| トップへ戻る 前へ戻る |
| アルマダ帰還せず |
第4話 |
挫折 |
| 1583年、レパント海戦の英雄サンタ・クルーズ候がフェリペに謁見を求めた。 「いかがした、正式に謁見を申し出るなど・・・。」 「は、此度は恐れ多くも陛下にご進言を申し上げたく・・・。」 国王の面前、直立不動でそう言うと、サンタ・クルーズ候は胸に手を当てて頭を下げた。 「ほお、進言とな・・・。では聞こう。」 フェリペはじっとサンタ・クルーズ候の顔を見た。 「は、何卒わたくしにアルマダをお預け頂きました上、イングランドへの出兵をお命じくださいませ。」 その言葉にフェリペはわずかに眉を動かした。しかし何も言わないフェリペを、緊張した面持ちで見ていたサンタ・クルーズ候は、ごくっと唾を飲んだ。そして待ちきれないように、再び口を開いた。 「何卒・・・、陛下。このままネーデルラントがイングランドの好きなようにされるのを黙って見ているわけには参りませぬ。」 顎ヒゲを右手でさすったフェリペは、う〜んとうなった後、 「いや、しかし・・・、やはり出兵には及ばぬ。」 と、低い声で言った。 「陛下・・・!イングランドは既にネーデルラントに派兵したのですぞ。このまま手をこまねいて、何もせずにいるおつもりですか。」 しかしフェリペはこの申し出に、首を縦に振ることはなかった。 ところが、その後もイングランドの私拿捕船の略奪行為は激しさを増す一方で、しかも一般の貿易活動に於いても、イングランドは新大陸への進出の構えを隠そうとはしなかった。 そして、ついにフェリペの心を大きく揺さぶる知らせが入った。 「イングランドはオスマン帝国や北アフリカとの貿易を活発化させ、そのための貿易会社を次々に設立したそうでございます。」 「何・・・、オスマン帝国や北アフリカとの貿易会社・・・。よもやイングランドは、イスラム教徒と手を組もうとしているのではあるまいな。」 フェリペは、かつて父カール5世に対抗するために、フランスがオスマン帝国と裏で手を組んでいた事実を思い出していた。 (カトリックだったフランス王でさえイスラムと手を組んだのだ。ローマ教皇すら恐れぬあの背信者のエリザベスならば、かようなこともいとわぬかもしれぬ。) こうして、1585年頃にフェリペはアルマダによるイングランド攻撃を現実的に考えるようになり、ついには翌年その準備を始めるに至った。 しかし、アルマダ計画はなかなか前には進まなかった。 1587年春、出撃へ向けて準備をしていたカディス港に、イングランド艦隊が姿を現した。スペイン艦隊よりも小ぶりだが、最新式の武器を装備し強力な砲撃力を備えたイングランド艦隊は、準備のため身動きの取れないスペイン艦隊に次々と打撃を与え、また物資を奪って行った。このゲリラ的な攻撃を指揮していたのはあのフランシス・ドレイクで、この闇討ちのような攻撃をエリザベスは黙認していた。 さらに翌年には、アルマダ計画の提唱者で有能な海軍指揮官でもあるサンタ・クルーズ候がこの世を去ってしまった。 こうしてアルマダ計画は、予定がかなり遅れた上に、総司令には海軍に明るくないメディナ・シドニア公に任されることとなった。 1588年秋、ボロボロになった60隻ほどの船を従えて、メディナ・シドニア公がスペインに戻って来た。 「申し訳ございません。」 メディナ・シドニア公はフェリペの前にひざまずいて、ただただ謝罪の言葉を述べるばかりだった。 「もうよい、そちも精一杯やってのことであろう。嵐などの自然条件も災いしたと聞いておる。過去を振り返るよりも、大切なのはこれからどうするかということじゃ。」 「陛下・・・、恐れ入ります。」 メディナ・シドニア公のやつれた頬に涙が伝った。 無敵艦隊アルマダは、イングランド攻撃に失敗して8000もの人命と70もの艦船を失った。 敗戦の原因は、当初の司令官だったサンタ・クルーズ候の死も大きかったが、何よりもアルマダそのものが時代遅れになっていたことにスペイン側が気づかなかったことだろう。船の作りも作戦も旧式のままで、遠くイングランドまで行ったものの、遠征する側よりも守る側の方が強さを発揮するということは、歴史上よくあることだ。それに加えて、イングランド側に有利な風向きがアルマダを窮地に追い込んだのだった。 この後もフェリペは三度、立て直したアルマダをイングランドに差し向けるが、成功することはなかった。 フェリペはアルマダ作戦と平行して、フランスの宗教内乱ユグノー戦争にも加担していた。しかし、それもフェリペが支持していた旧教同盟の敗北に終わり、スペインにとっては痛手を負っただけだった。 ネーデルラントも既に独立に向けて歩み始めていて、フェリペの死後正式に独立することになる。 晩年は、エル・エスコリアル宮殿の奥で修道士のような生活を送ったとも言われるスペイン国王フェリペ2世。 フェリペが味わった数々の挫折を経て、この後スペインは坂道を転げ落ちるように衰退していくことになる。果たしてそれは、フェリペが国王として能力がなかったということだったのか、それとも大いなる歴史が用意した筋書きだったのだろうか。 |
| 完 |
| トップに戻る | あとがき |