いろいろな出来事

家計の話
妻は金銭面を扱うという事が上手ではなかったので、私がお金の管理をしていました。
なぜそうなったのかと言いますと、私がいつも妻に銀行等の入金をお願いすると、「あなたが行って来て」と言うので、仕方なく私が時間をさいて入金等を行っていました。
その他には、給料袋を妻に渡すと、いつも置いてある所に手もつけずにずっと置いてありました。
そして、毎月どの位の光熱費、その他が掛かっているのか、あまり知ろうとはしなかった(教えてもすぐ忘れる)ので、すごく掛かっている事が分からないようでした。
このような感じでしたので、余分に出せるお金が無い事を理解していませんでした。
私は、将来何があっても良いように、少しでも良いから貯金したいと言う気持ちがあったので、出し渋る傾向は多少ありました。
しかし、もし妻がお金の管理をしていたら、妻も出し渋った事でしょう。
金銭を扱っている方はいつ何が遭っても良いように、しっかり管理するのが普通だと私は考えます。
本当は、私は妻に金銭をしっかり扱ってほしかったです。全部私がやると、かなり大変で疲れましたから。
病気の話
妻は「強迫性障害」と言う病気なので、私は妻の言う事を聞き、何回も同じ事をしなければいけなかったり、自分の気に入る物が見つかるまで何軒でも付き合わされたりしていました。
その他にも他人が見たら信じられない行動を数多く取っていました。
現在も妻の病気は完全とはいえない状態の為、時々病院に通っています。
私は、妻自身の為、子供達の為に病気を早く治して欲しいと思っています。
離婚と言う重大決心をするには、まだ早いのではと思いますので、実家に帰って違う環境のもとで、過ごして見るのも一つの方法ではないかと思います。
病気が治り、普通に生活できるようになって、それでも離婚したいと言うのであれば、私の考えも変わるかも知れません。
アパートに帰れなかった理由
夜勤がある為、実家に寝泊りしていました。
妻が子育てに疲れ毎日のように怒っているので、帰りたくないと言うこともありました。
帰る前にいつも連絡しているが、まったく電話に出ない時があるので、帰るのが遅くなる時がありました。
帰ってもドアのチェーンを開けてもらえず、1時間以上車で待機していたり、実家に戻る時が何度かありました。
妻のまずい所
子育てに疲れて、子供が憎たらしく思えると言った時があった。
子供が嫌がっているのに、何度も手を洗わせたり、オムツを履かせるのに何分も時間を費やしていた。
子供が寝ているのに起こして、無理やり歯を磨かせる事があった。
長男のパンツにうんちがついていた時、かなり長男を責めていた。
私が妻に、洗えば良いじゃないの?と言ったら、捨てると言い出したました。
それくらい事で捨てたらもったいないと思ったので、私が洗ってあげました。
妻は、アパートに引っ越してから朝食の用意をしてくれなくなったので、私は食事をしないで出勤する事がほとんどでした。妻が大変だろうと気を使っていた面もありますが、我慢して仕事に出かけていました。
妻は自営業の私の仕事をあまり理解しておらず、将来的には経理の方を任せようと思っていましたが、
まったく任せられるような状態ではありませんでした。
長女の事をかなり強くつねったみたいで、内出血を起こしている事が何度かあった。
最近の話
100円均一買い物をする事になり店に寄ったときの事です。
1つだけ買って来るからと言っていたので、私は車で待っていました。
しかし、現実は1時間帰ってきませんでした。
私は途中で様子を見に行きましたが、まだ選んでいる途中みたいだったので、
何も言わずに車に戻りました。
子供たちが、コップの水をこぼしてしまった時など、すごい勢い子供たちを叱っていた。
私がそんなに怒らなくてもと言うと、今度は私の方を責めてきたりと関係無い私までとばっちりを受けていた。
妻には結婚以来、私の両親の悪口をかなり聞かされてきましたが、私は1度も妻の両親の悪口は言った事がありませんでした。
妻の暴力
妻は怒ると殴ったり蹴ったりしてきた事が何度かありました。
あまりにもひどい時、2、3度叩き返した事がありました。
私が寝ている時に、突然妻に腕を蹴られた事もあります。
私のまずい所
妻が怒っている時は、初めのうちは黙って聞いているが、少し言い返すと何倍にもなって帰ってくるので、我慢しきれず言い争いになってしまう事が何度もありました。
その事を妻の父親に話しましたが、男なら我慢して言う事を聞くのが当たり前だといわれました。
結婚前の約束
私は、将来的に何があっても離婚はしないと約束しました。
喧嘩をする事もあるかもしれないけれど、それを乗り越えて頑張って行こうねと誓い合いました。
もし今回離婚するような事になれば、私は騙されたとしか言いようがありません。
私は25才まで結婚をしたくなかったのですが、妻は結婚を焦っていたみたいで、妻の意見を聞き入れ、24才の時に結婚する事にしました。
ウェディングドレスを決める時など、10ヶ所位の場所を見てまわり、1度決めたドレスをキャンセルしたりもしていました。
アパートに引越す以前の話
妻は自分の両親と喧嘩したみたいで、長期間にわたって連絡を絶っていました。
(ほとんど絶縁状態)
私は、そんな事ではいけないと思ったので、「仲直りしたら?」と何度も言っていました。
そして、長女の七五三の日になりました。
お参りに行って帰ってきた時に、私の母が赤飯を炊いたので妻の実家に持っていってねと言ってきました。
しかし、妻は絶対に長女を連れて実家に行こうとしませんでした。
私は妻の言い分を通し実家に行く事を断念しました。
その後、私が仕事に行っている時に、事件がおきました。
妻がインターホンで私の母を呼び出した時、母は台所で何かをしていてなかなか出る事が出来ませんでした。
妻は、その事に対して無視されたと勘違いして、私の両親の所へ怒鳴り込んでいきました。
妻は私の両親に対して、あまりにも横暴な態度をとっていたので、ついに父が怒り出して、「そんなにこの家に居たくないなら居なくていい」と言いました。
妻は、そんな事を言われたので、その日のお昼過ぎに、長男を連れてタクシーで家出しました。
私が仕事から帰ってきてその事を聞かされ、両親と喧嘩になりました。
私は、妻の携帯に何度もメールして説得し、2日後にビジネスホテルに泊まっている事が分かり、迎えに行きました。
その時にアパートに出る事を約束しました。
妻は、何でも私のせいにしたり、買い物など頼りきりで、大変疲れましたが、私は離婚したいとは、1度も思った事がありませんでした。
しかし、妻は喧嘩のたびに離婚、離婚と言っていて、離婚するのが目標みたいな感じがありました。
妻は、いつもそのような感じでしたので、私も怒ってしまい、「そんなに離婚したいのなら子供が20才になったらいつでも離婚してあげるから」と言った事がありました。
別居してからの出来事
妻と円満解決を求めて、妻の実家に行った時に話しをしようとしましたが、妻方は家族全員で私を怒らせるような態度を取りつづけていたので、かなり不快感を感じました。
妻へ一言
大変と言う言葉は絶対に使わないで下さいね。
自ら進んで決めた道なのだから・・・
離婚しても、困った時は助け合っていける、そんな関係で行きたいと思っています。
追記
妻の今までの子育て状況
長女の面倒は0歳〜4歳まで、ほとんど私の母が見てきた。
妻も専業主婦で家に居たが、別棟2階に引きこもっていて、あまり外には出られない状態だった。
その後、2人目が生まれたが、やはり外で遊ばせる事はあまり無かった。
交通手段にと車も購入したが、初めの内、数回乗っただけで後は乗らなくなってしまった。
精神的な障害の為、乗れない状態だった。
病院で診てもらったところ、強迫性障害と言う病気であった。
その後も同様な症状が続いている。
妻は、前からその病気に気付いていたが、私には隠していた。
新婚旅行での話
妻は、新婚旅行の時に、コンタクトレンズを誤って洗面所で流してしまいました。
予備のコンタクトレンズ(度が少し合わない)やメガネを持っていたが、それで外出するのは嫌だったらしく、海外だと言うのに新しいコンタクトレンズを買いたいと言い出して、1日中見知らぬ土地を探して歩きました。
結局コンタクトレンズは、医師の診断だ必要だとの事で、買う事が出来ませんでした。
精神的暴力
妻の言い分によると、私が妻に対して精神的暴力を振るった為に強迫性障害になったとの事ですが、この病気は何が原因でなるのかは、いまだに解明されていないようである。
妻の病気
結婚前に肺気胸になる。
昨年、急性扁桃炎になる。
別居後、肺炎になる。
妻は結婚後、お腹の痛みや風邪などにかかりがちで、寝たり起きたりの生活の時が度々あった。



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