市立大和春日小学校は、小高い山の中腹にある。
あと2年もすると都心からの電車が通る予定になっており、小学校の校庭からは、霞がかった平地の向こうから電車のレールが徐々に出来上がっていく様子が見晴らせた。
レールの周囲には特産物であるネギの畑や田が広がっているが、駅が出来れば住宅団地に変わっていくだろう。
都心から快速電車が通れば1時間弱で直結するはずで、新しいベッドタウンとして注目されている。

「五十嵐君、ちょっと」

帰りの会が終わって帰り支度をしていた正樹は、呼ばれて振り向いた。薄い黄色のスーツを着た、担任の緒方が目を合わせて、微笑む。

「今度、五十嵐君のご家族とお話をしたい事があるんだけど、お父さんかお母さん、どちらかおうちにいるかしら?」
「お母さんだったら、だいたい家にいるけど…」
「そっか」

緒方はうなずくと、少し悩むようなそぶりをみせて、もう一度微笑んだ。

「近いウチに電話しますって、お母さんに伝えてくれるかな。それと…」
「?」

小首をかしげる正樹に、緒方は今度は真剣な眼差しを向ける。

「何か、困っていることや相談したいことがあったら、なんでも言ってね。先生、待ってるから」

緒方は正樹の肩を両手で掴み、力強く言うと、手を離して教室から足早に去っていった。

「オマエ、悪ィよ、あれ」

廊下からかかってきた声の主は、同じ社宅に住んでいる幼なじみの湊太だった。クラスも一緒で、かといって最近はサッカークラブでの仲間と遊んでいるらしく一緒に帰ったりはしていないのだが、どうやら正樹と緒方のやりとりが気になって廊下で隠れていたらしかった。

「何の?」

湊太に手招きされて、ランドセル片手に廊下に出、一緒に歩きながら正樹は質問したが、湊太は呆れて物が言えないという風にわざと大きな溜息をついてみせた。

「何のって、オマエ、道徳の授業で発表した作文だよ。ナニ、アレ、『僕は夢で鳥になって空を飛んでいます、どこか遠くにいきたいです』。ヤバすぎだぞォ」
「空を飛ぶ夢、って、湊太は見ないの?」

僕は毎日のように見ているけれども、とまでは言わずに質問を重ねてみる。が、返ってきた答えはまたしても深い溜息だった。

「見ないこともないけどさ。ほら、ゲームで竜に乗ってフィールドを移動したりとかさ。竜に初めて乗った時にフィールドがビューって動くだろ、あれ見た夜には、本当にあの世界を自分が飛んでいるみたいな夢、見たもんな。でもさぁ、空を飛ぶ夢って、夢占いだとジコトウヒだったかゲンジツトウヒだったか、とにかく、ここから逃げたいっていう警告なんだっていうし」
「夢占い?ああ、あれ?」

つい一週間ほど前、クラスに15人ほどいる女子が昼休みに集まってなにやら騒いでいるものだから、からかってやろうと思ったのか、男子が割り込んで話題の中心を取り上げてみた所、『夢占い』本だった。
そういえば、確かにあのとき、夢占いなんて信じるもんかという男子と、結構当たるんだからという女子が威勢良くケンカをしていて、離れて見ていた正樹達の所にも色々と夢占いの話が耳に飛び込んできたのだった。

その時にはああいうものって女子は好きなのかな、くらいにしか正樹は思わなかったが、担任の緒方は確か去年新任になったばかりの新米先生だとかで、実際学校の中でも一番若いのだから、その手合いの話もきっと知っていたのかもしれない。

「ま、なんでもなければいいんだけどさ」

いいと言ったわりには、何か考えている風で、湊太は続けた。

「なーんか…性格かわってね?オマエ。そんなにおとなしかったかなって、オレ、思うんだけど。幼稚園の時には、二人でよくセンセー泣かせただろ」

そんな事もあったような、と上を見上げた正樹の肩を、湊太がいきおいよく叩いた。つんのめりそうになって、慌ててこらえ、視線を戻した先で、湊太が半ば走り出していた。

「なんか嫌なことあったらさ、またウチこいよな!」

別に何が嫌というわけでもないんだけどな、とぼんやり思っているうちに、湊太は、じゃ、サッカーの練習あるからと言い残して駆け去って行ってしまった。


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