―――二日後。レイとユエは、車で病院に向かっていた。ハンドルを握っているのは、本郷勇。ふたりの顔見知りの刑事である。
香取のマンションから救出されたあと、健二はすぐに都内の病院に入院し、精密検査を受けた。幸い、肋骨のヒビと全身の打撲の外は大した怪我はなく、一週間ほどで退院できそうである。今日は報酬を渡したいと言われて、見舞いがてら彼を訪ねるところであった。色彩豊かな花束を持ち直し、ユエが本郷に尋ねた。
「・・・そもそも中村さんが麻薬問題に取り組むきっかけになったのは、四ヶ月前の売春組織摘発だったんですよね?」
無精ひげの浮いた顎を掻きながら、本郷がぞんざいに頷く。
「ああ。中村氏のスッパ抜きをきっかけに、《フローラ》って売春組織が摘発されたんだけどな。そこでは、素人の女性に無理やり薬物を注射して薬漬けにした挙句、娼婦として働かせてたんだ。店で働けば、格安でクスリを売るって条件でな。」
「そのクスリを《フローラ》に売ってたのが、《Junk
Street》ってわけだ。」
窓外に目を向けたままのレイが、本郷の言葉を続けた。うなずく本郷。
「・・・で、《フローラ》を摘発したのはいいが、責任者として捕まったのはスケープゴートだ。実際の組織のトップがあの香取だってのは分かってたんだが、いかんせん証拠がなくてな。奴は相変わらず麻薬の流通に携わっているらしいってんで捜査してたんだが、そうこうしているうちに、今回の事件だ。」
「ふ〜ん。つまり、警察がさっさと奴を捕まえてれば今回の事件はなかったわけね。ユエ、報酬の半額は警視庁から貰っていいみたいだぞ。」
「ついでに、中村さんの入院費も警視庁もちですね。」
「お前らな・・・ただでさえ薄給だってのに、これ以上給料減って俺たちが餓死したらどうすんだよ?」
「喜ばしいな。」
「ひどっ!!」
本気で傷ついたような顔をする本郷。車内に、楽しげな笑い声が響いた。
香取は、レイたちと入れ違いに到着した警察に、麻薬不法所持の現行犯で逮捕された。中村氏のスクープ写真もあることだし、これから余罪の追及が待っているに違いない。
ちなみに、レイたちが叩きのめした男たちも、公園で伸びているところを一網打尽にされている。案内役を務めた男も、職務質問にあって捕まったというから、《フローラ》の残党はほぼ全滅した。と、本郷が、ふとバックミラーの中のレイと視線を合わせた。
「そういえば、マンションの方も公園の方も、匿名のタレコミ電話があったから現行犯逮捕できたんだよな〜?どんな奴がかけてきたんだろうな、レイ?」
にやりと笑う本郷に、レイは悪戯っぽい微笑と、沈黙をもって応えた。
医師と話すことがあるという本郷と別れ、ふたりは二階にある健二の病室に向かった。軽くノックして入室すると、暖かい日差しと、甘い果物の香りがふたりを迎えた。ふたりを見て、ベッド脇に寄り添っていたゆかりが歓声を上げる。
「お兄ちゃん!!」
「よう、ゆかり。翡翠の様子どうだ?」
「もうすっかり元気だよ。お兄ちゃんたちのおかげ!」
「そりゃ良かったなぁ。今日は学校は?」
「今日は日曜だよ、お兄ちゃん。」
「あ、そうだっけ?」
ほのぼのと語らうふたりは置いて、ユエは健二に見舞いの品を渡した。恐縮しながら受け取った健二は、代わりにかなりの厚みを持つ茶封筒を差し出した。
「これは、少ないが報酬だ。君たちがいなければ、私も、ゆかりも、翡翠もどうなっていたか分からない・・・本当に、感謝しているよ。」
「いえ、僕らはこれが仕事ですから。・・・それより、ひとつお聞きしてよろしいですか?」
「・・・何だい?」
その様子をちらりと見たレイが、ゆかりに話しかけた。
「そういえばゆかり、花瓶ある?この花生けたいんだけど。」
「あ、まだ持ってきてないや。どうしよう?」
「よし、じゃあナースステーションで借りてこよ。ちょっと行って来るな、ユエ。」
「お願いします。」
「行ってくるね、お父さん。」
「ああ。」
病室を出て行くふたり。その足音が遠ざかるのを確認して、ユエは健二に向き直った。
「失礼しました。・・・ゆかりちゃんには、聞かせない方がいいかと思いまして。」
「いや、感謝する・・・君は、知っているんだね。」
「・・・はい。」
ユエは、静かに答えた。