完全武装の男たちが、大きな木を背にした三人を取り囲むように展開する。かなり手馴れた動きだ。前に出るレイの背に向かって、ユエがのんびりと話しかけた。

 「手伝いましょうか?」
 「いや。お前の最優先事項は、ゆかりと翡翠の警護。余裕があったら攻撃参加して。」
 「了解です。頑張ってください。」

 緊張感皆無の笑顔で手を振るユエに、ガーゼの男――井上といったか――が怒鳴った。

 「何和んでやがる!状況分かってんのかてめぇら!?」
 「それはこっちの台詞だぜ。『仏の顔も三度まで』っていうけど、俺は仏じゃねぇから三度も我慢しねぇぞ?昨日と違って、今日は手加減なしだ。死んでも恨むなよ。」
 「ふざけやがって・・・!やっちまえ!!」

 その怒号に応じて、男たちがいっせいに少年に襲い掛かる。その様子を見て、ゆかりは青ざめた。さっきは頭に血が上っていて何も考えられなかったけど、たったふたりであんなにたくさんの人たちをやっつけられるわけない・・・!!いや、金髪の人は自分を守るために残っているのだから、たったひとりでだ。
 ゆかりは、必死に傍らのユエに呼びかけた。子供のゆかりでは、長身のユエの胸まで手を伸ばすのが精一杯である。半分ぶら下がるようにしながら、小さなこぶしで胸を叩く。

 「と、止めて!あのお兄ちゃんが死んじゃう!!」
 「大丈夫ですよ。彼、儚げと見せかけて、実は相当にしぶといヒトですから。」
 「でも・・・!!」

 さらに言い募ろうとしたゆかりの耳に、濁った悲鳴が聞こえた。黒衣の少年が血に染まって倒れる姿を想像しながら、思わずそちらを向くゆかり。しかし、目の前で展開されていたのは、予想を見事に裏切る光景だった。
 15,6人いたはずの男たちのうち半数近くが地面に転がり、苦痛の呻きをあげている。そのうちの何人かは完全に沈黙しており、ゆかりはもしかして死んでいるのではないかと心配になった。・・・いくら悪い人だって、殺しちゃいけないよね・・・?
 残った男たちも、完全に色を失っている。暴力をふるうことには慣れていても、自分たちがやられる立場になったことはないのだろう。初めての経験に動揺している。レイから3メートルほどの距離を保ったまま、威嚇するように武器を構えているが、足が震えているので迫力は皆無である。その様子を鼻で笑ったレイの姿が、次の瞬間、忽然と消えた。
 いや、消えたのではない。驚異的な瞬発力を駆使して、一瞬で相手の懐に飛び込んだのである。反応も出来ずにいる相手の鳩尾に、全体重プラス加速度を乗せた肘鉄を叩き込む。吹っ飛び、数メートル後ろにあったプラスチック製のキリンに激突する仲間に眼もくれず、新手が鉄パイプを振りかざして襲い掛かった。横に飛びのいて振り下ろされるパイプをかわしたレイは、相手が向き直った瞬間、側頭部に強烈な回し蹴りを見舞う。黒髪が動きについて夜気に流れ、100キロはありそうな巨体が地面に沈んだ。
 まるで踊っているかのような、リズミカルな動き。しなやかな手足が閃くたびに、敵がひとり、呻き声とともに地面に這う。目を見開いて見守っていたゆかりの視界の隅に、ナイフを腰だめに構える男が映った。レイの背後から突っ込む彼に、ゆかりが「あぶない!」と叫ぼうとしたとき、突然その体がぐらりと傾いた。そのままどさりと倒れ、動かなくなる。呆気にとられるゆかりの頭上から、穏やかな声が降ってきた。

 「前ばかり見てちゃ危ないですよ、レイ。」

 修羅場の只中だというのに笑顔を絶やさないユエ。指の長いその手が弄んでいるのは、数枚の十円玉である。凝視するゆかりに悪戯っぽく笑ってみせると、ユエはこちらの存在を思い出した男たちに視線を戻す。次の瞬間、彼の指が躍った。
 弾丸のようなスピードで弾き飛ばされた硬貨が、正確にふたりの男の眉間を直撃した。ユエの得意技、「指弾」である。彼の指先から撃ち出される硬貨は、木板ていどなら軽く貫通する。さすがに手加減はしたものの、急所を打たれた彼らは、もんどりうって倒れた。それを見て一瞬硬直した最後の男の顔面に、レイの左ストレートが叩き込まれた。仰向けに倒れた男が起き上がってこないのを確認して、レイが肩から力を抜いた。わずかに乱れた息を整えながら、ふたりに向かってVサインを決める。

 「終〜了〜!勝者・冴羽零!」
 「途中、ちょっと危なかったですけどね。」
 「全然危なくないぞ?お前が十円玉構えてたの知ってたもん。あの位置なら、お前が援護してくれると思ってたさ。」
 「うわ、他力本願!?もし僕が外したらどうするつもりだったんですか〜?」
 「そんなヘボい腕してないだろ・・・っと、漫才してる場合じゃねーや。オラ、起きろ!」

 ほのぼのとした会話を早々に切り上げて、レイがリーダー格の男に歩み寄った。体を二つ折りにして呻く男を容赦なく引きずり起こし、敵のひとりから奪ったアーミーナイフを突きつける。黒曜石の双眸が、鋭い光を宿して男を射抜いた。

 「おい。お前らが監禁してる、ジャーナリストの中村健二さんは無事なのか?」
 「っ・・・ちょっと痛めつけてやったけど、死んじゃいねぇよ・・・」
 「『ちょっと』?そんな簡単に、彼が写真の隠し場所を吐くとは思えねぇけど?」
 「・・・娘がどうなってもいいのかっつったら、慌てて喋ったよ。」
 「ふ〜ん。よし。俺たちをお前らのアジトに連れて行け。彼女の親父さんを返してもらう。」
 「む、無理だ!そんなことしたら、俺は殺されちまう!!」
 「案内しないなら、ここで死ぬことになるだけだ。別にお前がいなくても、アジトの場所を探る方法はいくらでもある。」

 完全に表情を消して、冷ややかに言うレイ。むろん演技であるが、なまじ顔立ちが整っているだけに、かなり怖い。顔面蒼白で震える男に、ユエが優しく話しかけた。

 「どのみち、任務に失敗したあなたは、もうグループにはいられませんよ?運が良くて追放、おそらくは組織の内情を知る危険人物ということで、消されることになるでしょう。」
 「そ、そんな!あんまりだ!!」
 「な〜にが『あんまりだ!!』だ。俺のような善良な市民をよってたかってリンチしようとしてたくせによ。」
 「レイとは善良の定義について後でゆっくり話し合うとして。・・・どうです?中村健二氏がグループの実態を暴き、壊滅に追い込んでくれれば、あなたが命を狙われることもなくなるわけです。どうせお金で雇われてたんであって、組織に恩があるわけじゃないでしょう?あなた自身のためにも、僕たちに協力してはくれませんか?」
 「で、でも・・・。」
 「なに、アジトの入り口まで案内してくれればいいんですよ。その後は、あなたがどうしようと僕たちは干渉しません。自由に、好きなところへお行きなさい。」
 「・・・・・・。」

 いつの間にか、レイに代わって男の前に屈みこみ、説得を続けるユエ。その様子を、ゆかりとレイは後ろで見守っていた。レイが緩んだ皮紐を解きながら、呆れたように呟く。

 「アイツの口先三寸も、相変わらず大したもんだこと・・・。」
 「あの男の人、すっかり考え込んじゃってるね。」
 「笑顔と口調からして、一見礼儀正しい好青年に見えるあたりが曲者なんだよな。・・・お、陥落まであと一歩かな?」
 「でも、本当にあの人見逃しちゃうの?」
 「どうだろうな?けどアイツ、女子供に手ぇ出す輩は一番嫌いなんだよな。さっきから、眼が笑ってねぇし。」
 「・・・サングラスしてるのに分かるの?」
 「伊達に長く付き合ってないよ・・・あ、終わった。」

 その言葉の通り、よろよろと立ち上がった男が、ユエに何やら話している。それを聞きながら、ユエが二人のほうを向いて手招きした。レイが、結び終えた髪を背中に流しながら言う。

 「ゆかりは、自分の家で待っててくれ。鍵が俺たちの手に渡った以上、お前と翡翠が襲われることはもうないはずだから。」
 「え!?いやだよ、ゆかりも行く!」
 「ダーメ。・・・いいか?ゆかりが無理について来て、怪我でもしてみろ。お父さんがどんだけ悲しむと思う?」
 「!!そ、れは・・・。」

 ゆかりにも分かっていた。自分がついていっても、足手まといにしかならないであろうこと。そして、自分に何かあれば、一番悲しむのは他ならない、父親であることも。
 ――悔しい。何も出来ない、非力な子供であることが、たまらなく悔しかった。ゆかりの眼に涙が浮かぶ。情けない顔を見られたくなくて俯いていると、ふいにくしゃくしゃと頭をかき混ぜられた。
 驚いて顔を上げると、困ったように笑う少年の顔が目の前にあった。純粋な闇が結晶になったかのような瞳が、ゆかりの眼を真っ直ぐに見つめる。ゆかりは、思わずその眼に見入った。
 不思議な眼だった。鋭さと、優しさと、情熱と、怜悧さと――ほんの少しの哀しみを併せ持つ瞳。
 この世のすべての色を混ぜ合わせると、黒になるという。たぶん、ひとの心もそうなんだろう。きっとこの人の眼は、あらゆる感情を宿して輝くから、こんなに綺麗な黒なんだ。ゆかりはぼんやりとそう思った。同時に、確信する。――彼は、自分を裏切らない。
 それは、なんの根拠もない直感であったが、ゆかりは何故かそう思った。信じよう。信じて待っていよう。彼が、彼らが、きっとお父さんを助けてくれる。ゆかりは、小さな小指を差し出した。

 「約束・・・約束して。お父さんを助けて。」

 それは、ひどく掠れた声だったけれど。彼にはちゃんと届いたようだった。

 「分かってる。必ず、お父さんを連れて帰るから・・・約束する。」

 そっと絡められた小指を見つめて、ゆかりはそっと涙を拭いた。

 

 

 

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