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図書館の時計が、静かに16時を告げた。 正樹は机の上に出していた教材をまとめてリュックに入れ、席を立った。 『…正樹』 心の中で響いた声に、自転車をこぎながら正樹が答えた。 「おはよう、凰藍」 一瞬どう答えていいやら判らず―――おはようは違うし、こんにちはでも変だ―――凰藍はあいまいに、ああ、と答えてみた。 『少し前から起きてはいたが―――図書館で勉強か、感心だな』 正樹は全く気付いていないようだったが、すれ違う人たちが、独り言をぶつぶついいながら自転車を漕ぐ小学生を振り返っていた。 そうすると、不思議なことに今度は心の中で話すことが出来なくなった。 「…マスクでもすればいいのかな。…あっ、だめだ。夏にマスクなんてきっとむれちゃう。あーあ、腹話術でも習おうかなぁ、でも声には出ちゃうのか〜」 言葉以上にいろんな事がイメージとして凰藍にも伝わったのか、もういい、自転車を漕ぐのに集中してくれという溜息混じりの声が正樹の中で響いた。 駅のガード下をくぐって商店街が近づいた頃、正樹を呼ぶ声がどこからか届いた。 「遠藤さん、久しぶり」 自転車を幸の所までひっぱっていくと、幸は一瞬きょとんとした顔をして、そのうち吹き出した。 「久しぶりって、まだ終業式から1週間しか経っていないじゃない。ま、五十嵐君らしいけど」 二人は自転車を押しながら、並んで歩き始めた。幸の家は、正樹の住む夢前町の隣町にあるから、方向はしばらく一緒だ。 「それ、夕飯の買い物?」 幸の自転車は大人用で大きく、よくこげるものだと正樹は感心したのだが、それよりもカゴいっぱいにつまれた根野菜の類にはもっと驚いた。 「そ。両親共働きだし。夏休みくらい、夕飯作ろうかって思って。といっても、カレーなんだけど」 正樹は6月に行われたキャンプでは幸とは班が違ったのだが、夕食のカレーの時にずいぶんと皆が騒いでいたことを思い出した。たしか、隣の組まで集まってきたように覚えている。 「遠藤さんて料理が上手なんだよね。キャンプの時、みんな美味しいって言ってた」 実のところそれ以外はからっきしなんだけどね、とぺろりと舌を出す。しかし料理など授業でしかやったことがない(包丁なんて怖くて持てない)正樹にとっては、雲上人そのものだ。 「そういえば、夏休みに入ってからは、高崎君とちゃんと遊んでる?」 本当にびっくりしたという顔で振り向かれて、正樹の方がびっくりした。そんなに驚くような事を言ったような覚えはないのだが。 「なんか意外。スポーツやってるんだー」 ホント意外だわと呟いた後、家に帰る道の分岐が見えてきたらしく、幸はまたねと言い残して自転車を走らせていってしまった。 「どうやったらあんな大きな自転車、こげるんだろ…」 軽快に走らせるその姿が十字路の向こうに消えた頃、正樹はぽつりと呟いた。 |
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