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2003年 7月31日
蝉の鳴き声を聞くと夏が来たと言う感じがしますね、厳密には鳴き声とは言えませんが。

蝉は一生のうちのほとんどを土の中で過ごします。だいたい7年間土の中で過ごし、羽化して約2週間〜4週間で死にます。その2週間の間に雄だけが相手を見つけて子孫を残すために鳴きます。しかし数百個の中の卵から成虫になれるのは極一部と言われています。

蝉の翅は飛ぶためだけのもので、蝉の雄には腹部に発音する膜があってそれを専用の発音筋で震動させて、共鳴箱のように空洞になっている腹部で音を増幅して鳴いているそうです。さらに腹部を伸び縮みさせたり、発音膜の外側にある腹弁という蓋との隙間を変えることで音の調子を変化させ、それぞれの鳴き声を形成してます。ちなみに雌には発音機構はなく腹部には卵がつまっているそうです。

蝉は基本的に夜鳴きませんが、暖かくて明るいと鳴くそうです。たまに涼しくて暗くても鳴く事もあるみたいですが。
蝉の鳴き声は「ミ〜ン ミン ミン ミン ミン」はミンミンゼミ、「ジ〜 ジッ ジッ ジッ ジッ」はアブラゼミ、「シャーシャー シャンシャン」はクマゼミ、「ツクツクホーシ ツクツクホーシ」はツクツクホウシ、「カナカナカナカナカナ」はヒグラシ、と様々な鳴き方をする蝉がいますね。

蝉時雨や空蝉、法師蝉というのもありまして、蝉時雨は文字通り蝉の大合唱が降ってくるような錯覚を受けます。空蝉は蝉の抜け殻の事を言い、様々な思いを馳せています。法師蝉はツクツクホーシと鳴きますが、筑紫恋しと鳴いていて昔の旅先で死ぬときに故郷に帰りたい、筑紫が恋しいと思いを残した旅人が筑紫恋しと鳴く蝉になったという話があります。法師蝉の鳴く頃は夏の終わりを告げていると言う話もあったと思います。

日本人は虫の出す音を「声」として聞き、 欧米人は「音」として聞く。という話があります。蝉の鳴き声はうるさいかもしれませんが、声として聞いてみると違うように聞こえるかもしれませんね。
今日は蝉について話しました。


2003年 7月30日 すいか
すいかはウリ科スイカ属 学名「Citrullus Lanatus(キトルルス・ラナツス)」と言われ、西瓜と書くこともあります。

すいかは南アフリカ中部のカラハリ砂漠と周辺のサバンナ地帯から多種多様のすいかの野性種が発見されている事から、南アフリカが原産地とされています。ここで紀元前5千年頃にはすでに栽培が始まっていて、古代エジプトの壁画にも描かれているそうです。当時は種を食べていたとも言われています。
そしてギリシャには3千年前、ローマには1900年前くらいに入り、17世紀にアメリカへ移住民が持ち込んでから品種改良が進んで普及したそうです。
アジアでは紀元前にはインド、そして11世紀にはシルクロード経由で中国に伝わったらしいです。西瓜と言う名前は中国のもので、中国から見て西域の中央アジアから伝わったことに由来しているとされています。
日本には1579年にポルトガル人が長崎に持ち込んだとか、慶安年間(17世紀中ごろ)に隠元禅師が中国から持ち帰ったとか、岡山地方の弥生時代の遺跡から炭化した種が大量に発見された、平安時代には栽培が始まっていた、など様々な説があります。ともあれ江戸時代後期には各地で栽培されるようになっていました。
明治時代に入るとアメリカなどからたくさんの品種が導入されて、日本に合わせた品種改良がさかんに行われるようになり、現在にいたっているそうです。

すいかは90%以上が水分ですが、ビタミン・ミネラルなどもバランスよく含まれています。すいかは腎臓の薬とも言われていて、シトルリンやカリウムが利尿作用を持ち塩分(ナトリウム)を排出する働きもあり、腎炎や膀胱炎、高血圧に効果があります。また、活性酸素を抑制するリコペンが含まれているそうです。あと西瓜の果糖が疲労回復に役立つそうです。
すいかの種にはリノール酸やタンパク質が非常に多く、ビタミンB群やEが豊富に含まれています。すいかを食べるときに種を少し噛んで傷をつけておくと消化液が染み込んで消化されるそうです。
すいかの皮には実以上に高い利尿作用があり、煎じたものは糖尿病や腎炎に、種を煎じたものは膀胱炎・咳・高血圧に効果があるといわれています。止血・痛み止めとしても有効みたいです。

すいかは下部がやわらかくなり、いい香りがしてきたらもう食べ頃です。食べ頃になるまでは室温で、その後は冷蔵庫に入れてください。食べる前に冷蔵庫で1時間ほど冷やすとスイカの甘味である果糖も冷やされて、すいかの甘味が増して美味しくなります。

余談連発ですが、すいかの縞模様は品種改良によるものらしいです。
すいかは日本では甘さから好まれてますが、水分の多さから飲料用として広まったらしいです。
昼と夜の寒暖の差が大きく光合成がさかんにできる乾燥してる地域が甘いすいかを作るのに適しているそうです。
種無しすいかはコルヒチンという薬品で処理したすいかの種と、ふつうのすいかの種を交配させると種なしすいかの種が得られます。もちろん一代限りです。
すいかはよく叩いて見分けますが、高い音だと水分が多く、低い音だと熟れすぎてスが入っている、ぽんぽんとした清んだ音だと食べ頃の美味しいすいからしいです。他にはよく光を浴びたものだと縞模様が濃くなってはっきりとするとか、茎が細いと水分が少なくて甘味が凝縮されているとかあります。

美味しいすいかはつい食べすぎてしまうかもしれませんが、すいかは体を冷やす作用があるので冷え性の方やお腹の調子が悪い方は注意が必要です。
今日はすいかについて話しました。


2003年 7月29日 かき氷
かき氷は平安時代の昔からあったみたいで、枕草子で削った氷にあまずらという甘味料をかけて食べていたとされる記述があります。

かき氷の氷はきめ細かい氷の方が美味しくできるそうです。また、砂糖水を凍らせた氷で作ると食感がサラサラになるそうです。他にも少し温めた汗をかいている状態の氷を削ると少し粗くてパリッとした、かき氷になるみたいです。
いちごやメロンなどのシロップをかけるのが定番ですが、白玉をつけたり本物の果汁を加えるところもあるみたいです。氷自体を果汁などで作る事もありますね。

余談ですがかき氷など冷たいものを食べると頭が痛くなるのは、喉の裏側近くには血管や神経が集まっていて収縮したり刺激されたりして痛くなるそうです。ですからできるだけ喉の裏側に触れさせないようにすれば痛くなくなるかもしれませんね。

カキ氷ばかり食べると夏ばての原因になるみたいですし、冷やしすぎれば体調を崩します。ですから美味しくても程ほどにしましょう。
今日はかき氷について話しました。


2003年 7月28日 そうめん
そうめんって夏の暑いときに食欲がなくても食べれますよね。栄養も結構あるみたいなんです。

そうめんは奈良時代に中国から渡ってきた唐菓子に、小麦粉と米の粉を練ってそれを縄のような形にねじった索餅(さくへい・さくべい)というのがあり、これが元祖であるとされています。ただ、そうめんの製法自体はすでに中国から伝来していたという話もあり、索餅が元祖とするには少し情報が足りないみたいです。
室町時代には索餅・索麺・素麺の三つの名称が使われ、とくに素麺という言葉がこのころに普及したとみられているそうで、そうめんと言うように言われるようになったのは製法がより高度になり、専門職化した頃だと考えられています。

そうめんは小麦粉を原料としこれに食塩・水などを加えて練り合わせた後、食用植物油を塗布してよりをかけながら順次引き延ばして丸棒状のめんとし、乾燥したものであって、製めんの行程において、熟成が行われているものを手延べそうめん。
小麦粉・そば粉又は小麦粉若しくはそば粉に大麦粉・米粉・粉茶・卵などを加えたものに食塩・水等を加えて練り合わせた後、製めんして乾燥したものを機械そうめん。
と製法によって2種類に分けています。
手延べそうめんの方は乾燥するまでの過程が手延べうどん・冷麦・きしめんなどと同じで仲間とされています。違いはめんの太さでそうめんは直径1.3mm以下、冷麦は直径1.3以上1.7mm未満、うどんは直径1.7mm以上、きしめんは幅4.5mm以上厚さ2.0mm以内として区別しています。

もう終わってしまいましたがそうめんの日が7月7日で、平安時代の醍醐天皇の頃に宮中の儀式や作法を集大成した法典「延喜式」が制定されたとき、旧暦7月7日の七夕の節句に索餅をお供物とするよう定められたそうです。
そうめんを天の川に見立てたと言う説、機織の糸だという説、夏に栄養価の高いそうめんを食べて健康増進をはかったと言う説、小麦の収穫を神に報告するためだとする説など様々あってどれが本当かわからない状態らしいです。

夏にそうめんはエネルギーやタンパク質など栄養価もあるみたいですから、夏ばてなどで食欲がないときに食べるようにしてみるとよいかもしれませんね。
今日はそうめんについて話しました。


2003年 7月27日 土用の丑の日
土用の丑の日と言えばうなぎを思い浮かべる人は多いと思います。でも何故うなぎか考えた事はありますか?

まず、土用というのは古代の中国から伝わった五行説に由来します。五行説では天地間のすべての出来事はすべて木火土金水(もっかどごんすい)の五つの要素からなり、その盛衰、消長などによって定まると考えられていました。
土用とは土旺用事の略で、五行説による季節の割り振りで四季に配当(冬:水、春:木、夏:火、秋:金)されなかった「土」の支配する時期として各季節の末18日ないし19日間を指すもので、現在では夏土用のみを土用と言うことが多くなりました。
現在は、「太陽の視黄経が27,117,207,297度となる日を土用の入りとする」と定義されています。ちなみに土用は季節の最後に割り振られるので「土用の明け」は次の季節の始まる日の前日になります(土用は、立春・立夏・立秋・立冬の前日に終わります)。2003年の夏土用の丑の日は7月27日です。
あと、土用の期間は土を司る神の支配する時期とされ、土を動かす作業を忌む習慣がありました。ただし、土を動かす作業ができないことは社会生活上問題も多いことから、方便として間日と呼ばれる日が設定されていて、間日の間は土を司る神が地上を離れるので、土を動かしても問題ないとされ、その日に動かしていました。

もともと、丑の日の「う」からこの日に「うのつくもの」を食べると病気にならないと言う迷信がありました。それとうなぎが結びつくのは、江戸時代の発明家平賀源内が売れない鰻屋のCMとして本日は土用の丑として宣伝した事。
江戸時代の狂歌師、蜀山人が段々衰徴していた鰻屋の盛り返しの一策として土用の鰻の効力があると言い、特に丑の日には鰻は食あたりせぬといった意味の狂歌をつくって宣伝した事。
江戸時代の本『天保侍話』には「丑は土に属す。土用中の丑の日は両土相乗ずるものなり」とあるから、夏季に真味を発する鰻を士気の最も旺盛なこの日に喰うと気力を養う効能があるとされた事。
以上から江戸時代の売れないうなぎ屋が大々的に宣伝をした事から来ているみたいです。

うなぎには、胆に成人が1日に必要な量を軽くカバーできる程のビタミンAが含まれていて、皮にはビタミンB1、B2、カリウムなども含まれています。また良質のアブラが含まれていてスタミナ増強、風邪の予防、冷え性や貧血の改善、成人病予防、目のかすみなどへも効果があります。また、うなぎは蒲焼きにしてもそれらの栄養素が大差なく保たれているそうです。万葉集の中で、「夏やせには玉なぎ(うなぎの古語)がいい」ともうたわれていたほどです。

うなぎと丑の日はあまり関係はありませんが、夏にうなぎはとても理にかなってますね。食欲がなくても蒲焼きの匂いから食べられるかもしれませんし、夏ばてにも効きますから。そうやってうなぎを食べる習慣が広がったのかもしれませんね。
今日は土用の丑の日について話しました。


2003年 7月26日 夏ばて
体がかなり疲れるものですが夏ばてと言う病気はありません。ですが、放っておくと疲労が蓄積して夏風邪や胃腸障害の原因となります。

夏ばては暑さで体内の水分調整機能の狂い、冷房関係、微量栄養素欠乏症などが原因みたいです。
汗をかくことで体外に放出される水分や電解質の量が、吸収される水分や電解質の量を超えてしまう。
冷房によって体の温度が下がり毛細血管の収縮を引き起こした結果、全身的な血行不良を引き起こす。
暑さで食生活に偏りが出るとビタミンやミネラルが不足になり、体がだるく更に食欲不振を引き起こす悪循環に陥り夏バテの症状を起こします。

水分調節は冷たい飲み物ですと、吸収されにくく胃腸が冷たくなって血行が悪くなり消化不良、下痢、食欲不振などになりやすくなります。ので温かい飲み物とまでは言いませんが冷たくない飲み物をこまめに飲むようにする事が必要です。

冷房関係は冷やしすぎ・温度差の激しい場所の出入りなどで、特に温度差の激しい場所の出入りは自律神経失調を引き起こすこともあります。冷房の設定温度は外気温との差を5℃以内にし、扇風機などを併用して効果的に涼しくする事が必要です。

ビタミン・ミネラルの不足は栄養豊富で夏ばてに効果のある夏野菜を食べるようにします。食欲不振には香辛料やスパイス、酢、少量の食前酒で胃液の分泌を促し食欲を増進させます。
食欲がなくてお肉や魚が食べられないという方は豆腐を食べると良いみたいです。以前話したように吸収されやすく栄養も豊富で胃に優しいとかなり効果的です。食欲がないという方は試してみてください。

他に睡眠を十分に取る事と体を動かし体力をつけるのも手です。特に夏は快眠で乗り切れるとまで言われるほどです。快眠のために少し運動を取り入れると、体力の増加もはかれてよいと思います。

夏ばてには栄養のあるものを食べて心地よく眠り、こまめな水分補給をかかさないことですね。これから暑くなると思いますから、頑張って夏を乗り切りましょう。
今日は夏ばてについて話しました。


2003年 7月25日 涼しさ
私たちは肌や目など五感で外の環境を認識していて、暑さの大部分は肌で感じていると思います。

昔の人はクーラーや扇風機などで直接肌を冷やす事は出来なかったので、他の器官で涼しさを感じるようにしました。
白色や青色など寒色は涼しげな感じがしますよね、そこで目に見えるところにその色の物をおく事で涼しさを表します。また、水や日陰など涼しいイメージを持つものを見えるようにもしました。あと、恐い物を見て背筋を寒くしたりするのも視覚的な効果のうちの一つでしょうね。
水の音や清んだ綺麗な音も涼しさを感じます。ししおどしや風鈴などからは涼しい音が聞こえますね。また打ち水も目と耳で涼しさを感じると思います。あとは、怪談話でも涼しくなるでしょうね。
そうめんと水羊羹にかき氷とこれらは舌で涼しさを感じます。見た目にも涼しげですが、流しそうめんは舌触りや流すときの水の音などからも涼しさを感じます。水羊羹も塩や水分の量をふやして舌触りをよくしているそうです。カキ氷は見た目・音・舌触りが冷たいくらいまで涼しさを感じさせてくれるでしょうね。
プールの匂いや木々の香りから涼しさを感じる人もいるかと思います。冷たい食べ物の匂いでも涼しさを感じるでしょうね。匂いからはちょっと難しいかもしれないですけど。
他にも熱い物を食べたり触ったりして、暑さを感じにくくする方法もあるみたいです。肌は暑さを直接感じるところですから、ある意味一番難しい所かもしれませんけど。

昔の人たちは暑さをいろいろな方法で乗り越えてきました。私たちは近代科学の力で何でも解決しようとせずに、昔に習って涼しさを感じるようにしてみてはいかがでしょうか。無理しないで楽しむ気持ちですると苦なくできると思います。

暑さを感じさせないようにするのも手かもしれませんね。例えば暖色系のものは視界に入らないようにするなどくらいいはできると思います。ちょっとした心の配り方かもしれませんね。
今日は涼しさについて話しました。


2003年 7月24日 蚊取り線香
蚊取り線香は除虫菊から作られたのが始まりで、100年以上もの歴史があります。

乾燥させた除虫菊からノミ取り粉をつくり、これを粉末のまま使うほか火鉢などにくべて蚊遣り火として使用するのが当時の使い方でした。でも夏に火鉢では・・・、と言う事で棒状の蚊取り線香が発明されましたが、細く煙も少ないうえに約1時間で燃え尽きてしまう事や輸送時に折れやすいなど様々な欠点がありました。
そこで線香の棒を太く長くしてさらに渦巻状にすることで解決し、現在の蚊取り線香が出来上がりました。

除虫菊の白い花の部分に含まれる殺虫成分ピレトリンを木粉に練り込んで作られたのが最初で、現在はアレスリンという化学合成された殺虫剤を木粉に練り込み緑色に着色し、防腐剤を混ぜて作っています。また、殺虫剤をマット型のシートに染み込ませて熱で蒸散させるタイプの殺虫器や、殺虫成分を液体のまま蒸散させる殺虫器もできています。
アスレリンなどの化学合成された殺虫成分は、哺乳類に対する毒性が低いながらもあります。長時間使用すると体に異常を感じる人も出ているそうです。

自然にある物質には耐性をつける術はなく、また、人体にとって必要最小限の影響におさえるには、自然のままのものが一番いいのではないかと考える方もいて、蚊取り線香は除虫菊で作られた物の方が良いと言われています。

また、蚊取り線香を入れる蚊やりぶたは江戸末期に杉や松の皮、おがくずなどをいぶして煙をたてて蚊を追い払っていたそうで、蚊取り線香よりも古いものみたいです。そして何故ぶたが使われていたのは、ぶたが昔から火伏せの神と考えられていたからという説があります。

蚊取り線香と蚊やりぶたで蚊から身を守るようにしましょう。
今日は蚊取り線香について話しました。


2003年 7月23日 浴衣
最近は盆踊りだけでなく花火大会でも浴衣を着て行く人を見かけるようになりました。またファッションとしても着られるようになってきているみたいです。

浴衣は平安時代湯帷子(ゆかたびら)の略で、当時の高貴な人たちが蒸し風呂に入るときに火傷や宗教的に肌が触れ合わないようにするための二つが始まりです。江戸時代までは湯帷子と呼ばれていましたが、その頃になると銭湯で風呂上がりの湯気を吸い取る着物として(日本のバスローブとして)使われるようになり浴衣と呼ばれるようになりました。この頃に盆踊りように盆帷子(踊り浴衣)もできて、町中でも着られるようになったみたいです。

浴衣は全体にきっちりと着て、女性は衿の抜き具合は浅めに、衿元はキリっとした感じに、着丈は短く。 浴衣の下は汗取りと透け防止のための肌着と裾よけだけをつけるようにして、足もとは素足に下駄をはきます。夏に着るのがメインなので夏らしく涼しげに着るのが一番のポイントです。

浴衣は家庭でも洗えますが、色落ちするものもあるそうです。詳しくはここで調べてみると良いかもしれません。
皆さんも浴衣を着てみると見た目で涼しくなれるかもしれませんね。
今日は浴衣について話しました。


2003年 7月22日 花火
花火は紀元前3世紀の古代中国、火薬の基本となる硝石が発見されてからと言われています。日本での花火は1589年7月、伊達正宗が観賞したのが最初であるとも云われています。

花火は煙火花火と玩具花火の二つに大きく分けられるそうです。煙火花火は打ち上げ花火と言われる類の物で、花火師の方がつくった使用する際に届出等が必要で、一定の資格をもった方のみが使用できる花火です。
玩具花火は線香花火やネズミ花火などで、社団法人日本煙火協会検査所において合格していて誰でも使用できます。火薬の量も15g以下と決まっているそうです。

花火大会は、「競技」「供養」「奉納」「イベント」「納涼行事」「祭り」「供養」「奉納」「豊作祈願」「感謝」などが理由としてあるみたいです。
このときに「たまや」「かぎや」と言う掛け声は実在した江戸の花火屋で、隅田川の橋を挟んで上流と下流に分かれて、互いに花火の技を競ってました。そのときの見物人の声援が現在でも一般的な掛け声になったらしいです。
あと花火大会での打上げ玉数は多めに数えているらしく、実際は半分くらいらしいです。景気付けの意味もあるとか。

日本の花火は世界一精巧で華麗と言われていて、いろいろな国に輸出しているそうです。一部では花火大会も始まってますね、綺麗な花火を楽しみましょう。
今日は花火について話しました。


2003年 7月21日 暑中見舞い
暑中見舞いは7月上旬の小暑(太陽暦の7/7ごろ)から8月上旬の立春(太陽暦の8/7ごろ)に送るものですが、本来は大暑(太陽暦の7/22ごろ)から立春までで、それ以降8月いっぱいまでだと残暑見舞いになります。

暑中見舞いはお盆に親や仲人・親しい人に訪問や贈り物をする風習が簡略化したもので、郵便事情の発達で今では年賀状と並ぶ季節の挨拶となっています。そして暑い時期に相手の様子を気づかい、自分の近況を知らせる便りです。

暑中見舞いは一般的にははがきを用いますが直接切手がはれるものなら送れるので、定形外で郵便料金はすこし高いですがうちわを送ったりする事も可能です。また、eメールなどインターネットを通じて送ることもでき、こういうサイトもあります。

暑中見舞いの書き方としては、長い文を書く必要はなく「季節の挨拶」「先方の健康を尋ねる一文」「自身の近況を伝える一文」「先方の健康を祈ることば」があればいいみたいです。

皆さんもメールでも何でも暑中見舞いを送ってみてはいかがでしょうか?
今日は暑中見舞いについて話しました。


2003年 7月20日 アイスクリーム
紀元前4世紀ごろに蜂蜜やワインなどに氷を加えた氷菓があったそうで、これがアイスクリームの祖先であると言われています。

その後11世紀ごろには千夜一夜物語の中にシャーベットが出ていて十字軍がヨーロッパに伝えたとされ、13世紀ごろ中国から乳を凍らせたアイスミルクの製法をマルコ・ポーロがヨーロッパに持ち帰ったそうです。
16世紀にメディチ家のカテリーナとオルレアン公(後のアンリ2世)の結婚によって、イタリアからフランスへと伝えられたアイスクリームは、ルイ13世の妹アンリエッタ・マリアとイギリスのチャールズ1世との結婚によりイギリスへと広ったそうです。
19世紀中ごろに牛乳商ヤコブ・フッセルが、大量の生クリームの処理のために、プラントをつくりアイスクリームを多量に生産してアイスクリームが産業化されるようになりました。この頃まで上流階級のものであったアイスクリームですが、産業化によって一般大衆にも広がるようになったそうです。また、フッセルはリンカーンの親友でもあり、アイスクリームの利益を使って奴隷解放に協力していたそうです。
日本では1869年に町田房造が、横浜の馬車道に開いた「こおりみずや」で、「あいすくりん」と言って製造・販売されました。そして社団法人日本アイスクリーム協会では、この国産アイスクリームの製造・販売を記念して、1964年に5月9日を「アイスクリームの日」としています。

アイスクリームは牛乳・乳製品(クリーム・バター・練乳・粉乳など)・糖類(砂糖等)・安定剤・乳化剤・香料・着色料が原料となり、各種の原料を加温しながら十分に混ぜ合わせて溶かして冷やして固めた物です。実際は種類によって細かく違ってきます。
アイスクリームの美味しさは、空気の混入具合だそうです。攪拌しながら凍らせる事で空気が取り込まれてなめらかな口当たりになるそうです。この空気の混入量(オーバーランと言うそうです)が60%から100%が普通のアイスクリーム、ソフトクリームでは30%から80%くらい、シャーベット系では20%から60%と低くなる・・・、つまり空気の混入度が低いとねっとりした重みのある味となり、高いとふわっと軽い味になるみたいです。
また、乳脂肪の含有量が適度に高いほど、コクのあるまろやかな風味ときめ細かなアイスクリームになるそうです。
アイスクリームは乳固形分15.0%以上(うち乳脂肪が8.0%以上)入っているものの事をいい、乳固形分10.0%以上(うち乳脂肪が3.0%以上)入っているものはアイスミルク、乳固形分3.0%以上入っているものはラクトアイス、乳固形分がラクトアイスより少ないか入ってないものは氷菓と言われるそうです。

アイスクリームは甘く脂肪分を多く含んでいますが、カロリーはそれほど高くありません。それに加えて冷たいのであまり食べられない事と、栄養価が牛乳を原料としている分多く含まれている事から、ダイエットに使われる事もありました。が、私はお勧めしません。

アイスクリームは長期保存が可能ですが、急激な温度変化を受けると風味が落ちるそうです。ですから家庭で食べるときは早めに食べた方が良いそうです。
アイスクリームと一口に言ってもいろいろとありますね。たくさん食べると体を壊すので美味しくても程々にしてくださいね。
今日はアイスクリームについて話しました。


2003年 7月19日 太陽光採光システム
太陽光採光システムは、太陽光を採光するために太陽追尾装置によって駆動する採光部を備えたシステムです。

太陽光を反射鏡やプリズムなどを使って光を集めます。採光された光を空気や光ファイバーを通して室内に運びます。そして光はレンズや拡散板を介して照射します。光ファイバーを利用したものだと、照射場所を選べて部分的な照明や室内全体に拡散させることができます。

このシステムは採光するときに太陽を追跡させるときだけ電気を使用します、そのため省エネであると言われています。また採光した光から紫外線や赤外線を取り除いてあり、色あせや熱による温度上昇を抑える事が可能だそうです。

このシステムは学校などでさり気なく使用されています。天井が抜けて光を取り込むようになっているところとかがそうです。ただ、一般にも使われるようになるには太陽が出ている間しか使えないなど問題があるのでしょうね。

このシステムは探せば意外な所で使われているかもしれませんね。
今日は太陽光採光システムについて話しました。


2003年 7月18日 発光ダイオード
電気製品に使われている赤や緑の小さな電源表示ランプのほとんどが発光ダイオードです、最近は青色のものもできるようになりました。

LED「LightEmittingDiode」(発光ダイオード)は電気を直接光に変換できる発光素子で、電球のように電気→熱→光という変換で無いため効率が良いとされています。発光ダイオードは比較的自由に動く電子を内在するn型半導体と、電子の空席(正孔)があるp型半導体を接合させたものです。

発光ダイオードが光る仕組みは、n形半導体の端にある電極から半導体中の伝導体に電子が注入され、同時にp形半導体の電極からは電子が吸い出されます(正孔が注入されます)。この際に電力を消費し、注入された電子(と正孔)は電子濃度(正孔濃度)の高い方から低い方へ拡散していきます。そして拡散した電子は電子濃度が低い領域で正孔と結合します。そのときの伝導体と価電子帯のエネルギー差(過剰なエネルギー)を光として放出します。
発光ダイオードは半導体によって過剰となるエネルギーに差があるので、材料を換えると違った波長(色)の光を取り出すことが出来ます。 赤青緑の3色が取り出せるようになって、大型カラーディスプレイの実現も可能になりました。

発光ダイオードは白熱灯・蛍光灯に比べ省電力、ランニングコストが安いのですが、一方で初期投資は高くつきます。ですけど電球の10万倍以上の寿命があると言われていて取替えの手間が省けそうです。あと蛍光灯のように水銀などの有害物質を使っていないことなどが特徴です。が、普段の生活の中での照明としてはもう少し時間がかかるみたいです。

発光ダイオードは灯かりとしての使い方よりも、通信・広告・計測などに使われています。そのうち灯かりとして使えるようになる日がくるかもしれませんね。
今日は発光ダイオードについて話しました。


2003年 7月17日 高輝度放電灯(HIDランプ)
高輝度放電灯(HIDランプ)のHIDは「HighIntensityDischarged」の略で、「高圧ナトリウムランプ」「メタルハライドランプ」「水銀ランプ」の3種類の総称です。

HIDランプには硬質ガラス製の発光管と、その発光管を支えながら電気を供給する金属部材が収容されています。発光管の両側には放電を発生させるための電極を装着、内部には発光物質としての水銀とアルゴンガスが封入されています。
外管の中に封入された窒素ガスは、ランプ点灯中の発光管の高温化に伴う金属部品の酸化を防ぎます。そして発光管内の両極管で発生する放電の作用により水銀原子が発光する仕組みです。
放電ランプはその特性のため、いったん電流が流れ始めると急激に電流が増大して、瞬時にランプの電極などが破損してしまいます。したがって、電源とランプの間にランプ電流を適正に制御する安定器が必要になります。ですが水銀灯の中には安定器を必要としないものもあるみたいです。

HIDランプはランプ一灯当りの光束(明るさ)が大きく、大規模空間の照明適しています。また電球やハロゲンランプに比べて発光効率に優れているため、省エネルギー化が図れます。他にも電球や蛍光灯よりも寿命が長い事などが特徴です。ただし安定器が少し高いのでちょっと割高です。

HIDランプは長時間つけ続ける場所、公園に高速道路や球場・体育館などで主に使用されていて、最近は車や鉄道などにも使われるようになっているそうです。

HIDランプには弱点があり、放電を利用しているため点灯消灯に時間がかかること、太陽の光により近づけたため光の中に紫外線を多く含むこと、値段そのものが高いこと、気温が下がると水銀ランプ・メタルハライドランプではやや点灯しにくくなることなどです。

これらを踏まえて照明の目的や場所等の使用条件にあった照明器具を選ぶようにしてくださいね。
今日は高輝度放電灯(HIDランプ)について話しました。


2003年 7月16日 蛍光灯
同じ照明器具でも蛍光灯は電球とはかなり違う仕組みで明るくしています。蛍光灯は電球と違い、広範囲を照らすことができ、熱をあまり発生させず寿命もかなり長いです。

蛍光灯は電気を流す事によって電子をガラス管内に放出します。この電子はガラス管内にある水銀と衝突して紫外線を発生させます。この紫外線がガラス管の内側に塗られた蛍光物質に当たり、外側に白い光となって明るく照らします。

蛍光灯はグロースタータと安定器で構成されており点灯するのに少し時間がかかるスターター型、学校などで使用されていて安定器だけで点灯するラピッドスタート型、インバーター(電源周波数をもっと高い周波数に変換して負荷を駆動する回路)を組み込んでいてかなり早く点灯するインバーター型があります。
そしてインバーター技術の進歩で、電球サイズの蛍光ランプも出回るようになったそうです。

蛍光灯は種類も豊富で一般の照明から殺菌灯、白い物に反応するブラックライト等があります。最近は液晶に裏から光を当てるのにも使われているそうです。

昔の蛍光灯は今のものに比べて半分くらいの明るさしかなかったそうです。蛍光灯にもたくさんの技術がつぎ込まれているのでしょうね。
今日は蛍光灯について話しました。


2003年 7月15日 電球
電球を最初に発明したのはエジソンというのは皆さん知っていますよね。少し詳しく言うと1879年10月、エジソンは木綿の縫糸を炭化してフィラメントとした最初の炭素電球を作ることに成功しました。

電球は、フィラメントに電流を流して発熱発光させる光源です。金属に電流を流して燃える寸前の温度まで上げて明るくさせている状態を発熱発光と言い、これを空気中ですると、光った後に燃え尽きてしまいますが、真空中でやると燃え尽きずに明るく照らしつづけます。

しかし、エジソンの作った炭素電球は今の電球と比べてかなり暗いものです。その後1910年にアメリカのクーリッジによって「引線タングステン電球」が発明されました。
1913年アメリカのラングミュアーによってタングステンフィラメントの熱による蒸発を防ぐため、電球バルブ内にタングステンと化合しない不活性ガスを封入する、いわゆるガス入り電球が発明され電球は明るく、そして寿命が長くなりました。
1921年に三浦順一によって、タングステンの単一コイルをもう一度螺旋状にする、この二重コイルフィラメントにより、熱損失が減少して変換効率が上がりました。
1925年には電球の明るさが向上するとともにまぶしさが問題になり、これを解消するため、不破橘三によって、電球のガラス内部をすりガラスにした、内面つや消し電球が発明されました。
そして1959年アメリカのズブラ−が電球の石英ガラス管内にハロゲン物質を封入することにより、電球の黒化を抑制するハロゲン電球という長寿命電球を発明しました。

電球は蛍光灯に比べて始動電流が少なく、つけたり消したりを繰り返す場所の照明によく使われます。現在も様々な発明や改良がなされているそうです。
今日は電球について話しました。


2003年 7月14日 ろうそく
ろうそくって燃やしてもゴミが出ませんよね。他のものを燃やしてもゴミは出るんですけど、何故なのでしょう?

ろうそくのろうは炭素と水素からできています。燃焼する時に酸素と反応して炭素は二酸化炭素に、水素は水になります。二酸化炭素は気体ですから空気中に分散し、水はろうそくの炎により蒸発して水蒸気となって分散します。

ろうそくが燃えるとき、ろうが固体から液体に変わっていて、芯の部分ではそれが気体になっています。炎が見られるときは気体が燃えているのです。ろうそくの上部には溶けたろうのおわんが出来ています。おわんの内側は、炎がこれ以上下がると消えるところまで芯を降りていってその熱でろうは窪みますが、外回りは溶けません。ろうそくの燃料は表面張力によって炎のところまで運ばれて、そこの中心に間違い無くおさまります。炎のそばの空気は上昇気流となって動いていきます。この上昇気流が、炎やおわんが傾かないように形を整えているのです。見て美しい飾りろうそくがは、上昇気流の流れを乱すので、炎が揺らめきおわんがいびつなかたちになるためロウがだらしなくこぼれます。
(ファラデーのろうそくの科学より)

ロウソクは植物のロウや動物のロウなど、いろいろ利用されますが古代エジプトにすでにその記述があるほど、長い歴史を持つものです。日本には千年ほど前の奈良時代に伝わりましたが、高価なので、ハゼの実を煮て潰して脂肪分をとって作る木ロウが和ロウソクの主流になったようです。今のロウソクの多くは石油から取れるパラフィンでできています。

詳しくはろうそくの科学を読んだ方が良いのですけど、ろうそくは様々な技術が組み込まれています。炎の美しさや蜜ろうで作られたろうそくの香りを楽しんだりと、灯かりのためだけはないようです。他にも市販のろうそくから自分だけのろうそくを作るなんて楽しみ方もあるでしょうね。
今日はろうそくについて話しました。


2003年 7月13日 迎え火・送り火
お盆の入りである13日には迎え火を、16日には送り火をたきます。

お盆では亡くなった人たちの精霊が灯かりや煙を頼りに帰ってくるといわれています。13日の夕刻または戸外が暗くなったら、仏壇や精霊棚の前に盆提灯や盆灯籠を灯し、庭先や門口で迎え火として麻幹(苧殻=おがら)をたたきます。これが迎え火です。家によっては実際に火をたくことができない場合もあり、そうした時には盆提灯に電気で明りを点すことや明りを入れないでただお飾りするだけで迎え火とするところもあるそうです。また、地方によっては迎え火をお墓参りと同時するところもあります。

古い習慣では迎え火の火をロウソクに移して家に持ち帰り仏壇の灯明につけましたが、今では防災の問題でその灯明自体が電気式になってしまった家が多いみたいです。また、盆提灯をお墓で灯し、そこでつけた明かりを持って精霊を自宅まで導くという風習もあります。

送り火は16日の夕刻または戸外が暗くなったら、迎え火と同じところにたきます。帰り道を照らして、精霊を送り出します。送り火には「来年もお会いしましょう」と言う意味もこめられているそうです。

京都大文字山に火をたいて「大」という文字を、ともすのは送り火が大規模になったものです。また、送り火の変形として灯篭流しや精霊流しを行う地方もありますが、最近は河川の汚染防止のためにできなくなっているところも増えているみたいです。他に打ち上げ花火は精霊送りの行事であったとされているそうです。

迎え火や送り火いは祖先の精霊を迎え、送り出すという単純な行為ですが、方法の細かさがどれだけ丁寧に扱おうとしているかがわかりますね。
今日は迎え火と送り火について話しました。


2003年 7月12日 お盆
サンスクリット語の"ウラバンナ"を音訳したものを盂蘭盆会といい、これを略したのがお盆と言われています。また先祖供養の供物を乗せる「盆」のことだと言う説もあります。

盂蘭盆会とは仏教の教えです。お釈迦様の弟子が亡くなった母があの世で苦しんでいるので、その母を救うためにたくさんの施しをして供養したのが7月15日でした。
一方、日本では夏と冬に1年の始まりがあった名残で、1月と7月に祖霊のお祭りをする習慣があったそうです。これが正月とお盆で本来は神道の管轄でしたが、平安時代の神仏習合の際の妥協策として盆の行事は仏教が管轄し、正月の行事は神道が管轄するようになったと言われています。現在でもこちらの名残で7月いっぱいお盆の行事をするところもあるそうです。

お盆は旧暦の7月15日です。その為東京などでは7月13日〜16日までに行う所が多く、地方では8月13日〜16日または旧暦の7月13日〜16日に行うようです。

お盆には先祖の霊を迎えるための飾り付けをします。これは精霊棚・盆棚・霊棚などと呼ばれています。ナスで作った牛やキュウリで作った馬をお供えするところと言えばわかると思います。ナスの牛とキュウリの馬は先祖の霊が牛に荷を引かせ、馬に乗って行き来するという言い伝えによるものと、馬は先祖の霊が一刻でも早く帰ってきてもらうため、牛はゆっくり帰ってもらうというもの、「精霊がキュウリの馬に乗り、牛には荷物を乗せて楽に帰れるように」という意味が込められているものなどがあります。

盆踊りはお盆に戻ってきた精霊を慰め餓鬼や無縁仏を送るための踊りという説、お盆の供養のおかげで成仏することのできた亡者たちが歓喜する姿を表現したもの、お盆に戻ってきた精霊たちを踊りに巻き込みながら送り出すためのもの、悪霊や亡者たちを踊りながら追い出すもの、といろいろな説がありますが先祖のために踊ります。今では娯楽の要素の方が強いみたいです。

故人の四十九日の忌明け後、初めて迎えるお盆を新盆、初盆などと言います。このときのお盆は特に丁寧にしたり盛大にしたりします。また、盆提灯を親戚や兄弟、知人に贈ったりするそうです。

お盆は休みや旅行、お祭りなどと考えてしまいがちですけど、こういう意味があることを知ってもらいたいですね。
今日はお盆について話しました。


2003年 7月11日 夕立
夕立は午後から夕方にかけて降る積乱雲による雨(対流性の雨)のことを言うそうです。同じように雨が降っても朝や夜はは雷雨やにわか雨と言われるみたいです。

夕立とは局地的に激しい上昇気流が発生して積乱雲が発達し、雷を伴った激しい雨を言うそうです。夕立が起こる原因は日光によって暖められた空気が上昇気流を起こし発生するものですが、山では上空に寒気が流れ込む事によって発生するものもあります。平地は晴れていても山では雨が降るのはこれが関連していることもあると思います。

夕立は暖められた空気によって起こるものは、雨が降ることによって冷やされて上昇気流も収まるのでそれほど長く降りません。そして夏の雷雨や夕立はとても局地的で雨雲の大きさが10km程度なので雨が降る地域と降らない地域が近いこともしばしばあるみたいです。

夕立は夕方に降るからではなく、降るときに夕方のように暗くなるからという説や、激しい雷雨のことを彌降り立つ(いやふりたつ)雨と言い、この語が省略されてやふたつになりゆふだちになったという説もありました。他にもあるかもしれませんね。
今日は夕立について話しました。


2003年 7月10日
雨が良く降るこの時期、傘は手放せませんよね。今では雨具として使ってますけど、傘は日傘として始まったそうです。

傘の歴史は古く4千年前の古代オリエントが発祥らしく、当時は権威の象徴でもあったと言われています。これが周代の初めの中国で雨傘として使われるようになったそうです。中国生まれのきぬがさ(蓋)が日本にきたのは6世紀に、百済の斉明王から献上された品の中にあったものが最初だといわれています。
丈夫なんですけど水に弱い和紙に油を塗って防水した雨傘としての和傘が一般に広く使われだしたのは江戸時代の天明年間(18世紀後半)以降のことであり、それ以前の雨具といえば菅笠(すげがさ)と簑(みの)だったそうです。

そのころヨーロッパでは日傘はあっても雨傘という概念がありませんでした。ですがイギリスの商人ハンウェーが中国で使われていた雨傘から、雨のときに傘を差すようになりました。その事をきっかけとして徐々に傘を雨傘として使うようになっていったそうです。
そして19世紀初めに日本に洋傘が輸入されるようになり、やがて国内で生産がされるようになって普及していきました。

現在では和傘は昔のように生活必需品として使われることはなくなり、愛好家に趣味の雨傘・日傘、日本舞踊・演劇などの小道具、伝統行事・儀式・茶道などの道具、広告・ディスプレイ用、日本的な土産品、などの使いかたになっているみたいです。

傘の手入れとしては濡れたままにするとさびの原因になったり細菌が繁殖して嫌な臭いのもととなります、ので濡れたままにしないようにしてください。また、傘を干すときは色やけや繊維を痛める原因となりますので、直射日光が長時間当たらないようにしてください。あと、保管場所は明るくない所で褪色がおきないように。生地(ポリエステルなど)によってはビニールやポリ袋に長期間で包んでおくと変色・色移りを起こすそうですから注意してください。

愛着があればもとよりなくても傘はできるだけ長持ちさせるようにして使いたいですね。
今日は傘について話しました。


2003年 7月 9日 うちわ
暑いときにすぐさま使えるのがうちわですよね。今では風をおこすために使われるのがほとんどですけど昔は違ったみたいです。

うちわの祖先は弥生時代後期から登場しています。このころは風をおこすためのものではなく、顔を隠す・儀礼用具・日除け・風塵よけとして使用されていたそうです。他にも権威の象徴としての使用法もあったみたいです。

竹の骨に紙を貼った現在の形のようなうちわが登場するのは室町時代の終わり頃だといわれていて、江戸時代になって竹細工や紙漉きが盛んになってうちわが大量に作られ、広く普及していったそうです。その中で浮世絵や木版摺りの技術を取り入れて、歌舞伎役者の似顔絵や美人画に風景画などを描いた絵うちわも広まっていったそうです。

うちわは今ではなくても良いかもしれませんけど、あると便利ですよね。ちょっとだけ涼みたいときなどは扇風機やエアコンより手軽で場所を選びませんからね。
今日はうちわについて話しました。


2003年 7月 8日
簾(すだれ)は割り竹などを荒く編みかけ垂らした簀(す)の事で、もともと床に敷いたむしろを垂らした事から始まるそうです。

簾は平安時代に寝殿造り内部の間仕切り用として活用されたのが始まりで、御簾と呼ばれています。この御簾が簡素化したものがひろまるとともに内用と外用とが区別されるようになりました。今では外用のものが一般的な簾と認識されているみたいです。

外用の簾は窓の外に日陰を作ります。以前の日本の家屋では軒が深く、簾によってできる日陰はかなり広い範囲になります。そして日陰と日向で温度差が生じて空気が流れるようになり風が吹きます。
内用の簾は日よけ・風通し・目隠し・間仕切りなどの用途があります。他に涼しく見えるように模様替えをしたり、不要なときは巻き上げて室内や視界を確保できるようになっています。
現在でも直射日光を防いでエアコンの冷房効率を上げたりするのにも使われていて、インテリアとしての利用もあるみたいです。

簾はしまう時は洗剤で水洗いして、よく乾燥させて紙に包みます。カビに弱いので注意しましょう。
今日は簾について話しました。


2003年 7月 7日 七夕
七夕のときは雨が降りやすいですね、これは七夕は旧暦での七月七日を指しているからで、本来は梅雨が明けきらない七月ではなく八月に行われる行事なんです。今でも旧暦の日付で七夕をしているところもあります。ちなみに今年は八月四日みたいです。

天の川の東に、機織に励んでいる女性織姫(織女星)がいました。ある日天帝が、西の岸にいた彦星(牽牛星)と織姫を夫婦にしました。しかし、織姫は新婚生活の楽しさに機を織る仕事をやらなくなったので、天帝は怒って織姫を東の岸に追い返してしまいました。ただし、天帝は年に1度だけ二人が出会うことを許しました。そして七月七日のこの日に限り、カササギが天の川にかける橋を、織姫が渡って彦星と会う事を許されたのです。
というのが中国の七夕伝説ですが、昔の日本では夫と妻が離れて住んでいて夜に夫が妻のところへ通う結婚形態だったので、彦星が織姫に会いにいくという形になっています。

七夕は織女星の伝説が結びついていて、布を織る機に棚がついていたので、それを棚機(たなばた)と呼び、これが転じて七夕を「たなばた」と呼ぶようになったと言われるもの。
それと旧暦の七月七日は雨の少ない時期で、天の川に祈れば雨が降って豊作になるという雨乞い信仰から始まったと言われるもの。
日本には棚機女(たなばたつめ)という巫女が、水辺で神の降臨を待つという農村の禊ぎ(みそぎ)の行事があったと言われるもの。
これらが混ぜ合わさったものが日本の七夕とされています。

それと竹に願い事を書いた短冊をつるすのは、七夕祭に祈りをささげれば布を織るだけではなく、どんな技術も字を書くことも上手になるといって、七月七日の早朝に朝露で墨をすって短冊に詩や短歌などを書いたのが始まりみたいです。

七夕はアジア一帯にそれぞれ流れは少し違いつつも七月七日に会える七夕型の話や、これも話の流れが違ったりしますが星が天女となって舞い降りる七星型の話になって伝わっているみたいです。日本でも地域によって様々な形になっていて、例としてねぷた祭りなどが挙げられます。

今日は新暦ですから晴れててもあまり星が見辛いんですけど、本来はもう少しあとですから旧暦で祝うのも手でしょうね。
今日は七夕について話しました。


2003年 7月 6日 打ち水
水に対して日本人は冷たい・涼しいといったイメージを持っていると思います。

打ち水は周辺の温度を下げたり湿度を高くするために、鉢植えのまわりの地面に水をまくこと。一般にはほこりを鎮めたり暑さをやわらげるため、道や庭先などに水をまくこと。また、その水。
とあります。水が蒸発する時に熱を奪う性質を利用したもので、涼しい風が通るようになります。また水の音が涼しさを感じさせてくれます。
水をまくのは一般では朝夕の日が高くない時間帯や日陰にまきます。日の当たる所にまくと水蒸気が熱を持つので逆効果になります。

打ち水は最近ではしない方が増えてますけどかなり伝統を持っていて、茶の湯の方では心遣いなどとしても残っているみたいです。他にも残っているかもしれませんね。

打ち水をして涼しい風と風鈴の音色を感じながら麦茶で、と過ごしてみてはいかがでしょうか?
今日は打ち水について話しました。


2003年 7月 5日 麦茶
夏のお茶と言えば麦茶です。麦茶は夏のお茶というわけではないんですけど、5・6月に刈り入れされた直後の新麦を焙じたのが香ばしく美味しかったことから夏に良く飲まれるようになったみたいです。

麦茶は体に優しい飲み物です。刺激物質であるカフェインが全く含まれてない事、お茶の渋み成分のタンニンが比較的少ない事、麦茶の香ばしい香りにリラックス効果がある事、血液をサラサラにして血行をよくする事、胃を保護し胃粘膜を修復する効果がある事、体の熱を冷ます作用がある事、抗酸化物質や糖尿病の合併症の進行を抑える物質がある事などからです。

麦茶の作り方としてお湯から煮出す方が良いそうです。水の状態からですと麦を長時間煮詰めて麦本来の成分が変化してしまうからです。同様に煮出す時間も7〜10分にしてください。
飲むときは5〜10℃で冷やしすぎて胃に負担をかけないようにしてください。あと麦茶は腐りやすいそうですから2・3日くらいで飲みきる量にしましょう。

暑いときに冷えた麦茶はとても美味しいですよね。ですけど飲みすぎて体を冷やさないようにしましょう。
今日は麦茶について話しました。


2003年 7月 4日 風鈴
風鈴はかなり古い時代からありました、最近は聞く事が減りましたけどたまに聞く事がありますよね。

風鈴は中国で吉凶を占う道具として使われていて、仏教と共に渡ってきたと言われています。日本では厄除け・魔除けの道具として利用されていたそうです。江戸時代末期になってからガラス製のものが庶民に出回るようになりました、それ以前は庶民に手が届かないもので風琴と呼ばれ珍品として扱われていたそうです。風鈴はガラス製のものの他に金属・陶器・木・木炭・貝殻・石などあります。

風鈴の音色は涼しさを感じさせるだけでなく、手作りの風鈴には1/f揺らぎがありリラックスさせる効果もあるそうです。伝統ある風鈴は職人が丁寧に作り上げたもので、微妙に色・形・絵柄・音色が異なり、それぞれが優しく包み込んでくれるそうです。

たまにはエアコンなどでなく風鈴の音色で涼んでみてはいかがでしょうか。
今日は風鈴について話しました。


2003年 7月 3日 扇風機
扇風機はただ風を送るだけですが人によってはそれだけで夏を過ごせます。

液体がが気体になる時に熱を奪います。これを利用して汗を蒸発させるのが扇風機です。また、以前話した体感温度で風速が大きくなると温度が低く感じるようになることも利用しているでしょう。
ちゃんと冷やすようにできているのですから、扇風機によって体温が下がりすぎる事があります。扇風機の風を長時間当たり続けると、体温調整機能を失って皮膚表面からの水分放出が撹乱され体温に変調をきたしたり脱水症状を起こすことがあるので注意が必要です。ですから寝るときは切るかタイマーで時間を調節するようにする事と、首振りの状態などにして直接風に当たらないようにしましょう。

扇風機は簡単な換気に使えたり、冷暖房時の空気の循環を促したり、壁に風を当てて結露対策に湿気取りなどにも使えます。また、近年1/f揺らぎ機能のついた扇風機もあって心地よく感じるそうです。

扇風機を上手に使って夏を快適に過ごしたいですよね。
今日は扇風機について話しました。


2003年 7月 2日
暑いと汗をかきますよね、でも汗は暑いときだけ出るわけではないんです。

汗は暑いときや運動をしたときに体温調節のために出すもの、感動したときや興奮・緊張したときに出るもの、料理を味わうとすぐ出るが食べ終わるとすぐにひくもの、常時皮膚を潤すものとあります。また良い汗と悪い汗とがあります。
良い汗は体の貴重な成分(ミネラル)が汗に含まれていないため水に近く、すぐ乾いて体温調節してくれる汗です。悪い汗は体の貴重な成分(ミネラル)が含まれたままで、大量に出ますが乾きにくく体温調節があまり上手にいかない汗です。

良い汗をかくには汗をかく汗腺を鍛える事です。汗腺を鍛えるには汗をかくようにすることで、運動や入浴・サウナに熱い物を飲んだりすることで汗をかくようになります。逆に汗をかかなければ汗腺は衰えていきます。冷房や運動不足から汗をかかなくなるので注意するようにしましょう。

また、汗は臭いと思う方は結構いると思います。体全体でかく汗はあまり臭いがありませんが、汗が多く出ると雑菌繁殖を助長してときには臭う事もあります。
それよりもわきの下、外陰部・へその周囲や耳の中の汗の方が臭うとされています。ここので出る汗は蛋白・炭水化物・脂質・アンモニアなどが含まれていて、これらが分解されて放出されるときに臭います。この臭いには臭う場所を清潔に保つ事と、風通しのいい衣服や姿勢などで汗の蒸発をよくする事が良いとされています。

また、汗を一時的に止める方法があります。両側の乳房の上あたりの皮膚を強く痛いほどつねってみると上半身の汗が止まります。右の脇の下から5センチの所を押さえると右半身の汗が、左の脇の下から5センチの所を押さえると左半身の汗が止まります。左右の腰を押さえる事で下半身の汗を止められるそうです。ただし他の場所でその分汗をかくようになるので注意を。

これからまだまだ暑くなりますから良い汗をかいて夏を乗り切るように頑張りましょうね。
今日は汗について話しました。


2003年 7月 1日 夏風邪
「夏風邪は馬鹿しかひかない」と言う言葉があります。エアコンが普及する前はお腹を出したまま寝たり、冷たいものを飲み過ぎたりした結果体を冷やして風邪をひくので馬鹿しかひかないと言われるようになったそうです。

現在ではエアコンの普及により空気が乾燥して、さらに外気温と室温の差が激しいので体に負担がかかり抵抗力も落ちます。他に体の抵抗力が落ちる原因として暑さによって食欲がなくなる、汗をたくさんかくなどあります。
予防としてはうがい手洗いに体を冷やさない事、汗を良く吸収する寝具で寝冷えをしないように、最後に規則正しい生活でストレスのないようにするのが効果的だそうです。
夏風邪の原因のほとんどはウィルスです。喉を痛めるものと胃腸障害を起こすものに分かれるそうです。基本的に夏風邪は一週間程度で収まります、それ以上長引く場合はこじらせていたり他の病気にかかっている場合があるので病院などできちんとした診察をするようにしてください。
夏風邪にかかったら良く食べて良く寝るのが一番なのですが、食欲がなければ消化に良いものを食べるようにしてください。あと水分補給は脱水症状が起こる可能性があるのでこまめに摂るようにしてください。夏風邪は体力の低下が原因ですから、かかったらできるだけ休むようにしてください。

風邪にはスポーツなどで抵抗力をつけて対抗するのも手ですね。
今日は夏風邪について話しました。


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