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その時間、屋外で活動しているのは、夜行性の動物かもしくは警察官だけだった。
少なくとも夕方の惨劇は、人々に集団で行動させ、闇への警戒心を抱かせるのに充分だった。
警察官でさえ、パトカーで巡回する時に―――普通は2人一組なのだが―――車に乗っていてさえ緊張を強いられた。
唯一の目撃者は、化け物は影から現れる、と供述している。新月では、深夜に影が現れることはほとんど無いように思われたが、それでもまだ不気味なことは確かだ。
注意深く市街地を警邏していたパトカーが、郊外のネギ畑が広がる地区にさしかかった。周囲は畑か倉庫で、人影はないが見晴らしは良くなった。
運転をしていた若手の警官が、ほっとしたように息を吐いた。助手席を勤める先輩格の警官が、気持ちは分かるというように微苦笑した。そのとき。
道の両側を古い倉庫に挟まれた道に、大きな影が立っているのを、警官は視認した。慌てて急ブレーキを踏み、パトカーを停車させる。
ヘッドライトに照らされた50m先には、確かに人らしき影が立っていた。ヘッドライトで、足下だけが判別できる。二本の足を持っているので、動物ではなく人間だろう。どちらを向いているのか判らないが、パトカーを降りてきた警官に驚く様子も無い。
「こんな夜遅く、出歩くのは危険ですよ、家に戻ってください」
若い警官が近寄りながら声をかけたが、その影はいっこうに立ち去る気配がない。
聞こえないのかと思ったか、なおも近寄ろうとする若い警官の二の腕を、もう一人の警官が押し止めた。
「…柿元。おかしいぞ」
「え?」
「あいつ、もしかして」
影が消えた。足下に、崩れるように。
「…!逃げろ!!」
弾かれるようにきびすを返したが、影の方が一瞬早かった。
―――影は、ヘッドライトを受けて出来た、柿元の足下から再び現れたのだ。
ヘッドライトに当てられても尚黒い腕が、まず柿元の影を押さえた。途端に、柿元は走り出そうとした姿勢のまま、動けなくなった。
乾いた音が、影を打つ。アスファルトに火花が散ったが、柿元は動けない。
「くそおっ!」
柿元の影から、徐々に二の腕が現れい出る。その腕に拳銃の弾が何発も命中するが、ダメージを与えているようではなかった。
柿元の背後から出ているのは、もはや腕だけではなかった。隆々と盛り上がった肩を持つ、一つ目、一本角の大男がそこにいた。
「…さ、坂本さん、自分を置いて逃げて…逃げてください!」
振り返らなくても何が背後にいるのか判るのか、それとも拳銃を構えて動けないでいる坂本の表情に絶望を見たのか、柿元は絞り出すような声を上げた。
「そんな事が出来るか!!」
弾は一発も残っていなかった。拳銃をホルダーに戻し、警棒を構える。弾は効かなくても、警棒だったら。
坂本は腰を低くした。
突進すれば、一つ目の大男は柿元から離れるかもしれないという、一縷の望みにかけるつもりだった。
それを察した柿元が、さらに、逃げてくださいと叫ぶ。
その腰を、大男の左手が―――バネのように伸びた指が、がっしりと掴んでいた。ぴくりとも動けなかった柿元の身体が宙に浮く。
「かきもとぉー!!」
大男は左腕だけで、小柄とはいえない柿元の身体を頭の高さまで持ち上げていた。
大男が何をするのか、その顔が雄弁に物語っていた。大男の口は、耳まで裂け、関節などないかのように縦にも大きく裂けていく。
全身が黒い中にあって、口と舌の赤い色が、グロテスクだった。
「させるか!」
警棒を構えて走り出た坂本は、しかし、瞬間放たれた強烈な光に目を焼かれ、一瞬たじろいだ。
まるで真夜中にフラッシュを間近で浴びたような。
あまりもまぶしさに目を押さえた坂本の耳に、何かがどうと倒れる音が飛び込んだ。
目をこすりながら足下を見下ろすと、背後のヘッドライトに映し出されたのは、腰に黒い手をまとわりつかせた柿元の背だった。
続いて、鼓膜を震わせる、恐ろしいほどの咆哮。
大男は左腕を失っていた。
そして、舞い降りる、金色の光。
―――ああ…、これが…
坂本の目の前に、大男を挟んで、翼を従え剣を構えた青年がいた。
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