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2004年 10月31日 バッタ
バッタは飛蝗や蝗虫とも書き、直翅目バッタ科の昆虫の総称です。飛んでいる時の「バタバタ」と言う音からバッタと名付けられたみたいです。

触角は短く、羽は退化したものから発達したものまで変化に富んでいます。後肢は長く発達して跳躍に適しています。雌は土中に穴を掘って産卵し、多くは卵の状態で越冬します。変態は不完全です。
有名なのはイナゴ・トノサマバッタ・ショウリョウバッタ・オンブバッタなどで、草本、特にイネ科植物を好んでいます。日当たりのよい川原や草むらに住んでいて、バッタの仲間は前翅に後翅をこすりつけて発音します。

バッタつりをしてみたい人は、川原でトノサマバッタを探します。そしてつり糸の先に黒や赤などの色を塗った木切れをつけ、バッタの近くに落としてゆっくりひきずったり、上下させたりします。
するとバッタがしがみつき、はなれようとしません。手にとっても逃げようとせず、木切れからはなすと指にしがみつくバッタもいます。ただしこの方法でつれるバッタは雄だけで雌はつれません。

バッタは大量に発生する事があり、その場合には褐色化して飛蝗(ひこう)となり、長距離の飛行をしながら周辺の植物を食い荒らします。アフリカや中国で発生しており、日本でも見られる事があります。
その仇という訳でもないでしょうが、人間はイナゴを佃煮にして蛋白源にしてきました。ゲテモノ扱い気味ですが昆虫を蛋白源にする考え方(昆虫食)は栄養面でもコスト面でも良いらしいという話はあります。

人によっては小さい時に追い掛け回したりしてたかもしれませんね。その人だけの捕まえるコツとかもありそうです。
今日はバッタについて話しました。


2004年 10月30日 キリギリス
キリギリス(蟋蟀、学名はGampsocleis buergeri)は、直翅目キリギリス科に分類される昆虫で、広義にはキリギリス科の昆虫を総称して呼ぶ事もあります。

体は緑色か褐色で、褐色のものはアブラと俗に呼ばれる事もあります。前羽の部分には黒点があり、羽は短くて腹端に達する程度です。本州以南の日本各地に分布。ハネナガキリギリス・ヤブキリなどの近縁種をも含める事があります。
草原や川原、土手などに住んでいて、雄の羽の重なり合う部分が発音器になっていて、昼間、草などにとまって「チョン・ギース、チョン・ギース」と鳴きます。
櫓(ろ)のきしる音がキリギリスの鳴く音に似ているところから江戸時代、吉原に通う二挺だての屋形船をきりぎりすぶね・きりぎりすまると呼んでいたみたいです。

キリギリスは卵で越冬し、春に孵化して最初は植物の芽や種子などを食べて成長しますが、やがてアオムシやバッタなども捕食するようになり、餌不足となれば共食いもします。幼虫はいろいろな動植物を食べ、脱皮を繰り返しながら大きくなっていきます。
成虫の体長は5〜6pほどで、早い地方では6月下旬頃から成虫が発生します。雄の成虫は羽化まもなく後ろ羽が取れてしまいますが、これは鳴くのに邪魔だからと言われています。
繁殖の終わった成虫は冬を越さず死んでしまいます。

「アリとキリギリス」のキリギリスですが、もとは冬を越さず生をまっとうするので少し失礼かもしれないですね。
今日はキリギリスについて話しました。


2004年 10月29日 コオロギ
コオロギは蟋蟀と書き、直翅目コオロギ科の昆虫の総称と言われています。古くは秋に鳴く虫の総称でもありました。

コオロギの多くは地表に住んでいて、雄は美しい声で鳴きます。通常はエンマコオロギ・ハラオカメコオロギ・ミツカドコオロギなど黒褐色の大形種をさす事が多いです。古くはキリギリスと言われていました。
コオロギとキリギリスが逆転していたのは平安時代の記録から言われています。また、キリギリスをハタオリと呼んだ時代もあったようです。それから、マツムシとスズムシも今とは逆の呼び方をしていたそうです。
当時の貴族にとっては、美しい声に興味があっただけで、姿はどうでも良かったのかもしれません。ですが、江戸時代くらいまでには現在と同じようになりました。

コオロギは中国でも千年以上の歴史を持っていて、鳴き声を競わせたり闘わせるなどするために飼われていました。現在でも続いている伝統文化で、豊かになりつつある中国では夢中になっている人も増えきているそうです。
コオロギの飼育の楽しみはコオロギの闘いと鳴き声にあります。飼育法によっては幼虫の頃から大事に扱われ、飼い主の徹底した管理のもとで人間並みのトレーニングや入浴を施され、特別食を与えられて育てていくなどあるようです。

コオロギを闘わせたりはしませんけど、その鳴き声をより良く聞いてみたいと思うのはわかる気がしますね。
今日はコオロギについて話しました。


2004年 10月28日 秋の虫
古い情報からですが、秋の虫の鳴き声は日本人が好きな音の中で2番目になるそうです。

秋の虫の鳴き声は日が沈む頃になると、道端の草むらや、庭の植え込みの中からいろいろな虫の声が聞こえます。虫の中で鳴き声を出すものには、コオロギやキリギリスの仲間とセミの仲間があり、秋に鳴くのはコオロギやキリギリスの仲間で、鳴くのはほとんどが雄だけです。
コオロギやキリギリスの仲間は、前羽の付け根にやすりのようにギザギザした発音器と「まさつ片」と呼ばれる固い部分があります。左右の羽を震わせると、発音器とまさつ片がこすれて音が出ます。この音が、羽にある「発音鏡」と呼ばれる薄い膜を震わせて、さらに大きな音になります。
コオロギとキリギリスでは前羽の付き方が違っていて、上から見て右の羽が上になるのがコオロギ類、反対に左の羽が上になるのがキリギリスの仲間だそうです。

虫が鳴くのには目的があると考えられています。お互いの位置を確かめ合うため、雄が雌を呼ぶため、雄同士の争いで相手を脅すため、の3つです。また、目的に応じて鳴き声を分けている虫もあります。
秋が深まってくるとコオロギ類は昼でも鳴くようになります。これは鳴き声が気温に関係しているためと思われています。だんだんと気温が下がり昼でも涼しくなってくるので、鳴き始めるようになるわけです。

日本人が好きな音では2番目ですが、日本以外の国の人達が虫の音を雑音だと感じるらしいという通説はどうも間違ってはいないようです。
他の国の人達は言語音を左脳で処理し、音楽や動物の声、雑音など言語以外の音は右脳で処理しますが、日本人は鳥のさえずり、秋の虫の声、風鈴の音など昔から情緒的に価値があるものと考えられている音はすべて、言語音と同じ左脳で処理しています。つまり日本人はそれらの音を言葉として聴いているのです。
右脳と左脳のこのような働きについてはかなり個人差があるという異論もあるらしいのですが、日本人は「音」ではなく「言葉」として、あるいは「歌」として情緒的にとらえる傾向が強い事は、脳についての科学的実験調査をしてみるまでもなく、日本人の作る詩歌、俳句を見ても明白だと言われています。

秋の虫の声を聞く機会があれば、同じようでいて微妙に違う鳴き声を聞き分けてみると楽しいかもしれませんね。
今日は秋の虫について話しました。


2004年 10月27日 読書
10月27日は読書週間(10月27日〜11月9日)の1日目の日で読書の日とされています。

大正13年に日本図書館協会が「図書週間(11月17日〜23日)」を制定しました。昭和8年には「図書館週間」と改称され、出版界では「図書祭」が開催されていましたが、戦争の影響で昭和14年には一旦廃止されてしまいました。
敗戦後の昭和22年、日本出版協会、日本図書館協会、取次、書店の流通組織、その他報道・文化関連団体が参加して「読書週間実行委員会」が結成され、11月17日から23日まで第1回の読書週間が行われました。
そのうち「一週間では惜しい」という事で、10月27日〜11月9日まで文化の日を挟んだ2週間となり、現在に続いています。昭和34年11月に、読書週間実行委員会の任務を引き継いで「読書推進運動協議会」が発足しています。

子どもにとっての読書は、言葉を学び、表現力や創造性を高め、知性や感性を豊かなものにし、子どもたちが人生をより豊かに深く生きるために欠く事のできない「生きる力」を育むために必要であると考えられています。
そのためには幼い時から読み聞かせたり、音読させる事で自発的に本を読む習慣を作ったり、想像力を育てて話し手と聞き手の信頼関係をも築く事ができると考えられています。

それぞれが考える読書について調べると、読書とは他人にものを考えてもらう事で、1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。とか、
1冊の本には1つのメッセージが込められていて、読書はそのメッセージを掴み取り、著者が要するに何を言いたいかを取り出す作業だといってもいい。したがって、いくら本を読んだといっても、そのメッセージが何であったかを要約できなければ、読んだことにはならない。とか、
読書というからには、味わいながら、人の心のひだを読むように、じっくり読まなければならない。長い時間を費やして、一人の作家の思考を辿る事である。それが役に立つかなんて事は大事な問題ではない。とか、
1冊の本を何日も時間をかけて読んでいくという行為は、思考というものが厳然とあるのが体に染みるように実感される事で、こればっかりは読書経験の貧弱な人には絶対に理解できない。とか、
書物は作者が伝達内容を文字表現を通して、読者の脳裏に刻印しようとする営みである。この場合、読者はその伝達内容を読解し、分析し、評価する。その過程で共感・共鳴、あるいは違和感、反発・批判・拒否など、様々な反応を示す事になる。とか、
読書は書物を通しての作者と読者の一対一の対決である。良書と呼ばれる書物であれば、作者はその意志の伝達のために精神的営為のすべてを書物に傾注する。読者もまた自身の思索や体験や知識を力として、作者に対峙する。とか、
読書は読み込んだ情報を自分の内面に再構築し、固有の世界を作り出す事であり、この作業が自我の確立に繋がる。とか、
読書は作者と読者との粘り強いで、親身な対話に帰着する。読書経験は、人生経験の縮図となり、第3の意義として、読書は青少年のみならず、大人たちにとっても、日常性に埋没せず、人生の来し方行く末を熟考するよいチャンスとなる。とか、
読書は多くの本の中から読みたい本、好きな本を自分で選ぶ事から始まり、目を通じて活字を脳に入力し、言葉の意味を理解し、解釈する。時には声を出して読んだり、読後に感想を話したり、と脳をフル回転で使う事ができる。
などなど他にもいろいろあります。

本を読む事で得る疑似体験は、その人の豊富な人生経験をさらに豊かにするとも言われています。読む事で素早く読めるようになったり、思わぬところで役に立つかもしれません。
今日は読書について話しました。


2004年 10月26日 十三夜
名月というと陰暦8月15日の「十五夜」が最も有名なのですが、日本では古来もう1つ陰暦9月13日の「十三夜」もまた、美しい月であるとして重んじていました。

十三夜の月は「のちの月」「女名月」などとも呼ばれ、8月十五夜の月だけを見て9月十三夜の月を見ないのは「片見月」と言い、良くない事であるとされました。
十五夜はもともと中国で行われていた行事が日本に伝わったものですが、十三夜は日本独特の風習です。一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞した事が始まりとも、醍醐天皇の時代(延喜十九年・西暦919年)に開かれた観月の宴が風習かしたものとも言われています。

十五夜は里芋をお供えする「芋名月」であるのに対し、十三夜は栗や豆をお供えする事から「栗名月」「豆名月」とも言われるそうです。地方によっては旧暦9月13日の翌朝の天気で、小麦の豊作を占う習慣があったからみたいです。
ちなみに十三夜の日付は2004年は10/26(火曜)、2005年は10/15(土曜)、2006年は11/03(金曜)、2007年は10/23(火曜)、2008年は10/11(土曜)、2009年は10/30(金曜)になります。

満月よりも少し欠けていてこれから膨らんでいく、と言う感じのが好きな人にはとっても良い月かもしれませんね。今夜が十三夜でしたが、見逃してしまったらまた次回に期待しましょう。
今日は十三夜について話しました。


2004年 10月25日 秋の夜長
秋の夜長とは良く言ったもので、この時期になると夜更かしになりがちです。

「秋の夜長にしたい事」で集計を取ったところ、 じっくりお酒を味わう、読書にふける、ゆっくりと湯船につかるといったのが上位を占めました。
他に寝る事、映画・ビデオ鑑賞、趣味、天体観測、テレビ観賞、家族と話す、散歩、ネットサーフィン、物思いにふける、筋力トレーニングなどの運動、勉強、などがあります。
ちなみに秋の夜長に飲むお酒は、ビール、ワイン、缶チューハイ・カクテルの順でした。つまみは秋刀魚の塩焼き、チーズと続いています。

秋の夜長は夏に比べて昼が短くなり、また気候も過ごしやすくなって集中しやすくなり、気がつけばとっぷりと夜がふけている事から言われているみたいです。
秋は夏場に疲れた身体を休ませて回復させてくれるとともに、心も豊かにしてくれる季節です。好きなお酒を傾けながらのんびりと秋の夜長を堪能する、いいかもしれませんね。
でも、夜が長いからといって飲みすぎちゃいけませんよ?

秋の夜長、みなさんも有効的に使えると良いですね。
今日は秋の夜長について話しました。


2004年 10月24日 星座占い
星座占いには12星座占いとか13星座占い、24星座占い、27星座占い、88星座占いとかあります。

12星座の場合、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座が西洋占星術上での星座です。12星座占星術では、これを天空のものさしとして利用するため、天文学上それぞれの星座が持つ幅や領域は考慮に入れていません。
牡羊座は0度以上30度未満で「指導」「戦闘」「開発」の意味を、
牡牛座は30度以上60度未満で「所有」「安定」「堅実」の意味を、
双子座は60度以上90度未満で「理性」「変化」「発散」の意味を、
蟹座は90度以上120度未満で「感情」「擁護」「忍耐」の意味を、
獅子座は120度以上150度未満で「権力」「創造」「孤高」の意味を、
乙女座は150度以上180度未満で「批判」「規律」「潔癖」の意味を、
天秤座は180度以上210度未満で「社交」「融和」「平等」の意味を、
蠍座は210度以上240度未満で「探求」「情緒」「神秘」の意味を、
射手座は240度以上270度未満で「精神」「自由」「未来」の意味を、
山羊座は270度以上300度未満で「野心」「経済」「保守」の意味を、
水瓶座は300度以上330度未満で「進歩」「論理」「友愛」の意味を、
魚座は330度以上360度未満で「厚情」「理想」「心情」の意味を
象徴しています。

占星学上では、水星、金星、火星、木星、土星、天王星、冥王星、海王星に月と太陽を加えた10の天体を惑星と呼んでいます。
月は「心理」「感情」「感覚」の意味を、
太陽は「性格」「表現」「言動」の意味を、
水星は「才能」「知性」「交流」の意味を、
金星は「経済」「恋愛」「体質」の意味を、
火星は「勝負」「欲望」「体力」の意味を、
木星は「人生」「結婚」「幸運」の意味を、
土星は「忍耐」「努力」「不運」の意味を、
天王星は「独創」「仕事」「飛躍」の意味を、
冥王星は「生命」「支配」「肉体」の意味を、
海王星は「直感」「移動」「海外」の意味を
象徴しています。

また、ホロスコープの中心を平行に横切る直線から左回りに始まる、第1室から第12室までをハウスと呼びます。それぞれのハウスの幅は人によってまちまちで、それぞれに意味があります。
10の惑星が作り出す角度をアスペクトと言い、それぞれの意味があります。ホロスコープ上では、それぞれの惑星の数値の差を出し、その値が以下にあげるアスペクトの数値と同じ、もしくはプラスマイナス6度の中に入った時、アスペクトが形成されたものとします。
西洋占星術は以上の星座、惑星、ハウス、アスペクトのデータを駆使する事によって占うものだそうです。

黄道12星座は春分点の位置がすべての起点となっている訳なのですが、この春分点の位置は歳差運動(地球の赤道面が黄道面にたいしてゆっくりと回転する事からおこる運動)のため1年間に約52秒(1秒=0.000278度)程ずれていきます。
そのため、紀元前200年頃にできた占星術の時代の星座と現在の星座は32度近くずれています。12星座占いでは3月21日から4月19日までが牡羊座ですが、ずれを入れると半分以上の日は魚座になっています。

ただし、占星術で言うところの「星座」は、夜空に輝く星座とはまったくの別物と言う話があります。占星術上での星座は、春分点を基準に見かけの太陽の通り道(黄道)を12等分して成立したもので、目に見える恒星をもとに宇宙空間を区分したものではないそうです。
英語なら、占星術上の星座は「サイン(sign)」、天に輝く星座は「コンステレーション(constellation)」と呼ばれている事から違うと言われています。さらに、春分点が目に見える星座を背景にしてゆっくりとズレている事は、紀元前後の占星術の教科書に書かれている事からも別物になるそうです。
ただ、星座の性格を示す内容は古代バビロニアの人々、あるいはそれが伝わったギリシャの人々が「空の星座」の形や伝承に託した内容に沿って定義されているのを見ると、やはり「空に浮かんで見える星座」に対する占いであるのではないか?
という考えもあります。私にもどっちが正しいかはわかりませんので、みなさんの判断に任せます。占いはそう当たるものではないですし、一回だけですべての事がわかるわけでもありませんしね。

占いは統計学に基づいたもので、生まれた月日や性格、またその人から受ける感じなどからその先に起こる事をある程度予測します。信じやすい人はその言葉に影響されたりしますから、信じすぎないものコツかもしれませんね。
今日は星座占いについて話しました。


2004年 10月23日 聖闘士星矢
聖闘士星矢(セイント星矢)は、作者・車田正美先生で週刊少年ジャンプに連載された長編漫画です。ギリシャ神話をモチーフにした物語は人気を博し、アニメシリーズも東映動画(現東映アニメーション)制作でテレビ朝日系にて放映され、海外でも放映されて高い評価を得ているそうです。

ストーリーは厳しい修行を経てアテナの聖闘士(セイント)となった星矢が、仲間のセイント達とともに悪と戦っていくというもので、本編は4つのストーリーからなっています。
どのストーリーにも共通するのは、少し揶揄されてますが、「アテナの命が燃え尽きようとしている!→ 一刻も早くボスを倒せ!」だったりします。

十二宮編:突然、悪の道に走った教皇に拉致されたアテナを助けるため、青銅聖闘士たちが黄道十二宮を守る黄金聖闘士たちと闘っていきます。教皇サガと星矢の最終決戦、そしてサガの自決、アテナの復活で終わります。
特に十二宮を守る黄金聖闘士たちが人気を博した物語と言われています。なお、黄道十二宮はギリシアの聖域(サンクチュアリ)にあり、下から順に白羊宮・金牛宮・双児宮・巨蟹宮・獅子宮・処女宮・天秤宮・天蠍宮・人馬宮・磨羯宮・宝瓶宮・双魚宮と春から始まる黄道12星座の順になっています。

アスガルド編:海からきた指輪(ニーベルゲンリング)の魔力によって邪悪の化身となってしまったオーディーンの地上代行者ヒルダと彼女を守る8人の神闘士(ゴッドウォーリアー)と、アテナと地上世界を救おうとするセイント達の戦いを描いています。
最後は伝説のバムルンクの剣の力により、指輪が破壊され、ヒルダは邪悪から解き放たれ、平和が訪れます。この本編はアニメ限定版です。

海皇ポセイドン編:地上制覇の野望を持つポセイドンに拉致されたアテナを助けるため、星矢たちが、大洋の底に立つ七つの柱を守る海闘士(マリーネ)達と闘います。本編は海王の封印と海底神殿の崩壊、そしてカノンの改心で終わります。

冥王ハーデス編:復活したハーデスから世界を守るため、108人の冥闘士(スペクター)達とセイント達が闘います。ダンテ「神曲」の地獄からエリシオン突入、ハーデスとの最終決戦を迎えます。
本編はさらに十二宮編と冥界編に分けられる事が多いそうです。最終的にハーデスは打ち倒されて、冥界は崩壊します。

ちなみに聖闘士(セイント)は、女神アテナを護るためにいる少年達です(28歳とか300ウン歳もいたりしますが、多分心が少年なんでしょう)。アテナは武器を嫌うので、基本的に(天秤座以外)は聖衣を着るだけで素手で闘う事になっています(鎖や薔薇、見たら石になってしまう盾だのは武器と判定されないようです)。
また、アテナを護るのは聖闘士、ポセイドンを護るのは海闘士(マリーネ)、アレスを護るのは狂闘士(バーサーカー)、北欧にいるのは神闘士(ゴッドウォリアー)、北にいるのは氷闘士(ブルーウォリアーズ)、ハーデスの部下は冥闘士(スペクター)です。
聖闘士には細かくランクづけがなされていて、基本的に上から黄金(ゴールド)聖闘士、白銀(シルバー)聖闘士、青銅(ブロンズ)聖闘士という事になっています。
この他にも、暗黒(ブラック)聖闘士や、亡霊(ゴースト)聖闘士、鋼鉄(スチール)聖闘士とかコロナの聖闘士とかいろいろいます。中には人の名前が「水晶(クリスタル)聖闘士」だったり、「炎熱(えんねつ)聖闘士」だったりするのもいます。
聖闘士が身につける鎧を聖衣(クロス)と言います。専用の箱(パンドラボックス)に各星座の形になって収まるようになっています。どの星座の聖衣を着るかは星の運命によって定められているそうです。
また、聖衣は自己修復機能を持っていて、人間の体のように徐々に損傷は治っていきますが、ダメージが大きい場合は聖衣が死んでしまい、復活させるには聖闘士の血が必要とされます。
ちなみに聖衣はオリハルコンという物質でできているらしく、黄金や白銀、青銅だからといって、純金でできていたり銀でできていたり青銅でできているわけではないようです。(多分)。防御力はランク、星座、着る人の小宇宙(コスモ)によって違い、着ない方が強い人もたまにいたりします。
あと、海闘士の鎧は鱗衣(スケイル)、神闘士は神闘衣(ゴッドローブ)、冥闘士は冥衣(サープリス)などいろいろあります。
劇中では、小宇宙(コスモ)を燃やしていろいろな事ができます。実は全ての人間に第七感として小宇宙が燃えているのを感じる力が備わっており、死後、天国の方に行くと覚醒するみたいです。
小宇宙を燃やす事により、物質を原子Lvで操作する事が可能になり、これによって大岩を砕く事や、物質の温度を上げたり下げたりする事、死んでも生き返る事が可能となります。絶対零度からビッグバンまで宇宙の限界に挑んでますね。

聖闘士星矢では美形キャラが鎧を纏って戦うというスタイルが、後のアニメに多大な影響を与えたようです。また、随所に熱い台詞や男の美学炸裂な所とメイン5人の友情が魅力なようです。
また、聖闘士星矢によって星座の名前を覚えた人もかなりいるようです。今でも楽しんで熱くなってる人はいるので、一緒に楽しむのも良いかもしれませんね。
今日は聖闘士星矢について話しました。


2004年 10月22日 蛇遣座
蛇遣座(へびつかい座、Ophiuchus)は以前はそれ程有名ではなかったのですが、13星座占いなどで有名になった星座です。

蛇遣座は太陽の通り道、「黄道」が現在普通に使われている12星座以外に蛇遣座を通る事から、13星座に入ると言われて一時的に流行りました。 この星座と蛇座は夏の大三角形と蠍座のS字形の間に挟まれた場所にあります。細長い五角形をしていて五角形の一番下の辺りを蛇座と共有しています。
星図では蛇を掴んだ男の姿として描かれ、掴まれた蛇は蛇遣座の一部とされていましたが、 のちに、プロレマイオスによって独立した星座となりました。星座名の「Ophiuches」はギリシア語で「蛇をつかむ人」という意味です。
星座としての歴史は古く、バビロニアの「怪獣」と「竜」の星座にこの星座の原型が見られるそうです。日本では昔、穀物を選り分ける「箕(み)」と見られました。

α星ラス・アルハゲ(Ras Alhague)、アラビア名でラス・アル・ハワー(蛇を持つ者の頭)です。蛇遣座で最も明るい星です。
β星ケバルライ(Cebalrai)、アラビア語でカルブ・アル・ライ(羊飼いの犬)とされていますが、別の説にアラビア語のよく似た綴りの犬と心臓の誤りで、本来は「羊飼いの心臓」の意味とされています。
γ星ムリフェン(Muliphen)、おおいぬ座のγ星と同じ名前ですが、意味は解っていません。
δ星イェド・プリオル(Yed Prior)、アラビア語のイアドyad(手)と、ラテン語Prior(前のほうの)が一緒になったものです。蛇遣いの手に位置する2つの星の手先に近い方の星で、バイアーによって名付けられたと言われています。
ε星イェド・ポステリオル(Yed Posterior)、アラビア語のイアドyad(手)と、ラテン語Posterior(後ろのほうの)が一緒になったもので、δ星と並んで蛇遣いの手先に位置する星です。
η星サビク(Sabik)、アラビア語のアル・ザビク・アト・ターニ(第2の勝利者)で、ζ星が第1の勝利者であるのに対して付けられた名前で、それぞれ蛇遣いの両膝に位置する星なので、この巨人が怪物蠍を踏みつけて勝ったという話に由来するものだと言われています。
λ星マルフィク(Marfic)、アラビア語のアル・マルフィク(ひじ)の意味で、この星が蛇遣いの左肘に位置する事からこの名前がつけられました。
蛇遣座で注目されている星は、β星ケバルライのすぐ近くにあるバーナード星です。バーナード星は9.5等星と肉眼で見る事はできませんが、約6光年とかなり近くにある恒星です。また、バーナード星は動くスピードもかなり速く、見た目上約180年で月の直径分くらい移動してしまいます。全天の中でも、見た目上これほど移動する天体は他にありません。さらに、このバーナード星は惑星を従えているようです。

ギリシア神話で、蛇遣いはギリシアの名医アスクレピオスの姿と言われ、蛇は医術の象徴であると同時にアスクレピオスの使いであると言われています。死者まで生き返らすほどの名医であったために、大神ゼウスの雷によって打ち殺されました。
他に、蛇を退治した巨人サンガリウスであるという説や、トリプトレムスの竜退治をした王ゲーテであるとも言われます。
中世キリスト教世界では、この蛇を持つ巨人は旧約聖書の出エジプト記にでてくるモーセが青銅の蛇をあげる姿だと言われていますが、この場合の蛇も不思議な癒しのしるしとして見られます。
また、今ある蛇座はかつて、蛇遣座の一部でしたがプトレマイオスが独立させました。

蛇遣座を探す時はヘラクレス座の南、蠍座の北に位置し、2〜4等星で構成される巨大な5角形が目印になります。
今日は蛇遣座について話しました。


2004年 10月21日 魚座
魚座(Pisces)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つで、星図では「北の魚」「西の魚」の2匹がリボンで結ばれている形で描かれます。

魚座は黄道12星座の最後、第12座として有名で、西の魚のしっぽ近くにあるω星の南に春分点があります。毎年3月21日頃の春分の日には太陽がこの春分点を通って天の南半球から北半球へ北上していく事になります。
春分点は座標の原点で天球の目盛りの赤経0時もここから東まわりに始まります。
牡羊座から始まるニューサイクルでは、身体の足部を領域とする魚座のバックアップ無しでは頭部の牡羊座が行動に移せないため、魚座は最初で最後の星座と通釈されます。

魚座は明るい星のない星座で、最も明るいη星でも3.6等星です。M74渦巻銀河(Sc型)がη星ピスキウム(Piscium)の北東にくっついています。美しいのですが9.8等星と暗いのが難点です。
α星アル・リシャ(Al Rescha)は、魚座のリボンの結び目に位置する星で、ラテン語のアルレスカ、アラビア語のアル・リシャー(ひも)です。連星系の二重星で、中口径の望遠鏡で白っぽい4.3等と青い5.2等星に分離する事ができます。
β星フム・アル・サマカー(Fum al Samakah)は、アラビア語の「魚の口」という意味で、星座絵ではちょうど西側の魚の口元に位置する星です。

魚座は古代メソポタミア文明に由来する星座と考えられ、はっきりしたギリシャ神話がありません。必ずひもでつながれた2匹の魚として描かれています。
水の饗宴で描写される深海獣イメージからキリスト教の超越的な残像まで、魚は古代から多神教・異教における繁殖のシンボルで崇拝された生き物とされていたそうです。
ギリシャ神話で有名なのは、美の女神アフロディーテとその子どもエロースの話です。ナイル(ユーフラテス・エリダヌス)川で神々と宴会をして(川のそばを歩いて)いたとき、怪物ティフォンに襲われて2人は川へ飛び込み魚に姿を変えて逃げました。その時に、はぐれないようひもでお互いの魚の尻尾を結んだのが魚座になったと言われています。

魚座は明るくないので探しにくい星座です。有名なペガスス星座の東と南に一匹ずつあるので、最初に秋の四辺形の南で五角形魚を探して、もう一方は星を結びながら探すと見つけやすいみたいです。
今日は魚座について話しました。


2004年 10月20日 水瓶座
水瓶座(Aquarius)はトレミーの48星座、黄道12星座のうちの1つで、水瓶から水が流れ落ちその先には「南の魚座」の口に流れ込んでいます。

水瓶座に明るい星はなく、近くにある南魚座の1等星フォーマルハウトや鷲座の1等星アルタイルなどが目立ってしまうため見分けにくい星座ですが、4つの4等星が三つ矢の形を描くのが目印となります。
これが水瓶で、それから南へ星々が2列に続くところを水の流れとして見ます。その流れる先の口の部分が秋の夜空唯一の1等星、フォーマルハウトです。
アラビアでは、この星座を騾馬(らば)が2つの水桶を運んでいる姿とし、水瓶の形をテントとしていました。また、中国では三つ矢を三角に結んで墳墓と呼ばれていました。

α星サダルメリク(Sadalmelik)、アラビア語のアル・サド・アル・マリク(王の守り星)をローマ読みしたものです。昔の占星術では、この意味をラテン語に訳してシドゥス・ファウストゥム・ウストゥム・レギス(王の幸運の星)で、ほぼ天の赤道上にあります。
β星サダルスウド(Sadalsud)、アラビア語のアル・サド・アル・スウド(幸運中の幸運)で、この星が太陽と共に昇る頃には、冬が去って穏やかな春の季節が訪れた事から、この名前で呼ばれたと言われています。
γ星サダクビア(Sadachbia)、アラビア語のアル・サド・アル・アクビア(テントの守り星、隠れ家の守り星)です。冬が去って春先の穏やかな薄明かりの中この星々が見える頃、若草の大地に遊牧民のテントが建てられる事から、テントの守り星と呼ばれるとも言われています。また、太陽がここに位置する頃には、虫達が姿を見せ始めることから隠れ家の守り星と呼ばれていたとも伝えられています。
δ星スカト(Skat・Scheat)、アラビア語のアル・サク(すね)が訛ってローマ文字として伝えられたもので、この星が少年の右足に位置する事からこの名で呼ばれています。
他にε星アルバリ(Albali)、θ星アンカ(Ancha)があります。γ星、ζ星、η星、π星は水瓶座のじょうろの部分で、つぼと呼ばれる星の並びを形作っています。
この星座には6等級の球状星団M2と、惑星状星雲としては最大のNGC7293があります。また、比較的活発に出現する2つの流星群が知られていて、毎年5月上旬の夜明け前に活動する「水瓶座η(エータ)流星群」と、7月下旬に活動する「水瓶座δ(デルタ)流星群」です。

星図には逆さにした水瓶を捧げ持つ少年が描かれ、水瓶からはとめどなく水が溢れていて、これが水瓶座のすぐ下にある南魚座の口に流れ込んでいるような姿で描かれています。
ギリシア神話では美少年ガニメデスの姿と言われています。ガニメデスは、トロイのイーダ山で羊を飼っていた美少年とも、トロイアの王子とも言われ、その身体は永遠の美と若さを表す金色に輝いているほどでした。
そこで大神ゼウスはその美しさを愛で、ある時大きな黒鷲に姿を変えて、少年をさらって神々の酒盛りの席の小姓役を勤めさせる事にしたと言われます。ガニメデは永遠の若さと美しさを与えられて光栄に思いながらも、自分を心配する父王トロースが気がかりでした。そんな親子の気持ちを知ったゼウスは、ガニメデを星座にしていつでもガニメデの様子を見られるようにしたそうです。
もう1つの伝説は、プロメテウスの子デカリオンであるとする神話です。人々が悪徳に溺れ地上が荒れ果てていた青銅時代に、大神ゼウスは天災を起こして世界の人々をすべて滅ぼそうとしていました。
そんな荒れ果てた世界にあって、プロメテウスの息子デカリオンとその妻ピュラだけは心正しく、彼の領地であったテッサリアを節度をもって治め、神々を敬う事も忘れていませんでした。
プロメテウスは世界が滅ぼされるをの知って、デカリオンに箱舟を作らせ逃れるようにしました。やがて天災が起こり、生き残ったのはデカリオンとピュラだけでした。そこで法の女神テミスに頼ったところ、石を投げれば人間が生まれると教わり、2人で人類を増やしていきました。
この後、デカリオンは人類の第2の祖としての功績を神々に認められ、天に昇って水瓶座になったと言われています。

水瓶座は10月下旬の夜8時頃南の空にやってきます。水瓶のところで4個の4等星が「三つ矢」の形をしていますが、4等星なので簡単には見つけれません。近くに南魚座の一等星フォーマルハウトがあるのでそれを目印にして見つけましょう。
今日は水瓶座について話しました。


2004年 10月19日 山羊座
山羊座(Capricorn)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つで秋の星座のトップバッターです。

今から紀元前後は、太陽がもっと南に下がる黄道上の冬至点が山羊座にありました。冬至点はこの星座にあったので季節を知る上で重要な星座であり、「太陽の南の門」などと呼び、吉兆の星座としていたそうです。
9月下旬の夜8時頃南に見える星座で、星図には山羊座は普通の山羊の姿ではなく下半身が魚の姿で描かれています。これはギリシア神話で牧神パーンの姿だと言われているからです。
英語で冬至点を山羊座の名(The Tropic of Capricorn)で呼びますが、これは古代バビロニア時代に冬至点がこの星座の中にあった名残だとされています。また、当時のバビロニアでは太陽がここに来るとユーフラテス川が氾濫を起こすというので、山羊と魚が一緒になったとも言われます。きわめて古い星座である事がわかっている星座です。

明るい星はGiedi(α)、Deneb Algedi(δ)、ω星の3星を結ぶ3角形上にあります。α星アルゲディ(Algedi)は、アラビア語のアル・ジャディ(子山羊)の意味で、この星は肉眼的二重星で、それぞれの固有名は暗い方をプリマ・ギエディ、明るい方をセクンダ・ギエディと呼びます。
β星ダビー(Dabih)は、アラビア語のアル・サド・アル・ダビー(犠牲として捧げる羊などを屠殺する者の守り星)で、この星座のα・β両方の星を含むアラビアの第22星宿の名前でしたが、βの固有名になったものです。この星も肉眼的ニ重星で、タビー・マイヨル(大きい方のタビー)、タビー・ミノル(小さい方のタビー)と呼ばれます。
γ星ナシラ(Nashira)はアラビア語のアル・サド・アル・ナシラ(夏の終わりの緑野の守り星、または幸運をもたらすもの)で、これももともとγ・δ星の両方に付けられた名前でした。
δ星デネブ・アルゲディ(Deneb Algedi)は、アラビア語のアル・ダナブ・アル・ジャディ(山羊の尾)で、星座の中でこの星の位置する場所から付けられた名前です。 また、γ星の固有名として使われる事もあります。

ギリシア神話では牧神パーンは、森や野原、牧畜の守り神です、上半身は毛深い人間で、下半身は山羊の姿をしていました。パーンはいつも陽気に笑い、シュリンクスという笛を吹いては、野山を駆け巡る陽気な神でしたが、パーンには熱情・狂気を司り、人々に原因不明の恐慌を与える力もあったのです。
ある日、ナイル川のほとりで神々が酒宴を張っていました。そこに怪物テュポンが現われ、大暴れをしたので驚いた神々は鳥や獣に化けて上手く逃げました。しかし、慌てたパーンは変身し損ねたので、ナイル川から出ていた上半身は山羊、ナイル川に浸かっていた下半身は魚という変な姿になってしまいました。
これを見たゼウスはおかしくなって天に上げて星座にしたと言われています。ちなみに、パニック(Panic)の語源はこのパーン(Pan)からきているそうです。

秋の星座は暗い星ばかりで、山羊座も3等星以下の星で構成されているので見つけずらいようです。南の魚座から探すのが良いかもしれませんね。
今日は山羊座について話しました。


2004年 10月18日 射手座
射手座(Sagittarius)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つでひどく形の取りづらい星座だったりします。

射手座は、天の川が一際濃さを増し美しい光芒を見せているあたり、私達の銀河系の中心方向にあたるので、ここの天の川は幅がひろく夏の星空の最も華やかなあたりに位置します。
ここでは6つの星が北斗七星を小さくしたようなひしゃくの形をしていて、北斗七星に対して「南斗六星」と呼びます。ヨーロッパではこの南斗六星を小さなスプーンに見たてて、天の川をすくう感じから「ミルク・ディッパー」と呼んでいます。

この星座はα星ルクバト(射手のひざ)が4.0等級の暗い星で、その他に固有名がついている星には、β星アルカブ(射手のかかと)、γ星アル・ナスル(矢の先端)、δ星カウス・メディア(弓の中央)、ε星カウス・アウストラリス(弓の南)、ζ星アスケラ(腋の下)、λ星カウス・ボレアリス(弓の北)があります。
付近が銀河系の中心がある方向なので、天の川の密度は射手座付近が一番濃くなっています。なので射手座には多くの星団や星雲があります。そのうちの1つは球状星団M55です。
射手座λ星の近くに散光星雲M8(干潟星雲)、たて座境界付近のω星のそばにオメガ星雲、白鳥星雲または馬蹄形星雲と呼ばれるM17があります。また、大きな散光星雲 Trifid Nebula(M20:日本名三裂星雲)もあります。
銀河系中心に関係のある複雑な電波源射手座Aもあり、天文学者は超質量のブラックホールを含むかもしれないと考えているそうです。

射手座の設定は古く、説によってはメソポタミア文明によって設定されたと考える者もいます。
ギリシャ神話では、射手座は蠍座に弓を向けるケンタウルスとして描かれます。勇者オリオンを刺し殺し、その功績で星座とされた蠍が、天上で暴れた時すぐに射殺す事ができるよう、射手座の弓は常にひかれたままです。
ケンタウルスが由来の星座という事で、しばしば射手座はケンタウルス座と混同されますが、射手座はケイロン(ヘイロン)という名のケンタウルスが由来で、ケンタウルス座のケンタウルスはケイロンの知人か親類のフォローという別のケンタウルスが由来だとされています。
ケイローンは賢くもあり、何人もの神や英雄を育ててきました。例えば医神アスクレピオス(蛇使い座の人物)、トロイ戦争の英雄アキレスなどなどで、また弓の名手でもありました。
そんなケイロンですが、死はあっけなく訪れました。ケンタウルス族とヘラクレスのケンカに巻き込まれ、ヘラクレスの放ったヒドラの毒矢に当たってしまいました。普通の人なら即死ですが、彼は不死身の体を持っていたため、永遠に続く苦しみに耐えかね、プロメテウスに不死を譲り、そして苦痛から開放されたのでした。

射手座は夏の天の川が一番明るく幅広くなっているところに位置していて、目印は6つの星が小さなひしゃくの形に並んだ南斗六星です。
今日は射手座について話しました。


2004年 10月17日 蠍座
蠍座(Scorpius)はトレミーの48星座、黄道12星座の一つで夏を代表する星座の一つです。もっとも古くから存在する星座です。

真紅に燃える一等星アンタレスを中心に、大きなS字のカーブを描く蠍座です。冬のオリオン座と並び、全天有数の形の整った星座です。七夕の頃、日が暮れると天の川が流れ落ちる南の地平線付近にあらわれます。元来はハサミをもった蠍をあらわした星座でしたが、そのハサミにあたる部分が天秤座として独立してしまったため、現在の形になりました。
もともとユーフラテス河口地方に住むスメリヤ人が作った星座ですが、トレミー星座に採用されました。「蠍座流星群(Scorpiids)」は、アンタレス付近を輻射点として、5月末から6月中旬に出現します。
沖縄の方ではS字のカーブが大きな釣り針が空に投げ込まれた事に見たて、「イユチャーブシ(魚釣り星)」とも言われます。

蠍座の中央には真紅に輝く1等星アンタレスがあります。その近く、もう一つ赤く輝いている明るい星は火星で、アンタレスは黄道近くにあるため、軍神アレスの星とされる赤い惑星火星がやってきて並び、この二つがいかにも赤さの色比べをしているように見えるため、「アンチ・アレス(火星に対抗するもの)」とも呼ばれています。
また、アンタレスは中国では「大火」、日本では「酒酔い星」、ラテン語でコル・スコルピオ(蠍の心臓)などと呼ばれ注目されてきた親しみ深い、太陽以外では恐らく最も有名な恒星です。さらにアンタレスのすぐ側にある、美しい球状星団M4も蠍座を彩を増している天体と言われています。

蠍座は有名な星座ですが、神話では名脇役という感じで自分が主役になるようなお話は伝わっていません。
有名なでのはオリオン座のオリオンを刺し殺した蠍、と言われています。悪い偶然で二人とも星座になってしまったので、オリオンは今でも蠍が空に上る頃には地平線の下に逃げ出してしまいます。
この話は、実際の空の動きに合ったもので、蠍座とオリオン座は地球から見て180度逆の方向にあるので、蠍座が上ってくる頃にはオリオン座は沈んでいます。同じ事を中国でも「参商会わず」(「参」は蠍座α、「商」はオリオン座の三ツ星)と言います。
しかし、オリオンの死因は他の説の方が強く、オリオン座と蠍座が180度離れている事から考えられたエピソードだとされています。
もう一つ有名なのが、パエトンの物語です。太陽神アポロンの息子パエトンが日の馬車を走らせていると、その途中で馬が暴れ出し天地を焼き焦がす騒ぎになりました。アポロンはやむなく雷を送って馬車をうったので、パエトンは川に落ちて死んでしまいました。この時、馬が暴れた原因の1つになったのが、黄道付近にたむろする蠍の脅しだったと言われています。

中国では青竜と呼ばれたり、冠をつけ空に立っている巨人とも言われました。これは蠍の頭部(房宿)が巨人の口と鼻で、その上にあるα星のアンタレスと両側のσ・τ星が背中と肩で、尾にあたる9つの星が風になびく衣だと伝えられています。
古代バビロニアでは、この星座を最も不吉なものと見ていました。アンタレスを闇の力の星として、太陽が秋分の後次第に低くなって光と熱を失っていくのをこの星座の仕業と考えていました。
エジプトでも同じように考え、ギリシアの歴史家プルタルコスによると、エジプト人は太陽が蠍座にある時に闇の神ティフォンが日の神オシリスを殺したとして、オシリスの神像を箱に入れて海に流し、神官がそれを発見したとして祭を催したりしました。そして、その後6ヶ月の間ティフォンがこの世を治め、春分が来て太陽が再びピラミッドの頂きに輝くのを、オシリスの復活として祝福したとも伝えられています。
ポリネシア伝説には、巨人マウイが大きな島「テ・イカ・マウイ(マウイの島:ニュージーランドの北の島)」を釣り上げた時、勢いあまって天にひっかかった釣り針(マウイの釣り針)というのが知られています。

夏の間、南の宵の空を見ると、天の川の西、南の地平線付近に大きなS字形に並ぶ一群の星が見えます。この大きなS字形と蠍の心臓にあたるアンタレスが極めて印象的ですので、簡単に見つける事ができます。
アンタレスが語源的に「火星に対抗するもの」を意味するだけあって、真っ赤に輝くアンタレスは地球からの距離が遠い時の火星の色や明るさに実によく似ています。
今日は蠍座について話しました。


2004年 10月16日 天秤座
天秤座(Libra)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つで、唯一「機械」で象徴される星座だと言われます。

天秤座は乙女座のスピカと蠍座のアンタレスのほぼ中間あたりに、3つの3等星が「く」の字を裏返しにしているような形で見えます。
3等星以下の星で形成されているため、あまり目立たない星座ですが、現在乙女座にある秋分点が、当時この星座にあったので、昼と夜の長さが同じになる事を天秤で表現したものと考えられています。
また、乙女座の時期(初秋)に作物を収穫し、天秤座の時期(晩秋)に計量するためと言う考えもあります。
初めの頃の星座図にはギリシア神話の女神アストラエア(隣の乙女座)が手にしている、人間の運命を決定したり、善悪をはかる天秤として描かれていましたが、のちには天秤だけが描かれるようになりました。

古代ギリシア人はこの部分を蠍座の2つの爪と見て、ケラエ・スコルビオニス(蠍の爪)と呼び、アラビアでもα星を南の爪、β星を北の爪と呼ばれていました。この部分が現在の天秤座とされたのは紀元1世紀頃と言われています。
他にも別名がありα星はキファ・アウストラリス(南の皿)、β星はキファ・ポレアリス(北の皿)で天秤のはかり皿を意味しています。

この星座は由来はギリシャ神話では、隣の女神アストラエアの所有物で、正義を計る天秤だとされています。他には先に挙げたように秋分点がこの星座にあった事、作物の計量をする時期だった事などさまざまあるようです。

天秤座は4つのいびつなひし形をしていて、7月初旬の夜8時頃南の空高くに見えます。ただ、明るい星がないので探すのは難しいようです。
今日は天秤座について話しました。


2004年 10月15日 乙女座
乙女座(Virgo)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つで、全天で2番目に大きな星座です。その姿は星図で翼の生えた乙女の姿で描かれています。

乙女座は紀元前3200年頃、最初は麦の穂の星座でした。それが後にギリシャに入り、その地の神話・伝説と結びついて女神が麦の穂をもつ姿に変わりました。秋分点がこの星座にあります。
星より銀河の方が多く、約2500個のメンバーからなる「乙女座銀河団」が横たわっています。一番近い銀河団でも5900万光年あり、その中のひとつM87は中心に超巨大ブラックホールを持つと言われています。

春の宵の南天でただ1つ輝くスピカの穏やかな白色の光は、清純な乙女を思わせる事から、日本では「真珠星」とも呼ばれます。中国では蠍座を巨大な蒼竜とみたとき、2本の角の片方は「大角(アークトゥルス)」、もう片方がこのスピカまでのびる事から「角」と呼ばれました。
太陽からの距離は350光年、表面温度22000℃という高温の星で、-2等の主星と-0.3等の伴星の2つがくっつきあって、4日周期の猛烈なスピードでぐるぐるとまわりあっているという星です。
また、この星は牛飼い座のアークトゥルスと一対で「夫婦星」とも呼ばれます。北斗七星の柄のカーブをそのまま延ばして、スピカとアークトゥルスをつなげてできる曲線を「春の大曲線」、スピカとアークトゥルス、獅子座のデネボラをつなげてできる三角形を「春の大三角形」と言います。

この乙女座のもととなったのは誰なのか、さまざまな神話があります。ギリシャ神話では、イシュタル、イセト、デメテル、キュベレー(アテナ)といった著名な女神は、みなこの星座にまつわる神話を持っているそうです。
有名なのは豊作の神デメテルの娘ペルセポネであるという話です。ペルセポネは冥神ハデスの妻となり、1年のうち8ヶ月は天上で、残り4か月は冥界で過ごします。この4か月は乙女座が天に上がらない季節であり、穀物の育たない季節です。
もう1つ有名なのにアストラエアの神話があります。昔、人間が仲良く暮らしていた時代は、神もまた地上で人間と仲良く暮らしていた。しかし後に現れた人間たちは争ってばかりだったので、神は天に帰っていき、最後まで残ったのが正義と天文の女神アストラエアで、1人地上に残り人間に正義を教えていたが、彼女も人間に失望し、自ら天に昇って乙女座となったという話しです。
スピカは、ラテン語で麦の穂を意味しています。もっと別の神話では、そもそもの由来はアストラエであったが、後にデメテルとアストラエが混同されるようになったとも言われています。

乙女座を探す時は、春の1等星の中で最も南に位置するスピカが乙女座を見つける時の目印になります。
北斗七星の曲がった柄に沿って線をのばしていくと、春の星でいちばん明るいオレンジ色の星アークトゥルスがあります。そこを通ってさらに進んでいくと、青白く輝く星にぶつかります。この星がスピカです。
ここから星がゆがんだY字形に並んでいて乙女座を形作っています。しかし、星の数が少なく並びが散漫なので、少し難しいかもしれません。
今日は乙女座について話しました。


2004年 10月14日 獅子座
獅子座(Leo)はトレミーの48星座、黄道12星座の1つで、その姿は百獣の王と言われるにふさわしく、天中に優雅に寝そべった獅子の姿で描かれます。

この星座は、古代のバビロニアでは大きな犬の姿をみてウル・グルラ(大犬)と呼ばれ、古代後期のバビロニアではすでにウル・ア(獅子)と呼ばれていました。 また、フェニキアやエジプトなどでもライオンの姿が描かれていて、ギリシアでは紀元前3〜4世紀のアトラス天文詩にもその記述があります。
中国では「獅子の大鎌」を北にのばして小さい星をいくつか加え、天へ昇る竜の姿として「軒轅(けんえん:上古の天子黄帝の名前で帝が竜に乗って天上したという伝説によるもの)」と呼ばれていました。

獅子座は1等星レグルスをはじめ明るい星が数多くある星座で、獅子座のちょうど頭の部分の7つの星をつなぐと「?」マークをさかさまにしたような形になるため、「獅子の大鎌」や「大きな草刈り鎌」とも呼ばれます。
また、この星座のβ星デネボラ、うしかい座のα星アルクトゥルス、乙女座のα星スピカとを結んでできる三角形を「春の大三角」といいます。
この獅子座のγ星付近からは毎年11月中旬頃明るい流星が飛ぶのが見られます。これが33年ごとに大流星雨を降らせる有名な「獅子座流星群」です。
ラテン語でレックス(王)から来たレグルスはちょうど獅子座の真ん中あたりにあるところから、コル・レオニス(獅子の心臓)とも呼ばれます。一方、デネボラは尻尾のほうにあるのでアラビア語のアル・ダナブ・アル・アサド(獅子の尾)から来たと言われます。
また、獅子座には明るい小宇宙が多くあり、双子銀河M65、M66とM95(M96)は最も有名です。

獅子座の由来は、ネメアの谷に棲み人畜を殺傷していた不死身の化け獅子です。怪物ティフォーンと、上半身女で下半身蛇の怪物エキドナの間に生まれた魔性の猛獣です。この化け獅子の退治が英雄ヘラクレスの最初の仕事でした。
ヘラクレスは弓を使いますが全く効果がなかったため、棍棒を取り出して立ち向かったところ、獅子は通り抜けられる洞窟に逃げ込みました。ヘラクレスは洞窟の出口の1つを巨石を動かして塞いでから、他方の入り口より獅子を追いつめて獅子の喉を締め上げて窒息死させてしまいました。
ヘラクレスの偉業を讃えてゼウスは化け獅子を天に上げました。

獅子座は4月下旬頃、南の空高くに見えます。「?」をひっくり返した星列が目印になります。
今日は獅子座について話しました。


2004年 10月13日 蟹座
蟹座(cancer)は癌のcancerと同じなのですが、古代に皮膚癌に犯された皮膚が蟹の甲羅のようにデコボコしている、ということからと呼ばれました。

蟹座は春先に双子座と獅子座に挟まれた位置に見られる黄道12星座の一つです。黄道12星座の中ではもっとも暗い星座と言われていますが、バビロニア王国時代のタブレットなどに、すでに蟹の形で描かれ、古代ギリシアの詩人アトラスの天文詩「ファイノメナ」にも蟹座の名前がある事などから、紀元前約3千年の昔から人々に親しまれてきた星座と考えられます。
中国の二十八宿では、蟹座を「鬼宿」と呼びます。鬼とは魂の事でプレセペ星団が青白くぼうっと光っているのを見てそう呼ばれたものです。
インドでは、釈迦が生れた日に月がこの星宿に位置していた事から、とてもおめでたい星宿とされて、プレセペ星団も釈迦の胸にある卍(まんじ)に似ているとして崇めたと伝えられています。

蟹座はほぼ星座中央にあるM44プレセペ散開星団が何より有名です。別名ビーハイブ(蜂の巣)とも呼ばれていて、銀河星団中では600光年と最も近くて大きく明るい星団の一つです。
この散開星団は古代から恒星ではなく、何か雲のような天体として知られていましたが、小さい雲や小さい霧と呼ばれていましたが、この雲のようなものに初めて望遠鏡を向けたガリレオが恒星の集まりである事を発見しました。
ギリシアの哲学者プラトンたちの間では、人間の霊魂が天上からおりてきたり、または天上界へ去って行く出入り口だと信じられていました。 逆に中国では、このプレセペ星団を「積尸気(死体を積み重ねたところから出る気)」という、気味の悪い名前で呼んでいました。

蟹座の由来はアミーモーネの沼に怪物ヒドラと化けガニが住んでいました。ある日、怪力ヘルクレスがヒドラを退治しにやってきた時、女神ヘラに頼まれて化けガニは親友のヒドラを助けようとヘルクレスに立ち向かいました。
ところが化けガニは、逆にヘルクレスにあっけなく踏み潰されてしまったのでした。仲間を助けるために、ギリシア一の勇者に挑んだ化けガニの姿を見てヘラは感銘を受け、化けガニを空へあげて星座にしたのでした。

蟹座は4つの星で蟹の甲羅を形どった星座で、3月初旬頃天頂に現れます。ですが、1等星がないので見にくい星座です。
探す時はまず冬の大三角形を確認します、その最も東の頂点の星が小犬座のプロキオンです。次に、双子座のカストルとポルックスを確認します。蟹座の中心はプロキオンとカストルを斜辺とする直角二等辺三角形の頂点あたりにあります。
今日は蟹座について話しました。


2004年 10月12日 双子座
双子座(Gemini)は、2つ並んだ明るい星が目印のトレミーの48星座で黄道12星座の一つです。別名でめがね星やきんぼし・ぎんぼし様などがついています。

双子座は黄道12星座の第3座にあたり、星座の形は、2つの明るい星が並んで、ちょうど2人の人間が肩を組んでいるようにみえます。
毎年12月13日の夜をピークに前後1週間、カストルとポルックス付近から明るい流れ星がたくさん飛び出してくるのが見られ、「双子座流星群」と言われています。この頃の双子座は夕方に昇ってきて真夜中にほぼ天頂、明け方には西へ傾くのでほとんど一晩中観測する事ができます。ピーク時には1時間も見ていると30個以上の流星が流れ、8月のペルセウス流星群とともに活発な出現を見せる流星群として有名です。

双子の兄弟の頭の部分に、それぞれ明るい星が輝いています。向かって右が兄のカストル、左が弟のポルックスです。星の名前も同じ名前がついています。
「α星(1.6等星)カストル(Castor・Kastor)」、青白い星で、双子のうちのカストルを表しています。
「β星(1.2等星)ポルックス(ギリシャ語綴りPolydeuces、ラテン語綴りPollux)」、カストルより明るい赤い星で、少し南西にあります。カストルより少し明るい事から神話では不死身とされるポルックスを表しているみたいです。
他にγ星アルヘナ(Alhena)、δ星ワサト、ε星メブスタ、ζ星メクブダ、η星プロプス、μ星テジャト・ポステリオルがあります。

この2つの星は他の文明圏でも双子星として扱われる事が多くあります。
古代・中世の地中海沿岸に住む船乗りたちは、この双子の星を航海の守護者と信じ、船首像にカストルとポルックスをつけて崇めていました。嵐の夜の海を行くとき、帆柱にセント・エルモの火が出ると、カストルとポルックスの名を呼んだと伝えられています。
ギリシア神話では、ゼウスが白鳥に化けてレダに生ませた双子の兄弟神として伝えられ、双子の冒険はカストルが人間であり、死ぬ運命である事から終わりになります。ポルックスはゼウスに自己の不死の齢をカストルと分かち合う事を願い、二人の友愛を記念して星座にしたとされています。
日本では「おとどい(兄弟)星」「かにの目」「猫の目」や、カストル・ポルックス両星からそれぞれ南西へ二列に並ぶ星列を「門屋」「松杭(松かざり)」などと呼んでいました。
また、バビロニアではそれぞれナブーとマルドックという二神で「マス・タブ(大きなふたご)」と呼んでいました。
インドでは「2匹の子山羊」、南アフリカでは「若い女たち」、オーストラリアでは「若者たち」、アラビアでは「2羽のくじゃく」と、さまざまな地域でこの2つの星を一対の星と見ていました。
また、南洋には神話も残されています。南太平洋ポリネシアのソシエテ諸島でも、二つの星は「フーイ・タララ(ふたご)」と言われました。ある日双子の兄弟は、両親が二人を引き離そうと相談しているのを聞いて家を飛び出し、逃げまわってタヒチ島に渡りました。母親はあとを追ってタヒチ島にきて、二人を追って山に入った母親は二人を見つけますが、双子は更に高い山の頂きへと逃げ、空に飛びあがりました。その時の兄弟がそのまま星になったと伝えられています。

双子の兄弟を上手に形どった星座で、3月初旬の夜8時頃に天頂にくるみたいです。2つ並んだ明るい星が目印なのですぐに見つけられるでしょう。
今日は双子座について話しました。


2004年 10月11日 牡牛座
牡牛座(Taurous)はトレミーの48星座、黄道12星座の一つで、プレアデスとヒアデスの2つの星団がある事でも知られています。

冬の天頂付近の空に見られる星座で黄道12星座の第2座にあたります。星座としては非常に古い歴史をもつ星座で、各国に多くの神話や伝説が残されています。
これは、今から紀元前2千年ほど前には春分点がこの星座にあった事から、古代の人々に重要視されたものと考えられています。

この星座には、日本では「すばる星」として有名な「プレアデス星団」と、1等星アルデバランを中心とした「ヒアデス星団」、牡牛座の角の先、ζ(ゼータ)星のすぐそばにある「カニ星雲M1」などがあります。
「α星(1等星)アルデバラン(Aldebaran)」、この星座で数少ない明るい赤いアルデバランは、この星座の真ん中にあって牡牛の右目にあたります。
雄牛の角は、Elnath(β Tauri、かつてはぎょしゃ座にも同時に属していた)およびζ星によって形作られ、西へ伸びています。
「プレアデス星団(M45)」、日本では「すばる」という呼び名で親しまれてきた散開星団で、肉眼で6〜7個の星が見え、双眼鏡では60〜70個恒星の集まりである事が確認できます。距離は約410光年、青白く輝く高温で若い恒星の集まりです。
「カニ星雲M1」、1054年7月4日に出現した超新星の残骸で、牡牛座の超新星の当時の記録が中国や日本などに残されています。距離は約6500光年、大望遠鏡で見るとカニの足のように見える事から「カニ星雲」と呼ばれます。M1の元となった中性子星(16等)から、約30分の1秒ごとに電波やX線が放射されていて、かにパルサーとして有名です。その後大きく形が変わり、今は全くカニの形をしていない。また、かに座にあると間違えられる事も多いそうです。
「ヒアデス星団(Mel.25)」、牡牛の顔にあたる、V型に見える星の並びが「散開星団Mel.25 ヒアデス星団」です。距離が約145光年と太陽系にもっとも近い星団なので、100個程度の星々が約5度の広い領域に散らばって見えます。
「プレアデス星団 メローぺ(NGC1435)」、プレアデス星団の中に青白く輝く反射星雲です。若いプレアデス星団が誕生した時の、星間ダストの残りが星団を取り巻いていて、これが青く輝いて見えるものです。

ギリシア神話では、大神ゼウスがひと目ぼれした、美しい娘エウローペをさらった時に化けた優雅な白牛とされています。
ファニキアの王、アゲノ−ルにはニンフ(人間とも言われる)の娘エウローペがいました。ある時、大神ゼウスはオリュンポス山の頂きから下界を見下ろし、エウローペの美しさに夢中になりました。ゼウスは妻ヘーラの目を逃れるため、牡牛に姿を変えてフェニキアへと降り立ちました。
ゼウスの変身した牛は雪のように白く透き通るような角を持ち、とても優しい目をしていたので、エウローペは突然現れた牡牛に驚いたものの、その美しさに見とれてしまいました。
そのうち一緒に遊んだりして警戒心を解いたエウローペは牡牛の背にまたがりました。すると途端に牡牛は海に向かって走り出し、海を渡りはじめたのです。やがて牡牛はクレタ島にたどり着き、ゼウスは想いをとげました。
この時ゼウスの変身した牡牛の姿が星となり、牡牛座になったと言われています。ちなみに降り立った場所を、エウロペ(Europe)の名前からヨーロッパ(Europe)と呼ばれるようになりました。

牡牛座は冬の代表星座のうちの一つで、1月の下旬夜8時頃にほぼ天頂に見えるそうです。牛の頭を形どったV字の星の並びで見つけやすい星座です。
今日は牡牛座について話しました。


2004年 10月10日 牡羊座
牡羊座(Aries)は、バビロニア語、ギリシア語、ペルシア語、エジプト語のすべての言語で古来から牡羊座と呼ばれてきた黄道十二星座の1つで、メソポタミア文明に本来の由来をもつ可能性が高いとされています。

牡羊座は秋から冬に季節が移ろうとしている時、夜空の一角に姿を現す星座です。アンドロメダ座の南に星3つが細長い二等辺三角形を作るさんかく座のすぐ下に、もう1つこれと似たいびつな三角形を形作る2等・3等・4等の3個の星が、牡羊座の頭の部分にあたります。
この星座は黄道12星座の第1座のもっとも重要な星座として注目されていました。毎年3月21日頃の春分の日に、太陽は黄道が天の赤道を南から北へ通過する春分点にさしかかり、昼と夜の長さを同じ時間に分ける事になるのですが、紀元前後のギリシアの天文学者ヒパルコスが黄道12宮の起点を定めた頃には牡羊座にあったからです。
現在では歳差という地球の首降り運動のために、春分点は西隣りの魚座に移っています。それでも当時の名残で、春分点の事をいまだに「白羊宮の原点」と言っています。

牡羊座を構成する固有名のある星
「α星(2.0等星)ハマル(Hamal)」、アラビア語のアル・ラス・アル・ハマル(成長して一人前になった羊の頭)からきた名前で、本来は星座全体の名前だったものがこの星の固有名になったものです。
「β星(2.6等星)シェラタン(Sheratan・Sharatan)」、アラビア語のアル・シャラタインからきた名前で、これもこの星座のβ星とγ星で形作ったアラビア第1星宿の名前で「しるし」または「合図」という意味です。この名前がつけられた紀元前1世紀頃には、この星の辺りに太陽が来る時が春分で、当時のしるしだった事からこの名前がつけられたと言われています。
「γ星(4.6等星)メサルティム(Mesartim・Mesarthim)、アラビア語アル・ムサルティムをローマ文字読みしたもので、「よく肥った羊」または、この星が肉眼的重星である事から「二つのしるし」という意味であるとも言われています。
「δ星(4.4等星)ボテイン(Botein)、アラビア語のアル・ブタイン(腹部)からきていて、現代の星図絵ではこの星は羊の尾に位置しますが、当時はこの辺りを羊の腹部と考えていたのではないかと言われています。

牡羊座の由来については2つの代表的な説があります。ゼウスが変身した姿と、使いとしての金色の羊です。
ゼウスが変身した姿はいつものように女性に近づくための変身ではなく、逃亡用に変身したものであるとされています。それは古代のギリシャで、まだゼウスが支配権をもっていなかった頃、ゼウスは父クロノスやその他の巨神族の神々と覇権を争って戦争を起こした際、窮地に立たされ羊の姿に変身して逃れられた。その姿がゼウスによって星座とされたという説です。
ギリシャのテッサリアというところにプリクソス王子と双子のヘレという兄妹がいたのですが、継母に命を狙われていました。この兄妹の実母に頼まれてゼウスが、知の神ヘルメスに逃がすように空を飛ぶ事のできる金色の羊をこの兄妹に送らせたそうです。兄妹はこの金色の羊にまたがってコルキスへと脱出を図りますが、ヘレは途中で羊の背から海に落ちてしまって死んでしまいます。星座になった羊が後ろを振り向いて描かれているのはヘレが落ちた時に一瞬振り返った姿を写したからと言われています。
妹を失ったプリクソスですが、脱出できた事に感謝してこの黄金の羊を神への生贄として捧げ、黄金の羊毛をコルキス王に献上したのだそうです。この貢献により羊は天上に上げられ、星座として崇められるようになったとの事です。
生贄として捧げられた羊の皮はコルキスの宝となり、眠らない竜によって守られていましたが、アルゴーの船の勇士達に奪われてしまうのでした。

牡羊座の探し方ですが、アンドロメダ座の南方向にさんかく座とともに小さい三角に見える星座です。2等星ハマル(α)を目安に探してみましょう。
今日は牡羊座について話しました。


2004年 10月 9日 星座
星座は、恒星分布パターンに基づいて恒星や天域を整理・分類したものです。歴史的には文化圏ごとに異なった様々な種類の星座が提案・使用されてきましたが、現在では1928年国際天文連合によって決定された88が公式のものとなっています。

星座は紀元前3千年前のシュメール、あるいはアッカドで作られたと考えられています。人々は夜空を見上げ、明るい星に名前をつけたり星の並びを結んで、獣や巨人などの形を描きました。これが、今の星座のルーツとされています。
そして、星の位置や動きを観測して「暦」をつくり、日食や月食、惑星の動きなどを手がかりとした「星占い」をするようになりました。今も星占いで使われている「12星座」は、この時代に原型ができたようです。
その後、それらがギリシャに伝わり、神話や伝説と結びついて、現在の星座の原型と星座神話が完成されていきました。その後、多くの天文学者たちによって様々な星座が作られましたが、紀元前2世紀頃、アレキサンドリアの天文学者プトレマイオス(トレミー)によって48の星座にまとめられました。
この頃までは月は神々の住処で星は神々を表わしていましたが、中世ヨーロッパでは、なぜか月は悪魔の住処になり、星は悪魔や魔物と関係が深くなってしまいました。ギリシャの颯爽とした月の女神アルテミスが、中世では魔女の親分的存在の魔物になってしまうし、資料は燃えるし、ヨーロッパではこの中世フィルターがかかってあらゆる伝承が伝わってしまっています。
17世紀に入って大航海時代が訪れると、ヨーロッパでは見られない南天の星空に、南方の生物(ふうちょう座、カメレオン座、かじき座など)や、航海で使われていた機器(ぼうえんきょう座、はちぶんぎ座、とけい座など)を形にした30もの星座が南半球の星空に作られました。
この他に17世紀〜18世紀にかけて、多くの天文学者によって新しい星座が作られるようになり、星座の境界線が勝手に決められたり、二つに星座にまだがる星などがあったりして混乱を招くような事態になったりしました。
しかし、天文学の進歩とともに、世界共通の星座や星座の境界線を確立しなければならなくなり、1928年に国際天文学連合で正式に現在使われている88の星座が確定するとともに、星座の境界も赤経・赤緯にそって決められました。

また、中国では紀元前から天文学が発達し、実に多くの「星座」が独自に作り出されて高度に体系化していました。中国の星座の歴史も長く、起源は紀元前1千年前と言われています。私たちになじみの深い西洋起源の星座はギリシャ・ローマ神話、身近な人物・動物や道具をなぞっているのに対し、中国の星座は一つの国家体系を形成しています。
夜空の日周運動の中心である北極星は「天帝」の座とされ、そのすぐそばをめぐる星たちには宮殿の庭園や官庁、役人といった高貴な事物をあてはめました。そして北極星から離れるに従い、庶民の住宅や市場など次第に身分の低い存在を星座としました。
このように形作られた中国の星座は、その一つ一つがとても小さく、全体の数が非常に多いのが特徴です。3世紀に整理された段階で、実に300以上の「星座」が空にひしめいていました。
月が27.5日かけて天球を1周するとき、一晩ごとに1つの「星座=星宿(せいしゅく)」を移動するように割り振られたものを二十八宿と言います。二十八宿の起点は秋分点に近い「角宿(かくしゅく)、おとめ座中央部」にあります。
この二十八宿は太陽・月・惑星の位置と動きを表現する事に用いられ、当時の天文学上も非常に重要なものであったようです。それぞれの星宿の中で、西端に位置する比較的明るい星を「距星(きょせい)」と言います。そして東隣の距星との間の領域を、その距星の名前を付けた「宿」と呼んでいるわけです。
28の星宿は7つずつの4つのグループに分けられます。順番に東・北・西・南の4つの方位に割り振り、それぞれの方位に青竜、玄武、白虎、朱雀という4つの獣神の姿をあてはめていました。
東方七宿・青竜(せいりゅう)、現在のさそり座のS字カーブと、それに続くてんびん座、おとめ座の領域を巨大な竜の姿に当てはめて、星宿名がつけられています。角・亢・氏・房・心・尾・箕の星宿があります。
北方七宿・玄武(げんぶ)、玄武とは黒亀の事です。このあたりは現在の秋の星座の領域で、明るい星が少なく各星宿の名前も亀の姿とは特に関連のないものが並んでいます。斗・牛・女・虚・危・室・壁があります。
西方七宿・白虎(びゃっこ)、この七宿の最後に位置する参宿(しんしゅく、現在のオリオン座)を四足を広げた虎の姿と見ています。しかしこれ以外の星宿は、白虎とは関連がありません。奎・婁・胃・昂・畢・觜・参があります。
南方七宿・朱雀(すざく)、うみへび座の大きなカーブを巨大な鳥(鳳凰)と見て、星宿の名前をつけています。青竜とともに、その姿を想像しやすい七宿です。井・鬼・柳・星・張・翼・軫があります。
ふしぎ遊戯を見ていたらわかるかもしれませんね。
また、日本は「すばる」「ごかくぼし」「ふたつぼし」「へいけぼし」など各地にそれぞれ味わい深い星座や星の呼び方がありましたが、全国的に共通するような呼び方は少なかったようです。
ただし、中国も日本も西洋の88星座が輸入されるとすぐにとって代わられたそうです。

現在では全天に88の星座を見る事ができますが、北半球に位置する日本では南半球の星座を見る事はできません。南半球では見れなかった星座が見れるだけでなく、星座によっては南半球では明るく見えるものもあり、機会があれば見てみましょう。
今日は星座について話しました。


2004年 10月 日 銀河系
太陽系は銀河系の一部で、地球からは銀河系の星々が星が「天の川」として見えます。

昔のギリシアのピタゴラスなども天の川が星の集まりであると考えていたようですが、天の川が星の集まりである事を、初めて望遠鏡で確かめたのはガリレオです。18世紀のドイツの哲学者カントは、私たちのまわりの星はレンズ型に集まった銀河系を形づくっていると考えました。レンズの内側に私たちがいて、そこからまわりを見渡しているので、レンズの半径方向に星が見える、それが「天の川」だというわけです。
天の川が、銀河系を横から見た姿だと気付いたのは、イギリスのウィリアム・ハーシェルです。ハーシェルは、全天の星を数え上げ、中心に太陽があり厚みが直径の20%ほどの円盤状をした銀河系の形を考えました。
しかし、銀河系は円盤状ではありましたが、1918年にアメリカのシャプレーは、太陽系が銀河の中心からおよそ5万光年(のちに2万8千光年に訂正)も離れている事を明らかにしました。さらに1950年頃には、オランダのファン・デ・フルストが銀河系が巨大な渦巻きの腕をもつ事を明らかにしました。

現在では、銀河系は直径10万光年、中心で厚さ1万5千光年の渦巻き型をした円盤と、それをほぼ球状に包み込むハローからなり、全体で半径数十万光年になると考えられています。そして銀河系全体は毎秒220kmの速度で回転していると考えられています。
また、銀河系は太陽などの恒星が2千億〜4千億個も集まってできています。太陽系は渦巻きのうちオリオン腕とよばれる腕のへりに位置しており、銀河系の中心を2億年かけてゆっくりとまわっています。
銀河系をまわっているのは恒星だけではなく、銀河系を取り巻くように分布する球状星団や星間ガスなども周りをまわっています。また、南半球から見える大マゼラン雲と小マゼラン雲は銀河系のお供の銀河ですが、これらもまた銀河系のまわりをまわっています。
銀河系の中心部には直径30光年ほどの小さな中心核があり、強い電波を出しています。中心核は直接は見ることはできないのですが、電波を出しているので存在を知ることができました。
この中心核のさらに中心部に、小さくて強力な電波源が見つかっています。これは100天文単位ぐらいで、太陽系ぐらいの大きさです。この中心核の「芯(しん)」ともいうべき部分は、温度が高く巨大なエネルギーを出しています。
この「芯」の部分はブラックホールではないか、と考えられています。銀河系以外の銀河の中心部もこのブラックホールだという指摘が多くの天文学者から出ています。

様々な銀河の形を初めて分類したのは、アメリカのエドウィン・ハッブルです。ハッブルは、自分の観測をもとに、1926年「銀河の音叉型分類」の中で、銀河を見かけ上の形にしたがって「楕円型」「レンズ型」「渦巻き型」、その仲間の「棒渦巻き型」、その他の「不規則型」の5種類に分類しました。現在ではこの分類に「中間型」を加えた6種類に大きく分類されています。
「楕円銀河」は、ほぼ球状の形をしたものから、かなり扁平な楕円形までの8つに分類されています。楕円銀河の代表として、おとめ座、うしかい座、カシオペア座があります。この楕円銀河は、中心部と円盤部の区別がなく、表面の明るさが中心から外側へ向かって規則的に減少します。そして老いた星ばかりで構成されていて、新しい星の誕生も起きないと考えられています。
「レンズ状銀河」は、中心部と円盤部の区別はありますが、円盤部に渦巻き腕をもたないものを言います。そして中心部が円型のものと、端がやや棒状になっているものとに分類されています。
「渦巻き銀河」は中心部と円盤部からなり、円盤部に渦巻き腕をもつ、普通の渦巻き型と、中心部を貫く棒状構造をもつ棒渦巻き型に分けられます。普通の渦巻き型の代表としては、私たちの住む地球が所属する銀河系やアンドロメダ銀河、おおくま座があります。明るい中心部は、老いた星からなり、反対に円盤部はガスをたくさん含み、若い星で形成されています。
棒渦巻き型の代表としては、ペガサス座やとろ座があります。棒渦巻き型は、中心部の膨らみが細長く、両端から腕が伸びて渦を巻くという形の他は、普通の渦巻き型銀河と似ています。したがって棒渦巻き型銀河も、新しい星を次々と生みだす若い星の集団と考えられます。
「不規則銀河」は上記の型のどれにも当てはまらないものを不規則銀河と呼びます。大マゼラン雲、小マゼラン雲などもこの仲間です。この不規則銀河には水素ガスの量が多く、若い星も盛んに誕生している事が観測されています。中には銀河同士の衝突によって不規則に変形してしまった銀河もあります。

宇宙全体では、1000億個の銀河があると言われています。この銀河がいくつか集まって銀河団というグループをつくっています。銀河団というのは、数個から数千個の銀河が集団をつくっているもので、比較的規模の小さなものは銀河群と呼ばれる事もあります。よく知られた銀河の集団には、おとめ座銀河団、うみへび座銀河団、ヘラクレス座銀河団などがあります。
そしていくつかの銀河団が集まって、超銀河団というグループをつくっていると言われています。宇宙は超銀河団の集合体であるとも言えます。私たちの住む地球が所属する銀河系は、アンドロメダ銀河、大小マゼラン雲とともに局部銀河群と呼ばれる銀河群をつくっています。
そして、局部銀河群は「おとめ座銀河団」を親分とした「おとめ座超銀河団」という集団の中に属しています。

残念ながら私たちの銀河系の外から見る事ができません。銀河系の外に出るまでに数万年はかかってしまいまうほど大きいからです。他の渦巻き型銀河を探して想像するなどしか今はできなさそうですね。
今日は銀河系について話しました。


2004年 10月 7日 太陽系
太陽系は、太陽と9つの惑星(水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星)およびそれぞれの惑星の計61個の衛星、多数の小天体(彗星と小惑星)、そして惑星間物質で構成されています。

19世紀まで、人間にとって宇宙とは太陽系の事でした。20世紀に入っても、太陽系の理解はそれほど進みませんでしたが、アポロ以後の惑星探査機時代を経て、明確な太陽系像を手にする事ができました。

太陽系の誕生は、太陽という恒星の誕生に関わっています。恒星と恒星の間の宇宙空間には、星間ガスや星間塵とよばれるガスや塵が非常に薄くまばらに存在しています。これらのガスや塵が特に濃く集まったものを星間雲と呼びます。
恒星はこれらの星間雲から生まれ、太陽もこういう星間雲の中でガスや塵がより集まって生まれました。この大きな塊は引力によって次第に縮んでいきます。このときガスは回転しているため、だんだんと平たい円盤のようになっていきます。
そして最後には、中心にいちばん重い塊ができ、まわりに薄いガスと塵の円盤ができます。これを原始太陽系星雲と呼び、中心の塊は原始太陽となりますが、残された円盤の中ではガスと塵がくっついて直径10kmほどの小さな塊が無数に生まれます。これを微惑星と呼び、衝突する事で合体したり壊れたりしながら、次第に大きな塊に成長していきます。そうして原始惑星が誕生します。原始惑星にはまだたくさん残っている微惑星が衝突し、まわりのガスも引力で引っ張って大きく成長していきます。
しかし、中心近くでは原始太陽の輝きのため水素や揮発性のガスが吹き払われ、岩石と鉄を主成分とした小さな惑星が残り、地球型惑星になりました。また、外側のガスが濃いところで成長した惑星は、軽い水素ガスを大量に集め木星型惑星になりました。
火星と木星の間で、大きな惑星に成長できなかったものは、たくさんの小惑星となり小惑星帯を作りました。また、微惑星のうち惑星の引力で太陽系の端に放りだされたものが彗星になったと考えられています。
隕石の年齢を調べる事で、太陽系が生まれたのは46億年前とわかりました。また、原始太陽系星雲が縮み始めてから、太陽系ができるまでは1千万年ぐらいだと考えられています。

太陽系(宇宙)に特に多い元素たち(H・He・O・C・N・Ne・Mg・Si・Fe・・・)は、温度に応じておよそ次の3種類の物質に凝結します。
「岩石(鉱物)」は揮発しにくい元素たちが高温で凝結した固体の事です。主にケイ酸塩化合物で、金属、酸化物、硫化物を含んでいますケイ酸塩とは、ケイ酸SiO2と金属元素(Mg・Fe・Ca・Al・Naなど)の化合物の事を言い、これらの鉱物が集まったものを岩石と言います。
「氷」は揮発性の高い元素(H・C・N・O)の分子化合物の固体の総称で代表例はH2Oです。凝結点が低いので固体になるのは低温時のみです。
「ガス」は低温でも凝結しないで気体のままです。H2とHeで宇宙には最も大量にあり、密度きわめて小さいです。
他に極少数ですが「有機物」があります。H・C・N・Oを中心とした高分子化合物で生命には必須です。
太陽系天体も「岩石・氷・ガス」のいずれかの組み合わせてできています。各天体の密度がわかれば、物質によって密度が違うので構成物質を推定する事ができます。
太陽の近くには地球型惑星や岩石質の衛星、小惑星のように「岩石(金属を含む)」からできた天体が分布します。一方、太陽から遠くには低温のため、木星型惑星の衛星やカイパーベルト天体(冥王星や彗星を含む)のように、岩石に氷が加わった氷天体が分布します。木星型惑星はこれらがさらに膨大なガスをまとった天体です。
なお、太陽は全ての元素を含みますが、高温過ぎるため全てガスになっています。

太陽系の天体たちは、同じ星間物質からほぼ同時に誕生した兄弟のような関係だそうです。それなのに似ていたりはしますけど全然違う天体になるって凄いですよね。
今日は太陽系について話しました。


2004年 10月 6日 彗星
彗星はほうき星とも言われている、尾を引いている星の事です。ハレー彗星やヘールボップ彗星などが有名です。

彗星はかなり古くから知られていて、中国の紀元前240年の記録などがあります。現在では900個近くの彗星が記録されていて、これらは少なくとも大雑把な軌道は計算されています。
ほうき星などの名の他に汚れた雪だるまとか、凍った泥の玉と呼ばれます。彗星は核を中心とするコマと尾からできています。核は・ドライアイス・個体アンモニア・岩石などからできていると考えられています。
太陽に接近すると、この核の表面が太陽の熱で暖められて氷・ドライアイス・個体アンモニアなどが蒸発し、ガスとなって核のまわりをとりまいてコマとなります。そして太陽にさらに接近して火星軌道付近まで来ると、コマとなっているガスやダスト(岩石など)が太陽風や放射圧(太陽からの光によるもの)で押し流されて尾ができます。このため、彗星の尾はいつも太陽と反対方向を向いています。
彗星は、太陽の近くにある時以外は、肉眼では見えません。 多くの彗星は、冥王星軌道の外まで出る、長楕円軌道を回っています。これらは、一度現われると、その後何千年間も見られません。短周期彗星と中周期彗星(ハレー彗星のような)だけ、その軌道の大部分が冥王星軌道の内側に入っています。

彗星最大の特徴は、その長い尾です。 しかし、尾は太陽に接近するとあらわれるものなので尾をもつ明るい彗星は日没後の西の空か、日の出前の東の空にしか見えません。尾の長さも太陽と地球の距離より長いものもあり、その種類は大きく2つに分けられます。
1つは太陽と反対の方向に、まっすぐ伸びる尾で、青く見えます。もう1つは、幅の広い曲がった尾で、太陽の光を反射して黄色に見えます。これは固体の塵でできているものです。彗星によってはこの2つがいっしょに見える事もあります。

現在、彗星の故郷は2つあると考えられています。1つは、太陽から数万天文単位のところにある「オールトの雲」と呼ばれるところで、数十億個の彗星が存在すると考えられています。
太陽系の惑星は、今から46億年前に微惑星が衝突して誕生したと言われていますが、彗星は惑星に取り込まれずに飛び出した微惑星だと考えられています。
また、もう1つ「カイパーベルト(彗星が非常にたくさん存在すると思われるドーナツ状の領域)」も彗星の故郷と考えられています。カイパーベルトは、黄道面に沿って太陽から数十〜数千天文単位のところにあり、10億個の彗星が存在すると考えられています。
地球型惑星ができたころ、微惑星が衝突・合体を繰り返している途中、合体できずに取り残されたものだと考えられています。

彗星は太陽系が形成された時に、何らかの理由で惑星に合体しなかったものです。そのため、太陽系の初期の歴史のサンプルとして調べようとされています。
今日は彗星について話しました。


2004年 10月 5日 セーラームーン
セーラームーンは一部の女性には、ガンダム世代の人にとってのガンダムのような存在です。竹内直子先生原作で「なかよし」(講談社)に連載され人気を博し、アニメや実写化もされています。

セーラームーンは1991年7月、講談社「るんるん」夏休み号に武内直子先生の読み切り短編「コードネ−ムはセーラーV(ブイ)」が掲載されます。これがセーラームーンの原案になり、もちろん主演は愛野美奈子ことセーラーヴィーナスです。
そして1991年12月に「美少女戦士セーラームーン」が講談社の雑誌「なかよし」2月号から、武内直子先生の連載が始まりました。途中、第10巻の発売によって原作コミックスの発行部数が累計で1千万部を突破するなどあり、1997年4月に最終巻が発売されました。
1992年3月にテレビアニメ「美少女戦士セーラームーン」の放映が始まります。制作は東映動画(現:東映アニメーション)です。初代は19932月に最終回を迎え、1993年3月に「美少女戦士セーラームーンR」、1994年3月に「美少女戦士セーラームーンS」、1995年3月に「美少女戦士セーラームーンSuperS(SS)」、1996年3月に「美少女戦士セーラームーン セーラースターズ」が始まって1997年2月にテレビアニメは放映が終りました。
1993年8月から始まったミュージカルも年に2・3回ずつやってずっと続いています。2003年10月に実写版セーラームーンが始まり、2004年9月に放映が終了しました。他にも現在までに様々なイベントが行われました。

主人公は月野うさぎでセーラームーンに変身して戦います。「月に代わってお仕置きよ!」が名台詞で、実は月のプリンセスの生まれ変わりだったりします。他にセーラーマーキュリーの水野亜美、セーラーマーズの火野レイ、セーラージュピターの木野まこと、セーラーヴィーナス(V)の愛野美奈子に、タキシード仮面で前世では地球の王子だった地場衛、さらにルナとアルテミスの2匹が初期メンバーでした。
その後、セーラーちびムーンで未来からきたうさぎと護の娘のちびうさ、セーラーウラヌスの天王はるか、セーラーネプチューンの海王みちる、セーラープルートの冥王せつな、セーラーサターンの土萠ほたるが出現しました。
さらにセーラースターファイターの星野光、セーラースターメイカーの大気光、セーラースターヒーラーの夜天光、セーラーちびちびムーンのちびちび、火球皇女などさらに増えていきました。
敵の名前は竹内直子先生が理学系出身な事から、ほとんどが鉱物名や科学用語からきているそうです。

大人気を誇ったテレビアニメ、セーラームーンですが長期低落傾向に入っていきます。セーラームーンは幾原氏などの独特のテンションの高い演出手法でも高い評価を得て、他の作品にも大きな影響を与えたのですが、やがてこれらの手法も他に真似されて面白みが薄れていきました。
当初は珍しかった戦う女の子も、類似した作品が多くなるに連れて珍しさも薄れていきました。

セーラームーンはその影響の大きさから、良くも悪くも注目を集めました。「月に代わってお仕置きよ!」の言葉とそのポーズも大流行しました。
今日はセーラームーンについて話しました。


2004年 10月 4日
月は地球のただ1つの天然の衛星で、英語ではムーン(moon)、ラテン語ではルナ(Luna)、ギリシャ語ではセレネとかアルテミスと呼ばれていました。

月は当然ですが有史以前から知られていて、古くは太陽に対して太陰とも言われました。漢字の「月」は三日月の形状から変化したもので、古代の日本語では「ツク」と読みます。これは月そのものの姿と同時に「憑く」という意味を持っており、神や霊が宿る星として考えられてきました。
古来より月は太陽と並んで神秘的な意味を付加されてきました。西洋では月が人間を狂気に引き込むと考えられ英語で「lunatic」とは、気が狂っている事を表します。また、満月になると人狼は人から狼に変身し、魔女たちは黒ミサを開くと考えられていました。
その影響から満月の日は他の日よりも自殺や殺人などの発生件数が多いといった都市伝説は日本でも比較的流布しているそうです。
東洋では月は陰の象徴となり、女性と連関すると考えられていた。故に月経と呼ばれたり、竹取物語では月からやってきた絶世の美女「かぐや姫」は、月で犯した罪のために地球に送られてきた事になっていて、刑期が終わったかぐや姫は月に帰っていきました。
他に日本の伝説では、月では兎(うさぎ)が餅つきをしている。中国の伝説では、月には桂の木が生えている事になっている。呉剛という男が切ろうとしているともなっています。また、嫦娥の変じた蝦蟇が住んでいるとも言われています。

月は衛星としては太陽系の中でも最も巨大な衛星の一つで、その大きさや組成から月は水星・金星・地球・火星と同じく地球型「惑星」として分類される事があります。また、天空で太陽に次いで2番目に明るい天体です。
月は地球からの平均距離384400km、半径1738km、質量3.303×1023kg、平均密度5430kg/m3、自転周期27.3217日、公転周期27.3217日、表面重力0.166G(地球の1/6)、表面温度は-180〜130℃と言われています。
月の自転周期と公転周期は27.3217日で両方が正確に一致しています。このため月はいつも同じ面を地球に向けており、決して裏を見せてくれません。長い間の潮汐力の作用による共鳴現象でこういう事が起きたと言われています。
また、海の満ち引きは他の天体の地球に及ぼす引力の影響で起きるものですが、その中でも最も大きな影響を与えているものが月、その次が太陽と言われています。基本的には月の方角を向いているところの海は引っ張られて満ち潮になり、そこから90度離れた所が引き潮になり、ちょうど反対側(180度)も満ち潮になります。なので潮の満ち引きは1日に2回起きます。
この満ち引きの差は月と太陽が同じ方向またはちょうど逆の方向にある時(満月・新月の時)に最大になり「大潮」と言われます。逆に太陽と月が90度の方向にある時は両者の潮汐力が打ち消し合うので差は最小になり「小潮」と言われます。なお実際の潮汐は海底との摩擦により月の動きより数時間遅れる傾向があります。

月の重力は地球に影響を及ぼしてると言われ、潮の満ち引き以外には、地球上の生物のホルモンリズムにも影響を及ぼしていると言われています。
月による潮汐作用により、主に海洋と海底との摩擦(海水同士や地殻同士の摩擦などもある)による熱損失から、地球の自転速度がおよそ10万年に1秒の割合で遅くなっています。また、重力による地殻の変形によって、地球と月系の角運動量は月に移動しており、これにより月と地球の距離は、年約3.8cmずつ離れつつあるそうです。
この角運動量の移動は、地球の自転周期と月の公転周期が一致したところで安定となるため、地球と月間の距離はそこで安定すると考えられています。

他に日食や月食はともに地球・太陽・月の相互の位置関係により発生します。日食は月が太陽を隠してしまう現象で、言い換えれば太陽の光による月の影が地球の表面に落ちた時が日食で、その影の中にいる人だけに日食は見えます。
月食は太陽の光による地球の影の中に月が入ってしまうもので、この場合影は月の表面にできているので、その時間に月が見えるところではどこでも月食が見えます。
天球上の月の軌道は白道と呼ばれます。また天球上の太陽の軌道(地球の軌道が反映されたもの)は黄道と呼ばれます。この白道と黄道が交わる場所を昇交点・降交点と言って、その付近で新月になると日食が、満月になると月食が起きます。

月に最初に到着したのは、1959年旧ソビエト連邦の宇宙探査機「ルナ2号」です。2004年現時点で月は人類が訪問した事のある、ただ1つの天体です。最初の着陸は1969年7月20日のアポロ11号でニール・アームストロング船長が月を実際に歩きました。
月はまた、地球以外で地質サンプルが採取されている天体でもあります。アポロ計画とルナ計画によって総計382kgもの岩石標本が地球に持ち帰られました。この標本によって、月についての詳細な知識の大部分を知る事ができました。

アポロ標本の研究に先立って、月の起源については一致した見解は出ていませんでした。「地球の近くで独立に成立した」とする説、「地球から分離した」とする説、「はるか遠くでできた天体を地球がキャプチャー(捕捉)した」とする説などいろいろ考えられてきましたが、現在「地球に天体が衝突し、その破片が結集して月になった」とする説が最も有力視されています。

新聞で暦の部分を注意して見ると、「月齢」という数字が載っています。これは、最近の新月が起こった時間からカウントした時間数の事で、単位は「日」です。だいたい月齢14〜15で満月を迎えるそうです。
今日は月について話しました


2004年 10月 3日 地球
今までの調査でわかっているかぎりでは、太陽系9つの惑星と61以上の衛星のなかでも、生物が存在しているのは地球だけです。
また、惑星の名前の中で ギリシャ神話やローマ神話をもとにしていないのは地球だけです。英語ではアース(Earth)、古代チュートン語と言われています。これに相当するギリシャ語はGaiaで、ラテン語はTerraです。

地球は太陽から3番目にある、金星と火星との間で絶妙な位地を占め、太陽の恵みを最大限に享受している惑星です。液体の水の河川、湖そして広大な海洋が存在する太陽系唯一の「水の惑星」であり、多様の生命体が生息しているユニークな惑星であります。
もし地球の位置が太陽にもう少し近ければ、地球は焼けただれてしまい、遠ければ凍りついた氷の天体となってしまいます。海は地球の表面の7割を占め、このおかげで生物が住みやすい環境ができています。
内核(固体:ニッケル・鉄)・外核(液体:ニッケル・鉄)・マントル(珪酸塩)・地殻(珪酸塩)からなっていて、地球中心部の内核は非常に高温、高圧固体で、その成分のほとんどは鉄です。その外側は外核の層で液体、溶解した鉄があります。さらに、その上にはマントルがあり、半固体で地球の体積の大部分を占める重い岩石からできています。表面の地殻は、軽い岩石から成る数十kmの厚さの層です。
地球の半径は6378km、質量は5974×1024kg、密度(水が1の時)5.5、表面重力加速度は9.8m/sec2、平均軌道速度は秒速29.8km、公転周期は365.25636日、自転周期は23.9345時間、軌道面の傾きは0.00005度、自転軸の傾きは23.44度、表面温度は-70〜55℃、大気の組成は窒素(約80%)・酸素(約20%)・その他(アルゴン・二酸化炭素・水蒸気など)、衛星は月と言われています。
約365日の公転周期で太陽を一周し、自転周期は平均23.9345時間です。自転軸が23.44度傾いているので季節の変化が生じます。また、地球は太陽系の中で最も密度が高い本体を持つ惑星です。
地球と太陽の間の平均距離(1億4960万km)は1天文単位(AU)と呼ばれ、太陽系内の距離測定の基本単位となっています。

地球は今から46億年前に誕生しました。太陽のまわりを回っていた岩石、金属、氷の塊である微惑星(びわくせい)などが引き寄せ合って衝突し、分裂や合体をくり返し、原始地球になりました。
誕生から1億年ほど長い時間をかけて厚い大気が生まれました。大気は雲をつくり、雨が降って海ができました。その頃地上は強い紫外線によって生物が住めないほどでしたが、深い海の中では紫外線は届かずバクテリアや藍藻が光合成を行って、徐々に酸素を生みだしました。
酸素が増えて地上にも酸素が増えて、やがてオゾン層ができます。オゾン層によって紫外線はほとんど吸収され、紫外線の脅威がなくなった地上にも植物が進出していきました。さらに地上では植物の光合成によって酸素がつくられ、生物が住める環境になっていきました。

地球は若い地表を持っています。5億年という、天文学の基準からすれば比較的短い期間に風化とプレートテクトニクスによって地球の表面は壊され造り直されてきました。
そのためクレーター(隕石衝突孔)のような古い地学的な歴史の痕跡は地表からほとんど失われました。なので地球の非常に古い時代の歴史を物語るものはほとんど残っていません。
地球はできてから46億年経っていますが、現在知られている最も古い岩石でも40億年より新しいもので、30億年より古い岩石はまれです。有機生命体の最も古い化石でも39億年より新しいものです。地球に生命が誕生した時期が正確にわかるような証拠物はありません。

地球のまわりを取り巻く大気は、約500kmの厚さがあります。この大気のおかげで太陽の紫外線やX線を通さず、地上の熱も宇宙に逃がす事がありません。
また、地球の自転により、外核の中にある鉄の流れが強い電流が生み、磁場ができます。磁場は宇宙まで達して繭の形をした磁気圏を形成して太陽風から地球を守っています。
太陽風のプラズマ(荷電粒子)は磁場に捉えられて巨大に二つのドーナツ型の帯に集められる。これが、バンアレン帯と呼ばれ、1958年にアメリカが打ち上げた人工衛星エクスプローラーにより発見され、発見者のバン・アレン博士にちなんでこのように命名されました。

私たちは地球上に住んでいるので地球を他の星のように見る事はできません。自分の目で見るにはしばらく先になりそうですし、それまでは写真とかで見るくらいですね。
今日は地球について話しました。


2004年 10月 2日 望遠鏡
1608年の10月2日、オランダの眼鏡職人ハンス・リッペルスハイが遠くのものが近くに見える眼鏡、つまり望遠鏡を発明して特許をオランダの国会に提出しましたが、原理が単純すぎたため、申請は却下されたと言われています。

レンズを2つ使うと遠くのものが近くに見える事を最初に発見したのが誰なのかはわかりません。ある説によると、オランダの眼鏡職人のハンス・リッペルスハイかその助手がふとした偶然で発見したという他に、ツァハリアス・ヤンセンなど少なくとも二人が自分の発見だと主張しています。
確かなのはあとではっきりしたとおり、「望遠鏡」の価値に素早く目をつけたのはリッペルスハイだった事です。彼はオランダ政府に特許を申請して、自分の発明品を他の誰にも作ったり売ったりさせまいとしたのですが、先に書いたとおり申請は却下されました。そしてほんの数ヶ月のうちに望遠鏡はヨーロッパ中で作られ、世間に紹介される事になりました。
そして1610年、ガリレオが作った屈折式の望遠鏡が天体望遠鏡の元祖です。初めて天体観測に使われた記念すべき望遠鏡ですが、レンズは一枚の対物レンズ、それと一枚の接眼レンズだけで倍率は30倍程度でした。
また、ガリレオが作った望遠鏡は使っているレンズが単レンズでした。単レンズではいろんな歪み色などが出るので正確な観測はできません。現在はすべての対物レンズは2枚張合わせのアクロマートと云う高級なレンズを使用するようになって歪みの少ないほぼ完全な像を結ぶようになっています。

望遠鏡は遠方の物体を拡大して観察する光学器械で対物レンズと接眼レンズからなっています。
対物レンズは普通、色消し2枚玉で、その焦点距離にくらべて十分に遠方の物体の実像を作り、これを凸レンズの接眼レンズによって拡大して倒立像を目で観察します。無限遠物体に対しては2つのレンズが焦点を共有する配置となり、「倍率=対物レンズの焦点距離÷接眼レンズの焦点距離」となります。
地上用のものはレンズやプリズムを使って正立像にして観察する。接眼レンズに凹レンズを用いたものは正立像を観察できますが、視界を大きく取れないので倍率も3〜4倍くらいにになるそうです。
望遠鏡対物レンズは写真レンズなどと比べ、Fナンバー(レンズの焦点距離を有効口径で割った値)は大きく、視界も小さいので、その分解能は主として光の回折によって決まり、「1.2×光の波長÷対物レンズの有効径[rad]」で与えられます。この角度を適当な接眼レンズで拡大して目の分解能を約1'に合わせます。
広がりのある物体を観察する場合は、その像の明るさは接眼レンズを射出する光線束の直径によって決まり、これが目の瞳径よりも大きければ、目の網膜上の照度が肉眼で見た場合と等しくなります。
射出光線束の直径は「接眼レンズの焦点距離×対物レンズの有効径÷対物レンズの焦点距離」で与えられ、昼間明るいところで使われる双眼鏡では3mm以上、夜間にも使える大型のものでは6mm前後が普通で、天体望遠鏡では1.5mmくらいだそうです。
天体望遠鏡の分解能は大気の振動によって制限されて1"〜3"になります。また、星は広がりを持たない点光源とみなせるので、像の明るさはレンズの集光力で決まるから、暗い星を検出するには大口径である事が重要になります。

代表的な望遠鏡は反射望遠鏡、屈折望遠鏡、カセグレン望遠鏡があります。
「反射望遠鏡」、反射型は、口径の割に値段が安く色のにじみが少ない望遠鏡です。しかし、調整や鏡のメッキなど扱いにくい面もあります。
「屈折望遠鏡」、屈折型はレンズを多く使うので価格が高いのですが、調整する事なく長く使えます。以前は色のにじみの問題があるとされていましたが、最近はSDレンズやフローライトのような超色消しタイプが多く高性能で憧れの的です。
「カセグレン望遠鏡」、カセグレン型はレンズと反射鏡を使っているので屈折型や反射型との中間的性質を持っています。他のに比べ筒の長さが短く操作しやすく価格も割合安く、視野中心部分の星像は良いようです。

口径の大きな望遠鏡ほど集光力があって暗い星雲まで見る事は可能ですが、結像性能(分解能)やコントラスト(迷光処理)など他にも影響しています。良い望遠鏡は一番使う時間が長い望遠鏡、という話もあるので自分のしたい事や値段と相談しながら決めると良いかもしれませんね。
今日は望遠鏡について話しました。


2004年 10月 1日 太陽
太陽(Sun・sol)は地球に近い場所にある恒星で、地球の親星です。銀河系の中心から約3万光年離れた所に位置すると言われています。太陽神そのものの名で、ギリシャ神話ではヘリオス(Helios)、ローマ神話ではソール(Sol)と呼ばれています。

太陽は地球の生命に恵みをもたらしている太陽系の中心星です。太陽系の中で最大の天体で、太陽系の全質量の99.8%を太陽が占めています(その残りのほとんどは木星です)が、全恒星の中では中くらいの大きさと明るさだそうです。約46億年前、巨大なガス雲の中の物質が凝縮して中心部の温度と圧力が上昇して核融合が始まり、太陽が輝き始めました。
非常な高温・高圧の中心部では、水素が核融合反応を起こしてヘリウムに変換されて毎秒400万tのエネルギーが作り出されています。太陽は中心の温度が1500万℃、表面温度が6千℃の巨大なガス球です。太陽の質量のおよそ75%が水素で25%がヘリウムと言われています。この割合は、太陽が中心核で水素をヘリウムに変換するにつれてゆっくりと変わっていきます。
太陽の一番外側は赤道付近で25.4地球日に一回の割合で回転していますが、両極付近では一回転に36地球日かかる差動回転をしています。差動回転の原因は太陽が地球のような固体ではないからで、同じような事がガス状惑星でもおきています。ただし、太陽の中心核は固体のように回転します。
太陽の年齢は46億年で寿命は約100億年とされています。半径は69万6千km(赤道)、質量(地球を1とした時)330000、密度(水が1の時)1.41、地球からの距離は約1億5千万km、表面温度は6千〜1万℃(黒点では4千〜4500℃)と言われています。

太陽の中心部は、半径69万kmの輻射層と対流層を含む核からなっていて、その上層に500kmの光球層、さらにその表面に採層があります。そこから外部に向かって、日食時に見られるコロナが放射されています。
太陽の中心は約1500万℃と高温で、水素と水素が溶け合ってヘリウム原子をつくる核融合反応を起こし、膨大なエネルギーをつくり出しています。
中心部でつくられたエネルギーは、輻射層や対流層で吸収と放出を繰り返しながら経て表層にたどり着き、ほとんどは可視光線や、赤外線になって放射されています。一個の光子が表面に出てくるまでに約17万年もかかるそうです。
太陽の表面にある黒点は「冷たい」部分で、4千℃しかないのでまわりと較べると暗く見えます。黒点は非常に大きくなるものがあり、直径が5万kmになる事もあります。黒点は、太陽の磁場の働きで発生しますが、その仕組みは複雑で、あまり良くわかっていません。
太陽が出しているエネルギーは3.86e33エルグ/秒(38億6000万メガワットの1兆倍:385000000000000000000000000ワット)で、地球から見た時の明るさで言うと-27等星だと言われています。

太陽は地球の公転軌道面に対し、自転軸を7度傾斜させて左から右へと差動回転し、赤道付近が速く動いています。このため強力な磁場が生じて猛烈な太陽風が発生します。太陽風は陽子や電子のような電気を帯びた粒子の高速の流れで、秒速800kmくらいの速度で太陽から吹き出しています。
太陽風や、フレアーから出てくるもっと高エネルギーの粒子によって地球上で磁力線のうねりによる電波障害や北極のオーロラなどの現象が発生します。
太陽の放射する電磁波はガンマ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、電波です。

太陽の観測は近年飛躍的に進歩しました。肉眼では観測できなかった彩層やコロナの領域の高温のガスの動きも、人工衛星に搭載した紫外線望遠鏡やX線望遠鏡で観測できるようになりました。プロミネンスについても、特殊な装置により皆既日食の時以外でも観測できるそうです。
代表的な太陽観測衛星には、1990年にNASAとESA(ヨーロッパ宇宙機関)が打ち上げたユリシーズ、1991年に文部省宇宙科学研究所(ISAS)が打ち上げた「ようこう」、1995年にESAが打ち上げたソーホーなどがあります。

沈もうとする太陽や、薄雲に隠れている太陽でも、じっと見つめると眼がおかしくなります。太陽を肉眼で観察したい場合は、必ず専用のフィルター(太陽観測用専用フィルターなど)を準備しましょう。
レンズは光を集めます。絶対に、双眼鏡や望遠鏡で直接太陽を見てはいけません。失明事故につながります。
今日は太陽について話しました


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