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いやだわ、と女は呟いた。 声に出してみて、慌てて誰かに聞かれなかったかときょろきょろとせわしなく周りを見回すが、誰の姿もない。 ここは、ちょっと市街地から遠いし、田舎だから殺人事件なんて起きたこともないし。 きっと火事か何かだろう、パトカーではなくて消防車かもしれない―――女は手に提げた買い物袋を持ち直して、バスが去った後の坂道を歩き始めた。 坂道の脇には、ブロック塀が延々と続いている。 まぁ、好きこのんで坂道に土地を買ったのかなんだかしらないけども、金持ちの考えることは判らないわね。 影は、女と一緒に坂道を昇り続けていた。 「…ひゃっ…」 女の足がぐらりと傾き、バランスを崩して、彼女は尻餅をついた。 「ちょ…、なによ、これ…」 誰かに手をかしてもらおうと精一杯首を回して見回してみても、誰も居ない。 そして。 それは、腕。 その目の前で、指は一旦ゆっくりと閉じられ、そして。 爪が頚の後ろに食い込む。鮮血が飛び散った。女が叫び声を上げる間もない。 銀色の閃光が空を薙いだ。 一閃目は空に、二閃目はブロック塀に向かって振り下ろされた。ブロック塀から伸ばされていた腕が、鋭利な切り口を残して二分され、女の頚を掴んでいた腕は力を失ってどうと倒れる。ブロック塀に頭が打ち付けられる、直前だった。 「…あ…、…」 女は意識を失っていなかった。地面に強かに打ち付けられはしたものの、ふるえる両腕で上半身を起こし、まだ自らの頚にぶらさがる異形の腕を振り払おうともがく。 「触らない方がいい」 涼やかな声は、頭上からふってきた。 ―――あたしは、夢をみているのだろうか。 三度動けなくなった女の、その頚をなおも傷つけている腕に、金色の翼を持った青年―――少年と青年の中間ほどに、女には見えた―――の指先が触れた。指先からは虹色の光があふれ出し、異形の腕は、あっという間に光に包まれて崩れ落ちていく。 彼はそのままブロック塀を見据えたが、しかし、しばらくすると軽く溜息をついた。 「結界を解いた、まもなく道に車が戻るだろう。早く救急車を呼ぶことだな。―――毒は無いようだが、出血が多い」 金色の―――よく見ると、五色に輝いている翼が広げられた。そこからなんとも暖かい光がこぼれ落ちていき、その場に満ちる。 「…あの、」 女ははっと我に返り、お礼を言わなければと気付いた。が、金色の翼は一つ羽ばたいただけで、女の声など届かない上空に彼の姿を飛翔させていた。 |
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