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数日後、正樹の母親宛に、夕方に家庭訪問をしたい、という電話連絡があった。
正樹は同席しないほうがいいという判断で、少し離れた街に住んでいる母方の祖母の家に行こうか、という話になったのだが、正樹は珍しく頑強に反対し、学校で待っていると言い張った。
―――そして、今。正樹は屋上に居る。
4月もそろそろ終わりという時期、風はさほど冷たくない。
ふだん屋上は危険だからという理由で施錠されているはずなのだが、今日は誰かがかけ忘れたのか、正樹の手の中でノブは簡単に動いた。
転倒防止柵の前で立ち止まり、目を細めた。
眼下には、まず小学校の校庭、そしてしばらくは広葉樹の林、商店街、駅の予定地、都心へと続く長い線路が広がっている。
春霞にけぶる町並みは、おだやかだ。
いや、おだやかに、見える。
―――夜になると、異界の魔物が徘徊する街になど、とても見えない。
と、強い風が吹き付けてきて、正樹は慌てて座り込んだ。膝を抱えて、その場から動かないようにうずくまって息を付く。
10年ほど前―――丁度、正樹が生まれた頃―――都心で初めての『異界への穴』が発見された。
夜になると、その穴―――物理的に空いたものではない―――からは、この世の物とは思えない化け物達が這い出して、人々を襲った。
しかも、その穴は毎回違う場所、違う時間に出現する。1晩に3度場所を変えることもあるし、一週間も出ないこともあった。
さらに、その化け物達は人を襲うこともあれば、犬だけを狙うこともあり、更に何もせずにただただわめきちらして消え去る物もいた。
この10年で分かったことといえば、夜中に出歩くときには出来るだけ明るい場所を選ぶこと、襲われそうになったら、食べ物を置いて逃げること―――何故か化け物達は飢えている事が多かった―――、そして、人間の力ではどうしようもないこと。
ただ黙って彼らが消え去るのを待つか、人間ではない誰かがどうやら倒してくれている「らしい」という未確認情報を頼るしかないのだった。
その、悪しき穴が。3年前、都心から車で2時間はかかろうかというこの地に湧いて出た。
理由など、誰も何も思い浮かばない(無論、都心に空いた穴の出現理由など、憶測で研究者が騒ぐだけだったけれども)。
ただ、空いた穴からは昆虫のような物が数匹、1度出てきただけだった。
ムカデに似たそいつは、大きさが大型のムカデ程度しか無かった為、いずこかへ隠れ去り、どこへ行ったか知る物はない。
その後、春日大和市に人間以外による殺人事件は起きていないため、消えたというのがマスコミの出した結論だった。
更にこの所「穴が空いたのを見たという目撃証言こそ怪しい、間違いでは」という意見が趨勢を占めているから、本当のところがどうなのかははっきりしないというのが実状だった。
街は、日没前の時間、まだ平和に活気づいている。
ふと、正樹は自分の頭上から金粉が降り注いだ―――ように、思った。何かの花粉と、見間違えたのだろうか、それとも?
ぐらり、と、小さな身体が傾いだ。
街を眺めていた目はゆっくりと閉じられ、身体は冷たいコンクリートの上に倒れかかった―――否、倒れかかる寸前、細い腕によって支えられた。正樹自身の腕によって。
「むごいことをなさる」
手にした金粉の袋を懐に仕舞い、女が呟いた。
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