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日課となった深夜のパトロールは、今夜も平穏に済みそうだった。 「今日も平和でよかったッスね、坂本さん」 判っていますよ、と言いながら、運転席の柿元は赤になった信号の前でブレーキをかける。渡る者もないのに、横断歩道は青になった。 こんな真夜中のしかも官庁街、人のいるはずもなかった。―――が。 かしょかしょという金属の擦れたような音を立てながら横断歩道に飛び出してきたのは、人の腰ほどまでもある、巨大な蜘蛛。一匹や二匹ではない。それぞれに黒い鋼のような無数の足を動かし、横断歩道を渡っていく。 あまりにも異常な光景にとっさに動きが取れなかった二人だが、続いて現れた金色の光に我を取り戻した。 「…あれ!」 二人は見間違うはずもなかった。金の髪、黒の服、金の翼、そして銀の剣。 横断歩道を渡った所に建つ保健所の、その高い門を乗り越えようとした一匹が切り倒され、それで最後だった。 パトカーから出てきた二人に、その足音を聞いた凰藍が気が付いたらしく、振り返った。 だが、柿元の希望に反して、凰藍は街灯に照らし出され、厳しい顔を向けただけだった。 「何故車を降りたりしたんです」 ぴたり、と二人の動きが止まった。 「あの化け蜘蛛は、まだいます。…100はいたかもしれません、そのうち70ほどは消しましたが」 凰藍は頷いた。息が荒いのが、10m離れて立ちすくむ坂本にも見て取れた。 「被害が出る前に、なんとかしないと。やつらはこの逆側、北にいるはずです。決して来ないでください」 二人は無言で頷いた。自分たちが化け物に太刀打ちできないのは、先般体験済みだ。 瞬間、光の洪水が二人の目を射た。凰藍が大きく羽ばたき、その光が拡散したのだ。 見送って、再び坂本は時計台に目をやった。 ―――彼は、何故時間など気にしていたのだろうか。 だが、そんなことをゆっくりと考えているヒマは無かった。北に向かったという化け蜘蛛が、気を変えてこちらに向かってくる事も充分あり得た。 「ど、どうするんです?報告しますか?」 坂本は、警視庁の「未確認生物対策班」から回されてきた極秘扱いのファイルを思い起こした。 あくまで仮定だ。10年も経つというのに、警察はその尻尾すら掴めていない。 まわってきたファイルは薄く、簡単な報告書と、偶然撮られた化け物の写真が数枚。 ―――だが、現場ではもっと広く知られているはずだ。 初めてこの街に化け物が出現した時に渡されたファイルを見て、坂本は思った―――8年も費やして、これがせいぜいか。何故市民に情報提供をしないのだ。 しかし、本当は違うのだと悟った。それは、恐らく警察という組織の軋みだろうと。 現場は判断した。 上の判断は、触らぬ神にたたりなし、なのだろう。 そして報告書は、書けないのではない。あえて、書かないのだ。 まさしく、都心と同じ事が春日大和市でも再現されている。凰藍の存在は上層部に認識された。だが、認識されただけだ。事件の1ピースとして。化け物に対峙する存在として。 ―――だったら、自分たちはせめて足手まといにならないよう、息を潜めるだけしかないのか。 坂本は小さく息をついた。 |
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