PILOTE DE GUERRE
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「シトロエン2CV フランスには豪華なものと、かんたんなものが同居しています。これはそのかんたんなほうの代表。…窓も障子のようにあけたてできるし、かざりはまったくゼロ。メッキもほとんどなし。…しかし室内はおどろくほど広く、乗りごこちは中型車顔負けというすばらしさで、人気があります。四二五cc、十六馬力、最高時速95キロ」 『世界の自動車』(秋田書店)より
24歳の時に運転免許を取ってから、3台の自動車を買った。すべて同じメーカーの車だ。独創的なデザインとメカニズムをもつフランスのメーカーで、シトロエンという。
『世界の自動車』は、小学生の頃に子供文庫で何度も借り、愛読した本である。この本の第2章、「世界の花形自動車」(花形だって)の項に、この車が紹介されていた。
小学生の私は、この説明を読んで、眉間にしわを寄せて、うーん、買いだな、などと考えていた。もっとも当時は「やっぱりジャガーEタイプにしよう」との結論だったのだが。
中学に入り、学校からの帰り道に初めて2CVを目撃した。往年のブガッティあたりのパロディなのだろうか、チャールストンとよばれるツートンカラーに塗り分けられたタイプだった。何かの冗談のように大きく車体を傾け、バサバサバサバサと、瀕死のセミのようなエンジン音をたててタバコ屋の前のカーブを通過していった。
「おーっ」「なんだありゃー」「知ってるよ。あれ、電気自動車だぜ」
友人たちは騒いだが、私は道の真ん中に歩み出て、ぼーっと口をあけてその後ろ姿を見送っていた。小さなリアウィンドーから見えたドライバーは男性で、助手席の女性が振り返って微笑み、手を振ってくれた。
教習所を卒業する時には、2年落ちのチャールストンの手付金を支払っていた。
2CVとの生活が始まった。暖房はあまり効かないし、クーラーはもちろんついていない。冬は分厚い軍用コートを着てマフラーを巻き、夏は冷えた缶ジュースを額に押し当てて運転した。あちこち故障しては頭を抱えた。屋根の幌が破れればガムテープを貼り、ぶつけて塗装が剥がれればマジックで塗った。山道ではマフラーがはずれて落ちた。シフトレバーの金具がとれてしまい、しかたがないから靴のヒモでむすんで乗っていたこともあった。
高速道路を走るのは面白かった。初期の型よりパワーアップしていたが、70キロを超えると同乗者との会話は大声になる。上り坂にかかると、アクセルを床まで踏み抜いてもスピードが上がらない。うしろからはダンプが容赦なく近づいてくる。小さなエンジンは金切り声をあげ、車体は振動し、窓ガラスは震え、幌はうなり、私はいつも音速に挑むチャック・イエガーのようにハンドルを握りしめていた。ミラーを見ると、わが2CVに続く車はない。みんな横を追い抜いていったのだ。
目立つ車だった。小さな子供たちが喜ぶのが楽しかった。子供は乗り物が好きだ。道端で母親同士が話に夢中になっている横で、あるいは母に乗せられた自転車の後ろで、子供が目を見開いてこちらを見ている。そして親に、自分が見たものを一生懸命伝えようとする。
買ってからしばらくした頃のこと。私はガールフレンドを隣に乗せて、近所をドライブしていた。気がついてみると、懐かしや、あのタバコ屋の前を通り過ぎていたのである。平日の午後で、下校時間だったのだろう。店先には制服姿の少年たちがたむろしていた。ルームミラーで後ろを見ると、道の真ん中に走り出た数人の少年が、こちらを指さして何か騒いでいる。そしてその中に、ぼーっと口をあけてこっちを見ている実にさえない少年がいたのだ。
「どうしたの?知り合いの子?」 女の子は私に訊ねた。
「いや」
私は答えた。「手を振ってやってくれないか」
タバコ屋はつぶれてマンションになり、ガールフレンドは私の妻となった。新しい生活が始まり、21世紀に入っても、塗装の褪せた2CVを走らせた。雨の日も風の日も乗りつづけた。そして13年目、あたたかい冬のある晩に、薄暗いメーターパネルのランプに照らされたオドメーターがゆっくりと動き、10万キロを超えた。私は車を路肩に停めてエンジンを切り、タバコに火をつけた。
その年の春、私は2CVとの生活を終えた。
すばらしい車だった。