聖夜間近の攻防戦
「オネガイ〜」
「嫌」
「オネガイったらオネガイ〜」
「嫌です」
先ほどから繰り返される問答。何度目かも分からぬ拒絶の返事を口にして、ユエは小さくため息をついた。駄々っ子をあやす親じゃあるまいし、何でこんな所――《The Plow》のカウンター――で、こんな押し問答をしなくてはならないのか。しかも、自分と一歳しか違わない男二人を相手にして、だ。
「「ケチ!!」」
「ケチで結構。あっち行ってください、コーヒーが不味くなります。」
耳元で聞こえるユニゾンに対し、しっしっと邪険に手を振るユエ。蝿を追うようなその手つきに、彼の左右からぎゃーぎゃーと騒いでいた双子――アラシとアズマは、むうっと膨れた。とっくに成人しているとは思えないほど幼い仕草だ。
どすんとユエの右隣に腰掛け、マスターにコーヒーを頼んだアラシが、ぐりんとスツールを回転させてユエに向き直った。
「別にいいじゃんか、減るもんじゃなし!ちゃんと材料費は出すっつってんだから!!」
「そーだそーだ、得意分野なんだから、ちょっとくらい協力してくれたっていいじゃないか!!」
「あーもう、五月蝿いなァ・・・・。」
左右から浴びせられる大声に、ユエは手元の文庫本を渋々閉じた。今日は、美味しいコーヒーを楽しみながら本でも読もうと思ってここまで来たというのに、とんだ災難だ。こんな事なら、家で大人しく引きこもっていれば良かったと、彼はサングラス越しに視線を泳がせた。
「いい年して、そんなに食べたいんですか・・・。」
「食べたい!悪いか!」
「自慢じゃないけど、子どもの頃からの憧れだよ!?」
「うわ、ホントに自慢にならないですね。作ってくれる彼女の一人もいなかったんですか?22年間一度も?」
「うっさい、黙れv」
笑顔のままで、アズマが額に青筋を浮かべた瞬間、絶妙のタイミングでコーヒーのカップが差し出された。ばきばきと指を鳴らしていたふたりが、香ばしい香りに気を取られて手を止める。
「ほれ、店の中で喧嘩は止めてくれ。お前らが暴れると被害が尋常じゃないんだからな。」
「すみません、マスター。」
「ごめんなさーい。」
「でもさマスター、どう考えても悪いのユエだと思わない!?」
「何でですか!」
「だってそんな無理難題吹っかけてるわけでもないのに、絶対嫌だって言うんだよ!?」
「こちらの譲歩を全く聞こうとしないのはそっちでしょうが。」
「男二人で食って何が面白いんだよ!!」
「ま、まぁまぁ・・・落ち着けって三人とも。」
「「「落ち着いてる(ます)よ!」」」
語尾を除けば見事にハモった返答に、マスターは苦笑した。仲がいいのか悪いのか、この三人はいまいち分からない。まあ、喧嘩するほど仲がいいというやつなのかも知れないが、このままだと乱闘になりそうだ。
この寒風の吹く中、店を破壊されてはたまらないと、苦労性のマスターは彼らの口喧嘩を仲裁すべく口を開いた。
「そもそも、お前らはユエに何をやらせようって言うんだ?材料費とか得意分野とか聞こえたが・・・。」
「やだなマスター、この時期こいつに頼むことなんてひとつしかないじゃないか〜☆」
「ねぇ?」
「僕じゃなくたって作れる人はいくらでもいますって・・・・。」
「だから何を作るんだ?」
疑問符を浮かべるマスターに、裏世界で最も恐れられている双子は、楽しげなユニゾンで答えた。
「「ブッシュ・ド・ノエル!!」」
その返答に、マスターは目を丸くし、ユエは深い深いため息をついた。
―――ブッシュ・ド・ノエル。
クリスマスの定番として広く知られた、切り株を模したロールケーキ。もちろんマスターとてその存在を知ってはいたが、まさかこんなところで聞くとは思わなかった。
気を取り直し、再びユエの説得にかかろうとするアラシに尋ねる。
「何で今さらそんなもの食べたがるんだ?去年はそんなに騒いでなかったじゃないか。」
「だって去年は、こいつがお菓子作り得意だなんて知らなかったんだもん。」
「と、いうかだな・・・別に嫌がる奴に無理に作らせんでも、ケーキ屋にいくらでも売ってるじゃないか。」
「もっと言ってやって下さいマスター・・・・。」
ぐったりと脱力したユエが、力なく声援を送る。どうやらだんだん馬鹿馬鹿しくなってきたらしい。
「ダメ!マスター分かってない!!」
「買ったのじゃダメなんだよ、手作りじゃなきゃ!!家で作ったブッシュ・ド・ノエルにナイフを入れる、これこそクリスマスの醍醐味!!」
「その通りだ弟よ!」
「兄さん!!」
どこの学芸会だ、と言いたくなるようなノリで、がしっと抱き合ったふたり。完全にテンションが上がっている。さっきのユエじゃないが、確かにそんなに食べたいのだろうか、と思いたくなるような熱の上げようだ。
苦笑したマスターは、最早反論する気力も失せたような顔をしているユエに、ちらりと視線を投げた。
「ユエ、お前なら大して時間もかからず作れるだろう?これだけ騒いでるんだ、ひとつ作ってやっちゃどうだ?」
「そこまでは別にいいんですよ。」
「あ?」
はぁ、と再びため息をついたユエは、冷めたコーヒーを口に含んだ。かたん、とそれをソーサーに戻すや否や、立て板に水の早口で捲し立てる。
「別に作るのはいいんですよお菓子作りは好きですし。野郎が野郎にケーキを作って何が面白いんだとか寒いにも程があるだろうとかええそりゃあいろいろ突っ込みどころは満載ですがね、それでこの騒ぎが収拾できるならひとつでもふたつでもみっつでも作りますとも。問題はですね、それをクリスマス当日に、僕の家で食べるって言うんですよこのおちゃらけツインズは。」
「おちゃらけとは何だ!」
「黙りなさいこの精神的幼稚園児。」
「何ィ!!?」
睨みあうアラシとユエ。要するに、双子たちの本当の狙いはケーキではなく――まあそれも目的のひとつではあるのだろうが、あの黒猫を交えてどんちゃん騒ぎがしたいだけなのだろう。執拗にユエに絡む二人を見ながら、マスターはコーヒーサーバーに手を伸ばした。
「要するに、クリスマスパーティーをしようってことだろう?」
「そういう事です。」
「何か不都合があるのか?仕事が入ってるとか。」
「仕事はないけど不都合は大有りです。」
空になったカップにコーヒーを注ぎ足してくれたマスターに礼を言って、ユエは至近距離に迫ったアズマの顔をぺしりと本で押し除けた。
「去年も、一昨年も、その前も、クリスマスは仕事が入ってたんですよ?レイの相棒になってから、初めてふたりでのんびり出来るクリスマスだというのに、何が悲しくてこんなのを家に引き入れなきゃいけないんです。」
「『こんなの』言うな!!」
「いいじゃんか、いつも一緒にいるんだから!イベント時くらい僕らに貸してよ!!」
「ほう・・・・・。」
ユエのサングラスが、ぎらりと剣呑に光る。その左手が、目にも止まらぬ速さで、傍らにいたアラシの襟首を引っ掴んだ。
端整な口元に綺麗な微笑を浮かべたまま、ユエはぎりぎりぎりとその襟を締め上げた。
「そう言って去年のハロウィンに家に乗り込んできた挙句、レイを押し倒そうとしていた不届き者は何処の誰でしたかねぇ、んー・・・・?」
「い、いや、あれはさぁ、ちょっとしたイタズラっていうか〜・・・も〜、過ぎたこといつまでも根に持つなって!!度量の小さい男は嫌われるよ?」
「・・・・・・っ!!」
ぴき。
「前科者相手に、なんで僕がケーキ作らなきゃなんないんですかっ!もうパーティーもブッシュ・ド・ノエルもなし!君たちはふたりで寂しくカップラーメンでも啜ってなさい!!」
「んなぁっ!?テメ、人が下手に出てれば付け上がりやがって!!」
「どこが!下手って日本語の意味分かってるんですか!?」
「ムカつく、マジムカつく!!表出ろっ、今日こそ引導渡してくれるわこのパツキンが!!」
「・・・・・・。」
結局こうなるのか。もはや事態の収拾を諦めて、マスターは無言で洗い物を始めた。
―――双子も含めて、賑やかなパーティーをやるか。金色の青年と二人きりで、静かで穏やかな時間を過ごすか。
選択権は、あの漆黒の少年に委ねられている。