―――ぽう、と。薄暗い部屋に、小さな灯りが点った。

 僅かな吐息にも掻き消されてしまいそうな、頼りない光。けれど、儚さゆえに美しいその光は、それを見つめる白い面と、そこに嵌め込まれた漆黒の双眸を、幻想的に浮かび上がらせた。

 「へえ、綺麗だな・・・・キャンドルなんて、洒落たモン買ってきたじゃんか。」
 「まあ、折角なのでムード出してみようかな、なんて。」

 くすりと笑ったユエは、自分のベッドに寄りかかって座り込んでいるレイの隣に、そっと腰を下ろした。当然のように肩に頭を預けてきたレイを抱き寄せ、その艶やかな黒髪に頬を寄せる。ちらちらと揺れるキャンドルの炎を見つめたまま、ふたりの間に穏やかな沈黙が流れた。
 今日は、クリスマス。必要なものは昼間のうちに全て買い込んで、夕方からはふたりとも、家から一歩も出ないで過ごした。ささやかではあるが手の込んだ料理を楽しんで、シャンパンなど空けて、他愛もない会話をしながら笑いあって。ここだけ見ると、まるで付き合い始めてから初めてのクリスマスを過ごすカップルのようだ、とはレイの言である。まあ、その表現もそれほど大きく間違っているわけでもない。同居を始めてから、ふたりで迎える初めてのクリスマスであることには違いないのだから。
 ユエの力作料理を綺麗に平らげ、幸福な満腹感に浸っていたレイは、不意に耳元で囁かれた声に顔を上げた。

 「ねぇレイ、良かったんですか?アラシたちの誘いを断ってしまって。」
 「ん〜・・・?」

 あの後、三人で話していても埒が明かないと、その場でレイに電話して聞いたところ、彼はひどくあっさりと、相棒とふたりで過ごす方を選んだ。言葉は(彼にしては)柔らかく、しかしきっぱりと告げられたその答えに、アラシとアズマは電話を切った後、見ているほうが気の毒になるくらいへこんでいたものである。
 ユエは当然、彼がそちらを選んでくれたことに内心ガッツポーズだったが、その一方で、彼が無理をしてはいないかと心配してもいた。飲み会やパーティーなど、賑やかな席が好きな彼のことだから、もしかしたら双子を呼びたいと言うかもしれないと覚悟はしていた。正直に言えば、そちらの可能性の方が高いかもしれないとすら思っていたのである。
 だから、レイが彼らの誘いを断った時、嬉しいと思うのと同時に、意外だという思いも禁じえなかったし、本当はパーティーをやりたいのを我慢してはいないだろうかとも考えた。彼は、自分の感情にひどく聡いから。自分が、心の奥底で彼を独り占めしたいと考えているのを察して、合わせてくれているのではないのだろうかと。

 「妙なこと聞くなァ・・・俺は現に、今ここにいるってのに。」

 くつくつと喉を鳴らして笑う彼は、きっとこんな葛藤もお見通しなのだろう。唐突とも思えるユエの問いに驚きもせず、温かい手に髪を撫でられるままに、大きな目を気持ちよさそうに細めている。ごろごろと懐いてくるその様は、機嫌のいい猫そのものだ。

 「どんちゃん騒ぎがしたいなら、電話の時点でそう言ってるさ・・・。俺が、お前の気持ちを優先して自分の希望を曲げるほど出来た人間だと思うか?」
 「思いませんけど。」
 「・・・即答かよ。」
 「一応聞いときますけど、無理してませんよね?」
 「無理してるって言ったら、お前はどうするんだ?今からアラシ達呼ぶわけ?」
 「貴方がそれを望むなら、ね・・・嫌ですけど。ものすっごい嫌ですけど、我慢します。」

 どうせ彼らは自宅待機してるでしょうし、呼べば速攻で飛んでくるでしょうよと呟いたユエに、レイは今度こそ楽しげに笑った。微かな空気の揺れを受けたキャンドルの炎が、つられて笑うようにゆらりと揺れる。

 「ものすっごい嫌、か・・・お前、あいつら嫌いなのか?」
 「別に、嫌いではありませんよ。お調子者ではありますが、信用には値する人たちですしね。」
 「じゃあ何?」
 「貴方に妙なちょっかい出さなければ、極めて友好な関係が築けると思います、多分。」
 「あんなのただの遊びだろ・・・むきになんなよ。」
 「・・・・・。」

 ―――そう考えてるのは貴方だけです、とは、口に出さないでおいた。

 炎を映して透き通る、アメジストの瞳。ふわりと笑ったレイは、キャンドルを見つめるその横顔に、そっと唇を寄せた。頬に触れた羽根のようなキスに、ほんの少しだけ驚いたようにユエが目を瞬かせる。その首に腕を回し、レイはしなやかな身体を彼に預けた。心地よい重みと、じんわりと伝わる温かい体温。シャツからわずかに覗く鎖骨のあたりに顔を埋めたレイの、吐息のような囁きがユエの耳を擽る。

 「覚えてるかな・・・俺、前に言ったよな?『お前だけいればいい』、って。」
 「覚えてますよ、勿論。」

 忘れられるわけがない。それは、ある日の帰り道、誰もいない公園で告げられた言葉。

 「好きな奴は、たくさんいるよ・・・アラシも、アズマも、マスターも、勇も、俺は皆好きだ。
  ・・・でも。」

 ゆらり。澄んだ炎が、揺れる。

 「俺の全部を預けられるのは・・・お前だけだ、ユエ。」
 「・・・・・・。」

 細い肩を抱く腕に、力が篭る。やがて、ほんの少し掠れた声が頭の上から零れてきた。

 「やれやれ・・・すごい殺し文句ですね、それ・・・・。」
 「ふふ、そうだろう・・・?」

 顔なんか見なくても、伝わる鼓動の速さから、今彼がどんな表情をしているのかなんてすぐ分かる。本当はその顔を見たかったけれど、多分自分の頬も少し紅くなってしまっているだろうからと、レイは顔は上げなかった。
 服越しに伝わる体温。普段より僅かに速い胸の鼓動。鼻先を埋めたシャツから香る彼の匂いに、レイの口元が優しく綻ぶ。解かれた髪や抱かれたままの肩を、あやすように撫でていく手に促されるままに、広い胸にすり、と頬を擦り付けて、レイはぽつりと呟いた。

 「・・・こうして触れ合うだけで、伝わればいいのにな・・・。」

 ―――自分には、彼だけなのだと。彼の存在がどれほど自分を救っているか、抱きしめるだけで彼に伝えることが出来たら、どんなにいいだろう。
 言葉の力は、あまりにも脆弱で。こんなに大切なのに、どうやっても伝え切れなくて、結局いつも彼を不安にさせてしまう。それが哀しくて、もどかしい。

 「・・・そうですね。人間は不便だ。」

 くすり、と彼が笑ったのが、肩の小さな揺れで分かった。と、伏せていた顔をゆっくりと上げさせられて、レイの目がわずかに大きくなった。
 漆黒の瞳と、紫暗の瞳。命を宿した宝石のようなその目が、やがてどちらからともなく、ゆっくりと伏せられた。

 「・・・・ん・・・・・。」

 重ねられた唇。微かに開いた唇の隙間から、ゆるりと入り込んだ舌に咥内をなぞられ、レイはぴくりと肩を揺らした。その反応に、薄っすらと開かれた紫の瞳が、密やかに微笑む。
 いつもの、情欲に火をつけるような激しいキスではない。濃厚ではあるがどこまでも緩やかな、慈しむようなキスを交わしながら、ふたりは互いの指をそっと絡めあった。

 

 ――子が親にするよりも純粋で、恋人同士が交わすそれよりも真摯で・・・そして、神の前で永遠の愛を誓うふたりよりも、神聖な接吻け。

 

 黒いシャツの襟元に触れた指に、レイが僅かに身じろいだ。抵抗というにはあまりにも微かな、その仕草。ふと、繋いだ指に力が込められたのを感じて、ユエはそっと唇を離し、目を閉じたままの彼に、声にならないほどの声で囁いた。

 「・・・怖いですか、レイ。」 

 静かなその声に、応える声はない。薄っすらと目を開けた少年は、答える代わりに、目の前の青年に両腕を伸ばした。濡れた形の良い唇に、再び自分のそれを重ねる。その目が閉じられる瞬間、そこに浮かんだ切なげな色を、ユエは静かに見つめていた。

 ―――本当は、分かっている。禁忌とされる想いを抱えて生きる自分たちに、神の子の生誕を祝う資格などないのだと。
 男同士という、生物の理から外れた関係。真に今日という日を祝うべき者たちは、神の教えに背き、罪を犯し続ける自分たちに、どんな視線を向けるだろう。蔑みか、哀れみか。どちらにせよ、祝福を得られないことだけは確かだ。聖夜に交わすキスは、その甘さとは裏腹に、冷厳な事実を否応なしに思い出させた。
 ・・・それでも。それでも、自分たちは。

 「・・・神の許しなんて、いらない。」

 目を伏せたまま、ユエの腕の中で呟く彼。

 「上から見下ろすだけの神なんて・・・俺はいらない。俺たちの想いを、否定させはしない。」

 縋るべき神を持たない自分たち。想いを誓えるのは、ただ互いしかいない。
 何ら感情を見せないままに、そう呟く少年が痛々しくて。頼りなげなその身体を、庇うように抱きしめた。

 「・・・貴方一人で、背負わないで。」

 必要としたこと。必要とされたこと。それは紛れもなく、ふたりの真実。

 「神が貴方を裁くなら・・・僕も一緒に、地獄へ堕ちるから。」

 ―――だってこれは、ひとりでは犯すことの出来ない罪なのだから。

 抱きしめる。痛みを堪えるような目で微笑んだ彼を、そっと床に横たえて。青年は漆黒の布地に手を掛けながら、その白い首筋に、紅い花を刻んだ。
 ・・・全能なる神に示すための、甘い罪の証を。

 

 ”神様―――”

 ”罪なのは分かっています”

 ”それでも・・・”

 ”僕たちには、お互いが必要だから”

 

 『どうか・・・僕たちを見捨ててください。』

 ―――それが僕らにとっての、最高のクリスマスプレゼント。

 

 この世で最も美しく、最も罪深い交わりを映し出しながら。

 キャンドルの炎が、また、ゆらりと揺れた。

 

 

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