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光に飛び込んだ後、しばらく意識が途切れ―――どのくらい経った頃か、最初に見たものは、優しそうな女の顔だった。
「あれ?まーくん、さっきおねんねしたばかりでしゅよ?どうしたんでしゅか?」
どうやら寝かされているようで、暖かな布団の上を、女の手が軽くたたいていた。心地よい振動と暖かさに、いつしか目を閉じた。
―――次に目が覚めたのは、やはり布団の中だった。
今度は女ではなく、がっちりとした体格の男が、隣で寝ていた。目を開けた事に気付いたのか、彼は目を開けて上半身を起こし、ぎこちない手つきで頭をさすり、夜泣きはしてくれるなよ、と言って、布団を被ってしまった。
どうにも眠かったので、再び目を閉じた。
何度か繰り返すうち、凰藍はようやく事情が飲み込めてきた。
自分は人間界にいて、人間の「五十嵐正樹」の身体の中にいて、両親と一緒に住んでいること。
それ以上の詳しい事は、正樹がかなり大きくなる―――幼稚園を卒園する頃―――になるまで、全く判らなかった。なにしろ、意識を保てるのが、正樹が眠った後、たまたま偶然に自分の意識が戻ったとき、くらいしかなかったからだ。
ただでさえ身体が眠いという制約の中、現状確認のしようがなかった。
ようやく、正樹が起きている時でも意識を保てるようになったのは、それから更に2年後、小学2年生の夏頃だったろうか。
両親が家のことで不仲になり、正樹の精神が弱くなった部分に、気付かれることなく意識を置いた。
ただ、正樹の意識がある時、同時に凰藍の意識が同居していると、多少ではあるが正樹の意識が混濁する時があるようで、なるべく正樹の心の奥底にじっと潜んでいることにした―――学校の授業が始まる前には、特に。
学業に支障がでるようでは困るのだ。
元々、正樹自体の学習意欲は強くて、成績も悪いほうではないから、なおのことである。
凰藍にとって都合が悪い時には、正樹の精神をほんの少し覆い隠したり、必要があれば心を読んだり―――正樹が強く意識した所くらいしか読みとれないのだが―――、眠った時に身体を拝借したり出来るようになったのは、ここ最近のことだ。
だが、身体を使えるようになったことは、凰藍にとっては幸いだった。
都心にいる兄妹達と連絡がつき(兄妹達は凰藍がここにいることを知ってはいたようだが)、住んでいる町にも異界の穴が空きつつある、という事を認識できたからだ。
そればかりではなく、人間の身体であっても、魔法を使う事が出来た。元々天上の魔法は精神で使うものであるので、器にとらわれることは無かったのかもしれないが。
今回、凰藍の元に届けられた、2冊の魔法書。
天上の魔法書―――おそらく高位の―――、そして、人間の目でしか見れない人間の魔法書。天上界の宝物殿に納められている人間の魔法書であれば、かなり複雑なものか、よほど禁忌にかかわるものでしかない。
天上の魔法は主に精霊や空間、創造、無に関わる魔法である。人間に害を及ぼす魔法は、ほとんどない。
人間の魔法は、治療や結界魔法など人間を護る魔法になら重なる所も多いのだが、精霊、時間、そして死に関わる魔法である。
どのような方法でか、昔の魔法使い達が編み出したものであり、人間は勿論、生物に害を与える魔法も数多くある。
人間に関与する魔法が多いようであった。
魔法書の数は相当数あれど、おそらくは、元人間である火蓮が彼女自身の目で確認して選ったものであろうから、伝えてきたとおり分離魔法に関係する方法が示された本に間違いはないだろう。
火蓮が分離魔法を研究しろという。その大元が黄妃であったなら、もしかしたら黄妃の「予兆」とやらは間違いで、人間に影響を及ぼさないうちにさっさと分離して帰ってこいという事なのかもしれないな、と凰藍は思い至った。
だとしたら、ずいぶん迷惑な話だ―――という意識のカケラは、正樹の目覚める前に、闇に沈んだ。
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―――なんだか、長い夢をみていたような気がするんだけど。
春とはいっても、日が落ちかかった時間になれば、まだ風も冷たい。
寒さに自然に身体がふるえて気が付いた時には、小高い山の稜線に夕日が沈みかけていた。まだ多少は明るいものの、ものの半時もしないうちに、あたりは暗くなるかもしれない。
ぼんやりと曇る頭をひとつふたつ降って、正樹は屋上から出、家路を急いだ。
家に帰る頃には思った通りあたりはすっかり暗くなり、すれ違った警邏中の警官には「早く帰りなさい」ととがめられてしまった。
実際、この街では日が落ちた後に子供が一人で歩く姿は珍しい。
大概の親は塾や習い事があれば、時間を都合して送り迎えをするものだ。
帰宅した家にはすでに緒方の姿は無かった。
母親は何時もと変わらず、正樹に接した。何らかの話はあっただろうと、子供ながらに推察できたものの、正樹も聞きづらく、結局は二人の夕飯はTVをはさんで会話のない気まずい物になってしまった。
父親を待つため居間に残った母親をちらりと見てから、正樹は自分の部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。
―――嫌なことがあったら、ウチこいよ!
数日前の湊太の言葉が、急に胸をついた。
心の中からどっと溢れ出る後悔。
―――あんなこと、いうつもりなかったのに。
妙に重かったランドセルを机の上に置き直して、ベッドに倒れ込んだ。
湊太に酷いことを言ったのは、確かに自分だった。でも、その前にいいたかったことがあったような気がする。
それを、思い出すことができない。
薄いヴェールにはばまれて。
もし、また湊太に近づいてしまったら。
正樹はぎくりとした。
―――また、湊太にいやなことを言ってしまうかもしれない。
これ以上嫌われたくない。
だったら。
―――僕には友達なんかいないほうが、いいんだ。
心の中からは、何者の答えも、かえってはこなかった。
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