本郷から依頼を受けた翌日。ユエは、喫茶店で一人の女性と向かい合っていた。女性の名は、佐倉美沙。ストーカーの被害に遭っているという、本郷の従妹だ。星条大学の3年生であるという。
『話はしておくから、詳しい事情は、明日本人から直接聞いてくれ。・・・ただし、間違っても手ぇ出すなよ?』
本郷の台詞を思い出して、ユエは心の中で苦笑した。確かに、目の前に座っている女性は、とても美しい。肩を越すくらいの髪は緩やかにウェーブし、大きな目が印象的な綺麗な顔にごく薄い化粧を施している。流行を追うシティガールというより、清楚なお嬢様といった雰囲気であった。あのごつい本郷と血がつながっているとは、とても思えない。
普段、ユエは直接町へ出ることは少ない。実際に聞き込みなどを行うのはレイの方で、ユエは自分の能力を活かしてバックアップを行うことが多い。人と接するのは、依頼人と報酬の交渉をするときくらいである。しかし今回は、本郷の方から、佐倉嬢から話を聞くのは是非ユエがやってくれと指定がついた。その理由は。
『美沙は、今時珍しいくらいおとなしい娘でなあ。こんなチンピラと二人っきりにされたら失神しちまうよ。』というものであった。チンピラ扱いされたレイは憤慨していたが、彼の言動が、お世辞にも上品とはいえないのも事実である。まあ、繊細な容貌とその内面とのギャップがレイの魅力でもあるのだが、この場合は連日のストーキングで十分恐ろしい思いをしているであろう彼女に、余計な刺激を与えかねない。そんなわけで、(相棒曰く)女性の扱いが得意なユエが出向くことになったのだった。
初めは硬い表情しか見せなかった美沙だが、ユエの穏やかな話し振りに好感を持ったらしく、ようやく控えめな笑顔を見せてくれるようになった。雰囲気を壊さぬよう気遣いながら、本題に入る。具体的な被害を聞くユエに、美沙は眉を寄せて答えた。
「始まったのは、2ヶ月くらい前だったかしら・・・最初は、誰かに見られているような気がするだけだったんです。そのうちに、家に変な手紙が毎日送られてくるようになって。『いつでも君のことを見ている』とか、『誰にも渡さない』とか。その日一日の私の行動まで、こと細かく書いてあるんです。・・・それに最近、夜中にドアノブががちゃっていうことがあるんです。・・・まるで、誰かが開けようとしてるみたいに。もう怖くて・・・。」
「佐倉さんは、お一人で暮らしていらっしゃるんでしたね?」
「はい・・・。大学に通うために上京しました。」
話を聞く限り、ストーカー行為は日に日にエスカレートしているようだ。早いところ犯人を捕まえないと、最悪の事態に発展しかねない。
美沙を自宅から一時的に避難させるという手もあるが、そうするとストーカーの行動が掴みにくくなってしまう。彼女がいる限り、奴は必ず自宅付近に現れるのだから、これを利用しない手はない。彼女をガードしつつ、ストーカーを待ち伏せて捕らえてやる。
ある意味美沙を囮にするわけだが、ユエは《よろず屋》としての自分たちの力量をよく知っていた。ふたりとも能力は非常に高いが、いかんせん頭数が少ないため長期戦には向かない。十分な交代要員がいないので、体力を削るだけなのである。自分たちの力を最大限に活かすのは、短期決戦。これに尽きる。
本郷とてそれは承知の上であろう。3年の付き合いは伊達ではない。自分たちの欠点を知っていて、それでも依頼してきたのだ。全力で応えなければならない。
冷めた紅茶を機械的に口に運びながら、ユエの頭脳は目まぐるしく動き始めていた。