明度を抑えた薄暗いライトに、音楽すら流れていない店内。古びた椅子は間違いなく、自分より年上であるに違いない。真面目に商売する気がないとしか思えないこの店がいつまで経っても潰れないのは、世界七不思議に数えられてもいいくらいだ。レイは、コーヒーを飲みながらぼんやりとそう思った。
ここは、《The Plow》という喫茶店である。冒頭で述べたとおり色気も洒落っ気も素っ気もない店だが、コーヒーだけは美味い。普段ならゆっくりと楽しむところだが、この状況ではそうもいかなかった。レイはカップを戻すと、目の前に座る人物をじろりと睨みつけた。
「・・・で?わざわざ呼び出してくれちゃった目的は何なのかなー、勇クン?」
レイの正面に座って煙草をふかしているのは、三十代前半の男性である。ユエには及ばないが背が高く、シャツの上からでも鍛え抜かれた肉体が見て取れる。日本人には珍しく、薄く生えた無精髭が違和感なく様になっていた。彼は本郷勇といい、新宿署に勤務する刑事である。レイたちとはよろず屋を開業した3年前からの付き合いで、お互いに情報を提供しあったりすることもある間柄であった。
不機嫌です、と顔に大書きしてあるレイを眺めて、本郷はにやりと笑った。
「なんだ、機嫌悪ぃな。寝不足か?」
「分かってんのに聞くんじゃねぇ。今朝方まで仕事だったんだよ。」
「今朝方まで仕事してたのはユエの方だろ。お前はどうせ帰ってすぐに寝こけてたんだろうに。」
「ユエの苦労は、俺の苦労なんです。俺たちツーカーの仲だから。」
「そりゃあ初耳だ。」
「実は僕も初耳だったりするんですけどねぇ。」
それまで静かに聞いていたユエが、苦笑混じりに割って入った。
「そろそろ本題に入りませんか?本郷さん、今日は依頼したいことがあるということでしたが?」
ユエの言葉に、本郷が頭を掻いた。
「実はな・・・俺、美沙っていう大学生になる従妹がいるんだがな。どうもそいつが、最近たちの悪いストーカーにつきまとわれてるみてぇなんだよ。」
「しっかりしろよ刑事。そういう時こそ警察の出番だろぉが!」
「警察ってのは、具体的になんか事件が起こらなきゃ動けねぇんだよ。個人的に調査しようにも、ここんとこ連続殺人事件の捜査で休日返上だ。身動きが取れなくてよ。」
「それで僕たちに調査を依頼したい、と?」
「ついでに、犯人をシメて、二度と変な気起こさんようにしてくれ。あの手の連中は、訓告程度じゃ効果がない。」
「刑事の台詞じゃねぇぞそれ。」
レイの突っ込みに、本郷はにやりと笑った。
「ここには刑事としてじゃなく、従妹を心配するお兄ちゃんとして来てんだからいいんだよ。」
ちびた煙草を灰皿に押し付け、本郷は姿勢を正した。真剣な表情になって言う。
「依頼内容は、ストーカーの素性を調査し、ストーキング行為を止めさせる事。また、その間従妹の身をガードすること。この二つだ。報酬は俺が払う。どうだ。受けてくれるか?」
滅多にない本郷の真剣な表情に、ふたりは顔を見合わせた。つかの間視線で意思疎通を行っていたが、結論は最初から出ている。ユエが言った。
「他ならぬ本郷さんの依頼ですし、断るわけにはいきませんね。」
「いっとくけど、料金割引にしたりはしねーからな。貯金崩す用意しとけよ。」
「おっ、じゃあ・・・」
がたん、と古びた椅子が悲鳴をあげる。無視して立ち上がったレイは、秀麗な顔に不敵な微笑を浮かべて、宣言した。
―――「その依頼、引き受けたぜ。」