「おい、何してる!女はまだか!?」

 ひときわ大きな安楽椅子に腰掛けた30歳ほどの男が、苛立たしげに叫んだ。床に転がった数人の若者たちが、調子はずれな歓声を上げている。
 ここは、5階建てマンションの最上階にある一室である。20畳ほどもある広いリビングには、煙草の煙が息苦しいほどに充満していた。床に転がる注射器や空のビニール袋、そして常軌を逸した男たちの視線が、この部屋で何が行われているのかを如実に物語っている。
 すると、玄関のチャイムが鳴った。ようやく娼婦を連れてきたらしい。ふらつく足取りで応対に向かう新入りを見やり、安楽椅子の男は舌打ちをした。手の中でぬるくなったウィスキーを呷る。
 本当は、職業女などでは物足りない。世間の闇を知らない、純粋な女性を捕らえて薬物を射ち、犯し、彼女たちが自分と薬なしではいられなくなる様を見るのが、男の最大の楽しみだった。だが、今は『狩り』に割く人手はない。勢力を盛り返すまでは自重するしかなかった。

 『まぁいい。今日のところは我慢するさ。』下卑た笑いを浮かべる男。その耳に、ふいに涼やかな声が響いた。

 「こんばんは、香取幹彦さん。」

 その声と同時に、室内にいた6人の男たちが、安楽椅子の男――香取幹彦を除いて、悲鳴とともに床に叩きつけられた。一瞬遅れて、6枚の十円玉が次々とフローリングに落ち、澄んだ音を響かせる。愕然としてリビングの入り口に視線を向けた香取の目に、ふたりの若者たちの姿が飛び込んできた。
 鮮やかな金の髪を持つ長身の青年は、右手で油断なく硬貨を構えている。妙な真似をすれば撃つ、という意志がはっきりと現れた姿勢に、硬直する香取。その様子を面白そうに見ながら、青年の傍らに立つ、黒衣の少年が口を開いた。

 「こちらにお邪魔してる、中村健二さんをお迎えにあがりました〜☆あ、どうぞお構いなく。用が済んだら速攻帰りますんで。中村さんはそっちの部屋ですね?」

 すたすたとリビングを横切って奥の部屋へと向かい、レイは勢いよくドアを開いた。リビングとは対照的な暗さに眼を細め、気配を探る。と、部屋の隅にうずくまるようにして倒れている人影が眼に入った。素早く歩み寄って、状態を確認する。
 香取と同じくらいの年頃の男性だった。顔や腹部には暴行の跡がはっきりと残っているが、内臓は無事なようだ。もしかしたら肋骨にひびくらいは入っているかもしれないが、命に別状はないだろう。レイは、ほっと息を吐いた。と、男性が低く呻いた。ゆっくりとまぶたが開く。
 あらわになった茶色がかった瞳には、高い知性と強固な意志が宿っていた。ゆかりにそっくりだなぁと感心しつつ、レイは「中村健二さん?」と問いかけた。

 「そうだが・・・。君は?」
 「《よろず屋》だよ。娘さんに依頼されて、あなたを助けに来た。」
 「ゆかりが・・・。!!そうだ、ゆかり!ゆかりは無事なのか!?・・・っ痛!」
 「うわ、無事だから大声出すなよ!結構腹殴られてるんだから、傷に障るぞ。歩けるか?」

 ふらつく健二に肩を貸しながらリビングに戻ると、香取が憎悪の視線でふたりを睨めつけた。憎憎しげに吐き捨てる。

 「・・・てめぇら、これで済むと思うなよ。俺たちのバックには、《Junk Street》を仕切る組織がついてんだ。俺たちが捕まったって・・・」
 「組織がお前らを放っとかない、っていうんだろ。やだやだ、後ろ盾がないと脅迫ひとつまともに出来ないんだもんなぁ。最近のヤクザも質が落ちたもんだ。」

 台詞を横取りした上思いっきり小馬鹿にした口調に、香取の顔に血の気が上る。そこへ、ユエが冷静に事実を指摘した。

 「あなた方は、銃すら持っていないたったふたりの民間人に、あっさり捕虜を奪還されたわけですよね。たかがフリージャーナリストに売春組織を潰されたあげく、そんな失態を犯すような無能者を保護するほど博愛精神の豊かな人々なんですか?組織とやらの上層部は。」

 ようやく現状を認識したか、怒りで紅潮した香取の顔がにわかに青ざめた。レイが容赦なく追い討ちをかける。

 「警察、最近クスリ関係の検挙に力入れてるしねー。《Junk Street》としては、適当な生贄をひとりかふたり差し出して、事を収めたいとこだよな。人のことより、自分の明日のこと心配しといたほうがいいんじゃない?香取さん。」

 そう言い捨て、レイは部屋を後にする。呆然と座り込む香取に一瞥をくれると、ユエもその後に従った。
 三分後、マンションの駐車場から一台の車が走り出す。それと入れ替わるように、遠くから近づいてくるパトカーのサイレンが、深夜の住宅街に響いた。

 

 

 

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