあげれば良かったと後悔した。
その後J沢に抜け2匹で納竿し、2時過ぎに帰宅し、ビールを飲んで昼寝をした。
上州の峪 其の三、   平成十八年  直隆 様
其の三.
8月3日、今日は母の卒寿の誕生日だ。俺だって今年で62だ。年休を採って上州に来たんだ。岩魚のミキサーを味わせ
たい。
人気のないスキー場の駐車場に車を止め、ゲレンデ沿いのジープしか上れない道を歩き始めた。暑い。雲一つない。
木陰は何処にもない。あの山に辿り着けば木陰で休めるのに。リフトの下の林道の木陰で休んだ後、2時間木陰を求め
ながら林道を歩きやっとA沢の合流点に着いた。1時間遡行するもさっぱり。
諦め戻り道の途中の奥J沢の橋から探って見たがこれも駄目。12時になったので、納竿。今日の夕食お袋に何を食べさ
せようかと思案しながら帰途(今年上州11回釣行で唯一のおでこ。)。然し上州のあの山と空の青さは港区神谷町で働
く私にはかけがいがない。
(因みに私の母は10年前から寝たきり。介護5)
上州の峪 其の四、   平成十八年  直隆 様
其の四.
今年10回目の上州釣行。9月17日未だ朝6時前というのに此処、K川支流N川のH沢N沢の分岐には車が10台以上。
そう上州は9月20日までが遊魚期間。その先のスキー場の手前のスペースで支度をしていると地元漁協の小父さんが
軽トラックで声をかけて来た。「釣りですか。入漁証ありますか。」、ザックに括り付けた年券を示すとそのまま去って行っ
た。
N沢を堰堤まで2匹を釣り上げ、林道に上がり終点から再入渓。30分程大滝、小滝の素晴らしい渓を遡行した処で先行
者3名のグループ。峪に先行者がいたのは今年初めて。挨拶をし、撤退。帰途入渓点で、2人の人影、何と一人が下流
の滝の落ち口付近で網を張り、他の一人が其の上10米程の小滝の落ち口から棒でかき回しているのだ。
何ともいえない悲しい気持ちで家路に着いた。
上州の峪 其の五、   平成十八年  直隆 様
其の五
7月22日(土)6時半に丸沼高原スキー場駐車場に停めた。ロープウェイの時刻表を見ると始発は7時半。片道1,000円
の no-return 切符を求め、晴天の中空を行く高低差600米の一人だけのゴンドラでデジカメのシャッターを何度か押し
た。武尊の山並みと眼下の丸沼が美しかった。
1週間前に立山室堂で自生のコマクサを堪能したので、山頂駅の’売り’のコマクサ苑は、横目で睨み、支度を整え、続
々と着いてくるハイカーを尻目に、私には名も知らぬ薄紫色の一面花畠のゲレンデを2,3度滑りながら1,700米地点のN
沢源流に程近い沢に辿り着いた。林道との合流点付近の平坦な場所は唐松林。昨年春この沢の下流1,300米付近まで
遡行して以来計画していた場所だ。枝沢は限りなく陽るく、本沢は限りなく陰鬱い。2時間程竿を出し、入渓点に戻り少
し下降すると大堰堤。林道に這い上がり、何度も繰り返すくの字の林道をひたすら歩くこと2時間余、やっと沢と再会した。
少し下り、見覚えのある場所付近で27センチを頭に3匹で納竿した。林道を2時間程下りR120に辿り着いたのは午後4時
近かった。5時少し前のバスでスキー場の駐車場に戻り、帰途に着いた。
自宅で入浴した際、足の爪が4本黒くなっていたのには魂消た。さもあろう1/25,000の地図横一文字、標高差1,000米を
歩いたのだから。
然し、あの上州の空の藍さと、林道歩きの素晴らしさ、峪の明暗込めた女にも似る、己の中の本能の呼び声に似た惹きつ
け、大自然の中に身を委ねる孤独さには堪らない。ゲレンデを横切ってケェーン、ケェーンと警戒音を出して消えた鹿、
くの字の林道で出会った鹿3頭、それらの想い出は恐らくずっと消えない。
上州の峪 其の六、   平成十八年  直隆 様
其の六
5月24日(水)、当局への資料搬入も無事終了したので、年休を採って上州N川のJ沢に来た。今年始めての渓流行。
晴れ、良し、6時半。県道スペースに停め、地図上の林道を上る。数分程すると開けた場所に出た。恐らく冬のゲレン
デの一部なのだろう。辺り一面若草の萌える草原。正面に武尊の尾根。うーん好いなあ。
沢との合流点に着いて驚いた。川幅2〜3米の沢は轟々たる奔流だ。沢通しの遡行など思いもよらない。雪代の凄まじ
さを都会育ちの身で始めて知った。昨年5月連休の魚津川本流で雪代の凄まじさをまざまざと実感し(カミさんを攫われ
そうになった。)たのに。だからこそ今来たのに、まさかここでもかと。
藪漕ぎの岸辺からの釣りになった。然し、流れの緩みに投げ込むと岩魚は居た。健気に食を待っているのだ。
5匹釣り上げた処で竿を納めた、5匹以上は贅沢だ、忍び難い。林道からの帰り道、未だ採り残されていた、蕨と独活と
タラノ芽を摘んで2時前に帰宅した。ビールを飲んで昼寝をした後、蕨のお浸しと、独活の金平を作り、岩魚の塩焼きで
夕食を採った。良し、また上州に行くぞ。
和 竿   平成十八年  直隆 様
寄稿しようかどうしようか。本当に迷った。余りにも贅沢で自慢気な話だから。
然し、こんなことも60年以上を古経た人生にはあるのだと思って決めた。

10月の中旬、会社に大阪の友人から連絡があった。
「未だ、渓流やっている?」、「そう、それだったら、亡くなった友人の奥さんから形見分けに戴いた渓流竿を貰って欲しい」
「大事に使わせて貰うよ。」と答えた其の週末、帰宅したらそれは届いていた。

5本の内、3本が和竿(所謂竹竿)で、其の内2本の、長い方は3間竿、(仕舞い込み約74センチ2本、各5本、4本仕舞い)
短い方は2間半竿、(仕舞いこみ約61センチ2本、各5本、4本仕舞い)。
2本とも銘が入っている。長い方は東俊(銀座東作で「とうしゅん」と言ったら、店主は「とうとし」と言われていた。)、短い方
は東作。どちらも漆仕上げの素晴らしい逸品で、職人の技を見るような作品。
和竿を始めて手にしてしばし呆然とした。

東作は江戸時代から続くお店で、初代東作は武士で趣味が高じて、釣竿店を始めたらしい。全ての江戸和竿師は初代
東作或いはそれ以降の東作の流れを汲むようだ。
東作本店は今も東上野に在り、初代からの処なのだろう。昔は稲荷町の地名だったようだ(戴いた竿袋には「稲荷町東作
作」とある。)。銀座東作は4代目から分かれたお店らしい。
東俊は4代目東作の弟子で「昭和の名人」呼ばれたらしいお人のようで、今回、戴いた竿は何れも「ヤマベ竿」のようだ。

30年以上も前の昔、釣りに夢中になり始めた頃(其の頃、ヘラ鮒釣りに夢中になっていた。)、和竿は当時のお金で10万
以上の値段が付いていたのを記憶している。私の給料以上の値段であった。高嶺の花であった。夢想だにしなかった夢が
今現実に手元に有る。これは私の宝物だ。
春になり暖かくなったら、入間川でヤマベを釣ってみよう。それが故人に対する何よりの供養だろう。
然し、このような和竿で釣りを楽しんだ御仁は一体どのようなお人であったのだろうかと、しばし想いを馳せた。
(どうしても写真を添付できなかったのは多少残念であった)
大洞谷、山の神から先  平成十九年  3ちゃん 様
 昨日(6/16・快晴)「大洞谷の巻道 キンチヂミの通らずを避けて」と1/25000地図を持って杣道歩きに勇んで出かけまし
たが、釣人の目印に負けて傷だらけの帰宅となりました。帰ってから文章を良く読み直したら、自分の未熟さを痛感しました。
私が甘かった。自然は強い!結局沢へ降りましたが、上も下も大きい滝ばかり。豪快な滝を眺めながら、ビールを飲み握飯
を食べ、優雅なひと時を過ごさせて貰いました。時の経つのも忘れ、帰りは山の神まで道なき道を直登です。(ここが一番辛
かった。)帰り道覗き岩の先でまたクマと出会いましたが、鈴音で逃げました。充実した1日でした。有難うございました。近い
内再度井戸沢目指し、今度は五感を働かせ挑戦します!!
 最後に、原全教の「山旅」を夢見ています。
秩父の思い出   平成十九年  hukusuke 様
渓流釣り歴も30年を超えますが、きっかけは武甲山の下山時に橋立川で岩魚を見て、翌年から釣りをはじめました。当時は
電車、バスでの釣行で、大久保谷などは秩父から浦山行のバスに乗っていました。当時、寄国土部落の雑貨店で飲み物を
買い、つり橋を渡り林道を歩いて入渓しましたが、途中で大久保から通学の女の子によく出会ったものです。ダム工事前の
大久保谷は近場谷に岩魚も見られ、本流では尺岩魚を釣ったこともありました。その後、車で行動範囲も拡がり、細久保の
左俣や右俣に通いましたが、当時は細久保の営林署官舎も管理人が常駐で池にはヤマメがいつも泳いでいましたが、いつ
のまにか稜線からのテレビアンテナ線もなくなり、池も水が無くなってしまいました。また、改築前の柳小屋に泊まり真ノ沢(一
度は朽ちた桟橋を辿り甲武信岳登りました)も釣りました。中津川、神流川の山吹谷、赤沢谷なども歩き、その後も細久保や
広河原谷を中心に平成12年頃まで通いましたが、越谷に転居したこともあり、中心が鬼怒川水系に移り、秩父は疎遠になっ
ていました。4年ほど前、ダム完成後の大久保谷に久しぶりに行き、本流出会いからゆっくり1日コースだった鳶岩あたりの園
地から入渓、障子岩の滝まで釣り上がりましたが、昔ながらの天然ヤマメに出会うことができ、感激しました。その上の大久保
の官舎も懐かしいものでした。
 最近は釣果にこだわらず、デジカメと三脚を持参し、渓谷の写真をとることも趣味になっています。
これからも秩父の谷の記憶を辿ってゆこうと思います。
上州の谷(続) 其の一、  平成十九年  直隆 様
其の一
4月6日今年初めての釣行。5時過ぎに家を発ち、例によって、前橋IC経由で7時前沼田を抜け、7時半過ぎに片品川N川
のH沢N沢の分岐に着いた。
H沢入り口は太い鎖で閉鎖されている。『がけ崩れ通行止め』の表示があり、ここからは自己責任の範疇だ。林道を上る間、
聞こえるのは川音と鳥のさえずり、見えるのは葉を落とした樹林と灰色の空間のみのセピア色の世界。都会の喧騒と隔絶
した春未だ遠き自然の姿に厳しい冬の名残を感じるには十分すぎる時間を堪能した。
小一時間で崩落箇所。林道を土塊が埋め尽くし小山を成し、其の上を倒れた大木が覆っている。踏み跡をたどって崩落
箇所を過ぎた頃から残雪が道を覆い始め、30分もすると、膝まで残雪に埋まるようになった。目的地のH沢源流に近い二
股近くの橋までは未だ1時間以上も行かねばならない。ここで諦めた。
戻る途中の小渓を探った。幅1米程の沢を上るには注意が必要だった。足場の小岩は悉く凍っていて沢靴のフェルトも用を
なさない。何回か膝上までの渡渉を余儀なくされ、零水が足の感覚を奪う。余りの凍たさ、痛さに戻ろうかと立ち止まったと
き不思議な光景に出会った。
峪には陽が入ってきている。陽を受けた峡間側面の壁面で何かが動いている。いや、良く観ると流れている、水が流れてい
るのだ。しかし、壁面は氷結している。更に良く観ると、氷結している壁面の下を水が滴り流れているのだった。陽を受けて
キラキラ輝く氷の壁面の下をさらさらと水が滝のように流れているのだった。美しい光景だった。しばし其の光景に見とれたが、
やがて冷たさ、痛さに気付き林道に戻った。
結局H沢での釣りは4匹で終まいにして、昼過ぎに帰宅した。それにしても半年振りのイワナとの出会いと素晴らしい待春の
息吹を感じた一日であった。
上州の谷(続) 其の二、   平成十九年  直隆 様
其の二
8月3日(金)片品川の上流大清水休憩所に来た。大清水へは今年2度目の釣行だ(結局、大清水には今年6度通うことにな
るのだが。)。正確に言うと3度目の来訪で、最初は今を去る40年余も前、大学2年の夏、旅行研究会で夜行のバスで此処
で下車し、尾瀬に行ったとき以来、前回7月下旬から約1週間振りということになる。
休憩所前の駐車場には10数台の車があったが、どれも夜露に濡れ、フロントガラスも露に覆われている。此処に車を置き、
尾瀬に行ったハイカーのものだろう。6時半支度を終え、閉ざされているゲートを抜け、一ノ瀬休憩所への林道へと入り直ぐ
に中枝沢への林道へと下る。15分程行くと橋に出た。数米程下を流れる三平峠からの川筋は未だ深い。少し戻り地図上の
細道を確認し分け入った。
堰堤前の開けた川端で朝飯の握り飯を採り、その後無くなった細道の藪笹の急坂をよじり登り廃橋に出た。地図に見るN沢
に掛かる地図上の細道に掛かる橋だろう。何処かで道を踏み間違えたのであろう。廃橋は苔むし渡ることは覚束ない。
沢に下り1匹釣り上げ、廃橋の細道を藪笹を漕ぎ乍、一ノ瀬休憩所への林道に戻りN沢から再入渓し、4匹釣り上げ終いにした。
今日は母の91歳の誕生日だ。今年はイワナのミンチを食べさせることが出来ると思った。

余話
昼前に大清水の駐車場に戻った。休憩所には、合宿の学生風の団体やらバス待ちのハイカーやらで結構賑わっていた。
お握りを頬張り乍、前回、今回と大清水に来たとき車窓から見て気になっていた沢があったので、一寸様子を観ようと考えた。
300米程車道を下った右手に轟々と水を落とす滑滝がある。物凄い水量だ。数十米の落差を喘ぎながら上り詰めると平坦な
池のような場所に出た。更に上に行ってみるともう5分程で沢は消え始めている。元の池のような場所に戻った。
そうか、此処が清水になっているのだ。大清水とはこのことなのだ。そう思った。
地図上の水線は確かに短い。然し水線のところに大清水との記載がある。荷鞍山の残雪を地下に滲み、一気に噴出してい
る清水なのだろう。確認はしていないが、この大清水の水を貯めた水壕が戸倉発電所までのズイドウとして地図上に見える。
上州の谷(続) 其の三、   平成十九年  直隆 様
其の三
9月5日4ヶ月振りに片品川N川のH沢に来た。ここH沢は春のリベンジであり、また、昨年N沢に釣行して以来計画していた
夢の沢だ。崩落箇所の大木は枝を落とした丸太になり、チェインソウで切れ目が入っているが、直径1米にも及ぶ重さに、
運びかねているのだろう。其の下を四つん這いになり恐る恐る潜り抜け、更に1時間半余登った後、側道の下りになった。
この間、林道からは峪は見えず、聞こえるのは微かな沢音と鳥の声、見えるのは道端のススキ、藪笹、名も知らぬ草花、
イナゴか殿様バッタに似た虫や蝶のみ。
橋から峪に降りた。良い渓相だ。上るか下るか迷ったが、下ることにした。途中で樵道から林道に上れば良い。30分程下る
も当たりは全く無い。何か音が聞こえてきた。悪い予感がしたが、更に行くと予感が現実になった。滝だ。こわごわ滝口まで
行ったが、それ以上は無理だ。覗くことすら出来なかった。魚止めの滝だ。当たりが無い訳だ。どんな滝か下から見てみたい
と思ったが、どうやら沢通しで上って来るしかないだろう(帰宅して地図で確認すると確かに滝マークがあった)。
9月というのに、来る人もない所為か残っていたワラビを一把程摘みながら帰途に着いた。
途中川場村の田園プラザで果物を求め、甘露煮用のイワナ3匹を土産にして家に着いたのは夕刻6時過ぎであった。
奥秩父 晩秋から初冬へ、   平成十九年  3ちゃん 様
平成19年11月8日、出会いの丘に7:50am到着。天気は秋晴れ。
@黒岩尾根から雁坂峠までorA豆焼沢の大滝を見に行こうか迷った。尾根の上方を眺むれば樹木の葉は落ちている。
迷った末に、大滝に決めた。最近登山靴は余り履かない。スパイク付10枚こはぜの地下足袋がいい。10月もこの地下足袋
で九十三四郎の滝まで。地下足袋がこんなに調子いいとは!
 トウの滝までは杣道を、今年の3月歩いているが、先は未知の世界!
長かった!遠かった!嶮しかった!「落ちたら死ぬぞ、落ちたら死ぬぞ!」と呟いていた。爺さんの言うとおりだと思って、
一人苦笑した。
 やっと現れた。「うぉー!デッケー!」叫んでしまった。水の落口が観えない。幽玄の世界か幻か?黒光りする岩に飛散す
る水飛沫。自分の足で得た感動でした。「行きは良い良い帰りは怖い」で、帰りにトウの滝を見過ごし、気が付いたら黄色い
橋が目前に!唖然とした。気を取り直し、杣道まで直登30分(ここでも、落ちたら死ぬぞと繰り返した)。トーグリ沢が見え一
安心で無事帰還しました。間抜けな私でした。




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