―――分かっちゃいるんだ。君は絶対に、僕のものにはならない。

 言わないから。この想いは、ずっと心の奥に仕舞っておくから。

 だからせめて、君を好きなままでいさせてね。

 

 冷たい真実

 

 ひとりでぶらつく、深夜の公園。いつも隣にいる片割れがいないせいで、なんだか左側がすかすかするけど、たまにはこんな夜もいい。今頃は家で熟睡しているだろう片割れを思って、何となく口元が緩んだ。
 公園とは言っても、広大な敷地内に小さな森や泉まで備えたこの森林公園は、昼間ならジョギングやスポーツに打ち込む人々で賑わうのだけれど、流石にこんな真夜中にやってくるような酔狂な人間はいないらしい。心地よい静寂の中、人工的に作られた泉が、月光を映してきらきらと輝いている。

 『綺麗だなァ・・・・。』

 ―――でも、どんなに綺麗でも、月は嫌いだ。いけ好かないあの男を思い出させるから。

 穏やかな気分が、途端に急降下する。眉間に寄った皺を人差し指でぐりぐりと伸ばして、僕は光る水面に小石を蹴りこんだ。
 小さな欠片を中心に広がった波紋に、水上の月が揺れ、消える。ほんの一瞬の満足感。

 『・・・でも。』

 すぐに何事もなかったかのように静まり返った泉には、やっぱり冴えた月光が輝いていて。
 ・・・なんだか、すっごくヘコんだ。

 「・・・チョー無意味・・・・・。」

 ―――あぁそうかい、彼に勝てない僕には月は消せないのかい。 

 なんだか現実をそのまま見せつけられているようで、思わずがくりと項垂れてしまった。そのままずるずるとしゃがみ込み、ぼんやりと静かな水面を眺めやる。
 ・・・と。

 ―――くすくすくす。

 「っ!!?」

 考えるより先に体が動いた。ばっ、と立ち上がり、背後に視線を飛ばす。
 そこには誰もいない。が、さっきのは空耳なんかじゃない。

 『笑い声、だって?』

 いくらリラックスしてたとはいえ、僕が気配を感じ取れなかったなんて。全身に緊張が走る。
 背後に広がるのは、鬱蒼と茂る雑木林。いつもなら気持ちが安らぐはずのそれが、今は得体の知れない化け物の巣窟のように見える。
 そっと腰の後ろに手を回し、愛用の武器がそこにあるのを確かめる。誰だか知らないが、気配を絶って近づいてくる時点でろくな奴じゃない。

 『・・・来るなら来ればいいさ。』

 全身で臨戦態勢を整えた、その時。

 「・・・っ、おいおい・・・折角の綺麗な月夜に、無粋な代物振り回すんじゃねぇよ。」
 「・・・・へっ!?」

 微笑を含んだ、聞き慣れた声。呆気にとられて立ち竦んだ僕の前に、ふわりと闇が降りてきた。
 さらりとなびく漆黒の髪。重力を無視したかのような軽やかさで、音ひとつ立てずに地に降り立ったそれは。

 「・・・レイ!?」
 「よっ、アズマ。」

 ―――僕の(ていうか僕ら兄弟の)想い人である、冴羽零その人だった。

 

 

 

 

 「・・・なぁんでわざわざ気配絶って近づいてくんのさー?危うく殺っちゃうとこだったじゃんよォー。」
 「相手も確認せず武器を振り回すな、ドアホウ。大体、近づいてきたのは俺じゃなくてお前!俺は木の上で月見してただけだっつーの。」

 そしたらお前が歩いてきて唐突にパントマイム始めたんだよ、と言われて撃沈。まさかアレを見られてたとは・・・しかもよりによってレイに。
 完全にヘコんだ僕に構わず、二メートルほど先を歩くレイは、楽しそうに落ちてくる枯葉を掌に受け止めている。時折、右手に広がる泉に視線を流しながら歩き続ける彼の、どこか舞踊を思わせるリズミカルな足取りに目を奪われていると、ふいにくるりと彼が振り返った。

 「そーいえば、今日はアラシと一緒じゃねぇんだな?珍しい。」
 「別に仕事ってわけじゃないし。プライベートなら、たまには僕らだって別行動するさ。レイこそひとりなんて珍しいじゃない?」
 「ユエは、今夜は仕事。明後日くらいまで帰ってこねぇから、夜ヒマでさー。」
 「ふぅん・・・じゃあ、僕が朝まで付き合ってあげよっか?ベッドの中でv」
 「謹んで辞退する。まだオトコ引っ掛けなきゃなんないほど餓えてないから。」

 際どい会話なのに、色っぽさや駆け引きの緊張感は全くない。これはいつも繰り返される、じゃれ合いのようなものだから。
 といっても、こっちは常に本気なんだけど。生憎と、彼はそうは思っていない。
 彼にとって、僕は常に『いいオトモダチ』であって、僕が自分を恋愛対象に見ているなんて知りもしない。人の感情には人一倍敏感なくせに、友情と恋情の区別がいまいちついていないという、妙な所で鈍感な彼に、僕は苛立つと同時に安堵もしている。

 『だって気付かれたら、こんな風に並んで散歩なんてしてくれないよねー・・・。』

 苦笑交じりに俯くと、大き目のキャップがずるりと目の上までずり落ちる。それを元の位置に戻して、僕はふとその手を止めた。

 「あれ・・・・?」
 「?どした?」
 「そういえばレイ・・・なんで僕が『アズマ』だって分かったの?」

 僕と同じ姿をした双子の兄、アラシ。彼と僕を見分ける唯一の手がかりは、こめかみに入れた色違いのメッシュだけだ。
 けれど今日は帽子をかぶっていたから、メッシュなんて見えないはず。僕と兄を見分けることなんて出来ないはずなのに。
 僕の当然の疑問に、しかしレイは首を傾げた。

 「いや、なんでって言われても・・・お前だからお前だって。」
 「アラシかもしんないじゃん。」
 「アラシならアラシでわかる。ってか、お前らそこまで瓜二つじゃないし。」
 「・・・いや、そんなこと言ってんの君だけだから。」

 実のところ、自分たちですら分からないのだ。メッシュを入れる前、ふたり並んで写真を撮ったとき、出来上がった写真を見てどっちが自分だかふたりして悩んだことがあるくらいだ。そのくらい、いくら一卵性双生児だってここまではないだろってくらいそっくりなのに。
 けれど、彼は事も無げにこう言った。

 「まぁ似てはいるけど、中身は別物だろ。お前はお前、アラシはアラシだ。どんなに似てても、区別はつくさ。」
 「・・・・・・。」

 ―――彼が背を向けてくれていてよかった。どんな顔をしていいのか分からない。

 母親の腹の中で引き裂かれた僕たち。小さい頃は、僕らは一人の人間なんだと、本気で信じていた。
 成長して、同じ姿をしてはいても、僕らは別々の人間なんだと知って。それでも、度々兄の名で呼ばれ、兄が僕の名で呼ばれる状況では、確固たるアイデンティティを育むことなんて出来なくて。今も自分たちの魂は、根っこの所で繋がったままだ。

 『僕は僕で、アラシはアラシ、か・・・・。』

 僕と兄を、別々の人間として見てくれる人がいるというのは、なんとも微妙な気分だ。
 心のどこかで自分の一部だと思っていた兄が、自分とは別の人間だと、改めて思い知らされる・・・何だか、半身を奪われてしまったような不安と。
 ・・・双子の片割れではなく、ひとりの人間として『僕』を見てもらえるという、くすぐったいような嬉しさ。

 魂はひとつでも、離れては生きていけなくても、僕らの心はやっぱり別々のものだから。たまには『自分』を見てほしい。
 きっとそれは、アラシも同じなんだろう。

 ―――だから僕らは、君が好きなんだよ。

 月を仰ぐ彼は、とても綺麗で。

 「ユエに会いたい?」

 皮肉ではなく、素直に聞けた。

 「は?何だよトートツに。」
 「いや、何となく。」
 「ふん・・・・会いたくねーよ、あんなヤツ。」
 「・・・・・さては、また喧嘩したんだね。」
 「うるっさい!!」

 ま、喧嘩というよりは、レイが一方的に怒ってるだけなんだろうけど。
 このふたりの喧嘩は90%がそのパターンだ。

 『・・・・でも。』

 自分で気付いていないのかな。
 怒っているような声音とは裏腹に、その瞳が夜空の月を切なげに見つめていることに。

 『ったく・・・こんな表情(カオ)して「会いたくない」って、誰が信じるってのさ?』

 ほんの少し、胸が痛い。僕の前では、あの見ているほうが幸せになるような、満面の笑みを見せてはくれない彼。
 彼を本当に微笑ませることが出来るのは――実にムカつくことだけれど――あの金髪ヤローだけなのだ。

 「ホンット・・・厄介だよねェ・・・・。」
 「あ?」
 「何でもないよ。」

 僕が好きなのは、自然体のレイ。『彼』を愛し、『彼』と歩き、『彼』に微笑むレイが、僕は好きなのだ。
 実に不毛な片想いだとは分かっているけれど。僕は、自分が不幸だとは思わない。
 ―――だって、何十億もの人たちの中で、たったひとりの彼に逢えたのは嘘じゃないから。

 ひょいと手を伸ばして、手袋に包まれた左手を取る。一瞬びくりとして手を引きかけたレイが、当惑気味に見上げてくるのに微笑み返して、彼の手を引いて歩き出した。
 握り返しはしないけれど、振り払いもしない手。これが僕に許される距離。それで、十分だ。

 「早くユエと仲直りしなよ、レイ。」
 「アイツが謝ってきたらするよ。」
 「じゃあ、せめてケータイの電源は入れときな。どーせ腹立ち紛れに切ってそのままなんでしょ?謝りようがないじゃない。」
 「う゛っ。」

 他愛ない会話。緩やかに過ぎていく時間。布越しに伝わる、彼の体温。
 その全てを、大切に大切に、心の奥に仕舞い込んだ。

 

 ―――君が、好きだよ。

 

 それは、永遠に告げることの無い、秘密の言葉。

 

 

 

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<2004.11.15 アップ>