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2004年 8月31日 野菜
8月31日の今日は、「や(8)さ(3)い(1)」の語呂合せから野菜の日・ベジタブルデーと、全国青果物商業協同組合連合会など9団体の関係組合が1983(昭和58)年に制定しました。

野菜は、自然に生えるものではなく人為的に田畑に栽培された農作物の一種で、人が副食物とする草本作物の茎・葉・根・果実です。具体的には畑で作られる農作物で、主食にはしていないものの総称みたいです。
日本では150種類くらいの野菜が流通していると言われています。それらを分けると、葉の部分や茎の部分を食べる葉茎菜類、根の部分や土の中の茎部分を食べる根菜類、ツルもしくはそれに類似するものに成る果実を食べる果菜類、未成熟のものを皮ごと食べたり中の豆だけを食べる豆類、などがあって他にも様々な分類があります。

良くあるのが、野菜か果物か判断しにくいもの(スイカやイチゴなど)です。
農林水産省では、野菜とは食用に供し得る草本性の植物で加工の程度の低いまま副食物として利用されるものを言います。メロン、スイカ、イチゴは野菜(果実的野菜)として扱っています。
また、果実は統計上、果樹として分類しており永年作物などの木本類を言います。これは言い換えると、1年で収穫が終って、木にならないものは野菜です。

しかし、植物学的にはイチゴは果物で、アメリカでも果物として認識されているようです。これは「イチゴは多年性木本植物ですが、一般的には一度収穫を終えると、また苗から植え直すのが通例」という事で野菜に分類される事になるようですが、
農学(果樹学)からだと「収穫しながら永年作物として育てる事ができる」ので果物に分類される事になります。
また、他にもタケノコは竹なので木の分類ですが、野菜と呼ばれていたり、キノコの場合栽培されてたりしますが、と判断が難しいです。
ただ、作る側からすれば野菜であり、食べる側と研究者から見れば果物、そして売る人から見るとどっちにもつかない流動的な青果物という感じになっているみたいです。
ちなみに青果は野菜と果物を合わせた名称なので、判断が難しい場合はそう呼ぶのが楽かもしれませんね。

毎日の生活に野菜は欠かせません。内容から多少ずれてますが、バランスよく美味しく食べていきましょう。
今日は野菜について話しました。


2004年 8月30日 斜視
人間は両眼でものを見て初めて距離感や立体感を得る事ができ、これを両眼視機能と言います。ですが、それができないのが斜視で、子どもの2%くらいにみられる病気です。

斜視は両眼の視線が正しく見る目標に向かわないものをいいます。学問的には両眼視機能が十分に発達していない状態と定義されています。つまり、斜視があると優位眼(利き目)ばかりで見るようになり、非優位には視性刺激が入りにくくなって弱視になっていきます。
視機能は新生児期には未発達で、生後4ヶ月ごろに両眼視機能や眼球運動が発達し、調節作用や視線を近くに寄せる働きが少しずつ発達しはじめます。その後視機能はどんどん発達し、6歳頃にはほぼ成長しきっている状態になります。
この新生児期からはじまる発達の過程でなんらかの障害が起こると斜視や弱視といった問題になります。生後6ヶ月までに発症した内斜視を「先天性内斜視」や「乳児内斜視」と呼び、一般的に斜視の程度が強く、屈折異常はあまりなく、交互に上手に目を使っている場合が多く、弱視にはなりにくいと言われています。
ただし、斜視によって視覚路の発達する時期に網膜への視覚入力が妨げられたり、網膜像が不鮮明であったり、それらの左右差があるなどの視性刺激が遮断されると、いわゆる弱視となる可能性はあります。この時期を過ぎてから治療を始めても視力の発育は得られにくいので適切な時期での手術が重要です。
また、両眼視機能は高次な機能なため、手術により眼位が正常化し視力が向上しても完全には発育しない場合もあります。従って先天性、または出生後早期に斜視が見られた場合、通常は3歳頃までに手術を行います。しかし、両眼視機能や視力を改善するために複数回手術が必要になる事も稀ではありません。
成人の斜視の場合に関して手術を行う時は、両眼視や視力の回復を目指すよりも主として美容的な整復を目的とします。斜視の種類によっては見る方向によって複視が残る事もあります。
乳幼児は鼻の付け根が低く、皮膚が眼球の内側にかぶさって内斜視に見える事があるようです。こういった場合のものを「偽斜視(偽内斜視)」と呼びます。疑わしい場合は、眼科の先生に見てもらってください。

斜視の原因は人それぞれ、生まれつきの物から強い遠視によるものまであります。
「先天性内斜視」、または乳児内斜視。生後6ヶ月頃から明らかになってくる内斜視で、原因は不明。弱視になる場合も多いようなので、赤ちゃんの眼が内側によっている場合はなるべく早く診察を受けた方が良いようです。
「調節性内斜視」。近くのものを見る時、調節(近くへのピント合わせ)と輻輳(眼の内側への寄せ)が起こります。遠視が強くなると、ものを見る時に余分に調節する必要があるため、眼が内側に寄りすぎ内斜視を引き起こします。
「非屈折性調節性内斜視」。調節性内斜視のうち、遠視によらないものがごくまれにあるようです。これを、非屈折性調節性内斜視と言うみたいです。
「外斜視」。目が疲れたり、眠くなったりした時に、片方の眼が外側に外れる。視線が合わない、病気や怪我などにより両眼視ができず、斜視になるそうです。
また、目を動かすための筋肉や神経の異常によっても斜視になります。

斜視は両目の向きが異なるため、少し気をつけると見てわかります。斜視は早期に治療しないと、弱視やものが二重に見える複視の原因になるので、斜視に気がついたらはやく眼科を受診しましょう。

斜視の原因が遠視の場合には、通常凸レンズのメガネをかけて遠視を矯正します。時には調節を改善する目薬を用いる事もあります。他に、斜視眼でない方の眼を遮閉して斜視眼にその目の矯正度数のメガネ等を装用させ、物を見る力をつけさせる遮閉法。メガネにプリズムを入れて光を屈折させるプリズム処方。大型弱視鏡やカイロスコープなどを用いて両眼視機能を向上させる訓練。引っぱりすぎている筋肉にボツリヌス毒素を注射して麻痺させる注射法。などがあります。
原因が遠視以外の場合には目の筋肉を調節する手術を行う事があります。ただし、手術で目の向きをなおしても、両眼視ができない場合がたまにあり、訓練を行う必要があります。また、斜視から弱視になっている場合には手術の前や後に弱視の視力増強訓練を行う必要があります。

斜視は弱視にならないためになおさなくてはいけませんが、美容上の問題も無視できません。特に子どもはありのままに言うので、それがいじめの原因になる事もあります。早期発見早期治療を心がけましょう。
今日は斜視について話しました。


2004年 8月29日 ものもらい
ものもらいは一般的にものもらいと呼ばれていますが、医療用語では「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」「霰粒腫(さんりゅうしゅ)」を総称していいます。
他に「めばちこ」「めんぼ」「めぼ」「めいぼ」「めこんじき」「めこじき」「めぱっそ」など様々な呼ばれ方をしているようですが同じものをさします。

「麦粒腫」、まぶたの分泌腺に黄色ブドウ球菌などの雑菌がはいって繁殖し、化膿するしたおできです。まばたきしただけでもかなり痛がゆくなる場合があります。治療せずに放って置くと表面の皮膚が破れて膿がでてきます。
「霰粒腫」、まぶたにマイボーム腺といわれる脂肪の腺が詰まって炎症がおこり、化膿しないでしこりができたものです。触るとコリコリとしますが、痛みは通常ありません。治療せずに放置しておくと、しこりが硬くなって自然には治らなくなって切開手術も必要になる事もあるので要注意です。

治療は抗生物質の目薬や内服薬です。化膿した場合は、消毒した針やメスの先などで軽く刺して、排膿すると早く治ります。また、ものもらいの部分を、押さえたりしない事が肝心です。タオルなどは、清潔なものを使ってください。何回もくり返してできる場合は、念のため糖尿病の検査が必要になります。
ものもらいの予防には、普段から目を清潔にしておくとともに、汚い手で目を触ったり、こすったりして菌が感染しないように心がける事が大切です。

ものもらいの原因はウィルスではなく雑菌が原因ですので人から人へうつる事はありません。誰の肌にも存在する菌が条件が揃う事で炎症を起こしてものもらいになるので、身近な人がものもらいになったからといってうつる事はありません。
今日はものもらいについて話しました。


2004年 8月28日 角膜ヘルペス
ヘルペスというとヘルペスウイルスに感染して、口の周りや性器など、皮膚に小さな水疱(水ぶくれ)ができる病気として知られていますが、目に症状が現れる事もあります。

先にも言ってますがヘルペスウイルスの一種が目に感染するのが原因です。口や顔に小さな水ぶくれを作るのと同じウイルスです。角膜ヘルペスになると、目が痛んだり、涙が出たり、黒目のまわりが充血したりなどの症状が出ます。
ウイルスが角膜に住み着くと、細胞は増殖できません。そのため角膜炎になったり、角膜が白く濁ったりします。角膜炎の場合、角膜の上皮に木の枝のような形で潰瘍や欠損が起きるのが特徴です。
ほとんど人が青年になるまでに感染しています。このとき、中には結膜炎などが起こる人もいますが、大半の人は無症状なので(不顕性感染)、感染に気がつきません。感染したウイルスは、目を支配する神経節の1つ、毛様神経節に住み着きます。この状態を潜伏感染といい、多くの人はこの状態のままです。
ウイルスを活性化させる原因は完全にわかっていませんが、「体調不良、体の抵抗力の低下、エキシマレーザー屈折矯生手術などによる角膜への刺激」などが誘因するとなると考えられています。

治療は、IDUなどの抗ウイルス剤や副腎皮質ステロイド剤の点眼を行います。ただし、治療で症状は無くなってもウイルスは神経に潜み続けているので再発する事があります。また、ウィルスが変性して薬が効かなくなる事もあります。
再発を予防するためには体調管理をしっかりとするくらいしかできません。

治療にはステロイドを使う事もあるので、医師としっかり話し合うようにしてください。
今日は角膜ヘルペスについて話しました。


2004年 8月27日 視神経炎
視神経炎は片方の目に起こる事が多く、頭痛や眼痛を伴って発症後2〜3日で失明に近い状態となる事もあります。

視神経は網膜に映った物の形や色、光などの情報を脳神経細胞に伝達するという役割を担っています。この視神経が障害されると、物を見る働きも損なわれてしまいます。
視神経炎には真の視神経の炎症ばかりでなく、多発性硬化症などの脱髄疾患や、メチルアルコール、エタンブトールなどの中毒による病変も含められています。
厳密には視神経の炎症によるものを視神経炎、炎症性でないものを視神経症と区別しますが、実際の診断はすぐに鑑別のつかない事も多いため、視神経症も含めて視神経炎といわれる事もあります。

視神経炎は急激に発症し、急激に視力が低下し、光の感覚さえ消失する事があります。瞳孔が大きくなり、対光反射が消失します。両眼性の事が多く、眼球運動に際して眼球深部の痛みを訴える事もあります。視野の真ん中の見ようとするものが見えにくくなる「中心暗点」が起こり、色覚異常もきたします。
原因は不明の事が多いのですが、眼窩や副鼻腔の炎症、たばこ、メチルアルコール、鉛などの中毒で起こる事もあります。また、多発硬化症という全身病の前兆や一部であったりする事があります。
その他に、急激に視力が悪くなったのに、何の所見も認められない場合に球後視神経炎と診断される場合がありますが、球後視神経炎以外の病気が含まれている可能性があり、注意が必要です。主なものとしては、ヒステリーなどの精神的なものが原因の場合や、視神経を養っている血管が破れたりつまったりした場合に、視神経のどこかに腫瘍ができた場合などがあります。

内科や脳神経外科、耳鼻咽喉科的検索などで原因がみつかれば、その治療をします。原因不明の場合は、副腎皮質ステロイド薬の内服や点滴を行ないます。全身管理のために、入院が必要となります。また、ビタミン製剤や血管拡張薬などを併用する事もあります。
初発の場合は自然治癒傾向が強く、治療をしなくても視力は2〜3週間以内に正常に戻る事があります。ですが、高年齢発症や再発を繰り返す場合は、回復程度が明らかに低下するそうです。

視神経炎は、過度の疲労によって再発を誘発しやすくする危険性があります。ほとんどが予防できないため、再発をなるべく防いでいくようにしましょう。
今日は視神経炎について話しました。


2004年 8月26日 網膜静脈閉塞症
網膜静脈閉塞症は多くは高血圧や動脈硬化などが原因で起こり、60〜70歳に多いのですが、最近は40〜50歳の比較的若い年代にも見られます。

網膜静脈閉塞症は網膜の静脈がせき止められている状態をいいます。網膜は光を感じる組織で眼底にあり、網膜静脈は網膜からの血液を眼から排出し心臓へ返す働きをしています。その網膜静脈が閉塞すると、受け持っていた領域からの血液の流れが十分に行われなくなり、静脈の壁は血液や浸透液を外へ漏らすようになります。
網膜静脈閉塞症には「中心静脈閉塞症」「分枝静脈閉塞症」の2種類があります。
「中心静脈閉塞症」、高血圧や動脈硬化などが原因で、一番太い静脈の本幹(中心静脈)が閉塞するものです。ただし、高血圧や動脈硬化がなくても、視神経の炎症などで血管の閉塞が起こると、中心静脈閉塞症と同じ症状が現れる事があります。網膜の出血も軽度で毛細血管の閉塞のないものを「非虚血性」の中心静脈閉塞症と言い、若い人にも見られます。
一方、出血が多く、高血圧や動脈硬化が原因で起こる中心静脈閉塞症は「虚血性」と言い、頻度としては虚血性の方が圧倒的に高いといえます。動脈と静脈はどちらも視神経の中を通って枝のように網膜に張り巡らされていますが、その幹となる動脈と静脈は、視神経の中で同じさやに包まれています。この視神経の中の動脈に硬化が生じると、硬くなった動脈が同じさやにある静脈を圧迫します。つまり、幹である中心静脈が圧迫される事から、網膜全体の血の戻りが悪くなり、静脈の内圧が上がって、血液が網膜全体にあふれ出てきます。また、出血のために、網膜にむくみも起こってきます。
出血やむくみが、網膜の中心部の黄斑部に及んでくると視力が低下します。放置しておくと、出血性緑内障を合併する事もあります。
「分枝静脈閉塞症」、静脈は視神経乳頭から4方向に大きく枝分かれします。この4本の静脈は、それぞれ上耳側静脈・下耳側静脈・上鼻側静脈・下鼻側静脈と呼ばれています。このいずれかに閉塞が起こるのが「分枝静脈閉塞症」です。
分枝静脈閉塞症は、糖尿病とならんで眼底出血を起こす代表的な病気で、中心静脈閉塞症よりも10倍近く分枝静脈閉塞症の方が多く見られます。
その原因は動脈硬化です。動脈と静脈は枝のように張り巡らされていて、動脈硬化が起こると、静脈が圧迫されて血流が悪くなります。そして毛細血管の内圧が上がり、出血や浮腫を引き起こします。
最も閉塞が起こりやすいのは、黄斑部の中心窩の上を走っている上耳側静脈で、閉塞が起こると黄斑部に出血や浮腫がかかりやすく、視力障害が起こってきます。また、分枝静脈閉塞症では、硝子体出血を起こす事もあります。

網膜静脈閉塞症では突然の目のかすみや視力低下が主な症状ですが、血管の閉塞した場所などによって視力低下の程度は様々で、全く自覚症状がない事もあります。眼底出血を起こす事がほとんどで、これが網膜の中心の黄斑に影響を及ぼすと極端に視力が低下します。
検査は眼の診察の後、血液検査や蛍光眼底検査と呼ばれる特殊な眼底検査が行われます。蛍光眼底検査は、点滴をしながら色素液を注入し、特殊なカメラで眼底写真を撮り、眼底の血管からの色素の漏れ具合や血管のつまり具合を調べます。
また、高血圧や動脈硬化など潜在する全身疾患の状態を知るため、内科受診を勧める場合があります。

網膜静脈閉塞症の根本的な治療はありません。出血や液性成分の漏出は自然に消退するため、眼科医は適当な間隔での経過観察を勧めます。するとしても止血薬・血流改善薬・抗凝固薬・抗血小板薬などの内服治療が行われる程度です。ただ、重症例の急性期には点滴による治療を行う事もあります。
網膜静脈閉塞症は緑内障や硝子体出血、網膜剥離などの合併症を起こしやすいため、光凝固手術をする事もあります。

合併症の危険もあるので、発症後は定期的に眼科検査を欠かさず受けるようにしましょう。また、発症の時期をずらして両眼に起きる事もあるので、視力がさほど回復しなかった場合でも、もう片方の眼を守るために血圧の管理などを心掛けてください。
今日は網膜静脈閉塞症について話しました。


2004年 8月25日 中心性網膜症
中心性網膜症は中心性漿液性脈絡網膜症や中心性網膜炎とも呼ばれ、30代〜40代の男性で神経を使う仕事の人に多い傾向があります。

中心性網膜症は、黄斑部(網膜の中で特に際立って感度が良い中心部)の網膜下に血液成分が流れ込んでしまい、丸く腫れ、見え方にさまざまな障害が起こる病気です。
病気の原因ははっきりわかっていませんが、睡眠不足・過労・精神的な不安などのストレスが引金になって血液成分が漏れやすくなり、網膜色素上皮に穴が開きます。この穴から網膜の下に成分が漏れて網膜が浮き上がり、腫れて障害を起こします。

中心性網膜症は、片方の目だけに起きる事がほとんどで、両目同時に発症する事はまずありません。症状としては、物を見ようとすると、その中心部が暗くかすんで見えにくくなる「中心暗点」が起こります。
また、正常な方の目で見るときに比べ、物が小さく見えたり(小視症)、物がゆがんで見える(変視症)などの症状が現れる事もあります。これらの症状も、視野の中心部だけに現れます。
他に視力も中心が見えにくくなるために低下し、遠視にもなるそうです。ですが、極端に視力が落ちる事はなく、落ちても遠視用の眼鏡で矯正すれば、不自由しないだけの視力は維持できるそうです。

中心性網膜症は良性の病気なので、自然治癒に任せても半年くらいで治りますが、光凝固治療などで早めに回復させる事もできます。
血液成分が漏れている点がわかれば、レーザー光線を目の底に当てて、漏出点の場所を軽く焼いて水がわきでてくるのを止める事ができ、数週間で症状がとれて治ってきます。ただ、漏れている点が黄斑に近すぎる場合は、治療後に視力が落ちたり、暗い点が見えるようになったりする副作用が心配されるため光凝固治療ができません。
その場合は、網膜の血液の循環をよくする薬などを使ってゆっくり治します。それと同時にストレスが少なくなるように、精神的にも肉体的にも安静を保つようにします。

中心性網膜症は失明する事はありませんが、再発しやすい病気です。これといった予防法が無いのが現状で、目や体に負担になる事を避けてストレスをためない生活を心がけるくらいです。
今日は中心性網膜症について話しました。


2004年 8月24日 糖尿病性網膜症
糖尿病性網膜症は腎症、神経障害と並んで糖尿病の代表的な合併症です。最終的には失明に至り、成人の失明原因の第1位となっています。

糖尿病のために目の中にある血管に異常がでてきて、血管が膨れたり、閉塞したり、破れたりするために、網膜や硝子体などに異常が出てきます。
糖尿病性網膜症は進行の程度により3段階に分けられています。
「単純型網膜症」は、網膜症の初期の段階です。網膜に酸素を送っている毛細血管に小さなこぶ(毛細血管瘤)や、しみのような出血(しみ状出血)がみられます。また、たんぱく質などが網膜にたまって、白いしみ(硬性白斑)ができたりします。
「前増殖型網膜症」は、単純網膜症が更に進行した状態です。白いしみ(白斑)の数が増え、毛細血管が部分的に塞がれてしまいます。
「増殖型網膜症」は、前増殖型網膜症が更に進んだ状態を指します。網膜の毛細血管が塞がれて、酸素不足になるため新しい新生血管が現れます。しかし、新生血管はもろいため出血を起こしやすく、網膜はく離を起こしたり、失明に至る場合もあります。増殖性網膜症が進むと、新生血管が瞳にも出現して、緑内障を起こす場合もあります。

治療はまず進行に応じて、いろいろな検査が必要になってきます。その結果から程度に応じて、止血薬や血行改善薬、出血の吸収を助ける薬などの服用が必要となってきます。
また、血管が閉塞した部位が出現してきたら、レーザーによる網膜光凝固という治療が必要です。これによって、新生血管が出てくるのを予防したり、既に出てしまった新生血管から出血するのを予防したりします。ただ、進行具合によっては、新生血管が消退してしまう事もあります。
網膜光凝固術は、網膜症がそれ以上進行するのを予防する治療です。網膜の出血や浮腫がひいてきて、視力が上がったり、明るくなったりする方もいますが、出血や浮腫、新生血管が消えてきて、眼底の所見がとてもよくなっていても、自覚症状は全く変わらなかったり、治療前よりも悪化する場合もありえます。
症状がより重くなってから治療を開始する程、このように治療後かえって見えなくなる確率が高くなります。ですが、治療後かえって見れなくなる方は、すぐにでもその治療しないと失明してしまうような状況です。

大切なのは、糖尿病の診断がされたらすぐに眼科受診をして、自覚症状のない時期から定期検査を受けて、異常が出てきたらすぐに適切な治療を始めて定期検査や治療を継続していく事です。
血糖値のコントロールが良好であれば、網膜症の発症を遅らせる事はできます。医師の指導も受けながら、食事療法や運動療法などで血糖値のコントロールに気をつけましょう。

早期発見・早期治療が失明しないための最大の手段です。半年に1度は眼底などを精密検査してもらうようにしましょう。
今日は糖尿病性網膜症について話しました。


2004年 8月23日 眼精疲労
ひと晩ぐっすり眠って疲れが取れるのは「疲れ目」ですが、「眼精疲労」は休憩をとっても目の痛みやかすみ、頭痛などの症状が残ったり、あるいは回復したと思ったらすぐまた目の疲れが出てきたりするものです。

眼精疲労は目を使う作業を続けていて、普通の人では疲れない作業量にもかかわらず、目の疲れが強く、休息してもなかなか回復しない症状をいいます。
目の疲れは、いろいろな症状で現れてきますが、目の奥が痛いという症状が最も多いそうです。次に目がかすむ、見ているうちにぼやける、目を開いているのがつらいという目の症状で他に、肩がこる、だるい、イライラするという全身の症状も加わります。
眼精疲労を引き起こす原因は様々で、主に視器・環境・心的の3つの要因に分類できます。
視器要因には屈折異常(近視・遠視・乱視)や調節異常(老眼)など、眼の各種疾患があります。
環境要因としては、VDT(画面を表示する機械)作業におけるモニターの高さやモニター画面への映り込み、部屋全体の明るさ、乾燥、エアコンやパソコン、周辺機器が発する騒音などが挙げられます。
心的要因は、仕事上のストレスや神経症、自律神経失調症など多種多様です。
また、長時間作業で目が疲れるのとは逆に、目に異常があってそのせいで疲れを生じるケースもあります。例えば緑内障では、眼圧が上がりその結果目の疲れを感じる事があります。

従来の眼精疲労治療法としては、眼鏡やコンタクトレンズの調整、ビタミンB12点眼、調節賦活剤の点眼といったものがほとんどで、眼精疲労を訴える方全員に効くものではありません。
例えば、眼科では温罨法(おんあんぽう)・冷罨法(れいあんぽう)という処置があり、温める・冷やすのどちらにも疲れ目に効果があります。血管は冷やすと収縮し、温めると拡張します。その緊張によって血管を刺激して血液の循環を促進させて、目や目周辺の筋肉の老廃物が取り去り疲れを取り除く方法です。当然、目の周囲をマッサージする事も効果があります。ただし、目の状態によっては温めないほうがいい場合もあるので注意が必要です。目が炎症を起こしている場合や充血している場合は冷やしたほうが良いです。また、室内の乾燥を防ぐ加湿器は、眼の保湿にも効果があります。
なるべく休むようにしても疲れが取れない場合は眼科へ行くようにしましょう。目の病気の可能性もあります。目の場合は早期発見が視力にかなり影響するため、正確な診断をしてもらいましょう。

目は一般に考えられているほど疲れやすいものではなく、体調や「見る」環境に無理がなければ、長時間使っても大丈夫なように作られているそうです。環境など少し見直してみてもいいかもしれませんね。
今日は眼精疲労について話しました。


2004年 8月22日 飛蚊症
飛蚊症は人によって蚊や虫が飛ぶように見えたり、ゴミが飛んで見えたり、また、ススが飛んで見えるなど見え方に違いがある眼の病気です。

白い壁、青い空、白い紙を見つめた時、目の前に黒い点のようなもの、髪の毛のようなもの、または水玉のようなものが動いているのに気付く事があります。明るいものを背景とした時だけ見え、それ以外の時はまずわかりません。
その何かは視線を動かすと一緒についてきます。目に何か付いているのかと思って目をこすってみても取れないし、眼鏡の汚れかと思ってよく拭いても消えません。この症状を医学的に飛蚊症と言います。

眼球の中には、水晶体の後ろから網膜の前まで、透明なゼリー状の硝子体と呼ばれるゲル状の物質が詰まっています。角膜と水晶体を通った光は、硝子体を通って網膜に到達しますから、この硝子体に濁りがでると、それが網膜に影を落とします。これが、飛蚊症の原因です。なので、暗い所では気にならなくなります。
硝子体の中身は老化につれて粘りけが失われ、液化して収縮します。その結果、硝子体にぴったりとくっついていた網膜がはがれてくる「後部硝子体剥離」という症状が起き、もとの接着部分が硝子体の濁りの原因になるのです。こうした場合は、視力が悪くなる事はなく、様子を見ているだけで大丈夫です。
ただし、急に症状が出た時や、加齢によるものと診断されていても、いつもと違って大型の浮遊物が見えたとき、数が突然増えた時には、網膜剥離の前兆だったり、治療の必要な疾患の可能性が高いです。すぐに眼科専門医を受診しましょう。
受診すると治療が必要かどうか、視力検査や視野検査、眼底検査が行われます。眼底検査は眼球の奥の網膜の状態を調べる事によって、生理的なものか、病的なものかを判定するために、とくに重要です。

治療が必要な飛蚊症には次のようなものがあります。 「網膜裂孔」、網膜に穴が開くものです。点眼液で瞳孔を開いて、瞳の部分から網膜の穴の周囲にレーザー光線を当てて焼き付ける「光凝固術」を行います。網膜の下に水がある時は、局所麻酔をした上で、眼球の外側から穴の部分を-60℃まで冷やして固める「冷凍凝固術」を行います。治療は外来の通院で可能で、術後は視力障害の心配もありません。
「網膜剥離」、網膜のはがれている部分の水を抜き、眼球の外からシリコンを押しつけて眼球の壁をくぼませて網膜を元の位置に戻す「強膜バックリング」を行います。症状が進んでいる場合は、硝子体を手術する場合もあります。失明に繋がる怖い病気ですが、最近では、技術や器械の進歩により、95%が回復可能になったそうです。
「硝子体出血」、糖尿病網膜症や網膜静脈閉塞症によって、網膜血管がつまると眼底出血がおき、これに続いて硝子体出血がおきます。病気の元となっている糖尿病や高血圧への治療をほどこすとともに、止血剤の内服を行います。それでも血液の吸収が悪い場合は、手術をして血液を除去します。
「ブドウ膜炎」、炎症を抑えるため、抗生物質やステロイド剤の内服薬や点眼剤の投与を行います。原因が糖尿病やベーチェット病、結核、リュウマチといった全身疾患の場合には、その治療が主体となります。

濁りをとる方法は残念ですがありません。また取る必要もないのです。この濁りは消えにくいものと考えてください。老化と同じものと考えて、なるべく気にしないよう心がけてください。現在見えているものは、まず一生続くでしょう。少し小さくなったり、数が多少増えたりするかもしれませんが、基本的に心配はありません。
症状に気づいたら早めに診断を受ける事が肝心ですが、現実に異常を自覚するのは簡単ではありません。特に、出血が目の中心部から離れたところで起こると、気がつくのが遅れて硝子体の濁りが濃くなり、失明する恐れもあるのです。定期的に検査してもらいましょう。

飛蚊症は硝子体剥離のように無害のものである事が多いのですが、網膜剥離、糖尿病のような重症の病気の事もあるので、気がついたら早めに眼科で検査してもらいましょう。
今日は飛蚊症について話しました。


2004年 8月21日 緑内障
緑内障は40歳以上の人に3%の確立がかかっていると言われていますが、自覚症状が乏しく、気付いた時には手遅れになる事も少なくない病気です。

緑内障は一般に、眼圧が高くなる事によって視神経が冒され、視野が狭くなったり欠けたりする病気です。しかし、眼圧が正常値範囲内でも緑内障が起こる場合があるので、注意が必要です。
緑内障にはいくつかの種類があります。眼圧が高くなる原因によって主に原発緑内障、先天緑内障、続発緑内障に分けられ、原発緑内障はさらに開放隅角緑内障、閉塞隅角緑内障に分けられます。
「原発開放隅角緑内障」、房水の出口である線維柱帯が徐々に目詰まりし、眼圧が上昇します。ゆっくりと病気が進行していく慢性の病気です。
「正常眼圧緑内障」、眼圧が正常範囲(9〜21mmHg)にも関わらず緑内障になる人がいます。これを正常眼圧緑内障と呼び、開放隅角緑内障に分類されます。 緑内障の約6割がこの正常眼圧緑内障と言われています。
「原発閉塞隅角緑内障」、塞隅が狭くなり、ふさがって房水の流れが妨げられ(線維柱帯がふさがれて)、眼圧が上昇します。原発閉塞隅角緑内障には慢性型と急性型があります。
「先天緑内障」、生まれつき隅角が未発達である事から起こる緑内障です。
「続発緑内障」、外傷や角膜の病気、網膜剥離、目の炎症など、他の目の疾患による眼圧上昇や、ステロイドホルモン剤などの薬剤による眼圧上昇によって起こる緑内障です。

一般的に緑内障は、知らないうちに病気が進行している事が多くあります。視神経の障害はゆっくりとおこり、視野(見える範囲)も少しずつ狭くなっていくため、目に異常を感じる事はありません。
急性の緑内障では急激に眼圧が上昇し目の痛みや頭痛、吐き気など激しい症状をおこします。時間が経つほど治りにくくなるので、このような急性閉塞隅角緑内障の発作がおきた場合はすぐに治療を行い、眼圧を下げる必要があります。
一度損傷を受けた視神経は、治療をしても元には戻りません。現在行われているおもな治療は、視野狭窄の進行を遅らせるための治療で、残念ながら根本的に視野を回復させる治療法はまだ見つかってません。
そのため緑内障では、初期の段階での早期発見、そして早期の治療が求められます。早期に緑内障を発見するために、定期的な眼圧や眼底の検査、視野検査を受けるようにしましょう。

緑内障であれば眼圧を下げるために色々な(点眼薬、内服薬、手術)治療を行いますが、病気の種類と程度によって使い分けをしますから必ず医師の指示に従ってその通りに行ってください。
点眼薬による場合、1回1回点眼したり5回点眼したり、また濃い薄いがありますので医師の指示を守らないと悪影響を及ぼします。また点眼薬には副作用があります。種類によってはは瞳孔(ひとみ)を小さくしたり、時には点眼後30分位の間少し視力が悪くなったり、軽い眼の痛みがおこったり、充血したりする事があります。また、ぜんそくや心臓に異常がある場合、使用できない事があります。
内服薬による場合、一般に内服薬は点眼薬の補足に使用されますが、時には手足や口の回りがしびれたり、胃腸が少し悪くなったりする事があります。これは服用を止めると元に戻ります。
レーザー照射や手術による場合、薬で眼圧を調整する事ができない時や、視野狭窄が進行する場合は、水(房水)の新しい出口を作る手術をしなければなりません。レーザー照射は通院で可能です。ただ、レーザーでも効果がなければ入院手術が必要です。

眼痛、充血、視力悪化などが起これば、すぐ眼科専門医を訪れるようにしましょう。救急処置としては眼を冷やす事。緑内障の発作は冬の寒い時、夏の暑いときによく起こります。
今日は緑内障について話しました。


2004年 8月20日 白内障
白内障は歳をとると髪が白くなったり、シワができるのを避けられないのと同じように、40歳を過ぎた頃から誰にでも起こりうる、目の老化現象の一つです。ですが、最近では手術などの治療も進んでおり、恐い病気ではなくなってきました。

白内障は眼のレンズにあたる水晶体が濁る病気です。生まれたばかりの眼の水晶体は限りなく透明ですが、10歳前後で目の成長は止まってしまい、あとは老化するだけです。そして加齢とともに透明度が低くなり、ある程度の年齢になると濁りが出てきます。
加齢や外傷などによる水晶体の濁りが酷くなると、見るために必要とする光を遮ってしまい、ものが見えにくくなってしまいます。この白内障は「しろそこひ」とも呼ばれていました。

白内障には生まれつきのもの、外傷によるもの、糖尿病等によるもの、またその他の病気に付随して起こるものなど、いくつかの種類がありますが、ほとんどは老人性白内障で白髪や老眼などと同じように中年過ぎの老化現象として起こってきます。
白内障の初期には、本や新聞を読む時眼が疲れる。人の顔がボンヤリかすんで見える。眼の前に蚊のようなものが飛んでいる感じがする。老眼の眼鏡をかけてもはっきり物が見えないなどの症状が現れてきます。
次に、視力が徐々に衰え、物がはっきり見えなくなり、更に進行すると眼の前にかざした手の指の数も判らなくなってきます。また光や月が複数に見えたりする(複視力)などの症状が起こります。
晩期になると視力障害は日が増すごとに酷くなり、最後は目前の手の動きや僅かの光しか見えなくなります。
白内障は、すぐ眼の中心部に出てくる場合もありますが、多くの場合、水晶体の回りから中心部に向かって濁ってきます。そのために始めは視力に障害がなく、自覚症状もありません。中心部に濁りが出てきて始めてかすみが感じられますので、かすみ始めた時はかなり症状が進んでいるとも言えるわけです。
また、人によってまちまちで、急に進む場合もあれば、ほとんど進行しない場合もあります。

いったん白内障が進行して水晶体が混濁すると薬などで元の透明性を回復することはできません。したがって、白内障が進行した場合は手術以外に視力を回復する手段はありません。
白内障が軽度で、あまり視力に影響のない場合は点眼薬や内服薬による進行予防をします。現在までに開発された「抗白内障薬」は、全て進行予防に働くものですが完全に進行を阻止する事は不可能で進行を遅らせるといった効果しか期待できません。
しかしながら、「何もしない」というよりは「点眼薬を続ける」などの努力で少しでも進行を遅らせる事はできるはずです。医師から点眼などを勧められた場合は、続けるようにしてください。

白内障の治療に関しては素人の自己判断は危険です。白内障が進行すると、緑内障やブドウ膜炎などの他の疾患を併発する事もあります。定期的に専門医の診察を受けるようにしてください。
ほとんどの方は、入院を必要としません。日帰り白内障手術を提供している診療所、あるいは病院を受診し、手術を受け、手術を受けたその日に帰宅できます。ただ、できるなら手術日に家に連れて帰ってくれる友達や、家族がいたほうが安心です。
手術後に眼が回復するのには数ヶ月かかります。このため、完全に回復するまで、眼科医が回復程度や術後管理を確認する必要があります。
白内障手術前と、後で比較すると見え方は変わります。手術する前は、何となくぼやけて見えたり、かすみがちだった見え方が、手術した後でははっきり見えるようになります。しかし、それと同時にまぶしく感じる事があります。
また、水晶体を摘出する事により、今まで水晶体で吸収していた有害光線(紫外線)を吸収できなくなってしまい、目に悪い影響を与える事があります。その予防として、紫外線カットを施した眼鏡をかけたり、専用のまぶしさと紫外線を有効に防ぐフィルターレンズや、サングラスを使用したりします。

白内障を避けるには、偏食を避け、バランスの良い食事を心がけることが大事です。また、紫外線、放射線、赤外線などを避けるためサングラスや保護眼鏡をかけるのも良いでしょう。
他に糖尿病などの白内障の原因となる病気を防ぐ事も重要です。最後にビタミンE、B2、Cは白内障の予防すると言われています。逆に白内障を助長すると言われているのは、古い油を使った揚げ物や古い魚の干物などです。

白内障は程度の差こそあれ、誰にでも起こる老化現象の1種です。悪くなったらすぐに眼科で診てもらいましょう。
今日は白内障について話しました。


2004年 8月19日 老視
40半ばを過ぎると、多くの方は近くのものが見えにくくなってきます。これが老眼と呼ばれているものですが、眼科学で正式には、老眼とは言わずに老視と言います。

老眼は水晶体の老化によって「ピント調節」ができなくなった状態です。毛様体筋が衰えて水晶体にも弾力がなくなり、その弾力が失われると焦点は網膜より後ろに結ばれてしまいます。
このような眼の老化はかなり若い時から始まっています。そして、近くのものが見難くなってきてしまった時が老眼の始まりなのです。ただし、遠視による近くが見づらいのは例外です。

「近視の人は老眼にならないが、遠視の人はなりやすい」と一般に言われています。近視は水晶体が普段から厚くなっている事が多く、近くを見るのに適している眼で、老眼になっても、る程度近い距離であれば眼鏡をかけなくても見る事ができます。
しかし、近視だった人が歳をとって、近眼用の眼鏡をはずして新聞を読むのは、近視用に調整した眼鏡が「なくても見える」のではなく、「かけると見えにくい」ためです。老眼が進んでいるからこそ、はずさなければ見えない。つまり近視の人も老視になります
一方、遠視の人は本来、遠くも近くも見る能力の低い眼なので、早く「見えにくく」なりやすいです。その分自覚しやすいとも言えます。
いずれにしても、人間の目は60才頃にはピント合わせの能力が0になってしまいます。したがって、無理して老眼対策を遅らせるより、度数がゆるいうちに遠近両用眼鏡のような便利な道具に慣れていく方が賢明です。老眼による問題の多くは、対策を遅らせすぎて慣れる機会を逸したために起きています。

老眼の初期症状としては、「本や新聞などを読む距離を、少し遠くすると見える」「朝新聞が読めても、夕方になると読みにくくなる」「すぐに疲れるため長時間読書ができない」「細かい物を見る作業をしていると、だんだんピントが合わなくなる」などがあります。このような症状が現れてきたら老眼鏡を使用する事により、改善する事ができます。
老眼鏡は、正視の人では凸レンズを使用しますが、近視の人は近視の度だけ少なく、遠視の人は遠視の度だけ多くなります。
近視の人は、普段使用している眼鏡を外したり、度数を減らす事で近くが見えやすくなります。遠視の人は、普段使用している眼鏡の度数に、年齢に応じた度数を加入するため、凸レンズを使用します。
正視、近視、遠視、いずれの場合にも、年齢と共に調節力が弱くなってくるので、老眼鏡の度数は年と共に変えていく必要があります。

老眼鏡の選び方は人それぞれですが、視力が左右対称とは限りません。よく出来合いの老眼鏡をお店で見かけますが、読書をしたり仕事をする時には自分の目にちゃんと合わせた眼鏡が必要になります。
読書などに適当な距離は25〜30cmですが、仕事をする上で必要な距離は人それぞれの距離があります。必要な距離で自分が楽に見る事ができる眼鏡が最良の物となります。
眼鏡だけでなく最近は加工技術の発達により、多くの種類の遠近両用コンタクトレンズが登場しています。ただ、かなりの技術が必要で、処方できないところもあるみたいです。

ピント合わせの能力は10才でもすでに低下を始めており、何才からが老化、とはっきり言えるものではありません。少しでも見にくいと感じたら早めに眼科で調べてもらいましょう。
今日は老視について話しました。


2004年 8月18日 乱視
乱視は物が二重に見える状態と考えられていますが、実際にそうではありません。レンズとしての目が完全な球面でない事を意味します。精巧に作られているカメラでも、精密に測定すると多少のゆがみや方向によるカーブの違いが存在します。
人間の目も精密に測定すると、角膜や水晶体、硝子体、網膜などゆがんでいたりします。このゆがみによって起こるのが乱視です。

乱視の原因には、水晶体が原因の場合もありますが、多くの場合は角膜が原因となっています。正常な人では、角膜は横方向も縦方向もほぼ同じカーブをしていますが、乱視の人では横方向と縦方向で異なります。
そのために横方向と縦方向とで屈折力に差が生じ、眼底にはっきりとした像を結ぶ事ができないのです。乱視がやっかいなのは原因が角膜だけにあるわけではないからで、水晶体や硝子体、網膜にも光をひずませる原因があると乱視になってしまいます。

年齢が若く軽度の乱視の場合にはほとんど症状は有りません。しかし、軽度の乱視であっても年齢が進むにつれて症状が現れてくる事もあります。
遠くも、近くも見えにくくなる視力障害。片眼で見ても、二重に見える事がある単眼複視。焦点が合わないので調節の努力のために眼が疲れる眼精疲労。その他、夜間に見えにくくなる、電光掲示板の文字がにじんで見えるなどの症状があります。
これらの事もあり、乱視は視力低下の原因になり、疲労感や頭痛、肩こりなどを引き起こす事もあります。

基本的に乱視は余り変化する事はなく、軽い場合には近視と同じように眼鏡で矯正できるので、あまり心配する必要は有りません。
しかし、乱視が強い場合にはメガネでは物が歪んで見える為、ハードコンタクトレンズを使用します。現在、乱視用のソフトコンタクトレンズも販売されているので、ハードコンタクトレンズが苦手な人でも、無理なく矯正する事が可能です。
乱視は角膜乱視と水晶体乱視を合計したものです。なので、矯正のためのコンタクトレンズは、角膜乱視と水晶体乱視のバランスを考えて選択しなければなりません。レンズの種類を選ぶ段階から眼科医に相談する必要があります。

人間の目は生き物の部品ですから、乱視があるのは決して異常ではなく、むしろ当然です。酷い場合は早期に眼科で診てもらって、視力を低下させないようにしましょう。
今日は乱視について話しました。


2004年 8月17日 近視・遠視
人間の眼は、かつて遠くを見るように作られていました。まだ、主に狩猟をして生きていた頃、大切だったのは遠くにいる獲物や近づく敵を早く知る事でした。まず遠くを見まわし、必要な時に近くを見ていたと考えられます。
ですが、現代では遠くを見る事はほとんどなく、特にテレビ・パソコンなどの普及によって、近くを見る仕事が激増しました。ある意味で近視は、近くを見る事が多く必要な現代社会に適応した眼なのだとも言えます。

眼は水晶体というレンズの厚さを、毛様体で変える事によってピントを合わせています。毛様体筋が緊張すると毛様体小帯が緩み、水晶体は自らの弾力で膨らみ、レンズが厚くなり、近くの物に焦点を合わせられます。
逆に遠くを見る時は毛様体筋が積極的に「緩み」レンズが積極的に薄くなる事はなく、毛様体筋の動きは「緊張する」という一方方向しかありません。ピント合わせの構造も、狩猟時代の遠くを見てから、緊張して近くを見る生活に合うようにできています。

近視は、眼が全く調節を行っていない時に、眼に入る平行光線が網膜より手前に結像してしまう状態を言います。近視には眼軸が長い事に起因する「軸性近視」と、角膜や水晶体などの屈折力が強い事に起因する「屈折性近視」などがあります。
また、長い時間近場の作業を続けると、調節をつかさどる毛様筋が異常に緊張し、近場の作業を止めたあとでも緊張状態が残る場合があります。これにより、一時的に近視状態になることを「仮性近視」と言います。
近視でボヤケて見えるのは、網膜の前で焦点が合ってしまっているからです。なので凹レンズによって、眼に入る前の光をちょっと拡散させれば、網膜に焦点が届きはっきり見えるようになります。これが近視用眼鏡です。

遠視は、眼が全く調節を行っていない時に、眼に入る平行光線が網膜より後に結像してしまう状態を言います。遠視の度合いが軽くまだ若い人であれば、調節機能で焦点を網膜上にもってくる事ができますが、常に毛様筋を使い眼が緊張しているため、眼が非常に疲れる事になります。
視力測定の結果が良いから正視だと勘違いしている人もいるようですが、視力1.2以上の人の中には、正視の人の他に遠視の人もいるので注意が必要です。(潜伏遠視)
遠視でボヤケて見えるのは、網膜の後ろで焦点が合ってしまっているからです。そこを凸レンズで屈折力を補えばはっきりと見えるようになります。これが遠視用眼鏡です。

眼が悪くなる原因について、遺伝のせいや姿勢を悪くして近くでばかり見たせいなど、他に食生活や外傷、他の病気による誘因なども考えられていますが、正確な原因は解っていません。
ただ、そこは近視も遠視も関係なく、遺伝と姿勢は考えられている原因の主な2つです。

眼鏡をかけると度が進むから良くないと言う人がいますが、これは大きな間違いです。ちゃんと調整した眼鏡やコンタクトを正しく付けていれば、度が進むという事はありません。進むとすれば、眼鏡が正しくあっていないか、近視の進む理由がその後も続いているからです。
むしろ、かけない事による害の方が大きく、最悪の場合視力を失うという深刻な事態にもなりかねません。視力は視神経の伝達能力の事で、いつもぼんやり見えない・見ない状態でいると、この伝達能力は鍛えられる事もなく衰えていき、視力は低下してしまいます。
しまいには眼鏡の度数(正確に網膜に届くよう、光を屈折させるために必要なレンズの力)をいくら上げても見えなくなります。まだ近視もゆるく、近くの物ならハッキリ見える場合は本を読む時など眼鏡を外しても良いですが、それ以外は眼鏡やコンタクトを付けて視力を鍛え、維持するようにしましょう。

人間は主に視覚から情報を得ており、その割合は約80〜90%にも及ぶと言われています。日本人の30%以上が近視であると言われています。ちゃんと矯正して悪くならないようにしましょう。
今日は近視・遠視について話しました。


2004年 8月16日
私たちが眼と呼ぶ、視覚器官のはじまりは、生物がこの地球上に表れ始めてから始まったと言えるそうです。
視覚器官のない単細胞生物でさえ、光と暗闇がわかります。また、ミミズなども視覚器官はありませんが、皮膚に光を感じる光感覚細胞)を持っていて、明るさのわずかな変化をうまくとらえています。
眼はこのような感覚細胞の進化の結果なようです。現在の人間の目は、脳のこつの断片が、残りの部分から分かれてだんだん目に変わっていったものです。人間の目は外から情報を取り入れるために進化した脳とも言えます。

見るという事は、3つの段階からなります。
同時視、両目で別々に眼に入ってくる像を同時に感じる事。
融像、両目で別々に眼に入ってくる像を1つに感じる事。
立体視、これは最も高度で、上の2つがないと立体感は得られません。

目は小さな球形をしています。小さいながら外界から多くの情報を得て、五感の1つである視覚を司っています。目の表面の角膜を介して光を眼の奥にある網膜に送ります。最終的にその光信号が脳に伝えられ、私たちはものの形や色を判別する事ができます。
しばしば目の構造はカメラに例えられるので、対照して考えてみていただけると想像しやすいかもしれません。
カメラ → 目
ボディー → 強膜(しろ目)
フィルター → 角膜(くろ目)
レンズ → 水晶体
しぼり → 虹彩(こうさい)
フィルム → 網膜(もうまく)
カメラでは,レンズの光の屈折カが変わらないため、像をフィルム上に結ばせるためにはレンズを前後に動かさねばなりません(焦点距離を変えて焦点を合わします)。目では、レンズの働きをする水晶体が光の屈折力を変えて網膜の上で像を結ばせます。
また、フィルムは光のエネルギーを物理的なまま残しますが、網膜では視細胞から受けとった情報を意味のある「画面」にして脳に送り、脳で初めて「現像」して「見る」という道筋をとる事になります。

眼の各器官の名前と機能の紹介をします。
「眼瞼(まぶた)」、まばたきをしながら眼球を保護します。
「結膜」、まぶたをひっくり返して見える部分(瞼結膜)と眼球の表面の白く見える部分(球結膜)からなっていて、まぶたと角膜を結んでいます。袋状となっているため点眼した目薬はこの部分にたまります。
「角膜」、黒目にあたる部分で、光が通るため実際は透明です。目に入る光が最初に通過し、大きく屈折されます。「強膜」、角膜とともに眼球の外壁を作っています。
「虹彩」、茶目の部分で、中心に瞳孔があります。目に入る光の量を調節しています。
「Zinn小帯(毛様小帯)」、細い線維で毛様体と水晶体を結びます。
「毛様体」、Zinn小帯と連動して毛様体筋の緊張・弛緩によって水晶体の厚みを変えて、ピントを調節します。房水を産生していたりもします。
「水晶体」、透明な凸レンズで、眼球に入った光を屈折させます。
「毛様体」、Zinn小帯と連動して水晶体の厚みを変える事で、調節を行います。
「前房・後房」、房水で満たされていて眼圧を維持しています。
「隅角」、房水が眼外へ排出される部分です。
「脈絡膜」、強膜と網膜の間にあります。血管が豊富であり、光を感じるために最も大切な網膜に栄養を送っています。
「網膜」、光を感じる細胞(杆体細胞)と色や形を感じる細胞(錐体細胞)があり、受けとった情報を意味のあるものにして脳に送ります。
「中心窩」、眼底の中心を黄斑といい、その中でも最も良く見える部分です。
「視神経」、網膜に達した刺激(視覚情報)を脳の中枢に伝えています。
「視神経乳頭」、視神経の眼球からの出発点です。
「硝子体」、眼球の内容の大半を占めるゲル状のもので、眼球の形を保っています。

目の大きさは生まれた時の赤ちゃんでは直径16.5〜17mmしかありませんが、3歳で22.5mmまでに成長し、その後14歳までに毎年0.1mmずつ成長していきます。そして大人では23〜24mmになると言われています。

眼は一番情報量を多く入手する器官です。まだわからない事などもありますが、少しずつ解明されてきています。
今日は眼について話しました。


2004年 8月15日 鮑(アワビ)
鮑(アワビ)は種類が多く、北海道や三陸沿岸で獲れるエゾアワビは寒い時が旬で、山陰地方では春、太平洋岸の南日本では真夏が旬になります。

アワビ類は一枚貝の仲間に思われがちですが、ミミガイ科の巻貝の一種です。殻は平らで丸みを帯びた耳形をし、表面には一列に並ぶ、吸入孔と呼ばれる穴が4〜5個存在します。
日本ではクロアワビ・マガカアワビ・メガイアワビ・エゾアワビ・トコブシの5種類が知られていて、いずれも食用とされています。水深5〜30mの岩礁に住み、夜行性で海藻を食べて生活しています。産卵期は10〜12月ですが、冷水域にすむエゾアワビはやや遅いそうです。
エサとなっているのはコンブやワカメなどの海草類が主で、口で噛みくだき、そのエキスが食道を通り、アワビのキモへと運ばれていきます。アワビのキモはオスは茶系で、メスは緑系と 全く違った色でオスかメスの判断材料にされています。ただ、味の方そんなに違いはないそうです。
また、最近はアワビの需要が増加したので、アワビ類の増養殖が行われていますが、生産量は少なく、オーストラリアなどから輸入されています。

クロアワビは楕円形の殻で、殻長20cmです。殻や筋肉の足の部分が黒ずんでいる特徴があります。温水性で関東以南、沖縄まで分布する。漁獲量が多く、他のアワビと比較して、殻が若干細く、刺身に適しています。
マダカアワビはアワビの中で最も大きくなり、殻長30cmにもなります。東海地方以南に多くいます。肉が比較的やわらかく、足の部分が深緑色なのが特徴です。
メガイアワビは殻長20cm程度で、殻はやや赤みを帯びて比較的薄く、外形は丸みがある。足の部分が黄色みを帯びている。東北地方から四国、九州にかけて分布している。身が柔らかく、煮あわびや酒蒸しなどの料理にむいています。ただ、最近では絶滅しかかっていて禁漁になっているところもあります。
エゾアワビはクロアワビの北方型で冷水性である。やや小ぶりで、殻長は16cmほどで殻は薄いです。クロアワビと同種と考えられていて、北海道・東北地方の沿岸に分布しています。肉の味はクロアワビに匹敵するほど美味しいそうです。また、他のアワビとは違い旬は冬から春にかけてです。
トコブシは殻長7cmの小型種で、アワビの稚貝と間違えられますが、吸入孔が7〜8個あり区別できます。北海道から九州まで広く分布しているそうです。

アワビはコンドロイチンを含んでいて、老化の進行を弱める効果を持っているとされています。他に、血枯れを治し、病後の回復、解毒に効果があるそうです。
アワビの旨みはグルタミン酸とアデニル酸で、甘みは、グリシンとベタインによるものです。アワビの美味しさは単なる磯の香りだけでなく、凝縮されたものです。また、殻は視力の衰えや白内障の眼病に効果があります。稀に真珠が入っている事があり、この真珠は眼病の薬にもなっています。

アワビを選ぶ時は、殻が深く、身が太ったものがよく、肉が殻から盛り上がり、そこに触れると素早く反応して縮むものが新鮮です。
保存する時は、殻からはずして、表面を軽く塩でもみ、その後、冷凍保存します。

生食はアワビ独特の歯応えが楽しめ、刺身や鮨種に適しています。薄く切ってわさび醤油や、わたと和えて食べたりします。
また、火を通すとやわらかくなり、特有の旨みが出ます。水貝(生アワビを塩で擦り、ひもを外してわたを取り、口をV字型に切り取り、約2cm角のさいの目に切って、薄い塩水をガラス器に張って、氷・キュウリ・じゅんさい・紫蘇などと一緒に盛った料理)の他に、酒蒸しやワイン蒸しにすると美味しく食べれます。
他にも酒、みりん、醤油で一煮立ちさせると、身肉が軟らかくなり食べやすい。味が染み込むまで煮ておくと保存が効きます。薄く切って酒、醤油で一煮立ちさせ、煮汁で飯を炊き、具を混ぜて蒸らすとアワビの炊き込みご飯になります。

縄文晩期の高度の文化を持つ遺跡からアワビの貝殻が発見されていて、それだけ古くから食べられていた事がわかっています。中国では不老不死の薬であるとも言われていたそうです。
今日はアワビについて話しました。


2004年 8月14日 鮎(アユ)
鮎(アユ)は6月の解禁が有名ですが、「土用鮎」と言われる土用の頃がもっとも成熟して香りも高く旬と言えます。また、8〜10月には落ちアユと呼ばれる産卵前のアユが出回ります。

アユの語源は
「脆ゆる」つまり弱々しいとか、優しい魚。
「あや」美しい姿とか愛すべき魚。
「落ちる」秋に川を下る魚で、古語では川を下る事を「あゆる」と言った事から。
「ア」は小、「ユ」は白で、つまり小さく白い魚の意味。
漢字が輸入されて「安由」「阿由」などと記され、別名を鱗の細かなところから「細鱗魚」。
口辺が白く目立つから「銀口魚」。
多くは1年で生涯を終えるので「年魚」。
体表をおおっている粘膜に良い香りがあることから「香魚」。
日本を代表する国魚として「国栖魚」。
また、通用漢字は「鮎」と書きますが、これは三つの伝承があります。
1つ目は神武天皇が九州より兵を進め大和国に入った時、治国の大業が成るか否かを占って、瓶を川に沈めた時に浮き上がってきたのがアユだったとかで。現在でも天皇の即位式において 階前に立てられる万歳旗の中の上方には「カメとアユ」が画かれています。
2つ目は神功皇后が朝鮮半島に兵を出した時、今の唐津市松浦川のほとりで勝ち戦か否かを祈って釣ったのがアユだったので、魚扁に占をつけて「鮎」としました。
3つ目は約千年頃の延喜年間に、秋の実りをその年の諸国におけるアユの漁獲漁の多寡で占ったとの事からで。中国では「鮎」はナマズを指すそうです。最近は逆輸入で日本と同じように使用しています。

アユはサケ目アユ科アユ属で、本州以南の川に生息するかなり一般的な淡水魚です。広くアジアの東部、太平洋岸一体の河川に生息していますが(北朝鮮、韓国、中国、台湾などにも)、特に日本での生息域が最も広く、英語でも「AYU」と言われるくらい、日本特有の魚となっています。
秋に川で産卵、孵化し冬仔魚期には海で暮らし、春稚魚期に河川に上って成魚に成長します。成長すると200g〜400gほどの大きさになります。水底の藻類などを主食にしているため、すいかのような香りがする事から「香魚(こうぎょ)」の名前もついています。
内臓はほろ苦い味がするが、非常に美味しいとされています。ただし、食べすぎはビタミンB1を破壊する原因となります。

アユはその優雅さから清流の女王として親しまれています。また、自分の縄張りを大事にしていて、外敵が縄張りに侵入してくると果敢に攻撃し、侵入者を追い払います。そのため「闘魚」とも呼ばれています。このようにアユは優雅さと獰猛さの両面を持ち合わす魚です。

アユはタンパク質、鉄分、リンなどのほかに、豊富なビタミン類を含んでいます。カルシウムが多く含まれており、ほろ苦い内臓にはビタミンDが豊富で、丸ごと食べると歯や骨を丈夫にするのに役立ちます。
イライラ、肩こり、不眠や脚気などビタミンB1不足からおこりますが、アユにはB1が多く含まれています。また、夏バテ解消にもアユは適した旬の魚です。
天然ものには、脂肪の含有量が少ない。養殖ものの場合は、天然アユの2〜3倍含まれていて、脂質が内臓に蓄積し、ゼリー化しています。ですが、養殖ものは老化の進行を抑制し、生殖機能を高める働きをするビタミンEが、魚類中で最も多く含まれています。

市場に出回っているほとんどは養殖ものか準天然もの(養殖アユを渓流に放したもの)です。天然ものは全体にほっそりとしていて頭部が大きく、胸ビレの上の黄金色の斑点が明瞭です。尾の色も選ぶのに使え、黄色が鮮やかなのが天然ものです。

アユはなんと言っても塩焼きで、登り串をして振り塩、ヒレに化粧塩をして強火の遠火で焼きます。蓼酢(たです)があると最高です。アユの美味しさは内臓に含まれる香味です。内臓を抜かず塩焼きするのが一番。
「背越し(せごし)」というアユを骨ごと2mmぐらいに薄く輪切りにした刺し身も美味しいそうです。その他皮の固い落ちアユは甘露煮、煮浸し、魚田(田楽)、昆布巻きなど、アユ寿司も風情があります。

日本では縄文遺跡でアユの骨が発見されたりしています。それだけ古くから食べてきているアユ、美味しく食べたいですね。
今日はアユについて話しました。


2004年 8月13日 蛸(タコ)
蛸(タコ)はアフリカ産が大半で、冷凍タコとなって一年中供給されていますが、本来は、夏の産卵期が一番味がよくなり、俳句などでも季語は夏のものとされています。
関西では半夏生(夏至から11日目)にタコを食べる風習があります。

タコの種類は世界250種くらいいますが、一般に知られている種類はマダコ、イイダコ、ミズダコが主です。また、食用になるのはマダコなどを含めた5〜6種類のみと言われています。
マダコ(真だこ)、世界各地の分布も広く、温帯、熱帯地方の海に住んでいます。ヨーロッパの北海から地中海、紅海、西インド諸島にも生存する。日本ではタコといえばマダコを指します。
関東以南、特に瀬戸内海で多く穫れる。マダコは20mよりも浅い砂、礫の海を好む。赤褐色だが、ミズダコと同様、周囲の色に応じて色を変化させます。大きいもので3kg程度になります。
イイダコ、全長15〜16cmの小型のタコです。名前は、産卵期に飯粒のような卵を持つ事に由来するそうです。雄よりも雌が美味しく、旬は抱卵している3月から5月と言われています。
ミズダコ、主に三陸から北海道で穫れる大型のタコです。腕を広げると2mを超える世界最大種です。身が柔らかく水っぽいためこの名前ですが、北海道ではこのミスダコの事をマダコと呼ぶそうです。

タコは無脊椎動物の軟体動物門、頭足綱二鰓亜綱の八腕目に属しています。体の仕組みから見れば、タコは貝類の仲間でイカ類とともに頭に直接足がついている頭足類です。八腕目にはクラゲダコ科、ヒゲダコ科などがいますが、食用はタコ科のタコのみです。

タコはタンパク質が多く含まれていて、良質なタンパク質です。また、タウリンを含み、高血圧、脳卒中、心臓病などを防いだり、肝臓の機能を高め、解毒作用を強化する効果が期待できます。また、視力低下、神経系の機能の改善にも効果があるそうです。味覚障害を防ぎ、血液の循環をよくする亜鉛も含んでいます。
漢方では血を補い、気を増す作用があるとされ、体を丈夫にし、痔や産後の肥立ちによいと言われています。ただし、タコの増血作用は蕁麻疹(じんましん)を起こす事があるので、アレルギーの人は多食を避けましょう。

生のタコは食べるなら生きているものを選ぶようにします。焦げ茶色が濃いほどよく、新灰白色で斑点があり、吸盤に指を当てると吸い付くものを選ぶと良いそうです。
茹ダコの場合は、足の先までしっかりと固く巻いてあるもの、皮がむけていないものが新しいものです。吸盤の間隔と大きさが不規則な足は「乱れ」と言って、身が固いそうです。輸入ものは吸盤の中が白ですが、東京湾のものは吸盤の中まで小豆色になっています。これは茹で方の違いでこのような差が出てくるそうです。

タコは弥生時代の播磨、大阪湾岸・堺、明石等の遺跡などから蛸壺(たこつぼ)が数多く出土していて、その頃からずっと好んで食べていたとされています。
現在、日本では全世界で獲れる2/3を消費しているそうです。今も昔もタコが好きなのは変わりませんね。
今日はタコについて話しました。


2004年 8月12日 穴子(アナゴ)
穴子(アナゴ)は、片方を皮表に、もう一方を身表にしてにぎり、タレを塗って供するのが粋で江戸前鮨に欠かせないものです。
旬とされる夏に程よく脂が乗って美味しさが増しますが、他の季節でも味の落ち込みが少ない魚です。

一般にに穴子と呼ばれるのは「真穴子(マアナゴ)」で、日本沿岸にはオキアナゴ、クロアナゴ、ギンアナゴ、ゴテンアナゴなど10種類近くの穴子が生息しています。
穴子は岩の割れ目などに身を潜めているところから付いたとされていますが、実際は砂の中に埋っている事が多いそうです。また、側線に沿って白い斑点が竿秤の目盛りに似ていることからハカリ目という別名があります。
そして、北海道・東北地方ではハモと呼び、東京・神奈川ではハカリ目、西日本・九州ではホシアナゴ、また、ウナギに似ている事から目白うなぎ・海ウナギと呼ぶ地方もあるみたいです。

古代のヨーロッパでは穴子・タコ・大エビを「海の三すくみ」と呼んでいます。
穴子はタコの足に締め上げられてもスルリと抜け、逆にタコを食べてしまいます。大エビの体は殻と棘でザラザラしていて、穴子の体が滑らず大エビには負けてしまいます。ところが大エビはタコにめっぽう弱く、三すくみができています。
穴子は日本沿岸部の砂泥質の海底に生息しています。夜行性で魚やエビを好んで食べ、昼間は穴や砂中にひそんでいます。
春から夏に南西諸島付近で産卵すると言われていますが、正確な時期や場所はわかっていません。卵からかえった幼魚はレプトセファルスと呼ばれ、柳の葉を思わせるような形をしています。潮流に乗って大阪湾に入った後、変態して穴子の形となって海底に住むようになります。1年後に30cmに成長し、穴子篭や板びき網により漁獲されます。
成魚になると何でも食べるので「悪食の魚」のあだ名があります。肉食性で胃に大量の餌を収納できるよう、盲嚢部が発達していて食いだめができるようになっています。漁獲時に腹の膨らんでいるものは食べ過ぎているもので、腐敗が早く身にも味がないそうです。食べたものが腸を通過した後で腹がスマ-トなものは味が良いと言われています。
日中は砂泥にもぐり、夜間活動します。夜行性なので、夜釣りも夏の風物詩となっているそうです。

穴子はビタミンAの含有料が豊富で肌の健康を守るのに役立ち、目にも薬効があると言われています。 EPA、DHA、カリウムを多く含み、血圧の高い人にお勧めの食材です。老化防止のビタミンEも含まれています。

穴子は40cmくらいが最も味が良いとされています。裂いたものは、乾いた感じがなく、透明感のあるものが良いみたいです。白い粘膜が出て、ところどころ色あせているものは鮮度が低下しているので避けましょう。焼いてあるものは脂が浮いていないものを選ぶようにします。

抱卵した穴子を好む人は冬の方が美味しいと言い、さっぱりとした味を好む人は夏の穴子が美味しいと言っているそうです。食べ比べてみるのも楽しく美味しいかもしれませんね。
今日は穴子について話しました。


2004年 8月11日 鯵(アジ)
初夏から真夏にかけては鰺(アジ)が美味しくなる季節として、お寿司のネタに使われるそうです。また、鰺の押し寿司などもあります。

「鯵は味なり」という言葉があります。江戸中期の学者で、政治家でもあった新井白石の言で、「味」の良さがそのまま「鯵」という魚名になったわけです。特に旧暦の3月頃から味が良くなるので、魚偏に参という字があてられたとも言われています。
また、アジには「ア」が愛称語、「ジ」が魚をあらわす接尾語であるところから、「群集するもの」の事として呼ばれているという説があります。

日本近海産のものだけでも 20種ほどあり、そのうちの代表が「真あじ(マアジ)」です。側面の全域にわたって、小さなとげのある鱗(ウロコ)が1列に並んでいるのが特徴です。
大きさによっても小アジ、中アジ、大アジに分けられ、大きいものは体長40cmにもなります。好みにもよりますが、最も美味しいのは小アジから中アジの頃で、たたきや塩焼きにも最適とされています。
マアジの他にはシマアジ、マルアジ、ムロアジ、メアジなどがいます。マアジにはキアジとクロアジがいてキアジは沿岸の瀬付郡、クロアジは沖合いの回遊郡と言われています。漁獲量はクロアジの方が多いのですが、キアジの方が美味しいそうです。

鯵にはコレステロール濃度を下げる多価不飽和脂肪酸を豊富に含んでいるので、高血圧などの予防に効果的とされています。焼いた鯵はビタミンB1が多く含まれ、ストレス解消に効き目があるそうです。
アジの美味しさの秘密は、適度な脂肪にアミノ酸の旨み成分が多く含まれているからだそうです。

鯵はまるまると太っていて、身がピンと張ったものが最みたいです。体に光沢がなく、灰色っぽくなったものや、目のまわりが赤黒いものは鮮度落ちしてるので避けましょう。また、鮮度が落ちるとエラから血が出やすいのでよく見ると良いみたいです。
養殖の物は脂肪が多く、鮮度が落ちたものは身くずれが目立ちます。体が青光りし、ゼイゴ(真ん中に見える鱗)もはっきり見えるものが新鮮です。

鯵はたたきにしたり干物として食べたりいろいろあります。また、旬の鯵刺は「タイ以上」とも言われるそうなので、美味しく食べるようにしたいですね。
今日は鯵について話しました。


2004年 8月10日 お寿司
お寿司と言われると握られたご飯の上にネタをのせたものを想像されますが、本来お寿司は魚や野菜、穀物を貯蔵した時に乳酸醗酵をしてしまったものを指しています。

お寿司の起源は、紀元前4世紀頃の東南アジアと考えられています。貴重なタンパク質を補うため、米の中に塩味をつけた魚を漬けて発酵させた魚肉保存法でした。
内臓を処理した魚を米飯に漬け、米飯の自然発酵によって魚の保存性を高めた食べ物で、これを「馴れずし(なれずし)」と呼んでいました。数十日から数カ月たったところで魚をとりだし、食べるのは魚だけで米は捨てられていたのです。
やがて中国大陸に伝わって、日本にも8世紀頃の平安時代に伝わりました。日本人は米飯好きの民族だったので、魚だけでなくご飯も一緒に食べる「生成ずし」と呼ばれるお寿司が盛んになってきました。それが室町時代後期の事です。
魚は半生の状態で米飯もまだ飯として食べられる内に一緒に食べてしまうものです。この時代にお寿司は保存食から料理へと変わったようです。
ご飯は発酵を助けるためだけで貯蔵を目的としていたのですが、江戸時代になると日本独特のご飯そのものを美味しく食べる「早ずし」へと変わっていきました。自然発酵を待たずに、ご飯にお酢を混ぜて魚だけでなく野菜・乾物などを用いて作りました。この形態は、日本各地にその土地の産物と強く結びついたものとして残っています。
19世紀初め頃、江戸の町には屋台を中心とする外食産業が軒を列ねていました。その中で「にぎり寿司」が登場しました。江戸前、すなわち東京湾でとれる魚介・のりを使う事から「江戸前寿司」とも呼ばれています。そのにぎり寿司の一貫の大きさはテニスボール位の大きさであったと言われています。
すし商、華屋与兵衛の改良により、美味しさや簡便さが江戸中の評判になっていきました。そして1923年の関東大震災により、被災した東京のすし職人達が故郷に帰り、日本全国に拡がっていったそうです。
大正から昭和の始めにはまだ冷凍技術が発達していなかったので煮たり茹でたり、醤油に漬けたりしたものを盛んに握り寿司のネタとして使いました。
第二次世界大戦後からは冷凍や冷蔵などの保存技術が進み、全世界から魚貝が集まるようになりました。それにつれて生の魚貝をネタとして使うお店が増えてきました。

「すし」には「鮨」「寿司」「鮓」があります。
「鮨」「鮓」という漢字は2500年以上も前から中国にあった漢字です。「旨」は熟成する、「乍」は薄くするの意味で、自然発酵させて食べていた魚が、東南アジアの山奥から中国に渡り、 それが日本に伝わったとされています。中国では、蒙古人に支配される事によって廃れてしまい、現在は近いおすしに食べ物はないそうです。
「寿司」はお祝い事(寿)として、司る(つかさどる)の意味で、 縁起が良いとして、言い伝えられています。日本に伝わったのがいつとは定かではありませんが、漢字だけが伝わって来たという説もあります。魚介類の「すし」と呼ばれる漬け物が大陸から来たという説もあります。

お寿司には醤油、お茶(あがり)、ガリ、わさびなどがあります。
醤油の役割としては魚貝の生臭さを消し、風味をよくする事にあります。また殺菌力があって、マグロのづけなどに使われています。
お茶は口の中に残る味をさっと洗い流して次のネタを味わうためにあります。ちなみにすし屋の湯呑みが大きいのは、お寿司屋が屋台だった頃は食べ終った後に、最後にお茶で指を洗っていたという説からみたいです。
ガリの名前の由来は「ショウガをかむとがりがりするから」「生姜を氷かきの様な鋸でがりがりけずるから」など諸説あります。生姜には細菌の繁殖を抑える力があります。また酸味による口直しの効果もあります。とくに濃厚な味のネタから淡白な味に移る時に少し食べるとお口の中がさっぱりします。
わさびはその強い辛味の刺激で魚の生臭さを消し、その芳香が寿司の味を一層引きたてています。また辛味成分の刺激により食欲を増進させるとともに、消化液の分泌を促進させて消化を助ける働きがあります。

お寿司の食べ方には特に決まりはありませんが、味の淡白なものからだんだんと味の濃厚なものにしていき、最後にさっぱりと口を整えるという食べ方がネタの風味を楽しめるそうです。
タイやひらめなどの白身の魚から始まり、トロ、うになどの味の濃いものは後で、また、味の濃いものを食べた後は、ガリをつまんだり、お茶を飲んで口の中を整えておくのも 寿司の風味を楽しむコツです。
そして、最後は巻き寿司でさっぱり仕上げるのが良いみたいです。

お寿司の食べ方やネタなど変わってきていますが、今まで好まれたように残っていくのでしょうね。
今日はお寿司について話しました。


2004年 8月 9日 おにぎり
おにぎりは、ご飯を三角形や丸形などに握って食べるものです。

おにぎりの起源は平安時代、宮中の人が働くのに食べやすいように握られたものだそうで「屯食(とんじき)」と言われていました。お皿もいらない簡便食として、招待した客の従者をもてなしたり、戦国時代の携帯食や野良仕事の弁当などに活用されたようです。
精米が食べられるようになったのは豊臣秀吉の時代以後で、それ以前は携帯食として焼き米・干飯(ほしいい)など、一度蒸してから干したものを湯で戻したり口に含んだりして食べていたそうです。
また、お米が貴重で食べられなかった農民はカテ飯と言って混ぜものをたくさんしていたため、おにぎりの形に握れず布などでくるんで持ち歩いていたそうです。そして、白米食が庶民に広がったのは戦後からと言われています。

おむすび、おにぎりと二種類呼び方がありますが、どちらも同じご飯を握ったものを指します。東日本ではおむすび、西日本ではおにぎりと呼ぶ事が多いそうです。
また、大きくにぎるのがおむすびで、小さく握るのがおにぎりと使い分けがされているところもあるようです。さらに、コンビニでは海苔をまいてあるのがおむすびで、自分でまくのがおにぎりとしているみたいです。
おむすびは産霊(むすび)の神から来ているという説があります。おにぎりは戦国時代の握り飯の丁寧な言い方といわれています。また、おにぎりは「鬼切り=禍を退ける」で、おむすびは「お結び=良い縁を結ぶ」から来ているとも言う説もあります。

おにぎりは熱いうちに握るのがコツです。塩は二本の指先にチョンとつける程度にします。握る力は軽く握手する程度で、四・五回転がして形をつくるようにします。回数を増やすと固くなるそうです。
丸形おにぎりは、少し平たいボール型です。握ったあと軽く上からおさえて、くるくると回転させながらまわりを丸く整えます。
三角形おにぎりは、左手に乗せたごはんを、「への字」にまげた右手で上からおさえて握ります。きゅっと三角に整えたら回転させて次の角を整える、これを繰り返します。途中、左右反対にして握るとより綺麗になります。
俵形おにぎりは、左手の指先をまげたカーブにそってご飯を乗せ、横長に細長くにぎります。右手は俵型の上下を軽く押さえて形を整えます。最後にたわらを手でころころと転がすと綺麗になります。

おむすび、おにぎりの「お」は女性が宮中で使った丁寧語の事のようです。また、おにぎりは日本以外の国では作られていない、日本独自の食べものだったりします。
今日はおにぎりについて話しました。


2004年 8月 8日 弁当
ほとんどの学生はお世話になっているお弁当ですが、昔のお弁当は「よけいなもの」という意味だったみたいです。

お弁当は「好都合、便利な事」を意味する中国南宋時代の俗語「便当」が語源なようです。便当が日本に入り、「便道」「弁道」などの漢字も当てられました。そして「弁えて(そなえて)用に当てる」事から、弁当の字が当てられて、弁当箱の意味として使われたと考えらています。
また、「飯桶(めしおけ)」を意味する「面桶(めんつう)」を漢音読みした「めんとう」から、「べんとう」になったとする説もありますが、弁当の歴史的仮名遣いは「べんたう」なので可能性は低いみたいです。

弁当という容器自体は桃山時代からで、弁当という言葉は鎌倉時代から見られるそうです。それ以前は、器の中をいくつかに割る事から、「破子・破籠(わりご)」が使われていたそうです。
「べんとう」という言葉が、持ち運んだりできるお昼ご飯という意味になって使われだしたのは、江戸時代以降なようです。特に明治時代から一般化しました。

今ではお弁当は、学校や会社、または遠足等、外で食事をするために器に入れて持ち歩く食べもの、その器、また手軽なもてなしを含めた食事の形態を指します。
お弁当は蓋を開けた時の印象も大切なので、いかにも美味しそうに彩りよく構図を考えるのも作る楽しみですね。
今日はお弁当について話しました。


2004年 8月 7日 料亭
「料亭と割烹の違いは?」と、言われてみるとわからないものだったりします。

辞書によれば主に日本料理を供する料理屋を料亭と言い、日本料理業組合(東京)によると「一般的に芸者衆が入って接待し、それに伴う格式を備えた店」を料亭と言うみたいです。

料亭では、最高の芸により最高のもてなしが提供される特別の空間で、客はそこで普段の暮らしでは味わえない伝統のおもむきと四季折々の季節の移ろいを楽しむ事ができます。とか、
静けさと贅沢な時間を、季節ごとの器・料理・花・軸で彩る特別な空間で、「日本の文化を楽しむ空間」を楽しむ、大人の空間として注目されています。

などと言われていますが、現在の料亭では懐石料理を提供する場所ではなく、店構えでカテゴライズされている事が多いようです。
一般の解釈としては、客室のみでお客の注文に応じて主に日本料理を出すお店で、カウンターなどで料理を食べさせる店は料亭とは言わないようです。

それで、割烹と料亭の違いですが、お客に選べる範囲がどこまでか、みたいです。料亭ではある程度決まってはいますが、割烹のつくところではどれを食べて何を飲むかなどかなり自由です。

料亭では割烹のつくところよりも作法の厳しさなどもあるかもしれませんね。
今日は料亭について話してみました。


2004年 8月 6日 割烹
割烹を辞書などで引いてみると「日本風の料理、調理」とあります。

割烹は中国から伝来した言葉で、中国の古典「孟子」にも登場しています。江戸時代後期に高級料理店でこの言葉が使われ、後に日本料理店を割烹と言うようになりました。
割烹の「割」は包丁で肉や魚を割(さ)く事、「烹」は火を使って煮る事を指しています。そのままですと「切ってから煮る」と、理解しそうですが本当のところはちょっと違うようです。

日本料理は割主烹従(かっしゅほうじゅう)、と言われています。意味は文字通り、「割」が主で、「烹」が副という事で、見た目の美しさを重視する技巧的なのが特徴だと言われています。
しかし、素材にできる限り手を加えず、素材の持ち味を引き出すのが日本料理という考え方もあります。
割烹は食物を調理する行為を言い、また、食材を目の前で調理する事とも言われています。今日では、日本料理そのものを指す言葉としても使われています。

素材の良さを引き出せるのは、新鮮なものが手に入りやすい日本ならではものもかもしれませんね。やたら手を加えずに、美味しく食べてみましょう。
今日は割烹について話しました。


2004年 8月 5日 まな板
昔のまな板は現在と違って脚がついていたり、厚かったりかなり違っています。
当時は座った状態で調理をしていたからなのと、動物の骨も断ち切らなくてはいけないので自分の体重をかけるなどしていたからだそうです。

まな板の歴史は古く、弥生時代の遺跡から木製のまな板が発見されています。
まな板の言葉の意味は、「ま」は「真」で「本当の」「優れた」などの意味があり、「な」はおかずの事を指しています。「まな」は「優れた食材」の意味で肉類を表しています。それを切る時に使う板を「まな板」と呼んだそうです。
まな板という言葉は平安時代初期には使われていました。ちなみにまな板は「爼」と書く事もあります。この漢字の意味は生贄を捧げる供物台、肉や魚を料理する台などの意味があります。

また、別のですと、まな板とは、真魚(まな)を料理する板という意味です。一方野菜用のものを蔬菜(そな)板といって区別されていました。昔は料理人がまな板の前に座って作業していたため、作業しやすいように4本の脚がついていました。
平安時代に料理の流派ができると、まな板の寸法など流派の別を表す格好の用具となりました。今日では板状になりましたが、まな板を数えるのに枚ではなく1膳2膳と数えるのは、それが原因なようです。

江戸時代には小型のまな板が商品化され普及しましたが、最近では台所の立式化にともなって脚のない薄型のまな板が普及しています。
まな板の材料としては、清浄さの象徴でもある柳の木とか、銀杏の木は、刀傷ができても、すぐにその切れ目を木がふさぐとも、いろいろ伝えられます。しかし、最近では木のまな板は手入れが面倒などの理由から、プラスチック製のまな板が使われています。また、薄く、大きさも小型化してきています。
まな板を使うのは日本・中国・韓国など、箸を使う文化圏と一致すると言われます。箸で食べるには調理段階で口に入れる大きさに切るため、まな板は必要で、ナイフやフォークの文化圏は皿の上で食物を切るのでその必要は少ないからみたいです。

今はプラスチックが多くなりましたが、四角い日本のまな板の歴史には深いものがあります。ほとんどの調理に使うので大事に使っていきたいですね。
今日はまな板について話しました。


2004年 8月 4日 包丁
刃物はたくさんの種類がありますが、その中で最も身近な刃物として、包丁があります。生活していく上で欠かせない刃物の一つです。

原始時代の頃の人類の祖先は、石の先を尖らせた矢じりで動物を仕留めていました。その皮をはがしたり、硬い木の実を砕くのに、一方のへりを薄くそぎ、のこりのへりを握りやすく、ふっくらさせた石器や石斧が包丁の原型と言えます。
素材に金属を使えるようになったのは、火を使えるようになってからで約4万年前だと言われています。鉄は約3千年前から使われました。一般の人が自由に鉄素材を使用できるようになったのは、西暦1400年くらいからと言われています。

日本料理の和包丁、西洋料理の洋包丁、中華料理の中華包丁の三種類が、料理と共に世界の包丁の代表格となっています。
和包丁は、日本の魚、野菜を中心とした食文化に適した形状の出刃、柳刃、菜切に代表される包丁です。菜切を除いて基本的には片刃です。
洋包丁は、ほぼ真ん中に刃がつけられていて、肉、魚、野菜、果物と何でも切りやすいようにできているので、素材によってそのつど持ち替える事なく使えるのが便利な点です。和包丁と違って両刃です。
中華包丁は、肉でも野菜でも、これ一本で色々な切り方を全部こなしてしまえます。実際には重さ(厚さ)の違うものができていて使い分けをする場合もありますが、大抵は一本で押し通せます。重い角型の包丁です。

良い包丁の条件は、切れ味の良さです。
包丁は、材質、鍛造温度、焼入れ、焼戻し、加工時の研磨焼けなど 製造中のいろいろな条件が悪ければ、いくら研いでも良い刃は付きませんが、最初に良く切れた包丁であればその恐れはまずないそうです。
また、切れ味の持続性、研がないで切れ味が続けば良いものです。通常、材料に含まれる炭素量が多い材料ほど硬度が高く入り、耐摩耗性に優れます。ただし、材質の適正な熱処理を無視して硬度を高くしたものは、粗悪な焼入れ組織になり粘り強さに欠けます。同じ硬さであっても材量の化学成分や熱処理方法が異なれば変わってきます。

包丁の手入れですが、使った後は水かお湯で良く洗う。水分は乾いた布で良く拭く。包丁差しなどで、逆さにして保管する。長期間使用しないときは、サラダ油などで拭いてしまうようにする。
サビが出た場合は、クレンザーでこするとかなりサビが取れるそうです。食器乾燥機や洗い機使用は、包丁の柄が壊れやすくなるので好ましくありません。包丁を火であぶるのもやめます。刃物は研ぐ事によって切れ味を保てるので、10日間に1回位は研ぐようにするのが良いみたいです。

「良い包丁が、いい料理を生み出す」と言われるそうです。腕だけでなく道具も良いものを使うのが良さそうですね。
今日は包丁について話しました。


2004年 8月 3日 ハサミ
美容家で山野学苑創設者の山野愛子さんが、「針供養」に倣って「ハサミ供養」を提唱し、1978(昭和53)年から実施されました。
は(8)さみ(3)の語呂合せからみたいで、使えなくなった鋏の供養が行われるそうです。

世界最古のハサミ(鋏)はにぎり鋏(∪字型)でギリシャ時代以前から使われていたと言われています。現在のようなクロス(×字型)のハサミはローマ時代から使われていたそうです。
日本のハサミは江戸時代からみたいです。当時のハサミは木製の植木用木鋏が中心であり、あまり機能的な物ではありませんでした。しかし、明治時代に入り衣服の欧風化に伴って、クロス型のハサミも伝えられました。
武家社会の終宴と共に明治4年(1871)断髪令が公布され、断髪が習慣となってハサミの普及に拍車をかける事になりました。 そして明治10年、刀鍛冶の職人によって国産のハサミが作られました。これは現在の花切り鋏のような刃が幅広の物でした。需用と共に改良を重ね現在の様な多種、多様な型のハサミが誕生し、今では世界一と言われる程優秀なハサミの生産国になりました。

ハサミの善し悪しは、材質と焼き入れ処理でほとんど決まってしまうそうです。焼き入れ処理は、金属の暖めてから急激に冷やすと硬さが増す性質を利用しています。
良いハサミは切れ味の良いもので、研磨再生に優れた物を言います。形状に狂いの起きにくい品質で研磨・刃付けをすれば切れ味が初期の切れ味に戻る事が重要です。ちなみに新品ならどんなハサミでも良く切れるそうです。

明治になった頃は廃刀令で刀の製作ができなくなりましたが、その分日本刀の鍛錬技術を生かして数多くの良いハサミができたと思います。
今日はハサミについて話しました。


2004年 8月 2日
水は重力により低い方に流れます。この水の通路となる細長い凹地と、流れる水を併せて川と言います。また河川とも言います。

川は発生の仕方によって分類されています。
必従河川(必従谷)。地表の一般傾斜の方向に流下する川で、造った谷は必従谷と言います。隆起海岸平野・隆起準平原などに最初に形成される谷で、本流を成す事が多いそうです。
適従河川。土地の地質構造に適応した流路を持つ河川で必従河川の支流となるものも多いそうです。
逆従河川。土地の一般的傾斜と反対方向に流れる川で、その地域の必従河川と反対方向に流れるそうです。
再従河川。斜面を流れる河系ができあがって後に二次的に地質構造や侵食地形に支配され、一般傾斜と同方向に流れるような川です。
無従河川。川の流路の方向が明瞭な原因によって支配されていない河流です。だいたいは原地表面の傾斜に対し斜めに流れるそうです。平坦地が一様な堆積面からなっている時は、花崗岩のような均質の岩石が広く分布している所によくできるそうです。
また、河川法では、一級河川、二級河川、準用河川に分類されます。河川法により管理されない川を普通河川と言うそうです。

人間だけに限らず、動物は川を命のよりどころとして生活してきました。古代の集落の遺跡のほとんどが川のそばで見つかるなど、農耕・輸送・移動・食物の獲得のあらゆる面で人間は、川の恩恵にすがって生きてきました。
江戸時代に入ってからも東京中に運河を掘って、輸送や移動、下水道の代わりとして、防火用水や火災の延焼防止のためとして川に依存していました。
ですが、終戦後の高度成長時代や東京オリンピック開催のための東京大開発のためにがらっと変わります。 川は埋め立てられたり、蓋がかけられたりして、その後には宅地や高速道路ができました。
しかし、高度成長時代が終わり、低成長安定期に入るとコンクリートのようなのではなく、自然に近いかつてあった川を復活させようとする動きが出てきます。

自然な状態の川は心が安らぎますよね、そんな川を大切に残すようにしていきましょう。
今日は川について話しました。


2004年 8月 1日
海は地球の表面のうち海水をたたえた部分で総面積は約3億6千万平方kmで、地球表面積の約4分の3を占めています。
最深はマリアナ海溝の約1万1千mで、平均深度は3千8百mです。

海と言えば一般に外海を言いますが、カスピ海のように周囲を陸で囲まれた大きな湖なども言うそうです。また湖や月面の比較的凹凸少なく広々している所。あたり一面がその物でおおわれている事を指したり、硯(すずり)の水をためておく部分などを指したりもします。

初期の地球は微惑星の衝突によって高温になり、地球や微惑星に含まれている水分が水蒸気として分離して、地球を覆って行きました。そして地球温度は約2000℃、水蒸気の圧力は100atmに達していました。この頃の地表は、岩石が溶融している状態でマグマの海が広がっていました。
地球が現在の大きさに近づくにつれて微惑星の与えるエネルギーの影響が小さくなり、地表温度は低下し始めます。地表温度が300℃程度に下がった頃から地球を覆っていた多量の水蒸気は液体に変わり、地表面に海が生まれました。

地球が成長を続ける過程で放出された水蒸気、二酸化炭素、窒素などによって初期の大気は形成されていました。その他に酸性の塩化水素が含まれていて、この酸性物質が海に溶け込んで強い酸性でした。
酸性の海は、周りの岩石を溶かして中和されると共にナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、鉄などの主要な金属を溶かして次第に現在の海の成分に近づいて行きました。

生命誕生以前の地球では何らかの影響によって有機成分(メタンやアンモニアなど)の生成が起こったと考えられています。いくつかの条件や偶然が重なって有機物の合成がされ、生命の誕生に至ったと考えられています。
その後、二酸化炭素と光から有機物と酸素を光合成を行う微生物が誕生し、光合成による酸素の生産が始まったと考えられています。この酸素の増加によって海に溶けていた成分が沈殿して取り除かれ、現在の海の成分になりました。
海水にはいろいろな物質が溶け込んでいますが、なかでも食塩のもとになるナトリウムイオンと塩素イオンがたくさん含まれています。なので塩辛くなります。ふつうの海水は、1lあたり32〜38gのいろいろな物質が溶け込んでいて、その80%が食塩のもとになるナトリウムイオンと塩素イオンです。この2つの物質は水の中で化学反応や生物などの影響で、なくなる事がないのでいつでも塩辛いです。

水は赤色の成分をたくさん吸収しますが、青色の成分はあまり吸収しないという性質をもっています。なので海に届いた光が反射されると、吸収されにくい青色の成分が多く残るので、海は青く見えます。もちろん青色といっても光の強さや場所などによって、緑色や濃い青色になったりといろいろな色に変化します。

海はその雄大さなどから例えにもよく使われますが、それくらいに歴史もありますね。
今日は海について話しました。


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