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なにか、速いものが空を切り裂く音がした瞬間、男の視界がいきなり開けた。 代わりに、佇んでいたのは、小柄な影。 「怪我はないな」 闇夜にあって、その顔は見えない。声は、しかし声変わりをしていない子供のものだった。男が本当に怪我をしていないのかを確認するでもなく、足下で首と胴とを切り離された異形の物を一瞥すると、それに背を向けて、ふわりと浮き上がった。 男の目の前で、いつしか異形の物は腐臭を放ちながらぐずぐずと腐り果て、やがて小さな黒い液体となった。 ―――はじめて、男が、長い長い悲鳴を上げた―――。 ● 次の日、春日大和市は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 3件に共通しているのは、「子供に助けられた」こと。いずれも全く面識がないか、もしくは顔が判別できなかったかで、子供の特定には至っていない。 地元紙のみならず、TVのワイドショーや全国紙までもが、こぞって春日大和市に押し掛けた。まず穴はどこに空いたのか。被害者が襲われる特別な理由があったのか。子供とは、誰なのか。 正樹のクラスも、例外ではなかった。 「ねぇ、五十嵐君はどう思う?」 話に加わらず、ランドセルの中身を机の中に移し替えていた正樹に話しかけてきたのは、女子の中でも比較的活発な遠藤幸だ。 「どうって?」 幸は、化け物がきたらこうやって倒すだとかああやって倒すとか、好戦的な話に終始する男子よりも、物静かな正樹に意見を求めたいようだった。 「助けにきた子供がどうっていうよりも、きっとまた怖い化け物が現れるかもしれないっていう方が、僕にはずっと怖いと思うんだけど」 黒板側に集まっていた男子から、笑いが爆発した。 「五十嵐、おまえなんだよ、怖いのかよ」 本気か冗談か、男子達が正樹を嘲弄するのを聞いて、幸が机を威勢良く叩いた。一瞬、男子がびくっと後ずさる。 「怖いに決まってるでしょ!大人だって食べられそうになってるんだよ!」 それは全くの正論だったのだが、何か言い返さないとならないぞと男子達は意固地になってしまった。―――こういう時の子供の反応は、たいがい決まっているものだ。 「うわー、なんだよ、遠藤は五十嵐とラブラブなのか〜!?」 誰かがわひゃひゃと嗤ったあと、他の男子も同調するように手を叩きながら「ラーブラブ、ラーブラブ」と調子を付けて連呼しだした。 「五十嵐君、なんかいうことないの!?くやしくない!?」 「…べつに」 瞬間、幸の右手が踊った。振り上げられた平手が、正樹を打ち据える音を、誰もがきく―――はずだった。 「…僕は、間違ったことは言っていないと思うから、いいんだ」 幸の右手が自由になった。返す手で、もう一度叩こうとは、幸は思わなかった。逃げ去るように、女子が集まる輪の中に戻っていった。 「今の」 今度は別の意味で、男子は正樹を遠ざけたいと思ったようだった。 別クラスに行っていた湊太が級友からその話を聞いたのは、全校放送で一時間目が自習になると連絡があった後だった。 そうだよな、たかが女子の平手だもんな―――と、声をひそめて男子は納得しあった。 「あたし、こわい」 幸は隣の席の女子にささやきかけた。 「あたしの手を掴んだときの五十嵐君、なんだか違った」 気のせいだよさっちゃん、あたしは格好良かったと思うし、と笑ってたしなめられても、幸は首を振った。 きっとあの目は―――なんだか身体が動かなくなるような視線は―――気のせいじゃない。すぐに、普段通りに戻ったけれども。あたししか見なかったんだろうけど。 幸は、右の手首を押さえていた左手をそっと退けてみた。 |
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