topに戻ります

実習日誌 実習記録 課題研究 実習ノート 教育実習生 実習校 指導案 研究授業用指導案 授業 研究授業 実習期間 実習終了までにする事 教育実習の意味 梅雨 紫陽花 和菓子  ジューンブライド 水芭蕉 父の日 サクランボ 枇杷  トマト 紫蘇 ニラ タデ アスパラガス 時計草 桔梗 

2004年 6月30日 桔梗
桔梗(キキョウ)は秋の七草として入っているので、秋の草と思われがちですが6月〜8月上旬頃までが花期で数週間で終わりになります。

キキョウ科の多年草草本で学名をPlatycodon grandiflorumと言います。秋の七草の一つで、漢名の「桔梗」を音読みした「ききょう」です。別名は「桔梗(きちこう)」です。万葉集に出てくるあさがおはこの桔梗の事だとも言われています。
古くから観賞用として栽培されていて、切り花として利用されていました。江戸時代には多くの品種が作られていて、白花、八重、渦、紋、綿、二重などが知られています。

丸い茎に柄のない長円形で葉は互生して、披針形で裏面はやや白味を帯びています。花は茎の先端につき、ときに枝分かれした花茎につき、5裂した広い鐘形で紫色(たまに白色 )です。根は白色で太く、少し横縞があり、長い紡錘形で真っ直ぐに地中にのびています。

漢方では太い根を干してせきやのどの薬にします。また、この薬用成分のサポニンというものは接種し過ぎると吐気を催す事がありますが、適量では気管の分泌物の促進と泡立ち作用で、界面活性効果があり痰が出やすくなるので、古くから去痰・鎮咳の薬草として用いられています。
また、桔梗の葉や茎を折ると白乳液が出ますが、この白乳液を山で漆(うるし)にかぶれたときに塗布すると良いみたいです。白くて太い桔梗の根は、漬け物や山菜として食用にしますが、アクが強いので根を流水中に数日間浸して、外皮を柔らかくしてから外皮を取り去って食用にします。他に根は漬物にして用いる事もあります。

桔梗は昔から武士に好まれたみたいで、家紋に取り入れられたり、江戸城には「ききょうの間」や「桔梗門」の名前があります。
8月12日と9月2日の誕生花で、花言葉は「清楚、気品」です。
今日は桔梗について話しました。


2004年 6月29日 時計草
時計草は初夏から秋にかけて、6〜10月頃までが花期なようです。

ブラジル原産でトケイソウ科トケイソウ属のつる性宿根草です。学名をPassiflora(トケイソウ属)caerulea(青色の)と言います。別名をボロンカズラやパッション・フラワーとも言います。
パッションは「the Passion=キリストの受難」の事です。十字架にかかるキリストから連想されたようです。

雌しべは黒紫色で、3本に分かれて時針・分針・秒針のようです。雄しべは途中まで雌しべと合生し、葯は太い花糸の先に付いているのですが、固定されてないので回転します。この時計盤のような咲きかたをするので時計草と呼ばれています。
つるは数mにも伸び、葉は掌状で5〜7深裂、互生してつきます。花は鐘状で径7〜10cmと大きく、わずかに香りがあります。
雄しべの下にはたくさんの細い糸状のもの(副花冠)があり、この科の特徴です。この副花冠は4列あり、中心部のものは雌しべに沿い、その外側に短いものが1列、そして外側に長い副花冠が2列(100本以上)あるそうです。
副花冠は根元が濃紫色を帯び、中程は白色先端は淡い青紫色となっています。花弁は10枚のように見えますが、5枚が花弁で、残り5枚が萼片です。複雑な構造の花で、朝開いてほぼ1日で閉じます。

クダモノトケイなど実を食用にするものはパッションフルーツと呼びます。ビタミンAやカリウム、葉酸、βカロテンなどを沢山含んだ栄養豊富で、多汁で甘酸っぱい香りを持っていて生食やジュースに利用されます。

時計草の花言葉は聖なる愛、宗教、信仰する、で7月12日の誕生花です。一目見ればそうそう忘れない時計草、皆さんもこの不思議な花を見れると良いですね。
今日は時計草について話しました。


2004年 6月28日 アスパラガス
秋から正月にかけては出回ってませんが、長い間出荷されている野菜です。旬は5〜6月で他に時期には輸入ものが出回ってます。

アスパラガスは紀元前から栽培されていたと言われ、ヨーロッパから西アジアに自生していた昔から利尿剤や鎮静剤として利用され、食用というより薬用として使われていたようです。日本へは、江戸時代にオランダ人によって長崎に伝えられました。
若芽をそのままのばした緑色のものをグリーンアスパラガス、 土を盛って光を遮り、やわらかくした白いものをホワイトアスパラガスと呼んでいます。ホワイトアスパラガスは缶詰に加工されますが、近年はグリーンアスパラガスが主流になっています。

元は同じですが、ホワイトよりもグリーンの方が日光を浴びている分、栄養豊富です。 低カロリーでビタミンA、B、亜鉛を多く含み、眼精疲労や味覚障害に効果があるといわれています。アミノ酸の一種「アスパラギン酸」はアスパラで発見されて生体内で重要な働きをするとされ、疲労回復に効果があると言われています。
穂先には高血圧を予防すると言われる「ルチン」が多く含まれカロチン、ビタミンB2、繊維質も比較的多くあります。若い茎はビタミンAとアスコルビン酸に富み、かつては薬として利用されてました。

アスパラガスを買う際は鮮度が大切です。古いものは頭が腐ってきます。次は根元を見る事です。足元がみずみずしく光沢のあるものを選びましょう。汁が垂れているものは心配ありません。古くなると水分がとんでしわっぽくなってきます。全体的に肉圧で緑色が鮮やかなものが良いそうです。
保存する際は、ぬれ新聞で包んで乾かないようにして冷蔵庫に入れるのがいいでしょう。また、長期保存するなら色が変わる程度に、サッとゆでて冷凍保存すると生のまま冷蔵庫に入れておくより栄養や香りが長持ちするそうです。

新鮮な生食用のホワイトアスパラガスは甘いそうですが、アスパラガスは時間がたつと苦味が出てくるので早めに食べたいですね。
今日はアスパラガスについて話しました。


2004年 6月27日 タデ
「蓼食う虫も好きずき」のタデ(蓼)ですが、6月あたりが旬なようです。

タデは日本・中国・台湾が原産地の一年草で、葉に辛味や苦味があるのが特徴です。食用になるタデは全てヤナギダデの品種または変種で、利用法によっていろいろな名があります。いずれも葉、茎に特有の刺激のある辛み成分があり、和風香辛料として用います。
刺身のつまにする芽ダデには紅タデ、青タデの二つがありますが、紅タデはヤナギタデの、青タデはヤナギタデの変種のアオタデやホソバタデの本葉が出る直前の子葉を収穫したものです。本葉の葉形から笹タデとも呼ばれる青タデの本葉や若芽をすりつぶしたり刻んで二杯酢とあわせた「タデ酢」は焼魚、特に塩焼きには欠かせないとされています。エドタデの別名をもつアザブタデは麺類の薬味として使われたり、魚料理に添えて使われます。さらに葉の細いイトタデも同じように用いられるそうです。

ちなみに犬蓼など、頭に犬がつくもののほとんどは「食用にならない」と言う意味を持っています。犬蓼は辛味がなく食べられない蓼です。
タデは薬草としては主に煎じて飲んだり、葉のもみ汁をつけたり、乾燥させて扮末にしたものを飲むのですが、その効能には幅広いものがみられます。
煎じて飲む方法では暑気あたり・日射病によく効くとされて、煎じてうがいをすると扁桃腺炎や口内炎、歯ぐきの腫れもおさえます。干しタデに甘草を加え、粉末にして煎じると腹痛もおさまります。また、こむらがえりも煎じ汁にひたせばよいと言われ、濃く煎じた汁で温湿布すると、うち身や肩こりにも効くとされています。
葉の絞り汁も塗れば痛風も治し、耳の穴に虫がはいった時は、絞り汁をちょっと入れてやると虫が出て来るとか、すりつぶした葉を足に塗れば疲労がとれ、額に塗れば鼻血も止まるとまで言われています。
タデには虫よけの効果もあり、乾燥させたものを床の下に敷けばノミがつかない、とか小麦などの殻物にも使えます。干しタデをまぶしてふたをすれば虫がわかないと言われます。虫を寄せつけないうえに毒素を消すカもあるので、蜂やムカデなどの毒虫に刺されたら、葉をもんで貼るとよいと言われています。また、ゴマ油で葉を焼き、その燃えかすを油で溶いたものも同様の効き目が期待できます。
陰干しして粉末にし、柿渋で溶いたものはや火傷や灸の痛みもおさえ、同じものをゴマ油で溶けば、腫物あとに毛が生えない時に塗るとよいとされます。さらに鎮静効果もあり、根を刻んで酒に浸したものを飲めばイライラもおさまります。茎や葉を刻んだものに湯を注ぎ、その中に浸せばしもやけにもよく、体も暖まります。

タデは古くから香辛料として使われてきました。細かく刻んで他の料理と組み合わせると辛味があって風味の良いさっぱりとした和風のものができます。栄養価も高いのでなるべく食べてみるといいかもしれませんね。
今日はタデについて話しました。


2004年 6月26日 ニラ
ニラは5月中旬〜10月が旬で、刈り取った株から再び新芽が伸び、一株で4〜5回は収穫できる強い生命力の持ち主です。

ニラは東南アジア原産でネギと同じユリ科の多年草です。葉は細長く平べったい形でやや肉厚です。長さは20〜30cmで直立し、特有の香りがあります。英語ではChinese chiveと呼ばれ、欧米では現在もほとんど栽培されていない野菜です。
日本での歴史も古く、古事記や日本書紀にも記述があり、万葉集には「久々美良(ここみら)」として登場しています。この「みら」が変化して「ニラ」と呼ばれるようになったという説もあります。また、その栄養価の高さから「起陽草」という別名もあります。他に計美良(ケミラ)、加美良(カミラ)、古美良(コミラ)とも呼ばれるそうです。
ニラは色や食用する部分によって「葉ニラ」「黄ニラ」「花ニラ」に区別されます。「黄」や「花」といっても、その種類があるのではなく、成長過程や栽培方法で区別されているだけです。ニラの種類としては国内栽培のほとんどが、グリーンベルトと呼ばれる品種が店頭で販売されています。他に大葉のタイリョウもあります。

ニラは「韮」という字を当てますが、多年生なので「久しい」の意味に通じるそうです。中国では強壮効果が古くから認められ、長命の象徴とされてきました。
食物繊維の豊富なニラには整腸作用があり、また生命力の強さから、疲労回復や精力増強に効果のあるスタミナ野菜です。また、ニラには独特の刺激臭があり、殺菌作用や消化酵素の分泌を促す働きがあります。
さらに、ニラには疲労回復の効果があるビタミンB1が豊富に含まれており、その効力を長続きさせる硫化アリルという成分も含まれています。他にカルシウム、鉄、ビタミンA、B2、Cなども多く含まれ、生活習慣病予防に期待ができます。

ニラは葉先が折れないでピンと立っているもの、葉の色が濃くて幅広なものを選ぶのが良いそうです。
傷みやすいので早めに使い切るのが一番ですが、保存する場合は洗ったものをペーパータオルに包むか、紙に包んで冷暗所で保存します。または、ポリ袋に入れて野菜室に冷蔵します。葉が折れてしまうとビタミンCなどの栄養素も損失してしまうので、取り扱いは丁寧にしましょう。
ニラは下ごしらえ不要でそのまま使えて、料理も簡単、時間もかからない食材です。加熱すると匂いが和らぎます。ニラの香り、甘み、歯ざわり、栄養を生かすには、油を使った料理で、炒める場合も火を止める寸前に入れてサッと火を通す程度がよい。あまり火を通すと、グッタリして色も風味も落ちてしまいます。

旬のニラを安く美味しく食べて、栄養を十分に摂って夏を乗り切るようにしたいですね。
今日はニラについて話しました。


2004年 6月25日 紫蘇
紫蘇(シソ)の中で青葉は年中出まわりますが、本来は初夏から盛夏が旬です。赤葉は6〜7月が旬で、この時期以外はほとんど出回りません。

中国では古くから栽培されたとされ、青葉は「斉民要術」荏の頃の蘇は荏の類とある記載を紹介しています。日本への渡来も非常に古く、各地の縄文時代の遺跡からは紫蘇種実の出土例があり、新潟県下では約2千5百年前の土器とともに紫蘇の実が出土したのが記録されています。
いくつかの古書には、蘇は和名を以奴衣(イヌエ)、乃良衣(ノラエ)、奴加衣(ヌカエ)などの記載があります。また「種子の色の黒いものは蘇(ソ)という、白いものには和名を衣(荏エ)という」と記載もあります。
紫蘇は青蘇、白蘇とともに蘇の一種とされ、香気爽快で食欲をすすめ、人を蘇らすのでこの名があるという説もあります。

紫蘇の種類は大きく分けると、葉が緑色をした青紫蘇と、紫色をした赤紫蘇に分けられます。「紫蘇」という漢字からもわかるように本来は赤紫蘇で、青紫蘇はその変種になるそうです。成長段階に応じて、芽や葉、花、実まで、すべてが利用されます。
青紫蘇、別名を大葉と言います。爽快な香りがあり、刺身のつまのほか、天ぷらや麺類の薬味等に利用されます。品種により葉の縮れ方が違います。
赤紫蘇。出回り時期は6〜7月頃で、葉は赤みを帯びた緑色になり、品種により縮れ方が異なります。梅干しや紅しょうがの着色、漬け物等に利用されます。
芽紫蘇(めじそ)は紫蘇の若い芽です。青紫蘇の双葉を青芽(あおめ)、赤紫蘇の双葉に本葉が出たばかりのものを紫芽(むらめ)と言います。青芽、紫芽ともに刺身のつまや薬味に使います。紫芽は紅たでに似ていますが、紅たでよりも一回り大きく、裏が赤くて表が緑色をしています。
花穂紫蘇(はなほじそ)は紫蘇の穂を、花が3割ほど開きかけた状態で収穫したものです。薄紫色の色合いが美しく、刺身のつまや料理のあしらいに使用されます。
穂紫蘇(ほじそ)は花が落ちた後、実が未熟なうちに、穂先を5〜6cmに切り取って収穫したもので、束穂ともいいます。刺身につまとして添えたり、実をしごいて醤油の香りづけにしたり、そのまま天ぷらにしたりします。
しその実は扱穂(こきほ)とも言い、花穂が成熟して実を結んだものです。指ではじいて香りを出し、煮魚の香り付けにしたり、塩漬けや佃煮に加工されたりします。

紫蘇は赤いアントシアン系色素の有る無しによって、赤と青に分けられますが、カロチンが赤紫蘇に少ない他は、青紫蘇と赤紫蘇の成分は似ています。栄養価が高いのは青紫蘇で、薬効があるのは逆に赤紫蘇の方だと言われています。
ビタミン類、ミネラル類を多く含み、香り成分との相乗効果で、古くから薬用として広く用いられてきました。β-カロチンが大量に含まれるほか、ビタミンB群のうちB1、B2、B6、ビタミンC、E、Kも多く、ナイアシンも含みます。また、カルシウムが豊富なほか、鉄、カリウム、マグネシウム、亜鉛なども豊富です。
従来よりよく知られている殺菌、防腐作用のほか、異常に働いていた免疫力を正常にもどす働きがある事が最近の研究によりわかってきて、アレルギー抑制効果が期待できるそうです。
紫蘇の独特の香り成分は、ペリルアルデヒドやリモネン、ピネンなどです。なかでも成分の半分以上を占めるペリルアルデヒドはシソアルデヒドとも呼ばれ、強い抗菌作用・防腐効果があります。刺身のつまや料理のあしらい、薬味に欠かせないのはこのためです。食中毒を予防するほか、消化酵素の分泌を促し、食欲を増進させて胃の調子を整える作用もあります。
紫蘇はカロリーが低い上に栄養価が高いので、サラダなどのダイエット食には最適です。また、カリウムを多く含み、利尿・発汗を促して、水分代謝を良くする働きがあるので、水太りの解消に効果があります。

紫蘇は色鮮やかで、葉がみずみずしく、葉先までピンとしていて、香りのよいものを選びましょう。大きくなりすぎたものは、味も香りもあまりよくありません。表面が乾燥しているもの、傷のあるもの、軸の切り口が黒く変色しているもの、葉が茶色くなっているもの、黒い斑点が出ているものは避けてください。
花穂紫蘇を選ぶ時は、あらかじめ蕾(つぼみ)の多いものを選んでください、生花とは違い、すぐに花が咲いてしまいます。梅干し用の赤じそは、葉の裏が赤いものを選びます。
紫蘇を保存する時は空気に触れさせない事と、水分を十分に保つ事が、みずみずしく長もちさせられます。鮮度が落ちると、香りが悪くなるので、できるだけ早く使いきります。水で湿らせたキッチンペーパーに一枚ずつはさんで、密閉容器やポリ袋に入れ、冷蔵庫の野菜室で保存します。1週間ぐらいもちます。容器に水を入れ、切り口を浸して、冷蔵保存しておいてもよいでしょう。
使わない分は、よく洗い、よく水をきって、1枚ずつラップに包んで冷蔵保存しておきます。千切りにして1回分ずつ分けて凍らせておくのも便利でしょう。長期の保存には、熱湯をさっとかけて、しょう油漬けにしておくという方法もあります。

紫蘇は薬用や香味用食品として現在まで各地で栽培されてきました。古書では「血行をよくし、寒を去り、内を温め、風邪を去り、痰を消し、肺を利し、喘を安く、胃を開き、食を進め、胎を安くす」と薬効を説明しています。
ただし、もともと紫蘇は大量に食べるものではないため、ビタミンの供給源としては弱いです。また、紫蘇の葉をつみ取るとき、人によっては皮膚にアレルギー症状を起こす事があるので注意が必要です。

これから風邪や食欲減退、食中毒に対してきっと良い効果をもたらしてくれる紫蘇。上手に使って暑い夏を乗り切りましょう。
今日は紫蘇について話しました。


2004年 6月24日 トマト
トマトは高温多湿にも低温にも弱くて日本の気候では栽培しにくく、 ハウス栽培や雨よけ栽培でこれらの気候を乗り切ったものが出荷されています。
今でこそ1年中食べられますが、本来の旬は初夏から初秋にかけてです。

南米のアンデス高原(標高3千mの高地)が原産で、紀元前千年頃には栽培されていたという説もあるようですが、一般には10世紀ごろメキシコに持ち込まれた野生種のトマトが栽培化されたという説が有力です。
1530年頃にスペイン人の航海家によってジャガイモと共にヨーロッパにもたらされました。最初は観賞用として栽培されていましたが、 1600年頃から南欧諸国で煮物やケチャップとして食用にされるようになります。
日本には17世紀に持ち込まれて紹介され、ヨーロッパに持ち込まれた時と同様に最初は観賞用でした。 明治時代に入って食用と認められたものの、強いトマト臭が嫌われて外国人用として極一部に作られただけでした。食べられるようになったのは、大正から昭和にかけて洋食屋などで大衆化したトマトケチャップを使ったチキンライスやオムライスからです。ケチャップでトマトの味を知り、それから生食に進んだと考えられています。
トマトが大衆野菜として消費されるようになったのは、戦後からです。消費が伸びる一方、多くの品種が登場して全国各地に産地ができました。消費量が急激に伸びたのは、食生活そのものの変化と無関係ではありません。米中心の食生活から動物性タンパク質や油脂を多く取る欧米型食生活に変化するにつれて、トマトの需要も増えて行きました。脂肪のしつこさに対しトマトの酸味と、トマトに含まれる香り、ペクチンなどが互いに引立て合うからだと考えられています。

食用になる野生のトマトがメキシコの密林の中や水辺に生えています。このメキシコの野生トマトは実に美味しく、糖度は普通のトマトの五割増しの8度もあります。この美味しさを、メキシコの人は「空を飛ぶように旨い」と表現します。乾燥高原生まれのトマトが熱帯メキシコの水辺で育っているのは随分と不思議な事ですが、この様なトマトの環境に適応する力の強さ、生命力が世界中に広がった要因の一つでもあるようです。
アステカ人はトマトのことをトマトル(膨らむ果実)と呼んでおり、それがトマトの語源となっています。メキシコでは「トマト」の事を「ヒトマテ」と言い、「トマテ」は食用ほうずきの事です。
日本に渡来した当時は唐柿(とうがき)や、赤茄子と呼ばれていました。ナス科トマト属なのでナス科ナス属と似てはいます。蕃茄(ばんか)は中国名ですが日本でも呼ばれる事があるそうで、また、洋茄子と書く事もあるそうです。
ヨーロッパでも様々な呼び名があり、フランスでは「愛のリンゴ」、ドイツやイタリアでは「天国のリンゴ」の名で親しまれているそうです。

トマトは市場の大部分占める桃太郎、水をほとんど与えない方法で栽培される糖度の高いフルーツトマト、飛行機の機内食用に栽培されていたものが家庭菜園で急速に普及したプチトマトなどがあります。ちなみに酸味も匂いも強い赤色トマトは、主に水煮やジュースなどの加工品として使われています。
トマトを生で食べるときには充分に冷やすと、生ぬるい時の青臭さが気になりません。皮は、「湯むき」という方法でむきます。トマトの頭に包丁で十文字を浅く入れ、フォークにさしてから熱湯の中で5回ほど回し、すぐに冷水につけて水の中で皮をむきます。湯むきをすると口当たりが良くなって、ドレッシングともからみやすくなり、上品な味わいになるそうです。種を取る時は横半分に切り、指先かスプーンでかき出すと形を崩さずにきれいにできるそうです。
選び方としては、全体に形よく、かたく締まりつやがあるもの、赤く丸みのあるものが良質。角張ったものは中が空洞のことがある。ヘタの部分が緑色で、生き生きしたものが良いそうです。
また、ヘタの部分で丸っこく全体に張りがあり、重みのあるものが美味しいトマトです。四角っぽいトマトは中に空洞がある事が多いようです。ひび割れのあるのものは避けましょう。
保存は5℃前後で保存するようにしますが冷やしすぎは禁物です。常温で置いておくと成熟が進むので、熟れすぎをとめたい場合にはポリ袋にいれて冷蔵庫で保存します。長期間保存したい場合には、ピューレやペーストなどにして冷凍するのが良いそうです。

ヨーロッパでは「トマトが赤くなると医者が青くなる」とか「トマトのある家に胃病なし」と言われるほど健康によい食品とされています。
旨み成分のグルタミン酸が多く含まれていて、アスパラギン酸も豊富です。また、酸味が胃液の分泌を促し、タンパク質などの消化を助けます。ビタミンA、Cも豊富に含んでいて、 脂肪の代謝を円滑にするビタミンB6や、食物繊維のペクチン、毛細血管を強化するルチンも含んでいます。 トマトの赤い色は「リコピン」と呼ばれる色素で最近強力な抗酸化作用がある事がわかり、ガンや動脈硬化の予防にと話題になっています。
トマトジュースは完熟トマトを加工するので、薬効がかなり期待できますが、塩分が含まれている場合もあるので注意しましょう。

トマトは美味しいだけでなく、病気の予防や美しい肌を作る手助けをしてくれる食材です。太陽をたっぷり浴びたトマトは、浴びてないトマトに比べてビタミンAやCが倍近く含まれているそうです。もちろん、美味しさも浴びている方が上なようです。
今日はトマトについて話しました。


2004年 6月23日
李(スモモ)は種類が多く、6月中旬から8月にかけて市場に出回ります。その種類によって旬が少しずつずれています。

李はバラ科で学名をPrunus(サクラ属)salicinaと言います。別名で酢桃、プラム、ソルダムなどの名前で有名です。中国原産で古くからあり、万葉集にも登場しています。
日本での李の歴史は古いのですが、酸桃として軽んぜられてきました。明治初年頃に米国から輸入された実生やサイモンスモモ、米国種などの交配により多くの生食優良品種が作られました。現在の主要品種の多くは米国から逆輸入したものです。
世界における李の栽培種は、東欧諸国や米国西部などの夏乾燥帯に主に乾果用として栽培されるヨーロッパスモモの品種。中国や日本などの夏湿帯に適するニホンスモモに属する品種群の2種類に大きく分けれます。

プルーンは西洋李の一種で果皮は赤紫色で果肉は黄色です。肉質が堅くて果肉は核と離れやすい事から主に乾果として出回っています。スモモやプルーンは体にやさしい健康的な果物として注目を集めています。
李はビタミンとミネラルの宝庫と言われ、特にビタミンA、Eは果物の中でも含有量の多い方とされています。プルーンは全体的に李よりもビタミン、ミネラルが多く含まれているようです。また、ポリフェノールも含まれているそうです。
昔から「プラムは食べ過ぎてもお腹をこわさない」とされ、整腸作用もあるそうです。
李は赤紫色に熟したものが甘くて香りよく、美味しいとされています。人によってはもっと早い時期の少し酸味のある方が良いという人もいます。皮が深紅色に熟して柔らかいのは、果汁が多くて甘く、皮が緑色でかたいものは酸味のあるしゃきしゃきした歯ざわりが楽しめます。

李はかつて酸味の強さから酢桃と言われていましたが、最近になって初夏の果物として認知されて食べられるようになってきました。私たちも旬の李を食べるようにしたいですね。
今日は李について話しました。


2004年 6月22日 枇杷
枇杷(ビワ)はハウス栽培が盛んで2月下旬から出回っていますが、露地栽培のものは5・6月限定と言われる、初夏が旬の果物です。

原産地は中国と日本ですが、現在食用にしている枇杷は中国から江戸時代末期に伝えられたそうです。日本でそれまでは病気の療法として奈良時代から「枇杷の葉」が使われていたのです。
バラ科の常緑喬木で学名をEriobotrya(ビワ属)japonica(日本の)と言います。Eriobotrya は、「erion(軟毛、羊毛)とbotrys(葡萄)」で表面が白い軟毛で覆われた実が、葡萄のような房になる事から来ています。
葉の形が楽器の琵琶(びわ)に似ているところから名づけられ、「枇杷」の字は漢名からです。ちなみに楽器ができる前は名前がなかったそうです。花は11月〜12月末まで咲きますが白い地味なもので気付きにくいそうです。

果肉が厚く、甘味が強く50gほどの実になるのが「茂木枇杷」です。茂木より大きく70gほどの大きさになるのが「田中枇杷」です。この2品種が生産量の80%を占めていると言われています。
枇杷は捨てるところがないと言われています。枝・葉・根・茎は薬として使われ、果実は果物として食べられます。種子から育てると、実がなるまでには17年もかかるみたいです。しかし、生命力が強くて枝を張り、土壌の養分をよく吸収するためにその分庭木が弱って、「枇杷の木を庭に植えると病人がでる」と嫌われていたようです。
枇杷はとても傷みやすい果物で、冬の最低気温が−5℃以下では栽培できません。また、収穫の時期も限られ、早取りしたり遅れたりしても品質が落ちて、痛みやすいので、農家の方は一つ一つ手作業で収穫をして神経を注いでいます。

枇杷の主成分はブドウ糖や果糖です。カロチンが豊富で、その他、ビタミンB群、C、カリウム、リンゴ酸、クエン酸などを含み、夏風邪症状の緩和や、疲労回復、食欲増進に役立ち、粘膜や皮膚を強化して咳や喉の痛みの緩和に効きます。ポリフェノールも含み、体に有害な活性酸素の働きを抑制して生活習慣病を防ぎます。
葉も古くから民間療法に用いられています。葉にはアミグダリンという物質が含まれていて、これが薬効成分となっています。アミグダリンはビタミンB17になり、ガンに画期的な効果があると話題になっています。種にもアミグダリンを含んでいるので、焼酎などにつけておく事で成分を抽出できるそうです。
腹痛、リウマチ、神経痛、腰痛、内臓の痛みには、生葉に茹でたこんにゃくををタオルにくるんで、患部にあてると痛みがとれる。火傷にも生葉を患部にあて、乾かないように油紙などをはっておくと痛みがとれるそうです。
葉の煎じ汁もいろいろと効果があるそうです。お風呂に入れると皮膚病が治る、肌がなめらかになる、疲労回復の効果があるなど。化粧水として利用すると、肌のキメが細かくなる。お茶がわりに飲むと、喘息、慢性気管支炎などに効果があるそうです。漢方では清涼健胃薬といわれ、暑気あたりの防止に良いとされています。

枇杷は完熟したものを収穫して出荷するためかなり傷みやすいです。選ぶ時は左右対称に膨らみ、皮につやがあり、淡いオレンジ色で、産毛に覆われているものが良いみたいです。
皮はへその部分からヘタに向かってむくのが簡単みたいです。皮をむいてから長時間空気に触れると、褐色に変化してしまうので食べる直前に皮をむくのが良いですが、レモン汁をかけておくと変色を防げるそうです。
枇杷の食べ頃は、酸味が抜けて皺が寄り始める直前が非常に甘くて美味しいそうです。熟れ初めは甘みもありますが、少し酸味が残っているので、酸味が好きな人にはお勧めかもしれません。枇杷は種が大きいのが難点ですが、大きく熟したものの果肉は厚くて十分食べ応えがあり、そして果汁たっぷりです。 枇杷は低温に弱いので、冷蔵庫にいれて保存すると甘みが抜けて傷みも早くなります。日の当たらない常温で保存するのが一番良く。食べる直前に2時間前くらいに冷蔵庫で冷やすのが美味しく食べるコツだそうです。

枇杷の木は粘り強いので木刀、杖、くし、印材などに使われるそうです。枇杷は捨てるところがないくらい、と言われるそうですが納得できますね。
今日は枇杷について話しました。


2004年 6月21日 サクランボ
サクランボは初夏の味覚といわれ、種類によって変わりますが5月から7月にかけてが旬なようです。

サクランボは別名を「桜桃」と言い、バラ科サクラ属で学名をPrunus(サクラ属)avium(西洋実桜の古名)の落葉高木です。サクランボは染井吉野などの観桜ではならず、西洋桜(西洋実桜)などにしかなりません。サクランボは果実を指すだけでなく木自体を指す事もあります。

サクランボは有史以前から食べられていたとされ、古代ギリシャ時代に栽培されていた記録が残されています。原産地は西南アジア地方で、原産地の中のトルコ共和国ギレスン市と寒河江市は、サクランボ姉妹都市として友好関係を結んでいます。
日本では明治元年に北海道で植えられたのが始まりらしく、その後アメリカから20種以上の苗木を輸入しましたが、暖かいところでは育たず東北や北海道以外でははうまく栽培出来ませんでした。
なので品種改良が続けられて暖かい土地での栽培も可能になり、現在は約30種が国内で作られています。品種は白肉種と赤肉種に分けられ、日本の品種の多くは白肉種です。
それぞれの旬は、5月から早生の「日の出」中生の「高砂」と続いて、全国の生産量の半分を占める「佐藤錦」は6月の中旬〜下旬が最盛期です。このあと晩生種の「ナポレオン」、北海道の「水門」となります。カリフォルニア産の「アメリカンチェリー」は5月〜6月が旬です。

サクランボはビタミンCを始めとした、ビタミンB群、カロチン、カルシウム、鉄分、カリウムなどがバランス良く含まれています。これらの栄養素により、サクランボの健康効果には、風邪の予防、ストレス解消、シミ・ソバカスを抑制する美容効果、貧血の予防、むくみの改善、高血圧の予防、骨粗しょう症の予防などが期待できます。
また、サクランボの酸味は、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸などの有機酸によるものであって、疲労回復や食欲増進、血行促進に効果的に働くとされています。サクランボの果肉の赤や紫色は、ポリフェノールの一種で、毛細血管の強化や目の疲れの回復、生活習慣病や老化の原因となる活性酸素の生成を抑える働きもあるようです。
さらに、利尿作用もあるそうで特に軸の部分に強く、軸を利用した煎汁は腎臓に良いと言われています。

サクランボはパックで売られているものは、上からも下からも見て果肉の赤色が均一のものを選ぶと良いそうです。赤いほど甘く美味しく、持てばずしっと重いものが果汁も多く含まれます。
サクランボはとても傷みやすく、収穫から2日以上経つでかなり品質が落ちるとまで言われています。なるべく食べる日に買うのが良いでしょう。ただし、アメリカンチェリーは風味も甘味も長持ちするので、ポリエチレン袋に入れて冷蔵庫で保存しても2〜3日は持つそうです。

サクランボはとても傷みやすい果実なので、収穫のほとんどは手作業です。機械を使えば傷めてしまうので、栽培法は進歩してもこの作業は合理化できずに手作業が続いています。
「樹になる宝石」と言われるサクランボですが、宝石以上に手間暇がかかってますね。そのサクランボを手にしたらすぐ食べるようにして、美味しく味わいましょう。
今日はサクランボについて話しました。


2004年 6月20日 父の日
6月の第3日曜日は父の日とされていて、「父親を尊敬し、称え祝う」「父に感謝を表す」日です。

1908年にワシントン州のジョン・ブルース・ドッド夫人が母の日の事を知り、1909年(1910年という説もあり)に「母の日があって父の日が無いのはおかしい。父の日もつくって下さい。」と、「牧師協会」へ嘆願しました。
父親が6月生まれだったため、ドット夫人は自分が通う教会の牧師に頼み、6月に「父の日」を祝う礼拝をしてもらいました。それが6月19日の第3日曜日でした。これがもとで、ワシントン州では6月の第3日曜日が「父の日」となりました。

ドット夫人が小さい頃、彼女の父(ウイリアム・ジャクソン・スマート氏)は北軍の軍人でした。1861年4月12日に南北戦争が起こり、終わったのは1865年4月9日でした。
「ドット夫人」のお母さんは夫のウイリアム氏が北軍に召されている間、女手一つで働きながら一家を支えてきたため、体を壊してしまい、ウィリアム氏の復員後間もなく死んでしまいました。
そこから父ウィリアム氏の苦闘が始まったのです。残された子ども達は、男の子5人と女の子が1人の6人でした。大勢の子ども達を男手一つで育てるため、再婚もせず生涯独身で働き通したそうです。
そして6人の内の末っ子の女の子が、ソナラ・ドット(ドット夫人)です。

父の日が認知されるようになったのは7年後の1916年です。1926年にナショナル ファーザーズ・デイ コミッティがニューヨークで組織され、1934年にアメリカで父の日委員会が結成されました。
そして1972年にアメリカで正式に「父の日」が祝日となりました。ちなみに日本では1950年頃から一般的な行事になったとされています。

父の日には健在している父には赤いバラ、亡くなった父には白いバラを贈ります。その由来は、ドット夫人が父親の墓前にバラを供えたためのようです。母の日のように特に決まってはないようですが、母の日同様に、ということで、赤いバラは「父への感謝」、白いバラは「亡き父をしのぶ」という意味でもあるようです。また、黄色いバラも近年広がりつつあります。身体を守る色という事からのようです。
日本では、ファーザーズ・デイ委員会という団体の「父の日黄色いリボンキャンペーン」が、幸福や希望の象徴である「黄色」を「父の日」のイメージカラーとし、その年話題になった「父」にイエローリボン賞を贈っています。
ただし、花は特定されていないため、一般では「黄色いバラ」や「白いバラ」、子の愛という花言葉をもつ「ユリ」などが贈られているそうです。

父の日にはバラでなくても、プレゼントやカードを贈るのももいいかもしれませんね。なるべく、心からの感謝を贈りましょう。
今日は父の日について話しました。


2004年 6月19日 水芭蕉
♪夏が来れば思い出す
で始まる、夏の思い出で歌われている水芭蕉(ミズバショウ)ですが、花期は春から初夏で、歌の時期を考えると終わり頃となります。

水芭蕉はサトイモ科ミズバショウ属の多年草(山野草)で、学名はLysichiton camtschatcenseです。花のあと葉が1mくらいまで伸びてきて、その葉が芭蕉(バナナの仲間で、背の 高い木)に似ていて、かつ、水辺に生えるのでこの名前になりました。
花に見える白い部分は仏様の後炎(仏像の後背の形)のように見えるところから、仏炎苞と呼ばれます。実際の花は肉穂花序と言って、中心の円柱状の花軸に小さな花が密集しています。

高層湿原や林下の湿地に群生して、雪解けとともに香りの良い花を咲かせます。春から咲いているのに「夏」というイメージが強いのは、尾瀬の雪解けが6月上旬でその時期に合わせて咲くからです。
花は1月ほど咲いていて、地域ごとに最も咲き揃う最盛期があります。霜の影響を受けやすく黒くなってしまう場合があるそうです。分布が兵庫県より北の地域ならあるので探してみると良いかもしれませんね。

水芭蕉の花言葉は「美しい思い出」で、6月12日の誕生花です。花を見て美しい思い出にしたいですね。
今日は水芭蕉について話しました。


2004年 6月18日 ジューンブライド
ジューンブライドは直訳すると6月の花嫁で、ヨーロッパからの伝承です。

ジューンブライドの由来は
6月すなわちJuneという月名が、ローマ神話の結婚をつかさどる女神であるジューノ(Juno、ギリシア神話では女神ヘラもしくはヘーラー)からきていて、婚姻と女性の権利を守護するこの女神の名前の月に結婚すれば花嫁は幸せになるだろう、とあやかってとする説。
昔、ヨーロッパでは3・4・5月の3ヵ月間は結婚する事が禁止されていて6月は結婚が解禁になる月であるため、6月になっていっせいにカップルたちが結婚し、周りの人達からの祝福も最も多い月だったとする説。
ヨーロッパの6月は1年中で最も雨が少なく良いお天気が続くため、溌剌とした季節の始まりや、若者の季節と呼ばれ季節的環境が良く、加えて復活祭も行われる時期である事から、ヨーロッパ全体が祝福ムードで溢れ、6月の花嫁は幸せになれるとする説。
などの説があります。

また、5月は結婚には向かない月とされていて、かつて5月と言うのは死者を奉る行事が行われていたと言う説。月の神である豊作の女神マイアが、自分の月に結婚などという浮かれた事をする人物を嫌ったからという説。と言う2つの有力な説があります。

ヨーロッパでは盛んに行われている6月の結婚式ですが、日本では梅雨の季節でもあり婚礼がかなり少ない時期なようです。そのために、ブライダルキャンペーンや値引きなどで売り込んだりしているようですが、やっぱり少ないみたいです。
ただ、最近では結婚式ではなく結納を6月にするなど、違う形であやかる人もいるみたいです。

ジューンブライドにこだわる人もいれば、そうでない人もいて様々です。できるなら、と言う人もいるかもしれませんね。
今日はジューンブライドについて話しました。


2004年 6月17日
蛍(ホタル)の見頃は初夏と言われていて、南に行けば行くほど時期が早くなります。九州では5月頃から見られる地域もあり、全国を通して5〜7月くらいみたいです。

蛍はホタル科に属する肉食性の甲虫の仲間です。甲虫ですが翅(はね)は軟らかく、形は平たく細長いのが特徴です。世界には3000種くらいいると言われ、日本には50種近くいると推定されています。
蛍の多くは昼行性で光りません。日本では15種が光ると言われ、源氏蛍(ゲンジボタル)、平家蛍(ヘイケボタル)、窓蛍(マドボタル)、姫蛍(ヒメボタル)、紅蛍(ベニボタル)などが有名です。また、源氏・平家の2種類の蛍は幼虫時代だけ水の中で過ごすという世界的にも珍しい種類とされています。

ホタルと言葉が最初に記されたのは日本書紀(720年)で、平安時代にはすでに「螢」と呼ばれていました。ホタルの説には、
「ホは火なり、タルは垂なり」からホタルは「火垂」、火を垂れる虫という事であり、発光するホタルが火を垂れているように思えたからという説。「ホタルは尾端から火を垂れるのだ」と昔の人が早合点して、火垂れ虫、ヒタレ、ホタレ、ホタルという言葉が生まれてきたという説などがあります。

蛍は弱く連続的に発光するものから、強く断続的に閃光を放つものまで、さまざまな種類がいる事が知られています。幼虫は発光するが成虫はほとんど発光しないという種類や雄(オス)と雌(メス)では発光色が明らかに異なる種類などもいます。また、ゲンジボタルのように卵、幼虫、サナギ、成虫の全てが発光するものもいます。
つまり蛍はその行動の目的によって、発光器や発光の仕方を使い分けています。たとえば、卵や幼虫、蛹(サナギ)が発光するのは、外敵に対する警告であり、成虫が発光するのは、コミュニケーションをはかる信号だと考えられています。また、発光しない蛍は昼間に活動するように適しており、匂い(フェロモン)を信号としています。
ちなみに、蛍は空気中の酸素を体内に取り込み、体内の発光部分(後腹部)にあるルシフェリンと酸化反応を発生させる事で光ります。発光している部分を触っても熱くありません。蛍の光のような光は冷光(れいこう)と言われます。

現在、蛍の一部は天然記念物とされているほど、数が減っています。蛍が生息するにはきれいな水が必要で餌となる巻き貝などが生息し、産卵に必要な水草や水辺に苔・草などが育つ土壌も必要です。健康的な水と土、空気がホタルの生育には重要な鍵となります。
環境に厳しい蛍の生息地(鑑賞地)で鑑賞しに行く時は、以下の事を守ってください。
ゴミ捨てなど環境破壊となる事をしない(煙草の吸い殻などのポイ捨てなどは持っての他)。蛍を捕まえたりしない(1日で死んでしまうので、来年見れる蛍が減ってしまいます)。蛍は人工的な光を嫌うので、カメラのフラッシュや懐中電灯を蛍に向かって放つ事全般をしない。大きな声や音を出さない(蛍が驚く事、夜なので近所の住宅などが迷惑する)。

蛍を鑑賞しに行くなら見頃の時期に、曇っていて月明かりのない漆黒の夜で風の少ない蒸し暑い日だと多くの蛍が期待できるそうです。また、鑑賞時間は夜19:30〜21:00頃が良いそうです。
もちろん、守るべき事は守ってください。

最近では蛍を見た事がない子も最近増えてきています。現象の原因は自然環境の悪化ですから、私たちも環境を大事にしようとしないといけませんね。
今日は蛍について話しました。


2004年 6月16日 和菓子
6月16日は1979年(昭和54年)に和菓子の日と認定されました。

和菓子は日本の伝統的方法で作られた菓子の事で、明治以降にヨーロッパなどから新しく入ってきた洋菓子に対してつかわれたのが始まりです。
日本茶や抹茶のお茶請けになる事が多く、茶道に於ける薄いお茶や苦めのお茶とともに口直しとして食べる事もあり、味だけでなく美的要素も期待されて発達した食べものです。
米、麦、小豆などを原料にする事が多く素材のもつ甘味を引き出し、原料に砂糖を用いるようになったのは黒砂糖登場以降で、和菓子が持つ味覚の繊細さを知る事ができます。

和菓子の種類は細かく分ければ際限のないもので、とても一言では言えません。和菓子は規格品ではないので、例えば同じ饅頭であっても作り手の個性によって様々な饅頭が作られている事を考えると、さらにその範囲は広がり、結局は一軒一軒の和菓子屋毎にそれぞれ個性のある饅頭がある事になります。
こうしたことはすべての和菓子に共通しています。

和菓子は小豆やいんげん、手亡(てぼう)などの豆類、餅米や米粉、小麦粉などの穀類、いも類やごま、寒天、砂糖などから作られます。
また、一番使われる餡の原料となる小豆など豆類は世界が認める栄養の宝庫です。小豆を煮て食べたり、その煮汁を飲むと脚気や腎臓、腫物に効果があるらしく、漢方医学では現在でも脚気、黄疸、下痢、便秘、腫物や湿疹を治すため食事療法に利用されています。
栄養成分としては、質の良いタンパク質を多く含んでいるほか、血中コレステロールを下げる働きのあるリノール酸やリノレン酸、老化を防ぐビタミンとして注目されるビタミンE、不足すると脚気や神経炎を引き起こすビタミンB1とB2、他にビタミンB6、炭水化物の代謝に必要で不足すると皮膚炎などの原因となるナイアシン、アミノ酸、ミネラル類、カルシウム、リンの他、血圧を下げるといわれるカリウム、それにマグネシウム、鉄など現代人に不足といわれる栄養素を豊富にバランスよく含んでいます。

和菓子は四季の行事を大切にしています。和菓子のもつ季節には2つの特徴があり、その季節になってはじめて顔をだす和菓子の数々です。桜もち、草もち、柏もち、水羊かんなどこれらの和菓子は季節の訪れを告げる和菓子と言えます。
さらに1つは、季節を表現する和菓子です。和菓子という小さな形の中に自然の風物を映しとって表現し、季節の移ろいに一足早く美しい装いをみせる和菓子です。上生菓子、煉り切りなど様々に季節を表現した和菓子が、召し上がる方々に季節の訪れを伝えてくれます。

普段食べている和菓子から、美味しさと繊細さなどを季節と一緒に味わうと良いかもしれませんね。
今日は和菓子について話しました


2004年 6月15日 紫陽花
紫陽花(アジサイ)の花期はちょうど梅雨時期と重なって、6〜7月中旬となります。

紫陽花は雪の下(ユキノシタ)科アジサイ属で、学名をHydrangea macrophylla form. macrophyllaと言います。日本独自の植物と言われ、ガクアジサイ系・ヤマアジサイ系・エゾアジサイ系に大別されます。
名前は「あづさい」が変化したものらしく、「あづ」は「あつ(集)」、「さい」は「さあい(真藍、青い花が集まって咲くさまを表した)」からきています。本来の「紫陽花」は、唐の詩人の白楽天が命名した別の花の事で、平安時代の学者源順が今の紫陽花にこの漢字をあてたための誤用がひろまったと言われています。中国では「八仙花」と呼ばれます。
色がついているのは「萼(がく)」で、花はその中の小さな点のような部分ですが萼の方が目立ちます。「萼紫陽花」の萼は額と表記する事もあるそうです。

紫陽花の花期は非常に長く、その間に花の色が変化します。紫陽花は葉緑素があるので最初は淡い緑色で、そしてアントニンサンが増えて赤色になります。この時にアルミニウムが多いと青色になります。疲れてくると淡い緑色になり、さらに茶褐色になって枯れます。
アルミニウムは土壌に含まれています。土が酸性だとアルミニウムは溶けやすく、アルカリ性だと溶けにくいです。紫陽花を植えている場所の土が酸性かアルカリ性かによって赤色になるか青色になるか決まると言われています。
また、花の色は土によるのではなく遺伝的に決まっている、という説もあるそうです。

誕生花は6月2日と7月1日(紫陽花)、7月13日誕生花(萼紫陽花)です。花言葉は「辛抱強い愛情、元気な女性」(紫陽花)、「謙虚」(萼紫陽花)です。
今日は紫陽花について話しました。


2004年 6月14日 梅雨
春から夏のある期間、低気圧や前線の影響を受けやすくなり、その前後と比較して曇りや雨の日が多くなる事を梅雨と言います。

梅雨の時期には日本付近に東西にのびる前線が停滞しているのが特徴で、この前線上に低気圧が頻繁に発生するので、雨の日と曇りの日が短い周期で繰り返されていきます。
この前線を梅雨前線と呼び、前線の北側はオホーツク海高気圧からの冷たい北東の風(やませ)が吹いていて、南側は太平洋高気圧からの暖かい湿った南よりの風が吹いています。これら2つの気流が前線付近に集まって上昇気流ができるため、雲が発生し雨を降らせます。
前線の北側300km以内では雨、その北側400km以内では曇りとなっている事が多いです。梅雨前線が日本付近に停滞するのは、前線の両側にある高気圧の勢力がほぼ釣り合っているからと言われています。
梅雨明けは、太平洋高気圧がしだいに勢力を強めて梅雨前線が北上すると梅雨が明けますが、南にある前線がしだいに弱まって明ける事もあります。雷雨を伴いながら前線が通過し、太平洋高気圧に覆われるようになると梅雨は明けます。梅雨明け後は夏型の天気が長続きする事が多いそうです。

梅雨には陽性型と陰性型があるそうです。雨が激しく降ったかと思うと、強い日差しが照りつけたりして変化が大きく、気温は高めである陽性型。雨の降り方はあまり強くないが、雨や曇りの日が長く続き、気温は低めである陰性型。
西日本では陽性型が現れやすく特に梅雨の後半には、集中豪雨のような激しい気象現象が目立ちます。東日本や北日本では梅雨の前半には陰性型が目立ちますが、後半には陽性型が現れやすいそうです。

梅雨は中国から「梅雨(ばいう)」として伝わりました。中国では黴(かび)の生えやすい時期の雨という意味で、黴雨(ばいう)と呼ばれていましたが、黴では語感が悪いため、同じ「ばい」で季節に合った「梅」の字を使い「梅雨」になったとする説や、「梅の熟す時期の雨」という意味で、元々「梅雨」と呼ばれていたとする説があります。
日本で「つゆ」と呼ばれるようになった由来は、「露(つゆ)」からと考えられるが、梅の実が熟し潰れる時期である事から「潰ゆ(つゆ)」と関連付ける説もあります。

梅雨の時期には1年間の降水量の1/4も降る所もあります。暑くてじめじめして嫌な人がいるかもしれませんが、これが明けたら夏到来と思って楽しみにしながら待てばすぐ過ぎるかもしれないですね。
今日は梅雨について話しました。


2004年 6月13日 教育実習の意味
教育実習は単位としてもらうために必要ですが、それだけのために行っても意味はあまりありません。

教師は採用されてすぐに教壇に立って、その時から生徒に対してはもちろん、学校や社会に対しても、教師としての責任を負わなければなりません。なので教職を目指す以上教育実習は、欠く事のできない重要なものです。
また、教育実習を通して自分の能力や適性を、問い直してみる機会ともなります。他に今までと全く違う場所に立つ事での経験、かつて自分も生徒であった事を考える事の大切さ、現在の教育の現状など知る事はたくさんあります。

これは私の場合でしたが、人間的に成長する事を目標としていました。大学からいきなり教育の場に立って下手ながらも授業をする。授業をする責任や授業を成功させるためにどう努力するかなど考えさせられました。
また、生徒からの相談や教師の仕事の一部を見たりして、視野が少なからず広がりました。他に実習生同士の授業を見たり、討論する事でも知識も広まったと思います。

教育実習は行けばわかりますが一瞬で終ります。だいたいは反省の毎日ですが、あとになればきっと経験が生きてきます。行けるならならぜひ行きましょう。
今日は教育実習の意味について話しました。


2004年 6月12日 実習終了までにする事
実習生は実習が終る日までにする事が結構あったりします。

まず、自分の出席簿記入を終えているはずなので学校に提出します。また、最終日の朝の職員会議で今日が最終日でお世話になりました云々と言います。この時研究授業があればその事も伝えます。
実習記録には学校の概要や沿革を書き、生徒の人数や学校の地図を書くようになっています。他に実習日誌、授業の記録、授業参観の記録、実習期間が終っての評価・反省などを書き込みます。最終日までに終ってないと書いて来週に提出する事になります。

他には授業では最後なら最後と伝えたり、学校から出る時にお世話になりましたとか伝えます。他に気持ちとして、使っていた空き教室を掃除したりします。担当の先生と話してまだする事があるならそれをして、ないなら実習記録の完成をする。となります。
そして、だいたいは最終日に打ち上げをします。まず全員20歳以上なのでお酒を飲みに行きます。お酒が入ったあとはいろいろとありますね。ただし、実習記録が書き終わってないと、お酒が残って遅れる事もあるので注意は必要です。

実習の最後までにする事は実習開始前にしておけばかなり減りますし、実習中に少しずつ勧めていけばなければかなり減ります。毎日の積み重ねですね。
今日は実習終了までにする事について話しました。


2004年 6月11日 実習期間
教育実習の期間は小中高の中で過ごした学校に行くか、どの免許で変わってきます。

教員免許は幼稚園や小学校、中学校に高等学校、他に中等教育学校、盲学校、聾学校、養護学校は、実習助手、講師、助教諭、教諭などがあります。ほとんどはこの中の小学校か中学校か高等学校に行く事になると思います。
基本的に幼稚園・小学校・中学校は4週間(20日間)、高等学校・養護学校は2週間(10日間)必要とされています。

そろそろ高校でも4週間になるみたいです。私の母校では来年(2005年)からなるという話を聞きました。ちなみに体育は高校でも既に4週間です。

実習生の何人かは期間は短い方が良いと考えています。短いと楽に思えますが、実習期間が短いと生徒とあまりふれあえずに終わり、経験を積む上では長い方が有利です。
それに、実際に行けばわかりますが2週間はあっという間です。朝8時過ぎには高校にいて、気が付けばそろそろ5時という毎日でした。土日は遊ぼうとすればほんとに一瞬で終るでしょう。充実しすぎるくらいの毎日です。
その短い期間で自分を出して生徒と打ち解けるにはどうしても限界があります。実習期間を長いと思わず、短いと思って行動するとまた違うかもしれませんね。

実習生も結構忙しいのですが、先生はさらに仕事が多く、実習生の行った仕事量の3・4倍は行っていました。そういう事もある程度長く実習に行かないと気付けなかったりします。実習期間が短いなら短いで集中していきましょう。
今日は実習期間について話しました。


2004年 6月10日 研究授業
教育実習のまとめとして授業を先生方に見てもらい、総合的に評価される授業を研究授業と言います。

実習生にとっては指導案を念入り(生徒の実態、その時間だけでなく単元全体の指導計画なども書く)に作り、下準備も万全にして臨む授業です。校長先生や教頭先生を始めとして、同じ科を教えている先生(国語なら国語の先生)、場合によっては大学から教育実習担当の教授などが見に来る授業です。
だいたい研究授業は実習期間の終わりに設定されます。それまでに、授業をしたクラスの中で担当の先生と話し合って、いつ、どこのクラスで、どの範囲を教えるかを決定します。

研究授業と言いますが、たくさん先生が見に来るくらいで他はいつもの授業と同じです。ただし、そのたくさん先生が来るために、椅子を用意したりしないといけなかったりはします。
あとは、最初に生徒に研究授業である事を伝える事をしたりもできますが、それをする必要は生徒や先生次第と思います。しなくても良い場合もありますし、しないとダメになる場合もあります。

研究授業が終わったら、まず担当の先生から評価を聞き、次に見に来た先生方に聞きに行きます。よほどの事でもしない限りは普通に評価されるでしょう。
今まで言われた悪い事を消化していつもと同じように授業をすれば、研究授業はまず失敗しません。特に恐がる事も気負う事もないと思います。
今日は研究授業について話しました。


2004年 6月 9日 授業
実習にいったら必ず行う授業ですが、行うためにはいろいろと準備が必要です。

まず、先に渡されている教科書などの資料などをもとに指導案を作ります。だいたい指導案を担当の先生に先に見せて、それでよければ授業に、だめなら作り直してまた見せて、と繰り返します。
そして実際の授業には板書用ノートやカンペ、チョークや出席簿などを持っていきます。他に授業で使うものがあればもっていって使います。

学校によりけりですが授業や休み時間はだいたい固定です。始める時はそれほど重視されませんが、終わる時はチャイムが鳴ったらすぐ終るくらいにします。長引けば他の授業に影響が出るのでそこは守らないといけません。
時間内でで授業をしますが、生徒が授業をまじめに受けないと予定していた範囲が終らない事もあります。その場合は次の授業で指導案を修正して行って行くようにします。実習生ではだいたい予定より進みすぎる事はないみたいです。

授業で重要なのは教える教科によって違うところがありますが、声の大きさと板書はだいたい共通です。声は生徒に聞こえるように、板書は綺麗で見やすいように、といった具合です。
授業が終わったら担当の先生と話して、反省する所を聞いて次の授業のために直すよう言われます。言われた所を直して指導案を作り、見せて許可をもらい授業に、反省点を聞いて直して、・・・と繰り返します。

授業は最初はダメでも、繰り返していく内に着実に進歩していきます。最初の頃の授業と終盤での授業は別の人と思うくらいです。それくらい進歩させるような授業にしたいですね。
今日は授業について話しました。


2004年 6月 8日 研究授業用指導案
授業と研究授業では、他先生からの評価が入るためちょっと違います。そのため、指導案もより細かく丁寧に作られるよう要求されます。

指導案にはまず教科名、実習生名、日時、学年・組、単元名、単元の目標、単元の指導計画、本時の目標、などを書き込みますが、さらに、大学より教職関係の先生方が来る事もあるので指導教諭名、学校名を追記します。
ここで、明確に違うのは指導教諭に捺印してもらい、実習生本人も捺印する事です。ほとんどの学校で、この捺印は要求されると見てよいでしょう。
そして、実際にどのような授業をするのか書き込みますが、ここは普通の指導案と同じかもう少し詳しくした程度です。

研究授業は基本的に1回だけなので、専用指導案も作るのは一つです。ただし、教員全員に見にきてもらうくらいなので、全員分の量を準備しないといけません。プリンターやコピー機で数はどうでもないですが、その作ったもの全部に捺印する必要があるため早め早めに動いておくのが良いでしょう。
形式はワードでも手書きでも構いませんが、指導教諭に聞いてその指示に従っておきましょう。清書などする必要のないワードの方が楽でしょうね。

研究授業用指導案は大体前日の放課後までには配り終えている必要があります。いつ研究授業があるかわかったら、すぐにでも作っておくくらいしておくと後々楽になるかもしれませんね。
今日は研究授業用指導案について話しました。


2004年 6月 7日 指導案
授業をする時には指導案を作り、担当の先生に見てもらいます。そして実際に授業時にはこれに沿って行います。

指導案にはまず教科名、実習生名、日時、学年・組、単元名、単元の目標、単元の指導計画、本時の目標、などを書き込みます。
次に実際にどのような授業をするのか書き込みます。指導項目(導入、展開、まとめ)、時間配分、指導内容(何をするか)、学習活動(実際にどう動くか)、留意点(他)といった事を書き込んでいきます。

授業を受け持つ数にもよりますが、1つの授業に対して1つです。同じ場所を他のクラスでするのなら使いまわしができますが、実際には進み方が多少変わるので必ず同じになるのは少ないです。
だいたいはワードで作ってプリントアウトしたものを使います。枠だけワードで作成して、残りは手書き、という人もいます。もちろん最初から手書きで書き込む人もいます。

指導案はとにかく書いて先生に許可をもらえるようにします。すぐ作れるようにいつでも準備しておくのが楽でしょうね。
今日は指導案について話しました。


2004年 6月 6日 実習校
教育実習をする時の学校は基本的に母校が実習校となります。

教育実習に行く前の1年前の春休みの頃、母校に電話して教育実習担当の先生と連絡を取って先にお願いします。この時に担当の先生の名前や、何の教科を教えるか話しておきます。
この次の年に連絡を取り、「今年お願いします」と伝えます。年によって教育実習担当の先生が変わるので、ここで再度確認します。この時に集まる日時を伝えられたりします。

この連絡をしなかったり遅かったりすると、相手校から断られる事があります。また、実際に生徒として通った学校なので、その生徒時代の態度次第では断られます。
そうなると大学指定の学校に行く事になります。ただし、そこでも断られる可能性はあるので、母校で受けられるようにしておくのが良いでしょう。
実習に行けないとなると、来年取るか諦めるしかありません。手はたくさん打つのが良いでしょうね。

実習校へは生徒に授業を教える立場として、スーツが基本です。事前打ち合わせで行く時もなるべくスーツで行くのが良いです。また、学校によっては公共の交通機関を利用するよう言う所もあるので、自動車で来ても良いか聞いておきましょう。

母校であれば実際に教えてくれた先生が何人かいるので、生徒時代のノートが生きてきたりする事があります。母校でなくてもできますが、やっぱり母校の方が楽しいんじゃないかな?と思います。
今日は実習校について話しました。


2004年 6月 5日 教育実習生
教育実習はしにいっているではなく、させてもらっている、です。

教育実習を受けるのは、一義的な理由としては「教育免許」を取得する単位の一つとして、カリキュラムに「実習単位」が組まれているからです。そして実習をさせてもらえるのは、一義的な理由としては「教育制度」がそのようにできているからです。
これは普通の会社に置き換えると、職場学習として給料をもらいます。教育実習は教科書や参考資料などを借りるので、それが給料のかわりになります。
そこでは、担当の先生を始め、様々な先生方が実習のために時間や授業内容などを調整してくれています。それだけに負担をかけている以上、しにいく、ではなくさせてもらっているという自覚を持つ必要があります。

実習生は一般的に先生としての振る舞いを期待されています。生徒の前では先生らしい服装、態度、言葉使いなどが求められます。あくまで、実習をさせてもらっている立場としてまじめに行う必要があります。

他にも遅刻や無断欠席など、生徒に示しのつかない事はしないようにする必要があります。例え先生にならないとしても、させてもらっている以上全力で行ってください。
今日は教育実習生について話しました。


2004年 6月 4日 実習ノート
教育実習ではノートを作る時、板書や説明など生徒とは書く事が少し違ったりします。

私は指導案を作る前にノートに教える範囲を書き込みます。そして、その板書内容や説明を元に指導案を作成します。私の場合、ノートに書く事は板書、説明、問の回答過程です。
できるなら、実際に生徒がとると予想するノートも作るのが良いでしょうね。色使いや文字の大きさ、黒板全体に対しての文字の配置なども書き込めるなら、というところです。

実際に授業をする際は、指導案は何枚も作りますが、ノートにはどのクラスがどこまで進んだか、誰を指名したか、など書き込んで次回、次々回への準備ができます。
頭の中に全て入れるという人もいますが、私はできないのでノートに書いていろいろと応用できるように詰め込んでます。他実習生の授業もノートに書いて参考にすると良いかもしれないですね。

実習校で生徒ははノートや教科書がほとんど、知識の情報源となります。それだけに重要な事は書き漏らさず、ちゃんと説明できるよう下調べする事が大事です。
今日は実習ノートについて話しました。


2004年 6月 3日 課題研究
実習生に限らず授業をする前に、教える範囲について多少調べます。このようにより良い授業をするためにするのを課題研究と言うみたいです。

課題研究の方法は教科書、参考書、問題集などの他に、インターネットや新聞からの試料を参考にして行います。
何を学ばせるべきか?どんな方法で学ばせるか?学習者は授業以前にはどのような状態であり、授業によってどのように変わったのか?その変化はなぜ望ましい?
軽く思いつくだけでもかなりあります。

そのために、生徒の立場になったつもりでノートを作ったり、生徒が興味を持つような情報を授業にちりばめます。
ただ、教えるだけなら先生はいりません、教科書だけで十分です。だからこそ、どう教えられるか、それに重点をおくのが課題研究です。これをする事で、生徒からの質問にも答える事ができるようになるなど、やり込んだだけの価値はあります。

他の先生方の授業を見ても、そこからヒントを得たりできるのでいろいろな事に挑戦して役立てるようにできるのが理想ですね。
今日は課題研究について話しました。


2004年 6月 2日 実習記録
実際に先生の立場に立って授業をすると、教育課程を受けているとは言え実習生の能力ではまず完璧な授業はできません。

そこで、授業を行った時に、何月何日、何曜日、何時間目で何時から何時まで、どの教科、対象学級生徒はどういう構成か、何回目の実習か、指導教諭は誰と言う先生か、などを書き込みます。他の大学だともっと多いかもしれませんし、少ないかもしれません。

そして、実習日誌と同じくらいの量、その日の感想、反省、課題を書き込みます。ここも大学によって書く量に差があります。実習日誌と同じようにかなりの曲者だったりします。
とは言え、実際に授業をすると、生徒がどういうことをしていたか、それを見る事ができたか、何を黒板に書いたか、字は綺麗か汚いか、何を喋ったか、どんな問題を出したか、生徒は理解できたか、など探していく限り書くことは早々尽きません。

書いた後、その授業の担当の指導教諭に見せて批評を書いてもらいます。ただ、たいていは授業の直後に話し合って、どこが悪かったのかなど聞いているので同じような事を書いてもらいます。
こちらも、大学によって量が違いますが、先生にまでたくさん書かせる必要はないのであまり差はでないと思います。

実際に授業をするのも疲れるものですが、実習記録を書くのも地味に疲れたりします。こちらも普段から書きなれておくと良いでしょうね。
今日は実習記録について話しました。


2004年 6月 1日 実習日誌
教育実習期間中、実習生は毎日何があったかを実習記録に書き込まないといけません。

実習日誌は各大学によって書く量が違いますが、日付や天候、指導教諭名、朝のホームルームで何をしたか、ホームルームが終ってから放課後まで何をしていたか、当日1日の感想・反省・課題などを書き込みます。

この各大学によって書く量が違う、というのが曲者で丸々1ページ分書かないといけない実習生がいたり、わずか数行書くだけですむ実習生もいます。普段から日記など書きなれている実習生はそれほど苦ではありませんが、書きなれていないと睡眠時間を大幅に削ってまで書き込んだりするようです。

少ない場合は印象に残ったものだけ書く、メモに一気に書いて要点だけつまんで書くなどするなど結構簡単にできます。
むしろ、かなりの量を書かないといけない場合が大変なのですが、私は1日に起こった事やそれについて考えた事、人から言われた事、またそれについてどう考えたか、どうしたら良くなるか、などと1つ1つ細かく書き出し、それについてまた書き込んで行くようにして量を増やしています。

このように長くかけれるよう、普段から日記などで書きなれておく練習をしておくといいかもしれないですね。
今日は実習日誌について話しました。


topに戻ります