ジャック・オ・ランタンに灯が点り、妖に扮した子どもたちが街を彷徨う。

 異界の欠片が交じり合うこんな夜は、とびっきりの悪戯を、貴方に。

 

 SWEET SWEET TRICKS!!

 

 艶やかなカボチャのタルト。色とりどりのクッキー。さくさくの歯ごたえがたまらないチョコレートバー。
 キッチンのテーブルの上に所狭しと並べられたお菓子に、レイは感嘆半分呆れ半分の笑いを零した。

 「すっげぇ〜・・・ひとりで全部作ったわけ、コレ?」
 「まぁ、見た目ほど大変じゃないんですよ。仕込みは昨日からしてありましたし、チョコバーなんて溶かして混ぜて固めるだけですしね。」

 こともなげに笑って、ユエはお菓子を詰めた袋の口をカラフルなテープで留め、完成品の山の上にそっと乗せた。テーブルの隅に山を為している掌サイズの袋たちは、これから始まる宴をうきうきしながら待ちわびているように見える。
 最後の袋を手早く仕上げたユエは、時計を見上げて満足そうにため息をつく。その瞬間、飛び出してきた鳩が、間の抜けた声で三回鳴いて時計に逆戻りしていった。

 「よし、時間ぴったり!」
 「お前、今すぐ菓子職人かラッピング職人に転職できるな。」

 図ったような正確さに今度こそ心から感嘆して、レイは山になった小袋たちを大きなダンボールに仕舞い込んだ。

 「集合何時だっけ?」
 「四時集合で、パーティー開始が五時。あと十五分したら出ましょうか。」
 「ラジャ。」

 後片付けと着替えの時間を差し引いても、あと五分は休憩できると踏んで、ユエは大きく伸びをした。椅子の背もたれが、微かに軋む。

 『しかし、女手は足りてるだろうに、なんでわざわざ僕に作らせるのかな・・・。』

 ふと、一週間前に切羽詰った顔でお願いをしてきた、女性の姿が脳裏に浮かんだ。ハロウィンパーティーをするから、子どもたちに上げるお菓子作りと仮装スタッフをやってくれと頼んできたその女性は、隣町の教会で時折ボランティアをしている人だ。以前にも何度か似たような依頼をしてくれている、善良な常連客の一人である。
 子どもも菓子作りも好きであるから、喜んで引き受けたユエだったが、よく考えればシスターなり彼女のようなボランティアなり、お菓子を作る人手などいくらでもありそうなものである。仮装スタッフだって、女だけでは物足りないというならその教会の牧師にやらせればいいではないか。

 『まあ、仕事なんだから関係ないといえばそうなんだけど。』

 こちらに害を加えようとする裏がない限りは、依頼者の動機など何でもいい。そう思い直して首を振ったユエは、ふいに背中に抱きついてきた温もりに我に返った。首に回された腕をとんとんと叩いてやると、くすくすという笑い声と、柔らかいキスが降ってくる。

 「どうしました?」
 「ん?べっつにー。お疲れ様、って意味。」
 「本番はこれからですけどね。」

 主役は子どもたちであるからパーティー自体は七時で終わるが、それから会場の後片付けをして、さらに打ち上げと称した飲み会があるはずだ。おそらく家に帰るのは日付を回った頃になるだろう。

 「なぁ、俺用の菓子はねーの?」
 「おや、貴方は子どもだったんですか?」
 「だって、まだ未成年だもん俺。」
 「お酒は飲んでるくせに。」
 「それはそれ、これはこれ。」

 甘いものが好きなレイらしい言い分だ。くすくすと笑ってユエが答えないでいると、くいっと髪を引っ張られた。少しだけ頭を傾けてやると、耳朶を悪戯っぽく甘噛みされ、微笑を含んだ声が耳をくすぐる。

 「・・・Trick or Treat、ユエ?」
 「・・・さぁ、どうしましょうか。」

 何もない、と答えたら、彼はどういう悪戯を仕掛けてくれるのか。
 少しだけ見てみたいと思うのは、ひねくれた大人の考え方か。

 「悪戯、しちまうぞ・・・?」

 するり、と、唇が首筋を辿る。

 「・・・何を、してくれるんです?」
 「そうだなぁ・・・こんなのはどうだ?」
 「っ・・・・。」

 形の良い眉が、ぴくりと寄せられる。首に走った、微かな痛み。
 押し当てられていた唇がゆっくりと離れ、満足そうな忍び笑いが耳元で聞こえた。

 「ん、綺麗についたな・・・さすが俺。」
 「あーあ・・・これから、僕が何の仮装やるかわかってます?」
 「吸血鬼。」
 「開襟シャツ着るんですけど?」
 「ミイラ男に変更すれば?」

 困ったなぁと大して困った色もなく呟けば、困らせなきゃ悪戯にならないだろと笑い返される。くつくつと喉を鳴らしながら、なおも首筋に痕を残そうとしてくる少年に、ユエは笑って降参した。これ以上やられたら、パーティーを手伝うどころか教会から追い出されかねない。

 「待って待って・・・ったくもう、ありますよちゃんと。」

 綺麗に色づいた生地に、粉砂糖でジャック・オ・ランタンの顔を描いた、特製のパンプキンケーキ。テレビで放映されていたのをうらやましそうに見ていた彼のために作った、自信作だ。

 「今日は無理かもしれないけど・・・明日、一緒に食べましょう?」

 その言葉に、レイは実に嬉しそうに笑い、ぎゅっとユエを抱き締めた。「サンキュ」と、頬に触れるだけのキスを落として、素早く離れる。

 「そろそろ時間だな。俺、先に車行ってるから。早く来いよー。」
 「あ、やばい!急がなきゃ!」

 シンクに放り出しっぱなしの食器類を思い出し、ユエは慌てて立ち上がった。キッチンに向かうその背を、笑いを含んだ声が呼び止める。ユエが振り返ると、ドアから顔だけ出したレイが悪戯っぽく笑っていた。

 「・・・言っとくけど。俺、お前用に菓子なんて用意してないから。」
 「・・・・・。」

 目を見開いたユエが何か言うより先に軽いウィンクを投げて、レイは身を翻して廊下へと消えてしまった。その背中を見送ったユエの口元に、ふっと挑戦的な微笑が浮かぶ。

 ―――含みのある台詞。その真意に気付かないほど、彼は鈍感ではない。

 「・・・お菓子がないってことは、今日は悪戯されても文句は言えないわけですよね、レイ?」

 お菓子と引き換えに与えられた、有効期限今日一杯の主導権。
 洗い物にかかりながら、ユエは打ち上げをパスする口実を考えて微笑したのだった。

 

 

 

 

 ―――ちなみに。

 無事にパーティーを終えてふたりが帰った後、一個だけ残ったユエお手製のお菓子をめぐって、残された女性スタッフの間で争奪戦争が勃発したとか。
 後日、黒猫に扮してお菓子を配るレイの隠し撮り写真が、高額で取引されていたとか。

 ・・・そんな裏事情は、ふたりの耳に入ることはなかったという。

 

 

 

 

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