俺が、お前について知っていること。
家事が得意。子どもが好き。絵心には恵まれてない。・・・押しに弱いと見せかけて、実は結構頑固者。
でもこんなんじゃ、全然足りない。
―――もっと教えて、お前のことを。
ベンキョウ
「だからなんでこしあんなんだよ!絶対粒の方が美味いだろ!?」
「粒あんは口当たりが悪いじゃないですか。歯に挟まるし、ろくなことないですよ。」
「はっ、解ってねぇなー。あのプチプチ感がいいのにさ。ダメ!お前全然ダメ!!」
「こら、人を指ささない。喧嘩売ってるんですか?」
「お前がその気なら売ってやってもいいぜ。」
「・・・おい、お前ら。取っ組み合いなら余所でやれ余所で。」
薫り高い緑茶をすすりながら、本郷はうっそりと呟いた。全く、仕事の合間に休憩しようと思って立ち寄ったというのに、これでは寛ぐどころではない。
自分が予告もなしに押しかけたということも、ここが彼らの自宅のリビングだということも、そもそも彼らの言い争いの原因を持ち込んだのが自分であることも全て遠くの棚の上に放り上げて、本郷は勝手なことを考えた。その心中を見透かしたかのように、黒髪の少年がぎろりと彼を睨みつける。どう見ても中学生くらいにしか見えない幼い容貌にそぐわず、その視線は思わずたじろいでしまうほどに鋭い。大きな目を不機嫌に細め、少年は薄い唇を開いた。
「なぁにが『余所でやれ』だボケ。ウザいならお前が出てけよ、オフの日にいきなり乱入して来やがって。」
乱暴な言葉を紡ぐ声は、風邪を引いたかのように痛々しく掠れている。彼は一週間ほど前に、変声期を迎えたばかりなのだ。
銀の鈴を鳴らすような澄んだ声が聞けないのは少し残念だが、数ヵ月後、彼の声がどんな風に変わるのか楽しみでもある。年の離れた弟を見守るような気持ちになりながら、本郷はずずず、とお茶をすすった。
「つれねぇこと言うなよー、ちゃんと手土産持ってきただろぉ?」
「そのセレクトが、まさに今問題になってんだろが。」
「なんでだよ、美味いじゃねーか・・・どら焼き。」
テーブル上に転がるどら焼きを弄びながらぼやく本郷。彼が手にしている栗あんに加え、争点となっている粒あんとこしあん、さらにはクリーム入りのものまで、さまざまな種類のどら焼きが散乱している。しかも全て一個ずつだ。
たぶん選ぶのが面倒くさくて、店にある全種類をひとつずつ買ってきたのだろう。手土産を買うという気遣いは見せるくせに、同じ種類を取り合いになったらどうするのかまでは考えていない、いかにも彼らしい買い方だった。
べ、と舌を出すと、レイは空になった湯飲みを、傍らの青年にずいっと突き出した。
「ユエ、おかわり。」
「あ、俺も頼むわ。」
「・・・話の途中でよく言うなぁ、この人たちは。」
呆れたように笑って立ち上がったユエは、自分の分も含めた三つの湯飲みを、手際よく回収してキッチンへと向かった。揺れる金髪が消えるのを見送った本郷は、ソファの上で膝を抱える少年に問いかけた。
「お前ら、ここ来て何ヶ月だっけ?」
「そろそろ5ヶ月だけど。なんで?」
「・・・いや、毎度毎度あんな喧嘩してて疲れねぇのかな、と。」
他人との共同生活というのは、実に難しいものである。食生活、生活スタイル、習慣、全てが異なる相手と同じ空間で暮らすのだから、初めは摩擦が生じるのが当たり前だが、それでもたかがあんこのことでいちいち言い争いをしていたらいくらなんでもしんどいのではないだろうか。
そう思っての質問だったが、レイはその問いに、こくりと小首を傾げた。
「喧嘩?いつ?」
「今してただろ!?こしあんか粒あんかって!」
「あぁ、あんなん喧嘩のうちに入らねぇよ。普通の会話だぜ?」
「・・・お前らのマジな喧嘩って、俺一生見たくねぇわ。」
十分喧嘩腰だったアレが日常会話だとしたら、彼らの喧嘩の激しさとは如何ほどか。万が一そんな修羅場に居合わせてしまったら速攻逃げ出すことを心に誓って、本郷は遠い目になった。
「つか、同じ種類取り合うなら分かるけど、好きな種類が違うならそれぞれ好きなモン食えばいいだろ。なんでいちいち主張すんだよ?」
「んー・・・まあそうなんだけど・・・。」
もっともな本郷の意見に、レイは苦笑した。肩を越した髪が、ふわりと揺れる。
「でもさぁ・・・せっかくなら、なんでそれが好きなのかとか、逆に嫌いなのかとか、知りたいじゃん?」
細い指が、茶色の和菓子を包むセロファンをなぞる。「こしあん」とプリントされたそれをひょいと投げ上げる子どもっぽい仕草とは裏腹に、その目は真剣だった。
「俺、アイツのこともっと知りたいし。機会があるなら出来るだけ話したいんだよね・・・それが、くだらない事でもさ。」
―――大切だから、もっと知りたい。彼が何に怒り、何に哀しみ、何を喜び何を望むのか。
「そりゃ別々の人間だから、譲れないトコだってあるし、話せないコトだって中にはあるけど・・・それも、言わなきゃ分かんないから。
譲るにも折り合いつけるにも、まずは知らなきゃ話になんないだろ。なぁユエ?」
「ま、そうですね。」
少年の手から高く放り上げられたどら焼きは、緩やかな放物線を描いて、彼の背後の扉から戻ってきた青年の手に受け止められた。片手でお盆を抱えたまま器用にキャッチしたユエは、「本郷さん、自分の分取ってください」と言いながら元の位置に戻った。傍らでお茶を配るユエの袖を、いち早く粒あんのパッケージを破ったレイが引っ張る。
「ユエ、俺にもこしあん半分くれ。」
「え、食べるんですか?」
「そういう気分なのー。半分交換しようぜ。」
「はいはい。」
「いいなぁ、仲良くて。」
「何だそれ、皮肉?」
「素直に羨んでるのさ。」
栗あんを手に笑う本郷に、レイはにっと笑い返した。
「じゃあ、勇も混ぜてやるよ。栗も食ってみたかったんだー♪四分の一でいこうか!」
「お前に栗やったら、俺ユエに刺されない?」
「まあ、今回は大目に見てあげます。」
悪戯っぽく笑うユエに苦笑して、本郷はごつい手で和菓子を千切る。
穏やかな午後の日差しが、リビングを暖かく照らし出していた。
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<2004.9.16 アップ>