一つ目の大男は、翼ある青年に―――凰藍に向き直った。一つしかない目は血走り、爛々と輝いて凰藍を見下ろす。
凰藍は、無言で剣を構え直す。一つ目が怒りに我を失っているうちに一撃で倒さなければ、また影の中に隠れられてしまうと判っていた。
治癒の力が一つ目にあるか判らないが、もし隠れている間に腕を再生されでもしたら厄介だった。

一つ目が、咆哮をあげながら凰藍に襲いかかる。その腕をかいくぐり、頭の上で一回転し、凰藍は一つ目の背に廻った。
一つ目は、振り返る時間を与えられなかった。
一つ目の右の頸椎から脇にかけて、銀色の閃光が走った。

口を開けた形のまま、一つ目の頭と胴体の半分が、アスファルトに落ちた。下半身が砕けるように、 それに続く。
一つ目は、臭気を上げながら、やがてアスファルトに溶けた。柿元の腰を掴んでいた左手も、また、蒸発していった。

柿元がうなり声をあげ、ただ、ぽかんと見ていた坂本が慌てて駆け寄る。
2m近い高さから落とされたわけだから、無傷で済んだとは思えない。

「柿元!柿元!しっかりしろ!」
「ううー、坂…本さん…、痛いです…」

柿元の手が腰と足をさすった。検査をしないと判らないが、そのあたりを酷く打ち付けたようだった。
坂本は顔を上げた。剣をおさめ、佇む凰藍と目があった。

「助けるなら、それなりの方法があるだろう!」

凰藍は、顔には出さなかったが、助けた若い警官の様子があまりに悪いので、実はかなり動揺していた。そこへきて同僚とおぼしき壮年の―――正樹の父親位だろうか―――警官から一喝され、気圧されたじろいでしまった。
一喝した方は、自分の声の大きさに、却って動揺してしまった。

けが人を挟んで、両者の間に長い沈黙が訪れた。

「…すみません」

最初に言葉を発したのは、凰藍だった。坂本ははっと顔を上げ、そして顔をふせ、こちらこそ助けてもらったのに、すまなかったと詫びた。
凰藍は柿元の脇に膝をつき、柿元にも同じように詫びをした。そして、その手を柿元の腰から足にかけてかざす。

「…もしかして、治せたり出来るんスか?」

痛みに顔をしかめながら、期待混じりに話しかけてみたらしい柿元に、凰藍はそっけなく否定した。

「治療の魔法だったら勉強中です。完成していませんが、それでよければ施しますがどうしますか」

柿元は鄭重にお断りした。
そして、その言葉に含まれる不思議が―――魔法という聞き慣れない言葉が―――彼にだったらすとんと当てはまるという事に、驚きもしていた。
―――金色の青年は、見れば見るほど、尋常では考えられない姿をしていた。
日本人とは思えない顔立ち、緑色の瞳。ブロンドの長い髪を、後ろで結っている。暗闇で服装はよく見えないが、黒い服には所々に銀の刺繍がしてあり、中国風にも見える。
そしてなにより、背の翼。
風にそよぐたびに色を変えるが、金色の光でぼんやりと光を放っているようだった。

「君が何者か、自分たちが聞いてもいいのか?」

答えはすぐに返ってきた。柿元に手をかざしたまま、彼はかぶりを振った。

「私の一存ではなんともいえません」
「…マスコミには流していないが、警察は既に君の存在を認識している。協力して見えざる敵に立ち向かえるかどうかの判断は、これからだろうが…」
「―――それも、私の一存ではなんとも」

長くかざしていた手を、凰藍はようやくはずした。

「腰椎打撲、あと腓骨にヒビが入っています。痛み止め程度ですが、施しておきました…動けますか」

柿元はおそるおそる手をついて上半身をおこしてみた。あれっ、などと言いながら、ゆっくりと足を立たせてみる。

「ちょっと痛いけど、大丈夫みたいです!」

凰藍はうなずいて、立ち上がった。

「それでは、私はこれで失礼します」

二人に向かって礼儀正しく頭を下げ、彼は金色の翼を大きく広げた。ふわりと、暖かい風が二人の頬に吹き付ける。
―――と、柿元が凰藍に呼びかけた。

「名前!聞いちゃダメッスか!?あの、自分は柿元です!階級は巡査です!こちらは坂本巡査部長です!」

答えが返ると、坂本には思えなかった。が、予想に反して、端正な相好が崩れた。

「―――オウラン。鳳凰の凰に、藍色の藍。凰藍」

今度こそ、彼は金色の光になって、市街地の方へ飛び去って行ってしまった。

「…っこいいっすねぇ…」

どうやら、坂本の部下は凰藍のファンになってしまったようだった。
そして、坂本は夕方の会議を思い起こし、更に先ほど凰藍に語ったことを思い出して、皮肉気に笑った。

―――警察が、協力するなど、おこがましい。

あれは人間の手に負えるものじゃなかった。既に足下で染みすらなくなった一つ目の痕に、足で砂をかける。

―――警察が協力出来ることなど、果たしてあるのだろうか?

やがて、二人を乗せたパトカーはUターンをし、市街地へと戻っていった。

―――今夜は報告する事が多いが、さて、どこまでしていいやら。

名前をきいたことは、黙っておこう。坂本は柿元と二人の秘密にすることにした。


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