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季節は巡り、次の年―――正樹が4年生になった、春。
五十嵐家待望のマイホームに、家族はようやく入居した。
マイホームとはいっても新築ではなく、内装をリフォームしただけであったが、それでもお城には違いない。
都心にある雑誌社に勤めていると聞くと、大概の人は「あら、すごいわねぇ」と感嘆してくれるだろうが、実際の給料はさして多くない。
だからこその10年の社宅暮らしだったが、ここ1年でパート勤めをしていた母親が、仕事ぶりを気に入られて正社員になったり、景気も安定したりと、ずいぶん暮らしが楽になったので、それでもなんとかマイホームが入手できるほどになったのだ。
ただ、社宅からは商店街に近い『家』―――夢前町というかなり立地の良い所―――に移り住んだばかりの時には、母親は、社宅を出る時の事を苦々しく何度も語ったものだ。
―――涙ぐんでまた来てね、なんて言ってくれたのは、高崎さんの奥さんだけよ。
実際、湊太もガラに似合わず、色々とオモチャをおしつけてきた。だいたい、駅北の周辺の町はほとんど春日大和小学校の学区内なのだから、住所が変わっても学校が変わることはないのだから、引っ越しの次の日にはちゃんとクラスで逢えるのだけれども。
いずれにしても、母親は以前にも増して元気になったし、父親もマイホームのローンを考えると頭が痛いといいながらも、仕事に意欲を燃やしているようだった。
2階にあてがわれた広い8畳間の、以前と変わらない学習机の前に座って、正樹はしかし溜息をついた。
正樹の学校生活には、問題は無いはずだった。4年になってもクラス替えはないし、湊太と仲直りしたことで、クラスから浮くような事もなくなった。
サッカー部には結局入らなかったものの、スイミングスクール通いだけは続けていたので、体力や持久力がつき、秋の運動会ではリレーでもチームの優勝に大いに貢献したし、冬のマラソン大会では湊太と競り合って―――足一歩の差で負けたが―――上位に入った。
気になることが一つあった。
以前、秋だったか。幸に逢ってもないのに幸は逢ったといった時から、なんとなく気にするようになったのだが―――よく、記憶がなくなった。
相変わらず吉田さんのおじいちゃんのコリー犬を週に3度ばかり散歩に連れて行くのだが、気が付くと途中の公園のベンチでうつらうつらしているようなのだ。
10歳の誕生日に買ってもらった腕時計をして行ってみると、時間はほんの10分程度らしい。
毎日その時間に眠くなるのであればともかく、散歩に行った時に限ってというのは、明らかにおかしい。
夜に記憶がないのは、勿論寝ているからだろう。
だが、まるでスイミングスクールで1000mを一気に泳いだくらい、身体がぎしぎしと痛む事があるのはなんと説明すればいいのか。
…やっぱり、ムユウビョウなのかも。
思いあまって両親に相談しようかとも何度も思った。もちろん、湊太にも相談しようかと思った。が、両親に心配をかけるのはどうしても出来なかった。マイホームを建てて、本当はとても大変な時なんだろうと、子供心に判っていたからだ。
湊太に相談して、またヘンなヤツだと思われるのも怖かった。
以前のように、自分がぼうっとなるような時間は全くなくなった。きっと、湊太に思いもしない事をいうようなことは、無いだろう。
それに、もしムユウビョウだったとしたら、つじつまが合わないことがあった。
正樹の部屋は2階にあるが、すぐに廊下、そして階段で、降りきった所には両親の部屋がある。どうも建て付けが悪いらしく、トイレに行く時にどんなに静かに降りてもギシギシというものだから、夜に外に出ようなどと思ったら、確実に親に気付かれるだろう。
しかし、どうにも気のせいとは思えず、正樹の心の中に小さい闇をおとしていた。
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