3月27日 西武ドーム
メッツ8−1西武

 日本で初めて開催されるメジャーリーグ公式戦の前哨戦として行なわれたこの試合、埼玉・所沢の西武ドームにはわずか15,000人しか集まらなかった。29,30日のメッツ対カブス戦のチケットは発売直後に売り切れになり、街の金券ショップでは12,000円のチケットに2.5倍もの高値が設定されているほど注目を浴びている(もちろんブランド的に興味がなくても見に行きたいという人も相当数いるのだろう)が、日本のチームとの親善試合の意味合いも強いこの試合には、ガチンコ勝負を望むファンにとってはあまり感心を引かなかったようだ。券が売れてないと言うのは聞いていたが、まさかこんなにも閑古鳥が鳴いているとは思わなかった。俺が買ったのは指定席SB50通路三塁側の14段7番という席だ。しかし空席だらけなので指定されているのは名ばかりと言った感じ。早々に席を移動、1ブロック前、つまり選手の顔が見えそうな位置に居場所を確保した。自分たちの近くでチケットを見ながら席を確認している人を見つける度に連れの男と「あれっ、雅人ここだって言ってたよな?」と架空の人物をデッチ上げ、「俺らは悪くないんだ」ということをしきりにアピールしていたが、その席の持ち主が現れることはなかった。俺らはちゃんと7000円を払ってるわけだし、前が開いてるから有効利用してあげただけなのだ。これを俺は精神的エコロジーと呼んで自分たちの行為を正当化した。始球式にはナンチャン(南原清隆)が東尾監督の現役時代のユニフォームに身を包んで大役に臨んだ。芸人だけにただでは終わらないだろうと予測していたが、一方でナンチャンはかなりの小心者だけに無難のこなすのかなという思いもあり、注目して見ていたが、何と世界の盗塁王リッキー・ヘンダーソンの足元にボールをぶつけてしまったのだ。大の字に倒れるリッキー。緩いボールだっただけに怪我とかの心配は不必要だったが、起き上がらない。メジャー関係者から「冗談でもぶつけるな」と言われていたナンチャンはテンパってしまう。すぐにリッキーの元へ。「シャレになんねえ」といった不安な顔でリッキーを覗き込むナンチャン。するとムクッとリッキーは立ち上がり笑顔で抱擁。場内からは笑いと大きな拍手。俺は「なんだ。こいつ(リッキー)良い奴じゃん。ギャクで受け流してくれるし」なんて思ってしまった。結局はナンチャンおいしかった。

 試合は日本のメジャー西武が、本場メジャーに歯が立たなかった。西武の先発は4本柱の一角である豊田。片や日本初お目見えとなるメッツはラッシュ。馴染みのない若手投手である。しかしこのレフティーは前日、巨人・ガルベスをコテンパンに叩きのめした西武打線を寄せ付けない。球自体はMAX140km前後と驚くものでもないのだが、制球が良く、コーナーに鋭いボールが決まる。これに手も足も出ないのだ。ラッシュは5回を投げて被安打1、無失点で無難に役目を終えた。この打たせて取るタイプの投手はもしかしたら今年、衛星放送の画面上に何度か登場してくるのかもしれない。またメッツ打線もメジャーの貫禄を存分に惜しげもなく披露してくれた。リッキーはナンチャン効果か3安打と日本行きを頑なに拒んでいた男とは思えないハッスルぶり。マイク・ピアッツアも2安打2打点をマークして、俺を喜ばせてくれた。この2人に共通して言えたことはフォームに無駄な力が全く入っていないと言うこと。構えの時点で肩の力を抜いたリラックスした形ができていて、ボールを捉えるインパクトの瞬間だけに最大限の集中させる。俺は「こいつら、手を抜いてやってるんじゃないか。プレシーズンマッチだと思ってなめやがって」と思ったほどだった。でも実際はそうではない。ちゃんと鋭い打球になっているのだ。打撃の理想を見た思いがした。ベンチュラは3タコと元気がなかったが、ハミルトンは2打数2安打。ハミルトンの場合は打撃以上にセンターライナーをダイビングでグラブに収めた守備の方が印象的だった。まさしく「THAT’S MAJOR!」。オルドニェスも二遊間の打球を難なく捌いていた。この日のメッツはそれほどでもなかったが、6回にベースカバーに失敗した西武・森を見ていれば、緻密で評判の西武でも「まだまだだなあ」という感じを受けた。この日のメッツからはメジャーの魅力である力強さは感じられなかった。その証拠にホームランは1本も出ていない。ただし西武投手陣をつるべ打ちにして、15安打も放った。むしろ日本のチームよりも細かい野球、基本に忠実だなと思った。決して”力と力だけの勝負”をしているだけじゃないのだ。ベースがしっかりしているという裏づけがあるのだ。三振も9個喫してはいるのだが、大味と言う印象は受けなかった。バレンタインが日本のファンへ向けたサービスをしてくれたのか、パット・マホームズ,ターク・ウェンデル,ジョン・フランコ,デニス・クック,アーマンド・ベニテスという昨年大活躍した投手を顔見せ登板させるという憎い演出をしてくれた。特にマホームズは日本にいた時ってこんなに良い投手だったかと思わずにはいられない球の切れ、力感を見せてくれた。西武打線を子供扱いしてるかのようだった。こんなわずかな間で紛れもなくメジャーのセットアッパーへ成長を遂げていた。最終回、西武は土壇場で鈴木健がベニテスのストレートを右中間に叩き込み、一矢を報いたが、メッツが完全勝利を収めたことに変わりはなかった。それにしてもベニテスの球は速く、しかも鉛のような重さを感じさせたが、それをホームランした鈴木健も立派。今年の鈴木健は昨年の雪辱をしてくれると思う。それだけが西武にとって唯一の収穫だった。

 俺にとってメッツの選手が見れれば良いというだけで試合内容は二の次だった。試合中のことは実は大して覚えてないのだ。あまりにもかわいい売り子がいた(UCCのホットコーヒー)ので、その子からコーヒーを買って触れ合いを持とうと言うことに気が行き過ぎてしまったためだ。たまにはこんなことが許されても良いでしょ、みなさん?結局、その売り子は俺らの出してたオーラを察知したのか、自分たちの周りには来ることがなくガッカリしたが、試合後にバレンタインやピアッツアのアップでの写真が取れたから「まあいいや」と思って、気分良く帰路に着こうと思った。西武ドーム前駅方向に途中、グッズ売り場を眺めながら向かう。連れの田尾山とは飲みに行くことは決まっていた。呼ぶ人間の目星は立ち、その人(以下N氏)に電話をするが、携帯には何度かけても繋がらない。途方に暮れる2人。とりあえず留守電(伝言メモ)にメッセージを残して駅前でしばらく待つことにした。しかし何の音沙汰もない。号を煮やした俺らは自宅に電話をすると、N氏が出た。どうも二日酔いで起きた直後だったらしく、台所で紅茶を飲んでいたために電話には気づかなかったというのだ。時は5時40分頃だったろうか。今年31歳になる立派な大人のN氏に飲みに行こうと誘う田尾山。だが向こうは乗り気ではない。交渉が難航する。その内に大きな群れがこっちの方に押し寄せてくる。俺は電話の行方が気になり、気づかない。ちょうど背を向いていたというのもあった。その時、電話をしている田尾山が前方を指差す。それに反応した俺は指先の方を振り帰って見ると、そこにはファンに囲まれて歩いているピアッツアの姿が。俺がメジャーで好きな選手を3人挙げろと言われれば吉井理人,オーレル・ハーシュハイザー,そしてピアッツアの名前を迷うことなく出す。当然、俺は群れの方向に咄嗟に走り出す。何があるのかと集団の中に入って観察していると何と切符を買っている。そしてそこには大量のニューヨーカー集団が。黒人、白人、ヒスパニックなど人種の坩堝と化している。どうも西武池袋線で移動するらしいのだ。あの年俸1000万ドルの猛者がローカル線に乗ってしまうとは。山手線や新幹線ならまだしも・・・。俺はすぐに田尾山に状況を伝えに行く。飲みの件は約1時間後に所沢に集合ということで折り合いがついたらしい。すぐに切符を買って、ピアッツアの後を集団と一緒になってつける。ああ、ストーカーと呼ばれたっていいさ。何を言われようがこんなチャンスはめったにないのだ。俺が一番偉いのだ。田尾山はこの日、高級なカメラなるものを持ってきていた。俺は使い捨て。こいつとは何度も野球を見に行ってるが、お互いにカメラを持って行ったことなどない。オタクと呼んでもらって結構。俺らは凄いことに遭遇してるのだ。少々の暴言は気にならない。ピアッツアにサインをねだるが、拒否される。リスペクトしているピアッツアのサインを貰えなくても、反応を受けただけでも嬉しい。だって相手はあの「JUST MEET!」と言ってたイタリア系米国人なのだから。俺は究極のMなのかもしれない。しつこいがそう思われても構わない。こればっかに関しては。周りのファンは写真を撮りまくっている。ツーショットとかも勝手に撮っている。ピアッツアはこんなことは日常茶飯事なのだろう。そしてある程度の予測をしていたのかもしれない。特別、気分を害した様子はない。カッコイイ!抱かれたって良いと男の俺を思わせる(これはギャクだぞ!)ダンディーな男だ。俺はその光景を見て、田尾山に写真を撮ってくれと頼むが、あいにくフィルムに残りがなく、変えなければならなかった。歩きながらその行動を取るのは難しい。仕方なく断念。俺もピアッツアのドアップを撮りたかったが、こちらも24枚を撮り切ってしまっていた。もうない。とりあえず並んでピアッツアとしばらく歩く。う〜ん、素敵な香り。そんなのを嗅いでる余裕は実はない。ピアッツアは進行方向で言うと一番後ろの車両に乗り込んだ。もちろん俺らも雪崩込む。この際、田尾山と離れ離れになっても仕方ない。だが彼もしっかり乗っていた。ホッと一安心。車内には多くのファンが押し寄せる。先に電車に乗っていた乗客もまさかメッツ御一行様が入ってくるとは思っていない。パニック状態になる。そんな中、軽量な俺は自慢のフットワークを活かしてグッドポジションを獲得する。俺の0.7m先(推定)にはピアッツア,そして俺は現役NO.1ショートストップの誉れ高いレイ・オルドニェスと何と肩を触れ合って立っている。もう昇天寸前。俺はすかさずサインを貰おうと体が反応する。俺の前には男がサインを求めていたが、なかなか要求には応じてくれない。渋々その男にサインをしている間に俺は何て言えば良いのか考える。2年浪人の経験がある俺だが、やはり偏差値の低いところがここで浮き彫りになる。「PLEASE GIVE ME A SIGN」で良いのかなあ?じっくりと考える。サインを貰うこととそのドキドキ感で脳みそが混乱している俺は買った公式プログラムのオルドニェスの載ってるページを急いで探す。テンパってるためになかなか見つからず焦る俺。そして発見、勇気を出して声をかける。でも街中でナンパするほどの勇気は必要はない。俺は聖徳太子じゃねえから同じことを同時に2つ考えらんねえし、生粋のジャパニーズなので、結局口から出てきた言葉は「SIGN PLEASE」。そりゃ早稲田落とされるわ。こんな時、西田ひかるならスラスラと英語が口から出てくるんだろう。生まれて初めて何で俺は帰国子女じゃねえんだと親を恨む。そうだ、俺がワシントン条約に引っ掛かるからだ。今度は猿系の顔に俺を作ってしまった製造元である両親のDNAにケチをつける。んなわけきゃない(タモリ口調BYコージー富田)。オルドニェスは「試合後で疲れてるんだからいい加減にしろよ!そんなことしてる暇あったら働け!」と言いたげな表情できっぱりと「NO!」。女には生涯1度としてモテたことがなく、ここに来て男にまで嫌われる。俺の人生って一体・・・・。チキンな俺はそれ以上、踏み込むことができない。やむなく断念。しかしキューバ人の顔を脳裏に焼きつける為にも凝視する。しばらくすると車内のあまりの混乱ぶりにメッツ御一行様が車内からホームに飛び出す。あまりの混乱ぶりに車両を変えることになったのだ。メッツの選手が全員出ると、駅員が扉の位置に仁王立ちして、ファンが後についていくのを塞いでいる。しかし所詮、1対数10という力には勝てない。俺の後ろにいた田尾山がわざと俺を押す。「ああ〜!」とまるで殿に帯紐を解かれぐるぐる回っている女のような声を出す俺。駅員はプレッシャーに耐え切れない。俺らは脱出に見事成功。まるでそれは引田天功のイリュージョンの世界のような鮮やかなコンビプレーであった。ありがとう田尾山。おまえの強引さは一生忘れない。恩に着るぞ。もちろん俺らは後を追い掛ける。よくTVで松坂を追い掛ける報道陣を見たことがあるが、あんな光景を想像してもらえれば良い。そして無事、ピアッツアたちとは同じ車両に滑り込んだ。ある意味、俺らは日刊スポーツやスポーツニッポン、サンケイ・スポーツを超えた。田尾山が写真を撮っている横には東スポのカメラマンが同じようにシャッターを切っている。やはり一味違う。こういうところは見逃さないのだ、東スポは。もちろん翌日の東スポを買おうと瞬時に思う。しかし何も載っていなかったが・・・。俺らが乗り込んだ車両は真ん中くらいだったろうか。ピアッツアは手摺に支えられるように立っている。左手にはエビアン。それを時折、口に含む。渋い。ディカプリオ?話になんない。比べ物にならないくらいカッコイイ。第一、ディカプリオだったらこんなストーキング行為はしない。価値がない。「刑事プリオ?」、そんなボキャブラしゃれにもなんねえ。俺の前を1人挟んであのピアッツアが立っている。数回、俺と目が合うこともあった。凄いことだ。それにしても何でSPとかがついてないんだろう。それだけ外国人にとって日本というのは治安が良いということを示しているのか。俺はしきりに「メッツ最高」とか「I LOVE METS」とか「WORLD CHAMPION」とか「ヤクルトファンをやめてメッツの応援に専念する」とか叫んでいる。タチが悪い。品がない。完全に俺は舞い上がって壊れていた。彼らが日本人って下品な人種だって思ってしまったら、それは間違いなく俺のせいだ。そこらにいる新橋の飲んだくれオヤジと何ひとつ変わっていないのだから。田尾山は相変わらず写真を撮ってくれている。これで俺らの友情も永遠のものだ。こんな瞬間を分かち合えたのだから。そう思ったかどうかは俺も定かではないが、自分に「Be Cool!Everybody Be Cool!」と言い聞かせて、ちょっと落ち着きを取り戻す。そんな時、後ろを振り向くと何と一般の乗客に混じってベニテスが座っているではないか。犬がおしっこをするのは自分の縄張りを示すためだと言うが、いつでもベスポジに帰れると確信した俺はそっちに歩を進めた。こうやって見ると黒人は黒人、白人は白人で固まっているようだ。やはり人種問題は根深いのか。メジャーにも派閥というものが存在するのかもしれない。吉井がいてくれればそういうことも聞けたのかもしれないが。そうだ赤井店長に聞こう。「はいな」と言って何でも教えてくれるかもしれない。いや絶対に無理。ベニテスは淡々とサインをこなしている。不機嫌そうな顔をしているのは鈴木健にホームランを浴びたからなのか?それともただ単に無愛想なだけなのか。それでも多くの人のサインに文句を言わずに応じている。俺はオルドニェス同様、プログラムのベニテス紹介記事のページを探す。時間がかかったが、どうにか見つかる。ここでコーヒーブレイク。何で俺は書くものを持っていたのだろうか。最初からサインを貰うつもりでいたのか?違う。サインが貰えるなんて思っちゃいなかった。だからサインペンも何も持って行かなかった。ではどうやってサインが貰えたのか?誰かにペンを借りた?それも違う。ここで俺の精神年齢の低さが吉と出たのだ。俺は西武ドームで記念グッズを購入していた。プログラムにカード、携帯ストラップ。そしてメッツのシャーペンとボールペンセットを買っていたのだ。これは別に買わなくても良いかなと思った。でも折角だから欲しい物は買おうと思ったのだ。俺の思いつき人生がようやく花開いた。財布から現金を抜き出す時にベネトンのワインレッドのジャケットに焼き鳥のたれをこぼしてしまいながらも買ったかいがあったってもんだ。物語はベニテスのサインを貰う瞬間に戻る。俺はまたもやでたらめな英語でサインをねだった。一見、強面の顔をしているベニテスだが、ちゃんと書いてくれた。薄くて解りづらいが、正真正銘の直筆サインだ。この投手は必ずやメジャー1のクローザーになれる力を持った投手だ。ありがとう!ベニテス。お疲れのところを。もちろん俺は感謝をありったけ表した。「THANK YOU VERY MUCH」。ベニテスは無反応だ。クールなところがまた痺れる。俺の後にもベニテスは同じように無愛想だがサインを続けている。何気にサービス精神が旺盛だ。そういうのを表情に出さないところが良い。俺は元いたピアッツア正面ポジションに戻る。ここまで来たらもうパパラッチだ。パパラッチって何語だろう?1990年のイタリア・ワールドカップ得点王のスキラッチはイタリア人だ。ということはイタリア語か?でも1986,87年にはブコビッチという選手が西武に在籍した。彼はアメリカ人だったが。田尾山はドアップ写真を撮っている。これは貴重だ。一生のお宝だ。似通った角度からのピアッツアを映し出した写真が翌日の朝日新聞夕刊1面をドンと飾っていたが、田尾山は同じようなものを持っているわけだ。朝日新聞の写真はAP通信社のもの。世界中に配信されたのと同じ物を持っているのだ。15年後に「何でも鑑定団」に出展したい一品だ。ピアッツアの横にはあの416Sを記録している世界的クローザーのジョン・フランコがいる。そのフランコが俺の前にいた子供にピアッツアと写真を撮るように促す。子供は訳わからずピアッツアと2ショットに収まる。その子供はその出来事の凄さが解っていないようだったが、その子のお父さんは大興奮。一生の記念になるといって喜んでいた。それが終わった後、今度はちゃっかりと俺も撮ってもらおうとフランコに合図を送るが、答えは「NO!」。何もそこまで怖い顔をしなくても・・・。確かに俺は戸籍上は23歳だ。でも精神的には12歳で止まったままだし、顔だって不細工ではあるが童顔だって言われる。それでも”ダメ、ダメ”なのか?やはり超人的プレーを演出するメジャーリーガーとて人の子なのだ。女、子供には優しいのだ。でも女よりもやはり子供を凄く大事にする傾向が高いように思う。それは噂に聞いていたのだが、その光景を目の当たりにして実感できた。そうやって夢心地の時間を過ごすこと約15分くらいだったろうか。俺はてっきり所沢に着いたものと思い、泣く泣く下車してしまった。ところがそこは1つ前の駅。完全な勘違いだ。駅のホームには騒ぎを聞きつけたファンがメッツ御一行様車両に殺到し、触れ合いを持とうと乗り込もうとしている。それをエージェントらしき人物が制している。俺は単に間違えただけなので、もう1度その車両に戻ろうとするが、受けつけられない。俺は必死に説明する。「この車両に乗ってたんだけど、降りる場所を1駅間違えてしまっただけだ」。相手は俺がその車両にいたことはおそらく知っていたはずである。だが1人でも少なくして、混乱を防ぎたかったのだろう。「すいません、ごめんなさい」ということしか言わない。その内にフランコが俺に向かって「GET OUT!」。何と言ったか知らないが、とにかく「出てけ!」というようなことを俺に言っている。メジャーリーガーに真顔で怒られたら、そりゃ半失禁状態になるってもの。仕方なくその車両に乗るのを諦めようとしたが、俺らがただで転ぶはずがない。すぐに同じ車両の違う扉に向かい、そこから乗り込んで徐々に接近を試みる。ただし深追いは禁物だ。今度、フランコに見つかったら、間違いなくドツかれる。とにかくあの時のフランコの表情は忘れられない。トラウマになりそうだ。夢の中に出てきそうだ。今後、テレビで投げている姿を見る度に「俺はこいつに怒られたんだ」と思うことになるだろう。俺は座っているメジャーファンの人に経緯を説明して「俺はこうなったらマット・フランコを応援する」喋っている内に電車は所沢に着いてしまった。夢心地の一時はこうして幕を閉じた。

 ホームに降りると、やはり周辺はパニックになっていた。俺らは電車が発車するのを見届けると、階段を登って行った。自動改札を出て、東口のロータリーの前に出た。マック(マクドナルド,関西での略し方はマクド)を探していた俺らはミスドーしかないのを確認すると、西口に移動する。その間も話題は電車の中のことで持ち切りだ。俺らは何気にフランコに怒られたことを気にしていた。しかし興奮は収まらない。俺は「あの伝説的メジャーリーガーに嫌われた日本人なんてそうそういない。これは勲章だ!」とどうしてそんな発想ができるのかと思えるほどの都合の良い解釈をしていた。西口は栄えている。丸井がある。もう西武ドームの売り子の存在は完全に消えてしまっている。「ごめんね。なっちゃん(田中麗奈)似の売り子ちゃん」。すべてが吹き飛ぶような経験。偶然に体験できたメジャーとの遭遇。これは孫への素晴らしい自慢話になる。孫っていう演歌で大ヒットを飛ばそうと思った。聞かされる方はうんざりだ。戦争の体験話は聞き飽きた。俺が思ったことを孫も思うのだろう。実際のところ、孫ができるまで生きていたくない。「太く短く」。これが俺の理想だ。話がどうしてこうも飛ぶのか。最後くらいはちゃんと締めようではないか。メッツ選手たちへ。数々のご無礼、誠に申し訳ございません。でもブラウン管を通してしか見れないあなた方の姿をあんなにも近距離で捉えることができたら、そりゃ舞い上がるってもんです。悪意はないんですよ。貴重な体験をさせていただきありがとうございました。アメリカに行ったとしてもあんな体験はできなかったでしょう。本当に運が良かった。俺は神の子だ。エウレルだ。そしてこれを読んだ皆様、フランコが「日本は嫌いだ。品のない奴がいるから」というコメントをもしどこかで見つけることがあったら、それはおそらく俺らのせいです。国外追放でも何でもしてください。やっぱ凄げえよ、俺らって。あのフランコが1番嫌いな日本人が俺らだったらね。逆にそうあって欲しいとすら思っているね。メッツがワールドチャンピオンに輝くことを心よりお祈りしています。
                              
                           
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西武池袋線車内にて。カメラ目線のピアッツア





PHOTO BY TADASHI AOYAMA