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がたん、とイスの倒れる乾いた音が、正樹の耳を打った。 友達の父親が、皆、0時を回って帰宅するのかどうかは、それはなんとなく聞くに聞けずに至るのだが。 思ったとおり、母親は帰宅したばかりの父親にくってかかっているらしい。 アタシハモウガマンデキナイ、シャタクグラシナンテタクサン 正樹が小学生になってから、しばしば繰り返されるようになった言い合い。親は正樹の耳に入れたくないと思っているのか、正樹の前では決して口論などしなかったが、もう4年も繰り返し同じ口論をしている。 どうやら、母親はこの社宅の上階に住んでいる、ブチョウノオクサンとかカチョウノオクサンが嫌いであるようだ。正樹には、どのオクサンなのかがさっぱり分からなかったけれども。 「上の階の子と、ケンカしちゃだめよ」 ケンカは勿論、嫌われるようなことを一つもしていないのに、彼らはいつだってニヤニヤしながら、正樹達を後目に制服のある小学校に通って、高価なおもちゃをみせびらかすようにして遊んでいたから、母親に諭されなくても近寄るつもりなどは無かった。 だが、正樹が気を遣う以上に、母親は社宅内の関係に気を遣っており、神経をすり減らしていたようだった。 一方の父親の言い分は、きまってこうだ… シャタクノホウガヤスイダロ、アパートヤチンタイナンテドブニステテイルヨウナモノダ 二人の口論は何時も平行線、決して結論は出やしない。そもそも、お互いの言い分を聞いているのかすらあやしいという所だ。 狭い社宅の一室に与えられた自分の部屋−ほんの4畳半ほどの−の小さなベッドで、二人の声が聞こえないように布団を深く被って寝返りを打ち、正樹は眠るために目を閉じた。 眠りが楽しみだった。なぜなら、とても楽しい夢を見られるから。そして決まってそれは、自分が鳥になったかのように、高原や森や海、そしてビルの谷間を飛んでいく夢。 『どこか遠くにとんでいけたらいいのに』 翌日、正樹は道徳の授業の作文で、そのタイトルの詩を書いた。 |
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