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| 2005年 1月31日 | 猪 |
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猪は、イノシシ科(Suidae)という脊椎動物門哺乳綱ウシ目の一科に含まれています。シノシシ科には16種の生物が分類されており、4属から8属にまとめられると考えられています。 一般に言われる猪は体が太く、頸は短く、吻(くちさき)が突出しています。また、犬歯は口外に突出しています。日本のものは頭胴長約1.2m、尾長20cmほどです。ヨーロッパ中南部からアジア東部の山野に生息しています。 背面に黒褐色の剛毛があり、背筋の毛は長いです。山中に生息していて、夜間など田野に出て食を求め、冬はかやを集めて眠るそうです。 猪の子どもは背面に白縦線があるので瓜坊(うりぼう)や瓜子とも言います。他の呼び名として、「しし」「い」「ふすい」「いのこ」「野猪(やちよ)」などあります。 ちなみに豚は、ヨーロッパに生息するヨーロッパイノシシと東南アジアに生息するアジアイノシシの2種に起源をもつものと思われています。これらの野生種は、約9千年前に中国で家畜化され、やや遅れてヨーロッパで家畜化されました。 成長や成熟が早く、妊娠期間が短く多産、雑食性でさまざまな食べ物を片付けてくれます。これらが家畜化された理由であるようです。 猪(豚も含む)は脚が速く賢い動物です。また、警戒心が強く、光や音にもすぐになれてしまい、隙間から鼻を突っ込んで潜り込んだり、1m以上の柵を飛び越えたり、人間と猛獣の臭いにも平気で近寄れたり、積雪が結構ある地域でも難なく生活できたり、繁殖力が結構あったりします。 もちろん豚と同じく雑食性でなんでも食べます。そのため、猪による被害が報告される事も少なくありません。対策には頭を使わないといけないようです。 あと、中国語では猪という字で「豚」を表し、私たちの考える猪は「野猪」や「山猪」とするみたいです。なので、十二支の亥は豚を指しているかもしれないそうです。 今日は猪について話しました。 | |
| 2005年 1月30日 | 猿 |
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猿、サル目は脊椎動物亜門哺乳綱に含まれています。霊長目(霊長類)とも呼ばれ、キツネザル類、オナガザル類、類人猿、ヒトなどが属しています。 猿は、手足に5本の指をもち、親指が他の4本と対向しているので、物を掴む事ができます。前肢と後肢の指の爪は、例外はありますがヒトを含めた狭鼻下目のすべての種ではすべての指の爪が平爪です。また、両目が顔の正面に位置しているため、遠近感をとらえる能力に優れています。 これらは樹上生活において、正確に枝から枝に飛び移るために不可欠な能力です。さらに、色覚をもっており、緑色の葉の間から、さまざまな色をした果実などを見つけるのに有利になっています。 猿は中生代の三畳紀の原始哺乳類から進化したものです。原始哺乳類から単孔類のカモノハシと三畳紀に離れ、有袋類のカンガルーとジュラ紀に離れ、おおまかな分類として原始食虫類という分野に分類されます。 サルの先祖は食虫目(モグラ目)に近いと考えられています。現在発見されている、最も古いサル目の仲間は、6500万年前(中生代・白亜紀末)頃にいたプルガトリウスという生物です。 猿の進化はヒトとも関わってきます。「人類の祖先は猿」であるとよくありますが、そこで指しているいる「猿」は、動物園とかにいる「現在の猿」ではなく、もっと昔の「進化する前の猿」という生物の事です。ただ、「進化する前の猿」でも猿としか呼びようがないために、「人類の祖先は猿」となります。 一般的には、ヒトの祖先とチンパンジーの祖先が分かれた後を「人類の進化」と呼んでいるようです。猿人と類人猿に分かれたとこですね。 ヒトに近い猿の仲間では、まず1300万年くらい前にオランウータンの祖先とゴリラ・チンパンジー・ヒトの祖先が分かれました。このあと、ゴリラとチンパンジー・ヒトが分かれます。その時期には色々な説がありますが、だいたい800〜1000万年くらい前と考えられます。 そしてチンパンジーとヒトが分かれたのが650万年くらい前と考えられています。その後はヒトは進化や絶滅をしながら、現在の人類、ホモ・サピエンスになりました。進化の過程は今もまだまだ議論されています。 猿とヒトが分かれたのは、森林を捨て草原へと進出したその「好奇心と挑戦心があるかないか」と言う話もあります。現在の私たちには好奇心と挑戦心があるのでしょうか? 今日は猿について話しました。 | |
| 2005年 1月29日 | 羊 |
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羊(ヒツジ)は、脊椎動物門哺乳綱ウシ目ウシ科ヤギ亜科の動物で、角をもち、主に羊毛のために飼育される家畜です。 羊がまだ野生だった頃は、主に北緯30度から45度にかけての標高3千m以上の山岳地帯に棲息していました。この地域は年間の日照時間が著しく変化するため寒暖の差が激しく、標高も高いので、野生動物にとっては非常に条件の厳しい地帯でした。 そこで、厳しい環境に適応するために、いろいろな特性を身につけました。それは限られたエサを効率的に利用するため、かなり短い草や木の芽なども器用に食べる事ができる能力や、反芻する事での優れた消化能力、エサがほとんどない冬季間に備えて体に脂肪を蓄える能力、寒さから身を守るための産毛能力などです。 羊がきわめて早い時期に家畜化された理由は、人間が利用できない草類を効率よく動物性タンパク質に変換できる反芻動物である事や、比較的小型で群居生が強いため、管理しやすい動物であった事です。 さらに、野生羊が生きるために身につけた特性が人間の生活にとってきわめて有用なものであった事が、大きな要因と考えられます。 羊は山羊とともに最も早い時期に家畜化された動物です。その起源は約8千〜1万年前の西アジアで、犬を使って家畜化が行われたと言われています。 初期の段階での羊の利用は、主に肉と毛皮であったと考えられています。それから野生羊を飼い慣らす事で、良質のタンパク源である乳や、これまで狩猟でしか得られなかった脂肪も簡単に得られるようになりました。 そして人類は羊の特性を、さらに有効に利用するために、長い年月をかけてそれぞれの目的に応じた改良を重ね、現在に見られるような多くの品種を作り出しました。 戦前、防寒具の原料を自給するためにと輸入されたのが、日本での本格的な羊飼育の始まりとされています。ジンギスカン鍋は、毛を刈った後で潰した大量の肉を消費する方法とて、新しく考案されたそうです。 羊肉は広い地域で食用とされています。羊の年齢によって、ラム(lamb、子羊肉)やマトン(mutton)と区別する事もあります。海外では、牧畜が盛んなオーストラリア、ニュージーランドをはじめ、豚肉を避けるイスラム教が広く普及した中東での消費量が多いそうです。 日本国内では、牛肉、豚肉、鶏肉に比べると、消費量は少なく、ジンギスカン鍋など特定の料理でのみ使われる事が多いそうです。 羊は十二支や聖書に登場するほど人間と馴染みの深い動物ですが、1996年にクローン羊のドリーが産まれるなどこれからも深く関わっていきそうです。ただ、クローン関係はちゃんとした結果になって欲しいです。 今日は羊について話しました。 | |
| 2005年 1月28日 | 著作権 |
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1956(昭和31)年、「万国著作権条約」が公布され、この条約で著作物にCopyright(著作権)の頭文字Cを丸で囲んだ記号(©)を附記するよう定められた事から、「コピーライト」を「コピーライター」にひっかけて、「コピーライターの日」としました。 ちなみに「万国著作権条約」は日本ではその年、1956年4月28日に発効しました。 著作権はグーテンベルクの印刷術以来、コピー技術の発達が権利意識の発端となっています。日本では福沢諭吉がベストセラーの「西洋事情」の海賊版の横行に腹を立て著作権(当時は版権)制度の確立に力を注いだ事は有名みたいです。 著作権は、著作権法で保護対象とされる「著作物」に関して、著作者等に認められる権利の事で、著作財産権と著作人格権とから構成されています。 「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とされ(著作権法2条1項1号)、その例として、著作権法は以下のものを挙げています(10条1項)。 「小説、脚本、講演その他の言語の著作物」「音楽の著作物」「舞踏又は無言劇の著作物」「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」「建築の著作物」「地図又は学術的な性格を有する図画、図表、模型その他の図形の著作物」「映画の著作物」「写真の著作物」「プログラムの著作物」 ちなみに新聞記事などの「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」は著作物にあたらないとしています。「時事の報道」は「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように」したかという客観的事実の報道の事です。 また、発明やアイデアは、「思想又は感情を表現したもの」でないので著作物ではありません。これらを保護するためには、特許権や実用新案権を取得する必要があります。 日本の場合、作品が生まれた瞬間から権利は生まれ、その権利の保護の条件として工業所有権とは異なり、登録が必要ない事に大きな特微があります。 うまい、へたに係わらず、その人の思想や感情が独自に表現されていれば、子どもが描いた絵も作文も立派な著作物です。 著作権(財産権)の有効期間は原則として「著作者の死後(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者の死後)から50年」とあります。ただし、「戦時加算による特例」などもあるので、注意が必要です。 著作権はちょと複雑なところがあり、わからない時は著作権者に聞いてみるのがかなり有効です。いろいろと灰色な部分が多いので、しっかりと確認をしていく事も大事です。 今日は著作権について話しました。 | |
| 2005年 1月27日 | 国旗 |
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1870(明治3)年の1月27日、太政官布告第57号の「商船規則」で、国旗のデザインや規格が定められました。その事から国旗協会が「国旗制定記念日」と制定しています。 国旗は、自分たちの国の建国の由来、理想、目標、性格などを表わします。また、国の独立・主権の存在も意味しています。国旗は国家の独立の象徴(シンボル)であり、国民の意志を表わす。とされています。 日本の国旗は日の丸ですが、国旗のデザインが定められるまでは、船によってまちまちのデザインの旗を使っていました。現在使われている日の丸は太陽を表し、日本は日出(い)づる国として古くから太陽を崇めていました事から来ているみたいです。 当時の規格は、縦横の比率が7:10で、日の丸が旗の中心から旗ざお側に横の長さの100分の1ずれた位置とされていたのですが、現在は1999年8月13日に公布・施行された「国旗国歌法」により、縦横の比率は2:3、日の丸の直径は縦の長さの5分の3、日の丸は旗の中心の位置となっています。 近年、国旗を掲げる事の強制などの問題がありましたが、根本に日本人の国旗に対する関心の希薄さがあります。法制化とかで一時的に注目されはしましたが、可決されてからは特に大きな問題として取り上げられる事もありません。 現在使っている国旗を使う事は戦争を示唆するとか、アジアの国には日の丸を見ると戦争時の悲惨な出来事を思い出す人がいるなど、こじつけのようなものから考えなくてはいけないものまで言われていました。ただ、見る人によっては少し論点がずれているようにも見え、さらに関心をなくしていたりもしたようです。 いろいろ書きましたが、ややこしい話を抜きにして、他国の国旗と見比べたりしてみると楽しいかもしれません。 今日は国旗について話しました。 | |
| 2005年 1月26日 | 馬 |
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馬(ウマ)は、ウマ目(奇蹄目)ウマ科に属する動物の総称で、現生はいずれもウマ属に属するウマ、シマウマ、ロバの仲間、5亜属9種のみだそうです。 馬の祖先は5500万年前頃に北米に現れた「エオヒップス」という動物みたいです。前肢に4本、後肢に3本の指を持つ体高30cm程の動物で、森林地帯に生息し、木の葉や木の実などを食べていたと考えられています。同時期にヨーロッパに生息した「ヒラコテリウム」もよく似た動物だったのですが、一度絶滅したみたいです。 その後、馬の祖先は森林から草原へ活動の場を移し、速く走る能力と草を食べる能力を身につけました。歯の形状は草をすりつぶしやすいように変化し、速く走るために指の数は少なく硬くなっていったそうです。 500万年前頃には、蹄は1つ、体高1m以上の「プリオヒップス」が現れています。それから現代馬の先祖「エクウス」が現れるのは、約100万年前の事です。エクウスは世界中にその生息地を広げ、馬・シマウマ・ロバなどの祖先となったそうです。 はるか大昔の人間にとって馬は、肉や皮をとるための狩猟の対象でした。しかし、馬の家畜化は、紀元前3500年頃の中央アジアから始まります。牡馬は肉用、牝馬は乳用、ともに牽引に用いられていたようです。 その後、車輪や馬具の発達により、馬は武器として利用されるようになります。紀元前1500年前後には、馬に乗ったり戦車を馬に牽引させての戦いが始まりました。中世になると遠征などの影響により、ヨーロッパ各地で重種と軽種との交配が進み、現代馬の系譜へと繋がっていきます。 首と頭が長く、長い四肢を持っています。角はなく、各脚とも第3指を残し他の指は退化しています。よく発達した蹄(ひづめ)をもち、硬い土の上を走る事ができます。長い尾と、頭から首の上部にかけての鬣(たてがみ)を除くと、全身の毛は短いが、ある程度の寒冷地での生活にも耐えられるそうです。 優れた嗅覚をもっていますが、毒草や血の臭いなどを嗅ぎ分ける事はできないそうです。顔の両側に目が位置するため視野が広いのですが、反面、両眼視できる範囲は狭いため、距離感をつかむ事は苦手みたいです。 現在では、野生種はほとんど滅亡したとされています。アメリカのムスタングや、宮崎県都井岬の御崎馬などは、半野生状態で生息しているが、いずれも家畜として飼育されていたものが逃げ出して繁殖したものです。 モンゴルに生息するモウコノウマ(Equus przewalskii)は、真の野生ウマというべき種であるが、1968年以降、野生状態では1頭も確認されていないそうです。 馬と言えば競走馬を思いつく人かもしれませんが、その速さや走り方などはかなりのものです。 今日は馬について話しました。 | |
| 2005年 1月25日 | 中華まん |
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1902(明治35)年、北海道旭川市で、日本の最低気温の公式記録の-41.0℃を記録しました。そこで、1月25日が日本最低気温の日となり、寒い日には中華まんを食べて暖まってもらおうと1月25日を中華まんの日と制定したそうです。 中華まんの紀元は古く、時は220年にまで遡ります。かつての名将であった諸葛孔明は、戦に向うため濾川を渡ろうとしました。ところが、風雨のために川が氾濫して渡る事ができません。 川を静めるためには、水の神様に人の頭を捧げ祭らなければならないという事でした。そこで、部下を犠牲にできなかった孔明は、代わりに小麦粉を丸めて人の頭を形どって中に羊の肉をつめて「饅頭(まんとう)」を作りました。 このまんじゅう、水の神様に気に入られたようで、川の氾濫は無事におさまったと伝えられています。これが、現在の中華まんじゅうのはじまりと言われています。 日本での中華まんの歴史は、大きく2種類に分かれます。 中華まんが日本に初めて上陸したのは1314年で、元の国の林浄因(りんじょういん)によって奈良に伝えられました。林はその後帰化し、中国式の饅頭から、仏教の忌む肉を野菜や豆類のあんに変えました。これは「奈良まんじゅう」と呼ばれ、光明天皇に献上されたと言われています。そうして林は「饅頭の祖」として、奈良市の林神社にまつられているそうです。 日本に肉まんが登場したのは大正時代初期と言われています。1927年、初めて日本で肉まんという形で売り出したのは、新宿の「中村屋」です。肉を入れた中華まんじゅう、という事で肉まんとして売られ始めたようです。この中村屋の相馬愛蔵氏が初めて肉まんを売った人と言われています。 ちなみに、関東では肉まん、関西では豚まんと呼ばれる理由なんですが、関東でいう「肉」は、食肉全般の事を指し、関西でいう「肉」は「牛肉」の事を指します。そのため、「豚肉」を主に使っているのに肉まんなのはおかしい、という事で豚まんになった。という説が最有力みたいです。 現在、10種類以上の中華まんがあり、肉まんやあんまんを筆頭に売れているそうです。これからもいろいろな種類が生まれていくみたいです。 今日は中華まんについて話しました。 | |
| 2005年 1月24日 | 蛇 |
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蛇(ヘビ)は、爬虫類ヘビ亜目に分類される動物の総称です。長い胴体に頭と尾があり、足がありません。全身は鱗(ウロコ)に覆われています。 蛇は恐竜が絶滅したあとに爬虫類の一部が脚を退化させて誕生した動物とされ、一部の原始的な蛇にはその名残があります。また、先祖返りなどによって脚が生えた蛇が発見された事もあるみたいです。 蛇の祖先が現在のメクラヘビ科のように地中性であるため、1度目が退化しかけた事があるくらいで視力はあまり良くありません。脚を退化させたのも地中に潜った事と関連があると言われています。 その反面、嗅覚が発達していれて舌をひらめかせる事で、匂いを感じ取って獲物を追います。マムシやハブのように目と鼻のあいだに動物の熱を感じ取るこ事ができる ピット(赤外線受容体)をもつ種類も多いそうです。 蛇の胴と尾の区別は、総排出腔(排出器官などの穴)から先が尾とされています。骨格を見ると胴体と尾の境界はわかるようです。変温動物なので、極端な暑さ寒さの環境下では休眠を行ないます。 蛇への信仰は鳳凰へのそれよりも古く、中国南部ではそれが龍信仰に習合したのだそうです。蛇はあらゆる「循環」のシンボルでもあり、脱皮に象徴される「死と再生」のシンボルでもあり、水の循環のシンボルでもあるそうです。 日本においても蛇は太古から信仰を集めていました。豊穣神として、雨や雷を呼ぶ天候神として、また光を照り返す鱗身や閉じる事のない目が鏡を連想させる事から太陽信仰における原始的な信仰対象ともなったそうです。 蛇はあまり好まれると言えませんが、神の使いなどと呼ばれたり脱皮した抜け殻をお財布に入れておくとお金が貯まるなどと悪い事ばかりじゃないようです。 今日は蛇について話しました。 | |
| 2005年 1月23日 | 電子メール |
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「1(いい)23(ふみ)」で、いい文・E文の語呂合せ電子メッセージング協議会(現在のEジャパン協議会)が1994(平成6)年に制定電子メールの日と制定しました。 電子メールは、コンピュータなどを通じてインターネット介して文字などを交換するシステムです。現実世界の郵便に似たシステムである事からこの名前がつきました。インターネットメールの事を特に「e-mail」と呼ぶ場合があります。 パソコン通信や企業内ネットワークなどで提供されていたシステムですが、近年ではインターネットの普及に伴って、インターネット上のメールシステムと互換性のあるものに統一されつつあります。 電子メールを使うには、まず使っているコンピュータがインターネットに接続できるのと、「メーラー」と呼ばれる種類のソフトウェアが入っている必要があります。基本的にメーラーを使って電子メールを書いたり、送ったり、受け取ったり、読んだりする事ができます。 電子メールはコンピュータが配達するので、地球の裏側に送ってもほとんどの場合すぐ届きます。ただ、携帯電話からコンピュータに送る場合は多少時間がかかったりします。 電話のように相手と直接話す必要がないので、相手の都合を気にせず送れます。その反面、電子メールを送っても相手がすぐにその電子メールを読むとは限らない、という事でもあります。 電子メール自体は、基本的に無料です。なので電子メールにかかる費用は、インターネットに接続するためにかかる通信費用(電話代やプロバイダ代など)だけです。 電子メールは、送る時と受け取る時だけインターネットに接続されていれば良いので、たくさんの情報を短い接続時間で相手に伝えたり、相手から受け取ったりする事ができます。 電子メールは文字だけでなく、画像やファイル(ワード文書やエクセルなど)も一緒に送る事ができます。その半面、ウィルスなども送る事ができるので注意が必要です。 また、「電子メールのマナー」というのがあって、基本的には相手の立場になって考える必要があります。PCを通してはいますが、相手は人間です。ざっと並べますと 件名はわかりやすく、文字化けがあるためなるべく漢字を使わない。 頭語、結語、時候の挨拶は省略しても失礼にならないのが一般的。 自分の名前などが相手にわかってもらえるようはっきりと書く。 だいたい1行の文字数は半角70文字程度(全角で35文字程度)で改行を入れるようにすると読みやすい文章になる。 画像ファイルを添付する場合は、インターネットで標準的に使用されている「JPEG形式」や「GIF形式」にしておけば、問題なく相手に画像を見てもらえる。また、ワード文書やエクセルなどで作成したファイルを添付する場合は、相手のPCに対応しているソフトが入っていないと見る事ができません。 文字脱字を確認する。意外とあったりしますので、出す前に1度は確認しましょう。 初心者には親切に、そして他人のミスには寛容に受け止めます。 電子メールは、いったん送信してしまったら取り返す事ができません。手紙と違って即座に返信を書く事ができるので、些細な内容でも大喧嘩に発展する事もあります。だからこそ、マナーが大切になってきます。 電子メールの問題、電子メールには広告メールやウィルスメールなど、来てほしくないものも送られてくる事があります。 広告メールは基本的に無差別にばら撒くように送られています。「受け取り拒否はこのアドレスから〜〜」と来ないようにするためサイトを訪れる人がいますが、これはそのメールアドレスが生きている(使われている)事を報せるようなもので、さらに広告が来る可能性があります。見つけたらすぐ削除や、その送信元から一切受け取らないよう設定を変えるなどで対応します。 ウィルスの方は、基本的にウィルスメールを開かない限りは安全です。ただ、メーラーの設定によっては、ウィルスにかかりやすいものもあるので設定を変えておく必要があります。普段から対ウィルス用ソフトなどを入れておく事が大切です。 電子メールは便利ですが、便利なところから使用人数も増えて問題が起こっていたりします。お手軽なだけに、気をつけていきたいですね。 今日は電子メールについて話しました。 | |
| 2005年 1月22日 | 龍・竜 |
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十二支の中で唯一架空の動物である龍ですが、鰐(ワニ)や蛇(ヘビ)が元になっているという説があったりする、東洋に伝わる聖獣です。 竜は神獣・霊獣であり、通常は水中か地中に棲んでいるとされています。その啼き声によって雷雲や嵐を呼び、また、竜巻となって天空に昇り自在に飛翔すると言われます。 古くは、自在に姿を変化させる事が可能で、可視にも不可視にも思いのままになれると言われ、春分になれば天に昇り、秋分になれば下って淵に入るとされました。 しかし、龍の姿も時代を経ると次第に固まっていき、「頭は駱駝(ラクダ)、角は鹿(シカ)、眼は鬼(一説に兎で、中国だと幽霊)、耳は牛、うなじは蛇、腹は蜃もしくは蛟、背中の鱗は鯉(コイ)、爪は鷹(タカ)、手は虎(トラ)に似る」というようなものになって、これを「九似」と言ったそうです。 また、龍の首から腕の付け根までの長さと、腕の付け根から腰までの長さ、腰から尾までの長さがそれぞれ等しいとされ、これを「三停」と呼んだそうです。 龍を描く場合は、国によって指の本数が決まっていて、最高位である5本の指の龍は中国のみ、4本の指の龍はその近隣諸国である朝鮮などで描かれていました。最後に3本の指の竜は、近隣諸国より一歩遠くにある国(日本など)で描かれていました。一説によるとこれは中華思想が元にあり、中国の威厳を保つ役割もあったとされますが、現在そのような約束は失われたため、誰でも自由に描く事ができます。 古代中国において龍的なものが現れたのは、有史以前のはるか昔、紀元前6千年(新石器時代)の頃みたいです。紀元前4千年頃のものと見られる遺跡から出土した墓では、被葬者の東西に龍と虎とおぼしき図像が貝を敷き詰めて絵描かれていたそうです。 龍は中国人の祖先が考え出した自然神だと考えられます。雲が集まり雨が降り・・・という自然現象の中に現れる「稲妻」と、その「稲妻」によって得られた霊感であるとも言われています。原始時代の人々は自然の現象に興味と恐れを抱き、その中から龍という創造の動物を作り上げて、崇拝してきたようです。 そんなわけで中国では「龍」という言葉ははさまざまな意味に使われています。純粋に「龍」を始めとして、「皇帝の呼称」「優秀な人の形容の言葉」「伝説上の東方にある七つの星」「駿馬の別称」「自然現象や地勢を表す言葉」「白や黒などいろいろな色の混じった色の事」などです。 起源は中国なんですが、インドの蛇神であり水神でもあるナーガの類も、仏典を通して「龍」「龍王」などと訳されました。そうした関係から、仏教伝来以後の中国の龍もまた、蛇神ナーガのイメージから多大に影響を受けたと考えられています。 ちなみに日本でヒンドゥー教など他の聖典や文学などを翻訳する場合でも、それらインドの神格を「蛇」か「龍」とするのが通例となっています。 龍は善と悪を兼ね備えた両義的存在として語られる事が多いのですが、世界の龍(西洋のドラゴン含む)を大局的に龍の善の部分に注目する地域と悪の部分に注目する地域に大別する事ができるそうです。 東から南アジアにかけては広く神として崇められる事が多く、概ね善として信仰の対象です。これに対して悪の面が強調されるのは西側、特にキリスト教世界に多いそうです。 この違いは、水にあるようです。龍を尊ぶ地域は、農耕地帯で水を重要視する世界に多く見られる。河川や雨水を司る龍は、農耕に恵みの雨をもたらしてくれるものであり、すべてを飲み込む大河の濁流でもありました。あるときには穏やかで慈愛にあふれ、またあるときは凶暴で残酷な自然、龍とは大自然そのものであり、大自然への畏敬の念が形象化したものでした。 苛酷な沙漠で興った一神教の世界では、神は唯一無二の存在であって神以外のものには神性は認められない。したがってそれ以前に信仰されていた蛇、龍など旧来の神々は人を惑わすもの、神に敵対するものに作りかえられて貶められました。龍の性格の違いは各民族の居住する風土、世界観を映し出しているようです。 中国での龍の意味から考えると、いろいろ納得できる事がわかります。自然から生まれた神秘的な存在、付き合う事があるなら上手に付き合っていきたいですね。 今日は龍について話しました。 | |
| 2005年 1月21日 | 兎 |
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兎(ウサギ)は日本では長い耳と小さな目が可愛いとされ、小学校でよく飼育されています。 兎はウサギ目の哺乳類の総称です。耳が長くて、前脚が短いかわりに後脚が長く、よく走ります。上唇は縦に裂け、いわゆる三つ口で、上顎(じようがく)の門歯が二対あります。草食で、野ウサギ類と穴ウサギ類に分けられ、現在ペットとされている兎は穴ウサギを家畜化したそうです。 兎の語源はいろいろな説があって、どれが正しいとは言いきれないようです。ただ、おおまかに分けると、「う」と呼ばれていたところに「さぎ」が付け加えられた、というのと最初から「うさぎ」という言葉があったというのになるみたいです。 兎はは伝統的に「1羽・2羽・・・」と、鳥と同じように数えます。数えるのに「翼」を使う事もあったり、「耳(二羽で一耳、一羽は片耳)」と数えたりしたりした事もあるそうです。歴史は古く、平安の昔から使われていたようです。 この由来にはいろいろ説がありますが、仏教で四足の動物を食する事が禁じられていたため、兎を「鳥」として扱う事でこれを回避したという説がよく知られています。鷹狩での獲物は鳥や兎などで、兎は鳥と同一に扱われて羽が使われたのだと言う説もあります。 兎は世界中で約50種類いて、先祖は約4千万年前に出現したと言われています。当時は森の中に棲んでいたようですが、500万年から200万年前に草原に進出します。草原に出た兎は武器を持っていませんので、唯一生き延びる手段が逃げる事でした。 そのため、現在のような姿になり、その走る速さは「野ウサギ」が最速で時速80kmにもなるそうです。その時、どうしても体温があがるので、下げるため耳が大きくなりました。うさぎの耳の中には血管が網の目状に発達して放熱しています。もちろん、集音の役目も果たしています。 兎は前脚が短く後脚が長いため、上り坂でもどんどん加速して真っ直ぐに駆け上がる事ができるそうです。そして、猟師などの追跡を一気に振り切る事ができるそうです。この話が転じて、人が良い条件に恵まれて、持てる力を十二分に発揮する事ができるのを「兎の上り坂」と言うようになりました。 このように古くから親しまれてきた動物で、民話などで「うさぎ追いしかの山」と唄われたり、寝ている間に亀に抜かされたり、鮫を騙した報復として皮を剥がれたりしたり(因幡の白兎)します。 日本で昔から飼われている、白い体毛・赤い目という特徴を持つ兎は「日本白色種」といい、明治時代にニュージーランドホワイト種から作られました。この兎の目はアルビノ(白変種)なため、色素がなくて赤いようです。 オーストラリアやニュージーランドは哺乳類の古い種である有袋類しかいませんでした。これらの土地では植民者が持ち込んだウサギや犬(ディンゴ)が、外敵がいないために大繁殖し、大きな問題になっています。 兎は小さくて可愛がられていますが、繁殖力が強くて上記のような問題にもなったりしています。元は持ち込んだ人間が悪いのですけどね。 今日は兎について話しました。 | |
| 2005年 1月20日 | 虎 |
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虎(トラ、Tigers)は哺乳綱ネコ(食肉)目ネコ科の哺乳動物です。体長はライオンと並んでネコ科最大で、黄色の毛に黒色の縞模様があるのが特徴です。 虎は、全部で8亜種(のうち3亜種は絶滅しています)が知られていて、最大はシベリアトラ(アムールトラ)の雄で体長は2.8m、体重300kgになるそうです。胴が長く足が短い。体は赤茶ないし黄褐色で、胴には黒色の横縞(よこじま)がある。アジアの広い地域に渡り寒冷地帯から熱帯地帯までが、生息域だそうです。 森林や深い茂みに単独ですみ、主に夜活動します。種にもよりますが、昆虫から大型哺乳類まで捕食します。狩りを行う時は、獲物のなるべく近くまで忍び寄ります。森林では縞模様が擬態になります。 また、非常に手厚く子育てをする事でも知られていて、この事から非常に大切なものを指す「虎の子」という言葉が生まれたそうです。 他に、虎も猫科なので、猫と同様にマタタビが好物みたいです。 毛皮を採るためや漢方薬の材料にするための乱獲、自然破壊などに伴って生息数が減少していて絶滅が危惧されています。種によっては野生の虎が30〜50匹しかいないと言われています。 虎は、十二支の寅を始めとして、様々な諺や成句になっています。また、人が虎になり、虎が人間に変身する伝承が、虎の棲息分布と同じような範囲で似たような話が伝承されているそうです。 ですが、日本では、虎に類する大形の猫は存在しないため、この虎人の伝承は、虎とは別の獣として伝承されるようになります。その仮託された獣が、同じ肉食動物の猫、狼、狸などみたいです。 虎は猫科とは思えないくらい大きいのですが、猫と同じ習性をたくさん持っていて(小さい頃の鳴き声がニャーとか)、その違いを比べると楽しいかもしれませんね。 今日は虎について話しました。 | |
| 2005年 1月19日 | 牛 |
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牛(ウシ、英Cattle)は、哺乳綱ウシ目(偶蹄目)ウシ科ウシ亜科の動物です。一般に言われる牛は、家畜種の牛(Bos taurus)を指します。 牛は4つの胃をもち、一度飲み込んだ食べ物を胃から口中に戻して再び噛む「反芻(はんすう)」をする動物です。鼻には、個体ごとに異なる鼻紋があり、個体の識別に利用されています。 食用の肉用牛からは牛肉や牛脂を、乳牛は牛乳を採るために飼養され、また役牛として農耕(耕牛)や運搬(牛車)などのための動力としても利用されてきました。牛皮は「牛革」として、革ジャンパーやベルト、靴、鞄など衣類・装身具等の材料にされ、牛糞は肥料にされます。 野生の牛は、今から約1万5千年前のフランスの洞窟壁画に描かれています。温帯の森林や草原に住んでいましたが、狩猟によって子牛が生け捕られ、柵内に飼われたのが家畜化の始まりとされています。 そして紀元前約6千年前、西アジアで家畜化されたのが始まりみたいです。牛の原種とされるオーロックスはユーラシアと北アフリカに分布していたが既に絶滅してしまったそうです。 現在見られる牛の祖先は、ヨーロッパのボスタウラスと、アジアのボスインディカスの二系統みたいです。初期は肉用や運搬・耕作用として用いられた。牛は力が強く持続性が高いので、ユーラシア各地で牛に引かせて農地を耕す犂の利用が見られるそうです。 日本での牛の家畜化は縄文晩期から弥生文化晩期の頃で、牛の遺骨が多数発掘されています。家畜化された牛は、食用や農耕作業に使役されるようになります。 酪農が大陸から伝えられたのは8世紀で、奈良時代には酪(らく、ヨーグルト)・酥(そ、バター)・醍醐(だいご、チーズ)が作られ、薬として珍重されました。しかしこれ以降江戸時代末まで乳牛の飼育はほとんどみられなくなります。 現代の日本酪農の基礎は開国後、横浜に作られた搾乳所であり、日本中に普及したのは食の欧風化が進む第二次大戦後からです。 日本の肉用牛には和牛や国産牛がいますが、名前は似てる感じですが違うものです。 「和牛」は、黒毛和種、褐毛(あかげ)和種、日本短角種、無角和種の4種類の牛肉のみに認められた表示です。これらはもともと日本にいた農耕用の牛を、明治大正以降、欧米の肉牛と交配して改良した品種です。「但馬牛」「神戸牛」「松阪牛」などと呼ばれるものが和牛の8割以上を占めます。 「国産牛」は これに対して日本国内で生産されたもの全部を指し、和牛だけでなく、ホルスタインなど乳用種の雄や、乳を出し終わった後の乳用種の雌、外国産のアンガスなども含まれます。 以上より、「国産牛」は「和牛」では決してなく、宣伝文句の1つとして使われている面が大きいようです。また、和牛は牛の品種なので外国で飼育されていても和牛です。 農耕を助ける貴重な労働力である牛を神聖な生き物として敬う事は、古代より非常に広い地域と時代にわたって行われた信仰です。日本でも明治までは一応禁止されていたくらいですからね。 今日は牛について話しました。 | |
| 2005年 1月18日 | 鼠 |
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鼠(ネズミ)は、いろいろな場所に住んでいて、繁殖力の大きさから多くの被害を出しています。 鼠の歴史は人間よりもずっと古くからで、正確にはわかりませんが恐竜の生きていた時代、哺乳類が誕生した時から鼠はいたみたいです。そして、人間が誕生し、農耕生活をするようになってからは、ずっと一緒に過ごしてきたみたいです。 鼠の語源はいくつかの説があります。「寝ている間に盗んでいく事から、寝盗」「不寝見」穴住が変化したもの」「根住み(根の国に住むものの意味)」などです。「鼠」の字は上の部分が歯、下の部分が爪を表す象形文字です。 鼠は動物の中でも最も種類の多い動物の一群で、現在までに知られている哺乳類の約3500種のうち地球上に約1800種がいると言われています。ですが、人間住む環境内に生息するのはそのうちのごく僅かです。 鼠はネズミ(齧歯、げっし)目の動物の総称で、人が目にする鼠は、ハツカネズミ(英語ではmouse、マウス)、クマネズミ・ドブネズミ(英語ではrat、ラット)、テンジクネズミ(これを家畜化したのがモルモット)、キヌゲネズミ(ハムスターなど)などです。 鼠はかじる能力が非常に優れています。前歯は上下にあって、とくに外側は硬いエナメル質で覆われています。この歯は一生伸び続けるので、硬いものをかじらなければやがて摂食活動が行えなくなります。 そのため、コンクリートや家の柱、食べもの、電線などがかじられます。昭和40年には東京巣鴨で人間の赤ちゃんがドブネズミにかじられて死亡している報告もあります。 現在は鼠によって引き起こされる病気はそれほど多くはありませんが、かつてペストを流行らせた事や、海外との交流も盛んになって恐ろしい病気を持ち込まれる危険も高くなっているので、十分な注意を払っておく必要があります。 鼠は賢く警戒心の強い動物のために、一般的に被害を防ぐのは難しいそうですが、以下の対策を長期間行う事でかなり抑える事ができるようです。 食べ残しは蓋付きの容器に入れたリ、未使用の材料は戸棚に整理しておくなど、餌になるものを放置しないようにする事。鼠を捕食する動物(猫など)を使う。通路になるような不必要な隙間を防いだり、侵入孔になりそうな場所を塞いだり罠を仕掛ける。殺虫剤、忌避剤用いる。などが対策としてあります。 被害ばかりが目立って、鼠は悪く考えられがちですが、「鼠の嫁入り」「鼠小僧」「鼠を怖がったライオンと狐(イソップ寓話)」「鼠浄土(おむすびころりんの話)」「鼠経」「十二支の一番目が鼠」、など愛嬌のある動物としても物語の中で見る事ができます。 また、ハツカネズミやモルモットなどさまざまな実験用動物でもあったり、愛玩動物(ペット)として飼われていたりもします。 今日は鼠について話しました。 | |
| 2005年 1月17日 | 猫 |
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犬と猫はかなり近しい動物で、かつては同じ種から分かれたと言われています。 猫は昔から人の傍にいた親しい存在ですが、情報はあまり普及していなかったりします。そして謎のまま放置されていたりする猫です。その1つとして、猫の語源には様々な説があります。 「寝る子→ネコ説」、猫はとても良く寝て、1日のうち14〜15時間は寝ていて、仔猫はそれに輪をかけてよく寝ます。これに「子」がくっついてそのまま「寝子」となったとする説や、「寝る事を好む」から縮めて「ネコ」になったという説があります。他に、「熊」から名をもらってよく寝る熊から「寝熊」、それが転じて「ネコマ」となって「ネコ」となったとする説もあります。 「ニャンコ→ネコ説」、猫の事を「ニャンコ」「ニャーコ」と呼んだりもします。「ネコ」の「ネ」は猫の鳴き声「ニャン」や「ニャー」を表しているというのから、「コ」がついて「ネコ」となったという説です。「コ」は「子」であるとする説や、獣を表す「コマ」であるとする説もあります。 「鼠(ネズミ)コ→ネコ説」、「猫といえば鼠」なのは古くから共通で、猫の「鼠を好む」食性からネコとする説です。他にも「鼠の子を待つ」からネコとする説もあります。 他にも「似虎→ネコ説」、猫が虎に似ているから「似虎」や「如虎」で「ネコ」、という説などがあります。どれが正しいのかはわからないようです。 猫は、食肉目ネコ科ネコ属イエネコ類の哺乳類で、一般的名称としての猫は学名ではイエネコです。体長50cm程で、毛色は多様です。夜行性で、瞳孔は円形から針状まで大きく変化します。本来は肉食性です。 指先にはしまい込む事のできるかぎ爪があります。足裏には肉球が発達していて、音をたてずに歩けます。舌は鋭い小突起でおおわれ、ザラザラしている。長いひげは感覚器官の一つです。 イエネコの祖先は、アフリカから中東に広く分布するリビアネコが先祖であると考えられています。そして後の時代に北方系のヨーロッパヤマネコと交雑が起きたと考えられます。 ですが、いつ頃から猫が人と暮らすようになったのかは、厳密にはわかっていません。かつての人が生活した遺跡から化石が出土しますが、それが果たして人に飼われていたものなのか、野生のものなのか判定できないためです。 紀元前7千年頃に家畜になり始めたと推定されていますが、確証はありません。人が猫を飼っていた最も古い確実な記録は、紀元前1600年頃の古代エジプトの王墓に描かれていた壁画です。 猫が人と一緒に暮らすようになった理由には、沢山の説がありますが一般に広く知られているのは、「人が農耕生活を営むようになり、貯蔵した作物を食い荒らす鼠を駆除してくれるため」というものです。 古代エジプトでは猫を大切に飼育し、国外への持ち出しを禁止していました。ですが、珍しい動物だったため、ローマやペルシャでは高く売れ、フェニキアの商人達が密かに持ち出しました。 また、中国では紀元前千年頃から、という説と仏教の教えを説く教典がネズミにかじられないようにとの配慮から5世紀頃に持ち込まれたという説があります。 そして、日本でも猫が知られるようになりました。ですが、日本民族出現以前から日本に野生の猫は棲息していたみたいです。 全世界に広がって飼われていた猫ですが、ヨーロッパ諸国で文化が発達するにつれて猫は害獣を退治する以上のものになっていき、猫にまつわる数多くの迷信や習慣が広まりました。 多くの国では仔猫を生き埋めにして豊作を祈願しました。また、猫は疫病や災難が降りかかった人々を救済するため火炙りにされたり、フランスでは聖ヨハネの前日に猫を生贄にする習慣が300年以上も続いていたそうです。 中世になってヨーロッパで宗教裁判(魔女狩り)が盛んに行われ、猫は悪魔の使いとされてしまいました。そして17世紀までに多くの無実の人々と数え切れないほどの猫が犠牲となりました。 猫が大幅に減少したヨーロッパでは、猫が狩っていた鼠が大繁殖しました。そして、鼠の蚤(ノミ)が運ぶペスト菌によって、ペストが大流行して多くの人が亡くなりました。 そして人間は鼠採りが得意な猫を再び、飼うようになりました。日本でもペストが流行した時に家で猫を飼うように提案されて飼われるようになりました。 そうして、猫がいると鼠がいないという歴史の中で、本来は野性だった猫が飼い猫になり、やがて野良猫となって増え続ける事になりました。 猫はその飼育方法によって呼び方がいろいろあり、大きく分けると「飼い猫」「野良猫」「地域猫」の3種類になります。 「飼い猫」は、人が普通に飼っている猫の事ですが、「半野良」との境界が曖昧な場合もあります。基本的に完全室内飼育でない限り、野良猫と同じような問題を及ぼします。 「野良猫」は、捨てられたり逃げ出したりして野生化したものや、その子孫たちの事です。野良猫はもっと細かく分けられ、決まったところで餌をもらっているものを「半野良」と言ったり、人里はなれて狩猟生活をしているものを「野猫」と言ったりもします。 野良猫が小動物を捕食してしまうために、希少動物であるヤマネコの食糧が減ってしまったり、病気が伝染するなどしてヤマネコたちの生存が脅かされています。また、ゴミ漁りや排泄などに関する問題も発生しています。 「地域猫」は、これらの問題に対して、野良猫をその地域一帯の人たちでしっかり飼育しようとしたものです。横浜市磯子区が最初に打ち出した方針で、野良猫の避妊、去勢手術の実施や、餌場や排泄場の設置などが挙げられています。野良猫と人が共存していくための新しい発想として注目されています。 猫は人間の都合で増やされたり減らされたりしてきた生き物でもあります。上に挙げた野良猫問題も人間のせいである部分が大きくあります。 今日は猫について話しました。 | |
| 2005年 1月16日 | センター試験 |
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センター試験は、大学入試センター(文部科学省管轄の独立行政法人)が行っている試験の事で、正式には「大学入試センター試験」と言います。 昭和53(1978)年度以前の入試(国立一期校、二期校制度)は高校教育の範囲を超えた出題が少なくありませんでした。ですが、昭和54(1979)年度に共通一次試験の導入で、高校段階における基礎的な学習の達成度の判定が確保されるようになりました。 そして大学入試センター試験は、1979(昭和54)年度から1989(平成元)年度まで実施された共通一次試験に代えて1990(平成2)年度から実施されています。 センター試験の目的は「高校における基礎的な学習の達成度を判定する事」です。各大学はセンター試験の結果から、学部学科に合わせたさまざまな方式の入学試験を受けさせる事で受験生の負担を軽くできます。 また、センター試験の結果から合否判定を行う私立(短期含む)大学は多くあり、中にはセンター試験の受験が必須となっている大学もあるため、私大志望だからといってセンター試験の存在は無視できなくなっています。 センター試験はマークシート方式の試験です。出題される問題は高校の教科書レベルの基礎的なものになっています。マークシート方式は解答番号欄を鉛筆で塗りつぶして解答し、採点をコンピュータで行う方式です。 この方式は、正しい答えでも塗り方を間違えたり、塗りつぶす解答の順番を間違えたりすると容赦なく不正解とみなされてしまいます。 問題は平均点が6割前後になるよう作られていて、基礎的といっても決して優しい試験ではなく、実際は解答率は55〜65%程度になります。問題数は1時間で30〜40問で、1問あたり90秒〜120秒で解く必要があります。 各科目の採点は、試験時に自分の解答を問題に記録しておいて翌日の新聞紙上での発表を見て得点を出す事ができます。ただし、出願時に800円を別に払えば、入試が終る年の5月以降に成績開示が可能みたいです。 「6教科32科目」あって、2003(平成15)年までは「5教科6科目」を中心に行われてきましたが、学力低下や理科学習のミスマッチ(医学部志望者が物理化学のみ受験科目として生物を受験科目としない)などがありました。 そのため、2004(平成16)年度から「5教科7科目(地歴・公民を1教科として数えた場合)」を課す事になりました。2006年(平成18)年からはリスニングが導入されるなど、変更されています。 センター試験の出願は早く、夏休み開けからすぐの9月から受験案内が無料で配布されます。そして、出願は10月上旬〜中旬ですが、現役生の場合は高校で一括申込みなので出願はさらに早くなります。 センター試験の検定料は「2教科以下:1万円」と「3教科以上:1万6千円」の2種類があります。あとから変更できないそうです。センター試験は毎年1月中旬の土曜日と日曜日の2日間に全国で一斉に実施します。 センター試験は毎年約60万人が受けていて、高校3年生は3人に1人が受けているそうです。センター試験は入学試験の第一関門として、思い浮かべる人もいて、冬の風物詩にもなりつつあります。 今日はセンター試験について話しました。 | |
| 2005年 1月15日 | 犬 |
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犬と言えば、家の中や外で、食べ物を探し食べて、おしっこや糞をして、寝て、遊んで、走って、物を追いかけて、捕まえて、吠えて、噛みついて、危険を察知して怖がったり、威嚇したり、戦ったりして、そして、時に怪我をしたり、病気なったりすると考える事が多いと思います。 犬の起源は狼(オオカミ)と考えられています。狼と犬とで骨の形や数、歯の形や数が全く同じと言った身体的特徴、鳴き方などのコミュニケーションの類似というのがあります。そこから狼は犬の祖先である、または同じ祖先から発達したと言われています。 犬と人間のつきあいは古く、約1万4千年以上の歴史があると言われています。系統を辿ると、青銅器時代のマスチス、ポインタータイプ、シープドッグの5つに分かれます。その後数千種の犬が現れては消え、現在の品種の多くは約百年の間に作り出されたものです。 最初は人間が生活の周辺に捨てたご飯が、犬をひきつけたみたいです。それと、犬にとって人間は獲物の対象ではなかった事が、人間と犬との関わりができた大きな点みたいです。 そして、人間は犬に餌(エサ)を与える事で、自分たちが持っていない犬の能力を利用し、また、犬もエサを与えられる事で、さらに人間に近付いていったと考えられています。やがて品種改良などで人間は犬の能力をさまざまに引き出し、生活に役立てるようにしてきたのです。 本質的に動くものを追いかけ、耐久力、忍耐力、賢さと順応性を兼ね備えた犬は、猟犬や牧羊犬として活躍していました。現在では警察犬、軍用犬、仕事犬、番犬、盲導犬、聴導犬、介助犬、災害救助犬などたくさんの役割を担っています。 一番多いのは家で飼う愛玩犬みたいです。最近はアニマル・アシステッド・セラピー(通称アニマルセラピー)として、動物を治療に参加させて病気を治すためのアシスタントしてもらったりなどもあります。 犬は人と比べて優れた能力を持っています。嗅覚が人間の100万倍、聴覚は4〜16倍。視力は10倍の敏感さですが、人間と比べて勝っている部分や負けている部分があります。色感細胞は5%程度しかないので以前は白黒とされていた視力ですが、淡いパステルのように見えると言われています。 良く訓練された雄(オス)犬でも、発情した雌(メス)犬を見つけた時や、喧嘩相手の雄犬に出くわした時などは、なかなか言う事を聞きません。この点、雌犬は、はるかに従順で大人しく、躾(しつけ)もしやすいそうです。 犬は大きさから小型・中型・大型犬の3種類に分けられます。小型犬はペットとして人気が高く、家庭内でも飼育する事ができます。中型犬は従順な性格で賢く物覚えが良いです。大型犬は大きさの割に、性格は穏やかな犬種が多いです。 犬は群れで生活します。これは犬科の野生動物の特質と言え、群れから外れる事は「死」を意味するとも言われます。そのため、群れのリーダーには絶対服従です。飼い主一家を群れと見なして、犬も群れの一員であろうとします。群れのリーダーや仲間達を守るという犬の本能は非常に強く出ます。 そして、群れには必ずリーダーがいて、2番目3番目といった順位があります。犬には群れのリーダーが誰であるのか、群れの中での順位が非常に重要になります。犬は家族の中での順位についてもしっかり認識しているので、犬自身より下位の家族の言う事は決して聞きません。 雄犬は散歩の時に、電信柱や塀などに何度もおしっこをかけるマーキングで自分のテリトリー(縄張り)を主張しています。雌犬の場合は、自分の発情を雄犬に知らせるためにあちこちにおしっこをします。 散歩の時にお互いのお尻の匂いを嗅ぎ合う、挨拶があります。強い犬は堂々とお尻の匂いをかがせる事ができます。また、穴を掘って与えられた食べ物を隠したり、夏場の暑い時に穴を掘ってその中で寝たりします。逃げるものを追いかける習性などがあります。 他に、犬や飼い主に対してお腹を見せる動作をした時は、服従や降参と理解します。 犬は分類的に肉食ですが、最近はかなり雑食性が強くなっています。与えられる食事の内容が偏ったりすると、いろいろな障害が出てきます。タンパク質は人間の4倍、炭水化物や脂肪は少量、ビタミンはバランスよく、ミネラル(特にカルシウムは人間の24倍必要)など、栄養素の必要量は人間と犬では違います。 また、タマネギやネギなどは加熱未加熱関係なく、犬の中毒を起こさせる事があります。硬い骨は口の中、食道、胃に刺さる恐れがあります。刺激が強いものは肝臓や腎臓に負担をかけ、嗅覚を狂わせます。甘いものは虫歯の原因になります。 栄養のバランスを考えると、良質なドッグフードが現実的です。必ず新鮮な水と一緒に与えるようにしてください。決められた食事以外に、家族のから食事の残りをもらうと肥満などになります。 犬を飼う時、目的は何であるか、家や家族構成、周辺の環境から、どんな種類が自分に適しているのか?などを考え、一生面倒見る意思と覚悟がなければいけません。数年前人気になった犬が、最近姿を見かけないというのは人間の身勝手です。 犬は、人間とは全く違う価値観を持っています。そして、仲間と共に、主従関係を重視して暮らしていくのを幸せだと感じる生き物です。さらに、犬は人間の言葉を全て理解する事は不可能です。 犬に対して愛情を持って飼おうとする努力をすれば、ちゃんと良い飼い犬になります。なんでもしたい放題は、愛情ではなく飼う努力の放棄です。 犬の寿命は大型犬で10歳くらい、中型犬や小型犬で12・13歳くらいと言われています。ですが、寿命が尽きるのではなく20歳まで生きる犬もいます。それまで、ずっと愛情を持って育てたいですよね。 今日は犬について話しました。 | |
| 2005年 1月14日 | タロとジロ |
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1959(昭和34)年の1月14日、南極に置き去りにされた南極観測隊の2匹のカラフト犬のタロとジロの生存が確認されました。南極から打電されたこのニュースは、世界を愛と希望と勇気の感動で包んだそうです。 その事を記念して1月14日を「愛と希望と勇気の日」「タロとジロの日」としています。 1956(昭和31)年の秋、南極観測船「宗谷」で11人の隊員が東京港を出発し、極地犬として鍛え上げられた15頭のカラフト犬も犬ぞり隊として参加しました。これが第1次越冬隊です。 1958(昭和33)年2月、第2次越冬隊が乗り込む南極観測船「宗谷」は、南極の昭和基地の手前140kmの海上で氷に行く手を閉ざされ、身動きがとれなくなりました。そして基地への上陸も越冬も中止せざるをえない状況になってしまいました。 第1次越冬隊員たちは、1ヶ月分の食料を犬たちに与えて、「その1ヶ月の間に自分たちか次の越冬隊が迎えにくる」との希望を胸に、万感の思いで犬達を置いて基地を後にしました。 昭和基地に残った15頭は、食料が無くなると絶食状態が刻々と犬たちの体力を奪っていきます。その時、若い犬達は次々と首輪から抜けたり、鎖をかみ切って自由になりました。しかし老齢だった犬は、鎖に繋がれたまま命を落としていきました。 翌1959(昭和34)年、第3時越冬隊によってヘリコプターから2頭の生存を確認しました。この2頭、タロとジロは、南極に生きるペンギンやオットセイなどを食べて、生き抜いたと言われています。 零下40℃を超える「南極」で1年間生きていた事は、すぐに日本に伝えられて国内だけでなく世界中の人々から感動と賞賛の声が寄せられました。 その後、タロとジロは南極基地のマスコットとして、隊員としてその後も、南極基地で第3時越冬隊の人間達と暮らしました。ジロは翌1960(昭和35)年7月に心臓衰弱の為南極基地で死去し、遺体は日本に持ち帰られて剥製になっています。 タロは「昭和基地のぬし」と呼ばれ、隊員の心の支えとなり1961(昭和36)年に日本に帰国します。日本の熱烈な歓迎を受けて、以後の余生は北海道大学植物園で過ごし、1970(昭和45)年8月に老衰で死去し剥製になっています。 カラフト(樺太)犬は、体力があり、粗食と寒さに耐え、指の間の密毛が特に雪の上での労働に適した特徴を備えた犬です。北国の輸送手段として市民の生活を長い間支えていました。 そして稚内周辺などから集められたカラフト犬達が、南極に出発する前の約8ヶ月間、稚内公園で訓練を受けています。厳しい訓練を受け、その中から選ばれた22頭が第1次越冬隊とともに南極へと旅立っていきました。 1960年に「南極観測樺太犬記念碑」が、また、南極で亡くなった犬たちの慰霊碑である「樺太犬供養塔」が1961年に稚内公園山頂の犬ぞり訓練地跡に建立されています。 タロとジロは南極物語として映画化されていたり、テレビの番組で取り上げられたりしたので知っている人も多いと思います。 今日はタロとジロについて話しました。 | |
| 2005年 1月13日 | 寄せ鍋 |
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寄せ鍋は関東以北で人気があるそうで、水炊きと並んでお手軽にできて栄養のある料理です。 寄せ鍋は、味付けしただし汁で作る鍋です。明治中期頃に東京を中心に家庭で頻繁に作られるようになったみたいで、別名を「楽しみ鍋」「にぎやか鍋」とも呼ばれるそうです。 寄せ鍋には材料本来の旨味を引き出す事に特徴があります。だしに塩分があるため、材料のタンパク質が急速に凝固して化学変化しにくく、素材の持つ美味しさを閉じ込めてしまうからです。 そのため、寄せ鍋で重要なのは材料の組み合わせ方です。基本は旨味の出るもの(魚介類や肉類)、野菜、汁を吸って美味しくなるもの(お麩、湯葉、豆腐、くずきりなど)です。 寄せ鍋の下準備は、材料を食べやすい大きさに切ったりしておきます。豆腐は軽く水を切り、大きめに切っておきます。固い野菜は下茹でしておくと追加する時に待たなくてすみます。 だし汁を煮立てて、弱火にしてから魚介・肉類などだしの出やすいものから入れます。灰汁(あく)をとりながら残りの材料も入れていきます。寄せ鍋の具は特に決まってないので、季節の具など好みで入れましょう。さらに薬味をたくさん用意しておけば味に変化が生まれます。 鍋のあとには残っただしを煮立てて、塩少々で味をととのえてご飯を入れてほぐします。再び煮立ったら、卵を細く流し入れ、小口切りにした万能ネギを散らすと雑炊ができます。うどんもできるので試してみましょう。 寄せ鍋は特に具が決まってないので野菜中心にしたりして、栄養バランスも考えて摂れます。自分が作りたい鍋の性格を把握しつつ、冬の野菜をたっぷり入れて作ると良さそうです。 寄せ鍋は簡単に作れますが、美しく盛り付ければ立派なおもてなし料理になります。不足しがちな野菜を美味しく食べましょう。 今日は寄せ鍋について話しました。 | |
| 2005年 1月12日 | スキー |
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1911(明治44)年、オーストリアのレルヒ少佐が新潟県の高田陸軍歩兵聯隊の青年将校にスキーの指導を行い、日本人が初めてスキーを行った日みたいです。 その事からスポーツ用品メーカー・ミズノの直営店・エスポートミズノが1994(平成6)年にスキーの日としています。 スキーは、2本の専用の板を足に固定し、雪の上を滑らせて移動する方法、またはその板の事を言います。また、スポーツの一種としても言います。人類の歴史と同じくらい古くからあると言われていたりします。 ヨーロッパのアルプス地方で普及したアルペンスキーを楽しむ人口が多いのですが、クロスカントリースキーやテレマークスキーのような、スカンジナビア半島で発展したノルディックスキーも根強い人気があるそうです。 スキーの起源は紀元前2500年に石器で彫ったスキーをはいた人物画が発見され、それ以前の神話の時代にも記述があるようです。北欧、ウラル、アルタイ地方、シベリア、中国、朝鮮半島、樺太など広い地域で、スキーについての記録が残されています。 その後、スキーは雪国の冬の狩りや交通の手段、という実用面で発達していきます。850年頃のノルウェー北部の戦争で、スキー部隊の記述があったりします。それから中世頃まで、戦争でスキーが使われ、雪国の軍隊ではスキーは武人の大切なたしなみとまでなったみたいです。 1710〜1718年のスカンジナビア戦争でスキーが重要な役割を果たし、1740年にはノルウェーの軍隊にスキー隊が編成されるなどされていきます。 1870年頃に、ノルウェーはスキー部隊のスキー訓練の成果を競い合う競技を始めるようになり、競技の勝者に賞を与えました。こうした事がきっかけとなってスキーは一般庶民へと普及し、スキーを国技としたノルウェーをはじめ北欧全域にスキーが広がっていきます。 日本では、1902(明治35)年に起きた青森歩兵5連隊約200名の八甲田山雪中行軍遭難事件がきっかけとなって、軍隊を中心に雪上の交通手段としてスキーの研究と導入の機運が高まりました。 そして1911年1月12日に新潟県上越市において、レルヒ少佐がスキー技術を伝授した事が始まりと言われていますが、静岡県富士宮市にはそれよりも前にスキー教練をしたという話も出てきていて、日本での始まりについては諸説あったりするそうです。 スキーは冬の人気スポーツですが、そこは雪山であるという危険があります。当然山なので気象条件は都会と違って予想外の厳しさがある場合がでてきます。そんな時には、最終的に自分自身で安全を確保しなくてはなりません。 どんなに管理が行き届いているスキー場に行っても アクシデントも含め予期せぬ事がしばしば起きます。自然の中に作られた遊び場という事を理解しましょう。 スキーは一朝一夕にできるものではありませんが、ちゃんと習って上手に滑れるようになると楽しいですよね。でも、無理したりして怪我とかしないようにしましょう。 今日はスキーについて話しました。 | |
| 2005年 1月11日 | 塩 |
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1569(永禄11)年の、武田信玄と交戦中の上杉謙信が、武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、1月11日の今日、越後の塩を送ったとされています。 この話から、「敵に塩を送る」という言葉のもととなり、1月11日を塩の日とするようになったそうです。 普段私たちが言ったり使ったりしている塩は、しょっぱいがする白い結晶やその集まりで、塩化ナトリウム(NaCl)を主成分とする調味料です。 塩は古くからある言葉で、正確な語源は明らかになっていませんが、主になる日本の塩は海水から作られる事から、海水を意味する「潮(しほ・うしほ)」からと考えられています。 塩は人の生命維持に必要なものです。そのために時の権力者が富を得、利益を確保するためには塩を独占する方法が最も適していました。塩の流通は、中国が紀元前4世紀頃に確立してから、各地で管理されるようになっていきました。 日本でも古くから塩は作られていましたが、専売制が1905(明治38)年に日露戦争での国庫収入の増加を目的として実施されました。 さらに1959(昭和34)年に日本専売公社が設立されて、塩業界が大幅に整理されました。整理統合規模拡大化されるとともに純度の高い精製塩が作られるようになり、高純度化ナトリウムが塩として一般的に作られるようになって、流通し始めました。専売公社の作った「食卓塩」は塩化ナトリウム99.5%以上の科学精製塩でした。 塩の専売制と1971(昭和46)年に施行された塩業近代化臨時措置法によって、それまでの塩田が全面的に廃止され、天然塩は次第に姿を消していきました。しかし、1997(平成9)年に塩専売法が廃止になって、日本での塩の製造販売が自由になりました。 急速な規制緩和の風潮にのり塩の製造販売を自由化し、さらに諸外国からの輸入品とともに消費者は自分の好きな味やブランドを選べるようになりました。 塩には塩化ナトリウムの他に、ミネラル(カルシウムやカリウムなど、塩類)が含まれています。 塩化ナトリウムの純度がきわめて高く、他のミネラルがほとんど含まれていない塩は直線的な鹹味(しおからみ)しか感じられません。この典型的例が精製塩です 硫酸マグネシウムと塩化マグネシウムの多く含まれている塩は、塩辛味とともにかなり強い苦味が感じられます。特に硫酸マグネシウムが多いと後口まで苦く感じるようです。 硫酸マグネシウムと塩化マグネシウムの多く含まれている塩は、塩辛い中にも口当たりの良い甘みが感じられます。塩化マグネシウム自体は苦いのですが、少量だと後口が甘く感じられるそうです。 塩化カリウムの多く含まれている塩は、鹹味とともに舌に染みるような酸味が感じられます。純度を下げたイオン交換塩がこの部類に属します。塩化カリウムが多すぎると、酸味のせいで変な味になります。カリウムには余分なナトリウムを排出する働きがあり、カリウムの含まれてない塩(精製塩など)はあまり体に良くないようです。 塩化ナトリウムの純度があまり高くなく、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウムのバランスがとれている塩は、塩辛い中にもほのかな苦味、甘味、酸味が感じられて、総合的に美味しくなります。 「塩は控えめに」というように「塩の摂り過ぎは身体に悪い」という考え方がありますが、これは精製塩や自然塩とは名ばかりのミネラルバランスの悪い塩、人工的にミネラルを加えた添加塩のような品質に劣る塩だけなようです。 良い塩を選ぶ時は、塩化ナトリウムの純度が高すぎず(塩化ナトリウム以外の塩類が少なくとも3%以上)海水中のミネラルをバランスよく含んでいる。また、海水中の微量元素を含んでいる事が重要だそうです。 様々なミネラルが含まれる塩の製法はいくつか種類があります。 「イオン交換膜・煎ごう採塩法」は、世界で初めて採用された化学工業的製法です。海水をイオン交換法で濃縮し、真空蒸発缶で煮詰めて塩を析出させる製法です。 「天日採鹹・煎ごう採塩法」は、多雨多湿の日本の伝統製法です。塩田または類似の装置で海水を濃縮し、平釜などで煮詰めて塩を析出させて採取します。煮詰めないで太陽と風の力だけで作るのは「天日採鹹・天日採塩法」です。こっちは気候の違いから日本で発達しませんでした。 「天然採取法」は、岩塩・土塩・自然結晶した塩湖塩などを採取する方法です。天然塩ではありますが、自然塩とは限りません。 「再製加工法」は、上記の塩のいずれかを原料として、再製または加工する方法です。原料塩を溶解して、濾過・精製などの操作に加えて、再び結晶させる事を再製と言います。加工は、原料塩を溶解しないで、単に粉砕などの操作を加える事です。 塩は味つけ以外に、大量の塩を使う食品加工、防腐作用や発酵調整の役目も果たしています。また、古くから神聖視された清めの儀式などに使用されていました。 他にも工業用として用途も広く、道路の融雪、ガラスや合成ゴム作り、苛性ソーダー、塩素、ソーダ灰などの製品をつくる原料ともなります。さらにプラスチック、科学繊維、光ファイバーなどの新分野にまで使われているそうです。 現在一般に流通している自然塩と言われているものは、再製自然塩で厳密には完璧な自然塩じゃないみたいです。天然や自然、海洋深層などいろいろ謳われていますが、あまりあてにはならないみたいです。しっかりと選びましょう。 今日は塩について話しました。 | |
| 2005年 1月10日 | 成人式 |
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成人の日は「大人になった事を自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます国民の祝日」です。 1948(昭和23)年7月公布・施行の祝日法によって制定され、当初は1月15日でしたが、2000(平成12)年から1月の第2月曜日に変更されました。 この日には、各市町村で満20歳に達した人(その年の4月1日までに20歳になる人)を招いて「成人式」が行われ、講演会やパーティーを開いたり、記念品を贈ったりします。都会へ進学・就職してて帰省する人の為に、8月のお盆の時期に成人式を行う所もあるそうです。 成人を祝う儀礼は古くからあり、男子には元服・褌祝い、女子には裳着・結髪等がありました。明治時代以降は男子には徴兵検査がこれにかわったそうです。 民法第3条に「満20歳を以って成年とす」とあって、法律上は独立の社会人としての地位が与えられ、選挙権が与えられます。子どもが社会の一員として正式に認められ、自分の責任において人生を歩み出す事になります。 成人式は大人になる儀式ではなく、その日を境に大人と見なされる儀式です。親や先生が見なすのではなく、社会が見なします。社会が個人を社会の一員として扱うものとする式です。 2001(平成13)年の成人式での騒動以来、荒れる成人式が目立つようになりました。話を聞かないだけでなく、いつまでも喋っていたり携帯電話をいじってたり、果てにはお酒まで飲んで暴れるといった事までありました。 新成人の成人式に対する参加目的は、昔の友人に久しぶり会うとか、故郷を楽しむ。といったところに興味がずれてきている。さらには式自体に興味を持たず、参加しない人も増えています。 荒れる成人式が目立っていますが、1948年の制定された当初は「国民の為の祝日であるべきはずなのに、初の成人の日は参加者のみならず社会全体があまりに無関心。この日の意識や内容などを知らない人々は二日続きの休日をただ行楽面に足をむけるだけ」という記事が残っています。 制定後から数年間低かった関心は、時間の経過とともに次第に高まっていきました。出席率も良くなって、始まった当時のような不自然な感じはなくなりました。しかし、成人の日が国民に認識されるようになる一方で、すっかり形式的になって心から成人を祝う純粋な気持ちが薄れたのではないかという声が挙げられ、新たな問題が生じていました。 日本では、法律上20歳を迎えると男女とも選挙権が与えられるようになります。なので、成人式という選挙権を新たに持つ事になる若者が集まるこの日は、政治家や候補者が票を稼ごうと演説会なども開かれたりしたそうです。 そうして1965(昭和40)年頃から、成人式はつまらないもので旧友と会える同窓会的なものになっていきました。それから年を重ねるごとに成人式への参加態度が悪化し、マナーの悪さが多く見受けられるようになったと考えられます。 成人式は現在良くしていこうといろいろと動いているところがあります。成人式撤廃という声まであるので、これから大きく動いていきそうです。 今日は成人式について話しました。 | |
| 2005年 1月 9日 | クイズ |
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とんちで有名な一休さん(一休宗純)から、「いっ(1)きゅう(9)」の語呂合せで、1月9日をクイズの日・とんちの日としているみたいです。 クイズは、本来教師が生徒に対して行う簡単なテストを意味しましたが、現在は既知の事実に対して質問をして解答させる遊びをクイズと呼びます。また、パズルやなぞなぞなどもクイズの一種とみなされる事があります。 「クイズ」は英語の「quiz」が語源で、「簡単な質問をする」「試問を問う」などの意味を持った動詞として、あるいはそのままの意味で名詞として使ったりします。「quiz」の語源は、「quis」でラテン語で「何」という意味をもっている疑問代名詞です。知識力を問うもの、という定義があるようです。 「パズル」は英語の「puzzle」が語源で、「当惑させる」という意味を持った動詞として、あるいはそのままの意味で名詞として使ったりします。クイズと違って思考力を問うもの、という定義があるようです。 「なぞなぞ」は「謎」を重ねた言葉で、正体などが不明なものをさす代名詞「何(なに)」に、助詞の「ぞ」がついた「なにぞ」という連語が語源なようです。なぞなぞは、言葉の裏に予想外の意味を持つ質問をして、その意味を当てる遊びです。遠回しにそれとなくわからせるように言ったりもします。 クイズは古くから存在していて、言葉遊びとかも考えると言葉が生まれた時代からずっとあったのかもしれません。現在も様々な場所でたくさんの種類があったりして、遊ばれていますね。 今日はクイズについて話しました。 | |
| 2005年 1月 8日 | 元号 |
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1989(昭和64)年1月7日の朝の昭和天皇の崩御を受けて、7日午後の臨時閣議で次の元号を「平成」と決定して、翌8日から新しい元号がスタートしました。 元号は東アジアの漢字文化圏において、特定の年代に年を単位として付けられる呼称です。元号を創始する事を建元、改める事を改元と言います。政権や支配者が交代したり、大きな出来事が起こると、元号はしばしば改められました。「年号」という用語も歴史学上ではほぼ同じ意味になります。 元号は古代中国、前漢の武帝の治世起源前150年頃からだと言われています。皇帝は時をも支配するという思想に基づき、「建元」と号したのが始まりです。 皇帝が時を支配するというのは決して観念的な話ではなく、作暦大権という農作業に必要な暦を作る制度を皇帝が独占していた事実から来るものです。皇帝によっては当時の生産手段を完全に掌握していたとも言われ、だからこそ皇帝であり得たのだとも言われています。元号は即ち、皇帝支配の象徴でした。 日本には日本書紀にみえない年号類として、古代年号・逸年号・私年号・偽年号などと呼ばれるもっと古い事例があるのですが、皇帝(天皇)が定めたものではないため元号とはされてません。正式に元号が制定されたのは、「大化」からだとされています。 元号を使用するのはその制定者の支配に服するという事で、かつての中国が「冊封」において、中国の元号を使用する事をとりわけ求めたのは、そういう背景からみたいです。東アジアの諸国のほとんどは中国の元号を使用していましたが、日本はベトナムと並んで独自の元号を存続させてきました。ただ、独自の元号とはいっても、日本の元号のほとんどは中国古典の文言から採られています。 江戸時代までは、大きな出来事が起こるたびに改元していましたが、明治維新の時に一世一元の詔が出され、天皇の代ごとに改元する中国式の一世一元の制に改めました。現代日本の元号は、元号法に従って皇位の継承があった場合に限り改めるとしています。 元号は、天皇の代を示すものではなくて、時代や世相を映したものです。天災があって元号を変えたなら、その元号は天災の記憶を内包したものとなります。支配者が変われば、時代が変われば、その度に元号が変わったわけです。なので、元号の一つ一つが歴史であり、歴史・時代を端的に表したものが元号、とも言えるようです。明治以降は一世一元のため違いますけども。 現在は、元号法が制定されて元号の使用に関する法律や規制はなく、慣習で使用するという風潮が強いようです。「元号は法律でもって政令により定める以上、国の機関としては特に理由のない限り元号を使用すべきことは当然であり、地方公共団体も国に準ずるものと考える」というのが政府の見解になっています。 645年の大化の改新以来、約1360年間で247の元号が確認されています。だいたい5年に1つの割合で、短い時には1年で変わっています。 今日は元号について話しました。 | |
| 2005年 1月 7日 | 人日 |
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人日(じんじつ)は五節句のひとつで、中国で7種類の野菜を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七草粥となりました。 古来より中国(前漢の時代)では、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日、7日を人の日、8日を穀の日としていました。 それぞれの日にはその動物を殺さないようにし、7日は犯罪者に対する刑罰は行われない事にしていました。また、その日が晴れれば吉、雨なら凶といった具合に8日目までそれぞれ(鶏〜穀まで)を占ったそうです。 中国で7日の人の日には、7種類の野菜を入れた羹を食べる習慣があり、これは邪気を祓うために七草の入った粥を食べて一年の無事を祈ったのだとも言われています。 日本では平安時代から始められ、江戸時代より幕府の公式行事となって普及していきました。日本にも古くから若草摘みの風習があり、中国の影響で変化したと考えられています。 また、この日は新年になって初めて爪を切る日ともされ、七種を浸した水に爪をつけて、柔かくしてから切ると、その年は風邪をひかないと言われています。 現在はスーパーなどで春の七草が売られていますが、本来は旧暦の1月7日(新暦だと2月7日頃)で入手が困難なところも多かったようです。そのため、七草でなく春菊やネギ、白菜といった代用品になったりしているところもあったりします。 人日の節句は他の節句から考えると1日なのですが、確証はないんですがお正月との行事と兼ね合いで7日になってしまったみたいです。 今日は人日について話しました。 | |
| 2005年 1月 6日 | ケーキ |
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1879(明治12)年、上野の風月堂が日本初のケーキの宣伝をした事から、1月6日をケーキの日とされています。 ケーキは日本で洋菓子の代表的存在で、英語ではケーキ(cake)、ドイツ語ではクーヘン(Kuchen)、フランス語ではガトー(gateau)、イタリア語ではドルチェ(dolce)やパスタ(pasta)と言います。 ケーキはもともと1543年にポルトガル船が種子島に漂着したのをきっかけとして日本に伝わったとされています。その時に日本に入ってきたのはカステラだったそうです。それから、明治以降までケーキは上流階級のとても高価な食べ物でした。 その後、1910(明治43)年になるとデコレーションケーキの販売が開始されます。不二家が開業した年でもあり、1922(大正11)年には不二家からショートケーキが販売されました。 1960(昭和35)年頃になると、それまで上流階級の人しか食べる事ができなかったケーキが段々と庶民の間にも浸透し始めました。値段も安くなり、チョコレートケーキやチーズケーキなど出回り始めます。 そして、昭和50年頃から、本場ヨーロッパでケーキ技術を学んだシェフ達の手によって味や形にこだわった個性あふれるケーキが登場します。様々な種類が作り出されていきました。 ケーキは、スポンジケーキにクリームを塗り果物を載せたものや、クッキーを砕いた土台の上にクリームチーズの生地を敷き、冷やして固めたものなど、様々な種類がありますが、日本ではケーキと言えばショートケーキを思い浮かべる人が多いです。 ショート(short)という単語には「短い」の他に「壊れやすい・ボロボロ崩れる」という意味があります。ショートケーキは、ショートニング(サクサクさせるもの)を入れて焼いたケーキみたいです。 名前の由来は、ビスケット生地に生クリームと苺を挟んで層状にしたケーキの事からきています。これを日本人好みにアレンジされたものが、現在良く見るスポンジケーキのショートケーキになっています。 ケーキは甘いので、糖分の摂り過ぎやカロリーオーバーに注意しないといけません。美味しいですが、食べ過ぎないようにしましょう。 今日はケーキについて話しました。 | |
| 2005年 1月 5日 | シンデレラ |
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1956(昭和31)年、グレース・ケリーがモナコのレーニエ大公と婚約しました。その事から1月5日をシンデレラの日としています。 現在、シンデレラは玉の輿のように王子様(お金持ち)とする結婚をシンデレラストーリーとかいろいろ言っています。逆に女性が結婚を主とする幸運を夢見て何もしないで「王子様を待つ」行動を揶揄して言うらしいシンデレラ・コンプレックスと言った言葉も生まれてきていたりします。 基本的にシンデレラは、童話の一つであり、その主人公の名前です。グリム兄弟によるものをシンデレラ(灰かぶり姫)、シャルル・ペローによるものをサンドリヨンといって知られています。サンドリヨン(Cendrillon)の英語読みがシンデレラではありますが、内容は少し違います。 これらは世界各地にある似たような童話をまとめたもので、世界中に700編以上のシンデレラの類似した童話があったそうです。世界最古のシンデレラとして9世紀中頃、中国の物語には、4大要素(継子いじめ・魔法使いの援助者・靴などのテスト・玉の輿)が揃っているそうです。 基本となるシンデレラ物語、苛められる主人公は灰に汚れた醜い姿に落ちぶれ、死んだ母に救いを求めます。亡母の化身である動物や木、もしくは母代わりの名付け親たる「魔法使い」が不思議な力で主人公を助け、幸せな結婚に導きます。 世界各地で伝わっている話では、魔法使いが魚や牛になったり、いじめられて家出したり箱の中に閉じこもったり、夜中の12時ではなくいつのまにか帰っていたりお昼に行われたり、ガラスの靴ではなく金の靴とか額の印や歌・踊りだったり、姉などは嫉妬する女は幸せになれたり盲目になったり虫になったり、果ては主人公が実の母を殺しちゃったり、バリエーションは様々です。 また、これらの話の中には結婚後も続いているものもあります。結婚後は姉妹が殺してすり替わられて転生して元に戻ったり、殺されかけたのを跳ね除けたりします。また、産んだ子どもが獣などにすり替えられて後に成長してその事を暴いたり、産んだ子どもが殺されたりして濡れ衣を着せられたりします。 また、男性版シンデレラもあったりします。基本的なのは、3人兄弟の末弟は兄たちにバカにされています。末弟は亡父の墓に行って魔法の馬を授かり、凛々しい騎士に変身してイベントに行き、姫に見初められ、姫が彼の体に付けておいた印などによって、後に見出されるという話です。こちらも各地で様々なバリエーションがあります。 シンデレラは基本的に童話であって、教訓めいたものがついていたりします。 「美しさは女性の財産ですが心の美しさはそれにも増して遥かに尊いもので、目的を遂げるには心の美しさこそ最大の武器で全てが可能になる。また、機知や勇気、家柄といった才能は天の恵みだが、それだけでは役には立りません。見守り助けてくれる者(魔法使いとか)がいなければなりません。」というものです。 他に、かまどとか灰、魔法などは冥界を表していて生死に関係しているみたいです。灰かぶりなどはただの侮辱ではなく、かつての宗教での巫女の仕事とかとも関係していたりするみたいです。いじめは大人になるための儀式(テスト)でもあるとか、姉の嫉妬は一夫多妻制の名残とか、盲目は邪教の使徒であるとか詳しくいろいろなものと繋がっています。 雑学などで「シンデレラの本名はElla(エラ)でCinder(灰)と組み合わせてCinderella(シンデレラ)」とありますが、それはシンデレラ二次創作文学だけでの話であるみたいです。 Cinderellaのellaは女性指小辞であり、日本語で言うなら「灰まみれっ子」の「子」の部分に相当する語で名前ではないようです。 シンデレラ、誰もが幼い時から見聞きして知っているでしょうが、詳しく調べるといろいろな事がわかりますね。他の童話とも繋がっていたりするので、調べて見ると面白いかもしれません。 今日はシンデレラについて話しました。 | |
| 2005年 1月 4日 | 色 |
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私たちはさまざまな色を組合せたりしていますが、その色についてもっと知る事で効果的に使ったりできるかもしれません。 人は光の刺激に応じて色を感じます。光は電磁波の一種で、人の目で見る事のできる光(可視光、は蝶の範囲は約380nm〜780nm)で、その波長によって決まった色を見る事ができます。 個人差はありますがだいたいは、波長(nm)が10〜380で紫外線、380〜430で紫、430〜460で青、460〜500で青緑、500〜570で緑、570〜590で黄、590〜610で橙、610〜780で赤、780〜1mmで赤外線となります。 ですが、光自体には色はついていません。色は光が目に入って初めて認識されます。目に入った光は網膜上の器官で受け取られ、脳に情報が運ばれます。各波長ごとに固有の色を脳のほうで判断します。ちなみに可視光線の外側の波長は紫外線や赤外線となり人間の目では見る事ができません。 物体が光を反射する事によって物体を認識できます。物体はある特定の波長を吸収したり、反射したりします。空が青く見えるのは青の波長の光だけ吸収しないため見えます。そして物体が光を全て反射すれば白色に、逆に光を全部吸収すれば黒色に見えます。 光自体に色はついていませんが、物体それ自体にも色はついていないようです。物体はある特定の波長の光を反射して、特定の波長の光を吸収する性質を持っているだけです。 色には、赤には緑、黄には紫などといった、色相関で向かい合う色を補色と言って、補色同士を並べると目立つ配色になります。 他に寒色(寒く感じる色)・暖色(暖かく感じる色)や、重色(重く感じる色)・軽色(軽く感じる色)、進出(高明度や高迷彩の前に出て見える色)・後退色(低明度や低迷彩の引っ込んで見える色)などがあります。 これらを組み合わせる事で綺麗に見せたり、感情表現をしたりなど現在はかなりの使い方があると思います。 さまざまな色がありますが、例えば赤と黄色の間には無限の色があります。ですがその間、全てに色名が付いているわけではありません。ある程度は名をつけれますが、基本色名や固有色名など特定の色名だけでは全ての色を表現する事ができません。 そこで判別のために生み出されたのが表色系というシステムで、日本ではマンセル(JIS)表色系と、NCSS表色系を使って判別して表現していたりするそうです。 色って目を開ければどこにでもありますけど、いろいろな組み合わせがあって生活の中でもいろいろ使われていたりします。いい感じの色の組み合わせでいつもの生活がちょっとよくなったりするかもするませんね。 今日は色について話しました。 | |
| 2005年 1月 3日 | 紅白 |
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紅白は赤い色と白い色を組み合わせて、祝い事のしるしとしたり、競技などの対抗する二組みを表したりします。 赤は、暗(クロ)に対して、明(アケ、アカ)を語源とされ、上代では赤紫から赤、橙、黄をも含む暖色系すべての色に用いられたと言われています。日本ではアカを表す文字に、大いに燃える火を意味する赤という漢字をあてましたが、漢字の本家の中国では紅(ホン)です。 日本での紅は、鮮やかな赤色です。紅の語源は、「紅花(べにばな)」の異名「呉の藍(くれのあ)」である。呉は、中国の呉(ご)の国の事で、日本では中国一般を意味する事も多いようです。紅花を染料とする色を指す事から、色彩名に転じました。 赤は多くの人にとって魅力的な色であり、古来呪術的な意味合いでも用いられました。また、産着の色(生まれた時の色)でもあり、現在でも慶祝の意味で用いられています。ちなみに中国では強烈な生と死のシンボルであるようです。 白は、しる(著、徴、験、顕)しと同語源なようです。一番単純な色彩分類では概ね明と暗に対応する色彩語と言われ、それが明から白と暖色系(赤も入る)に分かれ、暗から黒と寒色系に分かれたとされています。 白の字源は頭蓋骨の形からきていて、百の字から1画足りない事から長寿を表したりしています。また、白のイメージは洋の東西を問わず清純で汚れがないと言うものです。 紅白は陰陽五行説に由来する色彩の対比関係とされていて、日常生活で重要な役割を果たしています。祝儀の際の配色、典礼儀式・民俗行事・ハレとケなどの生活の中で、紅と白の明確な配色を好み、その彩りに日本の美の一面を見出せるとする捉え方もあるようです。 また、昔の平氏は白で源氏は赤で、源平の合戦では平氏と源氏を分けるものは、旗の色だったのです。そうした敵味方が一同に介したら、おめでたいからと「紅白」はおめでたいとなったという話もあります。 祝い事のしるしでは色彩の対比関係を使って、競争では源平の合戦が元になっているのかもしれないですね。 今日は紅白について話しました。 | |
| 2005年 1月 2日 | 鶏 |
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鶏は弥生時代の遺跡から骨が発見されていますが、日本に持ち込まれた鶏であって日本独自の鶏と言うのは存在してなかったようです。 「家の庭は鶏の住むところ」というのが鶏の語源になったと言われていて、鶏は雉(キジ)の仲間の野鶏(ヤケイ)が祖先と言われています。現在、地球上には4種の夜鶏が野生しています。その4種の中のセキショクヤケイを飼いならして、現在の鶏の祖先がつくられました。 雉の仲間の夜鶏はもともと種子、果実、昆虫などを食べる雑食性の鳥でしたが、今から5千年ほど前に人間が農耕生活を送るようになり、いつしか夜鶏と人間が共同生活をするようになりました。 初めは鳴き声が時計代わりであったり、闘鶏の結果で吉凶を占ったりしていましたが、やがて肉や卵を生産する実用鶏がつくられるようになりました。現在は用途別に改良が進められて、種類も250種以上いるようです。 野鶏の雌(メス)は6〜10個の卵を産むと巣について卵を抱きます。しかし、揃う前に卵を取り上げてしまうと、卵の数が揃うまでまた産み足していきます。この性質を補卵性と言い、この補卵性を利用されてたくさんの卵を産むようになりました。こうして現在の採卵鶏がつくられました。 日の長さが繁殖に関係する事から、最近では夜間に電灯をつけて明るい時間を延ばす点灯養鶏も行われ、産卵能力を高めているそうです。 食用とされる鶏は、成長を促進させて肉質を高める方向へ改良が進められていて、現在のブロイラーは孵化後60日で2.6kgになり出荷されるそうです。 闘鶏用とされる鶏は、野生の野鶏の雄(オス)がテリトリーを守るために闘争する性質を利用して闘わせ、その勝敗で吉凶を占う事が鶏の家畜化と伝播に大きな力となりました。ボクシング用語に闘鶏用語が使われている事から、ボクシングが闘鶏のルールを参考にしてつくられたなどもあるようです。 鳴き声観賞用とされる鶏は、その声を楽しむための長鳴鶏が作出されました。他に、東天紅、声良、唐丸、ドイツのクリューエル種があります。インドネシアではアオエリヤケイとの一代雑種を鳴き合わせに使っているそうです。 観賞用としての鶏は、日本鶏の長尾鶏が有名で、小型の各種バンタムなどヨーロッパ各国でもたくさんの観賞用品種が作出されているそうです。 鶏が産む卵にはいろいろな種類があります。 白玉・赤玉は、毛の色が白い鶏が白玉を産んで、黒や褐色の鶏が赤玉を産むと言われています。基本的に中身は大差ないようです。雌鶏ばかり仕切ったカゴで飼って産ませる無精卵です。有精卵は、雄鶏と雌鶏を一緒に飼う事により生産され、飼育に手間がかかるため値段が高めになります。 DHA卵は、DNAを強化した卵で鶏のエサに魚介類など混ぜているみたいです。ヨード卵は、鶏のエサに海草等を与え、ヨウ素を強化した卵です。 ロングエッグは名前のとおり、長さ20cmくらいある長い卵で、どこで切っても黄身と白身が均一の大きさになるように作られた加工卵です。 卵の種類とは違うんですが鳥骨鶏の卵があります。鳥骨鶏の原産地は中国またはインドと言われています。中国では漢方薬にも使われているくらいの鶏ですが、年間50個くらいと産卵数が少なく繁殖力も弱いので高価になっています。 卵が完全食品と言われるのは、卵には雛(ヒヨコ)が発生するだけの栄養成分がすべて含まれているからです。特ににタンパク質は必須アミノ酸のバランスが良く、植物タンパク質だけでは不足しがちな含硫アミノ酸の供給源になります。ただ、ビタミンCは孵化途中のヒナが生成するため、卵には含まれていません。 鶏の病気はほとんどありませんが、1つの卵中に数個だったサルモネラの菌数がある一定の時間が経過すると急激に増殖し始めます。食中毒を防ぐために、生産、流通、消費の各段階での諸対策をしていて、家庭で保管は冷蔵庫(10℃以下)で1週間以内、殻にヒビがあったら加熱調理するなどして防ぐようにします。 鶏のお肉は筋肉に脂肪が入りこんでなく、脂肪はおなかの中に塊となって溜まります。なので鶏肉はあっさりしていて低カロリーです。また、皮の下には脂肪があるので、皮付きで食べれば味にコクがでます。 鶏は時を報せる役目や占いとして古くから、そして現在は卵などをもたらしてくれるなくてはならない存在です。 今日は鶏について話しました。 | |
| 2005年 1月 1日 | 酉 |
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酉は鳥類ならなんでもいいわけではなく、鶏(にわとり)とされています。一番身近で有用な鳥という事で、鶏が選ばれたと考えられています。 まず、お酒はサンズイ偏ではなく、酉偏(とりへん)が使われています。酉の字はもともと、酒壷を表した象形文字でした。古くは酉そのものがお酒を意味していましたが、のちに液体を表わすサンズイ偏が付いてお酒の字ができました。 十二支の酉の字に一致する動物が「鳥」であるために、酉偏と呼ばれていますが、飛ぶ鳥の意味はないようです。酉の字は取り入れた物を醗酵させて酒を造る器を形どる象形文字で、「成熟」の意味があるとされています。 陰陽五行説の中では金性に属していますが、文献によっては火性というのもあるようです。万物が秋の冷気にふれて純度を増し、結晶度を深めていくと豊かな実りと喜びがもたらされます。そして収獲の喜びと実りへの感謝を神に捧げるために酒を醸したそうです。 このように古来から、お酒は神事には欠かせないものでした。神前にお酒が供えられるのはもちろん、お酒の神様もかなりいるようです。 酉と鶏はあまり関係ないようなんですが、鶏に関するふしぎな話があったりします。鶏の声は夜明けを知らせる存在として有名ですが、怪異を伝える書物の中では妖怪・魑魅魍魎(ちみもうりょう)にとっては恐ろしい響きのようです。室町時代に書かれた百鬼夜行図に出てくる妖怪達は、夜明けを告げる鶏の声を聞いて霧散してしまいます。 また、民話など昔話には、幽霊や狐や狸に夜通しだまされ続けて、鶏の声によってはじめて正気に戻るというものが各地にあるそうです。 さらに、昔の人は鶏が死体のあるところでは泣き声をあげる、という特性を生かして遭難者を探したという俗信が伝わっています。溺死者や遭難者を探すのにこの特性を使ったと言う記述があるようです。 現在では干支としての酉以外だと、酉の市くらいとなっているような気がしますが、お酒関連で根強く残っていますね。酉年の今年はお酒を飲む機会があればちょっと思い出してみると面白いかもしれませんよ。 今日は酉について話しました。 | |