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丁度、10分。
2階の窓から、正樹の部屋に転がり込むように入り、大きく息をついた。
窓を閉めなければ、と立ち上がった時、限界がきた。
正樹が寝ているときではなく、強制的に意識を押さえ込んでいるので、お互いが入れ替わるときの意識の混濁が深い。
とても窓を閉めるどころではなく、凰藍は片膝をついた。身体を元に戻す呪文を唱え終わるのとほぼ同時に―――まったく、スペル1つ分の間すら無かったら危うかったかもしれない―――正樹の意識が、己の身体に戻ってきた。
窓からの冷たい風に、正樹は顔を上げた。
体中に冷たい汗をかいていることに気づく。更に、立ち上がろうとして酷い目眩と動悸に襲われ、その場に座り込むしかなかった。
―――僕は、一体。
自身がほんの数分のうちに何をしていたのかを示す物は、一つとして部屋の中に残されてはいない。唯一違う物といえば、開け放たれた窓だけ。
無論、正樹が宿題をやっていた時には、閉まっていたはずだ。
窓の外では、相変わらずパトカーのサイレンが鳴り響く。
彼の問いに答える物は、何一つ無かった。
自分でも気付かないうちに、正樹は両腕で自分の身体をしっかりと抱きしめていた。
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その夜。
よほど夜更かしの人間か、それとも昼夜逆転型の人間しか起きていないであろうと思われる時間に、正樹の目が開いた。
薄く開けられたカーテンから、仄かに街灯の光が差し込む。街は静かなようだった。
夕方に現れた、腕の化け物は、あれから二度と現れていないと、就寝前に見たTVでは報じていた。
おそらく、パトカーのサイレンも聞こえないようでは、本当に現れていないのだろう。
ベッドから滑り降り、窓の外に厳しい視線を向けた。
凰藍には判っていた―――ヤツの気配は、まだ完全に失せていない。
妖魔の種類などは凰藍には全く判らないが、結界を張り、人の影に潜んで襲うなど、並大抵の―――少なくとも、ムカデよりも高度な位置に属していることは間違いないと思われた。
―――夜のうちに、しとめないとならない。
紡ぎ出された魔法のスペルが虹色に光り、再び、正樹の身体を凰藍に変化させていった。
凰藍の中で、正樹は深く眠っている。
少し前までは心の病気かと疑っていた程度だったのだが、最近、凰藍が身体を変化させる魔法に成功してから、違うのではと思っているらしい。
魔法とはいっても、人間界でいうところの細胞変化にあたるらしい―――身体に負担がかかるのだ。
―――何時か、言わなければならないのだが。
それは、分離魔法のかけらだけでもいいから探し出してからにしたい、と、凰藍は決めていた。誰だって嫌だろう―――生まれたときから、誰かと同居させられて、そのまま異界の化け物達と戦うなんて。運命共同体とはいっても、相手を選ぶ権利くらいはあるはずだった。
凰藍は、身体を消す魔法を施し、窓を開けた。春先とはいってもまだ深夜の風は冷たい。
音を立てないように、また冷気が入り込まないように慎重に窓を閉め、薄い霧がただよう街に飛翔した。
新月の中、闇夜に沈む街は平静を保っているかのようだった。
夕方の惨劇があった場所は、上から見ると青いビニールシートで覆われていた。
被害者は、 たまたま春日大和市に営業に来た、都心のサラリーマンだったという。夜遅いTVで見た時には、建てたばかりの彼の家、そして顔を隠しながらパトカーに乗り込む妻と小学生の子供二人の姿が映っていた。
凰藍達は、普通、妖魔が穴から現れた瞬間を察知することができた。自分たちが天上と人間との異界を渡っているからか、異界の生き物の気配が判るのだ。
だからこそ、その時には被害が出なくても(穴から出た瞬間に妖魔が人を襲うことすら珍しいのだが)準備時間が出来る。一旦、闇に隠れたとしても、わずかな気配を頼りに探すことが出来ないわけではない。
が、正樹の身体を正樹自身が使っているときには、薄布一枚を隔てているように、その気配がごく薄くなってしまう。
今回のように、誰か被害者が出ないかぎり判らないといった事も、充分ありえるのだ―――これからも。
そして、当然、人間の警察などは頼りにならない。
人間に妖魔の気配を感じることが出来ない以上、倒すことはほぼ不可能だった。
足早にパトカーに乗る三人の姿が、凰藍の心を乱した。
少なくとも、彼が完全に正樹と同居出来ていたとしたら、状況は全く違った事は判っていた。
死ななくてよい人間が死んでしまった事は、明らかだった。
―――あの妖魔を、倒さなければ。
彼に出来る唯一のことは、それだけだった。
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