曇りガラス

 

 ――面白くない、面白くない、面白くない。

 何度繰り返したか解らないリフレイン。眉間に皺が寄ってる自覚はあるけど、それをどーにかしようって気はさらさらない。
 だって、どうせコイツはこっち見てないんだから、俺がどんな顔してよーが関係ないじゃん?

 

 ・・・オレ、冴羽零19歳。現在、ひっじょ〜にご機嫌斜めであります。

 

 「・・・はい、もうすぐ終わりますからねー。・・・・ふふっ、こらこら、くすぐったいですよ・・・。」

 カッチン。眉間の皺がさらに深くなる。
 何なんだよ何なんだよ、そのコイビトに囁くような甘ーい声音はよ。顔は見えないけど、とろけそーな微笑みを湛えてる事が一発で解るぞコラ!

 いい加減ムカつきも最高潮なので、枕を引っ掴んで思いっきりぶん投げてやる。俺がいるのはベッドの上、アイツがいるのはベッドの下で、直線距離にして二メートルもないから、すっ飛んだ枕は無防備に晒されていた後頭部にクリーンヒットした。「あいたっ!」なんて悲鳴が上がった事で、俺はほんのちょっとだけ溜飲を下げる。

 「・・・痛いじゃないですか。なんでいきなり枕攻撃?」

 くるっと振り向いた我が相棒殿が、凶器と化した枕片手に俺を見上げてくる。ようやくこっち向きやがったよこの男。
 けど、困惑と抗議の目つきながら、その口元にはさっきまで浮かべてた微笑みがこびり付いてる。その顔でこっち向かれるとムカつく。ものすっげムカツク。

 「なんでもクソもあるか、いつまでかかってんだよ!?そのくらいちゃっちゃと終わらせやがれ!」
 「そんな事言われましても・・・こんなに小さいんですから、慎重にやらなくちゃ。かえって悪化させてしまったら、本末転倒でしょう?」
 「そんなにヤワじゃねーよ、野良なんだから!」
 「だからって、鋼鉄で出来ているわけじゃないんですから・・・。」

 困ったように眉尻を下げるユエ。その手の中で、もぞもぞと何かが動き回っている。
 大きな掌にすっぽり収まってしまうくらいの、小さな小さな真っ黒い毛玉。長い指の間に顔を突っ込んで遊んでいたそれは、無益な遊びに飽きたのか、はたまた自分が話題にされていることに気付いたのか、ひょこんと頭を持ち上げて「みゃーん」と鳴いた。俺の不機嫌の原因にして、目下ユエの関心を独り占めにしているそいつを、俺は剣呑な目つきで睨みつける。

 「ったくもう、こんなちっこい猫なんか拾ってきやがって・・・・!」

 そう、ユエがさっきから構っている毛玉の正体とは、黒い猫だ。しかも、ようやくまともに走れるようになったくらいの、メチャクチャ小さな仔猫。
 真っ黒い毛はふわふわで、目はビー玉みたいにまん丸で、耳なんかふにゃって垂れてて、まあ確かにめっさ可愛いけど。そりゃ認めるけど。
 ・・・けど、だからって拾ってきてどーすんだっつの!

 「そりゃ、ウチでは飼えない事は解ってますよ。そもそも、野良には野良の生活があるんですから、普段だったら拾ったりしませんし。
  ・・・けど、今日はご覧の通り雪模様ですし、この子怪我してましたし・・・。雪に埋まって震えてるの、どうしても見ていられなくて。」

 そう言って、ユエは小さな頭をそうっと撫でる。すっかり奴に懐いたのか、仔猫が気持ち良さそうに目を細めているのが何となく面白くないけれど、生憎と引っぺがすわけにはいかない。だって、首根っこを掴んで持ち上げてやろうにも、その猫の首には大きなガーゼが貼られちまってるんだから。

 確かに、ユエの言うとおり、彼がウチに連れ帰ってきた時のこの仔の様子は酷いモンだった。カラスにでも襲われたのか、或いは木登りの練習中に小枝の山に突っ込みでもしたのか、全身あっちこっちにかぎざぎのような傷が出来てたんだ。そのうちいくつかは結構深くて、この仔を包んでいたユエのコートには点々と赤黒い染みがついてた。
 しかも、今日の天気は、東京には珍しいくらいの見事な雪模様。こんなちっこい仔猫じゃ、傷ついた身体でこの寒気を乗り切るのは多分不可能だっただろう。

 だから、まぁ、ユエの判断は間違ってないとは思うよ?今、丁寧に傷の手当てをしてやっているこの男は、手当てが済んだらすぐにでも飼い主探しに着手するんだろうし。放っておけば、一週間もしないうちにこの仔は余所に貰われて行っちまうんだろうから、別に腹を立てることはないのかもしれないけど。・・・・しれないけど。

 

 ・・・・でもダメだ。やっぱムカつく。

 

 「・・・レイ?」

 ぴょんとベッドから飛び下りて、おもむろに広い背中にくっつく。すりすりと額をくっつけて、腹の辺りに両手を回して懐いていると、再度困ったような声で名前を呼ばれた。
 わざと答えないでいると、右手がそっと温かい手に包まれる。ぐずる子どもをあやすように、繰り返し手の甲をさすられて、気付けば眉間の皺が随分と少なくなっていた。

 「勝手に動物を連れ込んだ事を怒ってるなら、謝ります。貴方が嫌なら、貰い手が見つかるまで居間にも貴方の部屋にも行かせませんし、面倒も僕一人でちゃんと見ますから。・・・・・・・だから、少しの間だけ、我慢してくれませんか?」
 「・・・・・・・・・・。」

 答えない俺に困りながらも、ユエの声はどこまでも誠実。ただ単純に、死にそうな猫を放って置けなくて、そいつが安心して住める場所を見つけてやりたいって、そう思ってるだけなんだって事が良く解る。
 まぁ、ンな事は最初から解っちゃいるんだけどさ。それでも腹が立つのは、単に俺が狭量なんだって、それだけの話。

 

 ・・・だって、あんまり出来すぎてて、当てつけかと思っちまうんだもんよ。

 

 広い背中にぐでーっと体重を預けて、首の後ろに鼻先を埋める。くすぐったそうに首を竦めるユエを両腕で捕まえて、ぼそっと呟く。

 「・・・紛らわしい日に紛らわしいモン連れて帰ってくんじゃねーよ。」
 「え?」
 「・・・俺に、もう飽きたのかと思っちまうだろー。」
 「・・・はァ!?」

 一瞬の間の後、素っ頓狂な叫びが上がる。その声に驚いたのか、みーみーと騒ぎ出す猫を慌てて宥めるユエの背中で、俺はちょっとだけ頬を膨らませた。

 (・・・だって、何もさぁ・・・・。)

 

 ――俺を拾ったのと同じような、雪の夜に。

 ――俺と同じように、全身に怪我をした。

 ――俺と同じような、真っ黒な猫を・・・・・わざわざ拾ってくる事、ないんじゃないの? 

 

 (・・・そこまで似てると、ヤキモチのひとつも焼きたくなるっつーの。)

 四年も前に、同じようにして彼に拾われた身としては、自分の居場所を奪うかのようなライバルの存在が歓迎すべき事であるわけがない。
 ・・・まぁ、解りやすく言えば、飼い主の愛情を横取りされるのを嫌がって、新入りをいびる古参の猫な気分なワケですよ、今の俺は。

 

 「・・・レイ?どうしたんです貴方、なんだか様子が・・・・。」
 「・・・うっさい。」

 振り向かれるのが嫌で、ぎゅうっと力任せにヤツを抱きしめた。こんなちっこい生き物に、大人気なく嫉妬してる顔なんて見られたくない。

 (あーあ、サイアク・・・超カッコ悪い、俺。)

 好きだって気持ちを盾に相手を拘束するなんて、絶対に嫌なのに。それでも、いざコイツが自分以外に目を向けていると、どうしても面白くない。
 もちろん、人間の感情は必ずしもプラスマイナスゼロじゃなくて、『俺が想う分だけコイツにも返してもらいたい』なんて、強制できるものじゃないって事は解ってる。だけど、俺にだって、独占欲を持ったり嫉妬したりする事くらい、たまにはあるんだ。コイツが思ってるように、いっつもいっつも自信満々なわけじゃないんだから。

 ・・・と、その時。

 「・・・・?・・・・・っ、と。」

 胸に回していた腕がそっと解かれたのを、訝しんだのも束の間。
 抱きしめていた体がくるりと振り向いたと思った、その次の瞬間には、俺はベッドに押し付けられるような体勢で、誰かに圧し掛かられていた。
 ・・・誰に?ユエにに決まっている。

 「え?ちょっ・・・・おい、猫どーした。」
 「ん?手当ても終わったので、あちらに。」

 しれっと答える彼の背後では、大き目のバスケットから覗くふわふわの毛玉が揺れていた。丁寧な手当てが一段落して安心したらしい仔猫は、使っていないバスケットの底にタオルを敷いた簡易ベッドがお気に召したらしく、しきりに籠の中で動き回っている。なんとも可愛らしいその様子をぼんやりと見ていた俺は、不意に伸びてきた指先に顎を捉えられて、ふと我に返った。

 「・・・何?」
 「それはこちらの台詞です。どうしたんですか?やけに苛々していたと思えば、甘えてみたり考え事してみたり。何か、僕に言いたい事があるんじゃないですか?」
 「・・・・・・・・。」

 両手に頬を包み込まれて、柔らかく固定される。アメジストの瞳に、至近距離から真っ直ぐに覗き込まれるのがなんだか居たたまれなくて、俺は眼球の動きだけで視線を逸らした。

 「・・・別に。何でもない。」
 「嘘をおっしゃい。・・・・じゃあ、なんでそんな顔をしているんです?」
 「『そんな顔』、って?」
 「んー、なんて言うか・・・・・・・・そう、捨てられそうになってる猫みたいな、寂しそうな顔ですね。」
 「!!」

 正確極まる表現に思わず視線を戻したら、ヤツはこっちが気恥ずかしくなるくらい優しい目で、こちらを見ていた。
 頬に当てられた掌が、ゆっくりと頬をなぞる。さっきあの猫の頭を撫でていた時よりも、さらに丁寧な仕草で触れられて、自分でも可笑しいくらい簡単に力が抜けた。

 「・・・・ん、・・・・・。」

 そのまま抱き寄せられて、されるがままに広い肩に顔を埋めると、強い腕にしっかりと腰を固定された。大きな掌が、後頭部や背中を、宥めるように撫でていく。ユエの腕の中で、慣れた手つきで愛撫されるのがどうしようもなく嬉しくて、俺は甘えるように彼に体重を預けた。俺がホンモノの猫なら、もう喉がゴロゴロ鳴りっぱなしになっている事だろう。こいつに撫でられるのは、そのくらい気持ちいいんだもの。
 そんな、猫にマタタビ状態の俺をあやしながら、ユエは子守唄でも唄うように囁く。穏やかなその声を、俺は目を閉じたまま、半分夢見心地で聞いていた。

 「僕に言いたい事があるなら、言っちゃいなさい。・・・・傍にいるのに寂しそうな顔をされるなんて、僕も辛いですからね。」
 「・・・・・・・・。」

 解いたままだった髪を、丁寧に梳き流される。
 繰り返し髪に差し入れられる指先と、温かく優しい声にうっとりしていた俺は、もう虚勢を張るのも面倒になって、気付けば素直に本音を口にしていた。

 「・・・なぁ・・・俺だけで、いいだろ・・・?」
 「ん・・・?」

 笑みを含んだ声が、耳を擽る。

 「食い扶持は、自分で稼げるし。身の回りの世話だって、勝手にやるし。・・・・それに・・・・。」
 「?」

 ほんのちょっとだけ頭を上げて、今度は俺がユエの顔を覗き込む。
 微笑を湛えて見つめ返してくる彼に、俺はゆっくりとキスをした。形の良い唇を、舌先で悪戯に舐め上げて、キスの合間にそっと囁く。

 「・・・・こーゆー事の相手だって、俺なら出来るよ?」
 「だから・・・?」
 「っ、だから・・・・!」

 解ってる。コイツ絶対解ってる。
 俺の言いたい事を全部理解してるのに、それでも俺の口から言わせようとするユエを軽く睨んだが、彼はにこにこと笑っているだけ。無言で促してくる彼に、俺は諦めのため息をついた。
 彼の肩越しに、籠の中で丸まっている黒い毛玉をちらりと一瞥する。規則的に上下する毛並みを、敵意を込めた視線で睨んだまま、俺はぼそっと呟いた。

 

 「あんな可愛いだけのガキンチョより、俺の方が絶対お買い得なんだから。

  ・・・・他の猫なんて連れてくんなよ、バカ。」

 

 くそ、超恥ずかしい。けど、ユエに何かを望むなら、ちゃんとそれをエクスキューズするのが俺の責任なんだから、仕方ない。だって、相手が解ってくれてるからって、自分は何もしないで相手が希望に沿うのを待ってるだけなんて、いくらなんでも手抜きだろ?

 だから、赤面しながらどうにか言い終えて、ちらっとユエを見上げた、ら。・・・ヤツは、なんかもうとろけそうな笑顔を浮かべて、俺を見ていた。
 彼のあまりの全開の笑顔に狼狽えているうちに、もう一度しっかりと抱きしめられて、俺は(柄でもないが)心臓の鼓動が一気に速まるのを自覚した。

 「ユ、ユエ・・・・?」
 「・・・っあーもうー!レイって時々、ほんっっとー、に、可愛いですよねー。」
 「へ・・・?」

 なんか、ヤツはすっごくご機嫌だ。心なしか、語尾にハートマークがついているような気さえする。リアクションとして、彼が時々見せる困ったような微笑は予想していたが、こんなに嬉しそうにされる理由は思い当たらず、俺は彼の腕の中で対応に困って固まる羽目になった。
 と、そんな俺をひとしきり抱きしめて気が済んだのか、ユエはようやく俺の首筋から顔を上げて視線を合わせてきた。その目に、きらりと混じる蒼の煌きを見つけて、俺はそんなに嬉しかったのかよと一人呆気に取られる。

 「貴方、僕が女性と話していても平然としているのに、猫には妬くんですね。」
 「・・・TPOの問題だよ。つか、なんでお前そんなに嬉しそうなの。」
 「え?嬉しいに決まってるじゃないですか。好きな人に『自分だけ見てて』って言われて、嬉しくないわけないでしょう?」
 「バッ、意訳しすぎだ!!」
 「そうですか?思いっきり直訳だと思いますけど。」

 話しながらも、くすくすと笑い続けているユエ。
 ・・・何も、そんなに笑う事ないと思う。

 「猫の多頭飼いには結構コツがいるって言いますけど、それにしても、ウチの仔は意外とヤキモチ焼きだったんですね。知りませんでしたよ。」
 「・・・ユエ。一発ぶん殴っていい?」
 「謹んでご遠慮申し上げます。・・・・ま、それにしても。」
 「?」
 「たまにヤキモチ焼いたかと思えば、自分に嫉妬してるんだから。・・・ふふっ、レイも大概面白いひとですよね。」
 「・・・は?」

 笑い混じりに告げられた台詞に、俺は素で驚いた。っつーか、本気で意味が解らないんだけど。「自分に嫉妬」って、俺が妬いてたのはあの黒猫なんだけど。
 俺は軽く混乱したが、ユエはこちらの戸惑いなどお見通しだったらしい。目を白黒させている俺を優しい目で見つめて、彼はゆっくりと頭を撫でてくれた。

 「そもそも、僕がどうしてあの仔に目を留めたと思ってるんです?・・・・初めて出逢った時の、貴方に似ていたからに決まってるじゃありませんか。」
 「・・・え?」

 こいつも、気付いてたのか。
 ・・・今日のシチュエーションが、四年前の、俺たちの出会いに酷似していた事に。

 「・・・なんだか、四年前のあの日にタイムスリップしたような気がしましてね。傷ついて倒れていた貴方を助けるか、放置するか・・・その選択を、改めて迫られているような気がして。」
 「・・・・・・・・・。」

 あそこでこの仔を見捨てて帰ったら、なんだか貴方までいなくなってそうで嫌だったんですよ。
 そう言って笑うユエを、茫然と見つめ返す。やがて俺は、何ともいえない徒労感と気恥ずかしさに駆られて、ぐったりと彼の胸に倒れ込んだ。

 「安心しました?」
 「・・・・・・・返せ。」
 「え?」
 「・・・俺の嫉妬と。苛立ちと!プライドと!!延々お前を眺めてた無益な時間を利子付きで返しやがれーっ!!」
 「そんな無茶なー・・・。」

 安心したら、今度は紛らわしい言動を取ったユエへの怒りがこみ上げてきて、俺はヤツの襟首を引っ掴んでぶんぶんと振り回した。大人しく揺さぶられながらのんびりと抗議するユエを、本気でぶん殴りたくなってくる。

 「おっ、俺が、何のために恥を忍んでまでこっ恥ずかしい自己アピールしたと思ってんだよ!?俺の気持ちに気付いてたんなら、さっさと言ってくれればいいだろー!?」
 「いや、だって妬いてるレイがあんまり可愛かったもので、つい。」
 「〜〜〜〜っ、の、・・・・・・いっぺん死んで来いバーロォッッ!!
 「・・・わぁ!?」

 手に触れた硬い物体を怒りに任せて投げつけようとしたら、流石に慌てたらしいユエがいきなりタックルをかましてきた。ヤツの身体とベッドにサンドイッチにされた俺が、危うく窒息しそうになっている間に、掴んでいた物体がひょいと取り上げられる。ちなみに、横目で確認したら、それは買ったばっかりのユエのノートパソコンだった。・・・そりゃ、慌てるわな。
 取り返したそれを俺の手の届かない所に置いて、凶器として使われるのを防いだユエは、俺を押しつぶした体勢はそのままに、再度俺を抱きしめてきた。暴れても効果はなく(この辺はウェイトが物を言うところだ)、むしろ抱きしめる腕にますます力が篭っていく。暫らくもがいて、無駄だと悟った俺が渋々抵抗を止めると、ユエはその体勢のまま、こう囁いてきた。

 「・・・嬉しかったですよ?」
 「ぁん?」
 「今日。貴方がヤキモチ焼いてくれて、すごく嬉しかったです。」
 「・・・・・・・・・。」

 ・・・まったく、かつて、”鉄面皮”だの”アイス・ドール”だのと呼ばれていた頃のコイツしか知らない連中に、この声を聞かせてやりたいもんだ。
 嬉しさと幸福感に満たされたその声は、聞いているこっちの心まで温かくしてくれて、コイツが口にしているのが根っからの本音なんだとはっきり解った。コイツが犬なら、たぶん尻尾は振りっぱなしになっている事だろう。

 「三日以内に、あの仔の飼い主見つけますね。僕は、貴方の世話で手一杯ですから。」
 「・・・・言ってろ。」

 綻びそうになる口元を無理やり引き締めて、なんとか呆れた口調を装う。これからも、変わらず彼を独り占めできるんだという事が解って、俺もかなり――いや、正直言えばすごく――嬉しかったから。
 自分のその気持ちに正直に、腕を伸ばして彼を抱きしめ返す。と、鼻先を埋めた肩越しに、二つ並んだビー玉がこっちを見ているのに気付いた。

 (・・・・・あ。)

 いつの間に目を覚ましたのか、仔猫が籠の中からじっと俺たちを見ている。猫とはいえ、他者に見られている事に一瞬気後れして、腕から力が抜けかかった。
 でも、すぐに思い直して、俺はもう一度、しっかりとユエの身体に腕を回した。大きな目で、瞬きもせずに見つめてくる仔猫を見返して、心の中で宣言する。

 

 (これは、俺のだ。・・・・お前にゃやんねーよ。)

 

 と、その声が聞こえたように、猫が微妙に低い声で「・・・なぁーお」と鳴いた。気のせいか、瞳にも剣呑な光が走ったような気がする。まあ、この仔もユエに懐いてたし、目の前でいちゃつかれれば面白くないんだろうな。
 でも、お生憎さま。こいつはお前のご主人にはならないよ。だって、こいつに撫でてもらえんのは、俺だけの特権なんだから。

 大きな目で睨んでくる仔猫に、んべ、と舌を出しておいて、俺は見せ付けるように金色の髪を抱き寄せる。小さな生き物が、籠の中でしきりと足踏みするのを眺めながら、俺はようやく自分の傍に戻ってきた彼に身を寄せた。自分の背後で飛び散っている火花に気付いているのかいないのか、くすくすと笑いながら応えてくるユエに抱きしめられて、俺は満足の吐息を零す。

 (まぁ、アレだ・・・・お前も、いい飼い主に巡り会えるといいよな。)

 ユエと俺を交互に見て、不機嫌な唸り声を上げる仔猫。
 かつての自分を思わせる小さな命の未来に、俺はそこでようやくエールを贈る事が出来たのだった。

 

 

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