―――ばんっ!! 

 「・・・・ユエっ!!てめぇこのヤロ―――!!」

 ・・・ここ数年、僕は非常に図太くなったと自覚している。
 三年前の僕なら、ノックも前触れもなしに蹴り開けられたドアが鼻先を掠め、鼓膜を震わせる怒鳴り声に突然耳を打たれたら、ぴくりと眉を動かすぐらいのリアクションは返したはずなのだが。今となっては聞き慣れたBGMとばかりに、口の中で転がしている飴を飲み込むことも無く、淡々とシャツのボタンを留められるようになった自分に少し感心してしまう。
 まぁ、そこまで鍛えられたのも(言い方を変えればスレたのも)全部。

 「俺が取っといたアイス食いやがったなぁ―――!!?」

 びし、と人差し指を突きつけて怒鳴りつけてくる、目の前の少年のおかげなのだが。

 

 ・・・ない

 

 「・・・アイスって、あのバニラのですか?」

 鏡を見ながら襟元の歪みを直し、彼の言う『アイス』とやらを思い出す。結構値が張るが、それだけの価値はあると思わせる有名メーカーのバニラアイスはレイのお気に入りで、懐に余裕が出来ると時折買ってきているものだ。この前も箱買いしてきてひとつずつ楽しんでいたが、2日ほど前に『あとひとつかー』と残念そうに呟いていたのを覚えている。

 「あとひとつあったはずでしょ?」
 「それが無くなってんだよ!!お前だろ食ったの!!」

 がぁっ、と叫ぶレイ。完全に犯人は僕だと決め付けている。
 まぁ、ふたりしかいないこの家の中では、自分がやったこと以外は相手の仕業と考えるのが至極当然ではあるのだが。

 「違いますよ。」

 ・・・この場合は濡れ衣だ。
 確かにあのアイスは自分も結構好きだが、彼が自分のお金で購入して楽しみにしていたものをこっそり食べてしまうほど意地汚くもなければ、そんなことをした後の彼の怒りを想像できないほど阿呆でもない。誓って言うが、濡れ衣である。

 「嘘つけ!」
 「そんなに信用されて無いんですか僕。」
 「だって他にいねぇじゃんかよ。」
 「僕じゃないです。誓えと言うなら何にでも誓います。」

 大げさなと言うなかれ。たかがアイスでも、本人たちは真剣です。
 疑いの色を若干残しながらも、こちらの誠意を一応認めてくれたらしく、怒りを薄れさせたレイをとりあえずベッドに座らせて、手荷物の整理にかかる。そろそろ家を出ないと、仕事の時間に間に合わない。
 今日はオフなレイは、退屈そうにベッドで足をぱたつかせていたが、楽しみにしていた間食が突然なくなって、なんだか気抜けしたような顔をしている。まぁ、気持ちは分からないでもないけれど。
 その頭にへたれた猫の耳が見えた気がして、思わず苦笑が零れた。

 「・・・ほら、レイ。」
 「ん・・・・・?」

 仰向いた彼の顎を捉え、薄っすらと開かれた唇を塞ぐ。ぴく、と肩を震わせた彼に目で笑って、口の中にあったものを舌で押しやった。目を細めてそれを受け取ったレイは、唇を離すと、不思議そうに呟く。

 「・・・ミルクキャンディ?」
 「あげますよ。」
 「なんでまた都合よく・・・。」
 「ご飯食べてる時間が無いから、カロリー補給にと思って舐めてたんですけど。」
 「不健康だな・・・だったらいいよ、お前が舐めとけ。」

 腰を浮かせて返そうとしてくる彼の肩を軽く押さえて、ぽんぽんとその頭を叩いてやった。

 「どうせ車の中でカロリーメイト齧りますから。それに・・・」

 見上げてくる彼に、ちゅ、と触れるだけのキスをして。

 「・・・甘いものは十分補給しましたから、夜まで保ちますよ。」
 「・・・バカ言ってないで、早よ仕事行け。」
 「はいはい。いってきます。」

 呆れたように手を振る彼が、それでも口の中のキャンディを大人しく舐め始めたのを見て、僕はバッグを手に踵を返した。と、ドアノブに手を伸ばしたところで、ある事をふと思い出した。くるりと振り返り、彼を見やる。

 「そういえば、レイ。」
 「あぁ?」
 「・・・昨日、本郷さんがリビングで仮眠してましたよね。」
 「・・・あ。」

 彼が真昼間にやってきて、リビングのソファで2時間ほど眠っていくのは、珍しいことではない。仮眠目的に来た場合、都合が悪ければ家に上げずお帰りいただくし、家に入れても別に客扱いはしない。好きなだけ寝て勝手に帰ってください、という感じである。そんなわけで、昨日も特に見張っていたわけではなく、気付いたら彼はいなくなっていたのですっかり忘れていた。それはレイも同様だったらしく、口を開けた拍子にキャンディを落としそうになった。

 「ってことは・・・・。」
 「僕は食べてないですからね。」
 「そりゃもう聞いた!ってことは勇じゃねぇかよ犯人は!?」
 「現時点で一番可能性の高い推論ですね。」
 「あっ、あんのヤロォ―――!!」

 がり、とキャンディを齧ってレイが虚空を睨む。目が怖い。

 「本郷さんをとっちめるなら、家の外でやってくださいね。仕事から帰ってきて掃除するの嫌なんで。」

 いちおう釘をさして、生返事をするレイに今度こそ背を向けた。
 たぶん、これから本郷さんはレイに思いっきり怒鳴り飛ばされるだろうが、それはまぁ自業自得ということで。

 「生きてお会いしましょうね〜、本郷さん・・・・。」

 からりと晴れた秋晴れの空に、我ながら気合の入っていない祈りを奉げる。

 ―――今日も、平和な一日です。

 

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<2004.11.15 アップ>