・・・名前を、呼ぼうとして。一瞬、声が途切れた。
見慣れた横顔に浮かぶ、穏やかな笑顔。
腕の中の小さな命に向けられたその微笑は、この上なく優しくて。
――ほんの一瞬握り締めた拳が、ぎり、と音を立てた。
望むモノ
「いやぁ、可愛かったですねー、あの赤ちゃん。」
「そーだなー。まあ、赤ん坊は大体みんな可愛いけど。」
「お母さんに似たんでしょうね。将来美人になりますよ、きっと。」
「あ、密かに光源氏計画企ててたりする?」
「そーゆー意味ではありません。」
街灯の白々とした光が照らす夜道に、ふたり分の足音と声が響く。薄暗い路地は人気がなく、さほど遅い時間でもないのにしんと静まり返っていた。
さっき、遅い夕飯の材料を買出しに来たふたりは、以前依頼を受けたことのある女性に偶然再会した。彼女は、もうすぐ一歳だという幼い娘を抱いており、子供好きなユエは喜んで相手をしていたのだった。
食料品の詰まったビニール袋を右手に持ち替えると、ユエは隣を歩くレイに笑いかけた。
「なんだか、抱いてると温かい気持ちになりますね。赤ん坊って。」
「それはあれだろ、アニマルテラピーってやつ?」
「・・・動物じゃないでしょう、赤ん坊は。」
「やーらかくて、あったかくて、ピュアって点では一緒だろ?」
「まあ、そう言えなくもないですけど。」
そう言いながら、先ほどまで抱いていた赤ん坊の感触を思い出すかのように、ふわりと微笑むユエ。その横顔を見ながら、レイは小さく呟いた。
「・・・お前、子供好きだよな。」
「え?ええ、そりゃ好きですけど・・・何か?」
「いや、何でもねーよ。早く帰ろーぜ、腹減った。」
そう言い捨てて足を速めたレイを訝しみながらも、ユエはその背を追った。斜め後ろから聞こえてくる足音に耳を傾けながら、レイは痛みを堪えるかのように、そっと眉を寄せた。
――子供、か・・・・。
ユエが子供好きなのは、前から知っていた。けれど、実際に彼が赤ん坊を抱いて笑っているのを見ると、心がざわめくのを抑えられなかった。
華奢だの女顔だの言われてはいても、結局のところ自分は男で。何度身体を重ねたって、彼との間に命を育むことは出来ない。何も残せない、その場限りの交わり。
――別に、女に生まれたかったわけじゃねーけどよ・・・・。
彼が望むものは、自分には与えることは出来ない。その事実に心の中でため息をつきながら、レイはしんと静まり返った、小さな公園に踏み込んだ。ここを抜ければ、自宅であるマンションまであと少しだ。と、その時。ふいに暖かい感触が、ふわりと右手を包み込んだ。
右手に視線を落としたレイは、自分の手を握っている一回り大きな手からチェックのシャツに包まれた腕へ、そして一段高い位置にある顔へと胡乱な視線を流した。
「・・・・・・。何してんの、お前。」
「何してるように見えます?」
「手を繋いでいる。」
「正解です。」
「放せ。」
「嫌です。」
無言で振り払おうとしたが、しっかりと捕獲された手は到底奪還不可能な状態で。ユエの腕ごと、暫くぶんぶんと腕を振り回していたレイは、ため息とともに腕を下ろした。余裕顔の青年から目を逸らしたまま、ぶすっと呟く。
「なんで野郎と仲良く手ぇ繋がなきゃいけねーんだヨ。」
「女性と繋ぎたいんですか?」
「・・・そりゃ、な。俺だって男だし。」
「そうですか。僕は別にそうは思いませんけど。」
握った手に、力がこもる。
「僕が触れたいのは・・・貴方だけですから。」
ふたりの髪を、乾いた夜風が揺らす。さらさらと木の葉が奏でる密やかな音楽を、呆れたような声が遮った。
「・・・そーゆー台詞、素面で言ってて恥ずかしくない?」
「うん・・・実は結構恥ずかしいです。」
「じゃあ言うなよ・・・。」
「でも、言わなきゃ伝わらないでしょう?」
足を止めたのは、どちらが先だったか。サングラス越しに、ふたりの視線が絡み合う。
「子供なんて出来なくたって・・・僕は、貴方しか欲しくない。」
ああ、やっぱりばれていた。自分のマイナスの感情に対する、彼の相変わらずの聡さに感心するレイ。淡い光が、ユエの端整な容貌を照らし出す。と、金髪の青年は真摯な表情を緩め、くすりと笑った。
「と、いうか・・・子供が出来なくて好都合、と言うべきかもしれませんね?」
「え・・・?なんで?」
「だって。」
繋いだ指に、そっとキスを落とす。
「貴方への想いだけで精一杯なのに・・・子供を愛する余裕なんてあるわけないもの。」
その言葉に、大きな目をさらに丸くしたレイは、次の瞬間、秀麗な顔に照れたような笑顔を浮かべた。
「・・・・そっか。」
「そうなんです。」
「じゃあ、子供の分まで大切に想ってもらえるわけだ。」
「もちろん。・・・さ、いい加減に帰らないと。夕飯抜きになっちゃいますよ?」
「うわ、そりゃ困る!」
繋いだ手をそっと放す、その瞬間。レイがすっと距離を縮めた。
『―――――。』
「・・・・え?」
ユエが我に返ったときには、すでにレイは身を翻していた。公園の出口から、一瞬だけこちらを振り返る。
「ユエ、早くしろよ!置いてくぞ!」
そう言った彼の頬は、ほんの少し紅くて。ユエは小さく笑うと、愛すべきパートナーを追って歩き出した。
耳元で、照れを隠すように、殊更ぶっきらぼうに囁かれた言葉。
――俺も・・・お前だけいればいい。
そんな殺し文句言われたら、離れることなんて出来ませんよね・・・ねぇ、レイ?
<おまけ>
レイ「ていうかさぁ・・・。」
ユエ「え、何ですか?」
レイ「夜の公園っていうのはまあいいとしてもだ。片手に買い物袋持ったままだと、真剣な告白もなんか間が抜けてるよな。」
ユエ「あー・・・まあ、現実は常にロマンティックってわけにはいきませんね。」
レイ「だな。」
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<2004.7.18 アップ>