PILOTE DE GUERRE
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 珍しく学校の話です。


 毎年毎学期、テストを作成している。ワープロがパソコンに変わったくらいで、つくり方自体は十数年変化がなく、紙は今でも藁半紙である。印刷室に山積みになっている束を解いて印刷機にかけてゆくのだが、考えてみれば藁半紙なんてもう学校以外では見ませんね。以前、「会社ってワラバンシ使わないの?」という間の抜けた質問をして、友人に笑われた覚えがある。

 私が勤めはじめた頃に、学校の印刷物関係に大きな変化があったようだ。ワープロの普及もそうだが、印刷機の性能が飛躍的にアップしたのである。

 その昔、先生方はガリ版とよばれる方法で印刷物をつくっていた。ロウ原紙に鉄筆で文字を刻んでゆくのである。私が小学校の頃だから、1970年代の半ば頃までだろうか。原紙に文字の形の穴があき、ローラーで伸ばしたインクがそこを通り、紙の上に文字を残すのだ。鉄筆で文字を記すのはコツがいるらしく、印刷された文字は誰が書いても同じような書体だった。
 高学年になると、ボールペン原紙というのが登場した。台紙にのった濃いグリーンのシートにボールペンで強く字を書くというもので、これは文集などでも利用された。破れにくく、子供にも使いやすかったのである。さすがに手作業のローラーは使われなくなり、先生が印刷機に原紙をセットしていた。そういえば、独特な匂いのする修正液がありましたね。
 中学校では、生徒は薄い罫線の入った紙に原稿を書かされ、原紙はあまり使わなかった記憶がある。テストも同様で、原紙に転写する機材が使われていたのだろう。
(謄写ファックスという、えらく時間のかかる機械だったらしい)

 ガリ版やらボールペン原紙やらが記憶の中にあれば、あなたは30代後半以上だと思います。



 
1989年、高校へ教育実習に行った。プリントをつくるのに印刷室を使わせてもらったが、こんな手順であった。

1. コピー機大の「原紙を作るマシン」があって、原稿をセットする。
2. ボタンを押すと、ボン、ボンという音とともに何やら閃光を発する。
3 40秒ほどで原紙が完成。慎重にローラーから外し、隣にある印刷機にセットする。
4 印刷機に枚数を打ち込み、スタートさせる。

 この「原紙を作るマシン」に刻印された社名をみると、理想科学工業とあった。プリントゴッコの会社である。なるほど、プリントゴッコは本業の副産物だったのか。
 画期的だと思ったが、これは過渡期の機材だったのだろう。翌年私が働きはじめた学校では、すでに印刷機と合体したものが使われていた。
 新しい機械は一見コピー機に見えるが、原稿をセットすると20秒ほどで原紙がつくられ、そのまますぐに印刷されて出てくる。ボタン一つでさまざまな設定ができるし、原紙にはもう触らなくていいので、インクで手を汚すことはなくなった。考えてみれば、こういう機械で「藁半紙が問題なく使える」というのは凄いことです。薄くコシのない藁半紙は、破れたり詰まったりしやすいのだ。この印刷機は、現在も日本中ほぼすべての学校で使われているはずだ。
 
 学校単位でテストやプリントをつくる程度ならこれ以上の機能は必要ないし、この手の小型印刷機は、もはや機械として終着点なのではないか。画期的なメカニズムを備えた新製品を発売しても大して売れないだろうから、メーカーも大変だろうな。
 
 ちなみに、多くの先生がワープロを使うようになったのも90年代初頭からである。正直言って、私はワープロがなければこの仕事を続けられなかった。字がえらく下手なのである。ワープロの不調で手書きでテストをつくった時は、大変な思いをした。

 
 
今でも生徒たちは、あの薄茶色の紙でテストを受けている。学習内容やカリキュラムが変化しても、これは今後も変わらず続いていきそうである。

 


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