―――むかしむかしあるところに、まっくろなねこときんいろのいぬがすんでいました。

 いぬはとてもからだがおおきく、つよくてやさしかったので、ねこをいつもまもってあげていました。

 けれど、おおきくてつよくてやさしいいぬは、じつはとてもさびしがりやだったのです。

 

 

 「・・・まあ、昔話風に言うならこんな感じで。」
 「僕は犬ですか・・・せめて狼とかなら格好いいのに。」

 くすり。鼻を鳴らした大型犬が、シャツの上から頬を擦り付けてくる。金色の毛並みをくしゃくしゃと乱暴に撫でてやると、嬉しそうに目を細め、ぎゅっと抱き締めてきた。温かい感触に、こちらの頬も緩むのが分かる。

 「ったく・・・いつまでこうしてるつもりだよ?」
 「んー、もうちょっと・・・・・。」

 三回目の「もうちょっと」も、前の二回と同じく言葉だけに終わった。一向に離れる気配のない彼にため息をつくも、微笑を含んでいては様にならない。結局のところ、自分もこの状況を楽しんでいるのだから。
 何の前触れもなく抱き寄せられてベッドに転がって、太陽と彼の体温で温まったシーツの上でじゃれあい始めてから、どれだけの時間が経ったのだろう。時の止まったベッドの中、時折交わすキスは、くすくすと楽しげな笑いを含んで。まるで子どもか動物のように、ただ互いの体温だけを求めて体を寄せ合った。
 たまに、本っ当にたまに、彼が見せる「子ども」の顔。人に甘えさせるのが上手い彼は、実は結構甘えたがりな一面も持っている。普段は年齢以上に大人びた物言いをしている反動か、時々こうして寄ってくる彼は、こう言っては何だが、なんだか可愛い。他人の前では、絶対に見せることのない、彼の一面。
 何度目のことか、シャツの上からキスをされて、くすぐったさに笑い声が漏れた。官能を掻き立てるような淫靡な口付けじゃなく、犬がじゃれ付くような無邪気なキス。身も心も蕩けるようなディープなのもいいけれど、こんな日はこういう軽いのが似合ってる。

 「・・・好きだよ、ユエ。」

 胸元に顔を埋めて動かなくなった彼の頭を、柔らかく抱き締めてそっと告げる。背中に回された腕に、応えるように少しだけ力が入るのを感じた。

 ”少しずつでいい。”

 あまりにも早く、大人になりすぎた彼。甘えることも、我侭を言うことも知らぬままに、温かい愛に包まれて育まれるべきだった色んなものを、数段抜かしですっ飛ばして来てしまった彼。
 それは俺も似たようなものだけど、俺はたった数年でも愛されるという経験をした分、彼よりはマシだったのかと思う。だから、こうして子どものような行動をとられても、ガキくさいとかいい年してとかいう感情は全然ない。
 多分俺たちは、少しずつ過去の空白を埋め直しているのだ。すっ飛ばして来てしまった子ども時代を、少しずつ、少しずつやり直している。大人としての自分を生きる合間に、時折行うこの行為は、俺たちにとっては何がしかの意味があるのだろう。

 ―――まあ、意味がないなら、それはそれでいいのだけれど。

 胸元で揺れる金糸をそっと梳く。さらさらと指の隙間から零れ落ちるそれを見ながら、心の中で囁いた。

 ”少しずつでいいんだ。”

 鼻先を押し付けたままの彼が、深い深い吐息を漏らす。安心しきったような、子どものようなその仕草。

 ”俺は、ずっとお前の傍にいる。・・・だから、急がなくていいんだ。”

 いつもいつも、大人である必要はない。たまにはこうして子どもに戻って、思い切り甘えればいい。
 俺は、お前の「親」にはなれないけれど。お前を抱きしめる、二本の腕は持っているから。

 無くしたもの、与えられなかったもの。
 その全てを、パズルのピースをはめ込むように、ひとつひとつ手に入れながら。

 ”・・・一緒に、「大人」になろう。”

 抱きしめると、腕の中の大きな仔犬が鼻を鳴らして。
 また、笑いが零れた。

 

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