'04 春の一人巡業SP FINAL DAY〜

Opened:57/7/22
Capacity:31,689
First visited:04/3/14
Watched time:1
Recommened:★★★★★


Access ★★★☆☆
最新式イクナイ JR広島駅からは市電で15分(原爆ドーム前下車、宮島口or己斐or江波行)。ミンチー姉さん、聞いてください、市電の運賃は市内一律の150円ポッキリ。横浜市営地下鉄(初乗り200円)は爪の垢を煎じて飲め!

ただ広島市内の主要交通機関は、大量輸送手段とは言い難いこの市電&バス。しかも門限(終電時間)が異様に早い生娘。やっぱインフラは東京や大阪の大都市圏と比べると、かなり脆弱。リピーター獲得、広域からの集客が頭打ちたる所以はインフラにありそう。せめてフレキシブルに臨時シャトルバスを増便させる福岡ドームの対応を見習うべきだ。

心と時間にダムがあり、荷物が邪魔にならなければ、広島駅から40分近く費やして、街中を闊歩しながら聖地に向かうのも、なかなか乙なもの。ちなみに紙屋町の交差点(市民球場の手前の、最も人通りが多そうな場所)には横断歩道がなく、地下街に潜る必要ありまっせ。次の内、横断歩道が見つからず、一瞬うろたえた経験のある人をお答え下さい、Ready Go!正解は2番のSPAさんでした(TBSオールスター感謝祭でのワッコさん風)。言っとくけど、地下道の存在は誰にも聞かずに探し当てたぞ!!と何故か勝ち誇ってみる。

場専用駐車場はNO完備。繁華街なので民間駐車場が広範に点在するが、土日祝日は買物客とのカチ合い必至のため、混雑への耐性、そして営業時間への注意が必要なのだそう。市民球場でのナイトゲーム開催日は営業時間が試合終了後30分まで延長され、アクア広島センター街orそごう広島店orパセーラで2000円以上の買物をすると1h無料サービスが付くセンタービル駐車場(0.5h、220円)の使い勝手が良さそうだが、相場の安い八丁堀周辺に確保する人も結構多いらしく、市営元町駐車場(市民球場まで徒歩約8分)や鯉城ガレージ(20分100円、福屋・天満屋・三越・東急ハンズ・ヤマダ電機での2000円以上の買物で1h無料)が重宝される。

スターミナルビル(通称バスセンター)が市民球場に隣接されているのは、飛行機利用者には願ってもない好都合。中筋駅経由の広島空港⇔バスセンターのリムジンバスは、1日37便も運行(所要時間53分、運賃1300円)。7日間有効の往復利用割引(2360円)なんて便利な代物もあるそうな。
夜なのに黒田アーサー、一等地なのに駐輪場
広島の聖地

Location ★★★★★
ヤレちゃいそうな人の数 野スタンド上方にMt.シルエットがチラリズム、夏場にはモスキートが大量発生。TVではそんなローカル色ばかりが伝わってくる市民球場に「ケントINユタ臭」を想像していた俺は、健介に成り代わって「正直、スマンカッタ」。流行と書いて「ながれ」と読み、ここの立地は「リッチ」と読め。三越、天満屋、福屋、そごう、パルコ、東急ハンズ、シャレオ(地下街)が密集する目と鼻の先の繁華街は有楽町・銀座でしょ、トイ面に鎮座する”広島の象徴”原爆ドーム&平和記念公園が日比谷公園で、県庁&日本銀行支店の行政機関は霞ヶ関、鯉城(広島城)を皇居に置き換えると、さしずめ東京に例えると、有楽町の東京国際フォーラムに球場を構えた感じで、思い描いていたイメージとのギャップに逆カルチャーショック。TVじゃ仮面被り杉、喪前は伊集院(光)か!当方、ANN時代のリスナーのみに与えられる「伊集院は俺が育てた」と公言できる権利保有者デス。

塁側スタンド外の最も高層な建築物は巨人、ベイが広島遠征の際に宿泊するリーガロイヤルホテル広島。まさにスープの冷めない距離で、選手は宿舎から徒歩で球場入りする。「LOCK UP」顔負けの独房チックな3.78kの格安ホテルに泊まった俺には高嶺の花杉。

ころでシャレオの語源ってタモさん(←芸能人みたいに馴れ馴れしく言ってみたかったのさ!)と同類?だとしたら名付け親のセンスにそこはかとないマグマ感じ
る。
広島にドームは2ついらない

Shopping ★★★★☆
お好み焼きは多分、取り扱ってないじゃけぇ ット裏では「市民球場レストラン」も営業されてるけど、やっぱ名物はカープうどん。肉うどんの評判を聞いてたから、てっきりカープうどんとは肉うどんを指すんだと思いきや、実際はきつねうどん、肉うどん、天ぷらうどんの総称で、要は「マルちゃん」や「どんべえ」のようなブランド名なのね。当然、東よりも汁色は薄いが、その分ダシの味を濃くしてるのか、はたまた薄口醤油を使ってるのか、味はちっとも薄くない。ちなみにうどん汁の境界線も「天下分け目の関が原」に存在するのはご存知?毎度御馴染み流浪の番組の受け売りなんすけどね。ついでにですね、関東のうどんを「あんなグロい色したうどん、よく食えるな」的な見下した物言いする関西人が俺は大嫌い。必死だなと言ってやりたい。

格単枠指定商品のカープうどん以外には球場には目ぼしい食いモノは存在しない代わりに、それを補完して余りある働きをしてくれるのがそごうのデパ地下。B1、B2の2フロアは惣菜にパン、スイーツ系など安くて美味いモノが選り取りみどりに陳列されたグルメ宝庫が、食事情偏差値を大幅に引き上げ。

相撲にヒントを得たと思しき入場券にお土産も付いたケンタセット、フルカウントピザセット、ビジターセットなど2名以上から申し込めるセットメニューはやたら充実のラインナップ(13種類)を誇るが、客の呼び込みに悪戦苦闘中のカープ球団はシリーズ最終兵器「日本酒、焼酎、生ビール飲み放題セット」を今季から投入した。♪4月から〜、カープの馬鹿試合で酒が飲めるぞっ♪但し、全試合対象商品じゃないんで、予めカープ公式サイトで調べれ!

家本元のお好み焼きはみっちゃんシャレオ店(球場正面から1分)で食ったけど、焼きそば入りの広島風はボリューム凄杉!もんじゃとかお好み焼きの店に入ると、鉄板付きテーブルに通されて、自分で焼くのが東京のデフォだけど、本場は店員さんが手馴れた腕捌きで焼いてくれんのな。近頃はつけ麺の名物化も大プッシュ中で、なみ嬢に教えてもらった話によると、以前広島では冷やしラーメンの名物化がポシャッた経緯があって、その捲土重来なんだとか。他に有名なのは「むさしのおにぎり弁当」。もみじ饅頭は藤井屋がお薦めだそうです。
球場フード最強候補ピーコうどん
路面電車に激萌え

Mood ★★★★☆
核シェルターみたいなゲートがたまらん 業野球の熱病に冒され始めた約20年前、20代にして垢抜けずに老けた風貌で既にくたびれた雰囲気を漂わせていた彼。’88の東京ドーム開場を皮切りに、多くの球場が衣替えする中、頑固一徹な彼は時流に飲み込まれるのを拒んだ。華も美貌もないタレント性に欠ける彼に、若さは何の足しにもならない。「自分、不器用ですから…」。戦友が次々と第一線を退く中、黙々と年輪を刻み続けた頑固者は、いつしか甲子園や神宮の花形スターとは明らかに異質な「昭和の残り香」を放つ、ベテランの矜持を醸し出す名脇役になっていた。おりしもこの日(04/3/14)はSUNNY DAY SUNDAY。「野球は太陽の下でやるもんだ!」の元シカゴ・カブスのフィリップ・リグレーオーナーの名言を噛み締めていると、お天道様のお膝元に佇む頑固者が、さながら”日本版リグレーフィールド”に錯覚してしまう。買い被り過ぎなのは百も承知。でも低い外野フェンス、客席の会話が選手に筒抜けても不思議ではないフィールドとの距離感。一切の飾り気を排し、「野球を見せる」に第一義が置かれたこの球場こそ、紛れもなくBALLPARKの条件を満たしていると言える。噛み切れないステーキに食傷感を覚えていたところに、差し出された卵御飯は胃に優しく、食欲を満たせてくれた。きょうび、核シェルターみたいな作りした入場口は斬新さが際立つ。

会費3600円で外野席20試合入場無料のサクラっ娘クラブ(正式名称「レディースカープ」)効果で外野は高エンジェル係数(全観客に占める若いor可愛い女の割合)だと聞くが、これもTVでしか市民球場を知らない野球ヲタには意外な事実。左翼席には亀有ブラザーズのバックダンサーみたいにポンポンを持って応援してる女人がいたYO★今回は高チンゲル係数のネット裏上段観戦だったので実態を把握できなかったけど、次に訪れる機会があったら、外野に視姦しに行ってみよ。

(後日談)たまたま付けていた「はなまるカフェ」で戸田菜穂が好きな場所NO.1に広島市民球場を挙げてたのには、ぶったまげた。どうやら広島出身の様子。え〜、東京出身のお嬢じゃないんですか。意外過ぎる事実に、カープファソ美人説も頷けた。
もうちょい前方には段差欲しい
巨人ヘ永遠に不ケツデス!

Personality ★★★★★
球場サンバイザー 翼席上に聳え立つ西日遮断用のムービングモード抜きに語れまい。設計ミスを逆手にとり、個性に転化させる、アーティスト量産都市の面目躍如。アーティスト繋がりで、右翼席最上段の「奥田民生ひとり股旅スペシャル」(10/30に同所で開催される弾き語りLIVE。今回も作務衣に頭にタオルスタイル?)の宣伝看板に気を惹かれる。カープ選手の看板直撃弾には、踊る賞金10万円が贈呈されるとか。その2つ右隣の「タカキベーカリー」の看板にも激萌え。理由?ワシと同名だからに決まっとるじゃろが。タカキベーカリーって東京じゃ1度も聞いたことねえから、調べてみたら、アンデルセンの親玉なんだって。アンデルセンはO・E・DOでも有名よ。意識朦朧になりながら、千鳥足でゴールしたロス五輪のマラソンは感動的だったなぁ。

ープ球団は恥も外聞も掻き捨て、公式サイトでパトロンをALWAYS募集中。広告収入がカープ球団の懐を膨らますので、バブリーKen-jinは樽基金感覚でタニマチになったげて。熱烈カープ信者を公言するなら、スモウライダーも民生に倣って身銭を切れや!さんまは笑いのためにレンジローバーを犠牲にしたゾ。「貴方の大切な日、オイリーに祝います 油谷(AV男優)」の看板キボンヌ。

ウント表示板が三塁側の中途半端な場所に内蔵されてるのには理解に苦しむけど、その三塁スタンド外の10番ゲート前一帯には「日本選手権シリーズ優勝」「セントラルリーグ優勝」「衣笠祥雄連続試合出場世界新記録」と三つの記念碑が建立された「勝鯉の森」が設置。東京ドームの1、3番ゲートにONの名が冠せられているように、カープの永久欠番の2人も特別な存在なんだなって言おうと思ったけど、ピーコの記念碑ねえし。でもピーコと比較すると、鉄人は冷遇され杉。達川、三村が監督職に就けて、衣さんにお鉢が回らねえのは、県外出身差別?だとしたらとかく指摘される閉鎖的、排他的な県民気質にも合点が行く。ま、衣さん、今NOT広島在住スメルがするし、国民栄誉賞が足枷になっているとも聞くが。

爆記念日の8/6は市内公共機関は公休。お役所管轄下の市民球場も例外には漏れず、ホームゲームは、福山市民球場や倉敷マスカットスタジアムなど近隣球場で代替開催が慣例。

イージューライダー
新たに刻印されるのはいつになるのか?

Hospitality ★☆☆☆☆
胃液吐くまでBY片岡鶴太郎 5ヶ月の超突貫工事で完成させた築47年の施設には、設備面での不備が随所にアリ。1F内野指定の座席間隔は、無性にヒザの痛む思春期の男子中坊ならずとも苛まれる拷問的窮屈さ、前後左右が空席で多少広々と使える状態にあっても、息苦しさの呪縛からは逃れられない、逃れさせない。コンコースと呼べるモノが存在せず、スタンド内通路の移動になるので、ブロック最前列での観戦ではイライラが募るのは想像に難くなく、雨天中断時の待機スペースもほんの僅かに限られ、通路の広さも吉川晃司の額。試合終了後は身動きままならぬ満員電車状態と化し、出口までは牛歩戦術ばりのスピードで進むモッシュ状態になる。これら居住性に支障をきたす全ての原因は、都市公園に指定された国有地故の都市公園法に基いた建蔽率制限。この影響で一つひとつのパーツをコンパクトに作り込まざるを得なくなっている。

部構造は神宮系なので、内外野通り抜けは不可。左翼ポール際、左翼側バックスクリーン横、右翼ポール際の3箇所に用意された外野指定席は背もたれなしの独立シートだが、自由席は内外野問わずベンチシート。OP戦のこの日のチケットチェックはゲートONLYだったけど、シーズン中も推して知るべしだろうな。これは定かじゃねえから、保証はしないが。
チケット料金はA席3200円、B席(2F)2500円、内野自由2000円(子供800円)、外野指定2000円、外野自由1500円(700円)と設定は5種類。内野料金が安くて、2000円でバックネット裏観戦可能だなんて羨まC。

能性はシンプルながら、打者走者状況を克明に表示するスコアボードは好評を博すが、生産中止となった専用電球がデットストック状態に陥り、ピンポイントで虫食いが発生しているため、04シーズン終了後には放電管からLED方式に変更されることが決まっている先見性のなさが安芸の国らしいなあ。そういやベータビデオが日本で最も売れた地域って広島だった(←ウソチク)。

2階席最上段には卸し立ての流しが、どうして場違いに設置されているのか本気出して考えてみた。これ、絶対に飲み放題客用のゲロ温泉対策っしょ?間違いない!
牛歩戦術体感コーナー
控えめなカウント表示板

Cleanness ★★☆☆☆
たない(志村風)トイレを生理的に拒む小1でおもらし2階級制覇(教室&千代田線)を達成した俺的には♪市民の個室でパンツ脱ぐなんて無理、無理、無理、無理。そのしんどさは超ド級、強迫観念に駆られちゃダメージ、ダメージ♪(DA PUMP「if」より)。たいぎいくても、俺なら不測な事態は、再入場可能を利用して、そごうorメルパルクorリーガにB-DASHします。JRAが不健全、不衛生なイメージの脱却に努めるご時世に、女子供をターゲットにする球場がこれでいいんですか(BY川平慈英)。分かりました。「席が狭くて息苦しいじゃけぇ、ゴラッ」などとカバチたれてスイマセンでした。他は譲歩しますんで、無駄な道路工事分をトイレリフォーム費に回して下さい。トイレは人となりを映し出すってよく言うでしょ。な〜んて訴える俺は広島にビタ一文、年貢を納めてませんがね。とは言いつつも、トイレの清潔度は想像の範疇内。さして驚きはなかったが、ステンレス製の洗面台には半笑い。

本的には噂で耳にしていた程の小汚さは感じなかったけど、でも塗装の剥げ落ちた部分が放置プレーだったり、契約終了したスポンサー名が消え切らずに、薄っすらと字体の輪郭が残ってたり、メンテナンスに手を抜き杉。大らかな地方気質なのかもしれねえけど、喝だな、カ〜ツ!

(04.5.18UP)

7つの滞在★  〜温故知新〜

 っても泣いても最終日、8時40分に届いた1通のメールが、チェックアウト間際まで睡眠を貪らんとしていた俺を叩き起こす。送信主は当地在住のなみ女史(偽田畑智子+偽北陽伊藤ちゃん÷2×不純物)だ。当初の予定を変更、急遽10時に平和記念公園で待ち合わせの運びに。シャワー、着替え、チェックアウトを慌しく終え、ホテルのトイレでヒゲを剃り落とすと、薄っすらとカミソリ負け。口許に違和感を覚えながら、静寂の街中を歩き始めた。

 
くして野球に手を染めた俺が「広島」と聞いて即座に連想するのは市民球場だ。市民球場に広島の原風景になぞらえていた俺は、銀座を思わせる八丁堀、紙屋町の佇まいに軽く狼狽。街の真ん中を路面電車が走る。東京にも路面電車(都電荒川線)は存在するし、乗車経験もある。でも記憶の限り、路面を走る区間は飛鳥山公園(王子)周辺と、熊野前周辺の2ヵ所のみ。都心の目抜き通りを威風堂々と闊歩する路面電車は、帝釈天の近くで産湯に浸かり、今日の今日まで葛飾を根城にしてきた俺にはカルチャーショックな光景だ。1890年当時、ブルックリン(NY)の街中には路面電車(トロリーバス)の線路が所狭しと張り巡らされ、市民は次々にやってくる電車をマタドールのような身のこなしでよけながら(よける=dodge→ドッヂボールの語源)生活していたので、「トロリー・ドジャース」と呼ばれるようになり、それが現在のブルックリン・ドジャースのチーム名の由来になったのは有名だが、ここ広島もレトロ感が滲み出た旧式から最新式まで色とりどりの車両がひっきりなしに走る。線路が地面に埋め込まれ、枕木がないせいか、ゴツゴツした音や衝撃があって、お世辞にも乗り心地は良くはない。しかし、路面電車の醸し出す「自分、不器用ですから」感は愛らしい。最新の現在形と、東京が手放した過去形が紡ぎ出す現在進行形。都心から少し足を伸ばすだけで、喉かな雰囲気も味わえる。そんな街の織り成すコントラストが、感性を育む風土になっているような気がした。

 9
時42分、市民球場前に到着。待ち合わせには、もうしばらく時間がある。俺は信号を渡り、市民球場を一周することにした。昨晩、電波少年ばりにホテルを探していた最中、ふと暗闇に佇む市民球場に遭遇した。周りに人影のない夜の市民球場は物騒で、近寄り難さを漂わせていた。だが朝の顔は、昨晩とは打って変わって温かみに帯びている。この日の試合開始は13時、疎らだが早くも開門を待つカープ信者もチラホラいる。建物に隣接した一塁側は、随分と通路幅が狭い。そのまま右翼後方に進むと、マッチョドラゴンが破壊王を番狂わせで破って、IWGP王座を奪取した広島グリーンアリーナが目に入る。市民球場の完工式が行なわれた57/7/22、小雨の中、6基の照明塔に灯が点った瞬間、我が子の出産に立ち会った1万5000人のファンは、拍手喝采を浴びせたという。後楽園球場が50年、川崎球場は48年。今年で47歳を数える市民球場の余命はいくばくもない。あたかも天寿を全うし、最期を迎える時を待っているかのような面持ちだ。財政難に喘ぐ黎明期、選手の人件費は言うに及ばず、遠征費用さえも捻出できない球団を、樽募金が支えたのは、野球ヲタなら誰しもが一度は耳にする話。原爆に打ちひしがれた市民の大多数にとり、カープの存在は心の拠り所。当時の市民はカープの本拠地にサナトリウムを求めていた。立地は爆心地に程近い、原爆ドームの真向かいでなければいけなかった。市民の誰もが「原爆投下の地」が「俺たちの誇りの現住地」になることを願っていたんじゃないかと思う。そうして75年は草木も生えないと言われた地に、カープが根づき、球団創設26年目の75年に歓喜の優勝がもたらされた。左翼席後方にある広島商工会議所は、カープの歴史上、欠かせないキーワードの一つでもある。そんな歴史的背景を踏まえれば、カープの聖地は、永遠に現在地にあるべきなのだという結論に落ち着く。小鳥の囀る中、市民球場を1周し終えると、いよいよ待ち合わせの時刻は迫っていた。

 
くよく考えると、平和記念公園で待ち合わせって抽象的杉さっつ〜の。具体名が示されてなきゃ、大抵は象徴的な場所に向かうもの。そこで俺は8/6、8時15分のNHKの映像を浮ばせ、原爆死没者慰霊碑から平和記念資料館辺りを見渡す。らしき人はいない。携帯を見遣ると、時刻は”10:00”と表示。所在確認のために連絡を取ると、元安橋方向から携帯を耳に当て帽子を被った女性の姿がふと目に入る。なみ嬢とは初対面ではないが、ここは広島、それが凄げぇ不思議だ。

 
世界恒久平和を祈念する公園の名称が「祈念」ではなく「記念」公園なのか、俺の中では前から疑問だった。瓦礫の焼け野原と化し、眼前を流れる元安川は火傷を負った多くの人々で溢れ返ったこの一帯。瞼を閉じても、当時の壮惨な情景は全く浮かばない。近代的な街中に、原爆の傷跡はほぼ存在しないのだから・・・。ほんの数分前、原爆ドーム前で足を止めた。想像よりも遥かに小さい歴史的遺物は、俺に約60年前の惨劇を語りかけてはこない。「否」ではなく「美」、街を彩るアンティークなオブジェにさえ映った。惨禍を生き延びた強靭さは感じれど、原爆の悲惨さを知らしめてはくれない。ベンチに腰を下ろし、春の木漏れ日の中から見渡した公園には平穏な時が流れている。つい2週間前までサービス業に従事していた俺は、日曜の朝にのんびりと時を刻んでいるのが心地良い。「こうして気侭な旅をしていられるのも、日本が平和に他ならないからだよな・・・」。戦争を知らない子供の子供である俺に、平和の尊さを雄弁に語りかけたのは、原爆ドームでも原爆死没者慰霊碑でもなく、この場を包み込んだ和やかな空気だった。公園内には2人の世界に没入したカップルもいる。でもそれは決して場にそぐわない不謹慎な行動だと俺は思わなかった。家族連れに老夫婦、世代に関係なく平和の恩恵を浴している姿こそ、今の広島を映し出している。忘れてはなるまい過去を通して現在を実感する場所。そんなポジティブな意味が「記念」に込められてるのかなと思った。

 
らかな陽射しの下、話し込むこと3時間半、気付けばなみ嬢が左腕に嵌めるピンクの文字盤をした時計の針は13:30を指していた。ただくっちゃべってただけだったけど、とても有意義な一時だった。名残惜みつつ、ベンチを後にし、球場に向かうことにした。元安橋を渡ると、小さな子供に募金を求められた。古典的常套手段にも、子供の目を見てしまうと、ついつい財布の紐を緩む。ワンコインを投入すると、子供も「どうもありがとう」といって、チラシを手渡してくれた。

 
みさんとは市民球場の正面で別れた。「一緒に見ない?」と誘ったが、返事はNO。ブサメンと一緒に野球観戦する姿を見られたくないですか、そうですか。内野自由席(2500円)のチケットを購入、場内に入ると、試合は4回に突入していた。投手戦で進行した試合は2時間20分で終了。球場にいたのは正味1時間半じゃん・・・orz。今日ぐらいは馬鹿試合に無駄な選手交代で試合時間を引き延ばせ、バカチンが。試合途中で土佐礼子が好記録で名古屋国際女子マラソンを制したと知り、「これでQちゃん、絶望的かな」とガッカリしたんだよなぁ。

 
いの他、試合が早く終了したので、平和記念資料館に向かった。入館料で儲ける意志はないらしく、たったの50円。チケットもカラーで紙質もしっかりしている記念品になる代物で、この辺の気配りはイイ。館内は綺麗で広く、資料が豊富、時間の関係上、俺は1時間半弱しか見学できなかったけど、じっくり見学するなら、2時間半は必要かな。廃墟を映し出した写真は、あたかもCGを見せられているかのようで、説明を読もうが、遺品を目のあたりにしようが、不感症なだけかもしれないけど、どうしても現実とリンクしなかった。映画やドラマ、プロスポーツに心が揺さぶられるのは、劇中に感情移入するからだ。遺物や写真は説得力を持った物的証拠には違いない。でも広島に縁のない俺はショーケース内には感情移入できなかった。ただひたすら60年前の事実を冷静になぞっていた。

 
合終了した頃、なみさんからメールが届いていた。メールには広島空港行きリムジンバスの出発時刻が記されていた。”17:13 2番のりば”。平和記念資料館を出ると、時刻は16:50。バスセンターに向かう道中、当地が奈落の底に突き落とされた60年前に改めて思いを巡らせていた。ネットを始めるまで広島はまったく接点がない土地だった。しかしネイティブ広島人のなみさんと知り合い、着服横領でクビになった広島出身の上司にも可愛がってもらったし、8ch(当サイトBBS)に書き込んで下さるこびおさんも広島出身だ。感情移入する要素はあったんだな。物思いに耽りながら歩いてることこそ、感情移入している証拠なのかもしれねえな。信号の先には、市民球場が仁王立ちしている。でも目をくれる余裕はない。急がないと間に合わない。ビルの階段を必死に駆け上がるが、バスセンターは見つからない。刻々と出発時間は迫り、自業自得とはいえテンパる。場所を尋ねる間も惜しい。こうなったら勘だけが頼りだ。どこをどう進んだかは覚えてない。どうにか発車2分前にバスセンターに到着するが、どうも乗り場が違うらしい。背に腹は代えられない俺はロータリー内を突っ切る。あった!バスに列を成しているのを確認した俺は、ゆとりを持って券売機で切符を購入すると、ジャージ姿の色気もへったくれもない女子高生軍団の後に並んだ。席に着くと同時に、バスの扉は閉まった。

 
民球場や鯉城を尻目に、バスは郊外の空港に走り出した。中国自動車道に入った頃、俺はホテルで貰った読売新聞を開いた。目的はスポーツ欄だが、その前にご当地ならではのテレビ欄をチラ見し、そして地域欄を開く。すると「小泉首相来県 両世界遺産を見学」なんて見出しを発見する。前日午前中に原爆ドームの見学に訪れたとのこと。ニアミスという程でもないかもしれないけど、こんな些細なことが嬉しかったりするもんだ。バスは18:06、広島空港に到着。19:05のJAL611便で当地を発った。旅は家に到着するまでが旅です!

 募金の時代とは比べるべくもないにせよ、現在もカープはおもくそ危機的状況だ。ところが市民球場には閑古鳥が鳴いている。なけなしの私財を投げ打ってまでカープに身を捧げた、昭和20年代後半から30年代前半の市民のメンタリティーは今や絶滅したのか?それを確認しに行くのが、広島来訪のテーマだった。出不精の県民性もあるだろう。市民のかけがえない子供だったカープも今や定年間際の54歳。市民に育てられたカープは、いつしか市民の親になっていた。子は親の有り難味をなかなか理解できないもの、居て当たり前の存在。いつまで経っても親孝行できずにいる某家庭の不肖の長男は、帰京して約2週間後の母親の50歳の誕生日に初めてプレゼントを贈った。時には感謝の気持ちを有形で示さないと思った。